初めに悲恋になると確定された恋程、辛いものはないだろう。

 どんなに足掻いても、もがいても悲恋になる事は確定している。

 

 シンデレラが時間(タイムリミット)を忘れなかった物語のように、王子に恋してしまった人魚姫の物語のように終りは必然と消失。

 

 

 定まっていると知りながら足掻く。定まっていないと願いながらもがく。

 この恋に、明確な終りがない事を願う。

 

 悲恋の物語は美しい。悲恋であるが故にその恋は、儚く輝かしいばかりに光る。

 悲恋だからこそ必ずといっていいほどに幸せは永遠に続かない。なんと悲しい事だろう。

 

悲恋であるからこそ美しいなど皮肉でしかない。

 

 

 これはそんな悲恋の物語。

 終りを知らない光が盲目なまでに綺麗な結末(ハッピーエンド)を願い、終りを知る闇が悲しい結末(バッドエンド)に哀悼を捧げる。

 

 幸せになれる事を願って必死に足掻く。幸せにならないと知りながら眺める事しかしない。

 

 

 

 この物語は作られし命持つ少女達の僅かな軌跡。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝 喪失の調、諦念の嘆き 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都アーグ。

 夜とはいえ、中央通りにはにぎやかだ。

 様々な地方から人や物が集まるアヴァター文化の中心。

 たとえ、破滅の脈動が感じられたとしても人の生活の根幹に関わる部分に変化は訪れていない。

 

「あぁ〜、やっぱり王都の活気は違うなぁ〜」

 

 仕事終わりの人間が帰路についている事も相まって中央通りには開放感が満ち溢れていた。

 

 そんな中で道行く人々と同じく開放感に浸っている大河。

 共に誰も付けずに一人、道行く人々を眺めている。

 

「さぁ〜て、久しぶりに外で飯食うか」

 

 救世主候補と認められて色々なことをしている大河だが、元は普通の高校生。

 ジャンクな物も食べたくなるし、歩き食いもしたくなる。

 

 大河の性格を良く知る者ならナンパを何故しないっ!? と叫ぶだろうが、すでにベリオとリコを抱いて、カエデに色々とさせている身。さらに他の女性に手を出そうと思えば刺される

 

 最近、リコとベリオが蛍火に煽られてか過激化していく一方なのでナンパは自重していた。

 

 

 

 さすがに恋愛が縺れて刺されるなど洒落にならないと大河も理解している。

 

 

 

 

 

 

「お前さん、そら、そこ行くお前さん!」

 

 ふらふらと歩いている大河に向かって掛けられる声。

 年輪を感じさせる嗄れた女性の声。

 

「へ?」

 

 訝しげに振り向いた大河の眼に移ったのは中央通りの片隅に店を構えている老婆。

 小さな机の上に水晶球を乗せていた。それだけしかない店。

 女性は暗い色のローブを纏い、分厚いフードで面を隠していた。

 だが、フードの奥に爛々と輝く強い意志の瞳だけが印象的だった。

 

「物乞い?」

「ワシの姿を見てどこが物乞いに見える!」

 

 占い師と思わしき女性はぶち切れていた。

 さすがに物乞い扱いは酷い。

 

「やっ、俺、この世界の標準型じゃないから」

「…………………………異世界から召喚されたなんて事は見れば分かるわい」

 

 老婆は目の前の人間があらゆる意味で規格外だという事を理解して怒る気を霧散させていた。

 長く生きているからこそわかるのだろう。

 

 というか大河は蛍火と同じように何処の世界に行っても標準型ではない。

 

 そんな老婆の心境にまったく気付こうともしない大河は驚いていた。

 

「へぇ、婆さん、凄いな。俺を見てそんな事がすぐに分かるなんて。それもやっぱり魔法かなんかか?」

「ワシは占いを生業としておるでの。それよりお前さんを呼び止めた訳なんじゃが……」

「なんだ? 言っとくけど俺は占いを信じてないぞ? ついでにそんなのに払う金は持ってない」

「……ククッ、そうか。では、占い婆のお節介と思って聞いとくれ」

 

 大河の反応があまりにも面白いのか笑う老婆。

 それはまるで知っている通りの反応だと言うように。

 

 だが、それもすぐに潜めていた。

 占い師というのも伊達ではなく、その雰囲気は重く、神秘的なモノになっていた。

 

「今宵、お前さんは運命に出逢う」

「はっ?」

「そう、お前さんの往く道を標す運命にな」

 

 唐突に出てきた運命と言う言葉。

 往く先を標す運命とまで言われれば普通、取り乱すものだが大河は違った。

 

「あぁ〜、わりぃ、婆さん。俺は運命も占いも信じてないんだわ。そんなもんは自分で切り開くモンだろ?」

「……それならそれでいい。占いなんぞ受け取り方はひとそれぞれじゃ。この婆の言った事を少しでも覚えてくれていればいい」

「あいよ。しかし……なんぞねぇ? あんたそれを生業にしてんだろ?」

「信じぬ者はどんなに言ったとしても信じぬよ。だからそういう者にとってはそんなもんじゃよ」

「違いねぇ」

 

 老婆と大河は笑いあう。

 占いと言うモノの本質を知っている為に信じない事で笑い合える。

 

「……でもよ、なんでまた俺を呼び止めてまで色々言ってくれたんだ?」

「……何故…………か。お節介を焼いたのはお前さんの背にかかる重い重い運命はこの世界を左右するほどの大きなものだとこの婆には見えるでの。気をつけていくんだよ。往く道はとても険しく、そして遥かなモノだとこの婆には見える」

「……あぁ、ご忠告あんがとよ。そんじゃな」

 

 老婆から送られた言葉はとても意味深なものなのに大河はさして気にしている様子もなく去ろうとする。

 まだ見えもしない未来、そしてこの世界の命運を言われても信じきれない。

 

 それは大河とて同じ。大河はこの物語りの真実も事実も知りはしないのだから……

 

 

「ちょいとお待ち。婆の与太話に付き合ってくれた礼にこれでもやろう」

「なんだこれ?」

 

 占い師が差し出したのはそれなりに質のいい袋。渡された袋は掌に納まるほどに小さい。

 袋が膨らんでいることから、袋自体ではなくて中身が礼だろう。

 

「エリクサー――――

「エリクサー!?」

――とは違って死者は生き返りはせんが、万病に効くといわれている薬じゃよ」

「違うのかよ! ……ってそれだけでも凄いけどさ!!」

 

 エリクサー。ゲームなどにある万病に効き、死者すら蘇えらせる霊薬。人の永遠の夢を実現した薬。

 全ての世界の根幹に位置するアヴァターにならあるかもしれないと思われがちだが……そんな奇蹟の薬は存在しない。

 アヴァターとて死者は蘇らないという鉄則は覆らない。

 

 死霊術でさえ、ある程度決まりがあり……本当に死者を蘇えらせる事は不可能。

 

 

 そして、万病に効く薬などあるはずもない。

 病によって原因は異なり、解決方法も異なる。だとすれば全ての病に効く薬などあるはずもない。

 

 それもこのアヴァターとて同じ。

 万病に効く薬など伝説や御伽噺の中でしか存在しない。

 

 それを知っている為に大河は老婆と出会った時以上に訝しげな視線で袋を眺めた。

 

「本物かよ?」

「さぁ? 言われているだけで効果が本物であるのかどうかは知らんよ」

「無責任だな」

 

 手元にある怪しげな薬を訝しげに大河は見つめる。使われたこともない薬には恐ろしさが付きまとう。そもそも、薬なんてモノは劣化するのだから、老婆が随分と前から持っている時点で使えるかどうかすらも疑わしい。だが、ファンタジーの世界なのだから何百年立っても効力が失われないという可能性があるかもしれないとも大河は思った。

 

 

「本当に万病に効くとして……今まで健康に過ごしてきた人間が試そうと思うか?」

 

 いざという時に効くかもしれない薬。

 もし、本物だとしてそれを試すために風邪等に使えるはずもない。

 ましてや他の難病に苦しんでいる人間に使おうとも思えない。手元にあるのが少量であるのなら尚の事。

 

「……だよなぁ〜。んでもなんでくれたんだ?」

「何っ、老い先短いワシよりもこれより困難な道を進むお前さん持っておるほうがいいじゃろ?」

 

 ほほほっと、軽快に笑う老婆。

 その声は本当に大河を気遣うおばあちゃんのような声だった。

 

「あんがと」

 

 大河はぎゅっと掌に収まっている袋を握り締めて老婆に背中を見せて雑踏に紛れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか」

 

 大河を見送っていた老婆の後ろから唐突に声が上がる。

 そこには布で口元を覆った真っ黒で怪しげな人間がいた。

 

 怪しげな人間が声を発すると老婆は同時に近所の気のいい老婆でもなく、占い師としてでもなく、鋭利な気配を纏っていた。

 

「そうじゃな。これで良いのか? ラプラス」

「あぁ、こちらの要望通りにあの袋を渡してくれたからな……ところであの占いは本当に出ていたのか?」

「……そうじゃよ。表の生業を占い師をやっておるからな。占いで嘘は言わんよ」

「…………なるほど」

 

 意味深に頷くラプラス――蛍火。

 老婆の占いが示す意味を知る蛍火は……老婆の腕に感心して笑う。

 

「だからこそ、あんたに頼んだんだが……な」

「こんな回りくどい手を使わずとも他に方法があるじゃろうよ」

「まぁな。だが……何事にも演出は必要だろ?」

「趣味が悪いな」

「かもな」

 

 お互いに入りきらない言葉の応酬。

 二人の言葉の応酬、気配は決して普通に生きている人間に出せるものではない。

 

 

 

 

「相変わらずか。それであの中身は本当に万病に効くのか?」

 

 ふいにふられた言葉に蛍火は笑う。

 大河の前では気のいいお婆ちゃんを演じ切れていてもやはり目の前の老婆は人間なのだ。

 

「そんな与太話を裏の世界に俺よりも長く居るアンタが信じるのか?」

 

 馬鹿にした口調。

 彼女は表を占い師、裏を情報屋というスタイルを持っている。

 占い師と情報屋というのは案外繋がるモノ。占い師相手ならば秘密の相談や秘密の事業の吉凶を占う為に口にする。

 それを売り買いしている。占い師や神父などは意外と裏に繋がりやすい。

 

「与太話でしかないドラゴンを殺した者が持っていたとなれば疑いはするじゃろ?」

「……そんなモノか」

「そういうものじゃよ」

 

 ドラゴンの翼膜を取りに行く為にこの老婆の情報網を使ったのは失敗だったかと蛍火は思案顔をしていた。

 情報は何処で漏れるのか分からない。

 

「期待しているところ悪いが、万病に効く霊薬など存在しない」

 

 禁書庫を探り、古代よりこの世界に棲む龍と会話した蛍火でさえ万病に効く霊薬の存在を知らない。

 人の夢は結局儚いモノ。古来より続く人の夢は叶わぬモノ。

 

「ふむ……そうか。それではアレの中身は?」

「アンタも知っている。材料さえそろえばそこらの三流の魔術師でさえ作れるぞ?」

「はっ?」

 

 思わぬ言葉に呆ける老婆。

 その姿にくつくつと意地が悪い笑みを蛍火は浮かべていた。

 世話になることが多い為にこういった表情はあまり見ない。

 

「マナ代謝を高める唯の秘薬だ」

「…………それは薬ではなく毒だろうが」

 

 アヴァターを根幹とする世界の人間には必ずマナを取り込む機能がある。

 無論それは、体機能であるが……器官が存在するわけではない。

 

 強いて言えば魂や精神にあると言えるもの。

 

 マナを取り込むことによって全ての生命は命を維持している。

 それはマナ濃度が薄い世界であっても――その場合は、その世界のマナ濃度に適した要求量になるが。

 簡単に例えるとマナとは酸素に近い。生命活動に確実に必要で場所によって濃度が変わるという点では変わりはない。

 

 人などのある程度の有機生命体は生息している場所の濃度に応じて代謝率をある程度変化させる事が出来る。

 しかし、ゴーレムなどのようにマナを活動の生命源にしている存在はマナが著しく低い世界では生きていくことができない。

 無論、それはゴーレムのような魔道生命体でなくともマナで体器官の何かを維持している存在はマナが低い世界では制限を受けてしまう。

 

 またマナ代謝が高ければ、傷の治りも早く魔力の回復も早い。

 だが、それは生れ落ちた時点で定まっているもの。魔術師や神官などは生まれつきその代謝機能が高い。

体に持つ余剰分が一般人よりも多いために魔術などというものが使えるのだ。無論、救世主候補も代謝率が一般人を軽く凌駕する。

 

 

 大河に渡した秘薬。それはマナ代謝を通常以上に早めるもの。

 周囲のマナを積極的に取り入れることを加速する秘薬。

 

 格上の魔術師に勝つために作られたといわれているがここでは関係ないので割愛。

 

 

 その薬は確かに一時的にマナ代謝を上げ、保有魔力量を上げる。

 しかしそれは結局一時的なモノに過ぎない。

 

 マナ濃度が高いアヴァターで使えば……扱いきれないマナと魔力量によって死ぬ。

 アヴァターで使う限り、大河に渡した秘薬は一般人が服用すれば死亡が確定している毒。救世主候補は代謝量が常識はずれなので服用しても死ぬ確率は低い。そのあと、色々と身体的に制限を受けてしまうだろうが。

 

 尚、アヴァターで知られていても使われないのは材料の入手があまりにも困難なためと命惜しさ故、

 

 

 

「毒とて処方量を間違えなければ薬になる」

「そうじゃが……あの分量は通常量じゃろ?」

「まぁな。あんたが気にする事じゃないさ」

「……確かに、ワシが幾ら気にしたところで、もうあの者の手に渡ってしまった後じゃからな」

 

 やれやれといった風に老婆はあの薬の責任を放棄する。

 元々蛍火に任された仕事。本来の責は蛍火にある。知らないで済まされない事もあるが、今回は例外。

 

「あの薬は本当に役立つのか?」

「あんたが言ったこれからアイツに起こる運命を…………一日だけ遅らせる事は出来る」

「捻じ曲げたり、変えたりではなくか?」

 

 老婆の言葉に蛍火は複雑な笑みを浮かべながら首を振った。

 それは本当に悲壮的で、悲しみを称えた笑み。抗うことが出来ずに朽ち果てる者の笑み。

 裏でこれから起こる事を彼自身が組み立てている為に渡したモノがどれ程しか効かないか知っている。

 

「あぁ、簡単に運命は変えられない」

「……あの者と正反対の事をいうのだな」

「あいつと俺は元々対極だからな」

 

 苦笑と供に吐き出された言葉には様々な意味が含まれていた。

 だが、その含められた意味を老婆は一部しか感じられない。彼はそもそも己が本当に思っている事を表に出すような性格ではない。

 

「…………さて、アイツに関する話は終りでもう一つの仕事の進行状況はどうだ?」

「……明日には書面にして渡せるぐらいじゃよ」

「了解、また明日来る」

「お主がやればいいじゃろうに…………」

「表の仕事が急がしてくてな……」

 

 無論、蛍火にとっての表の仕事とは複数ある。

 喫茶店のマスターに、救世主候補、講師、稀に出張執事。

 副職が多すぎだ。裏としても諜報活動に白の主。そして…………

 

「そうかい。しかし、証拠を集めて断罪。正義の味方のつもりなのかい?」

 

 老婆は蛍火がすでに不正やクレアの邪魔となる行動をとった者達を殺している事を知っている。

 

 だが、老婆にはそこまでして王宮を敵に回す理由を理解していなかった。

 それは当たり前。老婆は結局、蛍火が動く理由を知らない。

 

 蛍火は老婆の言葉に笑った。嘲るほどに歪った笑みで。

 

「まさか、俺がしているのは俺が邪魔だと思ったからだ。人を殺しておいて正義を語るほど俺は自らの行いを正当化していない」

 

 正義であれば人を殺していいという訳ではない。理由があるからといって人を殺していい訳でもない。誰かの為に人を殺すなどもっての外、

 しかし、蛍火は理由をもって殺す。自らを悪だと断じながら行う。

 

 決して己の行いが正しいものだと認識していない。

 

 蛍火は信念に殉じて行動できるほど妄信的ではない。目的の為に手段を選ばないだけ。

 

 

 

 

 

 

「アンタも気をつけるんだね。アンタの肩にも当真大河のように重いモノがあるから」

「…………知ってるさ」

 

 この物語のからくりをしっている蛍火は自らの最終的な役割を……どんな結末を迎えるかすら知ってしまっている。

 観護に与えられた役割でもなく、自らが定めた役割でもなく、まったく別の何かに与えられてしまった役割。

 知りたくないと思うほどに、他人が知れば呆れてしまうほどの結末を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火は雑踏に消えてしまった大河がいると思わしき方向に視線を向けた。

 

「『運命は己で切り開くモノ』……か。命を運ぶ流れだからこそ『運命』と呼ぶんだ。

 諦めろとは言わない。だが……『運命』以上にやっかいな『宿命』がある俺たちにはそれは容易ではないぞ?

 第一、俺たちがこの世界に来て出逢った。…………その時点でこの物語の運命は定まっていると言うのに――――――

 

 聞こえるはずのない声を大河に届けようとした言葉か、それとも己に言い聞かせようとしたものか。

 何処とも言えない場所を見つめた蛍火の言葉は風に乗って誰にも届かずに消える。

誰に聞かせたかは蛍火自身にすら分からなかった。

 

 

「知らぬお前は何を手に入れられるのだろうな? この戯曲の中で、俺が仕組んだシナリオの中でお前は何を学ぶのだろうな?

 だが、あぁ、お前には俺のところまで来てもらう。何も知らぬまま、この世界の真実を知りもせず、お前は……選びとれ。連れていってやろう。後悔と憎悪と憤怒に満つる、心の闇へ。まぁ、お前は……そこからでも光に戻るのだろうがな……」

 

 この物語中、唯一深層を知る愚者は嗤う。この仕組まれた物語の中で、劇中劇のシナリオを描く彼は何も知らない大賢に試練を与える。

 誰よりも大賢の可能性を知っているが為に、愚者は試練を与え、試練の中で得られるモノを夢想して嗤う。

 

 その笑みは誰よりも、何よりも、禍々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火が老婆と会談している間に……大河は運命の少女と出逢っていた。

 串焼きを買った所である男性とぶつかり落して、ぶつぶつ文句を言っている所に落ちた串焼きに差し出された手の持ち主が運命の少女だった。

 

 年のころはクレアと同じくらい。その外見からは覇気が全く感じられなかった。

 ボロ布を纏い、頬についた煤等の汚れを全く落せていない。ボロ布から僅かに零れる髪はくすんだ桃色をしていた。煤に汚れていなければ鮮やかな色であるに間違いがないだろうに。

 その年頃特有に未来を夢見る意思が瞳に感じられるず、日々の糧を精一杯に得ている飢えた眼。

 だが、その奥には純粋さが全く失われていない。稀有と言っていいほどに優しい瞳。

 

 落ちた串焼きを手にした少女はすぐさま大河の近くから離れた。

 その手に握り締めた地面に落ちた串焼きを取られないように必死に抱えながら。

 

 そんな姿に大河は苦笑して、手に持つ、まだ綺麗な串焼きを少女に向かって差し出した。

 

「腹、減ってんだろ? こんなけあるし一緒に食べようぜ? 落ちたやつじゃなくて良いヤツを……な?」

 

 優しく声をかける。

 目の前の少女の姿に憐憫を感じたのか、良い物を食べさせようとしていた。

 

 差し出された湯気立つ串焼きと大河を少女は何度も見比べていた。

 

 外見から分かるように他人に優しくされた事が少ないのだろう。

 その為少女は大河の行動を疑うことしか出来なかった。

 

「どうしたよ? そんなんじゃ野良猫みたいだぜ?」

「ノラ…………ネコ?」

「なんだ? 知らないのか? カエデの正体を知った時にネコはこの世界にもいると思ってたんだけど……王都にしかいないのか? もしかして本当に知らない?」

「……知らない、わからない」

 

 一般的ではないのか、裕福層でしか飼えないのかを大河は知らない。

 

 

「まぁ、可愛いって事だよ」

「可愛い?」

 

 少女は大河の言葉に首を捻った。

 少女を見ればその理由も察しが付く。ぼろぼろで他者の相手をする余裕もなく一人で生きる。

 人とのふれあいのない生活では自らの容姿に気遣う必要もなく、他者から容姿を褒められる事もない。

 

 少女にとって容姿を褒められる機会がない為に大河の言葉の意味を鵜呑みにする事が出来なかった。

 

 

 少女は首を捻る事をやめて、大河の手にある肉を凝視していた。

 己の容姿よりも食い気。空腹を満たす方が先だった。

 

 だが、まだゆっくりとしか大河に向けて手を出さなかった。

 大河の声が、表情が“いい人”に分類されるであろう事は少女にも理解できた。

 

 

 笑顔のまま大河は少女に向かって串を差し出す。手を下げる事は一度もせず、表情も変えないままに、

 その表情に少女は安堵してやっと大河の手から串を受け取った。

 

「……はぐっ…………んぐっ」

 

 いそいそと串の肉を口に運ぶ姿は小動物を髣髴させる。

 わき目も振らずに食べる事に全力を尽くしている少女に大河は同情の視線を向けていた。

 

 大河も子供時代は決して裕福な方ではなかった。

 両親が死に親戚の家に預けられてからは碌に世話をされていなかった。食事も満足に与えられていない。

 

 子供時分の空腹の辛さは大河はよく知っている。目の前の少女よりもマシとはいえ辛いという事は知っていた。

 

「美味いか?」

「うん♪」

 

 声を掛けられるまで黙々と食べていた少女は満面の、正しく花が咲いたような笑みを浮かべて大河に答える。

 少女の笑顔は本当に喜びを顕にしていて見ている者が満足できる、幸せになるような――そんな笑顔だった。

 

 大河もつられて笑みをこぼす。苦しそうにしている子供が満面の笑みを浮かべていれば自然と微笑ましく思えて笑みがこぼれてくる。

 

 

 

 

 

 

  

 

 だが、大河のように思わない人間も多い。否、大河のように思わない人間の方が圧倒的に多い。

 周りからは少女の服装の汚れ具合から近寄らないようにして、乞食とも思える少女を笑いかける奇特な人間と大河を笑いながら見る。

 人によっては二人を指差して話のタネにしながら。

 

 

 そんな人間達に大河は小さく舌打ちした。

 遠巻きに見て、笑うだけなどおこがましい。触れないのなら触れないと貫き通せばいい。

 眼にすら入れなければいいのに……だが、それすらも人の性。

 

 他者と比べて優越に浸ると言う変化させる事は叶わない人に刻まれた罪。

 

「ちっ…………おい、行くぞ」

 

 周りの反応にあからさまな不満の態度と舌打ちをして、少女に手を伸ばしてこの場から引き離そうとする。

 悪意と嘲笑と侮蔑に満ちた眼は……子供には辛すぎる。

 それを大河は身に沁みるほどに知っていた。

 

「なっ、何するの?」

 

 大河が刺しのばした手は少女に届かなかった。身長差からか、大河ののばした手は少女の頭の位置にちょうどあった。

 頭に覆いかぶさりそうな大きな手が少女を怯えさせていた。過剰ともいえるぐらいに、少女はその掌に恐怖を感じ震えていた。

 その掌から逃げるように一歩後ろに下がった。たかだか一歩。されどその一歩は明確な拒絶を示していた。

 

「別になんもしねぇぜ? 唯ちょっと、ここよりも落ち着ける場所に案内しようと思っただけだ」

 

 手をプラプラとさせてその手に悪意が無い事を示そうとする。

 大河の表情とその空気をじっと少女は見つめる。その行為が当たり前であるように少女は大河を見ていた。

 

 

 そして、ほっとため息をつき、険しかった表情が串焼きを差し出した時の表情に戻った。

 大河の掌に、大河の表情から悪意が無い事を読み取ったように、ほっと安心した表情に。

 

 この人ならば信じられるという、年不相応の表情に。

 

「どうした?」

「うぅん、なんでもない…………」

 

 そこで少女は詰ってしまった。

 咽下まで何か言うべき言葉は出てきているというのに声にならない。

 そんなもどかしいそうな表情で少女は困った顔していた。

 

「ごめんなさい。こういう時、どういう風に言えばいいのか分からない」

「……なんだ。そんな事か。礼なんかいいぜ」

 

 清々しいほどに大河は少女に笑う。

 少女の言うべき言葉を理解した為に、大河はそれが何でもないと教える。

 

 大河が行った行為は要らぬお節介に近い。その事を大河は自分が一番知っていた。

 憐れみは……相手を不快にさせるだけ。

 

「そっか、お礼を言うんだ。ありがとう、美味しかったよ。」

 

 咽下まで出掛かっていた言葉をやっと思い出せて嬉しい、大河に掛ける声を見つけられて嬉しい、そして何よりも大河に伝えられることが嬉しくて………そんな唯純粋な喜の感情のみが込められた笑顔が少女からこぼれていた。

 

 笑顔を浮かべることが少ない為にぎこちない表情だった。だが、それは今出来る精一杯の笑顔。

 

 花咲くという表現が見事にあうほどにひっそりとした、されど見惚れてしまうほどの笑顔。

 

 そんな笑顔を魅せ付けられた大河は柄にもなく色々な意味でテレていた。それを隠すために頬をぽりぽりとかいているところも大河らしい。

 

「腹減ってるときはお互い様だぜ。………………そういえば名前聞いてなかったな。俺は大河。当真大河っていうんだ。お前は?」

「私? ……………私は………………ロッテ、シャルロッテ」

 

 少女――ロッテの口から出た言葉に大河は少しばかり驚いた表情をしていた。

 煤がついて汚れた顔、体をすっぽりと隠すローブによって性別が分かっていなかったのだ。

 無論、ロッテほどに小さいと大河の嗅覚が働かなかったという事もある。

 

 どう見てもツルペタで大河の攻略対象外だ。リコには手を出したのに? とかは聞かないように。実年齢が年上なら児ポ法に引っかからないのです!!

 

「そっか、いい名前だな」

 

 ロッテの事を少女だと気付いていなかったことをおくびにも見せずに名前を褒める。

 顔立ちが整っていることから将来は美女になるとふんでの事だろう。その時、微妙に大河の背筋に冷たいモノが走ったが気のせいだ。

 

「んじゃ、落ち着いて食える場所に行こうか?」

「うぅん、今日はもういいよ?」

「いいのか?」

「うん」

 

 大河の引き止める言葉に躊躇を全く見せずに体を少し後ろにロッテは下げていた。

 用事があるのかと少しばかり大河は考えたが、詮索すべきではないと結論をつけた。

 まだ、出合って数分。踏み込むには早すぎる。

 

「そっか、またな。ロッテ」

「うん!」

 

 小さく笑顔を浮かべながらロッテは出合って時よりも元気そうに人ごみの中に入っていった。

そのどこかで見たことのある後姿を人ごみに完全に紛れてしまうまで大河は見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、当真大河は出逢った。運命の少女に、

 これより待ち受ける誰かの手によって作られ、舞台整えられた一幕劇を共に演じる少女と出逢いを果した。

 

 

 

 結末に待ち受けるのを知るのは……舞台の繰り手のみ。

 

 

 

 


後書き

 

 更新が遅れて申し訳ないです。ついでに本編が出せずに申し訳ないです。本編の次の章を一から書き直さないといけない事に気付いて、こちらを急遽あげる事になりました。

 

 今回は大河と蛍火のダブル主人公です。大河の名前が先に来ていることから分かるように、物語はどちらかというと大河重視です。かといって、蛍火側が何の意味もないのかというとそうでもないのですが、詳しくは内緒です。

 

 

 しかし、久しぶりというある意味で初めて蛍火は本気で悪役をやっています。というか物語の黒幕をやるのは初めてでしょう。本編ではあまり書いていませんが実際はかなりこういう事をしているのですがね。

 

 

 

 XrossScrambleを知っている人はこの話がどんなのになるのかはご存知でしょう。二人の王女のSchwarzes Anormales版です。この話は七十七話以降から戦争開始までの間に起こっている話です。明確に何処に入れるのか迷った為に外伝扱いですが、内容は本編と完全にリンクしていて、本編でもこの話が有った事は普通に語られますのでご注意を。




二人の王女か。
美姫 「結末は変わらないのかしらね」
どうだろうな。ともあれ、蛍火が表立ってという言い方もあれだが、黒幕として何かしているみたいだな。
美姫 「その部分が楽しみよね」
ああ。一体、どんな展開が見れるのかな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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