「それじゃあ、用意はいいかしらん?」
いつも通りやる気があるのか分からないダリアである。
しかし、周りのものは違う。これからナナシが救世主候補に成るかが決まるから固唾を呑んでみている。
入れたくはないだろうからな。
「あの〜、これはどういう事なんですの?」
「見ての通りよ」
何が何か分かっていないナナシと、最早戦闘準備万全のリリィ。何も知らなければリリィの勝ちは硬いと思うだろう。
「ナナシは、ダーリンと一緒に青春したいだけなんですの〜。どうして邪魔するんですの〜?」
「貴女の化けの皮をはがして差し上げるわ」
「やっ、ですの〜。皮をはがされたらくっつけるのが面倒ですの」
もはや会話はかみ合っていない。というよりも皮をはがされてくっつけるのが面倒の一言で済むナナシは。
いや、それを創ったルビナスはすごいな。
「問答無用、いくわよ!」
「それじゃ、はじめぇん!」
第六十九話 千年越しの再会
ダリアの開始の合図とともにリリィは魔力を収束させ、
「ブレイズノン!」
即座にナナシに向かって放った。放った後もすぐに魔力をかき集め、次弾を撃つ準備をしている。
「きゃい〜ん!いやいやいや〜ん!!」
まるっきり緊張感のない声である。戦闘に不向きではないのかとさえ思えてしまう。
しかし、ナナシはリリィのブレイズノンを危なげながら全てを避けている。流石としか言いようがない。
「痛かったら降参なさい。そうしたら止めてあげるわ」
まだかすった程度なのだが、リリィは自分の勝利を確信していた。故に降参を進めた。
まぁ、それ以上にナナシみたいのと関わっていたくないという思いもあるのかもしれない。
「あっ、あなたもしかして〜」
「なっ、何よ」
ナナシの何か勘ぐるような態度。いや、ちょっと待って。それは言わないで。俺に被害が来るからさ!!
後で、覚えて置けよ、ナナシ!!
「ナナシとダーリンの事、嫉妬してるんですの〜!だからそんな意地悪ばっかり〜」
その言葉にリリィは顔を赤くしていた。指摘されて頬を赤らめている?
違う。あれはナナシの勘違いにブチ切れたのだ。
「ふざけるな!!私は大河にそういうんじゃないわよっ!! 変な勘違いしてくれるな!!」
学園祭のことがなければ決して言わなかっただろう。あぁ、本当に、そんな大声で宣言しなくても。
ほら、未亜が意識してるじゃないか。
「蛍火君。思われてるわねぇ〜」
ダリアと二人だけだったのなら困ってると言えるのだが未亜もいるためそれは言えない。俺はダリアに苦笑を返しただけだった。
「というよりもよく蛍火君がナナシちゃんが入るのを許したわね」
「あぁ、私は他の皆と違って、学園長に雇われている身ですから、雇用者の命令は聞かないと」
「ふ〜〜〜〜ん」
凄く胡散臭げな眼でこちらを見てきていた。
「そういうダリア先生こそ反対しなかったじゃないですか」
「あぁん、私も雇用主の意向には従わないとねん♪」
凄く、胡散臭かった。
クレアがどこまで知っているかどうかは分からないが……少なくとも千年前の救世主パーティとルビナスとナナシの事については知っていると考えた方がいいか。
「教師としてナナシさんのような輪を乱すような人は入れないほうがいいと助言しないんですか?」
「あら〜、それを言うのなら蛍火君だって。教師として同じ戦場に立つ者としてどうして言わなかったのかしらん?」
「言ったでしょう? 雇われてる身ですから」
腹の探りあいにも似た言葉の応酬。
……やれやれ、きっと平行線のままで行くだろうな。
言葉の応酬が続くかと思いきや、ダリアが期待した視線を向けてくる。
そして、その口から……
「ナナシちゃんのフォローお願いねん♪」
「願い下げです♪」
軽い口調でとんでもない事を頼まれた。だが、断る!
誰がナナシのフォローになんか回るか!
それに放っておいてもルビナスが上手く立ち回る。
それ以前にナナシとはあまり仲良くしたくない。
「そういわずに、ね(ハート)」
「ははっ、嫌です♪」
何を言われようともナナシのフォローだけはせん!
「そう言わずに〜」
「どういわれても無理です(怒)」
「………………困ったわね〜」
俺の怒気を感じたのかあっさりと引き下がってしまった。
無理だと理解したのだろう。俺はどうがんばってもナナシに好意は持てない。
「大河が何とかしますよ」
「そうかしらん?」
「そうですよ」
あいつはきっと何とかする。
俺と違って誰に対しても優しく接する事の出来る大河ならなんとか。
というか、大河が何とかしてくれる事を祈っている。本気で。
「じゃあ、なんでナナシとダーリンを邪魔しようとするんですの〜?」
「私たちわね。今まで必死になって自分を磨いてきたのよ。
なのに、そんな事もしてない。遠足気分で私たちの中に入ろうとするあんた許せないのよ!
アンタが入るだけでみんなが危険になる! 足手まといにすらならないアンタを入れたくなんてないのよ!」
その言葉は他の者たちの心の代弁だった。誰もが必死になって訓練してきた。
そんな中にナナシのようなのほほんとした者が入ろうとするのは侮辱以外の何者でもない。
「チョコマカと逃げてないで正々堂々と戦いなさいよ!」
「そんな事いったってぇ〜、ナナシは戦い方なんて知らないですの〜」
リリィは魔法を連発しているが、ナナシには一度も直撃しない。
弾道の予測と誘導を行っているのだろう。無意識か本能で行っているのだろうが。
「なら、救世主になんてなろうと思うな!」
「きゃあぁあああん!」
ナナシのあんまりな発言にリリィは堪忍袋の緒が切れたのか、ナナシに接近していった。
魔術師としてはあるまじき姿だ。冷静さを欠いているのも含めて。
「今度こそ、マジック……」
「きゃああぁあああん!!」
リリィが自らの手に光の矢を発生させてナナシに突撃した瞬間、急に目を灼くような閃光が辺りに輝き、視界を奪った。
もちろん、俺は一部始終を見るためにすでにサングラスを着用済みである。
ふむ、まずはリリィの手にある光の矢を同等の魔力で持って強引に相殺。
次に目が眩んでいるリリィの顎に脳を揺さぶるような掌底の一撃。腰の入ったいい掌底だ。
衝撃だけで痛みがまったくない。それでいて相手の戦力を奪う。理想的だ。
それで終わりだった。呆気ないほどに簡単に終わった。ナナシが、いやルビナスが動いたのはたった二動作のみ。
歴戦の英雄は違うな。
ふふっ、万全の状態で一度手合わせ願いたいものだ。
光が止むとそこには倒れこんでいるリリィと未だに健在のナナシ。まぁ、全て見ていたんだが。
「う…………うぅ。」
「リリィ!」
「リリィさん?」
「リリィ殿!」
まさか光が止んでリリィが倒れこんでいるとは思わなかったのだろう。
ベリオとリコ、カエデは信じられないようにリリィの名を呼んでいる。
「ほえ?」
ナナシは目の前の光景が理解できていないようだ。
緊急時には人格交代、もしくは体が勝手に動くのかもしれない。きっと覚えていないだろうから聞くことは出来ないか。
「おい、何やってんだ、立てよ」
大河は少しイラついていた。
あそこまで言ったのに、普段あれだけ努力している姿を見ているのにたった少しのことで倒れている姿が許せなかったようだ。
「あ、あぁ、嘘。嘘。」
「リリィ?」
リリィの呆然とした姿と未だ立ち上がる様子のないことにさすがに変だと思ったのかベリオは心配げな声をリリィにかけた。
「どうしたのかな?」
その姿に救世主候補は動揺を隠せない。
「リリィちゃん、続けられる?」
もはや理解しているはずなのにダリアは無情にも声をかけた。
あそこまで綺麗に脳を揺さぶられたのだ。すぐに立てるはずがない。
「当たり前じゃない。ただ、転んだだけなんだから!!」
リリィの体はこれ以上戦えないことを理解している。しかし、リリィの心はそれを許容できない。
「そう、なのか?」
その姿を見ているだけではとても転んだだけには見えない。
「それじゃ、後十秒間だけ待ってあげるからその間に起き上がりなさ〜い」
ダリアが相変わらず抜けた声で最終通告する。
リリィは懸命に立ち上がろうとしているが結局、十秒経ってもリリィは立ち上がれなかった。
「勝者、ナナシちゃん!」
「わ〜い。ダーリン、やったですのぉ!これでらぶらぶ同級生ですの」
救世主候補を置き去りにしてダリアとナナシが話を進める。今時らぶらぶという言葉を使うのか。
「いや、らぶらぶ含めてちょっと待て!」
「え〜?クラスメートですのぉ。一緒に帰って友達に噂されたりするんですの〜!」
ダリア、教材として日本のアニメを見せるのはどうかと思うぞ?
その一方、リリィたちはというと。
「リリィ、立てますか?」
「どういう、こと?」
未だに呆然と立ち上がることの出来ないリリィ。
まぁ、あの光の中あそこまで綺麗に顎に入れたのなら痛みすら感じなかっただろう。
「それを聞きたかったんですけど」
「わからない。何も分からない」
「ナナシ殿が攻撃に転じようにも思えぬ、急激な魔力消費による自滅では?」
「そんな、この程度で」
その通りだ。怒りで我を失っていたとはいえ、リリィが魔力分配を間違えるはずはない。
それに基本的に魔力消費による自滅は魔法の多様ではなく大魔法の無理な行使のときに現れる現象である。
「とにかく、フィールドから出ましょう。どうやら、二回戦が始まるようです」
「二回戦? …………うん、そうだね」
大河の様子を見ていたリコはこれから起こる事を予測してフィールドから出ることを提案した。
大河の心情を想像できる未亜は頷くだけだった。
「今の判定に不服があるって言うのぉ?大河君」
「あれじゃ、実力があるのかないのか結局分からなかったからな」
見えていなかったのならそうなるわな。
といってもあれはナナシ自身の実力でもなく何時でも繰り出せるわけでもないから戦力としては失格だろう。
それに話は聞かないし、天然かまして人様に迷惑かけるし?
やっぱり、ナナシだけだと救世主クラスに入れる要素ゼロだよなぁ〜。
「本当の実力もないのに戦場に行ったら危ないから」
「あらん。嫌がってるフリしてしてるクセに……本当は優しいんだからぁん」
「ダーリン。ナナシの事心配して、そうだったのですの〜? ナナシ感激ですの〜。
ダーリンはやっぱりいつでもナナシの事考えてくれてるですのぉ〜」
いつも考えているわけではないと思うが大河は今、確かにナナシの事を考えているだろうな。
そうでなければあんな台詞は言えない。
それと大河、伝えたいことは細部まで言い切ろうな?
自分達の命も危ぶまれるときちんと言い切らないと……誤解しか受けない。
「ナナ子、そういう事じゃなくてだな」
「ナナシ、がんばるですの〜。どんな敵が来てもナナシがダーリンを守ってあげるですのぉ〜」
脳天気とはいえ言っていい事と許せないことがある事をあのあーぱーは知っているのだろうか?
明らかに今吐いてはいけない言葉を言ったのだ。俺にとって最も許せない言葉を。
今俺が手を出したら本気でナナシを消滅させかねないな。ルビナスのことなんぞ考えないで。
気を静めよう。物語はまだ終わっていないのだから。
「そっか。なら今度は俺が相手だ」
大河もあの発言には腹が立ったようだ。大河は何よりも護ることが難しいことを知っている。だからこそ。
「ほえ?」
「どんな相手でもといったな。なら、お手合わせ願おうか?」
大河はトレイターを取り出しその剣先をナナシに向けた。
「そんな! ナナシはダーリンと戦えないですの〜」
「だったらこんな所に来るのは止めろ」
それは強い拒絶だった。学園長室であまり反骨心を抱いていなかった姿とは重ならない。
「お前には破滅も関係ないし、救世主候補なんていたくてめんどくさいだけでいいことなんて何もないぞ?」
「なら、どうしてダーリンはいるですの?」
「決まってるだろ? 俺の野望のためと、俺が追い越したい目標に少しでも追いつくためだ」
それはもはや、決意にも似た目標なのだろう。大河はその目標というほうにこそ思いを込めて呟いていた。
「けど、お前には何のメリットも……」
「ダーリンがいるですの〜。救世主クラスにはいればダーリンと一緒ですの〜」
「何で俺なんだ?」
それは当然の反応だろう。ほぼ見ず知らずにも等しい相手からそこまで思われる。
だが、俺から言わせて貰えば大河の温かさを感じ取ることが出来たのなら当然の反応にも思える。
そして、トレイターという特殊な資質を持つ救世主を持つ為、当然の反応とも、
「ダーリンは暖かいですの。ナナシはずとずっと暗い、冷たいお墓にいたですの〜。
でもそこでダーリンに初めて会ってなんだかとっても不思議な気持ちになったですの〜。
ダーリンがベリオちゃんを心配しているところ、リリィちゃんをからかってるところ、
カエデちゃんと訓練してるところリコちゃんと楽しそうに話してるところ。
そんなダーリンを見てると不思議にほんわりしてくるですの〜」
それは忘れがたい魂の記憶。過去への憧憬。その輪の中心に対する憧れにも似た想い。そして期待。
「ナナシ。生きてる時の記憶はないけれど、きっと生きてるってこういう事なんだなって思えるですの〜♪」
「そうやっていい話で纏めようとするな」
「いい話なんですの〜」
まぁ、いい話ではあるんだが。さっさと終わらせてくれないかな。いい加減、このアットホームなコントには飽きてきちまった。
「だからって、本当に生きたいなら破滅と戦おうとなんて考えないほうがいい」
「いやですの! ナナシはダーリンを助けるですの。ミュリエルちゃんの話を聞いてもう決めたですの」
学園長がミュリエルちゃんか。もしかして千年前もそうやって呼んでいたのか?
まぁ、その時は学園町も若かっただろうから違和感がなかったのかもしれない。
「そうか、なら真剣にやるまでだ! いや、もう死んでるから怪我はないかもしれないけど」
「いや〜ん、ですの〜」
大河はすでにやる気満々だ。
「なら、こっちから行くまでだ。……乳…………じゃなかったダリア先生……合図を。」
「わかったわよぉ〜。……はじめぇん!」
簡潔に結果だけ言おう。大河が負けた。
閃光に目を灼かれないように大河は目を閉じてトレイターを振りかぶって盛大にすっ転んだ。
錬金術で大河の足元に盛り上がりを作り大河を転ばせた。というのが事の顛末なのだが。
さて、これで史上初のアンデットの救世主候補が誕生した。実際は違うのだが。
で全て丸く終わるはずもない。何故かはわからないがナナシは、ちゃんと『指導』のことを知っていた。
リリィには『オンドゥルルラギッタンデスゲァ』と書かれていた。
大河にそのマジックが向かう。
このまま大河に『ゴラァ』と掛かれるのをみるのも面白いのだが。その前に一つ仕事しておかなければな。
すっごく、憂鬱なんですが……割り切るか。
というかいい加減、子供のような反応をしていても仕方ないな。
「ナナシさん。ちょっとこちらに」
「ひっ?!?!」
声をかけるとナナシが竦みあがって大河の後ろに隠れてしまった。
うん、お仕置きをやりすぎたとは思っていないけど、失敗したかもしれない。
「何もしませんから、ちょっとこちらに」
「うっ、嘘ですの! 蛍火ちゃんはそう言って酷いことするですの!」
思い当たる節は数え切れるが何度もある。
ふむ、やっぱり感情に任せると後が面倒になる。
けど、後悔はしていない。レンに色々といらない事を教え込んだし!
「今回はしません」
「次はするんですのーー!?!?」
「次もしません。――――――――――貴女がいらない事をしない限り」
「最後の方、ちょびっと聞こえたんですのーーー!?」
ちっ、勘のいい。
「今、こっちに着たら漏れなく大河のシャワーシーンの幻影石上げますから」
「わーーーーい!」
単純な。
大河がものすごく何か言いたそうな表情をしていたが黙殺。
すまん、これも未来のためだ。諦めてくれ。
「以前、私が見つけたロザリオは持っていますか?」
「綺麗だから肌身離さず持ってるですの〜」
そうか。肌身離さず持っているのだろうが、身につけてはいないだろう。
「では、当真に付けてもらいましょう」
「え〜。でもぉ、折角だからダーリンにいたずらしたいですのぉ」
「ふふっ、大丈夫ですよ。指導は一日の間は何度でも有効ですから」
そう、この指導は本来一日指導なのだ。一度ではない。という訳で一日の間なら何度だって無茶を言ってもいいのだ。
「ちょっと待て!! 蛍火、お前明らかに楽しんでるだろ!!」
「えぇ、そうですよ。さっ、ナナシさん。今日のうちに言ってしまわないとこの先何時訪れるか分かりませんよ?」
「了解ですのぉ〜。ダーリン、ダーリン。これをナナシにつけて欲しいですの」
「ちょっとは俺の話を聞けよ! というか裏切ったな蛍火!」
「ふっ、裏切りなど言われる覚えはありません……全ては君が悪いのです」
「くそっ、くそっ、くそーーーーーー!!!」
「などという事で煙に巻く気は毛頭ありませんので」
「やられたorz」
ナナシは無邪気にロザリオを大河のほうに押し付けた。
まぁ、あれでルビナスが目覚めたとしてもナナシが消えることはないからな。
「…………はぁ、ほらこっち向け」
大河は正面からナナシにロザリオをつけようとしていた。普通、ネックレスの類をつけるときは後ろからするだろ。
俺もレンにするときは後ろからしているというのに。
さて、大河とナナシの距離がほぼゼロになる。後で俺が指示を出すよりも今、強引にしたほうがいいか。
という訳でナナシの頭を大河のほうに押し込み。
ゴチン!っと歯と歯がぶつかる音がした。ふむ、これでも一応キスのうちには入るだろう。
「いってぇ!! おい蛍火!! お前いったいなにがしたいんだ!!? どうしてくれるんだ?!」
ふむ、やはりキスは動揺するか。純情だねぇ。
まぁ、いいじゃないか。リコでファーストキス?は済ましているんだから。俺なんて悲惨なファーストキスだからな。
これ以上はこんなことはするつもりはない。
ルビナスが起きていなければの話だがな。
そのナナシはというと。焦点が合わずにぼ〜っとしている。かと思ったらふらついた足取り何処かに向かっていった。
ふむ、覚醒したようだな。記憶の統合中なのだろう。
さて、俺は逃げるとするか。
月は中天を過ぎ、草木も眠る時間。学園長室には未だに光が灯っていた。
初のアンデット救世主候補が生まれたとあっては各方面か苦情が来る。そのための書類整理だ。
「はぁ」
俺の前でもあまり吐かないため息。破滅の動向は活発に、その為王都には慢性的な人手不足。
学生も数多くが命を散らしている。それでも士気が高いのは学園祭があったからだろう。
まだ、学園から逃げ去るものが少ないのが救いなのかもしれない。
「お疲れね、ミュリエル」
しかしその時、学園長以外に誰もいないはずの学園長室に声が響いた。正確には俺もいるのだが。
学園長は瞬間的に戦闘態勢を整え、声の発生源へと視線を向ける。
視線の先、開いた窓には一人の女性が座っていた。
学園長は気配を察知できなかったことに驚愕している。
千年前のメサイアパーティーの一員である学園長の力量は俺から見ても半端ではない。
にも関わらず、目の前の女性は自分に全く気配を感じさせずにここまで接近してきたのだ。
間違いなく只者ではない、と学園長は冷や汗を流していた。
きちんと起きたようだ。
「何者!?」
「あら、ご挨拶ね。私の顔を……って変わっちゃってるか。まあとにかく思い出さない?」
「え……?」
褐色の肌、紫色を基調とした少しボロボロの服。そして頭の大きなリボン。間違いなくナナシだった。
だが、はっきりとした口調。そしてナナシとは違う包容力のありそうな表情が異なる。
「ナナシさん、ですよね?」
確かに風貌はナナシだ。しかし、昼間に感じた気配と今の気配明らかに違う。少々強引だったが起きたようだな。
「そうでもあるんだけどね。今の私は違うわ」
「まさか、ルビナス!? そんな……昨日の時点では目覚めていなかったのに」
「ちょっと強引に起こされちゃったの」
「起こされた? 私が貴方に聞いた呪文では目覚めなかったというのに」
そろそろ話に参加するか。いい加減聞いているだけでは面白くない。それに紅茶が冷めてしまう。
「簡単ですよ。眠り姫を起こすのは古今東西、王子様のキスと決まっているんですから」
「誰!!?」
先ほどの学園長よりも驚いた表情で俺の方向をルビナスは向いた。
ふむ、本当に気付いていなかったのか。歴代最高と謳われたルビナスでさえも殺し合いでなら敵わない。
ははっ、本当に俺は異端で異常で常識外のようだ。
「お昼にお会いしていたというのにもうお忘れですか?」
「蛍火君ーーーーーーーーー?!?!??!?!?!」
ずざざーーっと音を立てて、俺が居る方向とは反対側に向かって後退した。
「って、きゃぁああああっっ!?!?」
後退する勢いが強すぎる為に、窓から落ちそうになっていた。
後ろは確認しような?
それと……ナナシにしつこく当たりすぎたようだ。ルビナスの精神に影響を与えるほどに体に恐怖をしみこませていたとは。
恐るべしっ、俺っ!
「……ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ。それで、蛍火君。どんな用かしら?」
息が整ったルビナスは先ほどの事が全くなかったように話を進める。毅然としている姿はトラウマを克服したように見える。
それでいいんだが……俺が手を動かそうとするたびに体をビクビクとしないでくれないか? 話が進まない。
「お茶が冷えてしまいましたし、入れ替えますね?」
タイミングを見計らって二人に見つからないように淹れた紅茶はすでに冷めていて、渋みしか生まない。
はぁ、ルビナスの行動が予想外だった。
うぅ、折角美味しく入れられたのに……
「そうですね。いただきましょうか」
「ミュリエル?!!」
紅茶が出るのを悠然と待つ学園長。それを押し留めようとするルビナス。
そんなに驚かなくても……
むぅ、紅茶に毒を仕込むような無粋な真似はしないぞ。ナナシに出すのならともかく。
「ルビナスもいただいたらどうですか? 毒の心配なら無用です。彼が私たちを殺す気ならすでに機会は十分にあったはずですから」
まぁ、その通りだね。殺す機会なんてそれこそ指折りで数えられた。
というか正面から戦うよりも暗殺の方が得意なんだがな?
学園町の平然とした姿に毒気を抜かれたのかルビナスも席に着く。
話し合いは出来るか。
「分かったわよ――――――――なんて言うわけないでしょ!? ミュリエルは何でこの人に警戒心を抱かないのよ!
人の話、盗み聞きしてたのよ!! 私と大河君に強引にキスさせたのよ!!! その上、私にトラウマを作ったのよ!!?!」
成るほど、俺を敵視していたのはそこが原因か。ふむ、それは悪いことをしたかもしれない。ほんのちょっぴり、些細なぐらいに。
「ルビナス。キスぐらいいいじゃないですか。年を考えたらどうです?」
そうだよな。ルビナスって学園長と違って空間を移動したわけでもないから千と何年かの年を食ってるんだよな。
「今、貴方よからぬ事を考えなかった?」
ルビナスが睨んでくる。やはり、千年も年を取ろうとも女性にはその話は厳禁のようだ。
どうして、この世界の女性は年齢に関しては鋭いのかなぁ〜?
「別に、まぁその事については緊急事態という事で納得してください」
「うぅ、ファーストキスはもう少しロマンチックな状態でしたかったのに」
いや、大河相手にそれは無理だろ。
「…………ルビナス」
どうやら、千年前と違う親友の姿に戸惑っている様子。まぁ、恋すると変わるらしいからね。
「そういえば、リコ・リスさんを呼んだほうが良かったですかね?」
「リコさんを?」
「そうしても良かったかもしれないわね。」
学園長は未だにリコがオルタラだと気付いていないようだ。赤の書とかそれを匂わすようなことをふんだんに言っていたのだがな。
学園長って案外鈍い?
「呆れた。ミュリエル、貴女気付いてないの? リコはオルタラよ」
「!!?」
ルビナスに言われて漸く分かったようだ。
ルビナスは赤の主でもあったわけだから未だにラインが微妙に残っているのかもしれない。
詳しい事は知らないのですがね? 赤白どちらかの主が次の救世主戦争に現れるなんてどの文献にもなかったし。
「まぁ、今はいいわ。それよりも何故、貴方は私たちのことを知っているの?
オルタラが簡単に口に出すわけもない。そして貴方は赤の主ではない。なのに何故?」
ふむ、たしかにそれを知っているものは千年前の者か、王族の極少数しかいないだろう。
もう一つ、ルビナスが考えるとするのは白の主。それは当たってはいるんだけどな。まぁ、話す必要はないだろう。
「言っておきますけど白の主ではありませんよ。もし白の主であることを自覚しているのならこちらにいる理由がありませんから」
俺が白の主でないと言ってルビナスは俺を訝しげに見ている。まぁ、それが当たり前か。
だって、俺が白の主だし。
だが、過去に俺のように白の主に覚醒しながらも赤の主の傍にいるのは前例がないらしい。
主張が全く逆だからな。精神と論理は正反対すぎる。
「なら、尚のことあなたが知っている理由が分からない」
警戒にも似た視線が俺に突き刺さる。
似たではない。まさにそのもの。不可解なモノを見る眼。許容できない存在を見る眼。
殺意すら篭った……敵意。
「ルビナス。彼は未来からやってきたのです」
だが、ルビナスからの敵意を向けられた俺に思わぬところから救いの手が伸べられる。
幼子に教えるような優しい言葉。
だが、ルビナスはその答えを聞いて学園長に悲しげな表情をしていた。
「ミュリエル………………………………病院に行ったほうがいいんじゃない?」
憐れみが存分に込められた眼と言葉だった。
ふむ、俺としても未来から来ましたとか。彼は未来人ですとか紹介されたら確実に病院を進めるな。
ルビナスの気持ちは分からないでもない。
「ルビナス?それはどういう事ですか?」
学園長が額に青筋を浮かべながらルビナスを問いただす。
青筋が今までに見たことがないほどに浮き上がっていた。
あっあわわわわっ!? 年齢の事を振った時以上の怒り!?
「急にそんな紹介されたそう言いたくもなるでしょう? まぁ、貴方が嘘を言うようにも思えないけど。それでその根拠は?」
学園長に暴言を吐いた事など忘れたかのように理路決然とした言葉。
ルビナスの学園長への信頼を伺える。やはり千年越しとはいえ、嘗ての絆は強いか。
「貴女を彼が起こした。それでは?」
「却下ね。調べれば分かるかもしれない」
言葉は即座に否定される。
ルビナスの眼が言っている。もっと確固とした証拠を示せと。
調べてもルビナスの起こし方は分からないことだと思うがな。
あ〜、でも王国の禁書庫を調べればアルストロメリアの手記が残っているかもしれないな。
ダリアがナナシの事をルビナスだと知っていたっぽいから。
「蛍火君。ほかに何かルビナスに証明できるものは?」
「困りましたね。もう、ネタ切れですし。」
「未来人なのに?」
それ見たことかというルビナスの得意げな顔。
といわれてもね。俺が白の主の時点で俺の知ってるストーリーとだいぶ違うんだよな。
俺が現れたことによりイリーナ、マリー、アムリタ、エリザ、そしてレン。彼女たちが物語りに加わってきた。
それだけでももう何も分からない状態なのだ。
「私が知っているものとは随分と変わりましたからね。う〜ん。どうしましょうか?」
「私に聞かれても困りますが」
そうだよな。学園長に聞いても仕方ないしな。ふむどうしようか?
「まぁ、別に信じなくてもいいです。もはやそうであったメリットも存在しませんし」
「あら、随分とその事に未練がないのね。…………保留にしておくわ」
「本当にどっちでもいいんですけどね」
変わっているのにその事に固執する必要はない。
変わっているといっても……変わらない情報はあるが、例えばキャストの背景とか。
「それで貴方は何をしにきたの?」
「旧友との再会で話が弾むだろうと思ってお茶を淹れに来たわけじゃないですよ。
そうですね。顔見せとフローリアスさんがこれからどう動くのかを把握するために」
そう、これからナナシとして救世主候補に接すのか千年前の英雄、ルビナス・フローリアスとして接するのか。
ルビナスが起きている確認の次に大事なのが、それ。
茶を汲みに来たり、二人をからかいに来た訳ではない。
ルビナスの行動予定、それが知りたい。それ次第で俺の動き方が変わってくる。
「それを貴方が何故知る必要があるの?」
「こちらにとっては死活問題ですので」
死ぬか生きるかではなく契約を果せるか果たせないかの問題なのだが。
そう……それに固執していないと…………
「ルビナス、答えて。私にもそれは重要な問題なの」
学園長に言われてしぶしぶといった様子でルビナスは口を開いた。
「当面はナナシとして行動するつもり。まだ私という札を見せる必要はない」
飄々とした態度でこれからはまだ闇に紛れると告げていた。
確かにそうするだろう。ルビナスという札はかなり強い。
純粋な戦闘力は無論のこと、知識、知恵も。
ふむ、ルビナスがまだ隠れているのなら俺もイムたちには伏せておく必要があるな。
どうせ、顔見せをしたら両方とも抑えきれない状態になるだろう。俺がわざわざ教える必要もない。
「なるほど、ロベリアもその内出てくることですし貴方は伏せておいたほうがいいでしょうね」
ロベリアという言葉に学園長は驚愕の表情を浮かべている。ルビナスは予想していたのだろう。それほど驚いている様子はない。
「相手は死霊術者ですよ? 千年という時を生きていても不思議ではない」
「ロベリア………………貴女はまだ」
ルビナスの悲しげな表情。赤と白の理を知る前は友人として接していた人物が未だに囚われていることが辛いのだろう。
助けられないから、もう手を伸ばすことも出来ないから余計に辛い。
その下地となった思い出があるから。
「蛍火君。まさか、アルストロメリアも……」
「さぁ? 少なくとも私は知らなかった。けれどどうなるかは分からない。もはや、未来は誰も分からないのだから」
そう、未来はまだ定まっていない。
俺の未来は半分以上定まっているが……それでもこの世界の未来は定まっていない。
これ以上は野暮というものか。そろそろ退散しよう。
こうして稀代の錬金術師は大河たちの仲間となった。
千年前の禍根を残しながら、自らの理想を掲げながら、変えることの出来ない自らを嘆きながら。
その慟哭を大河は止める事が出来るのだろうか? その重すぎる荷物を持った錬金術師を支えきれるのだろうか?
全ては大河しだいか。
後書き
今回のメインはここでルビナスが起きた事。
ルビナスが出てきたことによってこの先、物語がどう変わるかは内緒です。
まぁ、それでもルビナスがいるというのは心強い事です。
ナナシ好きな人には悪いですが、ナナシは仲間を無意識に窮地に陥れるキャラです。
私はチームプレイではそういうのは結構致命的ですから。
あぁ、でもナナシを嫌っているわけでは在りません。ナナシのあの物事を引っ掻き回す在り方はいいと思います。
引っ掻き回して事態の動きを変える。それはいい才能です。
ですが、蛍火にとってはその才能ははっきり言って不要だった。
だから、ここでルビナスが起きてしまったわけです。
ルビナスが起きていればナナシが引き起こす窮地を減らす事ができますから。
観護(まず、弁解)
すみませんでした。三週間も放置して……リアル事情です(涙
観護(許さないけど……さっさと後書きするわよ)
丸くなったな。
観護(アンタのいいわけ聞いても読者は喜ばないでしょ?)
おっしゃるとおり。
観護(今回は、やっぱりルビナスが起きた事が大きいわね)
それと、ロベリアがいるという情報を蛍火が学園長に渡した事だな〜。
観護(結構大きなことよね)
あぁ、けど細かいところは変わっても大筋はあんまり変わらないな〜。
観護(なんでよ? 大きいんでしょ?)
それ以上に両方に大きな影響を与える事ができる蛍火が居なければ……な。
観護(……ある意味で最大の障害よね? 蛍火君って)
うむ、アイツが居る限り物語のキャストが少しぐらい早く出てきても支障が無くなるから(涙
観護(蛍火君の予想がえげつないっと)
ルビナスを起しても動かない事は蛍火も予想済みだったから。
観護(何処まで行くのかしら?)
作者でも分からん領域に来ているしな。アイツ。
観護(では、次回予告。次回は千年前の戦いの主戦場となった――)
ではなく、ちょっとした裏話。蛍火がルビナスが起きた次の日に起きた白側での戦い。
観護(ちょっと待って!? 原作設定は!?)
すでに蛍火なら日程ぐらい変えられるだろうが。
観護(……蛍火君………………)
では、次の話でお会いいたしましょう。
尚、次回予告ではそういう舞台裏の話ですが、次に送るのはある人物の過去です。
外伝扱いなので、誰かは見るまで内緒です♪
ナナシの仲間入り、かと思いきやいきなりルビナスが復活。
美姫 「益々未来が不確定ね」
まあ、既に未来はかなり変わっていたからな。
美姫 「ルビナスが復活した事でどんな変化が見られるかしらね」
楽しみですな〜。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。