「あれ? ここ何処だ?」

 

 目を覚ました大河は抜ける程の青空が広がっている事を不審に思いつつ周りを見渡した。

 体を置きあげようとしてふと手が何かをつかんでいる事に気付いた。手の先にはそっくりのピンク色の髪をした少女達。

 

「んん? ふわぁ〜、よく寝た気がするぞ。それでここは何処だ、大河?」

「ふわ――。あれ、大河?」

 

 大河が体を起こそうとした動きが二人にも伝わって覚醒を促していたのか二人は同時に起き上がった。だらしなく大口を開けて伸びをするクレアに、あくびをしようとして口を閉じるシャルロッテと反応は正反対といってもよかったが。

 

「分かんね。近くに蛍火もいないっぽいし」

 

 近くに蛍火がいればドラ○もんよりも正確にこの場所が何処だか教えてくれるのに――といない人物に対して大河は憤っていた。現時点の蛍火でもさすがにそこまで万能ではないのだが。

 

「まぁ、良いではないか。ここはどこかの屋上だろう? 下に降りがてら情報を集めればいい」

「姉上に私も賛成」

 

 大河やクレアのようにこういった日常外の事にあまり慣れていないシャルロッテはクレアに賛同した。大河が何か発言していたのならそっちにも賛同していただろう。

 

「まぁ、それが一番か。ん、それよりもロッテ。少しだけ言いたい事がある」

「何?」

 

 大河にこいこいと手招きされて小首をかしげながら近づく姿は純粋。王城の欲にまみれた生活をして純粋とは程遠いクレアにはできない芸当にクレアは少しばかり悔しがっていた。クレアも少女。男心をつかむのにどのような態度がいいのかぐらいは理解しているが、出来る事とできない事はある。

 

「ロッテ、クレアの事は『姉上』じゃなくて、『お姉ちゃん』と呼ぶんだ」

「いや、別に呼称などどうでもいいではないか」

 

 真剣な顔をしながらとんでもなく意味不明なことをほざく大河にクレアもツッコミを入れる。どうでもいいことすぎる気がするが、大河には重要な事らしく、笑いながらもう一度シャルロッテに顔を向けた。

 

「ロッテ、もう一度言うぞ? クレアの事は『お姉ちゃん』と呼ぶんだ。それ、クレアの方を向いて」

「えっ? うん、分かった。――――えと、うん。おっ、お姉ちゃん」

 

 クレアを見上げながらの恥じらいの表情のロッテ。それは求めてはならぬ物を求める事の出来た喜びと困惑が交じり合った絶妙な表情をしていた。これまでの境遇と、クレアの立場を理解しての態度。だが、その言葉の奥には確実に姉を求める心が見える。

 

 そのどこまでも純朴にして純粋な姿にクレアははぅあっ!と体をのけぞらせて鼻を押さえた。クリーンヒットした模様。

 

「たっ、大河。お前の言いたい事が理解できた」

 

 切羽詰っているように息を荒げながらクレアは親指を大河に向け、大河も理解してくれて満足とばかりに満面の笑みを浮かべてGJと返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝 喪失の調、諦念の嘆き 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物の中を見回っていると大河が在学していた学校で、ついでに大河がアヴァターに行ってから数日しかたっていないという事実が発覚。

 授業中だった事も幸いして人に見つからずに外まで迎えると喜んでいた大河だったが、何の因果かクラスメイトに出会い色々とからかわれた。振られ記録更新し続けていた為にクレアを見たクラスメイトの女子はロリコンに走ったのかと勘違いされて大河は心の中でさめざめと涙を流した。

 引き攣った表情をする大河を見たクレアとロッテは揃って悲しいため息を吐いた事にクラスメイトの女子は気付いたが大河は気付けなかった。

 

 

 

 

 街に出てやっと人心地つけた大河は両手に小さな花を抱えながらこの世界の事を説明していた。

 ビルが乱立し、道がコンクリートで舗装されている街はアヴァターにはないので物珍しさからきょろきょろとしている二人の質問にいちいち答えていた。

 

「機械文明という事はアヴァターは随分と離れているようだな」

「そうなのか?」

「大河、お前は学園で何を習っている?」

 

 根から離れている世界は世界に満ちるマナの濃度が薄いために魔法文明よりも機械文明が進む。魔法文明の少なさはアヴァターとの距離のバロメーターとなる。その他にも異世界なのにきちんと言葉が交わせている事に世界に満ちるマナのお陰だとか、文字は無理だとか、色々と教授されてしまっていた。

 その隣のロッテはちんぷんかんぷんなのか頭に?を乱立させて知恵熱がでる寸前までいっていた。

 

「ついでに言えばマナが少ないせいか文字に関しては分からなくなっている」

「言葉の翻訳だけじゃなくて文字の翻訳までしてくれてたのか」

 

 大河がアヴァターに放り出されても生活に困らなかったのはアヴァターの世界自身がその力を使って言語や文字を翻訳してくれていたお陰だ。

 文字が分らない苦労というものを学校の授業でいやという程知っている大河はうへぇと奇声をあげた。

 

「だったら、クレアとかロッテはここで数日過ごすのに苦労しないか?」

「安心しろ。この世界の文字体系ぐらいすぐになれる」

「…………羨ましい限りだ」

 

 

 

 

 結局、色々と見て回る前に腹ごしらえをしようと話になり、喫茶店に入る事が決定した。今まで赤貧だったシャルロッテは別に空腹ではなかったのだが、大河たちを送り届けた後朝食を食べる予定だったクレアとサンドイッチ数切れ程度では腹が満たせなかった大河の二人の意見が通った。

 

「ふむ、美味いな」

「だろ? 俺もここによく世話になったからな」

 

 ケーキを上品に満足そうに食べているクレアの隣ではケーキを頬張っている大河が嬉しそうにうなずいていた。

 店の名前はファミーユとか言って、その中では恵麻さんという人がケーキを作っているが気にしてはいけない。アヴァターでも有名な店と内装、店員がそっくりだがまったくの別モノである事に注意が必要。いや、原作でもそうだったし?

 

「ロッテは食べないのか?」

「たっ、食べていいの?」

 

 小さいながらもきちんとした作りであるリンゴのタルトを前にロッテは固まっていた。浮浪生活においてきちんとした食事をとれるのも稀。嗜好品の類など口にした事のないロッテには目の前のケーキは口にするのを躊躇うモノ。

 

「いいに決まってんだろ? 遠慮すんな」

「そうだぞ。それほど高く…………ないよな?」

「まぁ、それぐらいの蓄えはある」

 

 ロッテの気兼ねを失くすために大河も胸を叩く。こういう部分をもっと前面に出せていれば確実に女性からの受けは良かっただろうに。

 出来ていたとしたら、破滅との戦いは痴話喧嘩になり下がっていた可能性が高い。現在でも蛍火が手綱を握り間違えばなってしまう可能性が大だが。

 

「んだけど、クレアはよく来る気になったな?」

「迷惑…………だったか?」

「いっ、いやそんな事ねぇけど」

 

 しょぼんと年相応の少女のように気落ちするクレアに大河は慌てた。皮肉の一つでも帰ってくると思っていた為に随分と気まずそうにしていた。

 

「いや、けどよ。忙しいんじゃないのか?」

「議長殿も動いているようだったしな。ミュリエルもなんだかんだいって動いてくれる。私がいなければ動かないものは多いが、それでも数日は平気だろう。

 まぁ、今回の事は突発的な休日だと思えばいい」

「ん、そだな」

「………………鈍感め

大河、鈍感

 

 大河のあんまりにも言葉にロッテですら同情して大河を小さく責めていた。蛍火との応答でどう考えてもクレアがどう思っているかぐらい普通の人よりほんの少し察しが良ければ気づけるぐらい露骨だったというのに。

 

「小さくてよく聞こえなかったけど、馬鹿にされたのは分かるぞ、オイ」

「気のせいだ、なぁ?」

「うん、大河の気のせいだよ」

 

 出会って間もない姉妹だというのに阿吽の呼吸で大河を封殺する。ここまではっきりと言われてしまえば大河も引き下がるしかない。

 だから、大河はダメなのだ。

 

「何日ぐらいここにいないといけないのかねぇ〜」

 

 空気が己にとって良くないものだと察した大河は話題の転換を図った。こういう部分は無駄に鋭い。

 

「蛍火の機械の壊し具合にもよるが、ディクロスなら数日で直せるのではないか? ミュリエルも議長も確実に動くのに数日。迎えが来て帰ったら全てが終わっているという可能性もある。まぁ、迎えは確実にくるという事だけを覚えて居ればいいだろう」

「そこまで言うなら安心か」

「私も安心」

 

 貧しくとも見知らぬ土地にいるのはロッテとしても辛いようだった。大河としては別のところで安心していた。未亜を置いていくのには不安が残るし、下手にこの世界からアヴァターに永遠に戻れないとすれば戸籍とかどうすればいいのかわからない。

 

 蛍火が話題に上がったがそれ以上口にされる事はなかった。蛍火をよく知る大河とクレアは蛍火なぞ放置しておいてもいつのまにか傍にいる可能性とかが高いので心配するに値しない。ロッテに至ってはあまり蛍火の事を思い出したくなかった。いい雰囲気の所を尽く邪魔されていたら思い出したくもなくなる。

 

「まぁ、数日はのんびりするか」

 

 

 

 会計を済ませようとして財布がない事に気付いた大河はしまらずに後日持ってくることを約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレアとロッテにせがまれて町の中を歩きとおした大河は夕暮れを理由に未亜と二人で住んでいたアパートまで戻ってきていた。

 財布を見つけて外食に二人を誘おうとしたのだが、

 

「おぉ? こうか?」

「お姉ちゃん。違うよ、沸騰してからだよ」

 

 聞こえてきたのは楽しそうに料理の準備を開始している二人の声。邪魔をするのは憚られた。クレアとロッテの二人が強く家の中で食べる事を押したのだ。具体的には手料理を食べて欲しいと。

 まだまだ会話の少ない二人だが、何かを一緒に成し遂げれば仲の進展は容易くなると大河も考えてぬぼ〜としながらテレビを見ていた。

 

「出来たよ〜」

「奥が…………深い」

 

 リゾットの香りが部屋に満ちる。他人の台所は作るのに苦労するというのにロッテの手の中にある鍋からはいい香りが満ちていた。

 クレアは今までさせてもらえなかった料理の奥深さにダウンしていた。料理は簡単なように見えるものほど難しい。それを改めて実感しているようだった。

 

「ん、美味そうだな〜」

「得意料理だよ」

「味見してみたが絶品だったぞ。ロッテは料理が上手いな」

「え、えへへっ」

 

 褒められた事の少ないロッテは二人に褒められてとても恥ずかしそうにだが、笑みを浮かべて嬉しそうにしている。

 そんな当たり前の事を目の前にして大河もロッテも笑みをほころばせていた。

 

 

「んじゃ、いただきます。――――ん、んめぇっ!」

 

 がつがつと漢らしい食べ方でよそわれたリゾットを口に運んでいく。

 子供っぽい仕草に見えるがクレアとロッテには可愛らしい男として見え、ほほ笑みを浮かべていた。

 

「ふむ、美味いな。ロッテ、明日も料理を教えてくれないか?」

「いいよ。私もお姉ちゃんと一緒に料理をするのは楽しいし」

 

 離れ離れだった時間を補う様に二人はこれからの事を話し合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜い、風呂入れ終わったぞ〜」

 

 春先とはいえ夜となると随分と冷え込む。大河としては熱めの風呂に一気に入りたい気分だったのだが、クレアとシャルロッテの事を気遣って少し温度を低めに設定した。後で風呂を温めなおせばいいという考えもあった。

 

 狭いとはいえ、体の小さい二人ならばぎりぎり同時に湯船に入る事も出来る。無論、大河とクレアかシャルロッテが同時に入ろうとすれば、大河の腹の上に幼女を乗せるというデンジャラスな事をしなければならない。

 大河の価値観を打ち壊しかねない行為は大河とてしたくない。

 

 クレアとシャルロッテが風呂に入るのを見届け、シンクにつけてある洗い物を片付ける。作ってもらった手前片付けを何もしないというのはさすがに人としてどうかと思う。未亜と二人暮らしだった時はそれすらも未亜にしてもらっていたが。

 

お姉ちゃんの方が少し大きい?」

「そうか? 私とそれほど変わらぬと思うが」

「そうかなぁ?」

「ふわぁんっ!?」

 

 風呂の方から聞こえる微妙に桃色っぽい会話を大河は必死に聞かないようにしていた。この場で聞きもらぬよう聞き耳を立てていればセルのお仲間入りとなる。セルのように守備範囲が下の方まで広いのはさすがに大河とて遠慮したい。

 リコは制限に引っ掛からないのかと問われれば、リコは大河よりも年上だからだと彼は答えるだろう。実年齢がどうであろうとも外見で周りの人は判断するんだけどね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンクリート壁がある薄汚れた路地裏で蛍火はゆっくりと立ち上がった。

 立ち上がってすぐに状態をチェックを行い、身体異常がない事に安堵した。その次にやっと周囲を把握し、眉をひそめた。

 薄汚れた路地裏に倒れているのは蛍火とレンの二人だけ。大河もクレアもシャルロッテもいない。

 コンクリート壁があるという事は大河が育った世界に連れてこられた可能性が最も高いのに三人がいない。

 

「考えるのは後だな」

 

 三人がいない事を考えるよりも先に行動しなければならない事を優先し、レンを抱き上げ顔についた砂や小石を丁寧に払いのけ壁にもたれ掛けさせた。

 そして、普段は行う事のない魔力の練り上げを行い、ポケットから普段使う小太刀、鋼糸、ナイフ、ついでに拳銃を装着した。戦う事が常となった蛍火は武器がないと落ち着かない性格になってしまっている。例え、比較的安全で犯罪の少ない日本という地域であっても安心はできなかった。七年という歳月は人を変えるには十分すぎる。

 

(本来なら一つの場所に送られるはずなのに、その上ここは俺がアヴァターに召喚された場所。…………まさか、ここは俺が住んでいた世界?)

 

 本来ならあり得ない事態からはじき出された結論は限りなく可能性が低い答え。蛍火はここに帰る気はない。ゆえにこの場所にたどり着くはずがない。

 

 そう考える傍らで、レンならばもしかすると己が育った世界を見てみたいという気持ちがあった。レンの考えによってこの場所に導かれた可能性があると。事実、彼女の想いがあってここに導かれたのだ。

 

 急いで携帯を取り出し、Duel Saviorを蛍火に貸し与えた人物に電話をつなげた。

 

『あっ、もしもし? 久し振り〜。一月ぶりだな。四月中ずっと見なかったけどお前履修登録したのか? 卒業できないぞ?』

「あぁ、心配掛けたようだな。いや大丈夫だ」

 

 連絡を取って愕然とした。今蛍火がいる世界が確実に彼が生まれた世界だという事が確定された。蛍火と成る前の彼が生まれた世界。

 大河と蛍火の出身世界は似ているがまったく異なる。ゆえに、Duel Saviorを知っている友人がいるこの世界は蛍火の出身世界だという事になる。

 

(まさか………………この世界にもう一度、足を踏み入れるとは思っていなかったぞ)

 

 例え死に瀕してもこの世界に戻るつもりはなかったし、憂鬱で退屈なこの世界に未練など一欠片もなかった。

 

 一先ずはレンを起こして自宅に戻ってのんびりする事を決めた。

 向こうの世界と違い、自ら動かねばならないことなどこの世界ではめったにない。バカンスだと思えばいい。

 

 タイムリミットになるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きたレンにこの世界に飛ばされた事などを説明したがレンは恐怖を感じていないようだった。蛍火に全幅の信頼を寄せているレンは蛍火がいさえすれば大丈夫だと思っていたから恐れる必要などなかった。

 

 歩いているうちに物珍しさからレンと二人して周りをじろじろと見てしまった。レンは初めての機械文明世界。蛍火からすれば七年越しの帰郷。

 蛍火にとっては懐かしいという感情が湧くよりも異界に来た気持の方が強かった。ここはもう彼の住む世界ではないのだから。

 

 そう、ここは嘗ての彼が産まれおちた世界。新城蛍火が生きる世界ではない。

 

 

 

 手をつないで人通りのまばらな道を歩いているとふいに警官が自転車に乗って向かってくるのを発見した。

 

 この世界から離れてもこの世界の情勢だけは蛍火も覚えている。そしてすぐさま脂汗を流し始めた。

 日本では珍しい白銀の髪をした幼い少女と膝まで隠すような黒のコートを着込んだ成人男性。この構図はあまりにも危険すぎる。レンが嫌がっている様子であれば確実に職質を受ける。嫌がっていなくても変な勘繰りをする警官ならば限りなく危険。

職質から持ち物検査に移行などという珍しい事態になればとんでもなく厄介なことになる。いつもの癖で装備した物は銃刀法に思いっきり触れている。しかもレンには戸籍がない。

 

 だらだらと止まる事無い脂汗を流しながら警官と何事もなくすれ違う事を願いながら歩調を変えずに歩いた。

 一秒毎に警官と近づき――――――すれ違った。

 

 すれ違ってすぐに安堵のため息が漏れそうになったがなんとか堪えた。見ているのは警官だけではない。

 

 

 

 すぐに角を曲がりレンをお姫様抱っこして全速力で逃げた。

 自らが行える最高速度で走ったが――――いつもの速度が出ない。景色が風と共に流れていかない。風が蛍火の身体に抵抗を与える。

 蛍火は普段、本気で走るときは魔法を自然と行使する。筋力増強、向かい風の減衰、追い風を生み出すなどその他諸々の魔法を己が身に掛ける。だが、今はそれが行使できない。そしてそれだけではなかった。

 

 角を三つ四つ曲がった時に蛍火は膝に手を当てた。

 肺は止め処なく酸素を求め、腕は疲労でレンを抱えあげ続けることを困難とし、足は前に進む事を拒んだ。

 

「蛍火!? 大丈夫っ?」

 

 常に平然としている蛍火の苦しい表情を見たことのないレンは慌てた。距離にして高々一キロ程度を走破しただけで蛍火が疲労するはずも無い事をレンは直感でだが知っている。

 七年という地獄という言葉を体現する鍛練を耐え抜き、半年間ずっとその錬度が落ちないように繰り返し続けた。

 蛍火の体力はオリピック級の選手をいい所どりしたぐらいの理不尽な体力を持つ。事実蛍火ならばフル装備で五、六時間は本来なら走れる。

 

「だっ、大丈夫です。久しぶりに世界間移動をしたから疲労していたようです」

 

 息も絶え絶えの返答にレンはあまり納得していないようだったがそれでも以前(ナナシレシピの創作料理)の時と比較すれば蛍火の症状はなんともない。口から泡を吹いたり、瞳孔が開いていたり、顔色が青を通り越して白くなっていない時点で安心できた。

 

(くっ、アヴァターじゃないからか。体力まで落ちてやがる)

 

 心の中で己が身に起こっている不便さに毒を吐く。蛍火の実力が完全に発揮できるのはマナ濃度が極端に高いアヴァターしかない。

 蛍火の戦いは武器を振り回すがその合間に魔法を使うし、体には常に魔法をかけている。ついでに今最も利便性の高い黒夢はそもそも魔力の塊だ。観護も本来の力を発揮しきれない。武器の制限だけでなくその他諸々の理由により蛍火はアヴァターから離れれば離れる程に弱体化していく。

 

 

 未だ荒く息をつく蛍火に世界間移動初経験のレンは急に不安に感じた。いつも無条件で信頼でき何をおいても大丈夫だと思える蛍火がこの世界にきてから息を切らしたり普段は決して見る事が出来ない姿を見てしまったために余計に現状が恐ろしく感じられていた。

 

「蛍火………………お姉ちゃん達の所に帰れるよね?」

 

 瞳に隠しきれない不安と恐怖を携えたレンを見て蛍火は己の不甲斐無さを痛感した。いくら勝手が違うとはいえレンが心配するほどの醜態をさらしてしまうとは蛍火も思っていなかった。今、レンが頼れるのは蛍火しかいない。いや、普段から完全に信頼して頼っているのは蛍火だけなのだが、それでもまだある程度、未亜やメリッサ、エリザなど頼れる人物がいたのに今はいない。それを完全に蛍火は理解していなかった。

 

「大丈夫です。帰れます…………否が応でも

 

 本来、リコなどの特殊な召喚術師を除いて世界間移動というモノは時間断層に阻まれ完全に並行した場所に戻れない。アヴァターから程遠いこの場所から戻った時には百年、三百年たっているはずだ。

 だが、それはあり得ない。物語の主要人物が、赤白の主にして、■■と■■のどちらかの■■を定めさせられる二人が軒並みいない状況を■■が放置するはずがない。故に蛍火一人で召喚魔法を使いアヴァターに戻ろうともこの世界にいた日数分しかアヴァターも経過しない。

 

「まぁ、数日間この世界を満喫しましょう。いつでも帰れますから小旅行だと思えばいいんですよ」

「うん、分かった」

「さて、では着替えの服を買ってきましょう。さすがに今の服装では少しばかり目立ちますからね」

 

 現代と比べて中世付近の科学力しか持たないアヴァターでは服装もかなり違う。蛍火はまだ元の世界の服に似せた服を仕立てさせて着ているがレンは生粋のアヴァターの服。ちょっとしたお金持ちのお嬢さんに見えなくもない。

 

 

 

 

 レンを引き連れユニ○ロで店員を捕まえ適当に誤魔化しながらレンの服装をチョイスもらい、蛍火もすぐにGパンを購入し、この世界の格好に馴染んだ。

 案の定レンは店員の着せ替え人形になってしまったがそれは些細なこと。

 

 

 

 

 

 レンを引き連れ、元々住んでいた部屋の前まで来て蛍火は眉を顰めた。だが、それをレンに気取られないようにすぐ様部屋の中に入った。

 ドア横には入居時に備え付けられたネームプレートがある。個人情報保護法に喧嘩を売るように本人の承諾なしにネームが記されているプレートには文字が掠れ切って彼の本名が見えないようになっていた。

 部屋の中は必要最低限のモノしか用意されておらず、テーブルの上にPCがぽつんと置かれているだけだった。

 以前、イムニティに私物を運んでもらった影響が大きいという程でもない。元々彼の私物は少なかった。

 

「さて、どうしましょうか?」

「この世界の事、分からない」

 

 困った風に二人で笑った。蛍火は六年半の乖離は大きく、ついでにこの世界にいた時もアルバイトばかり行っていたので付近の名所など知らない。

 

「そうですね。言葉はともかく文字はレンには読めないでしょうし」

 

 アヴァターの文字の読み書きはできてもこの世界の字にレンが慣れているはずもない。注意しておくがレンの頭は決して悪くない。ただ、一週間やそこらで字を読めるようになるというのは普通の頭では不可能なだけだ。

 

「そうですね〜。今日はこの近辺でも回りますか。明日はアヴァターにはない施設、水族館とか映画館とか、ゲームセンターなんかもいいかもしれませんね」

 

 つらつらと言葉を並べる蛍火にレンは首をかしげた。言葉は理解できるのだが意味するところが理解できていなかった。これがいわゆるカルチャーショックというやつだろう。

 

 小首を傾げるレンに蛍火は笑いながら頭をなでた。

 

「いったら分りますからその時まで内緒です」

 

 人差し指を唇に添えて蛍火は笑う。この世界には蛍火に重圧はない。救世主候補としての、白の主としての、未来知る者としての、新城蛍火としての役割を求められない。ここでは彼個人として行動する事が許される。それが例え一時であろうとも。

 

 蛍火とて人だ。■となるべき資格を与えられてしまったがそれでも蛍火は人として育ってきた。演じていてもきつく感じる事がないわけでは決してない。

 

「分かった。ん、でも蛍火楽しそう」

「そうですか?」

 

 重圧がないというのが雰囲気にも出ているのだろう。この世界にはレンと同じく蛍火に何も求めない。ありのままの蛍火しか求められない。

 だからこそ、蛍火はゆっくりできた。

 

 

 

 

 その後、近場のゲームセンターにレンを連れて行った。

 筐体が奏でる様々な音楽、効果音、人々のざわめき。アヴァターの市以上ににぎわう姿にレンは驚き耳をふさいだりしたがそれでも楽しそうにしていた。

 レーシングゲームでは蛍火の膝の上に乗って一緒にプレイしようとして周りから白い目で見られたり、ガンシューティングでは蛍火は普通にノーミスでクリアしたり――伊達の本物を使って練習していない――など色々と賑わった。

 

 プリクラやUFOキャッチャーには手を出さなかったのは蛍火なりのけじめだった。

 

 

 

 騒音が広がる世界を抜け出した後、最寄りのスーパーで買い物。

 アヴァターでは見る事のない食材、みた事もないお菓子の類などに目をきらきらとレンはさせていた。

 さすがに限度をわきまえてレンにお菓子を好きに選ばせている傍らでアヴァターでは食べられそうになり料理を作る為に蛍火も奔放した。

 

 

 レジ前で家に調味料の類を一切ない事に気付いて慌てて買いに行ったのは御愛嬌だろう。

 これから数日間過ごすのにいろいろな物に散財して大丈夫だろうかと思う人もいるだろうが、実は蛍火はこの世界の学生にしてはかなりお金を持っている。高校三年間と大学に入ってからの休日全てをアルバイトに費やしたためにホンダのレジェンドを現生で買えるぐらいの貯蓄はしている。羨ましいのだがこのバカンスが終われば使う事のないお金だ。使い切ろうとも蛍火は一向に困らない。

 

 

 

 

 

 少し高めの食材を買って豪勢な晩御飯をレンと二人で作る。

 

「蛍火と一緒に晩御飯作るの、初めて」

 

 嬉しそうにレンがつぶやく。実際、蛍火が人の為に料理を作るのは喫茶店の業務をしていた時と白の主としての業務の時のみ。寮ではメリッサやエリザ、アムリタが作っている。喫茶店のマスターを引退してからは赤側で料理らしい料理はしていない。

 さらにレンとは時間があまり合わず、料理の指導をする時間はなかった。というかはじめての料理がトラウマとなってレンと料理の組み合わせを可能な限り脳内に展開させないようにしている。

 

「新婚さん?」

「ぶフっ!?!?!」

 

 相変わらずのすっとんだ言葉に驚きの表情をレンに向けた。

レンの母親に言われていたことなのだろう。教えた内容の大半が母親としてどうかと思うモノが多いがきっとレンの事を思っていたのだと思う。

 無理やり納得して気を静めた。

 

 レンがませているのは女の子の方が精神的に成長が早い事もさることながら、周りに同年代がいないのが原因となっている。同年代とも一緒に遊んだりもしているが、基本的に未亜やリリィなど救世主候補は無論のこと、本当に大人のエリザやマリーなどと一緒にいる事が多いのが原因。

 

 育児などはじめての蛍火は年頃らしい行動をレンにしてほしいと願っているが環境がそうできないようになっている事に実は一向に気づいていない。哀れな。

 

「えぇ〜っと。まぁ、その話は置いておきましょう。うん、それよりも料理、上手になってますね」

「うん、頑張ってる」

「偉いですよ」

 

 髪を梳くように頭を撫でる心地いい手にレンは眼を細めた。この瞬間こそがレンの至福の時。

 

 

 

 

 

 

 テレビなどに驚きながらレンとの静かだが心温まる夕食は静かに過ぎ、風呂にも入ってレンを寝かしつけた後、蛍火は周辺の廃ビルの内部で鍛練を行っていた。さすがに空き地で銃刀法違反な代物を振り回す蛮勇は持ち合わせていなかった。

 

(やはり運動能力が下がっているな。精々名の知れた格闘家ぐらいなものか)

 

 自らの手を握りしめ現状の危うさを改めて実感していた。今の状況で襲撃など受けようものなら皆殺しにでもしないと戦闘は終了できない。気絶させるだけというのは相当な実力差がなければ難しい。チンピラ程度なら殺さずに済むだろうが、もし破滅のモンスターが攻めてきたらかなり厳しい。

 

 相手はアヴァターにいる蛍火と比類するほどの身体能力の保持者。今の蛍火では撃退できるかどうかも危うい。

 

「分不相応の力を手に入れてしまったツケか」

 

 重いため息をついて、懐から煙草を取り出す。もう二度と吸う事も出来ないだろうと思っていた銘柄の煙草を口にくわえ、火をつけて肺一杯に紫煙を満たす。

 その瞬間、蛍火の体がぐらりとゆれ、口に咥えていた煙草を取落した。

 

 驚愕の表情を浮かべながら蛍火は自らの掌をじっと眺め、苛立ちを隠せずに煙草の入った箱を握りつぶした。

 

 

 

 


後書き

 

 さて、原作と違って五人飛ばされてしまったのですが、分かれました。強い願いが二つあった為に二つに分かれてしまいました。大河の傍にいたいという二人の少女の願いと、蛍火が生きていた世界を見たいという一人の少女の願い。その二つがあった為に二手に分かれてしまいました。

 男性陣? どこに行っても大丈夫だと思っていたから彼らの願いは関与しませんw

 

 それに、蛍火ならば大河達と同じ場所に飛ばされたとしても別行動をしていたでしょう。彼には目的がありますから。

 

 以外にもシスコンだったクレアw 一人っ子だったから兄弟姉妹に憧れていたと思って結構、ギャグキャラに近い位置にw そして、二人の王女はすでに大河にベタ惚れにw 大河の理性はガシガシと削られていきますw

 

 そして、蛍火の方はというと意外な事実が発覚。実際に蛍火はアヴァター以外で戦うとかなり弱くなります。観護なんていう召喚器の中では弱い部類に入っても、世界からマナを汲み取る神器。魔法も使えますしマナが薄い世界ではかなり弱いです。この世界でもし蒼牙と再戦したら一方的にボコられます。鎧袖一閃で蛍火が負けます。

 そして、次回は読んでくださる人の中で何人かは望んでくださったであろう、蛍火とレンのデート! お楽しみに!! 大河達は内緒で。




うんうん、今回の大河はいい仕事をした。
美姫 「アンタ、何を言ってるの?」
何って、クレアさえも認めたGJだぞ。
美姫 「はいはい。しかし、蛍火の意外な弱点というか」
マナが少ないとこうなるんだな。
けれど、最後に起こったアレは何なんだろう。
美姫 「かなり気になるわよね」
ああ。とは言え、この謎はまだ明かされないのかな?
美姫 「次回は楽しい事になりそうね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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