事件が起きた近くの村まで逆召喚でとび現地には歩きで行くしかない。

召喚魔法とは普通はそういうものだ。リコは赤の書を介しているから他の場所から招ける。

リコ単体が召喚魔法を使えば俺とさして変わらない。一度に送れる人数は変わるが……

観護があれば簡単だが補助無しで出来るほど俺の力は無い。まったく何もかもが中途半端だ。

 

 

 時刻はすでに黄昏。昼と夜とが交わり、群青と茜が混じりあうこの世界。

逢魔ヶ時か。

まさしくこの時間は魔物と出会うに相応しい。いや、すでに俺自身が魔物だな…………

 

 

 

 

第五十七話 忘れていた何か

 

 

 

 

 

 

 集落が見えてきた。造りなどはアルブの村と変わらない。

それと同じ人質事件。またしても誰かを拾うことになるのか?

 そんなはずもないか。レンみたいな存在がこの世界に何人もいるとは思えない。

 

「誰だ!!」

 

 集落に入った途端武器を向けられる。やれやれ懐かしいね。

 

「王国騎士団から今回の事件のために派遣されたものです」

 

 嘘ではない。今回の件は王国騎士団の命令でもある。フローリア学園からと言えば確実に追い返される。

 学生を寄越すなどと言えば、深く考えずとも反応は分かる。

 

 救世主候補と名乗れば別にフローリア学園から派遣されたと言っても問題にはならないが……

救世主候補だと知られた後の対処が面倒くさい。

 

「だとしたら何故お前一人なんだ?」

「斥候役ですよ。本隊はもう少し後出来ます」

 

 来るはずはないがな。もともと単独行動が認められているし。

 

「それよりも武器を下ろしてくれませんか? さすがにこの状態では肝が冷えます」

 

 俺の言葉に半信半疑ながら村人たちは武器を下ろしていく。

やれやれ、信用が無いね。まぁ、こんな薄ら笑いを浮かべた奴を信じろというのは無理か。

 

「ふぅ。さて、さっそくですけど現状と経緯を押してもらえますかね? それが仕事なんで」

 

 

「…………」

 

 沈黙が訪れる。

 村人達は顔を合わせあって俺をつれて行っていいのかを思考し、

 

「村長様のお宅でお話します。ついてきてください」

 

 答えが出て、案内についていく。

 

周りをがっちりと固めながら護送される。護られているわけではなくどちらかというと逃がさないためのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

護送されながら村の中を確認していく。

 やはり子供は一人としていない。

 

だがそれ以上に不可解なものがある。それは俺を囲んでいるのが若い男達だということ。

そして、男達から向けられる視線に憎悪、侮蔑、嘲笑が混じっている。

これは一波乱ありそうだ。

 

 

 

 程なくして村長宅に着く。

ありふれたといっては失礼だがこの村のほかの家と造りなどはあまり変わらない家に連れられた。

 

「貴方が王国よりの使者ですか。こんな辺鄙なところにわざわざ来ていただいて真にありがとうございます」

 

 村長が深く礼をする。

だが、何故だろうか? それを何時に無く不愉快に思えてしまうのは。

他者に嫌悪感を抱くなど俺にはかなり珍しい事象だ。

 

「いえ、それよりも状況をお話ください。事は一刻を争うのですから。」

「おぉ、そうでした。事の始まり二日前に遡ります。村の子供がそろって山に遊びに言っていたのです。

しかし、夕方になっても一向に戻ってこない。

 心配になった私たちは子供たちを捜索しました。しかし夜を通して探しても見つからなかったのです。

翌日も捜していたところモンスターと出会いまして子供を預かっている。返して欲しくば年頃の娘を差し出せと言われたのです。

 子供たちはもちろん娘たちもこの村にとっては大切な存在です。どちらも譲るわけにはいかない。

しかし、私たちでは太刀打ちできない。そこで王国に助力をお願いしたしだいです」

 

村長の説明は淡々としていた。

 なるほど。やはり不審な点が多いか。これでは矛盾点が多すぎる。その方が俺向けの仕事か。

 

 

…………本当に破滅側のしわざだとすると厄介だ。

それにしてもダウニーよ。自分の部下ぐらいちゃんと抑えておいてくれ。

 

 

 

 

「それで、本体のほうは何時になったら到着するのでしょうか?」

 

 ふむ、内に入りすぎたようだ。やれやれ。

 

「明日には到着すると思います」

 

 まぁ、明日までには解決できるだろう。

というよりは解決しないとまだ仕事が山積みなんだよな。はぁ。

 

「そうですか。今日はもう暗いですからな。のんびりされてはどうですか?」

 

 動くのは夜になってからだしお言葉に甘えてのんびりさせてもらおうか。

 

「すみませんがお世話になります。」

「では、すぐに夕食の用意をいたしますので」

 

 村長はそれだけで下がってしまった。

あっ…………今晩は夕食いらないって連絡入れるの忘れてた。

はぁ、レンがむくれるだろうな。

というよりもこの一週間はこれが続きそうだからずっとむくれられたままか。すまない事をしたなぁ。

 

 

 

 

 

 

 村長に出された食事はこんな辺境にしてはかなり豪勢なものだった。

作った者の腕も悪くなく満足いくものだった。

 

いつもの習慣で食後の一服にと外に出る。夜空には相変わらず星が瞬いていた。

 最近気付いたのだがこの世界での星座は元の世界のものとは異なっていたが星の位置についてはまったく同じだった。

 いや、もしかしたら俺にはそう見えているだけなのかもしれない。

 

 夜空に輝く七つの星々。俺にはそれが北斗七星に見える。

 仮想の北斗七星が俺を苛む。『護れない強さに意味は無い』。まさしくその通りだ。

護れない力など、護れない強さなど本当に無意味だ。

 

 レンを引き取った日から俺は一服するたびに北斗七星を眺めていた。思えばあの頃からすでに変わり始めていたのかもしれない。

 そして、あの頃から断罪されたかったのかもしれない。

 力を有しながらも護ることができない俺を。

 

 

 あぁ、思えば最初から間違えていたのかもしれない。

 先を知るが故に、この世界を現実ではなく何処かで仮想だと思っていた。

 この世界は現実で苦痛と辛さと残酷さと醜さを持った現実だと俺は認めていなかった。

 

 

 

 人の気配がする。戸惑いながらも距離を測っている。素人だ。

 

「どうされました?」

 

 言葉を駆けられると思っていたのか気配がざわつく。

そういえばよくこの一服しているときに人に話しかけられるな。それだけ気を抜いてるって事かね。

 

「そろそろ夜風が冷たくなってきましたから床の案内をしようと」

 

 男たちが俺を案内するように出てくる。

いずれも訝しげな表情をしている。まぁ、当然だな。

 

「随分と戸惑っているようですね。夕食に盛られていた毒が利かなかったことがそんなに不思議ですか?」

 

 男たちの気配が急激に硬化する。まぁ、そりゃそうだわな。

 

「きっ、気付いていたのか?」

「えぇ、さすがに不審な点が幾つもそろえば想像も付きます。それに結構スパイスが利いていましたからね」

 

 毒物特有の味が結構うまかった。なれるとあれって癖になるんだよね。今度試してみようかな。

 

「だっだが、全て平らげていたではないか!?」

「えぇ、美味しかったですよ。気付かれないように味を損なわないように毒を入れたのは尊敬に値します。

けれどそれでは少なすぎたんですよ。

 私を毒殺もしくは眠らせるには致死量の五十倍は用意してもらわないと初期症状すら現れませんよ?」

 

 致死性の高いものだったからな。だが、それでも俺を殺すには足りなかった。

俺が来て正解か。他の奴だったら解決できなかっただろう。

 あまりにも化け物的な発言に男たちに恐怖に身をすくめる。あぁ、そうだな。今のはさすがに引かれるか。

 

「さて、真相を話してもらえますかね? 明日も予定が詰まっていてますから」

 

 続いていった言葉に男たちはキョトンとする。やれやれ、もう少ししっかりして欲しいものだ。

 

「なんでだ? 俺たちはあんたを殺そうとしたのに。」

 

 今度は逆にこちらがキョトンとする羽目になった。本当に人は面白い。

 

「あははははっ、貴方たちで私を殺せるなら私はこの世にはすでにいません。

殺されかける程度で誰かに負の感情を抱くはずも無いでしょう?

それに、私は今死んでいない。なら、私がすべき事は? 答えは一つ。この事件を解決するそれだけです。

さぁ、早くしましょう。先ほどもいったとおり時間が惜しいものですから」

 

憮然としている男たちの中から村長が出てくる。村長の顔は表現しがたくなっていた。

失敗したことによる恐怖。それ以上の嘲り? そして安堵感。

そして俺の態度を不審に思う。それらが混ぜ合わせたようになっていた。

 

「こんな行いをした私たちを許してくださるのですか?」

「貴方たちの行いで私は何も損害を負っていません。許すも何も気にしてすらいません」

 

 その言葉に村長が深々と頭を下げる。本当に気にすらしていないんだけどね。

 あぁ、あの行いは許す必要すらない。だが、この嫌悪感は……

 

「ありがとうございます。貴方様達ならあの化け物たちをたちを倒せるのかも知れません。正直に全てをお話いたします。

 子供達がさらわれたのは本当です。しかし、私達はそのことを知り、

このあたりのモンスターのたまり場になっているところに若い者達が襲撃をかけたのです。

しかし、返り討ちに会いました。一人だけ伝言係として帰されたしだいです。

 本当の要求は助けに来る王国の使者達を毒殺、もしくは睡眠薬で眠らせて自分達のところのつれてこいとの事でした。

若い衆が殺され私達はいうことを聞くしかなかったのです。そうしなければ村を襲うともいわれていましたから」

 

 おかしい。若者が襲撃したにしてはこの村に残っている若者の数が多すぎる。分からない。敵の狙いが。

この村の者達を信じるのだとすればおそらく狙いは救世主候補だったのだろう。

それまでに派遣された王国騎士団の手に負えないと分かれば救世主候補達に回ってくるからな。

 いや、最初から破滅が関与していると考えて救世主候補が出されていたかもしれない。

 

 

 それにしても人が考えそうな作戦だ。けれどダウニー達はかかわっていない。

 なのに、獣達は人のような作戦を立てている。破滅の民が独自に動いている? それとも神が関与している?

それとも…………

 

「運ばなければいけないのならモンスターたちの居場所は分かるのですね?」

「えぇ、向こうの森のほうに洞窟がありましてそこをたまり場としています」

 

 洞窟ね。そんなところに襲撃をかけようとするなんて馬鹿だろ。

相手は篭城戦をしているのと同じだ。何の準備もせずに攻め入れば全滅は間違いないのに。

 向こうの森か。皮肉だねぇ。俺がそこに向かって走るっていうのは。

 

「分かりました。では早速いってきますね」

「なっ、本隊は明日来るのでしょう! なら、明日まで待たれたほうが」

 

 村長は慌てて俺を止めようとする。あぁ、そういえばまだ勘違いさせていたな。

 

「それは嘘です。本隊なんてありませんよ。最初から私一人です」

「それは、どういう……?」

 

 戸惑いを隠せていない。まぁ、非常識だわな。

 

「あぁ、そういえば私の名を名乗っていませんでしたね。私は新城蛍火です」

「……二人目の男性救世主候補……」

 

 村長の恐怖を必死に押し殺したような声が聞こえた。

もう、それ以上は聞こえなかった。自分の仮の名を名乗ったその時から俺は走り出していたから。

 

 駆ける。獣達が待ち構えている場所へと向かって。

 駆ける。向こうの森のほうへと向かって。

 その方向に見えるのは先ほどまで俺が眺めていた北斗七星。

断罪をしに、断罪をされに。

護れない強さ以上に護れない者には価値がない。あいつらと俺にそれほど違いは無い。あぁ、醜悪な。

意味の無い強さを持つ者が、価値の無い者が北斗七星に向かって駆ける。そのなんと皮肉なことか。

 

 

 

 

 

Interlude others view

 

 闇夜の中を駆ける。木々に紛れ、夜の闇に紛れ、星明りからすら姿を隠し闇と同化する。

今この時、彼は新城蛍火ではない。人ですらない。闇に生き闇と共にある殺戮人形。

 木々を駆けていると敵影と思わしき物を発見する。

 

 彼の思考が完全に切り替わる。これこそが彼の真骨頂。

 全ての思考を排除して相手を殺す思考だけで全てを埋め尽くす。

 声は不要。気配は不要。理性も不要。感情も不要。息をする必要すらない。

 

 

 彼が目標を捕捉。

彼の眼前にはリザードマンと思しき物。通常思考であるのならば彼は違和感を持ったかもしれない。

だが、今の彼は殺戮人形。余計な思考は必要としていない。

 

殺害方法を模索。有効攻撃は上空から奇襲、その後刺突による目の破壊。

その時開いた口に炎系魔術を発動させ内部よりの焼却という一連の無駄のない提案が頭の中に浮かび即決する。

 

 思考に従うように、木を駆け上る。そこに木々が揺れる音さえ無い。

 森林という三次元を有効に使えるこの場所こそが彼にとっての最高の戦場。

 彼が最も己の体術を再現しやすい場所。

 

 音もなく、気配すらなく木を駆け上り敵影の上空まで移動する。移動してきた勢いを殺すことなく地面に向けて枝を蹴る。

 着地と同時に敵影が驚愕の表情を示し、隙が出来る。

その隙に乗じ、小太刀で刺突を放ち、相手の目を穿つ。寸分たがわず目を抉る。

 敵影は痛みを押し殺し所持している剣を振り下ろそうとしてた。そこから緊急回避。

 

 

 彼の中で敵影の情報が更新される。敵影の強さはリザードマンで片付けられる程度ではない。

 

 再度彼の思考が殺害方法を再検索する。瞬きの合間に彼は敵を殺害する方法を見つける。

 

 即座にコートの内よりナイフを五本発射。次いで闇塗りの飛針を六本発射。

 敵影はナイフを剣によって弾く。その後に迫る飛針に気付き身を捻る。

だが、それでも残りの二本は敵影にぶつかる。そう、ぶつかるだけで突き刺さったわけではなかった。

 

 だが、飛針を避けたことにより敵影は姿勢崩していた。

それはほんの少しだが、その隙は殺戮のみに特化した彼にとっては十分。

その隙を魔力武器のバリエーションの一つ、炎系魔力鋼糸を射出。

暗闇の中で眩く煌めく一筋の線。それに気付き、敵影は動こうとするとその動きに合わせて鋼糸が動く。

その魔力鋼糸は敵影の剣を寸断する。

 

 

 敵影は突然の武器の破損に混乱中、その隙に蛍火は近づき、両の小太刀を引き抜き、

 

我流・奥義乃壱、鬼切)

 

 目標に防がれることなく我流・奥義乃壱 鬼切は放った。

 現在使っている彼の武器は普通の小太刀。その為に切断ではなく、内部に衝撃を浸透させることに重点を置いた。

 

敵影から口から血を吐き崩れる。蛍火は敵影から戦闘力の剥奪を確認したと思いきや、

 敵影は未だに呼吸をしていていた。

それはサラマンダーとしてあってはならないこと。

彼の予想よりも生命力、もしくは精神力が強いといって片付けられる事ではない。

 

 彼は構えを解いていない状態から腕を引き、

 

黄月・鷹刺突

 

 小太刀が雷を纏い炎系魔力鋼糸にすら勝るほどの輝きが生まれる。

 その輝きが眼にも止まらぬ速さをもって連続で放たれる。

 数える事さえできないほどに、光が延々と降り注ぐような光景。

 

敵影の体表に無数の穴をが生まれ、ビクビクと痙攣する。

それは明らかに自らの意思で行っている物ではなく、雷系の魔術を使用されたことによっての痙攣。

 

 

 痙攣が治まったのを見て、蛍火はやっと通常の思考に戻る。

 

 

(おかしい。これがサラマンダーだとしてもその精神力は強すぎる。

破滅が入り込んだと仮定してもこの最後まで戦おうとする意志の強さまでは引き出せない。

 というよりもこれではまるで武人を相手にしているように感じられた。

神の関与の可能性もある。しかし、それではあまりに弱すぎる。もう一つ可能性も有るが……

その可能性は捨てるしかない。しかし、それ以外には考えられない。

どういう事だ? あれがこの事件に関与しているのだとしたら説明が付かない)

 

 目の前の現状が極端におかしい事を追求しようと思考を駆け巡らせる。

 行き着く答えは幾つかあるのだが、明確な答えが出てこない。

 

 蛍火が知るあれは人質をとるなどという行為はしない。

 だが、彼はあれが関わっている可能性が高い事を目の前の死体で理解した。

 

(いや、待て。もしかしたら前提がおかしいのかもしれない。だが、今のところどちらも否定する材料がない。

 村長たちに教えてもらった洞窟までは後少しだ。この事件の真相が見える。

 あぁ、だが、この気配は…………間違っていてくれ)

 

 疑念に駆られながらも、考えている事を否定する為に彼は歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 それ以後も数は少ないが精鋭たちが立ちはだかった。

蛍火の最も当たって欲しく無い可能性が頭にちらつく為にそれらとの極力戦闘を避けて洞窟を目指した。

 

 

 

 

 洞窟を発見した。

蛍火はそれが間違いで無いことを確信していた。

洞窟からは人の気配、それも子供特有のものが感じられ、そしてそれ以上の威圧的な存在感を出ていた。

 

 威圧感を出しているものが最後ということになる。それがあれであれ、あれでないであれ。

 ここからは気配を隠す必要がない。洞窟の中で構えているのだから奇襲など出来ない。

出来ないこともないがそれでは子供たちが死んでしまう。それでは意味がない。

 

なるべく自然体のまま洞窟の中に入る。

罠の類はなかった。それはむしろ当たり前なのかもしれない。

ここまで威圧感を感じるほどのモノがわざわざ罠を用意する必要も無い。

そんな事をしなくても、雑魚なら簡単に踏み潰せるだろう。

そしてその気配は蛍火にとって覚えのある気配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 少し奥に入ると大きな空間に出る。この空間の天井は空いていて夜空に瞬く星が蛍火を照らす。

 星明りによって浮かび上がる目の前の大きな物体。

大きな翼、鈍色に輝く堅牢な鱗、全てを噛み砕かんとする獰猛な牙。

 

(あぁ、最悪の可能性が具現した)

 

 蛍火が最も外れて欲しいと思った可能性が突きつけられた。

 蛍火も実際は欲しいと思っていただけでそれが当たっていることを確信はしていた。

 だが、それでも尚、外れて欲しいと願っていた。

 彼は忘れていたから。それでも信じていたかったから。

 

 

 

 

 威圧感を放つ源。この世界において最も力を有する一族。ドラゴン。

それが今目の前にいる。

 

蛍火忘れていた。人として最良の者たちに囲まれていたから忘れてしまっていた。

人間がどれだけ醜い種族であるかを。人間がどれだけ愚かな種族であるということを。

蛍火はそれを嫌というほど味わってきたというのに。

 

「人よ。このような時間に我が領域に踏み入るとは随分と不躾だな」

 

 ドラゴン特有の見下す言葉遣い。書の精霊には及ばないがそれでも人と比べれば遠大な時間を生きた証。

 平凡な人であるのならば辿りつけぬ証。

 

「知らなかったとはいえ、そなたの領域に踏み込み荒らしたことについては謝罪する。申し訳ない」

 

 蛍火は礼儀正しくドラゴンに向け頭を下げる。

蛍火はドラゴンと争うために来たのではない。

そう、ドラゴンがここにいるという事、それがすでに蛍火にとって戦う理由を亡くすのに十分だから。

 

「ほう、人にしては随分と礼節を知っているようだ」

 

 驚きと嘲りの混じった声で蛍火を見調べている。

その様子に蛍火は微笑を浮かべる。

 

(あぁ、あの時と全く変わっていない)

 

 

「して、如何様な用件だ。我に用がないとはいえ、この場には用があったのだろう?」

「あぁ、この麓の村の子供を保護をしに来た」

 

 その瞬間。ドラゴンから強烈な負の感情が発せられる。

殺意、義憤、憎悪、憤怒。烈火の如く、人を焼き尽くすかのような感情の発露。

 

「幼き命を捨てるだけでは飽き足らず!! その残った命でさえも奪おうというのか!!」

 

 ドラゴンは大きく息を吸いこんだ。

 ドラゴン特有のブレス。それはキマイラなどよりもタチが悪い。

 灼熱を通り越し業火に等しく、零下を通り越し氷獄の風に等しく、疾風を通り越し暴風にも等しい。

 

全ての生命の支えたる木よ。この身潤したる木よ。我が前にありて全てを阻め! 風障!!

 

 蛍火は瞬時に前面に空気を圧縮する魔術を展開し、コートを着ている部分で肌が露出している部分をかばう。

 彼が着ているコートはドラゴンの中で最強といわれたドラゴンの翼膜を使ったコート。

 ドラゴンが使う、ブレスは効きにくい。

 そして、全面に張られた障壁は蛍火の身体に襲い掛かる空気を遮る。

 

 それ以上の獄炎と極冷に等しい物に焼かれていても彼の体の組成はまだ人。

 耐え凌ぐ事と、効かないは別物だ。

 

 

ドラゴンがブレスを吐く。青色に輝く冷たき風。氷獄の風が蛍火に吹き飛ばさん勢い降り注ぐ。

数秒という短い時間だが、だがそれでも蛍火の動きを固めるには十分だ。

 

ドラゴンはブレスを吹き終わる前にその爪を振り上げ、ブレスがやむ前にその爪は振り下ろされる。

 

蛍火は爪が振り降りてくる方向に体を転がしながら避ける。

 攻撃する気はなかったが、自己防衛はしなくてはならない。

蛍火は空中に足場を用意してドラゴンの頭に向けまっすぐに進む。

 

「笑止!」

 

 顔に近づく寸前にドラゴンはまた大きく口を開ける。その奥から業火の息吹。

 業火が解き放たれるよりも先に蛍火は腕をかばい、そのまま直進する。

 

 先ほどと違い、空気が彼の体を焼き付ける。

 

 彼はすでに第五の仮面を被れない。

 弱さを取り戻した彼は、大切な人を見つけた彼は、人に戻ってしまった彼は以前と全く同じ第五の仮面を被れない。

 一度壊れ、つぎはぎになってしまった第五の仮面を被って必死になって痛みに耐える。

 

 一度忘れてしまっていた痛みがまるで彼自身を責めるかのように、

 

 ブレスにかまうことなく蛍火は直進する。

その勢いを殺すことなく掌底でドラゴンの顎を打ちつけ、追撃はせずにそのまま着地する。

 

 

 

 ブレスに人が耐え切ったというあまりにも現実離れなことにドラゴンは呆然としている。

 

「話ぐらいは聞いてもらえないでしょうか? 糞ジジイ」

 

「まさか――――糞ガキ!?」

 

 

 

 


後書き

 さて、やっと四十五話でリリィ、未亜との会話の中で出てきたドラゴンが本編に出てきました。

 長かった(涙

 

 今回は蛍火の最初の姿、ミュリエル直属の諜報員の姿です。

 本来、蛍火は今までの時点で、運悪くこれとまったく同じ事件に遭遇したことがありませんでした。

 その為に、蛍火は忘れていたんですね。

 さて、何を忘れていたのかは次回ですよ♪

 

 今回はもう壊れてしまった第五の仮面がちらっとでてきました。

 もう彼が以前辿り着いた境地と同じ場所に立つ事は出来ません。

 当たり前です。彼はもう人に戻ってしまったのだから。

 それでも心を護る為に存在する継ぎ接ぎだらけの第五の仮面。

 第五の仮面は自分の心を傷付かないようにするための最後の防壁。全てを拒絶する仮面。

 ですが、求めてしまった彼はもう全てを拒絶できない。

 だから、彼は恐らく二度と第五の仮面を被れません。

 

 あぁ、きちんとドラゴンが出てくる意味はあります。無かったら出したりなんかしません。

 

 しかし、原作ではなんでドラゴンが出てこなかったのでしょう?

 ファンタジーといえばドラゴンは出てきて当たり前なのに……

 私なりの設定を加えた上で色々と次回で解釈を。

 

 

実はこの話の中でさりげなくとても重要な事が書かれているんですが……気付かれましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観護(あぁ、久しぶりにあいつに会ったわね)

 そういえば、君はあれと会っていたんだね。

観護(そうね、蛍火君が『最高の防具を取りに行くぞ』とか言って龍の巣を探し出して、

   喧嘩を売りにいったときは驚いたわ)

 普通はそういう行動はとらないわな。

観護(でも、どうしてあいつっていうかドラゴンがこの事件に関わっているのかしら?)

 ふむ、君も忘れていたのか、まぁ、君は最近出てきて無いし忘れていたのかもしれないな。

観護(何を忘れているのよ?)

 それは次回。しっかし、『なぜなに』に立てた新しい武器に関する意見が少ないな……

観護(今更、何言ってるのよ。あんたの知名度なんてかなり低いじゃない)

 まぁ、そうなんだがな……チャット仲間にも聞いたけどダメって事はなかったし。

 元のまま進めてみるか。

観護(でも、その場合。私の出番はさらに削られるのね!!)

 いや、その武器ほとんど最終血戦専用武器だから君と同じくらい出現頻度が低い。

観護(あんた、蛍火君を象徴する武器とかいっておきながら……)

 蛍火を象徴する武器だから滅多に使わないんだろうが。

 

では次の話でお会いいたしましょう。





糞ジジイに糞ガキと言い合う二人。
美姫 「このドラゴンは……」
おおっと、そこから先は次回を楽しみに待つべきだ!
美姫 「はいはい。それにしても、蛍火もとうとう第五の仮面を被れなくなったのね」
これからどうなるのかは分からないが、楽しみではある!
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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