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「しっかし、いい月だな、そう思わねぇか?」
「マスター、認めたくないのは分かるが、現実を見据えたほうがいいかと」
「わかってねぇな、俺はちゃんと現実を見据えてるぜ。
唯、目の前の光景が幻だなぁと希望的観測を持ちつつ別のことに視点を向けて目の前の光景を見ないようにしてるだけだ」
「師匠、それを現実逃避というのでは?」
嫌々ながら大河は目の前の認めたくない現実を見据える事にした。
といってもある程度はふざけているのだが……
実際には大河の横にいるカエデや、後ろにいるリコ、ベリオも認めたくはないのだが。
「大河君……その……やっぱり現実はちゃんと見た方が……」
「わかってんよ……はぁ、数多すぎ」
大河がそう呟いてしまうのも仕方のないことだった。
大河たちの目の前には、骸骨、骸骨、骸骨、骸骨、骸骨だらけ。少なく見積もっても、軽く二十体は超えている。
「ったく、何で今まで誰も気付かなかったんだよ!」
と、大河が叫んでしまうのも無理の無い事だった。
まぁ、それはある程度蛍火という人物が故意に起したことなので気付けないのも無理はないが……
第六十七話 ナナシ参上
「そんなこと言ったてぇ〜、使える人材は、ほとんど地方の魔物討伐に向かっちゃったわよん
それに〜、昨日まではこんな気配なんて微塵も感じなかったんだから〜」
どこからとも無くダリア先生の声が響き渡る。
来てたのか! と大河たちは思ったが口には出さなかった。
「それじゃぁ今、学園の治安は……」
ベリオが何か気付いたかのように呆然とした。
そもそも破滅の主幹と白の主が学園にいる時点で治安などへったくれもないだが、
ベリオの言葉にダリアは素晴らしい笑みで宣言した。
「みんなの腕にかかってるって訳ね。いいわね〜、学生の自治権♪」
「権利と義務を履き違えるな!」
ダリアの言葉に大河が思わず突っ込みを入れる。
だが、そんなやり取りをしている間に、骸骨達は大河達に気付いたのかどんどん間合いを詰めてきた。
「そんなことよりも……もう囲まれているでござる……」
カエデが緊張しながら報告する。実際、すでに大河たちは囲まれていた。四方八方、骸骨だらけ。逃げ道はない。
「あっちは?」
「どうやら、向こうでは別の敵に囲まれてるみたいです……」
「援軍は期待できないって事でござるな?」
「他のクラスの救援はないのかよ!」
実際、骸骨達はそれほど強くないものの、いかせん数が多い。
なので、救援が現状においてもっとも欲しい項目だ。だが、その要請もダリアの次の台詞で木っ端微塵に砕け散った。
「そりゃないわよん、だって今日から、夜は治安が悪いから外出禁止令が出たし〜。
それに戦闘学科の殆んどは帰省者ばかりよ〜?」
「謀ったな! ダリア!」
激高するがダリアの言葉に納得する。
疲れている者に戦闘をさせるほど危険はない。
いざという時はそれが必要かもしれないが――――今はまだいざというときではない。
「何言ってるのよ〜、救世主クラスの人間が、他のクラスのコたちと共闘なんてできないわよ〜」
どこかのほほんとしたダリアの台詞に、大河は一瞬だけ呆然としてしまった。
セルが一緒に行動しているのでそういうものを期待していたらしい。
「……そう、なのか?」
大河は視線をリコとベリオへ移す。その視線に応えるように、リコは軽く頷いた。
「確かに――――魔法の効果範囲も、向こうとこっちの常識が違ますから、連携が難しいと思われます」
「セルは来てるのにか?」
「セルビウム君は別よ〜。今の彼は性格はともかく腕は学園でも十指に入るもの。これは教職員も入れてだけどね〜。
今までは武器がネックになってそれ以上の高みは難しかったんだけど蛍火君がいい武器上げちゃったでしょ?
あれで救世主クラスには何とか追いつけるぐらいにまでなっちゃったのよ〜。だから、援軍は期待しないでね〜?」
まぁ、かといってセルに渡された武器はあまりにも扱いにくすぎるので今回出したのは有る意味で間違いかもしれない。
どう頑張ってもアクレイギアは渡されてすぐに実戦で使えるような代物ではない。
そんなダリアが説明をしている間に、更に骸骨達は間合いを詰めてきた。
「そんなことよりも……だいぶ敵の輪が縮まってきたんだが」
「さ、救世主さんたち、一気に片付けちゃえ〜♪」
「あんたもたまには手伝え〜! ……行くぞ」
ダリアの呑気な宣言に、大河は大声で反論したが、すぐにその表情を引き締める。
戦う事に備える一流の証。
喚き散らす事だけでなく、わきまえる場所を知るのは確かな強みだ。
「さて、これより始まるは暴虐劇。一方的に蹂躙する演劇。観客の皆様方。覚悟の程はよろしいですかな?」
「覚悟って何の覚悟をしろって言うんだ?!!」
セルビウムの突っ込み。それはもっともだ。しかし蛍火の呟いた台詞は観客に向かった言ったものである。
それが何処にいるのかは蛍火も知らないが。
少なくとも役者であるセルたちに向けて言った言葉ではない。
目の前には三十以上の骸骨の群れ。ゴーストが混じっていないのは行幸か。
今宵初めての戦闘からゴーストが混じっていたのなら未亜が錯乱してしまっただろう。
「なんであんたはそんなに平然としてられるのよ!!」
じりじりと距離を詰めてくる骸骨相手にのんきにしている蛍火を見てリリィは怒鳴った。
それは最もだ。これだけの数を相手に囲まれて平然としているほうがおかしい。
「でもね。私の場合はこれ以上の数を相手にするのが当たり前なんですよ」
そう、彼にとってはこれぐらいの数では少ないぐらいなのだ。彼はたった一人で無限書庫から生還したことがある。
彼は援護、増援も無しで戦うのが当たり前。こうしてパーティを組んで戦えば一人当たり十体にも満たない。
それでは彼を抑えることさえ出来ない。
しかし、それは彼にとっての当然。正しい姿はリリィたちのように慌てふためいている姿なのだ。
未亜のようにお化けに震えている姿はこの場合除外する。
「うぅ、帰りたいよ〜」
「当真さん。戻っても後で大変な目に会うだけです。なら、今終わらせてしまいましょう」
「うぅ、がんばります」
蛍火からの応援が効いたのか、未亜は少し持ち直している。未だにへっぴり腰ではあるが泣き喚いているよりはいい。
「蛍火、何か打開する策はあるか?」
「ここら一体を焦土にしていいのなら相手を全滅させることが出来ますよ?」
平然と彼は最も手早い策を提案した。しかし、それは打開策とは言わないだろう。それでは味方も当然傷を負う。
傷を負う前に死んでいる可能性が高いそうだが、
「ちげぇよ!! 周りが囲まれてるんだ。そこから抜け出す方法だ!!」
「冗談ですよ。まぁ、ありきたりに一転集中による強行突破ですね」
「まっ、それが妥当ね」
リリィも反対はしなかった。むしろこの場では普通の選択肢はそれ以外ない。
間違っても囲まれながら相手を全滅させるなどという選択肢は取らない。
背後を取らせずに背後から敵と戦うのが妥当。
それが無理ならばせめて前面だけに敵を集中させるのが定石である。
「さて、私とセルビウムで穴を開けますから続いてください。逝きますよ」
「よっしゃ!! っておい! 発音が不穏だった気がするんですけど!!」
剣閃が走り、アンデットを切り裂き、打撃が打ち出され、骸骨が吹き飛ぶ。
後ろのほうでは聖なる光によってアンデットが浄化され、ぽよりんが骸骨を貪っている。
ある意味地獄の光景である。特にぽよりんが。
「ったく、これじゃキリねぇぜ。一体何処から沸いてるんだ?」
「倒しても倒しても減らないでござるよ」
これまで彼らは着実にアンデットを屠ってきた。しかし、減ると同時にまた新しいアンデットが現れている。
次から次へと。まるで出口のない迷宮を走っている。
幾ら、救世主候補でも終わりのない戦いは精神的にも体力的にも堪える。
ここで間違っても蛍火を引き合いに出してはいけない。彼はどこまでも規格外なのだから。
「あっちは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ? あっちには蛍火がいるんだから」
蛍火がいる。それだけで彼らは安心できる。そこまで蛍火の信頼度は高いのだ。日常においても戦闘においても。
そしてそんな蛍火に頼り切っていることに大河は歯噛みする。
頼れる相手がいるというのは心が軽くなる。
だが、一人の漢としては、戦う者としてはそうやって頼り切ってしまうことを是としない。
悔しいのだ。
蛍火の背中というモノを追いかけている大河にとって。
「そうでござるな。兄君がいるのならそれ以上の心配は無用でござる。それよりも……」
「えぇ、一度撤退したほうがいいかもしれません」
こうやって話している間でさえ、敵は増えてくる。今まで学園の警備は何をしていたのだと言いたいぐらいである。
「でも、蛍火はこの光景が当たり前なんだろうな」
大河は誰よりも蛍火のことを理解している。故にこの状況に陥っても、奮闘している蛍火の姿が思い浮かんだ。
例え一人だとしても蛍火は撤退をせずに、敵を殲滅するだろう。敵が幾千、幾万だとしても。
その姿が用意に想像できた。
……大河はまだある事実に気付いていなかった。
「でござるな。けれど兄君は拙者たちにそんな事は望まないでござるよ」
カエデの言う通りだった。蛍火は無謀を推奨するような存在ではない。
彼ならば出来る事をすればいい。そういうことを言う。
「分かってるさ。一時撤退だ!! 学園の奴らに応援を呼ぶぞ!!」
大河は囲まれていないうちに撤退する事を選んだ。賢明な判断だ。
そして応援を呼ぶのも間違っていない。この学園はかつてないほどに士気が高い。
ここまで救世主候補がてこずっている事を知れば逆に加勢してくるほどに……
そう、たとえ、その身が遠征によって疲れ果てていたとしても。
「では、撤退しましょう」
大河達はすぐに撤退を始めた。撤退する事に集中していた大河は、傍らで決意を固めたような表情のリコに気づかなかった。
一方、その頃の蛍火たちはというとゴキブリのように次から次に現れるアンデットを片っ端から片付けていた。
だが、数は一向に減っていない。減る数と増える数が一定に保たれているために大きく動けずじまいなのだ。
ただ一つの全員の勘違いのお陰でアンデットという肉体的には脆弱な種族に押されていた。
蛍火とセルを前衛。リリィと未亜が後衛という形を取っていた。
セルは奮闘している。その手に握る新しき刃の特性に振り回されがちだが、後衛の補助によって事なきを得ている。
セルという戦力が未だに安定していない事が第一の勘違い。
「うぉおおおおおおお!!」
「セルビウム、後ろ!?」
そして何よりも痛手だったのが――――蛍火の集団戦闘におけるスキルが圧倒的に不足していた事。
前述の通り蛍火は一人で戦ってきた。
その為、周りの被害を考えない。味方の被害を考えない。味方の動きを気にしない。
という単独行動ゆえの利点を誰よりもうまく使って戦ってきていた。
だが、その為に集団戦闘におけるスキルを磨く事が一切なかった。
また蛍火は授業に一切参加していない。
そう初めの帯剣の儀以外には一切出席してなかった。後は講師として動いていただけ。
その為に、蛍火の動きというモノに誰もが慣れていなかった。
「くそっ、倒しても倒しても沸いてきやがる。一体学園はどうなっちまったんだよ!!」
「やっぱり何処かに原因があるのかしら?」
さすがにこれだけの数は蛍火がいたと精神的に堪えているようだ。
そして、あの無尽蔵に近い体力を誇る蛍火でさえも息を荒くしていた。
慣れないというよりも初めての事実に体が思うように反応しない。
「でしょうね。発生源を叩かないことには終わらないでしょう」
蛍火の発した言葉はある意味絶望を呼んだ。この学園の敷地の何処かにある発生源を叩く。
それは砂浜から一粒のダイヤモンドを探すようなものだ。
最も、犯人の一人である蛍火はそんなモノの場所は始まる前から知っているのだが口にする事はありえない。
「もう、やだよぉ」
これまでにゴースト系のアンデットにも何度も遭遇している。その為未亜の精神はかなり参っていた。
幾ら、体力的消耗を不慣れなフォローをしている蛍火が抑えることが出来ても心の磨耗まではカバーできない。
その為に、背後への警戒が怠っていた。
「未亜!!」
リリィの声で漸く未亜は近づいていた骸骨に気付く。
気付いた時にはすでの遅いといわんばかりに頭上に掲げられた骸骨によって握られた剣。
夜明かりを跳ね返す鈍い銀光は、その明かりごと未亜を切り裂かんと――――
「未亜さーーーーーーーん!!!!」
――セルの絶叫も虚しく、振り下ろされた。
「せいやっ!」
小さくとも意志の篭った声と共に動くのはジャスティ。
主の意志にその動きを一片の無駄もなく伝え、末弭で迫る剣を絡めとり、振り下ろされる力を逆利用して放たれた本弭の一撃が、
黒髪の射手に襲い掛かろうとした愚か者に鉄槌を下す。
力に逆らう事無く振り下ろされる本弭が骸骨を粉砕する。
「……はぁ」
誰からともなく漏れるため息。
仲間が陥った窮地を自力で乗り越えた事によって安堵のため息が漏れる。
だが、それこそが本当の致命。
「えっ?」
セルは油断していた。
少し前まで想い人だった未亜が助かった事による安堵が、
セルは疲労していた。
今まで使ったこともなく、その類稀なる剣の特殊能力に振り回されて。
迫るのは鎌。致命的な隙を作ったセルに対する絶殺の刃。
死神が命を刈るのに使われる鎌のように、その刃が未亜の姿に安堵していたセルに降り注ぐ。
一人のミスが周り全てのミスに繋がる。
集団戦は一人では倒せない相手を倒す事を可能とする方法だが、
それは同時に一人のミスによって倒す事が出来る相手すら倒す事が出来なくなる。
ゴキンと鈍い骨が折れるような音がした。しかし、セルには痛みがない。
不思議に思い恐る恐る目を開けてみるとそこにはセルを護るように立ちはだかり左腕で剣を受け止めている蛍火がいた。
蛍火は相手の動きが止まっている間に右手に持っている観護で骸骨を切り伏せた。
「セルビウム。注意力が散漫ですよ」
背を向けながら呆れ果てたといった感情がうかがい知れる言葉がセルに向けられる。
その事に何か反論使用とするが、それよりも先にセルの眼に入ってきたのは力なく揺れている蛍火の左腕。
「…………蛍火。その左腕」
「あぁ、大丈夫ですよ。切り飛ばされたわけじゃないですから」
蛍火が心配をかけないように言葉を選んで声をかける。
その表情は本当に何もなかったかのようにしている。脂汗一つかいていない。
だが、蛍火の左腕が使え無い事はかなりの戦力減を意味していた。
片腕だけでも戦えるが……圧倒的に手数が減ってしまう。
「さて、さすがに厳しいですから、一度撤退しますか」
「暢気な事いってないで、さっさと撤退するわよ!! あんたの腕折れてるんだから!!」
リリィも一部始終見ていたため一刻も早い撤退を勧めた。
その言葉に全員が同意した。
疲労は隠せない。
「そうでしたね。ん?」
そこで蛍火は気付いた。眼前にいるアンデットの数が微妙に減っている。
普通なら気付かないが幾千もの戦いをこなしてきた蛍火だからこそ気付いた。
(なるほど、リコが単独行動を起こしたか。なら、そろそろ終焉だな)
蛍火はすぐに事情を察知した。物語を知っているゆえだろう。
そう考えているうちにも減少が目に見えてきた。
「なんかおかしいぞ!! さっきはもっといたはずなのに」
流石に目に見えるように骸骨の群れの減った行ったことにセルやリリィ、未亜も気付く。
「あっちががんばってる…………無理があるわね」
リリィの言う通り、向こうも何とか減らすのでいっぱいいっぱいのはずだ。急激に減らせるわけもない。
リリィが呟いたときだった。瞬間、爆音が鳴り響いた。
同時に見えたのは青白い雷。
「雷……の、魔法?」
「あっちは……闘技場だよな?」
セルと未亜の呟きのとおり、雷は魔法であり落ちた場所は闘技場だった。
「リコ・リスさんですね」
彼は知っている故にその言葉を呟いたが、それだけではない。
雷系の魔法を使えるのはリリィ、蛍火、リコ、そして少し形は違うが未亜の四人。
その内三人がこの場所にいるのだ。なら、残った一人、リコとなる。
「あっちは派手にやってるみたいね」
「ふむ、応援に行きましょうか。あそこに敵が集まっているのなら一気に叩いたほうがいい」
あれだけの大きな魔法が使われるという事はあそこに敵が集まっている可能性が高い。潰すなら全勢力を出すべきだ。
「蛍火は他の応援を呼んできたほうがよくないか? 腕が折れてるんだろ?」
セルの指摘どおり、蛍火の腕は未だに折れていた。
彼ならば話している少しの間に腕がくっついていても不思議ではないが。
「折れてるだけですから、気にしなくていいです。先に行きますね。この腕では前衛は出来ませんから上から射撃しますので」
本当にどうでもいい事だと言い捨てて、蛍火は夜の闇に同化するような色をした足場を用意して、夜空を駆けていった。
「って、こら!! 腕が折れてるのに先に行くな〜〜〜!!」
リリィが咆哮を上げながら走り出し、追従するようにセルと未亜も走り出した。
「……だいぶ、集めることができました」
闘技場の中心付近で、1人となったリコはポツリと呟く。四方八方がアンデッドだらけだが、リコにとっては何も問題ない。
大河たちが応援を呼ぶ間に孤立し、こうして障害物のない闘技場に大量のアンデッドを集める事に成功していた。
ここならリコが本気で魔法を使うことが出来るし、何より大量のアンデッドを倒すことも出来る。
「ここなら誰も巻き込まれずに済みます……では……そろそろ本気で」
リコが本気で魔法を放とうとした、まさにその時だった。
「きゃあああぁぁぁ〜〜〜〜…………ですの〜」
酷く、場違いな気の抜けるような悲鳴が上がった。
「……え?」
これには流石のリコも動きを止めざるを得なかった。
「くそっ、リコのやつ」
大河は苛立っていた。増援を呼びに行こうとしていた間のどさくさにまぎれてリコはいなくなっていた。
大河とてリコの実力は知っている。リコ一人の方が全力を出せるということも知っている。
一人にした方が能率的だと知っている。その行動は自分のためだということも理解している。
しかし、しかしだ。それでも大河はそれを許容できない。大河にとってリコは護るべき女の子だからだ。
自分よりも強い? 自分のため? それは痛いほどに分かっている。頭の中では誰よりも理解している。
だが、感情はそれ許さない。
突如、闘技場のほうから轟音と共に雷が落ちた。それを大河は直感的にリコだと理解した。
「カエデ、ベリオ!! リコは闘技場だ。行くぞ!」
「応でござる!!」
「リコが心配ですからね」
カエデもベリオも大河に同調する。彼女たちはリコの強さを知らない。だからこそ大河に同意した。
アンデットの数が減っているのがリコのお陰だと想像できても心配なのだ。
途中、大河達とリリィ達は合流した。
「大河!?」
「リリィ!! それに未亜! セルも無事だったんだな! ……蛍火は?」
鉢合わせた大河とリリィが走りながら現状を確認する。
だが、大河の言葉に未亜とセルが傷みがあるような表情をする。
「上を走って先に行って上空から援護するだって」
「前に出ないのか?」
「腕、折っちゃったから」
「蛍火が!?」
リリィから得られた情報は大河達の想像の外だった。
蛍火が敵から傷を負うことが今の今まで全く考えられなかった。
蛍火は敵から傷をもらわずに自滅していることが多いから余計に……
「俺のせいで……」
「うぅん、私が油断したから」
蛍火が怪我を負う原因を作った二人が名乗り上げる。
「きゃあああぁぁぁ〜〜〜〜……ですの〜」
だが、それを遮るように丁度闘技場の入り口へと辿り着いた時、闘技場内から悲鳴が聞こえてきた。
緊迫した状況を思いっきりブッちするようなふざけた悲鳴だった。
「ひ、悲鳴!?」
「まさか、リコどのが!?」
「いや、リコがあんな悲鳴を上げるとは考えられないだろ」
突然の悲鳴に慌てるベリオとカエデだが、大河が即座に否定した。
あんな声をあげるリコを想像できなかったのだろう。むしろそんな声を上げる人物を大河は一人知っていた。
大河の想像の人物はどう考えても戦う力はない。
必然的にそこにいる誰しもの足が早くなっていた。
大河達が闘技場に入っていくのを見つめる一つの影。
「さて、これでナナシが救世主クラスに入る準備は整った」
上空に佇みこれからのなり行きを見守るつもりでいた。
と格好をつけているが実際のところはナナシにはかなり怯えられているので知っている事象が曲がらないようにと控えているだけ。
ナナシが色々とちょっかいかけてきたおしおきをしすぎたせいだ。
さて、更に所変わって闘技場内に戻る。そこでリコは目を点にしていた。
普段の彼女の姿を見れば想像も出来ないような表情だろうが、現実として彼女はそのような表情をしていた。問題があるとすれば
「いったぁぁぁい〜、せっかくいい気持ちで寝てたのに〜ですの」
「え? え?」
この雰囲気を思いっきり無視しまくって変てこな叫び声を挙げるナナシにある。
「あ〜ん、また腕が取れちゃった〜、どうしてくれますの〜?」
取れた腕を逆の手で持ち上げてぷんすかと怒っていた。リコから見てナナシは明らかに普通の人間ではなかった。
腕が取れて平然としているなんて普通ではない。同じような状況で平然としていそうな蛍火のことがちらついたがそれは無視した。
「は、はぁ……申し訳…………」
リコの責任ではないのだがナナシの勢いの押されて謝ろうとしてしまった。しかし、その声は中断された。
「リコ!」
「無事でござるか!」
「皆さん……無事でしたか」
現れた大河たちに、一先ず安心の表情を作るリコ。もっとも、ほんの少しの表情の変化なのだが。気付く人は気付くぐらいだ。
ふとリコ傍らにいるナナシを大河が姿を確認した瞬間、嫌な者を見つけてしまったという顔になった。
そして、ナナシより爆弾が投下された。
「ああ〜! ダーリンですのぉ〜!!!」
見事な爆弾だった。蛍火が故意に作るときよりも破壊力があった。天然とは恐ろしい。
「……ダーリン?」
「……だありん?」
「……ダーリン…………」
ポツリと、ベリオ、カエデ、リコの順番でナナシが口にした爆弾の『部分』を口にする。
そんな三人の中でリコが最も苦々しい表情をしていたのは印象的だった。
「……え?」
少し呆然としたように大河はベリオとカエデとリコを見る。その3人はと言うと、
「………………」
「………………」
「………………」
無言で大河を睨みつけていた。般若降臨。
「ふふっ、修羅場発生ですね」
楽しそうに呟く蛍火の声という幻聴が聞こえた。
実際、上空で全く同じタイミング、同じ言を口走っていたのだが……
セル、リリィ、未亜は事態の急展開についていけずに呆然としていた。
ちなみに、大河はというと、
「え〜と……タイムストップの魔法?」
その発言を無かったことにしようとしていた。無理がある。
「大河君!?」
「師匠!?」
「……マスター…………」
3人が大河を睨む。子供が見たのなら明らかにトラウマものだろう。
この場合レンは除外される。彼女はそれに見慣れているし、何より自分が作り出す立場でも有るから。
「お前ら、ちょっとは状況を思い出せ〜!!!」
大河の叫びは、誰にも聞き入れられなかった。アンデットに周りを囲まれているという事実は忘却の彼方だった。
そしてこの状況を作り出したナナシはと言うと、
「ダーリィィン! ほらほらまた取れちゃったですの〜。遺体の痛いのとんでけ〜ってやって欲しいですの〜」
「微妙に合ってる間違いをするな」
「そ、その……大河君の知り合いですか……? その、え〜と……」
目の前で腕がもげても痛いで済ませているナナシを見て気がそがれたベリオが怯えて大河に聞く。
尚、心の中では先ほどの『だ〜りん』発言は忘れていない。終わったらきっちりと問いただすつもりだ。
「その腕、取り替え式でござるか? 面妖な……」
相変わらずカエデはどこか的外れな感想を漏らしている。
だが、それ自体が間違い。気付いた時には、四方八方はアンデッドに囲まれてしまっていた。
「っと! んなモタモタやってるからまた囲まれたじゃねぇか!」
「はえ? どうしたですの?」
「お前の親戚に追われてんだよ」
「親戚? ナナシ、天涯孤独ですの〜」
「ってかそういう意味じゃなくてだなぁ……」
もはや、大河とナナシのやり取りは完全に漫才と化している。
蛍火はその状況を見て腹を抱えて笑っていた。眼下の大河達の危機よりも漫才を楽しむ方を優先している。
その右手にはいつのまに取り出したのか煙管。
そして、左手に顎を乗せて目の前の本来の流れを楽しんでいた。
「うおあ!?」
地面から出現した骸骨によって大河とナナシはリリィ達から離れてしまう。
「お兄ちゃん!」
「マスターっ」
未亜とリコが悲鳴にも似た叫びを上げる。
だが、それだけでなく大河達とリリィ達の間に壁のように骸骨が地面から出現した。しかも、先程よりも明らかに多い。
「お兄ちゃん!」
「師匠! くっ……」
背後から襲い掛かる骸骨をカエデは殴り飛ばす。
一撃で粉砕して大河達の安全を確認して、周りの骸骨を睨む事が無意味と知りながら睨む。
「この数では」
忌々しげにカエデは呟く。状況はかなり拙い。だと言うのに、
「ああん、ダーリン強引ですのぉ♪」
ナナシだけは状況をまったく理解していない。
「というか蛍火からの援護は!?」
「すみません、左腕が折れて魔力弓が握れません」
上空から聞こえた声に誰もが呆気に取られた。
「魔術で援護しなさいよ!」
「魔力切れです」
小さいが絶望を誘う言葉が届く。
援護が期待できないという事で誰もが愕然として、目の前の状況に集中した。
援護は期待できないが、死ぬわけにはいかない。
リリィ達の気構えを見て蛍火は嬉しそうにまた一服。
魔力切れなどといったが嘘八百である。
蛍火に魔力切れなどという減少はアヴァターにいる限り存在しないのだからありえない。
何処までも「観」に徹する蛍火はまた、胡坐をかいて膝に乗せた左腕に顎を乗せて……のんびりしていた。
「いい加減状況を認識しろ、この腐脳娘!」
「え〜と、お困りですかぁ?」
漸く、大河の様子が慌てていることにナナシは気付いた。状況判断が遅すぎだ。
「見て判断しろっての」
大河にそう促され、改めてナナシは周りを見た。で、彼女の目に飛び込んでくるのは大量の骸骨。
「あらあら……ガイコツさんがいっぱい」
今まで本当に骸骨の存在に気付かなかった。
大物なのか、バカなのか、それとも演技なのか判断が難しいところだ。
今の彼女は大物のバカだろう。
「さすがにこれだけ数が多いと、いい加減ヤバいな」
「範囲攻撃の魔法で一気に……」
「駄目だよ、お兄ちゃんはともかく、女の子の方が……」
リコの提案を一瞬にして未亜が却下した。何気に大河の扱いが酷い気がするが気にしてはいけないだろう。
「え〜と、要するにダーリンは、このガイコツさんたちに、おいとましていただきたいという訳なのですね〜?」
「いや、まぁそうだが」
ナナシが言っていることは確かに間違ってはいない。いないのだが、何と言うか言い方がおかしい。
それではまるで図々しい客人のようだ。ついでに言うと、やはりナナシは状況を理解していない可能性が高い。
「それなら、ナナシにおっまかせ〜、ですの〜♪」
「は? お前、何言って……?」
「メッですの! ダーリンはナナシのダーリンなんだからケンカしちゃメですの〜!」
なんと言うか、本当に大丈夫なのだろうか、と大河は考えてしまった。
そう考えてしまうほどに、ナナシの言動に不安を感じてしまう大河だった。
「みんな、おっまたせ〜。援軍をつれてきたわよ〜?」
そんな中、ダリアが援軍をつれて乱入してきた。
大河たちにとっては嬉しい申し出のはずなのだが連れてきたのがダリアとなっては期待できないだろう。
「これは……」
援軍に学園長が直々に現れた。学園長はリリィを上回るほどの魔導師である。
魔力総量と召喚器がないことがリリィに劣るがそれ以上に経験がリコと蛍火を除いた誰よりもある。援軍としては申し分ない。
「なっるほど〜、闘技場の中におびき寄せて、蒸し焼きにしちゃおうって寸法ね?」
救世主クラスが囲まれているのに何処かのんきなダリア。その事に若干のものが殺意を覚えた。
「ところが……民間人らしき輩が何故か紛れ込んで、リコ殿が魔法を使えないでござるよ」
カエデは殺意が沸かなかったらしく、平然とダリアの言葉に言い返した。
やはり天然とは恐ろしい。最もその作戦を考え、決行しようとしていたのはリコである。断じてカエデではない。
「民間人? そんな馬……」
学園長が、全ての台詞を言い終わる前に――――――
「きゃっ!?」
「っ!?」
口で注意するナナシをゆっくりと囲み、攻撃をして来ないと悟ると、一斉にナナシ目掛けて動き出す。
瞬間、ナナシを中心に大きな閃光が巻き起こる。
あまりの眩しさに全員が手で目を隠して光が収まるの待つ。
そんな中、上空に控えていた蛍火だけがいつの間にか着用していたサングラス越しに事の次第を見ていた。
(ほぉ、流石ルビナス。自らの体に火と土の元素を纏わせて相手が触れると同時に土の元素で相手を解体、そして火の元素で爆散か。
そして、触れたアンデットの欠片にその式が移り連鎖する。アンデットは土と腐の属性だからな。
上位の土元素の命令には逆らえない、そして腐の属性を持つために火に弱い)
と一部始終を理解していた。
そして、光が収まり、蛍火以外がゆっくりと手を退けて、目の前の光景に全員が言葉を失う。
そこには、バラバラになった骸骨のモンスターの残骸のみがあり、あれだけ居た骸骨モンスターは全滅していた。
そんな中、バラバラの骨に混じり、同じように身体をバラバラにしたナナシが、
首から下のない顔だけの状態で笑みを見せる。
「ほ、ほらごらんなさいですの……言うこと聞かないからバチが当たったですのぉ」
微妙に言葉尻が引け腰だった。
ナナシとしてはこの現象は想定外だったのだろう。
「ナ……ナナ子、さん……?」
恐る恐る、と言う感じで大河はナナシの名前を呼ぶ。だと言うのに、ナナシの調子は相変わらずだ。
「ナナシの言う事聞けないヒトは……こんな目にあっちゃうですの〜」
「お前……どうやったんだぁ?」
さすがの大河も、あの展開には付いていない。なぜなら、あの展開は大河の予想を大きく上回っていたのだから。
「ん〜ふ〜ふ〜……ダーリンとナナシの愛のコラボレーションですの〜♪」
「いや、俺なにもしてないし」
「そんなことよりも〜………………拾ってくださいですの〜」
「……あ〜あ」
ぶつくさと言いながらナナシの体を拾う大河はやはり優しい。
ナナシは体に触れてもらっているためか表情がうっとりとしていた。その事にリコが怒りを感じたのはいうまでもない。
「ナナシちゃん、みっけ♪」
どうやら、ダリアはナナシのことを知っていたらしい。ナナシとは大河が最近着けた名前である。
故にダリアが知っているはずがないのだが。
「あれが、『そう』なのね?」
「……お義母さま?」
学園長の呟きを聞いていていたのはリリィと蛍火だけだった。
上空で一人佇む蛍火。
最後の最後までナナシに怯えてもらっては困るので全員がいなくなるまで待機していた。
最後に出て行くときに悔しそうにしていたセルの表情が蛍火に残っている。
「期待しているぞ。セル」
今回は意図して怪我をしたわけではないが、これからを考えれば怪我をした事が無意味にはならないであろう事に蛍火は笑った。
「……課題が出来たな」
今回の戦いにおいて蛍火の集団戦におけるスキルのなさを実感した。
これからも戦いは広がる。寧ろ蛍火が広げていく。
その中でこれからは誰かと組んで戦う事が必然的に生まれるだろう。
この状況では蛍火の思い通りに事が進まない可能性もある。
「そして……ルビナスか」
漏れるのは『ナナシ』ではなくルビナス。
この救世主戦争における、大河、蛍火の次に来るワイルドカード。
「漸く役者はそろった。されど結末は未だ決まらず。稀代の錬金術師よ、汝は何を望む? 如何様な変化を齎す?」
蛍火の呟きを聞く者はおらず、蛍火の真意を探ろうとする者はいなかった。
Others view out
後書き
さて、やっとナナシが仲間になるシーン。
自分で仕掛けておきながら意外なところで蛍火自身の弱点が発覚してしまいました。
まぁ、集団にまぎれるのが得意なくせに集団行動が苦手な蛍火には当たり前の弱点なのかもしれませんが……
そして、前回も言ったようにセルは今回は寧ろ足を引っ張りました。
未亜が原因でもありますが……それでもセルは失敗をしました。
これを気にさらに成長してくれると嬉しいんですがね。
今回は集団戦におけるデメリットを使ってみましたが……
集団戦って決していいことばかりじゃないんですよね〜。物事には必ず裏と表があって。
彼らにはいい勉強になったでしょう。
観護(ついにナナシが)
ルビナスじゃなくてナナシか。
観護(ナナシとルビナスは性格が別物だしね。二重人格のように別物だと思うわ)
まぁ、他サイトのSSの中には別物にして、別の体にするような人もいるしな。
観護(出来れば二人に幸せになってほしいものね。あんたはどうするつもり?)
まだ、先のことだ。考えるなよ。
観護(あんたは代償無き奇蹟はありえないっていってるじゃない)
事実だろ?
観護(『聖夜に舞い降りた奇蹟』では想いが奇蹟を起すって言ってたじゃない!)
あれはあれ、これはこれ。
観護(なんとかしないと蛍火君呼ぶからね)
…………考えておく。
観護(宜しい。さて、蛍火君でだけど、意外な弱点があったわね)
まぁな。蛍火はステータスでも紹介しているように『単騎強襲殲滅型』だし。
観護(今までの行動が裏目に出たのね)
今回は救世主候補の集団戦における力をみようとしたら自分のスキルの無さが露呈したしなw
観護(蛍火君も想定外のことが起きるのね)
というかこの物語も蛍火の想定外の事象はかなりあるがな?
観護(それは物語りの核心なんでしょ?)
よく分かってらっしゃる。えぇ、話しません。
さて、次回予告。
観護(次回はナナシとの救世主選抜試験)
では、次話でお会いいたしましょう。
ナナシの出番が〜。
美姫 「これで役者は揃ったわね」
ここからどうなっていくのか。
蛍火がどうしようとするのか、だな。
美姫 「ああ、どうなっていくのかしら」
非常に楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
待っています。