閉め落とした領主を脇にどけながら周りを見渡す。

 周りの兵士は蛍火を見ようとせずに前に進んでいた。

 もはや、トリーズのことは見えていない。

 

 蛍火という痛みも感じず、それをむしろ前面に出して戦う存在など戦いたくない。

 蛍火の戦法は、明らかに常識の外にある。

 

 関わりを持とうというのは限りなく少ない。

 

 だが、それは少しの間だけ。

 指揮官をなくし、敵が一人傍にいるのなら排除しようとする動きに確実になる。

 

 

 早急に転送魔方陣を描き、領主を飛ばす。

 

 

 誰かの動く気配がするよりも早く、蛍火は空に飛び出した。

 逃げるのではない。これから今よりも獲物を狩りやすい場所に移動するだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七十二話 復讐鬼の末路

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び、上空に戻った蛍火は下界を見下ろす。

 傍らにすでに堕ちている領主を抱えて、見下ろす。

 

(腕は使えないか……はぁ、無傷で捕まえるためとはいえ腕一本は犠牲にしすぎだな)

 

 己が腕を数度握り、感触を確かめる。

 だが、それは鈍い。当たり前だ。掌の貫通どころではなく、腕を貫通させたのだから。

 

「痛いな」

 

 蛍火は腕の惨状を見て言葉をこぼしたのではなく、今、腕で起きている現象を見てこぼしていた。

 今の彼の腕は急激な速度で回復している。

 本来ならありない速度での腕が修復していって万全の状態に近づいていく。無論、自身で魔法は使っているが、それでもその再生速度は常識を覆す。いとも簡単に、ありえないほどの回復力を持ってその腕を戻していく。周りの■■を吸いながら己が腕を■■■している。

 

 その光景は唯、蛍火がもはや■から離れつつある事を如実に示していて、終わりが遠くない事を示していた。

 

 

 

 腕を見ながら辛そうな表情はすぐになりを潜め、眼下を冷たく見下ろした。

 

 そこには将を失い、右往左往としている兵士ばかり。

 眼前には血に飢えた獣。人外の力を誇る一騎当千の兵が四方を囲む。

 

 もはや勝敗は目に見えている。

 だが、これは勝ち負けではなく殲滅。一人も残さないのが蛍火たちの勝利条件。

 

 

 

 上空より、矢を射出する。

 この場より逃げ出そうとする愚か者を。哀れにも生きて逃げられるという希望を抱いた輩を貫く。

 

 唯、無言に、延々と矢は蛍火の手から射出される。

 轟音を鳴り響かせ皮膚を焦がしながら矢に貫かれ、極寒の寒さに体を震わせ温もりを求めて凍りつき、

 酸素を求めて醜いダンスをするほどに灼熱に焼かれ、矢とは思えぬほどの刃に四肢を寸断され、

 骨が重力によって圧壊され地に押さえつけられる。

 

 矢だけが兵士の命を奪うわけではない。

 

 鋭い牙がその咽笛を噛み千切り、鈍らの剣がその首を跳ね飛ばし、

 雷や焔の魔法によってその身を焦がされ、突進によってその身をばらばらに押しつぶされ、

 

 そして、白の将とダウニーによってその身を絶えていく。

 

 

 もし、地獄というモノがあるのなら目の前の光景がまさにそうだ。

 慈悲は与えられず、苦痛のみが蔓延し、悲鳴が鳴り響き、命だけが搾取されていく。

 

 

 奪うことは許されず、唯奪われる側にのみ配役が与えられる。

 

 

 

 終わる事無き地獄。地獄の終わらせ方を兵士達は知っている。

 そう、自らも終われば良い。

 

 だが、それを選ぶ事は兵士達には出来ない。

 

 諦めれば終わり。至言だ。

 そう、この地獄においては諦めてしまえば本当の意味で終わってしまう。

 否、もはや始まった時点で終わり。終わりは一つしかなく、選べるのは戦って死ぬか、逃げて死ぬかの二択のみ。

 

 

 

 

 

 それを知りつつもダウニー、シェザル、ムドウ、そして破滅の獣達は嬉々として狩る。

 命を狩り続ける。

 

 

 ロベリア、イムニティは無表情に狩り続ける。その狩りに愉悦すべきものを見つけられないために無表情で命を狩る。

 

 

 そして……蛍火は憐れみの表情を向けていた。

 

 どちらを選んでも終焉しかない選択。

 そんな選択肢とすら言えない選択を突きつけられた兵士に哀れみの表情を。

 

 仕方ない。

 選ぶ状況を作ってしまった兵士が愚かといえる。

 だが……抗う事すら出来ない選択を突きつけられるというのは……なんとも残酷ではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士達も大半が減り、唯死という現実を突きつけられ絶望している。

 だが、その中で最後の足掻きとばかりにトリーズに近づいていく者がいた。

 

 

 その光景を冷めた目で蛍火は見ていた。

 古代文明の兵器は使用方法をきちんと知っていなければ扱いきれない。

 ボタン一つを押せば発射などという甘い事は起きない。

 

 

 過去の人々はその威力を良く知っている為に誰もが使えるようには作っていない。

 

「愚かな」

 

 呟かれた声は届く事はない。

 遺失兵装が誰もが扱えない事など蛍火はよく知っている。

 

 レベリオンなどその最たる例だ。

 バーンフリートの血筋を継ぐ物しか扱う事が出来ず、ある一定の行動を取らなければ発射ステージに移行しない。それの簡易版ではあるが遺失兵装が一般人にそう易々と使えるはずもない。

 

 

 冷めた目で眼下を見下ろすが……いたずらをした方がいいかと心中で決定する。

 そもそもそうする事が前提だったのだから。

 

 

 矢を番える。

 今出せる限界までの出力を矢に注ぎ込み、リリィのブレイズノンすら上回る魔力を凝縮する。

 

 凝縮に凝縮を重ね、圧縮に圧縮を重ねて、針のように細い矢を形成する。

 それはもはや遠目からでは視認できないほどに細められた矢。

 

 武器としては失格と言えるほどの細さ。

 だが、そこに込められている魔力の量は常識を凌駕している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界まで膨れ上がった矢は一条の光となって降り立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、光の爆発が起こる。

 

 

 

 

 

 トリーズの中枢部を一条の閃光は貫き、内部にかき集められていたマナを暴発させる。

 圧縮されたマナは、放たれた矢という起爆剤を持って爆散する。

 

 

 トリーズを起動していた兵士達は、マナの暴発による余波で蒸発していく。

 獣達を跡形もなくつぶしていくほどにマナは周囲に集った人など容易に壊していく。

 

 

 悲鳴すら聞こえずに兵士は消失していく。

 今まで殺されていた兵士とは異なり、何も残せずに、何も残さずに死に絶えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 光は人を蹂躙する。そこにある――周りにある全てを平等に、分け隔てる事無く無秩序に全てを飲み込んでいく。

 

 

 獣すら飲み込み周りにある全てをなぎ払って光は収束していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼を陵辱するとしか言いようのない光が消え去った後に残っているのは荒廃した原野のみ。

 

 わずかに見える人影は蛍火を含めて六つ。

 それ以外は圧倒的な光に飲み込まれてしまった。

 

 

「暴発でこの威力か…………やはり人の手に余る玩具だな。封印されるわけだ」

 

 その光景を見て蛍火は唯、それだけを漏らす。

 冷静に聞こえるが内心は最悪の未来を想像して怖気が走っていた。

 

 トリーズはレベリオンの量産型。

 こんなモノがほいほいと戦場に出てきたとすれば一気に戦局はひっくり返りかねない。

 

 

 だが、もう一つ考える。

 こんなモノが開発されていると言うのに一度として破滅を完全に滅ぼしたという証拠がない。

 

 白の主に覚醒した未亜でもレベリオンを片手で防いだ。

 だとすればそれに比類する存在が現れればこれは意味を成さない。

 

 もしくは、破滅に勝ったという記述だけで残りのこれは封印されたのかもしれない。

 

 強大な敵を排除する為に作られた兵器。

 それは強大な敵が去ってしまえば殺戮兵器でしかない。その矛先が民に向く事を恐れて封印されている可能性が高い。

 実質、レベリオンを除く遺失兵器は封印されている。

 

「セル達に遺失武器を与えたのは間違いだったかもしれんな」

 

 セルは蛍火が信用しているからいい。

 だが、その武器はセルが死んだとしてもこの世界に形を残す。

 その次の担い手が正しく使う保障は? そのさらに次の担い手が間違いなく使う保障は?

 無い。そんな保障は、確証は何一つとしてありはしない。

 

 人は強大な力を唐突に手に入れてしまえば狂ってしまう。

 価値観を反転させて、自らの欲望に走ってしまう可能性がある。

 

 

 封印されているという事は然るべき理由があるからこそ封印されている。

 封印されているのなら出すべきではなく葬るべき。

 

 

「とりあえず、もう一つの指針は定まったか…………ん?」

 

 眼下に視線を向けるとダウニー達が蛍火を見ていた。

 破滅の将たちとは異なり、一人ダウニーだけが厳しい視線で蛍火を見ていた。

 

 ダウニーが睨んでいる理由がすぐさま分かり苦笑しながら蛍火は地上に降りていった。

 

 

 

 Interlude out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、ダウニー先生」

「えぇ、蛍火君もお疲れ様…………言いたい事は分かりますよね?」

「えぇ、無論」

 

 あれだけ強力な兵器であったトリーズを壊したこと。

 ガルガンチュアが稼動しない現時点ではトリーズは主力兵器なること間違いなし。

 

 壊す俺が間違っている。

 

「では、何故?」

「危険だったでしょう?」

 

 危険だった。

 暴発程度で周囲一キロ以上を焼け野原。後の世に残すにはあまりにも危険。

 

「えぇ、それは分かります。ですがそれ以上に魅力的な兵器です」

「そうですね。……けど、私たちに必要でしょうか?」

 

 俺の言葉にダウニーは首を捻る。

 強力な武器はあればあるほうがいい。戦局を、戦端を有利に運べる。

 

 だが、そんなモノあっては困るのだ。

 

「私たちには死んでも痛くない兵士が居る。それも無限召喚陣を使えば途切れる事無く。

 敵に渡って使われる可能性もあるんですよ? だとしたら最初からそんなモノを戦場に出さない方がいい。

 両方にあんなモノがなければこちらが圧倒的に有利なんですから」

 

 数の暴力という圧倒的なモノを破滅側は手に入れている。それも質すら優れた。

 だとしたら戦局をひっくり返しそうな異分子は排除するべき。

 

 赤側に打たれでもすれば被害が大きすぎて再生が追いつかないかもしれない。

 

「一理あります。ですが、敵側がこれと同じものを他から調達してきたら?」

「遺失兵器ですよ? そう簡単に見つかるとは思えません」

「それは理解しています」

 

 これだけの魔道科学の結晶体がごろごろと転がっているはずもない。

 俺のポケットの中はもちろん例外指定。

 

 この世界の文化水準を俺よりも理解しているダウニーは頷く。

 見つけることは難しい。そして作るのは不可能に近い。

 

「何の為に、領主を生け捕りにしたのか……分かりますよね?」

「場所を吐かせますか。それで全て先に潰すと?」

「無論」

 

 それが俺の仕事。

 未来に禍根を残さないようにするのも俺のれっきとした契約条項。

 

 なら俺は守るほかない。

 

 ……誤魔化すのが下手だな。俺は、

 

 

「先に手に入れられてしまえば?」

「私が持つ全権を使って潰しますよ」

 

 にっこりと笑って答える。

 俺が持つネットワークを使い切れば、怪しいところなど簡単に見つかる。

 だが、絶対はない……な、やはり。

 

 ダリアと手を組む事も考えておこう。王宮の力を合わせれば確実に近づく。

 でもダリア、何となく苦手なんだよな〜。

 

「貴方が持つ全権を使用したとしても」

「あぁ……ダウニー先生は知らなかったんですよね。私が元は学園長付きの諜報員だった事を」

 

 知らないよな。ダウニーの腕では俺に辿り着く事は難しい。

 お世辞にもダウニーは諜報員としては腕はよろしくない。

 

「知りません? 少し前に騒がせたラプラスっていう名前で暴れてたんですけど」

「…………驚くよりも呆れてきますよ」

 

 とても深いため息を吐いて、乾いた笑いを浮かべていた。

 まぁ、非常識に分類されるしな、俺は。

 

 

 ダウニーは俺の言葉を真実と判断して、俺の眼を覗き込んでくる。

 ドブの如き眼で見つめあうなんて……愚かしいよ?

 

 

 俺たちは利用しあうしか出来ないのだから。

 

「出来ますか?」

「私に不可能があるとでも?」

 

 はい、嘘です。在ります。結構あります。

 本当の俺の敵に勝つなんて不可能を通り越して、戦いにすら持ち込めません。

 

 

 だが、ダウニーは俺を信じたようだった。

 

 俺にこの世界で不可能な事は多々あるが、これに関しては可能な範囲。

 

「分かりました。徹底的に潰してください」

「了解」

 

 

 さて、まずは拷問でもかけますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝ている領主をたたき起こす。

 

「ぶはっ、ぐふっ」

 

 無様なほどに息を乱して周りを確認し、俺を見つけて睨んできた。

 

「起きたか?」

「……最悪の目覚めだ」

 

 睨み付けるというよりも……さらにきつい怨嗟の篭った眼。

 憎悪と怨嗟、呪いの込められた眼。

 

「そうか。さて、先に聞く。お前は何処でトリーズを見つけた?」

「…………あれを知っているか」

「遺失兵器を良く知るのはお前だけじゃないさ」

 

 知っている者は少なくとも、決して知る者がいないわけではない。

 

「そう……か。…………先ほどの質問だが答えると思うか?」

「まったく」

 

 復讐に囚われた者がそう簡単に吐くとは思っていない。

 

「悶え啼いてくれることを期待しているぞ?」

 

 さて、久しぶりの拷問の開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、吐く気になったかな?」

 

 すでに領主は人としての原型を保っていられる限界まで痛めつけた。

 痛みを持たない人間がこれほどやっかいとは。

 

 短時間で情報を引き出す拷問は痛みが伴うのが一番だ。

 だが、目の前の人間は俺と同じく痛みを感じない。

 既存の拷問では意味を成さない。

 

「吐くか。愚か者」

「……だろうな。だが精神的にはどうだ? 復讐を誓ったのに復讐を果たす事すらできず敵に捕まっている。

 何よりも、次に復讐をしようとも復讐する事すら叶わない体にされてしまったのは?」

「はっ、俺は殺せれば良い。家族を殺したヤツラを殺せればそれでっ! 俺の手で殺す必要はない!」

 

 立派だ。ここまで復讐に狂ってしまえるのは感嘆するほかない。

 

 だが、聞こえるぞ?

 自らの手で復讐を果せないことに苦しんでいる事を。

 復讐相手の四肢をもげ無い事を、眼を抉れ無い事を、耳を削ぐ事が出来無い事を、咽の底から喚きたてられる声が聞けない事を。

 その全てが叶わくなったことを心の中では惜しんでいる事を、悔やんでいる事を。

 

「今吐いてくれるなら、四肢を復元する事を約束するが?」

「キサマラの施しなど受けない」

 

 本当に立派だ。あぁ、素晴らしい。

 その心、本気でへし折ってみたいぞ。

 

 

 だが、時間制限があるな。

 

「ふむ、それは困ったな。私としても時間制限があるのでね。夜明け前には行きたいところがあるのだが」

「夜が明けても吐かんぞ。私にとっては日が昇ったとしても夜なのだからな」

 

 ……なるほど、今は明けない夜の真っ最中という事か。

 復讐に明け暮れて、太陽の昇らない生活を続けている。

 

「ほぉ、明けない夜はあるとでも?」

「当たり前だ。太陽はもう二度と昇らないからなっ!!」

 

 あぁ、素晴らしい。

 そう、明けない夜はある。……明けない夜はあるのだ。

 

 絶望に彩られ、星さえも輝く事無く、月明かりが差し込むことすらない夜。

 沈んでしまった太陽(亡くしてしまった大切な人)はもう二度と昇らない(会えない)

 太陽が眩し(大切)過ぎれば眩し(大切)過ぎるほどに、

 

 ここまで壊れているのか。ここまで俺と同じく壊れているのか。

 

 俺と異なり、ダウニーに誰よりも近くて、大河とは正反対。

 

 面白い。――だが、俺は俺の役割を果すのみ。

 

 

 

 

 

「ははっ、さっさと吐けよ」

 

 小太刀を掌に突き立てる。

 だが、それだけで領主は悲鳴を上げない。当たり前だ。痛みなど感じないのだから。

 

 

 さらに掌を貫通させた小太刀の刃を肩に目掛けて進ませる。

 俺がされた仕打ちのように腕が二つに切り裂かれていく。

 

 

 筋肉を表すピンクと脂肪を表す白が腕の裂け目か見える。

 ぷつぷつと黄色が混じった白はピンクの表面に浮かび自らの存在を誇張していた。

 

 あぁ、これで悲鳴が聞けない事が酷く残念だ。

 

 

「何をされても吐かんぞ」

 

 目の前で腕が寸断されている事にはさすがに答えるらしい。

 生きたままの人の肉を見るのははじめてなのかもしれないな。

 

「死んでもいいのか?」

「はっ、鉄槌は必ず下される。私でなくても、そうコッポル氏とベイス氏が必ずなっ!

 トリーズが収納されている場所は私以外でも知っているのだ!」

「…………くくくくっ、ははははははははははははっ、いや、ありがとう!」

 

 あぁ、やっとか。

 そう、俺が本当に求めていた情報はトリーズが安置されている場所ではない。

 安置している思わしき場所を知っているだろう。この領主以外の誰か。

 

 

「……どういう意味だ?」

「何、本当にほしかったのは場所の情報ではなかった。

 場所などお前の住処を荒らせばすむ話。それ以外なんだよ、欲しかった情報は」

 

 瞬間、今まで歪む事すらなかった領主の顔が歪む。

 あぁ、それだ、それが見たかった。

 絶望しか感じられないその表情がっ!

 

「ふふっ、いや。本当にありがとう。ベイスとコッポルとは。コレで殺す口実が出来たというものだ」

 

 まさかこんな所であれらの殺す口実が生まれるとは。

 未だに利権を貪ろうと動いている利権者としてのクズ。

 優しさを持ち合わせずに欲を前に出して生きる人とは呼べない者達。

 人であるのではなく人間である……大河達の未来を損なわせる可能性。

 

 あぁ、まさか、まさかここでそんな情報を手に入れられるとはっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたか?」

 

 俺の笑い声が聞こえたのか姿を現す、誰よりも目の前の男に近い人間。

 領主にとって愛しく恋しいほどに憎い相手。

 

「えぇ、私にとって重要な情報はもう引き出しましたから」

「そうですか」

「どうします? これ?」

「蛍火君が連れてきたのでしょうが……」

「えぇ……ですが、コレも一応、貴方の復讐相手ですから――いえ、違いましたね。八つ当たり相手でしたね」

 

 その瞬間、領主の眼に光が燈る。

 絶望に彩られていた瞳から……暗い希望の光。

 

「もう、終わった事です。私が憎かったホルム州の領主は……死んでいた」

「貴方だけを追って生きてきた相手に……つれないですね」

「ふふっ、蛍火君も意地が悪い」

「そうですか?」

「えぇ」

 

 俺たちが談笑している内に領主がこちらに向かって進んでくる。

 足はなく歩いてくる事は叶わない。腕が無く這って進む事すら叶わず。

 それでも尚進む。もはや復讐が叶わぬ身であろうとも。復讐が果す事が叶わぬ身であろうとも。

 

 ぼたぼたと流れ落ちるという表現すら不適切なほどの血を流しながら前に進む。血の河を作りて前に進む。

 眼は燦然と輝くほどの狂気に満ち、口元は歪な笑みを作り前に進む。

 

 あぁ、いつかのダウニーはこいつと同じ貌をしていたのだろう。

 そして……俺はこんな貌をするかもしれなかったのか。

 

 

「がんばりますね」

「気持ちは分かりますがね」

 

 俺と違って復讐に走っただけはあるか。領主が執拗なまでに進む姿の心が分かるなど。

 俺は所詮、想像と知識として知っているだけ。実感には程遠い。

 

 

 ゆっくりと――されど必死の思いで進む姿。

 

「ですが、残念。貴方の復讐は終りです」

 

 飛針を取り出し、眉間に突き刺す。

 骨を貫通し、脳にまで突き刺さり痛みを少ししか感じさせずに終わらせる。

 

 だが、執念だろうか。崩れ落ちる寸前まで領主の瞳はこちらを向いていて、最後まで憎悪に満ちた眼をしていた。

 

 

「痛いですか? ダウニー先生」

「まさか……私は別です。あれとはねっ」

「…………そうですか」

 

 きっと同じ。俺と領主とダウニー、そして白側にいる者達。

 同じなのだ。表をもう諸手を挙げて歩けない。いや、表の世界にだけ浸れなくなった俺たちは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐鬼の末路などこんなモノ。より強い力に砕かれて想いすら遂げられずに終わってしまう。

 

 あぁ、それだけは俺としても辛い。

 

 復讐すら果たす事が出来ずに朽ち果てるなど…………

 

 諦めてしまった俺はきっとそれにすら劣る……………………

 

 まったく、ダウニーが羨ましい。

 

 

 

 


後書き

 

 さて、今回はほぼ後始末です。正直拷問をしたことがないのでうまく書けていると思えませんがこれが精一杯です。

 今回もわりかし物語において重要な事が蛍火の心の中で語られているのですが…………わかった方はたぶん、いないですよね。

 

 本当はいろんな説明をしたほうがいいのでしょうが、蛍火の思っている事すべてを語ると簡単にネタばれになってしまうので。

 まぁ、とりあえず蛍火が今回の話の中で決意した内容は後の話に関連がありますので〜。ある意味で未来に禍根を残さないのが蛍火の役目でもありますしね。

 

 今回騒がせたトリーズ。これ以後出てくるかと聞かれれば出てきません。一発ネタです。いや、これがあったら色々と物語が狂ってしまうのです。

 なので、蛍火がこっそりと見つけた物を片っ端から壊していきます。無論、一人でやって面白いイベントもなしなので省略します。というか一発ネタが多いな、私は。

 

 ちなみに作者的な復讐鬼の末路は今回のように、より大きな力に潰されて悲願を達成できないか、悲願を達成して自殺するかの二択しかないと思っています。

 悲願を達成してしまったら生きている意味などないのですから、充足感のある内に死んだ方が幸せだと本気で思います。生きていれば幸せになれるなどという妄言を私は信じていません。

 

 

 一応、あるところまで完成しているので投稿速度についてはご心配なさらないずとも大丈夫ですので〜。

 

 

 では、次話でお会いいたしましょう。




復讐者の末路、か。
美姫 「今回の事で、蛍火にはまた一つ良い事があったわね」
利権者を殺す口実か。
美姫 「ええ。これから、どんな展開が見れるのかしら」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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