「終焉を齎す者って名前を一応、龍族の皇帝から貰ってるんですけど……」
「百年も生きてないヤツ等、ガキで十分だ」
「ガキ扱いしてる俺にズタボロにされた癖に」
「くっ…………」
顔色など分からないのにドラゴンは悔しがっているのが見えた。
「まぁ、いいです。久しぶりになりますか? ダルト」
「人の基準から言えば久しぶりになるな、終焉を齎す者よ」
第五十八話 人としての自覚
「さて、本題に、私はここにいる子供達の保護が目的で着ました」
「ほほぉ、終焉を齎す者と呼ばれたお前が人助けと?」
怪訝な声で蛍火を睨みつける。
「これでも一応、王国からの使者なんですけどね」
苦笑を張り付かせて言葉を選ぶ。
曲がりなりにも保護をしにきた蛍火は無駄な戦闘をしようとは思っていない。
「白の主が何をいう」
「おや、知っていたんですか」
意外そうな表情で蛍火は驚きを見せる。
傍目には驚いている様子には見えないがそれでも蛍火は驚いていた。
「我らが皇帝を地に伏せさせるなど唯の人に出来るはずも無い」
蛍火が着ている黒のコート。そして大河に渡す予定だったジャケット。
それは世界に一匹しかいない竜の皇帝の翼膜を使った一品モノ。
ドラゴンは生まれた時には青、赤、黄色の何れかである。そしてその色にあった属性、青は水。赤は火。黄色は風を使うことが出来る。
そして競い合い勝者が敗者を喰らうことで相手の力を取り込みより強大な力を手に入れることが出来る。
そしてある一定以上の力を手に入れると土の属性を使うことが出来るようになる。
そして最高位の力を持つ存在の色は漆黒であり、そしてそれはドラゴンの世界の中でも一体しかいない。
すなわちそれが皇帝である。
全ての色を手に入れ力をつけたとしても目の前のドラゴンのように鈍色どまりである。
漆黒を手に入れるには皇帝の死後、同じ鈍色のドラゴンを倒さなければならない。
これだけを見れば野蛮というかそういう種族に見えなくもない。
しかし、実は決闘を行ったもの同士でしか上記の条件は適用されない。それが拒まれれば力を奪うことはできない。
つまり弱い物を喰らっても意味がない
そしてそれ以上に竜は高潔で力とは弱い物を助けるためであり、力とは強者の間でのみぶつけ合うものだと認識されている。
ドラゴンは弱き者を放っては置けない性格である。
ドラゴンという存在は表の歴史ではあまり知られていない。
まだ古代アヴァターには科学と魔道を融合させた魔道科学が発達していた。その時は人とドラゴンは手を取り合っていた。
神が狂ったことによって破滅が世界に現れた。その時にはまだ救世主という存在はいなかった。
人々とドラゴンは手を取り合い破滅を退けようと今まで以上に結託し、数を減らして破滅を退けた。
その戦いで竜族は人に恐怖を与えた。そのあまりにも大きな強さに。
人と竜族の不毛なる争いが起きるはずだったが、竜族は人との諍いを起す事をしない為に歴史から姿を消した。平和は訪れた。
ドラゴンと呼ばれながらも何故龍ではなく竜族と呼ばれるのか?
それはドラゴンが他の生物と違い、世界によって生み出されたからだ。
ドラゴンは他の生物のように神に生み出されたわけではない。
神は本来、その性質上故に世界に直接干渉できない。
その為、世界を保護する役割として世界によって生み出されたのが竜族である。
超蛇足設定閑話終わり。
「唯の人ではないか……そうだな」
「白の主が王国に関与していると言われては何か在るとしか思えん」
白の主に選ばれた者は赤を是とする王国に身を寄せない。
ロベリアしかり、そしてそれ以前の白の主然り。
蛍火のように元々、赤側だったが白の主に選ばれた者も例外なく王国を離れている。
何故なら王国のやり方と自らの信念が合わないからだ。
尚、大河も竜族の皇帝を相手にしても勝ちをもぎ取れる。
それだけ主の力は大きいのだ。
「今回は白の主としては別です。むしろ個人として動いている」
「ほぉ、中々に面白い事を。個人として動いて私の子を殺したのか?」
先ほど、蛍火が殺したのは子竜。
前述の通り、ドラゴンは弱きものを大切にする。むろんそこには竜族の子も入る。
子竜を殺すという事はドラゴンに喧嘩を売っていると取られるのだ。
例外は存在するが、
「それに関しては申し訳ないとしか言いようがありません」
蛍火が頭を下げて誠心誠意、謝罪をする。
まさか、蛍火がこれほど簡単に頭を下げるとは思っていなかったのかダルトは面食らった雰囲気をする。
「まぁ、いい。あれも戦って死んだのだから……」
正々堂々と戦って殺されてしまったのであればそれは当人の責任になる。
竜族はよくも悪くも戦闘種族。
嬲られて死んだのであれば怒りを表すが、戦って死んだのであれば例外になる。
蛍火の戦い方が正々堂々かはこの際言ってはいけない。
「終焉を齎す者よ。お前もすでにこの事件の全容を理解しているだろう?」
「えぇ、口減らしの為に子供を捨てた村人がドラゴンに恐れをなして王国に助力を請うた」
破滅が活発になっているこの時世、辺境では食糧不足に陥っている。
その為に、食料を確保する為に子供、老人を山に捨てるという非人道的な行為が行われている。
山に捨てられた者達は通常であればそのまま朽ち果てる。
しかし、今回は例外の存在がいた。
捨てられた場所の近くに弱き存在を見捨てられないドラゴンがいた。
ダルトは、子供達が帰れるように村に使者を送ったが、当たり前のように拒絶される。
そして、人はドラゴンという存在を恐れ王国に討伐を願った。
だが、先に着いたのが斥候役であれば、真相が知られるかもしれない。
その為に村人は蛍火を殺そうとした。
斥候役である蛍火殺害は失敗に終わった。だが、許された。
そして、村人は救世主候補が破滅の言う事を信じないと思い、蛍火をここに送り出した。
この事件は人の弱さと醜さが招いた愚かな事件。
「あの子達を人の世界に帰すことに異論は無い。
しかし、同じ事が二度と起きないように終焉を齎す者、お主は約束できるか? それも絶対的に」
「絶対的には約束できません、しかし私が持つ力全てを使ってその子達を保護します」
その返答にダルトは嬉しそうに鼻を鳴らす。
ここまで必死になって行うのは、蛍火の代償行為だ。
捨てられた子を助けて、将来切り捨てなければならない娘から眼を逸らそうとする代償。
将来的に無理ならば他の子で行うという事で弱い心を騙している。
「あぁ、むしろその言葉のほうが嬉しい。確実に守れるかどうかも分からない約束を口にするよりもまだ信用できる。
そこだけは正当に評価してやろう。だが、万一の事があってみろ?」
「善処します」
(それは約束できない。人にとっての幸せは違うのだから。それに、大切な人一人護れない俺なんかが…………)
彼は何も言わずに奥のほうへと足を向けた。
そこには子供達がいた。皆ぼろぼろの服を纏い、眼を虚ろにさせていた。
その眼はエリザとアムリタを蛍火に思い出させた。そしてその姿は否が応でもレンを髣髴させる。
物音に気付いたのか子供達がいっせいに蛍火のほうを向く。
その眼は憎悪に満ちていた。人の世界に絶望した子供たちは人の姿をした者を憎むしかない。
「君達を保護しに来た。一緒に王都に行かないか?」
優しい声。されど声に込められた優しさは届かない。
そんな事は蛍火も分かっている。
「ふざけんな、人間!! 俺たちは捨てられたんだ。これ以上人間と一緒になんか暮らせるもんか! 」
「もう、捨てられたくなんてない!!」
「ダルトは私たちに優しくしてくれた。ドラゴンでもない私たちを優しくしてくれた。だから私たちはダルトについていく!!」
子供たちは思いのたけをぶつけている。もはやすでに人とはとも生きていけないと。
しかし、どれだけ願ったとしても人は人の世界でしか生きていけない。
蛍火が幾ら説得しようともこの子たちには通じない。
絶望した、憎悪する相手からの言葉など届かないだろう。
「今は眠れ。そして新しき日々で人の優しさを思い出すといい」
子供たちを睡眠誘導魔術で強制的に眠らせる。魔法耐性が低いのか子供たちはばたばたと眠っていく。
その崩れていく様が蛍火には夢の中で死んだレンに重なって見えた。
「強引じゃな?」
「今はこれが最良です。それにこの子達には時間をかけるしかない。そしてそれ以上に私には時間がない」
召喚陣を描く。逆召喚する先は喫茶店の二階。
喫茶店は元々、蛍火が何かあった場合の為に作った場所。
その為、蛍火の意思でそこを牢獄にする事も出来る。
子供達が粒子に変換され逆召喚させれる。
その姿はまるで生を全うし消えていくようだった。
「ダルト。頼みごとをしていいですか?」
「ふむ、事にもよるぞ?」
慎重に事を運ぶダルト。
下手な約束を蛍火にしてはいけない。彼は誰よりも『契約』を大事にしているのだから。
「これから麓の村を壊滅させます。その手伝いを頼みたい」
その言葉にダルトはとても嫌そうな顔をする。
ドラゴンにとって挑んでくるもの以外は攻撃対象ではない。ましてや力の弱い人に牙を向けたりなどしたくはない。
「言っておきますが、貴方に人を殺すのを手伝ってもらうわけではない。その後始末を手伝ってもらいたいのです」
「何故に麓の者を殺す?」
もっともな意見だ。
毒を盛られたという事は理由になるかもしれない。
しかし、それは蛍火が殺す理由にはならない。
毒を盛られた事が蛍火にとって殺す理由となるのなら蛍火はその場で斬殺していた。
「あいつらは護るべき者を自ら捨てた。護れない強さに意味なんてない。
だがそれ以上に自ら護るべき者を捨てる者に意味などありはしない。だから殺します」
八つ当たりでしかない。
そこには大儀も確固とした理由もない。唯の感情的な理由。
「それでは一方的な断罪だ。許容できるものでは無い」
蛍火が行おうとしているのは一方的なものだ。
法的に裁くわけでも人々によって裁かれるものでさえもない。
蛍火の独善と独断による断罪。だが、彼の感情が許容できない。
人に戻ったが故に弊害――――と一言で纏めていいものではない。
「それに一度した事をもう一度繰り返す可能性もあります。そんな時貴方は許せますか?
将来の禍根を今ここで絶つべきだ。そしてこれはあの子達のためにもなる。
生みの親がいる状態でその子供を引き取るには色々と面倒が多いんだよ。
死んでしまったほうがあの子達の憂いを絶つことができます」
「…………」
沈黙で持って拒絶をする。誇り高きドラゴンには無茶な頼みだ。
「無茶を言ってすみません。貴方には破壊活動のみを頼みたかったのだがそれさえも無理でしたね。すみません」
「分かっているのなら聞くな。………何故そこまで執着する?」
蛍火にしては珍しく負の感情に囚われているからだ。
負の感情の源も本当にくだらない理由。弱さと醜さが誰よりも許容できない。
「簡単ですよ。同族嫌悪という奴です」
「お前は誰か護るべき者を捨てたことがあるか?」
「いえ、これから捨てなければならない。けれど、それに大して違いはありません」
彼はすでに、あの夢が現実に起こると確定して動いている。
もし、あの通り動くのであれば、蛍火は自らを護る為に大切な子供を捨てた村人と変わらない。
信念に反して正しい行いをする『間違った正しさ』。
それは褒められる事ではない。
「行くか?」
「えぇ、未来の自分を殺すために。これがあの娘に対する贖罪には決してならないと知っていても、
それでも私は自分が、同族が許せない」
今までで一番、弱々しく笑った。
蛍火を快く思ってもいないダルトにとって想像にもしなかった笑顔で、
「………………後始末ぐらいなら手伝ってやる」
「……ありがとう」
蛍火が麓の村に着くと見えてきたものは篝火に照らされた武装した村人だった。
その仲の村長が蛍火の姿を見つけたと同時に言葉を口にした。
「蛍火様。どうでしたか?」
蛍火は何も語らず沈痛な表情で首を横に振った。その反応に村人は一同沈黙してしまった。
だが、彼らの眼は笑っている。もはや脅威は無いと。
「蛍火様。お疲れでしょう。今夜は私の家で休まれてください」
村長の気遣いの言葉を蛍火はまたしても首を横に振って拒絶した。
「まだ、一仕事残っている」
蛍火がそう口にした。気付けば彼はいつの間にか両手に抜き身の小太刀を握っていた。
「いったい…………」
村長はそれ以上言葉を口にする事が出来なかった。何故なら村長の頭と胴体はすでに別れていたのだから。
媚び諂う表情をした村長の首が地面を転がる。村人たちは何が起きたかもわからず怯え、恐怖の声を上げ逃げていった。
「語る事などない。理由を知る必要もない。ただ、眠ればいい――――永遠の眠りに」
蛍火はその言葉を残し闇に消えた。死を運ぶ殺戮人形が人を殺すために闇夜に消えた。
村から少し離れたところでダルトは待っていた。
蛍火が村人を皆殺しにした後に送ってくる合図を待っていた。
ダルトが蛍火と初めて出会ったのは竜族が根城とする場所。
蛍火が竜族の皇帝に戦いを挑むのを止めようと立ちはだかった時に。
戦いは一進一退。年老いたダルトは皇帝に迫るほどの強さを持っていた。
そこで見たのは無表情に痛みすらなく、唯殺すためだけの存在する蛍火。
完全なる白の存在。
白の理のみによって生き、白の理を是とし、白の理を表す者。
ダルトから勝ちをもぎ取り、その上、皇帝からも勝ちをもぎ取った蛍火は気に食わなかった。
ましてや、竜族が長年、封印してきた武具を蛍火に渡した事など気に食わなかった。
封印されてきた武器は過去の人との友好の証だ。
それをたった一人に渡してもらう事は気に食わなかった。
だが、それ以上にダルトが気に食わなかったのは蛍火の強さを認めてしまった己自身だった。
再度出逢った先ほど、ダルトは愕然とした。
白であった蛍火に赤が混じっている事に。
それは蛍火を弱める事と同じ事だ。純粋な白であったころの蛍火に今の蛍火は決して及ばない。
あの己を無視した戦闘方法をもうとる事はできない。
弱い蛍火でいて欲しくなどない。
心のどこかで認めた蛍火は、今の蛍火ではない。
だからダルトは手を貸した。あの時に戻れるのなら。
「弱いお前など認めんぞ、糞ガキ」
つまりダルトはツンデレという事だ。
蛍火は虐殺し続けた。死体は山を築き、そこから血の河が流れている。屍山血河。まさしくこの状況を言うのだろう。
蛍火は己の能力を全力で使い、村人を殺していく。誰一人として洩らすことなく、誰一人として見逃すことなく。
そして蛍火は最後の一人と立ち向かっている。いや、正確には最後の一人に向かって突き進んでいる。
相手は妙齢の女だった。あの中に子供がいたのかもしれない。だからこそむしろ殺す。
女性は恐怖に体を縛られ足を動くことが出来ないでいた。蛍火にとっては格好の的だ。
(我流・奥義乃参 牙穿!)
先の刃で心臓が抉り取られ、後の刃が顔面を穿ち貫こうとする。
その時、女性が涙を流し、口をパクパクと動かした。その口の動きは蛍火には『ごめんなさい』と見えた気がした。
顔面が抉りぬかれる感触いつになく手に残った。
(「関係ない人まで殺すのは御免よ。そんなことになったら、私たちは単なる殺人鬼でしかないわ」――か。
あぁ、俺もついに殺人鬼か……違うな。正しい姿に戻っただけだ。あいつのお陰か……)
人に戻れたのはレンのお陰かもしれない。だが、その最初の楔を与えたのはレンではない。
一時間にも満たない時、敵対した人物。
(蒼牙――――お前は人に戻れたのか? 俺のように誰かに救われたのか?)
彼の疑問は誰も答えられない。
蛍火は終わった後も合図をせずに唯、亡骸を見つめ続けた。
どれ位そうしていただろうか?
不意に空が闇に覆われる。しかし、空に雲は掛かっていない。その事に蛍火はあぁ、と納得した表情で上を向いた。
そこには痺れを切らしたダルトの姿があった。
「いつになったら合図を送るつもりだ?」
蛍火はその言葉でやっと自分がこの亡骸を見つめ続けていたことに気付いた。
そして蛍火は自嘲するように笑った。
「別に何でもないですよ。唯、羨ましかった……」
蛍火の眼には明らかに羨望が見えた。殺した相手を羨望するなど普通ならありえない。
「何を羨望する?」
「何時か俺はあの娘を捨てなければならない。それが愚かしいことだと、醜いことだと知っている。
しかし、俺は契約を果たすためにあの娘を捨てなければならない。
出来れば捨てたくなどない。しかし、それ以外に方法がない。
俺はあの娘を捨てた時、罪の意識に苛まれるだろう。いや、すでに苛まれているのかもしれない。
だから俺はこの者のように裁かれたいと思っている。
しかし、今はまだ契約を果たしていない身。死ぬことは許されない。だからこいつが羨ましく思えた」
蛍火は未だに亡骸に羨望の眼差しを向けていた。
ふと漏れた彼の本当の心。
その心がダルトは許せなかった。
あの圧倒的な強さを取り戻せていない。その上、自らに後始末さえさせようとしている。
ダルトが望んだのはそんな蛍火ではない。
「ふんっ、そんな事言われずともいつかお前を殺しに行く」
だが、何故かそう答えてしまった。
理由などダルトには分からない。だが、それでもそう答えるべきだと思ってしまったからだろう。
その言葉に蛍火は穏やかに笑った。その胸中は感情が交じり合いすぎて蛍火にさえも分からなかった。
それでも蛍火は穏やかに笑った。
「頼む」
蛍火は穏やかに笑いながらダルトに背を向け、東の空から上がってきた半分の月を眺めた。
「俺が契約を果した時に■ に成っていなかったのなら、■■に囚われていなかったのなら頼む」
ダルトには重要な部分が聞こえてはいなかった。
Interlude out
一人一人埋葬して、返り血を流したらもう夜明けになっていた。
夜中には寮に戻るつもりだったんだが、やれやれ。レンを宥めるのに手古摺りそうだ。
覚悟を決めて寮の前まで行くと恐ろしい形相をした六人の女性がいた。
ついさっき決めた覚悟がすでに挫けそうになっている。
よし、うん。大丈夫。俺は何も疚しいことはしてないから。人殺しはしたけど。
恐る恐る。六人の前に行く。毅然としていればいい。大丈夫だ。
「蛍火さん」
エリザの今まで見たこともないようなイイ笑顔と、烈火の如き激情を押さえ込んだ凍えた声だった。
すみません。やっぱり無理です。
「昨夜は何処に行ってらしたんですか?」
「しっ、仕事がありまして」
「夜通しの仕事なんて珍しいね?」
メリッサの視線が突き刺さる。今まで受けてきた視線の中で一番痛い。俺は何か間違えたのだろうか?
「朝帰りなんて最低ねっ!」
この中で比較的怒りを前面に出しているリリィが朝帰りを強調して睨んできた。
リリィには悪いがこの中では一番楽な視線だ。それよりももっと恐ろしいのが。未亜だ。
すでに黒化している。あぁ、髪の毛が白になって赤と黒の縦ストライプの服を着ているようなに見える。
ゴーストとかの怨念よりもおっかねぇ。
「そういえば昨日、あんたが行くって言ってたとこにはあんたとそんなに年の離れてへん娘がいたな」
マリー。それは少し間違いだ。こちらでの登録年齢は十九だが実際は二十五だ。
だからそれなりに年の離れた娘が居たが正解。恐ろしくて口に出せないが。
「たっ、確かにそうですけど、しかしそこで夜は明かしてませんよ。何なら調べてもらっても」
「アリバイにはならないよ。口裏を合わせてるかもしれないもん」
アムリタ。何処でそんなに汚れてしまったんだ? 俺は悲しいよ。
「さぁ、きりきり吐き!」
六人が詰め寄ってくる。あぁ、これが浮気の疑惑をかけられている夫の気持ちか。
結婚もしていないのに味わいたくなかったな。
さて、ここら辺で遊びは終わりにするか。十分に楽しんだし。それにレンが気になるしな。
下手したら一睡もしていないなんてこともありえる。
「本当に何もありませんでしたよ。そもそも私が朝帰りしようとも恋人でもないあなた方には関係ないでしょう?」
仲間、家族、師弟関係。でも、どれも結局は他人でしかない。
いや、究極を行ってしまえば自分以外は全て他人だ。血の繋がった家族でさえもな。
ここで俺のことが好きだからだと言えるものは居ないだろう。
俺に好きだといってもらいたいというのもあるだろうが、それ以上に現状に満足している節がある。
いや、この関係を失うことに対する恐怖か。
唯一、いう可能性があるとするならばメリッサ。彼女はまだ大切な物を失ったことがないから。
しかし、彼女は何か切り出せる大きなきっかけでもない限り言わないだろうな。
「でも、蛍火さんが居ないと不安です。夜はまだ怖いです」
エリザらしからぬ弱々しい声。そうだったな。彼女達はまだ忘れられていないのか。
あやすようにエリザとアムリタの頭を撫でる。保護者失格だな。
「その事はすみません。ですが、この一週間は同じようなことが続くと思います。学園祭が始まるまでは我慢してください」
「その後はちゃんと夜も居てくれる?」
アムリタの普段は決して見せない甘えた声。本当にこの娘達は俺に依存している。
俺から離れることが出来るように準備をするべきか。
「えぇ、なるべくは」
出来ない約束はしたくない。それが例え相手を傷つけることになろうとも。
「ほら、それよりも朝食を食べましょう。一睡もしてないんで空腹なんですよ」
「一睡もしてないって、蛍火君。ご飯は後にして少し寝たら?」
メリッサが気遣わしげ言葉をかけてくれる。先ほどとは同一人物か?と思えるぐらいに変わっている。
やはりあの手は当分は有効か。
「大丈夫ですよ。後で仮眠を取りますから。それよりもご飯です。空腹で寝ることさえ出来ませんよ」
「そういえば、レンは起きてますか?」
「それが昨日夜から拗ねちゃって、今朝も起こしに行こうとしたら部屋の鍵が閉まっていたんです」
あー。そうなったら呼びに行くこともできんな。鍵は俺とレンしか持ってないし。
さてと、部屋に付いたがやっぱり鍵が掛かっている。はぁ、まずは空けるか。
やっと見つけて、鍵を開ける。ドアをいつもとは違い、音を立てて開ける。
「?…………」
ここでようやく目をレンが覚ました。
「…………!!」
5秒ほどして現状を理解。自分が怒っていた事に気づいて、すぐに布団の中に潜り込む。
拗ねているうちに眠ってしまったか。本当に微笑ましい。
俺はベットに腰掛け、布団から出ている髪の毛をゆっくりと撫でる。丁寧に丁寧に。
「昨日は帰ってこれなくてすみません」
精一杯の謝罪をレンに送る。この娘のためと思ってこの娘を蔑ろにしてしまった。
それはこの娘にとってはとても辛いことだったろうに、
俺はこの娘に対して初めて嘘をついた。帰ってくる。それは小さな嘘。
誰も気付かないような小さな嘘。レンの傍に何時までもいるという思いを込めた小さな嘘。
俺の帰る場所はここではない。もちろん、イム達がいるところでもない。
俺には平穏に過ごせる帰る場所なんて何処にもない。それは誰よりも俺が理解している。
この嘘がきっとレンを苛む時がくるだろう。けれどその思いだけは嘘じゃない。
「きっと、この一週間は今回と同じように帰ってこれないことがあると思います。
レンに構ってあげられないこともあると思います。けれどそれは決して貴方を無視しているわけじゃないんです」
レンが布団から眼だけを出してどういうこと?と聞いてくる。
「それはね。学園祭でレンと一緒にいっぱい遊ぶためなんです。今しておかないと当日一緒に遊べないんです。
だから、今は我慢してください。当日はいっぱい甘えていいですから」
その言葉で漸くレンは布団から頭を完全に出した。本当にこの娘は甘えん坊だな。
「ご飯の時、蛍火の膝に乗ってもいい?」
そういえばしたことがなかった。もう必要がないだろうと思っていたが違ったようだ。
「えぇ。いいですよ」
「ずっと手を握っててもいい?」
「えぇ」
「えーと、えーと」
レンは他の事を必死になって考えている。
甘えてもいいと言っているのに出てきたのは二つだけ。本当に欲のない子だ。
「今、必死に考えなくてもいいですよ。当日は出来る範囲なら何でも聞いてあげますから」
レンの頭を優しく撫でる。今、考えなくてもいい。
その日に思いついた順にかなえればいいのだから。
「うん。でも…………あのね」
レンは上目遣いをしながら頼んでいいのかどうか悩んでいる。気にしなくてもいいのに。
「言ってみてください」
「あのね。夜はずっと一緒の布団で寝ててくれる?」
その言葉に本当に驚いた。気付いていないものとばかり思っていた。
そうだよな。夜中にふと目を覚ますこともあるよな。
「えぇ、その日はずっと。朝のトレーニングも休んでレンが起きる時間までずっと横にいましょう」
「うん」
漸くかなったとレンは笑った。
こんな事で笑ってくれるのなら、こんな事で喜んでくれるのならもっと早く一緒に眠ってあげればよかった。
けれど俺の立場がそれを許さない。俺達の宿命がそれを許さない。
すまない、レン。お前と朝まで一緒に眠れるのはそれが最後になると思う。
あぁ、後どれ位、レンの傍にいられるのだろうか?
あぁ、後どれ位、レンに構ってあげられるのだろうか?
あぁ、後どれ位、レンの笑顔を見ることが出来るのだろうか?
願わくば、俺と別れた後も、レンが死絶えるその時まで、レンが幸せな光景の中で楽しく過ごせますように……
蒼牙
私のオリキャラではなくFLANKERさんの『リリカルなのは プラス OTHERS』のオリ主人公です。
詳しくなくとも大体知りたいのなら『"歪"なる者たちの戦』の参照を。
詳細は少し違いますが、私の方でもあれを本編に組み込んでいます。外伝扱いかな?
同じ境地にいながらも違う過程を歩んできた者達が出逢うというのは本当に意味のあることですから。
後書き
蛍火が忘れていたのは人間の醜さ。
蛍火の周りにいる全ては、本当に人としていい者達ばかり。
弱さを知りながらもそれでも前を向いている者達ばかり。
だからこそ、蛍火は人間の醜さを、弱さを忘れていた。
そして、蛍火は自らも人間であるが故に許せなかった。
今回、蛍火は初めて人殺しをしました。
今までも人は殺していますが、今回と今まででは決定的に違います。
それは読んで下さっている方が何よりも分かると思います。
大儀も理由もない殺人。言ってしまえば今の蛍火はムドウやシェザルに近いのです。
言っておきますけど殺人を正当化しているわけではありません。
ただ、人を殺すという行為も人らしいと言っているだけです。
今回は今まで一番酷いだろうなぁ〜。
さて、今回もさりげなく大切なものが……
しかし、どうして彼は気付けなかったのだろう。これが決定的な最後のチャンスだというのに、
あぁ、気付けないからこそ彼なのだったな(苦笑
観護(……蛍火君…………)
なんだ、蛍火が本当の殺人鬼に堕ちて凹んだか?
観護(凹まないほうがどうかしてるわよ。私のせいで)
一概にそうとは言えないんだが……
まぁ、やっと蛍火は人らしくなってきたということだ。感情で人を殺すなんてまさに人らしい。
観護(何もいえないわ)
やれやれ。
観護(ちらほらと重要な事が出来てきたわね)
まぁな。今回出てきたのは結構重要な事が多いから。
観護(なのに、何であんたは茶化すのよ!!)
すまん、なんかシリアスが続くとぶち壊したくなるんだ。癖かな?
それはさておいて、私としては久しぶりにレンの可愛いところを書けて満足なんだがな。
観護(レンちゃんも可愛いわね)
まぁな〜。今書いてる合作なんて(涙
観護(まだまだ、先の話じゃない)
そうだね。さて、次回予告。時間を色々とすっ飛ばして学園祭が始まります!!
観護(どんな学園祭になるのかは次回以降で)
では、次話でお会いいたしましょう。
うぅ、早く大河を活躍させたいよう〜。
龍との間にあった事は分かったな。
美姫 「そうね。でも、感情が出てきたと思ったら、それで人を殺しちゃうなんてね」
まあタイミングが悪かったというのもあるだろうけれどな。
ともあれ、次は学園祭かな。
美姫 「どんな風になるのか楽しみね」
次回も待ってます。