第七十三話 ゼロの遺跡
過去が追いかけ来た戦いの六時間以上前、千年前の救世主が目覚めた事を知る数時間前、いつものように夕食時。
「あ〜。納得いかない!!」
リリィが荒れながら口に食べ物を放り込んでいる。やけっぱちになるのはいいが食事くらいは上品に食べて欲しい。
料理とはそれに伴う食べ方があるのだ。気分が優れず乱雑に食べれば料理も味がなくなる。料理人の端くれとしてはそういう行為は慎んでもらいたいものだ。
「シアフィールドさん。食事はもう少し楽しそうに食べてください」
俺が諌めようとやんわりと言うとリリィはキッとまるでにらみ頃さんばかりの怒気のこもった視線を向けてきた。何をそんなに怒っているのか。
「そうですの〜。リリィちゃん、お食事はみんなで楽しく、ですの〜!」
能天気にリリィを注意する声。昼間にふらふらっといなくなったかと思えば夕食の席にいつの間にか付いていた。
ルビナスが目覚めていないかとも思ったがどうやら違ったようだ。朝まではナナシの気配は微弱だったが。今ははっきりと分かる。
かけていた部分を取り戻したかのように気配を感じ取れる。心配する必要はないか。
「あんたのせいよ!!」
リリィの大きな声でレンが身をすくませた。ふむ、軽く諌める程度ではダメか。
「ふぅ、シアフィールドさん。そんなにカリカリとしないで下さい。昼のことを気にしていても仕方ないですよ?」
「蛍火ちゃんの言う通りですの〜」
ナナシが俺の意見に賛同するが、今お前に意見を言われては話が纏まらない。大河に目配せする。さすがに大河もリリィの態度には辟易としているのか頷いてくれた。
「ほら、ナナ子。お前にこれやるから少し黙ってろ」
大河は自分の苦手な料理をナナシの前においた。大河の苦手克服のために作った料理なのだがまぁ、この際目を瞑ろう。
「きゃい〜ん!!ダーリンにごはんもらっちゃったですの!! 関節キスですの〜」
微妙にあっているのだが違う。この天然さはカエデとはベクトルが本当に違い厄介だ。なんというかこの能天気さには物凄く腹が立つ。
「あんなのに負けただなんて。しかもあんなのと一緒に行動しないといけないなんて」
ナナシの行動でリリィがさらに落ち込んでいる。律儀に指導を護っているリリィの落書きをされた表情では全てがギャグになってしまっている。
「蛍火。なんであんたが出なかったのよ。」
「私は別に反対ではなかったですからね。それに私が戦っても結果は変わらなかったですよ」
思いっきり嘘だった。ナナシが同じように戦場に立つなど危険すぎて本来なら全力で阻止する。ナナシがルビナスと知らなければ。
例え、俺が勝ったとしてもナナシは編入されていただろう。彼女はルビナスなのだ。学園長が放置しておくはずがない。
それに正直な話。あの時のナナシに勝つのは酷く難しい。その事に気付いていないリリィではまず勝てなかっただろう。
「編入させられてたって言うの?」
「いえいえ、それ以前にナナシさんに勝つのはとても難しかったでしょうが」
「あんたでも?」
「無論。相性というものがありますから」
俺があの時のナナシに勝とうと思ったら、飛針やナイフで四肢を地面に縫い付けて完全に動く事を封じた上でなければならない。俺はそれをしても一向に構わないのだが周りからの批判が大きいだろうからな。その上、いつルビナスとして一時的に目覚めて攻撃してくるのかわからないのなら迂闊に攻めきれない。
誰もが納得できない顔をしている。俺は戦闘に関して化け物だが、それでも無理なことはあるぞ。
「まず、当真さん、トロープさんは勝つのがほぼ無理でしょうね」
「むっ、そんな事はありませんよ。断言しなくても」
ベリオがむきになって言い返す。しかしな、ほぼ無理だぞ。
「では、戦っている途中でナナシさんの腕や足が取れたとしても平静でいられると?」
さっとベリオ、未亜が顔を蒼くする。流石に無理だったのだろう。まぁ、お化けが怖いと言っている時点で無理だ。
「次にシアフィールドさんですが、息をするように神経を逆なでする発言をするナナシさん相手にずっと血が上らないようにしていられますか?」
さっとリリィは眼を逸らした。無理だったのだろう。まぁ、あそこまで見事な悪意のない暴言は耐え切れないだろう。
「後、当真ですけど。目を閉じての戦闘に慣れていない当麻ではまぁ、あの光に目を潰されるでしょうね」
「それを考えて目を瞑ったんだけどな。もしかして裏目?」
「えぇ、出来もしないことをしたからです」
それに目を瞑っていたのならナナシを殺しかねない。切断するのならともかく、寸止めする気だったのなら相対距離を測れずにざっくりいっている可能性が高い。
恐らく大河はそんな事、頭の片隅にも考えてなかっただろうな。
「それじゃ、カエデさんはどうなの? 忍者だから目が見えない状態でも戦えそうだけど」
ふむ、確かに未亜の言う通りだ。俺もおそらくカエデも盲目状態で戦えるだろう。
「難しいでござるなぁ」
基本的に人間は視覚に頼っている。それが完全に欠けた状態でもないのに訓練で資格がない状態で百%を出すのは難しい。
魔法とかの補助がなければ俺とて視覚が奪われた状態で戦う事などできない。
「それで、リコさんも恐らく勝てなかったでしょう」
「はい。私もナナシさんにあの場で勝てる要素を見つけるのは無理でした」
リコの強さを知る大河は酷く驚いていた。まぁ、書の精たるリコが勝てる要素が見つけられないなんてよっぽどの相手だしな。
無論、リコもあの戦いのからくりに気付いているだろう。ミュリエルを知っているリコが見抜けないはずもない。
「ってことはもしかしてナナシさんが救世主に一番近いの?」
戦いに関して詳しくないメリッサが勘違いするのも仕方がないか。現時点……というか基本的に闘技場での戦いでナナシに勝つことは困難極まる。
「いえ、それは分かりません。それにナナシさんの純粋な戦闘技能は救世主クラスの中で一番下です」
メリッサ、アムリタ、エリザは首をかしげている。レンはどうでもいいようだ。
「闘技場という、相手に致命傷を与えてはいけないと言う限定空間においてナナシさんは酷く強い。それは、ナナシさんにとっては我々にとっての致命傷をそうとはしないからです」
「つまり、俺たちが首に剣を添えられたら降参しなきゃ成らないけど、ナナ子はそれでも戦闘を続行できるって分けだな?」
流石は大河。実技に関しては本当に察しがいい。痛覚があるかどうかも疑わしいナナシに相手を殺せないという枷がある戦場ではナナシはほぼ無敵だ。
どこまで攻撃していいのか分からない。どこまで傷を与えてもいいか分からない。血が流れるという一種のバロメーターをナナシは持っていない。
「そうです。だから、降参するということを考えていなかったあの時のナナシさんに勝つ方法はあの場所ではとても少ない。ある意味勝てなくても仕方がないのかも知れません」
戦場ではそんな事言えないのだろうが。
「あぁ、当分は私がいないですけど、お店は開いてくださいね」
最近、仕事が沢山入って喫茶店のほうをほったらかしにしている。俺がいないからエリザやアムリタも喫茶店を開いていない。埃がたまらないように掃除はしてくれているみたいだが。
「蛍火さん。前も僕たちが言ったと思うけど店主がいないのに僕たちがお店を空けるなんて出来ないよ」
まぁ、そういうのは考えていた。しかし、今度はそうは行かない。
「あぁ、言ってませんでしたけどあのお店はもう、私の物じゃないですよ」
さらりと言った言葉にエリザ、アムリタ、レンが驚愕する。いつの間にって感じだった。
「戦いが激化しそうですからね。私がいなくてもお店を望む人は出てくると思いますから、その為に名義をエリザさんに変えておきました」
正確にはレンの持ち物だ。レンに委譲し、その保護者をエリザとしたので今はエリザが管理していることになる。
ついでに言うと保護者としての役割ももう解除している。これは言わないほうがいいだろう。まだ、彼女たちは俺に依存している。だから、これを機に離しておこうという考えだ。
「え?え!? え?!!」
二人はかなり混乱している。まぁ、仕方のないことかもしれないな。色々な意味でな。
「貴女たちには全て教えてありますから、問題はないはずです。不安は残るでしょうけど、もう貴女達は一人でも歩ける位に治っています。後、足りないのは勇気。だから、これを期に自分足で歩み始めて貰えませんか?」
エリザとアムリタが今生の別れのように悲しい表情をする。彼女たちはまだまだ若い。不安も大きいだろう。
だが、何時までも人間は甘えていられるだけの立場にはいられない。
「別に、ここから出て行けといっているわけではありません。困ったことがあったのなら頼ってもらってかまいません。唯、私という存在で貴女たちを縛りたくない。まだ、無限の可能性を秘める未来を奪いたくないんです」
俺程度の存在に固執して、彼女たちの未来を奪いたくない。俺は何も残したくない。
エリザとアムリタはその言葉でさらに泣いていた。何が悲しかったのだろうか? 何が苦しいのだろうか? やはり俺にはその感情は理解できない。猜疑心や嫌悪感は理解できるというのに。
「まったく、まだまだ手のかかる」
俺は二人の頭を優しく撫でる。この二人の頭を撫でるのはこれで二回目か。たった、二回なのか。それとももう二回目なのか。
「おほん!」
リリィの咳によって、エリザとアムリタが俺から離れる。流石に恥ずかしかったか。
「まぁ、これから少しがんばってみてください」
俺の言葉にエリザとアムリタは頷いた。
「なぁ、蛍火。お前懐事情とか大丈夫か?」
セルが何か気遣わしげに話しかけてくる。ふむ、何がだ?
「俺とか、イリーナとか、マリーさんに剣を上げた上にエリザさんに店とか無償で上げて。やっぱ気を使うだろ?」
あぁ、何だ、そのことか。実を言うと資産が膨らみ過ぎて困っているぐらいなのだ。いや、仕事色々と抱えているし? その上、なぜかホワイトカーパスから税金が入ってくるし? 現金でも相当あるのだが、その上で遺失武器をとんでもない数を所有している。売る事は出来ないが金銭に換算するとそれだけでアヴァターで最も金持ちになっちゃったりする。
いつの間にか増えるというのが恐ろしい。
俺の資産について触れるのが恐ろしくなったのか話題は打ち切られた。リコの眼が遺失武器の出所を知りたいと口にも出されていないので答える事はなかった。必要ないし?
さて、どうして俺達が翌日休むことになったかというとゼロの遺跡の調査を王国から依頼されたからだ。
調査と銘打っているが実質は別になるだろう事を俺は知っている。というか相変わらず俺も一枚噛んでいる。
今回で大河たちの成長具合を見るにはいい機会だろう。
「蛍火、がんばってね」
相変わらず隣に座っているレンが悲しそうな顔をしながら精一杯の言葉を口にする。そう言えば、レンを引き取ってからは公の活動としては遠征に出るのは初めてか。
レンも俺が遠征に行く意味を知っているのかとても心配そうにして涙をこらえている。
その姿が、涙を流していずとも、泣いているレンの姿が無性に胸をかき毟りたくなるほどに見ていたくなかった。
二日後、救世主クラスのメンバー達はゼロの遺跡へ行く為、学園の正門の前に集まっている。誰もが厳しい表情でどこか緊張したような顔になっている。
もっとも、
「は〜い。みなさん用意はいいですかぁ。ではこれからゼロの遺跡に出発しまぁす。ガイドさんの旗を見失わないでねぇん」
緊張と言う雰囲気を思いっきりぶっちしてくれている偉大なるダリア先生は別だが。ある意味さすがだ。
「また遠足気分だよ、あの人は」
どこか疲れたように大河が呟くのも仕方のないことだった。今回の俺達の行き先は遺跡であるのだが、間違っても修学旅行でなければ社会見学でもない。獣の集団が跋扈する、まさしく戦場といっていい場所だ。
かく言う俺も遠足気分である。あそこに外からいくのは初めてだし、昼間に遺跡を見るのは初めてだ。それに幾ら獣が数を集めようとも所詮は獣。恐れる理由はない。
俺は事前に罠の類を知っているから恐れる必要もない。
「ナナシ、遠足初めてですの〜。とっても楽しみですの〜」
ここにも雰囲気を読まないのが1人。
「だから、遠足じゃねぇっっての。」
ナナシに大河が突っ込むが、結局のところ天然なナナシに効果などない。それでも諦めずに大河は突っ込む――――が、やはり効果はない。
「大河、あの子、遠征に連れて行ってホントに大丈夫なんでしょうね?」
ゼロの遺跡へと向かう馬車の中で、何処か不安そうにリリィが大河に訊ねる。もっとも、それは他のメンバーもまた同じ気持ちだった。
「ナナ子の事か? 大丈夫だとは思う……が」
「いきなり実戦は厳しいと思うんですが」
ベリオが大河に賛同するが、実際のところ大河の考えは別のところある。そもそも、根本的にナナシを実戦参加させて大丈夫なのだろうか、と言う懸念材料だ。
何故かナナシは後方待機ではなく調査の一員となっている。すでにルビナスが目覚めているのだ。危険があれば起きるだろう。
「わ〜、お水がいっぱいですの〜」
「湖、見たことないの?」
あの普段の姿を見る限り、戦闘を行えるかどうかが不安だ。そもそも、この前の試験の際は結局、大河とリリィが負けた理由は原因不明となっている。
俺からすれば何も心配する要素はないのだが他の面々にとっては心配でしかないのだろう。ルビナスも用心深い。さっさと表にでて活躍してくれればいいものを。そうすればナナシを見ずに済む。
その後、ベリオによるゼロの遺跡談義。千年前の首都だったとか、千年前の主戦場になった場所だとか。
いろいろと曰くはある。
今回の白側としての思惑は救世主候補の実力を視察する程度。罠を用意してどのように対処するか。
無論、そこには俺は除外される。一応、白の主だから俺専用に上空でガーゴイルの大軍を用意してもらって俺は別行動をとれるようにしていた。
空戦に慣れる必要があるかどうかは分らないが経験しておくだけの価値はある。
ベリオの話を聞きながら俺はただ、何も考えずに外を眺めていた。そこでふと去来する出立前のレンの泣きそうな姿。
その姿を思い起こすだけで胸が痛い。あぁ、そう言えば。レンが泣いている姿を俺はとことん見ていない。
初めて出逢った日のあの涙以外に、俺はレンが笑っていたり、拗ねたり、むくれている姿しか見た事がない。あの子の泣いている姿を見た記憶が薄い。
だからだろうか。昨日と今日のレンの泣きそうになっていた姿が瞼の裏に焼きついている。その姿を思い返すたびに胸が苦しい。
馬車の中で雑談が繰り広げられる中、俺は不自然な事に気付いた。
このマナの流れが僅かながらに異なっている。一昨日きたときにはこんな流れを関知しなかったのに。ここが遺跡から離れているということもあるが、ここまでの異常なら一服しているときに十分に気付けたはずだ。
なら、昨日のうちに何かあったと考えるべきだな。だが、それにしてもおかしい。このほどのマナの異常な流れにリコやリリィが気付いている様子が一切ない。俺だけの勘違いなのだろうか?
一度調べてみるのがいいな。
「うわぁ〜、鳥さんがいっぱい飛んでいるですの〜」
ナナシの能天気な声が馬車の中に響き渡る。ふと、他の者達が馬車の外を見ると、いつの間にか山道は下りに差し掛かっていた。
ついた場所には岩やレンガで出来たであろう建物などはところどころ砕け、すでに人の気配を感じさせない。朽ち果て、見捨てられた都。
文化財の重要性をベリオが口にする中で俺は先ほど感じたマナの異常な流れを検索していた。普段は一定方向に流れないマナが一方向に集中して流れていっている。やはり何かあるという事だろう。
「どうしよっか、お兄ちゃん?」
別の事に集中している間にどのようにして調査するかについて議題が移っていた。さて、大河は何をどう選ぶのだろうか?
「こうしてざっと見回してみても、敵の姿は見えない…………けど、何が起こるのかわからない。だったら最低限ペアを組むべきだな」
意外な事に大河は一人一人の行動をとらない事を選んだ。協調性を重んじながらも活躍したいという願望がある大河ならば遺跡の四方に個人戦闘力の高い者を配置する思っていたんだが。
「手分けしてモンスターのいそうな場所を探した方が効率がいいのでは?」
「そっちの方が効率がいいのは分かってる。けど俺たちは前回罠に嵌められたんだぜ? 下手したら似たようなケースかもしれない。慎重に行こうぜ? 誰かが欠けちまうなんてつまらない調査終了の仕方なんてまっぴらごめんだ」
さすがに成長している。相変わらず戦闘方面に偏っている傾向があるが、それでも何かと真理をずばりと言い当てている。
ん〜、困ったな。こっちは個人戦闘能力を見たかったんだが……まぁ、タッグを組んでいてもある程度はシェザルやムドウも感じ取れるだろう。
チーム分けは大河とべリオ、カエデとリリィ、リコとナナシ、俺と未亜という流れになった。
救世主候補中最弱という認識のあるリコとナナシを組むのを大半のモノが納得しなかったが、なぜかリコとナナシ二人が強く願い出た。
ナナシ……いや、ルビナスはリコに話し事があって、リコはナナシを探ろうとしているのだと思われる。
まぁ、心配はないだろう。千年前の猛者達だ。
後書き
やっとこさ辿り着いたゼロの遺跡編です。いや、ここに来るまで七十話もかかるなんて(汗
冒頭はまぁ、正直あんまり気にしてもらわなくてもいいです。まぁ、着々と子離れしようとして必死なお父さんといったところでしょうか?
さて、今回は二本ほどフラグがあったのですが、分かりましたか? どこがとはいいませんがそのうち明かされますので〜。
今回、ナナシの活躍を期待した方、申し訳ない。たぶん、あんまり活躍できないです。大河が原作よりも色々と考えるようになっているのでここでは単独行動ではなくて、最低でもチームを組んで行動することとなりました。
まぁ、それもこれも蛍火が白の将に現時点の救世主候補達の実力を見てもらおうという考えです。一応、白の主として行動してますw
ゼロの遺跡編はこの物語における起承転結の大きな転です。どこにどう何があるかは言えませんが、この物語りの中核に触れることが出来る様なのがぽろぽろとありますので〜。
では、次の話でお会いいたしましょう。
ゼロの遺跡〜。
美姫 「大河も成長しているわね」
うんうん。これなら罠にも対処できるかな、どうかな〜。
美姫 「どう展開していくのか楽しみね」
ああ。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」