「大河、あんたお義母様から呼び出されてるわよ」
「んあ?」
翌日、ロッテの急変した態度に胸がつっかえるような思いをしつつボーとしている大河にリリィから声がかかる。
言葉の内容を理解して、『はて、何かしたっけ』と頭の中で呼び出される理由を考えたが思いつかない。
最近は問題をあまり起こしていない。二日続けて門限を破ったが蛍火の口添えでなんとでもなっている。
「心当たりはないの?」
「思いつかん。とりあえず行くしかないな」
首をひねりながらリリィをつれ学園長室にむかった。
そこにはすでに救世主候補の全員が集まっていた。呼び出しを受けたのは大河だけだというのに。
その事をべリオに聞いてみたりもしたが何となくという答えが返ってきて逆に落ち着かなかった。
「さて、大河くん。簡単に言いますと王宮に貴方を招待せよという言伝を賜りました。心当たりは?」
「まったく」
大河に王宮に知り合いはクレア一人しかいない。だが、わざわざそんな堅苦しい場所に呼び出すような人物だと大河は思っていない。
少なくともクレアという少女は公私をきっちりと分けられる人物だ。あれほどに幼いというのに、
「クレア王女から晩餐に呼びたいという事なのですが………………」
はてと首をかしげた。晩餐に呼ばれるほどクレアに何かした記憶が大河にはまったくなかった。
クレアを子供扱いしているからまったくといっていいほど思い当らなかった。
その後ろで、リコ、べリオ、カエデは呼び出される意図に気付いたのか苦々しそうな顔をしていた。乙女の直感とは恐ろしい。
「昨日、大河はクレア王女と仲良く串焼きを食べるデートをしていましたからね〜」
「殿下……」
蛍火の言葉にミュリエルはぐったりと頭をたれた。無用心すぎるとどう考えても思ってしまう。
大河にとても近くにいる三人の女性から随分と鋭い視線が大河に向けられた。
身に突き刺さるほどその視線は鋭く大河の心が随分ときしんでいるのが蛍火には見て取れる。優しい人間ならここでフォローを入れるのだろうが、
「そういえば、クレア王女と別れた後も小さい女の子とデートしていましたね」
蛍火はここで爆弾を投げ込むのが好みの鬼畜。
さらに状況の悪くなった大河は脂汗をたらしながら身体を小さくしていた。理由などこれっぽっちも気付いていないがそれでもカエデ、リコ、ベリオが痛いほどに鋭くなった視線には気付いていた。
弁明の余地が無いほどに視線が鋭いのが大河にとって不幸なことだろう。
「殿下には色々と言い含めておかないと。それと蛍火君にも届いています」
「脱税…………バレてしまいましたか?」
「…………今は問い詰めません。議長からレンさんを連れてきてくれと」
「そっちでしたか。いや、しかし議長からで良かった。呼び出される理由なんて腐るほどありますからちょっと焦りましたよ」
非合法なんてなんのそのとやっている蛍火にとって王宮はあまりいいものではない。ついでに政治的にも色々と価値のある蛍火にとっては出来る限り近づきたくない場所。
思いつく限りの蛍火の罪状は、脱税、殺人、国家反逆、古代兵器不法所持などなど。バレれば一発で首が飛ぶ。ちなみに、現時点で発覚していない犯罪とかモロモロも合わせると実は、蛍火はアヴァター史上最大の犯罪者になる事が確実となっている。戦争状態でない時点での犯罪は過去最大級。これから戦時下になるのでまだ未確定だが、彼はアヴァターの歴史に大犯罪人のとして名を残せるのだ。
無論、発覚して起訴されればの話なのだが。
蛍火が王宮を忌避してるのはそれだけではない。侍従さん方の眼も何かと怖いのだ。蛍火自身は手を出していないつもりなのに。ついでにその後のレンが一番怖いのが蛍火の悩みどころである。
「で、大河。正装は持ってますか?」
「ただの夕食誘ってくれてるだけだろ? いらないだろ。というかまず持ってない」
「それもそうですね。まぁ、学生服もある意味でフォーマルな服装ですし、いいんじゃないですか? プライベートな呼び出しですし」
「そっか、着なれない服装着る破目になるかと思ったぜ」
窮屈な服装が大河は心底嫌いだった。自由奔放という言葉を体現している大河は型に嵌る事を嫌う。何よりも型に嵌ったままでは何も守れない。
「くれぐれも粗相のないように」
「ういっす」
「大抵の事は大目に見てくれるでしょうがね」
クレアならば大河が部屋に飾ってある壺を酔った勢いで割ってしまっても怒りはしないだろう。諸事情によって。
蛍火はその事を知っているので楽しんで来いと大河に伝えた。
「忍びこんだ方がいいでござろうか?」
「窓から侵入ですね」
「入り込んだらぽよりんでも召喚しましょうか?」
大河に恋す乙女達は大河に貞操の危機が迫っている事を第六感で感知して襲撃を相談していた。
大河がクレアぐらいの少女を手に出すとは三人も思っていないがクレアからアプローチがあった場合は危険すぎる。王城はクレアのテリトリー。何があったとしても可笑しくない。
大河を守るために色々と画策して内容が随分と危険になってきたときに蛍火がぼそりと『嫌われますよ?』と言って三人は固まった。
この時ばかりは三人は蛍火を思い切りにらんだが、どこ吹く風と飄々としながら学園長室を後にした。
「んじゃ、おみやげ楽しみにしてろよな〜?」
今の今まで未亜に失礼ないように説教されていた大河も部屋を後にする。能天気なまでの声にカエデとべリオとリコは歯ぎしりした。
王宮に降り立った大河は不躾なぐらいに周りを見回していた。学園も由緒あるつくりをしているが王宮に比べれば劣る。
初めて見る場所に僅かな興味を示しながら大河は兵士の後を付いていた。
大河は応接間に通されるも、頭を下げる事無く、いつものように足を進めた。
その事で、頭の固い側近達は怒りをあらわにするが、現れたクレアの嬉しそうな笑みによって中断させられた。
アヴァターという世界で政治的に最も偉いのはクレアだ。そのクレアが許したというのなら誰にも大河をとがめる事はできない。
「んで、呼び出して何の用なんだ?」
「ふむ? 聞いていなかったか。簡単にいうと王宮の地下で遺跡が見つかってその護衛を大河に任せたいのだ。詳細はデュクロスに聞くといい」
クレアの声と供に現れたのは昨晩、ロッテを連れていった人物、そのままだった。その事に大河は複雑な表情を浮かべるが、クレアに諭されるほど長くはしていなかった。
気分屋で自分本位なところがあるが、大河とて義務は理解している。
「当真大河様ですね。詳細はこちらで」
「うむ、頼んだ。おぉ、そうであった。大河よ、今日の夕食は期待してくれていいぞ」
「あんがとよ」
束の間の応接間での会合を終えると大河はデュクロスと供に部屋から出る。大河はデュクロスの背中を凝視していた。
「なぁ、ロッテは…………」
「元気にしておいでです。ご安心ください」
「そうか」
言葉だけでは本当は納得出来ない。叶うならば今この場で姿を見せて欲しいと思っていた。
だが、立場があり、家庭の事情においそれと他人が踏み込めない事を大河はよく知っている。その為に、この言葉を信じるほかなく、この言葉で安堵をするほかない。
「では、内容を話させていただきます」
デュクロスに話された内容はいたってシンプルだった。
最近発見された王宮地下の魔方陣。その魔方陣の調査の為に知識あるクレアを護送しながら魔方陣の場所まで辿り着かねばならない。だが、モンスターが居る事から戦闘は必至。しかもその通路が狭いとなっていれば大人数を送り込めない。
単独でモンスターをねじ伏せる戦闘力があり、クレアと親しい大河が選ばれたのだった。
ここで蛍火が選ばれないのは王宮にも色々と確執があるからとしか言いようがない。ついでにクレアたっての希望でもあったりする。
一通り内容を聞いた後、大河はデュクロスからクレアが書いた手紙を受け取ってあてがわれた部屋に向かった。
一人、部屋についた後、手紙を読むのを後にして会食に呼ばれ、痛い視線の中で食事をした。
大河は一人、宛がわれた部屋でため息を付く。度胸の据わっている大河だが、それでもなれない場所というのには神経を揉む。煌びやかな世界で部屋の家具とて一つ一つが高そうに見える。寮の屋根裏部屋とは雲泥の差。そんな中で大河も安心して寛げるはずもない。
「疲れた〜」
クレアが食事についての礼儀作法などをうるさくは言わない方の人間だが、周りはそうもいかない。人の上に立つ物に必要な物を求められる。無論、それに伴う義務の全うする事も求められる。
「ん、蛍火はどうしてるんだろうな」
同じように呼び出された蛍火の事を思う。というか同日に呼び出されたのなら一緒に調査に行けばいいのにと愚痴っていた。
無論、無暗に蛍火の手を借りようとしているわけではない。大河なりにクレアが大事だから、万全を期して挑みたいだけだった。大河一人だけで行うのであれば蛍火に援護を頼むなど考えない。
明日の事にわずかな緊張を抱いている間にドアのノック音が部屋の中に鳴り響く。
「んあ?」
「大河、私だ」
ドアの外から聞こえてきたのはクレアの声。用などあったのかと首をひねりながら大河はドアをあけた。
そこにはいつもよりも悩んでいるように見えるクレアがいた。
「どうしたよ、クレア」
クレア、と呼ばれた時に目の前の少女はわずかに体をこわばらせた。それはほんの一瞬、注意していても気付く事が出来ない程にわずかな動き。
「いや、何。実をいうとお前を誘いに着たんだ。お前さえ良ければこれから、私の傍にいてくれないだろうか? ずっと…………」
僅かに俯きながらそう口にするクレアは何時もの快活さはなく、震える子供のようだった。何時もとあまりにも違うクレアの様子だが、大河はさして気に留めなかった。クレアとて子供だ。そして何よりも両親を亡くしている状態なのだからふとしたはずみで弱音は出るだろうし、常に無い言葉も口にしてしまうだろうと思った。
俯きながらも懇願するクレアの様子に大河はその願いを完全に聞き届けたかったが、出来なかった。託された夢があり、期待を受け、自らもその役割に従事する事を良しとしている。故にこそ、目の前のクレアの願いは完全には聞き届けられない。
「救世主候補との二束わらじでならいいぜ? 戦争が終わって、救世主クラスと一緒でもいいなら、ずっと傍にいてやる」
それが今大河の出せる精一杯の言葉だった。これでも大河は十分に譲ったほうである。自由奔放という言葉が似合う大河にしては一箇所に留まろうとする気持ちだけでもかなりの譲歩だ。
「今すぐ…………は?」
「全部終ってからだ。やる事をやってからでないと、気持ちよく傍に居られねぇよ」
自らに世間が求めている役割を知る故に、クレアに求められる役割を知るが故に大河は終ってからという約束を口にする。だが、それでは目の前の少女は納得できないだろう。普段なら決して口にする事の無い言葉が紡がれたのだから、容易には引けない。
クレアという少女を知るからこそ、大河はせめてものとクレアの頭を少し乱暴に撫でる。せめてもの気持ちを伝えようと。
だが、クレアの表情は晴れそうにない。この世界の不条理をかみ締めるように、苦く苦く歯をかみ締めていた。
「大河はやはり、救世主なのだな」
万感の想いがこもっているその言葉に大河は胸が苦しくなった。怨嗟を吐くかのようなその言葉があまりにも目の前の少女に似つかわしくなくて、その弱さを拭ってあげることが出来なくて、苦しかった。
「もし、もし破滅に正当性があれば、大河はどうするのだ? 破滅が復讐を成そうというのなら」
見ず知らずの誰かの例えであるはずだというのに、クレアの言葉はとても真剣だった。クレアの真剣さに大河も先程よりもさらに真剣に考えて、当たり前の結論を出した。
「…………正当性は関係ねぇよ。それに、さ。復讐なんて意味なんてないぞ?」
少女のあまりにもらしくない言葉に大河はあっけにとられながらも簡潔に答えた。
「きっと達成しても何にも残らないんじゃないか? そんな事考えるよりも楽しい事をして生きた方がずっと楽しいぜ?」
「簡単に、言うな」
「俺は復讐するような事にあってないからな。でも、想像だけは出来る。未亜がそういう事になったら俺は復讐に走ると思う。けど、そんな事に意味がないって思ってる。復讐をしても、その時には未亜は返ってこないんだからな」
大河の言う事は確かにすばらしく、正しい。復讐を行い、成しえたとしても死者は蘇らない。大河の答えは何よりも正しい。きっとそれが実行できるのならばいい世界が築けるだろう。だが、常に正しい事が誰もが納得できるとは限らない。
復讐しかないからこそ、人は復讐するのだ。それを糧に生きているからこそ人は復讐している。復讐が目的なのではない、復讐こそが生きる糧となり得ている。そんな人間に簡単に復讐を止めろなんて口にするのは冒涜でしかない。
無論、復讐を推奨するわけではない。だが、第三者でしかない人間が口先だけで復讐を止める権利はない。
これも一つの答え。
だが、そんな醜い現実よりも、そんな泥にまみれた悲しい現実よりも……大河が語る夢物語のような美しい話の方があったほしいと願いたい。
「そうか……お前がそう言うと本当にそう思えてくる」
「あぁ〜、説得力無いと俺自身は思ってるんだがな」
言の葉だけでは伝わらない思いがある。それは大河も理解しているから、苦笑するしかなかった。
「そういやさ、昨日と一昨日にクレアにすげぇ似てる子と会った。シャルロッテって言ってな、なんていうか守ってやりたくなるような子だったけど。王宮に来てるらしい」
「そう…………か」
「デュクロスってのに会わなかったら俺がずっと傍にいてやれたんだがな」
クレアを前にしていい度胸としかいいようがないが、そんな大河をクレアは怒鳴る訳でもなく、目蓋を細めた。まるで、その可能性を感受していたらという見えない幸福をかみ締めるように、クレアは目蓋を細めて大河を見つめていた。
「大河がそうまで想っていてくれるのならその子もきっと嬉しがっていると思う」
「そうか?」
「あぁ、絶対に」
クレアがまるでロッテであるかのように幸せな断定をする。大河の言葉をかみ締めるようにクレアは瞳を閉じて、顔を引き締めた。
「話せてよかった。大河、ありがとう」
クレアの顔は引き締まっていたというのに最後の言葉を何故か大河はクレアの声のようには聞こえなかった。
「随分と君は変わったな」
「そうですかね?」
「あぁ、あのレンという娘のお陰だろう」
「それは否定しません」
私室に近い部屋で蛍火と議長は杯を交わしていた。ゆったりと葉巻と煙管から煙を吐きながらの男の時間。
ランプから漏れる光の中、背中に何かを背負っている二人は酒を口につける。
「可愛いでしょう?」
「あぁ、可愛いな。うちの娘と同じぐらいだよ。というか君にとっても眼に入れても痛くないのではないかね?」
「まぁ」
議長が褒めるだけあって今日のレンの服装は豪勢だった。
胸元が少し開けられた真紅のワンピースを着用していた。腰の前あたりで飾られた純白のリボン。不規則ながらもどこか規則的に並び立つ折り目。肩にワンピースと同色のボレロ。真紅の間からわずかに見てとれる純白と呼ぶに相応しい肌が楚々と光を放つほどだった。
値段にして蛍火の臨時教師としての給料一月分を費やして作られたオーダーメイドの服だという事は無論レンは知らない。
「娘と一回りも離れていないが自分の子供になると思えば可愛がるだろうな」
「議長、その話は勘弁して下さい。まだ私は妻を持つ気はありませんよ」
「この戦いが終わるまで…………か」
「えぇ」
重い沈黙が二人を包む。
以前も蛍火が口にしたように戦争を前に結婚をするのは限りなく重い。待たねばならない辛さとは想像を絶する。
メリッサは耐え切れるといっていたがそう易々と耐え切れるものではない。不安を不満、切なさと苦しさ。
そんな心に閉める闇が絶えず襲い掛かる。妻にならずともそれは生まれるだろうが妻になれば経済観念も入ってくる。
だからこそ、そんなに簡単なことではない。
そしてそれ以上に蛍火は妻帯する意味を見出せない。己が命よりも尚大切なものを見つけてしまったのだ。
愛よりも深く、愛よりも大きく、愛よりも醜く、愛よりもおぞましい気持ちをすでに。
「さて、本題に入りましょう。このままだと娘自慢談義になってしまいます」
「それでもかまわんのだがな。まぁいい」
議長が居住まいを正すと今までの空気が固まった。この世界を導く者達の一人としての姿が空気を重くする。
蛍火はその姿を見ながらゆっくりと酒を口につけた。
「最近、場内がきな臭い動きがある。デュクロスを中心に。何かを企んでいるのは分かるのだがそれ以上は…………は、な。それを探って欲しい王国の存続に関わるかもしれないと勘が言っていてな」
「ヒルベルト家で調べてですか?」
「ヒルベルトの優秀なのは出払っている。各地で破滅と思わしきモンスターが急に姿を消したからな。安心できぬと殿下がな。それについては反論は無い。大事なことだ。だが、今いないのは痛かった。それでも一応はつかめてな。近日中に事が起こるとの事だ。それで数日逗留して事件が起これば対処して欲しい。恐らく前段階で留めるのはムリだろう」
「…………遅いですよ。決行は今日なんですから」
蛍火がさらりと口にした言葉は随分と重かった。しかし、何故蛍火が知っているかというと簡単だ。
これから起こる事件に企画者が蛍火本人だからだ。間にロベリアを挟んでいるがこれから起こる謀反に必要な段取りと考えたのは他ならぬ蛍火である。
ついでに発見された機械の取扱説明書を作成したのも蛍火だったりする。
白の主としての混乱が目的ではなく契約者新城蛍火としての行動。否、唯の『新城蛍火』としての行動。
「ちょっと待てっ!!! 知っているのなら何故教えな――」
激昂する議長の言葉を議長の顔の前に突き出された封筒。それは先日蛍火が用意したものである。
「今回の事件に関わっていそうな人物と各議員、貴族の不祥事の纏めです。さっさと王国の膿を出してください」
本来の目的はそこだ。蛍火はデュクロスを利用することによってこれからの戦争の邪魔となる人物の排除が目的としている。
破滅と通じている者(ロベリアに確認済み)や戦後大河達を排除する策を練っている者などの不祥事が書き連ねてある。
企画者だけあって容易は周到。
「今回の事件を利用すると?」
「まぁ、そんな感じです。下手人を大河に仕立て上げてクレア王女と一緒に世界追放。いやはや、甘いですね〜」
もし蛍火が謀反人本人であれば確実にクレアを殺害する。後顧の憂いを自ら残すなど愚の骨頂。
世界から追放したとてミュリエルを使えば呼び戻す事は可能だ。時間断層のせいで何年か遅れるかもしれないが正しい血統は必ず戻ってくる。
良心が痛むとしても後顧の憂いを断たぬのは甘さでしかない。失うモノが無い者ほど恐ろしいモノはない。
「先に言ってくれ。寿命が縮む」
「悪戯心です。私もある程度手を出します。あぁ、今回は司法にのっとりますからご安心を」
「君が敵でなくてよかったとコレをみるとつくづく思う」
お互いに苦笑しながら鳴らしたグラスの酒は味わい深かった。
蛍火は杯を交わす傍らで、二人の王女の会談を盗み聞きしていた。捨てられたはずの王女が今も人の上に立つ王女に全てを話している姿を。
その姿に蛍火はそっと溜息をついた。
翌朝、蛍火は場所が変わってしまったとしても鍛錬を休むことはなかった。毎日のように朝と夜、深夜に鍛錬を繰り返していたのに昨夜は深夜の鍛錬を止めざるを得なかった。さすがに王城の中から逆召喚を行ってガルガンチュアまで飛ぶ気は起きなかったので。
軽く汗を拭いつつ部屋に近づくたびに異様な気配を蛍火は感じ取った。
その事に蛍火は嘆息した。これから描かれるシナリオが簡単に推測でき、その内容に稚拙に呆れるほかなかった。
種は蒔けども育てるのは他の人間という事もありこれはこれで仕方ないと諦めながらドアを開けた。
そこには、刃を寝ているレンに突きつけながら武器を構えている幾人かの兵士。
その瞬間、蛍火の思考は今までに類を見ないほどに沸騰した。
神速とも呼べる踏み込み。一歩目にしてトップスピードに乗り、レンに刃を突きつけている兵士に近づいた。
刃は抜かない。レンがいる前で血を流すわけには行かない。王城だからなどという優しい事情ではない。レンがいる前で刃を振るえば血がレンについてしまうかもしれないという理由だけだった。
だが、容赦するつもりを蛍火は欠片も持っていない。
全ての兵士が呆気に取られている間にレンに刃を突きつけている兵士の懐に入り、アッパーカットに似た拳撃。
兵士の身体が浮いたところで足を折りたたみつつも器用に真上に跳ね上げ兵士の顎を蹴り砕かんばかりの勢いで打ち抜く。
部屋中に鋼糸を瞬時に巻きつけ兵士の腕を拘束し、一気に間接を無理やり外す。
兵士が悲鳴を上げるよりも早く鋼糸を解除し下がってくる兵士の咽喉下を片腕で押さえ込み空に釣り上げた。
咽喉を握り潰さんばかりの力を込めて兵士がいる方向に身体を入れ替えた。
瞬く間に成し遂げられそれを誇るでもなく蛍火は憎しみが篭った瞳で他の兵士を睨みつけた。
「この娘を泣かせたら殺す。傷一つつけようモノならお前達の身体を引き裂く。この娘が恐怖に引きつろうものなら冥府魔道に叩き落す。この娘に何もするな。理解したか、獣共」
指向性を持った質量を伴う濃縮された殺意を撒き散らす。違え様ものならば言葉どおりの結末が待ち受けると頭ではなく兵士の身体が理解した。
兵士達は冷や汗すら流せずにカタカタと震えた。レベルなどの問題ではなく次元が違う。
「うぅうん」
緊迫した空気の中愛らしい声が部屋に響いた。
同時に蛍火は泡を吹き始めた兵士を他の兵士に投げ捨てレンが寝ている隣に身体を移した。
先ほどまで纏っていた殺意は一瞬に霧散し柔らかい笑みを浮かべてレンの髪を撫でた。
「おはようごじゃいましゅ」
「はい、おはよう。今日はちょっと身支度をお手伝いできませんが出来ますよね?」
「うにゅ」
眠たげにしながらも船をこいでいるのとは明らかに違う形で首が縦に動いた。
その様子をまさに子供がしっかりと出来たことを喜ぶ親のように眼を細めた。
「さて、レディの着替えを覗くのが兵士の仕事ではないでしょう? 逃げるつもりはありませんから外に出てください」
すごむわけでもなく当たり前の言葉に兵士達は慌てて首を縦に何度も振った。
「物騒な様子でしたが私にかかった容疑は?」
「…………国家反逆罪だ。陛下を傷つけた犯人として貴方と当真大河が上がっている」
「しかし、レンを人質にしようなんて」
「上からの命令だ」
兵士は憮然としつつも軍人として最も正しい答えをはじき出した。人として間違っているなどという論議は必要ない。寧ろ合理的とすら言えよう。
但し、それが蛍火や大河でなければの話。召喚器という規格外のモノを持ち、かつ近接戦闘を得意とする二人ならば室内であれば一歩で人質の前まで踏み込める。
しかも、人質にした相手が悪かった。蛍火にとって全次元世界の中で何よりも大切なレンを人質にしたのだから、本来ならミンチにされていてもおかしくない。
「あっ、すみません。サンドイッチを四人前、バスケットに至急用意してもらえますか? 後、水筒四人分も」
通りがかった以前クレアの部屋で珈琲を淹れてくれた女中が通りがかったことをいい事に蛍火は注文をつけた。
女中は蛍火の姿を確認した途端に慌てだし、注文を繰り返すこともなくすっ飛んでいった。その様子を蛍火はつぶさに観察し、
(なるほど、周りに確実に知られる前に事を終わらせる気か。シャルロッテを使うのならそれが最善だろうな)
デュクロスがどれ程事を迅速に進めたかを理解した。
バスケットが届くのとレンが着替え終わるのを蛍火と兵士達は静かに待ち続けた。
「くぉらっ!! 何で俺がこんな所に閉じ込められないといけないんだよっ!!!」
蛍火と同じように容疑を掛けられた大河は城奥深くの牢屋に閉じ込められて叫んだ。
「うるさいですよ、大河。ご飯でも食べて少しは静かにしてください」
ほの暗い牢屋の奥から聞き知った声が聞こえ、大河は安堵した。無論、その声は蛍火だった。
それ以外にもレンとクレアもいた。行儀良く座りながら一生懸命にサンドイッチを食べている姿が牢屋に閉じ込められている事を一瞬忘れさせた。
状況をまだ完全に把握しきれずに戸惑いながらも大河はクレアの隣に陣取りサンドイッチに手を付けた。
素材、味ともに一級品なのに場所が場所だけに美味しく感じられず大河は眉をひそめた。
「それで、蛍火はなんでここにいんのよ」
「大河と同じ容疑を掛けられましてね。レンは私が暴れないための措置でしょう。クレア王女は謀反にあって幽閉と見るのが一番ですね」
「なるほど…………んで脱出の手立ては?」
「召喚器は出せない。武器は取り上げられた、お手上げです」
おどけたように蛍火は諸手を挙げた。実際、この牢獄では召喚器を呼び出すことが出来ない。
救世主候補や王族、宮廷魔術師などの特別な人物を閉じ込める為に作られたこの牢獄ではマナの結合が阻害され、魔法を使う事は無論のこと、召喚器すら呼び出すことが不可能。
鉄格子も特殊な素材で出来ているのでちょっとやそっとの衝撃では壊れない。
尚、蛍火は表向き武器を取り上げられているがまだ幾つか隠し持っていて脱出するのはそれほど難しくない。しかし、これからのことを知っている蛍火は静観するツモリだった。基本的にアヴァターから放り出されても蛍火ならば足手まといがいようがどんな世界でも生きていくことが可能で、戻ってくることも可能である。これからどんな事が起きても蛍火は対処可能だから余裕を持っている。
「これ壊せないのかよ?」
「大河が試してみたらどうですか? 召喚器の無い状態や魔法でブーストをかけてない人間の身体は存外脆いですよ」
そこまで蛍火に言われては大河も諦めるしかなかった。理不尽の権化の蛍火があっさりと諦めるのなら本当に諦めるしかない状況なのだ。
「しかし、マナの結合を阻害する牢屋ですか。これが噂のAMFってやつですね〜」
「アウトっ!! それ思いっきりアウトだからなっ!!」
「冗句です。余裕がない状況なら尚の事心に余裕を持たねば」
「正論だけど場所と発言をわきまえてくれ」
大河の言葉に蛍火は肩をすくめ、レンが零したパンくずを綺麗に纏め始めた。どこまでも過保護だ。
「クレアも大丈夫そうだな」
「うっ、うん。大丈夫だ」
クレアの言葉に大河は何処か違和感を覚えた。いつもの覇気が全く感じられない。
それとクレア特有の何処までも尊大な態度も見られないが、牢獄に閉じ込められているからだと大河は思い込んだ。
「んで、ドラ○もん。何でここでは俺達は召喚器を使えないんだ?」
「遺失装置という奴ですね。セルに渡したアクレイギアよりも上位のモノ。この場の許容値以内であるのならば容赦なくマナの結合を阻害する。王族が作ったというよりも、王族が見つけてそれを使用しているという方が正解ですね」
救世主候補すらも閉じ込めてしまう事のできるこの牢獄は明らかにオーバーテクノロジーだ。レベリオンやガルガンチュアの用に攻撃性こそないが、現代どころかアヴァターの近未来であったとしても再現が不可能。
最も、覚醒した救世主であればこの牢獄は紙の如く破壊でき、蛍火が全力を出した時や大河の理性がキレている状態ならば脱出は可能となる。その後の被害を考えなければ。
「自分が閉じ込められた時の事を考えたら、残しておくか?」
有用性は認めるも、その危険性を文字通り身で味わっている大河からすればなんで捨てなかったと思うより他ない。道具とは誰もが使えるのであれば危険すぎる。使い手を選ぶか、使える手段を限定しない限り、それは被害しか及ぼさない。
「王家の血筋の者にしか使用できないようになっていますから。それに、必要ではありますよ。千年という長い安寧な時間は人や政治を腐らせるには長すぎる。五十年ですら腐るというのだから、千年を越える為には適度に間引く必要があります」
間引くという言葉を聞いて大河は身を震わせた。蛍火の言が正しいのなら、この獄中にて怨嗟を撒き散らしながら死に絶えた者がいるのだ。それも千年、否、バーンフリート王家が始まってからの長すぎる時の間に埋もれた者達の怨嗟が。
しかし、大河の心配は無用でしかない。この場にレンと蛍火が一緒にいるのなら、危害を加えるようなモノが近くにあるはずもない。蛍火が排除済みである。例え、魔法が使えなくとも、根性で蛍火は排除してしまうだろう。赤の力を使えないはずなのに。
食事をしながらの雑談にも飽きてきた頃に、大河と蛍火は昨日の事について話し合っていた。大河としては賢人議会の議長などというお偉いさん(クレアが偉いと知っていても、理解できていない)とどんな会話をしたのかが気になったのだ。だが、聞いてしまうとなんて事はない、親馬鹿談義。
偉い人間でも普通の人と変らないなぁ〜とのんきに考えているところで、蛍火に聞き返され、クレアとの事を根掘り葉掘り聞かれる。その中で、デュクロスという単語を思い出したときに大河は苦い顔をした。大河をこの場に放り込んだのはデュクロスだったのだから、苦い顔をするのも当然といえる。
「しっかし、何処かでダウニーに似てると思ってたけど、やっぱ陰険なヤツだったか」
「それは私の事ですかな?」
「デュクロスっ!!!」
待ってましたとばかりに出てきたデュクロスに大河は犬歯をむき出して憎々しげににらみつけた。
唸る大河を涼しげな表情でデュクロスは微笑んだ。それは正しく動物園の動物を見るような眼だった。
「さて、クレア王女殿下。貴女にはこの世界から出ていってもらいましょう」
「私を追放して何を手にする? 私でなければ動かないモノもあるというのに」
大河に興味はもうないのかデュクロスはクレアに顔を向けていた。そんなデュクロスを心底馬鹿にしたような姿をしたままクレアは毅然と答える。王宮には血筋の証明によってでしか稼働しないモノは確かにある。また王族だけにしか伝えられていないモノも確かに存在する。
だが、何かの弾みで次代に伝えられない事もある。その時の事を考えていないほどこの王家は愚かではない。
「ご安心を、そのためのシャルロッテですので」
デュクロスの背中の後ろからゆっくりと姿を現すのはクレアと同じ姿をした少女。その姿は、大河と共に牢獄に収容されている少女よりも覇気が強い。どちらかといえば、デュクロスの背中にいる少女の方がクレアらしくある。
「姉上、今までお疲れ様です。後は私がこの国を動かしますのでごゆるりと休暇をお取りください」
「彼女は正真正銘王家の血を引く者。クレア王女殿下、貴方が生まれた時に忙殺された双子の妹ですよ。私の家の者が密かに保護していた、間違いなく本物の王女です」
二日前に大河が出会った少女。それはあまりにもクレアに似ていた。それもそうだろう。目の前の少女はクレアの双子の妹だった存在だったのだ。その事に大河は得心が行った。あまりにも似ている風貌。覚悟を決めた時の瞳の色合い。どこまでも似ていた。
ここまで似ているのなら入れ替えられても大半の人間は気付けない。
「クレアとロッテを入れ替えて何をしようってんだ」
「破滅と手を組むのですよ。破滅は我々の手ではあまる。手を組めるのならば潔く組めばいい。対立していられるほど、破滅は弱くなどなく、我々は強くない」
「愚かな、破滅なぞと手を組めるはずもなかろうに」
クレアの言は正しい。破滅とはそもそも理性なくした存在。そんな存在といつまでも手を組み続けられうはずもない。無論、今回は破滅の民などが参加しているから会話は可能だが、破滅の本質は純然たる破壊。仲良くする事など不可能。
それにダウニーと対等に渡り合うにはデュクロスは小物すぎる。
「我々は貴女ほど強くあり続けられないのですよ、クレア王女殿下」
デュクロスの言葉も一理あるのだ。誰だって力があるわけではない。長いものに巻かれて生きていくしかない存在だっている。大河やクレアのように自らのしたい事をして、自らの信念を貫き通せる人間などそれこそ極少数。
牢獄から連れだされ、大河達は巨大な魔法陣と機械が直結している部屋に連れられる。そこは、本来大河とクレアが調査に来るはずだった場所。
「この世界からの追放という寛大な処置に感謝しなさい。あてもない世界では王女殿下も寂しいでしょうから、彼を付けましょう。せめてもの情けです」
あくまでも蛍火がここにいるのはおまけと言っている。実際、蛍火がこの場所に来るのはデュクロスにとってもイレギュラーだったのだ。
そのイレギュラーである蛍火が何所までも静観している事にデュクロスは言い知れない不安を感じるが黙殺する。レンに甘い蛍火がここで何か暴動を起こすはずがないと自らに言い聞かせて恐怖をやわらげる。
デュクロスの手下達が機械に触り、魔法陣を発動させる。その魔法陣は召喚魔法と同等の魔法。
どことも知れない世界に誘う魔法。
「姉上……」
「あぁ〜、いい加減、茶番を演じるのも疲れました。という訳でお伝えしておきます」
今まで静観していた蛍火が突如口を開く。口の開いた先にはデュクロスの傍にいるロッテ。
魔法陣が光輝く。止める事の出来ない段階まで来て蛍火は不敵に笑っている。否、そもそもこの事態で知らぬ事などほぼない蛍火が笑うのは当り前だろう。
昨夜から蛍火はこの事件に関わるデュクロスとクレアとロッテに監視をつけていた蛍火が何も知らないはずがない。
「このまま国外追放だと大河と彼女がいい関係になっちゃいますよ? 私は後押ししますからこう、男と女の関係になったり? いいんですか? そんな事を貴女が許せるとは思えませんが…………。たまには柵なんぞとらわれず心のままに動くのもいいでしょうね。ねぇ、クレア王女殿下?」
笑顔の先にはロッテと名乗っていたはずの少女。そこにはデュクロスの隣にいる少女が僅かな驚きと共に必死に表情を殺していた。
昨日に大河の部屋に来たのはクレアではなく、ロッテだった。そして大河の言葉に心動いたロッテは本来の役目を捨てて大河と一緒に生きる事を選んだ。それは、小さな少女の願い。復讐に生きるのではなくこれからを生きたいという願い。
そして、ロッテは全てをクレアに話した。話を聞いたクレアはデュクロスの企てを逆に利用すべく動いていた。王女としての正しい事をなさんとする為に動いていたのだが、王女とて少女。目の前で己と瓜二つの少女が好きな男と添い遂げられるようにされると知っては怒りが生まれてしまう。瓜二つであるからこそ余計に。
デュクロスの後ろにいたクレアはデュクロスの腕を振り払い大河の元へ駆け出した。その姿はまさに恋する乙女。
魔法陣は発動寸前。もはや止める事は叶わず、魔法陣の中と外が隔てられる寸前にクレアは中に潜り込み、大河の腕の中に飛び込んだ。
「新城、蛍火―――――っ!!! どういう心算だっ!!」
「やですね〜。恋する乙女の邪魔をしようとするなんて馬に蹴られて死ねばいいのに。それにこの方が楽しいでしょう?」
心底、楽しそうにしている蛍火は魔法陣が完全に発動する瞬間でも笑っている。
その手には一振りのナイフ。そのナイフを手に挟んだまま勢いよく飛ばして、魔法陣と直結している機械の一部につきたてる。
「二人の王女と英雄の密月を邪魔しないでくださいね〜」
最後の最後で邪魔をした蛍火はバイバイと手を振りながら、デュクロスにとって気分の悪くなる笑みを浮かべながら魔法陣によって転送された。
「ロッテ、コレが――――――――」
大河達五人が消える間際に囁かれた声は一体、誰の声だったのか。
「すぐに修復して、ロッテを連れ戻せっ!!」
計画の破綻にデュクロスは青筋を浮かべながら、部下に機械の修復を命じた。
残ったモノは瓦解した己の野望のみ。
後書き
さて、原作と違ってクレアが大河達に付いていく事に!! 原作ではクレアかロッテのどちらかが残るのですが、この話では両方とも付いていきます。姉妹丼かもしれないですw
蛍火の中で本当に大事な部分にいるレンだという事が今回で証明されました。内外共に蛍火を抑える為にレンに手を出そうとすると痛い目に合うどころで済まない事が露見してしまいました。なんと言う親馬鹿w
異世界に飛ばされてしまった五人はいったい何処に行ってしまうのか、こうご期待!
あはは、これからという所で邪魔をする蛍火。
美姫 「これにより、五人揃って転送されると」
一体、どこに行くのかな。
美姫 「大河の世界に行くのか、それとも……」
うーん、続きが気になるな〜。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。