「ハっ、はハハははは、ハハハハはははははハハハハハハ、はははははははハハハハハハハっ!!!!」

 

 上空で蛍火は嗤う。戦えることに喜びを感じて戦う。

 蛍火は一人で戦う事を好む。それは何故だろうか? 蛍火は何故、これほど戦闘狂なのだろうか?

 答えはシンプルである。何も考えなくて済むからである。体にまかせて、目の前の敵を斬殺する事だけ考えていればいい。戦っている間は何も求められない。何も考えなくていい。重圧すらない。仲間がいなければ周りを気にせずに頭をからっぽにして戦える。

 

 そう、蛍火は戦闘に狂っているのではない。狂う為に戦闘を行っている。戦闘行為そのものが好きなのではない。戦闘行為をする事で忘れられるから戦闘狂なのだ。

 

 戦う事によって現実から逃げている弱き人間。それこそが新城蛍火の正体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七十五話 青天の霹靂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力によって作り出した足場を左手で叩きつけ、体の向きを変える。体を倒しながら蹴撃。靴先につけられている刃が目の前のガーゴイルの眼を切り裂く。

 重力に引かれる無茶な体制のまま倒れこんでいる姿勢を直すことなく今度は肘を使って体を起き上がらせるのではなく更に加速をつけて下に移動させる。

 

 普通の空中戦闘というものは急な方向転換というものが出来ない。

 魔力や翼によってつけた慣性を使用して前に進むため、曲がる時はスピードを殺さぬように旋回して曲がり、下降するときも斜め下に滑空しなければ危険。

 そんな常識がある。

 

 

 しかし、蛍火はその常識を空に壁を作って戦う三次元戦闘を作る事によって今までの空戦の常識から抜け出した。

 そもそも空での戦いで取っ組み合いになるはずもない。慣性を利用しての一撃離脱。足がないのだから踏ん張れることもできずつばぜり合いも起きない。

 

 だが、彼の戦闘方式は空で格闘戦を行う事が可能となる。そもそも武術とは地に足が付いている事を前提としている。前提以前の問題として当然にある条件されている。故に足場のない空で戦うという事は格闘が出来ないといっても過言ではない。

 踏み込みができず、刀身に筋力と自重による重さを乗せることが叶わず、一箇所に留まって踏みとどまる事が出来ず。空とはあらゆる面で既存の戦闘方式とは異なる方法をとらざるをえなくなる。

 

 だが、空に足場を、壁を作ることが可能で足場に躊躇なく飛び移り続けることが可能となれば空で地上と同じ戦い方が出来る。

 本来、空で生身で戦うという技能や経験の蓄積――歴史――が少なく個人の才能で持ってしか勝敗を決する事が出来ない場所にそれを持ち込めるのは強い。

 無論、空の上で乱戦という場合のみである。遮蔽物がない場所でなら寧ろ一撃離脱や超長距離射撃を行ったほうが一対一では利点がある。

 しかし、この場合は乱戦。単騎で敵中に乗り込み全てを粉砕する事を求められる。ならば、この場合蛍火には最高の状態で虐殺する事が許される場所。

 

「ハハっ、はははははっはははははっははははっはははははっははははっ!!」

 

 指先が光輝き五芒星を描く。それは破壊の光が込められた紋章。純然たる殺意のみが込められた誰かを救う事など考慮に入れられていないただ殺戮の為に作り上げられた魔法。いつか日常的に、誰かを助ける為に、誰かを生かす為に作られていない破壊の光。

 

全ての始まりたる火よ。力を象徴せし火よ。留まり、弾けろっ! 全てをその火の海に沈めよ、爆焔っ!

 

 魔方陣が描ききられ、言霊と共にその魔方陣に意味が込められる。だが、すぐにはその光が弾ける事はない。その場から、離脱するように蛍火は足場をなくし落下する。四方を囲んでいたはずのガーゴイルは突然の敵が落下した事で追いかける。それが罠とも知らず。

 

 

 ある程度、離れたところで蛍火は嗤いながら、指先をパチンと鳴らす。

 

 瞬間、業火が空中に花咲く。周囲を巻き込みながら莫大な音を引き立てながら全てを焦がしていく。空気を、周りにいるたんぱく質を、世界を。

 

 設置型魔法。俗に言うトラップ魔法の類。これは特に蛍火のみのオリジナル魔法ではない。リコも使うようなスイッチや時限式で発動する魔法。だが、使い慣れれば乱戦でこれほど使い勝手がいい魔法はない。

 本来の魔法は詠唱、魔方陣起動、そして発射を連続的に行わなければならない。だが、設置型魔法にはそこにラグが生まれる事によって一種にアドバンテージを得る。無論、デメリットも存在するが、使い方によっては大きなメリットが生まれる。

 

 蛍火が純粋に単騎での乱戦を得意とするのはこの魔法があるからに他ならない。

 

 

 瞬間、何も考えていないはずの脳裏に一人の少女の泣いている姿が浮かんだ。その姿を見て、辛く、切なく、苦しくなった。

 

「くっ」

 

 思い浮かべていた時間が長かったのか、一匹のガーゴイルの突進を受けてしまう。痛みは少ない、無視できるほど。

 だが、戦いの最中の戦い以外の事を考えてそれに思考が囚われるとは、その事に蛍火は舌打ちをした。

 

「何を考えているんだろうな? 何も考えない為に戦っているというのに……あの娘の泣き顔が浮かんで、胸が苦しくなる」

 

 自嘲の笑みを浮かべて蛍火は深呼吸して何もかも忘れる。戦いに必要なのは明確な殺意、殺す為に特化した思考。それ以外に何も必要ない。

 

 

 

 そもそも新城蛍火が強いのは自らのプレイスタイルにこだわりを持たないからに他ならない。状況に応じた全てに自ら対応を変える事でこなすから。無論、その欠点はある。そして、弱点も…………だがそれは語るには早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空で一人蛍火が戦っている間に、未亜達は戦場を駆け巡っていた。

 

「くっ、どこから湧いてきてるのよっ!」

「虫のようでござるな〜」

「むっ、虫とか嫌な例えをしないでーーーーっ!!」

 

 仲間がいることで心に余裕を持って敵を粉砕する。未亜がカエデの前面に敵を集め、カエデが一箇所に敵を集中させ、その場所にリリィが魔法を放って止めを刺す。

 即興にしてはいい連携が生まれている。誰が一番火力が強く、誰が一番その役目に適しているかを彼女達は理解している。

 

 連携訓練をさほどしていなくともそれでも味方の戦い方を彼女達は知っている。その為、数がふえれば増えるほど彼女達は自らが何をすればいいのかを理解していく。己の最も得意とする場所のみ集中して敵を排していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方で雷の乱打が見られた。上空からの雷。それはリコの魔法だった。

 

「リコ殿発見でござるなっ!」

「魔法が見えるって事は負けたりしてないから……」

「後は、手助けすればいいだけっ! 行くわよ、未亜、カエデっ!」

 

 足のギアを上げる。周りは敵だらけ、その中で共に切磋琢磨してきた仲間が窮地に陥っているかもしれないと考えると足がはやる。いがみ合っていても、順序を競い合っていてもそれでも仲間に変わりはない。

 大河が着てからは特に彼女達は仲間意識がより一層高くなっていった。そう、救世主クラスはそのメンバー全てが仲間。認められなくても、それでも一度、中に入ってしまえば仲間。見捨てる事など出来るはずもない。

 

「リコ殿っ! 助太刀…………おろ?」

 

 黒曜をはめている手に力を込めて強い踏み込みを行おうとしたところでカエデは足を止めた。

 そこには黒焦げになった死体の山。荒ぶるほどの雷が振るわれた結果。それは蹂躙にして殲滅の後。ぶち切れたリコは消費魔力や実力を隠すなどという事を頭の中からすっぽ抜いて戦ってしまった為に、応援が来るよりも早く敵をぶちのめした。

 

「これって…………」

「うっ、うわぁあああん、未亜ちゃん〜〜。リコちゃんが、リコちゃんがーーっ!!」

 

 ナナシが未亜に抱きつきながら大泣きしている姿に未亜達三人は首を捻った。黒い山の頂にはリコが傷一つない姿で佇んでいる。どう考えてもリコが何か傷を負ったとは思えない。

 

「なっ、ナナシちゃん。一体……」

「ひぎぃっ!? ナナシは何も知らないですのーーーーーっ!!!」

 

 こうしてリコがぶち切れた事は一度、闇の中に葬り去られた。一時的に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、後は大河とベリオか」

「……蛍火さんは?」

 

 現状を確認しようとリリィにリコから待ったの声がかかった。蛍火の行動を知らないリコからすれば元々未亜と共に行動しているはずの蛍火がいない事がとても不審だった。

 それだけではない。ルビナスに指摘されて改めて、注意を向けなければならないと思って気にしていた。

 

 そんなリコに対してリリィと未亜は口を開く事無く上を指差した。そこには変わらずあり続けるガーゴイルの群れ。だが、その数は先ほどリリィが見たときよりも数は随分と減っていた。およそ半分近くが削られたこととなる。

 

「…………」

 

 蛍火がいるであろう場所をリコは睨みつけた。だが、幾ら赤の書の精霊であろうとも肉眼では上空の中での個体識別をする事は叶わない。

 

「リコ殿、どうしたでござるか?」

「いえ…………マスターを探しに行きましょう」

 

 リコはひとまず蛍火を探るのを諦めて何よりも大切な主のことを案じ、大河がいるであろう場所目掛けて足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五十一、五十二、五十三っ!!」

「大河君、わざわざ数えなくても…………」

 

 ベリオのホーリーウォールと支援魔法を受けて大河は順調に移動しつつ敵を殲滅していた。その中で敵の強さが思った以上に強くなかった事や、ベリオとの連携によって敵の隙を思っている以上に上手くつけた為に大河はどれだけ己の刃で敵を倒せているかをカウントしていた。

 大河は……否、リコやルビナスを除く救世主候補はそもそも何かを殺すことの意味を理解していない(三名ほど例外)。そう、殺すという事の本質を。

 今まで戦ってきた敵は全て破滅に染められたか、学園が捕獲してきたモンスターだった。そこには純粋に敵を悪と認定して、己が正義となり、敵をただ殲滅するだけでよかった。悪であれば正義は何の気負いもなく殺していいというある種、幼い思考の元に。

 だが、よく考えて欲しい。殺し合いをしている時点で正義は語れないという事を。

 

 今はモンスターであるからいい、だが相手が人だった場合には相手が悪とは限らない。否、そもそも悪という定義をつけるのも愚かしい。なぜなら戦争や戦いにおいては両者共に悪なのだから。

 

 その時に大河を含む救世主候補達は人を殺すという事を受け入れる事は難しくなる。モンスターであるうちは誤魔化せる。だが、敵が人となってしまえば己への誤魔化しは何時までも続かない。

その為には知らねばならない。殺すという事の意味を。相手から命を奪うという行為の罪深さを。そしてそれをしないと生きていくことの出来ない愚かしさを。

 

 いつか、大河も知るだろう。殺すという事の重さを、奪うという事の罪深さを。奪われるという事の理不尽さを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ここら辺は片付いたな。そろそろ合流した方がいいか?」

「まだ、いけます……と意地を張りたいですけど、他の皆さんが心配です。合流しましょう」

「意地、張ってるじゃねぇかよ」

 

 息も絶え絶えなベリオの様子に苦笑しながら大河はトレイターを担ぎなおした。

 ベリオの息が荒れているのは大河の行進速度についていったからに他ならない。幾ら召喚器の恩恵と早朝の訓練があるとはいえベリオの体力は大河には遠く及ばない。一般的な後衛から比べれば随分とあるだろうが、一般から逸脱している救世主候補の前衛についていこうと思えばベリオの体力は足りない。

 

 

 

 

 

 

「未亜、行くわよっ!」

「うんっ!」

 

 未亜とリリィの合体技。未亜が引き絞った貫通力のある矢に付与される焔。それは相手を貫きつつも消えること無き煌めき。貫いて敵を燃やし、それでもなお煌めきを失う事の無い光。

 

 彼女達が二人で作り上げた魔法。少量の魔力で一方向の敵を滅する為に作り上げられた技。残念ながら大河とカエデの合体技のように名前は無い。未亜もリリィもどちらかという熱血思考だが、大河やカエデと異なり羞恥心というモノが残っている。

 

「もう少しでマスターのところです」

「なんで…………分かるのよ」

「リリィ殿は分からないでござるか?」

「えっ? リリィさん分からないの?」

「えっ、えっ!? ちょっ、なんで平然と分かるの!?」

 

 一人分からない事に危機感を覚えるリリィ。もしかして自分だけが異常なのではないのかと考えるが寧ろそれは間違っている。どっちかっていうと分かってしまう方が異常。

 

「愛の力ですの〜♪」

 

 そう、それはまごうことなき愛の力。未亜も未だに兄に対しては複雑な思いが消えたわけではないために何となく察知してしまうのだ。

 

「…………ファルブレイズンっ!」

 

 ナナシの言葉になんかどうでもよくなって目の前の敵を殲滅する事を優先して精神の安定をリリィは図ろうとしていた。そのお陰か込められていた魔力の量はいつもよりも若干多く、何時もより少し大目の敵を滅する。。

 

「ちぇっ、なんだよ。ピンチだったら颯爽と駆けつけようと思ってたのに」

 

 そこに颯爽と瓦礫を飛び越えて現れたのは大河だった。敵の真ん中を着地点としながら、その手に握るのは大降りの斧。全てを叩き付けんばかりに自重と重力を味方につけその斧は地面に叩きつけ数体のモンスターを真っ二つに引き裂いた。

 

「そうそう格好良くなんて出来ませんよっ!」

 

 同じように建物の影から聖なる光、フェリオン・レイを敵の中心目掛けて降り注ぐベリオが登場する。大河が撃ち漏らしたであろう敵を焼き払い、大河の安全を生み出す。

 

「さてっ、カエデ。決めるぞっ!」

 

 目の前の敵はすでに少ない。そしてどの敵も少なからず損傷を受けている。決め技を発動させるには好条件。

 カエデが大河の元に行けるように未亜、リリィ、リコが道を作る。その間、意外なことに近づいてくる敵はナナシがその手に持つ包帯や、召喚魔法の一種としか思えない墓石を地中から呼び出して防いでいた。

 

「了解でござる」

 

 道を駆けつつ、カエデはその手に焔を生み出す。至近距離にて敵を内部から滅する紅蓮の拳。その拳後ろに引きつつ、大河が身体を発条のように捻らせトレイターを後ろに引き、発射される事を今か今かと待っていた。

 

「「真・紅蓮剣っ!!」」

 

 拳が剣に打ち据えられた瞬間、その紅蓮の炎は剣に宿り、剣に宿った炎は周囲にばら撒かられるように放射線状に広がり、周囲の敵を炎で焼き払う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、皆さん。お早いお休みのご様子」

「蛍火が遅かったからなぁ〜」

 

 休んでいるところに上空から落ちて来た蛍火に驚く様子も無く大河はのんびりとしながらあくびをしながら軽く答える。その様子に蛍火も肩をすくめるだけで何も言わなかった。

 

 なお、隕石にように落下してきて、すり鉢状の落下後を残すなどというギャグ行為を蛍火は行っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、幾度かゼロの遺跡を巡って見ても敵影は見えず、上空にいた蛍火からも見たという報告がない。当初、与えられた任務は立派に果たしたといえる。残念ながら戦闘に集中しすぎたせいで、この戦いが罠だと気づく者がリコだけで、リコもタイミングを逃して言えずにいるという事になっているが、それはさして問題ない。

 

 

「蛍火さんも帰ってきたし、そろそろ帰る準備しないといけないね」

 

 蛍火が無事に帰ってきたことを何の疑いも持たずに未亜は皆に立ち上がって学園に帰る準備を促す。全員疲れてはいたが、僅かとはいえ確かな休息で大部疲れを癒していた。

 もう一戦起こっても十分なぐらいの回復度といえるだろう。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!?!?」

 

 誰もがのんびりと帰る準備をしている中で蛍火が唯一人、遺跡の外の方向に急に振り向いた。その表情は焦っているというよりも何かとてつもない想定外の事が起きている事を察知したように見える。

 

――――――――――――――――――――まさか」

 

 急激な移動によって服が音を立てることすら気にする様子も無く蛍火は外に目掛けて駆けて行った。

 

 その様子に面食らったのは他の面々。だが、蛍火が走り出す寸前の表情は確かに全員が見えた。あれほど驚愕している蛍火の表情を見るのは全員初めてだった。

 嫌な予感が皆に走る。全員が全員、帰還準備など放置して蛍火が走り去った方へ足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのは大河達が見たこともない生物だった。それの事は大河たちとて知っている。知らないはずが無い。

 だが、それはあくまでも御伽噺の上。そう、それはアヴァターでさえいないとされている生物。本来は、奥地に潜み、人との接触を拒み、遠い昔に歴史の表から消え去った一族の末裔。

 

 瞳を透き通った赤で染められたドラゴンだった。

 

 

 視界に見える限りで百は下らない。

 救世主候補が揃えば百という数はそれほど驚異的ではない。だが、それは相手の質がわかっている場合のみ。文献の上でも消失していている存在の強さを知ることは出来ない。一体、百体という数にどれほどの力が込められているのか分からない。

 

 ただ一人、新城蛍火を除いて。

 

「まさか――――

 

 リコのらしくもない呆然とした声。その声はまさしく目の前の事態を信じきれずに漏れた悲鳴に近い。

 

 状況がつかめず何をすればいいのか理解しきれない。敵対する生物なのか、それとも何か目的があって近づいてきているのかすら分からない。

 対策を練るには相手のことをあまりにも知らない面子はただただ硬直する。

 

 

 その中で一人、蛍火はその手に刃を握って一直線に殺意を持って敵にぶつかっていった。

 

 

「あぁーっ、まだ何も分からんねぇのにっ!」

 

 喚きながら大河も突進する。敵が何であるか知らない。だが、仲間以上に大切な存在では無い事だけは理解しきっている。ならば仲間が敵意を持って敵と相対するのならそれを手助けするのが仲間の役目ではないだろうか?

 

 疲れはまだ残っているが、それでも仲間を見捨てて見ている事だけをしているなどそれはもはや大河ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手は小さいながらもドラゴン。その表皮は硬く、そのブレスは色によって別の効果を持つ。そんな攻撃に四苦八苦する。

 だが、相手の攻撃は単調。モーションを見ていれば簡単に避けることができるほどに拙い。

 

 それは戦闘種族にして、神とは別の世界維持機構として生み出されたドラゴンにしてはあまりにも無様。たとえ幼くともドラゴンがこれほどに無様であるはずもない。

 

「硬いけど、何とかやれる」

「ベリオよりも前に出ないでよ」

「分かってるっ!」

 

 敵のブレスを凌ぐ為に大河達はベリオのホーリーシールドを楯に少しずつ前に進みながら、楯で攻撃を凌ぎながらゆっくりと進軍する。救世主候補の中で唯一人、蛍火だけがその行動に沿わず、一人身を守るものを何も持たずに敵中に進軍していた。

 吐き出されたブレスはその服を楯に、繰り出される爪は刃で持って切り落とし、襲い掛かる牙は魔法でもって口内から敵を滅する。正しく攻撃こそが防御といわんばかりの行動。

 だが、その行動をしていいのはスポーツの中だけ。己の身を守ることを忘れた者に襲い掛かるのは死のみ。そう、本来ならただ死を与えられるのみ。だが、呪いを掛けられた蛍火はそれぐらいでは…………

 

 唯一人、敵の真ん中で戦う蛍火。その姿は端から見れば雄雄しいのだろう。だが、その顔は、その背中は何故か大河達には泣いているように見えた。その表情が、その背中が絶望に耐え切れず啼いているように見えた。彼は痛みに耐え切れず哭いているように見えた。

 

「あぁ、ラチあかねぇっ! カエデ、出るぞっ!」

「それでこそ師匠でござるよっ!」

 

 蛍火のそんな表情を誰もが見た事はない。だが、その表情は見ていて気持ちいいものではない。その表情はすぐに終わらせてしまいたいぐらいに悲壮に満ちていた。

 

 目の前のドラゴンが元凶であるのなら…………こんな消極的な戦法を取っている暇などない。

 

「もう、仕方ないなぁ〜。うん、分かってる」

「さすが、私の相棒。行くわよ、未亜っ!」

「リリィこそ、遅れないでねっ!!」

 

 故にこそ彼らは身を省みず戦局の早期終結を願う。否、願うだけでは許されない、そこに行動を伴わなければ。故に彼女達は前に進む。哭いている彼を助ける為に。

 

「まったく仕方ないですね」

「それでこそマスターなのですが」

「ダーリンはやっぱりダーリンですの〜♪」

 

 彼女達の声は呆れを含んでいるのに、その顔はとても嬉しそうだった。この場で前に出ないのは大河ではない。この場で前に出る大河だからこそ彼女達は救われた。そんな彼だから共にいたいと願った。無謀、無茶、無理。そんなモノを叩き潰す者こそが大河。

 

「カエデさんに遅れは取れませんっ!」

「負けません」

 

 ただ後ろに続くのでは届かない。隣に立つぐらい出なければ。故に彼女達は前に出る。後衛? そんな事知ったことか。恋する乙女に前も後ろもない。ただ、並び立たねばならないのは大河の隣だけっ!

 

 もはや個人技に頼ってしまっているといえるほどに殲滅戦。だが、その中で彼女達は己の役割をきちんとこなしていた。フォローに回るべきときは周り、身を引くときは身を引き、敵を譲るときは譲る。個々として動いているのに集団として成り立っている。

 目的がしっかりしていれば人はこんなにも協力的に綺麗に動ける。

 

 

 

 

 だが、それを蛍火は視界に入れていない。喜ばしいことなのに、声を上げて嬉しいというべきなのに、新城蛍火は見えていない。見えているのは目の前のドラゴン。その後ろにいるべきであろうソレ。そのさらに後ろにいる■■。

 

 彼は独りだった。こんなにも仲間と思ってくれている人がいるのに、それでも彼は独りだった。

 

 声は上げない。雄叫びも上げない。否、出来ない。なぜなら今は心の中にある想いを殺すことで精一杯だった。

 目の前の現実を否定したかった。目の前にある事実を否定したかった。この世界のからくりを否定したかった。

 

 それでも、■■は現実を直視しろと、逃げ場はないと教え込ませてくれる。

 

 そう、ドラゴンが破滅に染まるなど有り得ない事態を使って。

 

 過去の歴史が実証しているのではない、その存在定義がその可能性を否定してくれる。だというのに目の前には破滅に染まったドラゴン。有り得ない。有り得ない。

 

 だが、否定は出来ない。なぜなら目の前には破滅に染まったドラゴンがいるのだから。

 

 ただただ、魔法を、剣を、身体を使い続ける。現実を否定する為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大河達の奮闘もあり、早々にドラゴンを皆殺しにする事が出来た。

 大河と彼女達はありえないほどに成長している。幼いとはいえドラゴンをこれほど早く殲滅できたのだ。団体としての力が強くなったのもあるが、個々の力が強くなりすぎている。成長が著しい。その事に彼らは冗長する事はない。この戦いで結局援護を一度も受けずに戦いきったおろか者が目の前にいるのだがら、個人としての強さはまだまだだと思った。

 

「はぁ、何だったんだ? まぁ、これで終わりだ。蛍火」

 

 肩をぽんと蛍火の上に乗せる。全てが終ったと清々した表情をしながら大河は蛍火に言う。

 だが、蛍火の顔は晴れない。

 

 まるで悪夢はまだ覚めていないとばかりに表情は暗い。まだ、残酷なまでの世界は終っていないと蛍火の雰囲気は語っている。

 

 

 

 哭く寸前のような引きつった笑みを浮かべた彼は、空を見上げて、呟いた。

 

「終ってない。終りのはずもない……………………………………………………………………………………なぁ、そうだろ? ダルト」

 

 空には不気味な影が揺らめいていた。

 空には全てを覆いつくすほどの力を持った、鈍色のドラゴンがいた。

 

 

 

 


後書き

 

 今回は題名にあるように変化のオンパレード。

 冒頭の蛍火の戦闘に関することはすべて事実です。今まで蛍火は強いとなっていましたけど、蛍火の強さの根源などあんなモンです。

 以前、戦闘中毒ではなく戦闘狂だといったのはそのためなのです。無論、この場合戦闘狂に対する解釈が普通のとは違いますが、そこはご容赦を。

 

 そして、やっぱりナナシの活躍もなく大雑把な部分が終わってしまいました。大河が原作と違う行動をとっている時点でナナシに活躍の場面がないことは確定されていますがね(涙

 

 戦いが終わってほっと一息ついているところで急転直下。

 ドラゴンが破滅に染まるはずがないと書かれていますが何故、染まらないのかはわざと書いていません。この物語の謎に直結する問題なのです。ですが、そのヒントはすでに出ていますのでお探しください。

 

 さて、ダルトがもう一度、出てきました! 実はダルトはこの話に出す為に学園祭準備編で出したのです。唐突に出すのは無理がありますからね〜。

 

 

 

 次回、彼がやっと一つの答えを出します。今の今まで放置しておいた答えを。覚悟を決意をやっと見つけます。そして、私が見つけた一つの答え。若造である私が『強さ』とはなんぞや? と悩んだ末に出した答え。私が思う、何よりも『強い』と思える強さ、私が『夢想』した『強さ』です。次回までに皆さんにとって『強さ』とは何なのか、どんな状態なのか、少し考えて欲しいと思います。

 

 

 皆さんは、次回の展開についてこれるでしょうか? では、次話の『二度目のリバースday』にてお会いいたしましょう。




任務も終わって帰還という所でドラゴンの登場。
美姫 「これが何を意味するのかしらね」
だよな。しかも、全て倒したと持った大河たちの前にはダルトが。
美姫 「ああー、もう次の話が待ち遠しいわね」
うんうん。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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