「これは、召喚陣!?」

 

 三人の目の前に現れたのは巨大な規模の召喚陣。ここまで巨大だと何かを呼び出すために特化している可能性もある。イムニティが使える無限召喚陣のようなモノかもしれない。

 だが、本来、そういった類の物は何者かに管理されているはずである。学園にある召喚の塔しかり、イムニティが司る無限召喚陣然り、召喚陣とは基本的に単体では機能しない。それに付随する管理者、もしくは使用者が必要となる。

 

 誰かが消し忘れたとも考えられるが転用される恐れは召喚術者であるのなら必ず考えるはず。故に使用後は消すか、管理されるはずである。稀に管理すべき人間が消失してしまって忘れ去られる可能性もあるがそれは置いておく。

 

 召喚陣という事もあり、世界でも屈指のイムニティが調査する事となった。別に蛍火でも出来ない事はないが、その場合はイムニティが今後いらない子扱いになる為の配慮だったりする。

 

「イム。それは一体、何を呼び出すためのモノですか?」

「………………分からない。製作者はかなり大きな情報量を持つ存在を無作為に呼び出したかったみたいだから…………」

 

 屈指の召喚術師の言葉に蛍火も悩んだ。イムニティの分析によって出た答えは、結局、製作者にすら分からない存在が呼び出される召喚陣だという事だけ。下手をすれば召喚主に反抗心だけを持つような存在すら呼び込みかねない。具体的にはアンリ・マユとか。

製作者が救世主候補だけで戦争するのを良しとしなかった人物だという事は分かるが……明らかに無謀すぎる賭けと言わざるを得ない。必ずしも召喚されたとしても協力的であるとは限らず、人語を解しない存在だって呼びかねるのだ。

 

「破壊できますか?」

「マナが流入しすぎていて、今、破壊とか停止行動、召喚陣を弄ったりした時点で周囲一体どころか、ガルガンチュアにまで被害が行くわね。そして当たり前のように私たちも命からがら逃げるしか出来ない」

 

 この場に居る三人が揃って閉口した。結局、現時点では召喚対象が出てくるまで何もできないという事だ。対象が限定されていないだけに出てきたモノに対処できるかどうかも危うい。

 ちなみに、自動で呼び出す設定はなかったのに何故か稼動しているらしいという情報が上がったが、些細な事と、その情報は投げ捨てられた。

 

 

 三人で協議の結果、召喚対象が出てきたと同時に攻撃を仕掛けて屈服させるというかなり原始的な対処方法しか生み出されなかった。

 イムニティとロベリアは屈服させるのではなく殺害をあげたが、そこだけは蛍火が譲らなかった。蛍火としてももう少し戦力が欲しいし、それに所詮人間が作った召喚陣である。この世界の構図を塗り替えかねないほどの存在が出てくる可能性は低い。有り得ても救世主候補並か、精々、セルやミュリエルといったコノ世界のほぼ頂上付近にいる存在並みが呼び出されるぐらいだ。だからこそ、使いこなそうと考えている。

 

召喚陣に手が出せないというのならこの方法しかない。蛍火がチートじみた行動を取れば解決するのじゃないのかとイムニティとロベリアから出たが、即座に蛍火も却下した。万能では有るが全能ではない蛍火には完全に何でもかんでもこなせるわけではない。

 デウスエクスマキナではないのだから。かなりそれに近い存在ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第七十九話 エスカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 然程、待つこともなく召喚陣に力が満ちる。マナが集い、空気が陽炎のように揺らめく。その中から、

 

 薄い青紫の髪が団子にされていて、チャイナドレスと見紛う程にスリットの開かれた服、僅かに垂れ下がった瞳。それはまさしく異国の少女。

 蛍火はその姿を見た瞬間、脳裏に警鐘が走った。新城蛍火は異常なまでに世界の異常を感知する事ができる。その蛍火の本能に根ざされてしまったソレが、警鐘を奏でる。最大級なまでに奏でて、目の前の存在の危険を教える。

 

 恐らく、初めての世界越えだというのに、目の前の少女には特有の酔いがない。そう、目の前の少女は召喚陣に降り立った。気絶したまま送られてきたのではなく、しっかりと眼を開いて。

 

 それはありえない事態。全てにおいてエラー。何よりも、目の前の存在力を受け取る。その力は間違いなく主演クラス。主演として取り上げられなければならないほどに力を持っている。

 

 だというのに、蛍火は目の前の少女を知らない。全てにおいて、目の前の少女を知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音もなく、ロベリアが駆ける。奇襲に声を上げるのは愚行。故にロベリアは深紅の刃を頭上に掲げて降り立った少女に襲い掛かる。刃は振り下ろされれば確実に相手を両断するほどに力が込められている。ロベリアとイムニティの脳裏には確かに、目の前の少女が両断される姿が映った。

 

 

 

 そして、その刃は少女の体をすり抜ける。純粋な体捌きによって、いとも簡単に。油断していたといえばロベリアはしていただろう。だが、千年の研鑽の果ての刃はそう簡単に避けられるものではない。

 

 

 刃を避けた少女は拳を振り上げる。その手に光が集い、ガントレットとは呼べない腕輪が少女の手に現れる。

 

「召喚器!?」

 

 その光景を見て、イムニティが悲鳴を上げる。召喚器は、救世主候補の証。この物語の中枢に進むことが許される証。物語の行く末を見守ることが許される証。

 故にこそ、イムニティは悲鳴を上げる。赤の書も白の書も、これ以上のシナリオへの介入者は不要と呼び出した事はない。何よりも赤の書は呼び出すために必須の魔方陣を失っている。白の書は最高のパートナーを得た為に呼び出す必要はない。

 

 完全なるイレギュラー。

 

 

 

 

 そして、僅かな驚きの間にロベリアが吹き飛ばされた。比喩ではなく、地面と垂直に向かってロベリアが何の抵抗も出来ずに空中へと吹き飛ばされた。

 

 少女の細腕は天井を向いていて、明らかにロベリアを吹き飛ばした証がある。だというのに、信じられない。その細腕でどうやって吹き飛ばすのか。召喚器の力? それは明らかに違う。世界の異常を感知できる蛍火には確かに見えた。

 目の前の少女の内より搾り出された魔力や気などといった超上的な力が少女の腕にはめられている腕輪によって減衰している事を。

 

 有り得ない、有り得ない、有り得ない。

 

 目の前の少女はあくまでも己の力のみでロベリアを吹き飛ばしたという事だ。目の前の少女が持つ腕輪が召喚器というモノではなく鎖でしか無い事すら示している。

 

 つまり、目の前にいる少女は召喚器無しの純粋な力で救世主候補を上回っている事に他ならない。

 

 

 

 

 新城蛍火とて、召喚器を使わずに救世主候補と渡り合えるが、それはあくまでも経験や技術、判断力、また敵の戦い方の限定などという普遍的な力によって上回っているに過ぎない。魔力量はこの場合、おいて置く。

 言ってしまえば、新城蛍火の戦い方は生物ステージとして一段階上にいる救世主候補を自らのステージかそれ以下まで引き摺り下して戦っているにすぎない。

 

 だが、目の前の少女は違う。素の力で、救世主候補と全く同じステージで、何の力の付与もなく戦うことが出来る。そう、人間という生物ステージの枠の上に当たり前のように存在しているのが、目の前の少女なのだ。

 

 

 

 

 小太刀を引き抜きつつ、少女に向かって走り出す。魔法剣を使っている暇はない。瞬間にたたき出せる最高の威力を誇る技で、相手の攻撃を逸らさなければならない

 拳を振り上げ、ロベリアの追撃の為に体を浮かせている少女の横合いから小太刀を重ねてありったけの威力を込めた攻撃を繰り出す。

 

 

 だというのに、その攻撃は相手を傷つける事は叶わなかった。少女が蛍火の接近に気付き、軽く裏拳を放っただけで小太刀が砕けた。折れたのではない。小太刀が完璧なまでに砕けた。威力の乗らない攻撃で、不意を突かれた攻撃を回避するための軽い攻撃で小太刀が砕かれてしまった。

 

 内心で蛍火は目の前の少女を罵った。蛍火は救世主候補という規格外の存在と素で渡り合える存在を一つしか知らない。

故に目の前の少女は明らかにエラー存在だという嫌でも理解してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小太刀を折られながらも何とか少女の拳撃を逸らす事には成功した蛍火は、少女と向き合う。ロベリアは放置だ。今の最優先事項は目の前の少女しかなく、それ以外に気を逸らせば手痛い結末しか迎えられない。

 

 予備の武器を取り出し、再度目の前の少女に注視する。

 

 目の前の少女は自らの攻撃が逸らされた事が余程納得がいかないのか、憮然とした表情を隠せずに居る。そこには年相応の表情が見えるが、年相応だからといって油断は許されない。鉄を手加減して砕くような相手に油断など許されない。

 

「まずは、部下の非礼を詫びます。私は、新城蛍火。貴女は?」

「エスカ…………エスカ・ロニア」

 

 気難しい人という花言葉の少女の名に蛍火は笑ってしまう。花言葉そのままの少女にしか感じ取れない。名は体を現すという言葉を地でいっている。

 だが、そこまで気付いて蛍火も苦笑する。

 

(名は体を現しているのは俺も同じか)

 

 自らの名に刻まれた意味を知っている蛍火にすればエスカ・ロニアという名前はまだ可愛いものだ。

 

 思考を目の前の少女に戻し、蛍火は再度深く思考する。目の前の少女が見せた力。その奥に隠された強大すぎるといっていいほどの力。それを、利用できるか否かを考えなければならない。目の前の少女を取り込めたというのなら強大な戦力になるだろう。

 だが、強大すぎても御しきれない力など、力が無いよりも凄惨な状況にしかならない。過ぎたる力は身を滅ぼすべくしか機能してくれない。その事を蛍火は誰よりも知っている。

 

「この世界には何をしに?」

「………………呼ばれた」

 

 その言葉に蛍火は嘲笑う。誰がエスカというイレギュラーを許容しようと呼ぶものかと心の中で唾棄した。そう、もはや盤上の駒は揃っている状況で更に別の場所から駒を持ってきてゲームを壊そうとする者がいるはずもない。だが、同時に彼女のような物を呼ぶことが出来る存在を蛍火は知っている。彼女を呼ぶような者はいない。だが、彼女を呼ぶ存在はいる。

 

「嘘っ! 貴女を呼べるほどの人間は貴女を必要と――」

「イム、いい。彼女は本当に呼ばれた」

 

 そう、エスカは確かに呼ばれたのだ。新城蛍火も当真大河もエスカを呼び出した存在と同じ存在に呼び出されたといっても過言ではない。そもそも、目の前にエスカが居る時点で、呼ばれたと結果としか言いようが無い。

 イムニティは憮然としながらも主の命令に逆らう事が出来ず、今の今まで放置していたロベリアを開放し始めた。

 

「この世界に目的は?」

「………………ある」

 

 瞬間、エスカの表情が苦悶を帯びながらも睨みつけるかのような鋭い眼光をしていた。その眼の矛盾に蛍火は気付いたが問いかけるような事はしなかった。

 矛盾は誰もが抱える。それが致命的であればあるほど、触れる事は許されない。誰かを守りたいのに、傷つけなければ成らないなどと、矛盾の極地を抱えるような愚かな人間もいるのだ。

 

「それは、口に出来ますか?」

「出来ない」

 

 きつく結ばれた口から蛍火は彼女に目的について問いただす事は諦めた。目の前の少女から信頼を得られたのなら聞く事は出来るだろうが、尋問などで口を割らせる事は難しいと判断した故に諦めるほかなかった。

 

 エスカの目的は不明ではあるが、蛍火としては是非とも欲しい人材だった。ロベリアに止めを刺そうとしたところが何よりも使える。殺人に忌避を抱かず、強い存在というのは、これから王国軍と敵対する白の主としては是非とも欲しい。

誰に当てても勝利をもぎ取れそうなところなどが更に魅力的であり、ムドウやシェザルのように殺人に対する欲求が目の前の少女から感じられないところが使いやすい人材だとすら思える。

 

 だが、手に入れるのならば暴かなければならない。目の前の少女にとって踏み込んでは成らない領域に踏み込み、壊さなければ。

 

「では、最後に一つ。お前は何だ?」

 

 決定的な問いをした蛍火に対して目の前の少女はきょとんとした表情しか浮かべていない。その表情からは自分はきちんと名乗ったのにという感情がありありと伺える。その表情に蛍火は、自らの事を知らないのかとも疑問に思ったが――

 

「自らも気付いていないのか、精霊種よ。お前は一体何に生み出された、何を司る存在なんだ?」

 

 その瞬間、エスカの表情が驚愕と警戒に変化した。得体の知れない物を見るかのような視線が蛍火に降り注ぐ。同時に、イムニティとロベリアからも息を飲む音が聞こえた。

精霊というのは非常に珍しい。だが、いない訳ではない。よくファンタジーの小説やゲームに一般的に出てくるような存在はアヴァターを根をとする世界には存在している。同時に、人と見間違うしかない精霊は少ない。人と違う存在である精霊が人と見間違うほどになる事はその存在戒律からほぼない。

例外として、イムニティとリコが上がる。だが、それらは世界を理を司る書の精霊。精霊としては最上級に位置する存在。

 

 リコやイムニティと同じ様に人型を取っているという事は目の前の少女も最上級もしくはそれに近い精霊である事が推測されるが、そこまでの階位を持つ精霊であるならば、イムニティが知らないはずが無い。絶対数の少なさから知っていないはずが無いのである。

 尚、龍族も実は立派な精霊種の上位種の一つである。

 

「力むな。召喚器持つ存在に何の増幅もなしに…………いや、減衰して尚勝る存在は精霊種しかいない。当然のことを言ったまでだろう?」

 

 蛍火の言葉で目の前の少女は更に警戒を顕にし、同時に苦悶の表情を浮かべた。まるで、自分以外の誰かが少女に対して圧力をかけているかのような表情だった。その表情に蛍火は何か親近感を覚えた。そう、シギを使ったときのようで…………

 

 その事と今までの思考で蛍火はある考えに至った。

 精霊として上位に近づけば近づくほど絶対数を少なくなるのは、単に超常存在が生み出す事を決定しているからに他ならない。それ以外は上位精霊が生み出している。エスカの強さを考えると明らかに超常存在が関与している。

 だが、目の前の少女を生み出す存在を一つは知っているがそれは直接的には関与してこない。厳密に言えば何かを生み出すまで関与してくる事は滅多にない。だとすれば、さらにもう一つという事になるが、それはさらにない。

 ならば、別の存在となる。別の、

 

「なるほど、お前の後ろにいるのがだいたい分かった。お前ほどの存在を生み出せるのだから、他世界の神といった所か?」

 

 その瞬間、エスカは獣となった。

 俊敏な動きとはもはやいえない光とも思える直線的な動き。その爆発的な動きは本気になった大河とほぼ同等とも言えるだろう。そして、特筆すべきはその腕に腕輪がなくなっていたこと。

 手加減はなくなったといえる。

 

 猪突猛進としか言いようが無い体重を乗せた一撃が蛍火の隣をかする。完全に回避したというのに、蛍火の衣服にほつれが出来ている。物理、魔法に対して最高位の防具であるコートがかすっただけでこの様。直撃などは考えたくも無い。

 

 エスカは途中から薄紫色の氣を纏い、突進を止める事無く壁に激突し、大きな穴を開けた。踏み込みが速過ぎたのと、暗闇で壁との距離感がつかめなかったからだろう。だが、その壁からエスカは傷が見られない状態で這い出てきた。防御力も侮れないとその姿が如実に語っていた。

 

 

「イムニティっ! 強制転移だ!」

 

 エスカの鬼気迫る表情に蛍火も慌てて、イムニティに命令を送る。エスカの最大出力がどれ程かは蛍火にとってはまだ想定している程度に過ぎない。だが、リリィのように広範囲に対しての攻撃方法があるのなら簡単に洞窟が崩壊する。

 本来は閉所や森林を自らの戦闘領域としている蛍火としてはアドバンテージを捨て去るような事は絶対にしたくは無いのだが、ロベリアやイムニティが生き埋めになる可能性が高い。蛍火だけは生き埋めになっても生き残る自信とはいえない確信を持っているが、二人は別だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かな星と月が世界を支配する洞窟の外に四人が姿を現す。先程よりも光量が多いとはいえ、決して見通しがいいとは言えない。森が近くにあるとはいえ、一足刀の位置ともいえない。絶妙に蛍火に有利にも不利にも成りえる空間。それは同時にエスカにも言える事。

 

 

 

 

 

 

 

 蛍火も秘かに観護を取り出して身体能力を引き上げる。観護を使う事はしない。観護はそもそも、召喚器の中でも別の意味で特殊な分類を受けている。具体的にいうと他の召喚器に比べて脆い。ましてや刀身の狭い刀を使っているのだから、不意の横からの衝撃を受けたときにはぽっきりと折れかねない。

 

 小太刀を構えて、突き進む。無駄弾は打てない。気を逸らす事に蛍火のナイフなどは使えるだろうが、それは本命の一撃を隠すために使うためのものだ。もしくは接近する為に。

 だが、相手は同じく近接を得意とするモノ。踏み込みに戸惑いはいらない。

 

「はいやぁああっ!!」

 

 声と共に繰り出される拳を突き出した突進。エスカの体には薄紫のヴェールが纏われている。それは攻防一体の一撃。身に纏う強固な殻を武器に扱う恐るべき一撃。

 余程の強固さ、余程の踏み込みがなければ使うことすらおこがましい一撃。だが、それをエスカは見事に使いこなしている。岩壁をブチ抜いても傷一つ負うことの無い強固さ、カエデにも匹敵する脚力。そんな単純な二つが組み合わせるだけで恐ろしいまでの一撃へと変貌する。

 

 エスカからの一撃を受け止めるなどという愚を蛍火は冒さない。そんな行動は新城蛍火のスタイルと対極に位置する戦闘方式だ。エスカの一撃を真っ向から受け止められる可能性がある存在など、アヴァター広しといえども当真大河ぐらいしか存在しない。

 

 エスカのスピードを見極め、タイミングを見極めて蛍火は袖が吹き飛ぶ事すら躊躇せず、ギリギリのタイミングでエスカの一撃を回避する。速すぎては意味が無い。遅すぎるのは更に意味が無い。

 

 ギリギリのライン上で蛍火は回避、エスカが突進してくる寸前に逆手に持ち変えた小太刀を後ろ目掛けて回転をかけた刺突を放つ。体勢は崩れ、芯すら通っていない攻撃。だが、それでもいい。その攻撃は確かにエスカの後頭部に向かって突き進んでいる。

 

 

 

 背後から迫る危機を察知したのかエスカは体をかがめる。元々すれ違ってからブレーキをかけて背後から強襲しようとしていたのかエスカはすんなりと突進のエネルギーを殺しながらその場に屈む。だが、それこそが蛍火の本当の狙い。

 

 先ほどの一撃など児戯にすら劣る一撃。ならば、それを繰り出した意味は?

 

 答えは簡単。生み出された捻転エネルギーを欲したのだ。生み出された捻転エネルギーを使い、順手に持った小太刀を使って屈んだエスカに向かって左袈裟を繰り出す。腰を使った回転、遠心力、腕の振り方は理想の曲線を描いている。体勢を崩してしまったエスカに対しては正しく必殺の一撃となりかねない攻撃。

 そう、エスカは蛍火の攻撃を悉く回避しなければならない。刃持つわけでもなく、鋼の篭手を持つわけでもなく、鎧を着込むことすらしない戦いをするエスカにとって斬撃は絶対回避。一撃すら受ける事、即ち死。

 

 肩口に小太刀が触れる寸前、エスカの拳が動く。いまだ屈んだままのエスカは右腕で裏拳を小太刀目掛けてあろう事か、振り上げた。そう、薄紫のヴェールを纏う拳を。

 

 

 ガキンと金属音が小太刀と拳の間で鳴り響く。

 

 

 斬撃を放った蛍火は驚愕を、音を聞いたエスカは静かな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 岩壁にぶつかっても無事であるほどの氣を纏う事の出来るエスカが、それをどうして拳にだけ展開できないと決めたのだろう。そう、任意部位に氣を纏う事の出来るエスカは重さなく、動きを阻害しない鎧と篭手を装備して戦っているも同然。

 

 

 

 

 

 

 深く笑ったエスカは生み出された遠心力を使い体を捻る。左足を軸に曲芸のように踵を空目掛けて振り切る。驚愕に染まった蛍火から見える自らの腕よりも尚も外から迫り来る、強大なエネルギーを纏った薄紫の足。

 

「セェェエエイッ!!」

 

 エスカの裏拳によって上空に跳ね上がっていた右肘を尖らせて、斧の如く上空から叩き下す。エスカとの距離を考えれば距離を取るのは危険、回避は不能。ならば、普段は行わなくとも迎撃しなければならない。苦手な、力と力のぶつかり合いを。

 

 振り下ろした肘とエスカの踵がガシィッと音を立ててぶつかり合う。肉と肉の、骨と骨のぶつかり合った音が鳴り響く。

 

 

 力比べをなるべくしたくは無い蛍火は気を伺い肘をずらそうとしていた矢先に、肘にかかる圧力が消え去る。視線の下にいるエスカは確かにその瞬間、宙に浮いた。軸足を切り替えるべく神業とも呼ぶべき速度で地を踏みしめる足を切り替えた。

 

 次瞬、蛍火に襲い掛かったのは肩口での爆発。薄紫を纏った足刀が肩で弾けた。岩で殴られた方がまだマシだと言える様な衝撃を受けて、蛍火は咽喉の奥でうめき声をかみ殺す。

 

 

 痛みに堪えた蛍火には確かに見えた。変則的な左のハイキックを放ったエスカは体を屈めていた。殺気を撒き散らし、暴虐を隠そうとせずに、空高くをめざし飛び上がる龍の様に。

 そして、足に纏う氣は確かに龍の顎を模った。

 

「龍牙っ!!」

 

 エスカの叫び声と共に龍の顎が蛍火に襲い来る。咄嗟に足の着弾地点となる胸の前に腕をクロスさせてガードをするも、その上から衝撃が蛍火の内部に降りかかる。ガードをしているというのに、身体の芯に響く一撃。

 

 衝撃を抑えきることが出来ずに、返り討ちにあったロベリアの様に空に飛ばされる。衝撃を逃すことすら出来ずに、衝撃によって吹き飛ばされる。

 だが、そこでエスカという少女は逃すほど、センスが無いわけではない。

 

 軸足に更に力を込めて飛び上がったエスカの両の拳には龍牙と呼ばれた技と同等の氣がこもっている。氣が更に変化を重ねる。獲物に襲い掛かる為に磨きぬかれた地の王者のような、爪に変化する。

 

「虎爪っ!!」

 

 人は空を飛べない。空とは本来、飛び方を知らぬ人にとっての禁断の領域。蹴る地面が無くては、いかなる俊足の持ち主でも空中で動くことは叶わない。そこは『足場無き空』、死地そのもの。

 そこに襲いくるは蛍火よりも高く飛び上がった強者。地に叩きつけ、肺腑を抉る一撃。

 

 

 

 

 だが、それは空に足場を作れない者にとっての死地。

 左側に二つほど、魔力武具の応用である足場を作成し、左手と左足を叩き付けて自らを無理やり移動させる。

 

「チィイイイイイイッっ!!」

 

 足場無き空なのはエスカとて同じ。一度獲物目掛けて飛び上がった虎は地に例え槍が突き立っていても方向転換は出来ない。軸をずらした蛍火のわき腹を抉りながらエスカは地面目掛けて墜ちていく。同時に、激しい掘削音が響く。

 地面に叩きつけられても尽きていなかったエネルギーが地面を抉っていた。

 

 

 エスカが立ち上がると同時に、蛍火も地面へと降り立つ。

 

 初めと同じように、初めとは異なる風貌をしながら二人はにらみ合った。

 

 

 その中で、蛍火は思う。

 目の前のエスカという少女のなんと化物じみた事かと。蛍火とて自惚れではないが、強いと自負している。対極存在である大河と渡り合えるぐらいには、大河を除く救世主候補と誰とぶつかっても勝てるぐらいには、破滅のモンスターを逆に滅ぼすぐらいには強いと自負していた。

 それだけの技術を磨いてきた。それだけの経験を積んできた。だが、それが目の前の少女には通じていない。

 

 目の前の少女は精霊。イムニティやリコとは異なり戦闘に特化した精霊。強くないはずが無い。龍種の最上位である皇帝と比類するべき存在。否、それだけのエネルギーを人体に凝縮したのだから皇帝よりも更に一撃は重い。

 

 自らが化物である事を自負していても、蛍火は目の前の存在を化物と罵りたくなる。目の前の少女は天才だ。大河と同じぐらいに、愛された存在。

 何故なら、目の前の少女は対人戦闘における経験が圧倒的に不足しているというのに、蛍火を圧倒している。足運び、身体の軸取りなどの武術の基本的な部分に法則性が無い。過去から連綿と続き、淘汰され、最適化されてきた力の極地とも言える武術を目の前の少女は習っているように見えない。

 

 体にとって唯、最適な動きを相手の行動を見てから取っている。経験則によって導かれた予測ではなく、結果から体を動かす。たった、これだけ。だが、それを平然と遅延なく行え、敵を追い詰める。まるで野の獣の如く。

 

 大河でさえ、経験に基づいて考え、足運びの基本に乗っ取っているというのに、目の前の少女はしていない。する必要すらしていない。

 

 

 本当の武の天才。武を司る為に生まれてきた天才とも言える。

 

 

 

 

 

 

 そこまで蛍火は分析して、自らの敗北が計算された。目の前の存在は現時点の蛍火にとっては負い切れない敵。スタミナの限界が分からず、こちらの一撃は見てから回避か迎撃される。大河と同じように蛍火にとって天敵とも言える技を力で押し潰す強者。

 

逃げろ

 

 心のどこかで逃げろと自らに向かって叫んでいる己がいる。勝ち目はなくは無いが、争う必要の無い相手。己の目的のためには障害と成り得るが、必ずしも障害と成るとは限らない存在。

 ならば、放置しろ。勝率を5割であるかどうかさえ定かではない敵と相対するなと弱き心が叫ぶ。

 

戦うな

 

 蛍火の心の内にいる弱き心は正しい。全く持って正論を口にしている。突発的ではなく、万全の準備を果した後に、エスカにとっての死地に誘い込めばいい。

 

(だがっ!!!)

 

 誓った。たった一つを護る為に全てを切り捨てると。目的を果すためならばあらゆる障害を踏み潰すと誓った。

 故に、エスカから逃げるわけにはいかない。イレギュラーだからと眼を背けるわけにはいかない。敗走はすでに、新城蛍火には無い。許されない。

 

 燈る決意。意志は勝利を。心は決着を望んでいる。弱き心を跳ね除けて目の前の少女に勝たなければならない。勝つのでも、勝ちたいのでもなく、勝たなければ成らない。新城蛍火には勝利以外を選び取る選択肢はない。

 

 

 

 だが、現状で勝利をもぎ取るのは難しい。スペックの上ではエスカが上。一撃の威力も、動体視力も、勘も。同程度と誇れるのは速度ぐらいしかない。経験は上だといえるが、技術と筋力が物をいう平原での戦いではないも同然。罠で絡め取るにしても先ほどの応酬で森からは離れてしまった。得意のフィールドは遠すぎる。

 

 

 

 ロベリアとイムニティは介入しきれない。そもそも連携を取るための訓練すらしていないのなら足手まといにしかならず、連携を汲めば蛍火の戦闘力は激減する。ならば一人で戦っているほうがマシとも言える。

 

 正に無い無い尽くし。弱き心が最も正しい。

 

 

 

 

 されど、蛍火は勝利をもぎ取らねばならない。

 

 

 ずくんと世界が止まる。まるで、観護と始めて相対したときのように、胸のうちが熱くなって語りかけてくる。それは声無き声。それは感情だけが詰った叫び。彼の内にのみ存在する観護とは違う、熱くも凍えた声。

 

 

 聞こえた。初めて、その声が心に届いた。その声はリバースした時から、新城蛍火になった時から、彼が生まれた時からずっとずっと彼に語りかけてきた声。ずっと叫び続けてきた声。

 

 

 当真大河には反逆の意志宿すトレイターが、当真未亜には自らの意志貫くジャスティが、リリィ・シアフィールドには胸の内にある情熱を発露するライテウスが、ベリオ・トロープには慈愛の心表すユーフォニアが、カエデ・ヒイラギには忠誠を示す黒曜が。

 救世主候補と呼ばれる存在は、悉く自らを示し、自らを現す象徴が存在する。

 

 ならば、彼には?

 

 観護? 違う。観護とは『新城蛍火』と名乗るべき存在が持つべき道具であって彼を現す象徴ではない。では、『新城蛍火』でありながら、それだけではない『彼』を示す象徴は?

 

 それは、ずっとずっと彼が握っていた。彼が使っていた。だが、それは形となっていなかった。名が付けられていなかった。だからこそ、『彼』の象徴とは成り得ていなかった。

 

 

 それが今、再度叫ぶ。彼の心が叫ぶ。勝利をもぎ取る為に、自らを偽らないために、目的を遂行する為に叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自らを示せ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「顕現せよっ、黒夢(こくむ)!! 敵対する者の夢すら黒く染め上げ、我が意志貫く異端の刃よっ!!」

 

 その名を上げた瞬間、魔力武具とだけ名付けられていた、呼び出した黒き小太刀は泡立つ。自らを歪ませて新しく生まれ変わるように、歓喜に身を震わせるかのようにその身を蠢かせる。

 魔力武具は己の魔力、つまり己の一部を切り離して武器にしているのと変わらない。そのまま一つの形態で使え続ければ唯の武器でしかなかった。しかし、彼はそれに多様性を求め、多様性を与えた。それに力を求め、力を与えた。魔力武具は彼の力を受け取るたびに彼の願いを叶え続けた。彼の想いに応え続けた。彼の想いをっ!

彼は自らの一部でありながら別の存在であるように扱っていた。故に彼の魔力武具は彼の一部でありながら彼とは程遠い存在となってしまった。その多様性が、その力が、彼の願いが魔力武具に個性を生み出した。だが、それだけだった。一個の武器とはなったが一個の確固たる存在にはなりえなかった。

 

 彼が自らに気付くまでは。

 

自らの本当の願いに気付いた今は違う。気付き、黒夢という名を与えた時に魔力武具は黒夢という彼の願いを叶え続ける一個の確固たる存在に変わった。彼を示す一つの存在となった。

 名を与えるという事はその存在を生む呪であり、その存在を世界に肯定する呪である。だから黒夢は喜びに震えた。生まれたことを、認められたことと、一つ存在に変わったことを。

 それを黒夢は己の姿を変えるということで主たる彼に示した。

 細く有りながらも触らば斬れる。誰をも傷つけ、誰にも触らせない鋭さを纏った光を放った。目的以外は何もいらないと言わんばかりに刃に飾りは見られない。

 その全てが彼の本質。彼の深淵の願いにして、表層までのし上ってきた強き願いを黒夢は叶えた。

 

 彼が握る刃は正しく、Schwarzes Anormales。黒き異端を示す彼の刃。

 

 そっと、彼は自らを象徴する、己自身とも呼べる別存在に笑みを浮かべて撫でた。

 

 名乗りを上げる。象徴するモノを纏って、彼は名乗りを上げる。目的を果す為に。

 

「自己紹介を忘れていたな。俺は傲慢に自らの願いを追及するモノ。全てを知りながらも踊り狂う唯の愚者。

名を新城蛍火。役を今代白の主」

 

 名乗りを上げると共に、蛍火は黒夢を開放する。自らにとっての完璧な空間を。自らのみが支配し、自ら最も有利に動くことの許されるたった一つの状況を作り上げる。

 

「感謝しよう。闘争の精霊、エスカ・ロニア。俺は自らの驕りを払拭できた。俺は君のお陰で自らを示す力を手に出来た。故に、感謝を込めて、我が領域へ案内しよう。我が本領を発揮できる限定領域(リミテッドワールド)に」

 

 それは『足場無き空』を否定した世界。至るところに彼にとっての彼だけの足場にして、エスカにとっての障害物が配置された空間。

 

 再び、闘争の精霊と黒の異端の戦いが始まる。

 

 

 

 


後書き

 新城蛍火が、覚醒っ! ちなみに、これは覚悟を決めたとかそういう意味ではなくて、原作を知っている人は分かると思いますが、大河的にいうとトレイターとジャスティスが合さって、真・トレイターになるような感じのパワーアップです。

 おいおい、これ以上蛍火が強くなるのかよ。なんてチート、とか思われるかもしれませんが、一応考えてます。黒夢の耐久力的は観護に劣るどころか、アクレイギアにも劣ります。切れ味はいいにはいいですが、救世主の鎧は断ち切れません。魔力武具の強化版なので、召喚器のように肉体強化をしてくれないという普通の武器ぶり。

 では何が強化されたかというのは次回で明かします。

 

 前回で遺失兵器だと思った人。残念ながら召喚陣でした。当初はその予定でしたが、色々と変更。エスカも実は呼ぶ予定はなかったりしました。

 

 

 尚、余談ですが、イムニティやリコという書の精霊とエスカを比較した場合、存在階位は断然、書の精霊が上です。ですが、戦闘能力はエスカが上です。この現象は単に、書の精霊は与えられるエネルギー全てを戦闘に使えないからという理由です。書の精霊はその名の通り、司るべきモノがあり、それを司る為にエネルギーを余分に使っている為に、単体での戦闘能力はエスカ以下です。というか、エスカが異常なんですけどね? 完全に戦闘に特化している。いわば、闘争を司る精霊ともいえるんです。強くないはずが無い。

 

 

 次回も戦闘の決着です。次回は色々と凄い事にw

 

 ちなみに、黒夢が女性人格だとかそっ、そんな事はないんだからねっ!








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