Interlude other’s view

 

 

 

 

 

 

 白の軍勢が、獣を全面にして進行してくる。

 雄叫びは上がっていない。上がっているのは獣達の歓喜の声。

 人を殺せる、人を嬲れる、人を犯せる事に喜び咽び泣く声。

 

 

 その声に蛍火は顔を歪めていた。

 獣達が上げる声は戦場に出てくる人の悲しい声ではない。戦場で戦う事に怯える人の声ではない。

 彼がこれから行うのは唯の虐殺だ。断じて戦争ではない。

 

 

 それに比較して攻め入ってきたはずのホルムの私軍は正しく人だ。

 予想外の存在が現れた事に怯え、泣き喚き、震え、行き先をなくしている。

 

 当たり前だ。この者達は戦いに来たわけではない。唯殺しに着ただけだ。

 だとしたらこの反応が当たり前。

 

 

 

(さぁ、指揮官殿よ。お前は何処に居る? これほどに愚かな行動をしてくれるのだ。

 さらに滑稽に、踊るように、笑えるほどの行動をしてくれよ?

 そうでもないと……見つけがたい)

 

 軍で混乱が起こると指揮系統が乱れる。

 その為に、混乱時、奇襲時には指揮官の周り以外は兵士の動きが乱れる。

 

 乱れていない。その場所こそが指揮官の居場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七十一話 無痛の極み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵士の慌て具合が納まるよりも先にトリーズから砲撃がもう一度発射される。

 

 その光は前面にいる獣たちを飲み込む。圧倒的な光でもって、圧倒的な爆発でもって獣を蹂躙する。

 

 

 

 

 トリーズによって兵隊が持ち直された。

 自分達の持っている武器が勝てると理解すれば兵士も安堵する。

 

 そんな雰囲気が私軍に広がる。

 

 そんな光景を見ていた蛍火は少しばかり不審に思っていた。

蛍火が予測してた時間よりも随分と立ち直りが早いかったのだ。

混乱によって伝令が遅れる……とそう踏んでいた。

 

(まさかとは思うが、あのトリーズの近くに指揮官がいるのか? そんな愚かな行動をしているのか?)

 

 蛍火がその行動を馬鹿だと断言する。

 

 トリーズは確かに強力な兵器だ。だが、その前に古代が付く。

幾ら、強力な兵器でも劣化する。劣化し、磨耗し壊れやすくなり暴発の危険性も孕んでくる。

 ましてや、レベリオンの小型化したとはいえ、周囲のマナを吸い取ってることに変わりは無い。

 近くに居れば居るほどその危険は大きくなるのだが……

 

 兵士達にとって幸運だったのは小型化し持ち運びを良くするために作ったトリーズは人からはマナを取らない。

 持ち運びしている最中に砲撃をしなければならないこともあったのでその点は改良されている。

 

 蛍火は無論、その事を知らない。

 知らないが……それでもトリーズの近くに行く必要を見つけた。

 元々壊す気でいたのだ。最終的には接近しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気配を消して、そこに存在すると言う証すら消してトリーズの傍まで降りてきて、周りを見渡していた。

 その中で蛍火は一人の人物に眼を留める。眼を向けたその人物は正しく蛍火が探していた人物。

 ホルム州の領主その人物だった。

 

 

 トリーズの傍で陣取っているホルム州の領主に蛍火は呆れたため息を吐く。

 

 どう考えてもトリーズは危険物。

 救世主候補クラスの魔法防御力があるのならともかく一般人の指揮官がトリーズの近くに居るのは自殺行為にすら見える。

 

 そんな当たり前の認識を持っていないホルム州の領主の堂々とした姿に逆に蛍火が自分の一般常識が間違っているのではないかと困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵士達は先ほどの光景に狂乱していた。

 無理も無い。獣達に有効な攻撃があると分かったのだ。

 恐怖は薄らいでいく。一方的に蹂躙できるのならば命の危険はなくなる。

己に危険が降りかからないと知れば人は残酷に、残虐なれる。

 

残虐になれば生まれるのは愉悦。

 人を殺せるという愉悦。一方的に蹂躙できるという愉悦。無抵抗な者をいたぶれるという人として醜い感情。

 

 彼らはやはり人間なのだな。

 

 

 

 

 敵の本陣らしき場所の真っ只中で突っ立っている蛍火はこれからどうするかを考えていた。

 目的の者は見つけた。しかし、この侵攻の中心人物を自分が倒していいものかと。

 

 今回も裏方に回る事を決めていた蛍火が敵の大将首を取ってしまってはこれ以後の士気が関係しないかどうか、それを考えなければならない。

 破滅のモンスターが隊の大半を占めているとはいえ、人が居ないわけではない。

 蹂躙される事に憤慨し、許容できない人間が参加している。

 

 

 しかし、ここで蛍火が何もしなければダウニーたちも動けない。

 無駄な損害ばかり出すのはさすがに今は遠慮したい。

 もう少しすれば無限召喚陣が完成するとはいえ、完成までの間は大量に召喚は出来ないのだから。

 

(後ろからざっくり行けばすぐに終わるのだが……殺したら情報源はなくなる…………困ったな。

 …………という訳で連れて行って拷問かけよう。

 うむ、それが一番早いか。ついでにトリーズを破壊しよう。終わった後は、ダウニーに任せるか……殺すもよし、生かして晒すも良し。

俺が止めを刺すよりも因縁ある相手で終わらせた方がいいだろう。)

 

 ある意味で本来の姿に相応しく蛍火は暗殺を考える。

 

 

 

 

 

 

「誰だっ!」

 

 陣の中に突然姿を現した蛍火を発見して誰もが驚いていた。

 気配遮断を解いた為に突然そこに現れたとしか相手は認識できない。

 

「悪いが、遺失兵器を知る者を残しておく気はない。不運を嘆く暇も与えん。潔く死ね」

 

 一薙ぎ。

 鎧と鎧の隙間を狙って刺突を放たれる。

 

 その隙間を寸分の狂いもなく、小太刀の刃先はすり抜けて中の人間の首を斬り裂く。

 人間離れした所業に斬られた兵士は己が切られたことすら信じられなかった。

 

  切り裂かれた相手は認識する間も無く鎧の隙間から血を流しゴポゴポと濡れた呼吸音を漏らしながら崩れ落ちた。

 

 

「くそっ、迎え撃て!」

 

 突如現れた敵とそれによって味方が殺された事によって場が混乱する。

 ホルムの領主の号令の下、抜剣した兵士達が俺に襲い掛かる……が遅い。

 蛍火からすればそれはハエが止まるとまではいかないがそれでも十分に遅い。

 

 薙ぎ、払い、刺す。様々な剣刃が蛍火に襲い掛かってくる。

 刃の密度は高く、ミリ単位の動きをしなければならないほど。

 されど、蛍火はかいくぐる。刃の前に臆す事無く、刃が顔に触れようとも前に進む。

 

 軌道が見えている。剣先が見える。呼吸が見える。

 

 相対する兵士の何もかもが見えていた。

 

 

(あぁ、本当に遅い。セルと比べるのも愚かしい。大河の方が、セルの方がもっと……)

 

 

 蛍火はそういうが、どちらかというと目の前の人物達のレベルが一般的。

 戦士として大河は未熟だがそれでも最上級に最も近く、セルは武器が使いこなせれば救世主を除いた場合で追いつく者が極小数となるような上級。

 比べる事がそもそもの間違い。

 

 

 

 小太刀を一振り、脚を使って頚動脈を斬り裂く。

 全身を使っての殺戮。腕を、肩を、足を、空間を、己が全てを使った虐殺。もはや止める者など居ない。止められる者など居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数の骸が転がる。

 致命の傷を受け、もはや虫の息。地に伏せている者達はもう戦力にはならない。

 

 目の前で部下が死に絶えたというのに領主は戦意を漲らせていた。

 誰が死のうとも関係ないとその眼が語っていた。

 

 その眼は典型的な復讐鬼の眼。

 

「一応、聞いておこう。今回のこの襲撃を考えた理由は?」

 

 念のために聞いていた。

 蛍火とてだいたいは分かっているが、もしかしたら違っているかもしれない。

 資料などから推測して違う可能性など限りなく低いことを理解しているのだが……それでも聞いてみた。

 

 理由は蛍火にも分かっていない。唯、聞いてみたかっただけかもしれない。

 

 

「破滅の民がっ! 決まっているだろうが! 私の父を、母を、妻を殺したものを探し出すためだ!」

 

 血走った眼で語る言葉は正しく怨嗟。

 探し出した後には苦痛を味あわせて殺すとでも言いたいのだろう。

 

 外れる事は無なかった

 

 

 蛍火は唯、相手を止めることだけを考える。

蛍火がホルム州の領主がどうやって破滅の民が家族を殺した事を知ったのかを今知る必要は無い。

 後で拷問をかけるつもりでいるのだからそのついでにでも聞き出せばいい。

 

 今は唯、相手を妥当する。

 

「そうか……連行させてもらうぞ?」

「キサマラ如きに捕まりはせん! 家族のっ、妻の無念を晴らさぬ限り!」

 

 

 

 

 

 腰に佩かれていた剣が抜かれる。その刃は何処か禍々しい。

 蛍火の小太刀のように人の血を吸った剣だと一目で分かる。

 

 この侵攻までの間に個人的に何人かその剣で刻んだのだろう。

 無数の関係のない命を啜った禍った剣。蛍火の小太刀にも、ダウニーの剣ととても良く似た輝き。

 

 昔のダウニーの姿といってもいい。

 過去、復讐に走ったダウニーの姿そのものといってもいい。

復讐を終えたダウニーはこの領主に一体どんな反応をするのか。

 

 

 

 

 

 剣がそのまま上段からこちらに向かって打ち下ろされてくる。

 復讐に走っただけあって、その為に幾度も罪を重ねてきただけあって剣閃は鋭い。

 全てを奪われ、捨てたが為にその剣閃は想像以上に速い。

 

 だが、それでも大河と比較すれば遅い。

 

 

 

 小太刀を相手の剣に合わせて相手の剣をいなす。いや、いなすというよりも強引に力を使って、後ろに流す。

 

 何時も相手をしてきた者達とは違う剣の受け方に領主は蛍火の後ろに強引に流されていく。

 態勢を崩したまま後ろに崩された為に大河達のようにそこから半回転で攻撃は出来ない。

 

 蛍火はいなした反動を使って肘を構え、回転して相手の首筋を狙い――当てる。

 

 ゴスっという鈍い音が領主の首筋から聞こえた。

 痛みを伴い、意識を断ち切るほどの重みを持った肘うち。

 

 

 蛍火と領主では場数が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが、

 

 

「少しばかり効いたぞ?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり蛍火を嘲る。

 

 蛍火の攻撃を受けて、領主は平然としていた。

 少しばかり首筋をさすっているが攻撃による痛みを感じているようには見えない。

 

 滅多に無い事象だ。

 痛みで相手を気絶するつもりだった蛍火としては予想外。昏倒さえしていないのだから。

 

 

 

 ほんの僅かな同様。可能性がないわけではないのにそれに蛍火は眼を瞑っていた。

 

 

 今度は右薙ぎが蛍火に襲い掛かる。その際、領主は左手だけでなぎを放って左拳を握っていた。

 蛍火はそれにまた小太刀を当てて剣を流し、ついでに来る拳を体で受け止める。

 

 顔面に炸裂する左拳。だが、それを蛍火は痛みに顔をゆがめる事もなく平然としていた。

 まさかそのまま受け止めるとは思わなかったのだろう。領主は動揺をしていた。

 

 蛍火はこの一瞬の硬直を狙って小太刀で刺突を放つ。

 

 

 領主の左肩を貫く、だが……顔色をあまり変えていない。

 

 

 蛍火はその場で距離を取って相手を観察した。

 

 そして、呆れたように結論を出した。人として最悪な手段をとったという事を。復讐鬼として正しい手段をとったという事に。

 

 

「未来まで売ったか」

「その通り。家族の恨みを晴らせるのなら未来ぐらい簡単に切り捨ててやるわ」

 

 目の前の領主は、投薬によって痛覚を切っていた。

 お抱えの医者によって調合された痛覚のみ無くすがそれ以外は無くさないという奇跡的なまでの薬を使用して。

 

 蛍火と同じような姿。痛みを感じずに唯相手を妥当する存在。

 

 これぞ本当の復讐鬼の姿。

 

 痛みを感じなくさせてまで止まれない。いや痛みが感じられないからこそ、尚更止まれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一方、蛍火が領主と対峙している時、ダウニー達は反抗していた。

 遠目から見えるトリーズを中心とした混乱。そしてそれが伝播した軍全体の混乱。

 

「全軍、進軍!」

 

 ダウニーとて蛍火が上空に待機していないことの危険性を理解していた。

 しかし、蛍火が戦っている事を察知して放置しておけば蛍火の周囲に敵が集っていく一方となる。

 

 白の将達はその程度で蛍火が負けるとは微塵とも思っていない。

 だが、怪我を負ってしまう可能性をも有る。赤の主と対峙したときまで残る傷が出来てしまっては本末転倒。

 

 その為にダウニーは白の将を周囲に配置して五方向から一騎当千の兵を当てて逃がす事が少ないように配置した。

 

「さぁ、私達の居場所を攻め入る愚か者に鉄槌を!」

 

 声を張り上げてダウニーも進む。

 

 膨大な魔力に言わせて、破壊の光を空から降り注ぐ。

 光はカーテンのように横に広がり、敵味方関係なくすべてに対して攻撃していく。

 

 ダウニーとて、理性は残っている。

 人はある程度の負傷を、獣達にはほとんど無傷に近いぐらいの衝撃。

 

 だが、それでいい。

 敵兵を足止めできれば、敵兵を怯ませれば、敵兵の体勢を崩せればそれでいい。

 後は、獣でもって蹂躙していくだけだ。

 

「進め! 愚か者に破滅を与えよ!」

 

 

 ダウニーは最前線に出て氷結魔法を使って敵を足止める。

 足止めした兵士をその手に纏った風の魔法で切り刻む。

 

 それだけではすまない。

 持参した剣で敵を切り刻む。

 爆発の魔法でもって敵を上空へと押し上げる。

 呪いとすら呼べるものを敵に振り掛ける。

 体術を駆使して相手を妥当していく。

 

 足りないといわんばかりにその身に叩き込んだ――いや刻み込んだ技でもって相手を排撃する。

 そんなゴミクズのようなの命では行った罪に対しては等価では無いと、

 今まで心血を注いできた時間に比べればそんな技など児戯だといわんばかりに、

 あの時失ってしまった大切な者の命に比べる事すらおこがましいとばかりに敵を蹂躙する。

 

 日頃冷静なダウニーからすれば眼を疑うほどの過激さで敵を蹴散らす。

 

 

 

 

 

 

 さらにもう一方ではムドウが久しぶりに人殺しに愉悦を漏らしていた。

 

「ぐはははっ! 散れ! みっともなく俺様に殺されちまいな!」

 

 その手に握った大剣をふるって敵を薙ぎ飛ばす。

 そのあまりの怪力ゆえに敵兵は上下に寸断されて吹き飛ばされ、体の一部が風圧によって引きちぎられる。

 

 ムドウの後ろには炎の壁。

 後ろには逃さないといわんばかりに轟々と炎が巻き上がり、その近くに来た者を焦がしつくす。

 

 あわよくその炎から逃れられてもムドウが接近して敵を握りつぶす。

 

 玩具を与えられた子供のように、

 純粋に人殺しを楽しむ殺人鬼がそこに居た。

 

 風を巻き起こし、凶悪的な力で敵を排撃する。

 その姿はさながら鬼。

 

 存在しないはずの鬼が現世で現れる。

 死を撒き散らすために、人を殺すという遊びをする為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェザルは静かにその手にある銃で敵を打ち抜いていた。

 

「美しき死を、この荒野埋め尽くすには足りないが……等しき死を与えよう」

 

 乱雑に打たれているとしか思えない銃弾は、一発も漏らす事無く敵を打ち抜く。

 その技はもはや人の域を抜け出しかけている。

 

 しかもその一撃一撃が、脳ではなく心臓の部分を狙っていた。

 本当に一瞬の死ではなく死の秒読みを与えている。

 

 知っているだろうか? 心臓が停止すれば八分後には死んでしまうことを。

 つまり心臓がぶち抜かれても八分は生きていられるのだ。

無論、そこに痛みや出血などで短くはなるが、それでも即死ではない。

 

 心臓を打ち抜かれたことによって与えられる苦痛に体を伏し、死に絶えていく。

 

 

 運よく、銃弾をかいくぐりシェゼルに近づけても、その袖口から吐き出される超重量の暗器によって切り刻まれる。

 

 近づく事も叶わず、遠くに居ても戦う術を確立する事が出来ない。

 

 

 ムドウとは別の意味で鬼がここに現れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イムニティは呼び出したアル・アジフと共に敵を攻めていた。

 氷で磔にして、爆弾で相手を吹き飛ばし、光線で持って敵を蹂躙する。

 アル・アジフだけではなく、イムニティ自らもその手を異形の腕に変えて、光を破裂させて、雷を振り下ろして蹂躙する。

 

「悪いけど、マスターに負担をかけるつもりは無いの」

 

 戦う理由は純粋。

 唯、己が主の負担を軽減するため、女として好きな相手が少しでも安全である為に。

 

 

 イムニティはムドウやシェザルのように笑わない。

 寧ろ、イムニティの表情は切羽詰っている。

 

 イムニティは蛍火が負けるとは露とも思っていない。

 だが、それでも少しの怪我でも負って欲しくない。

 蛍火はきっとどんな怪我であってもそれを見せない。平然としている。

 

 頼ってくれない事が悲しい。頼ってくれない事が苦しい。

 白の主に仕える事が至上の喜びであるのにそれさえさせてくれない。

 

 だからこそイムニティは自ら動く。

 頼ってもらえないのなら、こちらか動いて主の負担を軽減しようと。

 

 

「着なさい。私達の先を阻む者達。マスターに仇名す愚者達よ!」

 

 渾身の魔力弾を使って敵を吹き飛ばす。

 躊躇などしない、手加減など出来ない。

 

 

 視点を変えれば、イムニティは戦乙女に見えなくもない。

 

 

 

 

 

 もう一人の白における戦乙女、ロベリアは……

 

 取り戻した希望、取り戻した夢、取り戻した想いの証であるダークプリズンを振るう。

 

 以前使っていた剣とは似て非なる刃を振るう。

 その刃は血のような赤をしていた刃は紅玉の如き光を放ち敵を斬断する。

 

 刃による突進によって敵を突き刺し吹き飛ばす。

 兵士として使用している骸から骨を取り出し質量を伴わせて爆撃とする。

 

 イムニティと同じくその戦い方は苛烈。

 その戦いは有利に運んでいるのにその表情に焦りしか見られない。

 

 ロベリアもイムニティと同じく蛍火を心配する身。

 例え敵が万の軍勢であろうとも蛍火が負けるとは露とも思っていない。

 だが、それでも蛍火に怪我をして欲しくないと思うのは女の性だ。

 例え自ら剣士であっても、蛍火が過酷な運命の中に居ると知っていても。

 

 

 刃をかざして軍師のように振るう。

 その後ろには先ほどロベリアの刃によって、ネクロマンシーによって命絶たれた者達の骸が起き上がる。

 殺した傍からそれを使役して敵を粉砕する。

 

 敵対するものにとっては悪夢だ。

 先ほどまで味方だった者達が、話し合っていた者達が表情もなく、痛みもなく襲い掛かってくる。

 

 リビングデッドの集団というモノは想像以上に敵にダメージを与えられる。

 肉体的にはもとより、精神的に更に……

 

「行きな。馬鹿な骸共。さっさと終わらせて帰る為に!」

 

 蛍火と共に帰る為に、無事に帰る為に、

 様々な想いを乗せて解き放たれた言霊に従い、リビングデッドの集団は敵を捕食する。

 一片の慈悲も見せずに、一片の躊躇も見せずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いしか見えていない二人はさらに己が刃を振るう。

 領主のほうは浅い傷を多数作り、息をついている。

 一方、蛍火は指して傷をおうこともなく相対している。

 

 その中でおかしな点が一つ。

 領主のほうは殺気を撒き散らしているのに蛍火はまったく、殺気も殺意も闘気すら出していない。

 

 周りに邪魔するものはいない。

 二人を気にする以上に破滅の獣の方が命の危険が高い。

 蛍火が領主に気が向いているのなら命を守るほうが優先だ。

 

 蛍火に恐れをなして手を出さないほうが強いが。

 

 

 

(ふむ、そろそろ逃げ出す者がいるか……観察するのは終わりにするか)

 

 一向に決着がつかないのは蛍火が観察に徹していたから。

 蛍火の実力……救世主という埒外の存在と生身で競い合える腕からすれば、てこずりはするが倒せない敵ではない。

 

 無論、そこに殺してはいけないという枷があるためというものもある。

 何よりも敵に痛覚がないために用意に気絶させられないというものもある。

 

 だがそれ以上に蛍火が観察していた。

 己と同じように痛みを感じることなく戦える狂戦士というものを見ているのだ。

 

 何処を痛めつければどれほど動けないのか。どれほどのどれほど動きに支障が出るのか。

 

 蛍火と領主では本当の意味での戦闘スタイルは違う。

 蛍火はオールラウンダーだ。いやそれ以前に暗殺者だ。

 ましてや蛍火は戦いながらも己を癒す術を身につけている。

 それに……癒さずとも蛍火ならばすぐに治る。

 

 だが、真正面から戦うときは痛みを感じずに前進するという戦い方もする。

 そうであるがために目の前の敵は使える観察対象だった。

 

(逃げるのを殺さんといかんし、それにもうある程度知るべき部分は見終わった)

 

 短い時間だったが蛍火にとっての見るべき部分は見終わった。

 痛みを感じない戦法においての自らにとっての弱みになる部分の修正はできた。

 

 

「くっ、ちょこまかとっ!」

 

 領主が振るう剣は当たらない。

 十分に間合いを見て、避けられている。それも大げさに避けるのではなく完全に見切っているとしか思えないほどの距離で避ける。

 相手の動きを呼吸を全て読み取り、その動きに逆らわぬように避ける。

 

 後一歩というところで全てを避けている。そんな歯がゆい状況に領主は苛立っていた。

 そして、苛立ちは剣先を鈍らせ、剣筋を曲げてしまう。

 

 

 そんな刃では蛍火に届きはしない。

 

 

 真っ直ぐと蛍火の心臓を目的とした……否、心臓を貫き殺すことしか考えられていない刺突が放たれる。

 その剣筋は心臓だけを狙っているが為に読みやすく、避けやすい。

 

 

 

 だが……蛍火の行動は違った。

 

「なっ!?」

 

 片方の小太刀を放り投げ、その掌で包み込むように――否、その腕が剣の鞘であるとでもいうかのように埋めていく。

 剣が肉を引き裂き、骨に当たり歪な音を立てていく。

 

 その際、蛍火の心の中の一部が悲鳴を上げていたが黙殺した。弱さはいらない。

 

 剣が体を引き裂いていく中、そんなモノは関係ないといわんばかりに蛍火はその身を前に進める。

 

 右手を無造作に領主の首にあて、釣り上げる。

 

「キサマ、俺と同じ……」

「あぁ、そうだ。俺も痛みを消さなければ戦えない臆病な存在だ」

 

 剣が腕どころか肩を突き破っている状態でも平然と皮肉をいう。

 首を絞められ、酸素が脳にいきわたらない領主にはそう取れた。

 

 眼が開いていれば分かっていただろう。

 その時、蛍火は本当に情けなさそうな、憐憫を込めるような表情をしていたことに。

 

「痛みを忘れて戦う者になど……碌な末路は迎えられない…………か」

 

 心底、呆れたように呟く蛍火。その顔は自嘲に染まっていた。

 だが気道と頚動脈を押さえられ意識がない領主にはその言葉は届かなかった。

 

 

 

 


後書き

 

 お久しぶりです。色々と時間をあけまして申し訳ないです。まず最初の非礼をお詫びいたします。

 浩さんにもずいぶんとご迷惑をおかけしました。これからもおかけすることとなると思います。申し訳ありません。

 一言だけ言わせて貰うとしたらリトバスEXが面白かったです。SSを書くぐらいに。

 

 

 さて、今回は前回の続き。まぁ、ある意味で消化紛争なのでどちらが勝つかなどわかりきってしまいますよね。特に蛍火と領主の戦いなんて。

 

 まぁ、最後の最後につぶやいた言葉の意味は詳しく語れませんが、実際に他人を無視して生きている人間に碌な末路はありません。

 現実世界でも同じです。無論、他人の痛みを無視してもごく平穏無事に死ねるような人間もいるとは思いますが、まぁ一般的ではないです。

 そんな訳で痛みがない者にはそれ以上に痛みを感じない者が始末するのがこの物語では当たり前です。

 あぁ、蛍火はすでに第五仮面、死者モードは使えないので純粋に痛みを感じないというよりも無視や我慢しているだけです。

 

 次回はちょびっと蛍火の体について触れます。まぁ、ほとんど意味がわからないように伏せてあるので難しいと思いますが(苦笑

 

 あぁ、それと観護はこれからお休みです。さすがに蛍火の体のことに気づいてしまってはこれからは自重してもらわないといけませんし。

 

 では、次の話でお会いいたしましょう。




蛍火にとって、今回の戦いは思わぬ収穫を得たという事かな。
美姫 「でも、痛みを本当に感じない訳じゃないのよね」
いや、それさえも封じ込めてしまうんだろうな。
うーん、これから先、蛍火は痛みを無視した戦いをするのかな。
美姫 「どうなっていくのかしらね」
次回も待っています!
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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