学園長に与えられた一室で書類整理を行っている。

招待客のリストアップ、その招待状の作成、学園祭時の警備体制、破滅の動向。上げれば限がない。

 

本来、教員一人専用の部屋などはない。というよりは俺は正規の教員でもないのだが、

ついでにいうと救世主クラスに籍を置いているが学生でもなんでもない。実際のところこの学園には正式に籍を置いていないんだよな。

 まぁ、それは置いといて。さすがに、職員室での作業には無理があるので学園長に無理を言って空き部屋を一室借りた。

 一人静かに作業に没頭できる。そう思っていた。

 しかし、

 

「蛍火。これなんて読むの?」

「あっ、蛍火さん。休憩されますか?なら、珈琲淹れますけど」

「蛍火さん。今日のお茶請けは何にするの?」

「何で皆さんここにいるんですか?」

 

 そう、何故レンにエリザ、アムリタがいるのだ!? おかしいだろ!?

 

 

 

 

 

 

第五十六話 未だ戻らぬ心

 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉に三人とも首をかしげている。

何だ、その反応は? それでは俺のほうがおかしな事を言っているみたいだ。

 

「カルメルさんとフォルスティさんにはレンと一緒にお店を開くようにお願いしていたはずですが」

 

 すでに今日は店に出られないから二人に任せると確かに俺は言った。レンも連れて行くようにとも言った。

なのに何故ここにいる。

 

「あははっ、蛍火さん。それは無理だよ。店主が居ないのに僕たちだけで店を開けるなんてお客さんに失礼だよ」

「リタの言う通りです。あのお店に来るのは蛍火さんが淹れる飲み物が目的の方が殆んどですから。

私たちじゃ蛍火さんの味は再現できません」

 

何故自信満々に自分達を卑下する? そこは間違っているだろ?

 何があっても大丈夫なように二人には淹れ方の極意、豆の配合率まで教えているんだが。

ついでに仕入先とか経営の仕方とか本当に色々。

 

「お二人なら大丈夫だと思うんですけど」

「あのお店は蛍火さんがいて成り立つんですよ。蛍火さんの居ないあのお店は私たちが開いているお店じゃないです」

 

 明確な拒絶を示されてしまった。別に俺が居ないだけで変わってしまうなんて事はないと思うんだが。

 

まぁ、本人が納得できないのなら今は無理か。

その内、エリザとアムリタには、いや願わくばレンも含めた三人にあの店を普通に経営できるようになって欲しい。

 

「そこまで言われたならどうしても店を開けろなんていえません。ですが、レンのことはどうするつもりなんですか?

恐らく今日も遊びに誘おうとしてくれている子が居るはずですよ」

「レンちゃんの意思を尊重してるだけだよね?」

「蛍火と一緒に居る」

 

 当たり前とばかりにレンは俺と一緒に居ると言った。

保護者として喜べばいいのか? それとも外を見てくれないと嘆けばいいのか?

 年頃の娘の考えていることは理解できない。こういう時、女性の保護者が居ないことが恨めしく思う。

 

エリザやアムリタには相談できない。彼女たちは望んではいないだろうが俺の扶養者だ。

つまり、彼女達の相談相手であり保護者である。

 だからこそ相談できない。ならいっその事一児を育てた学園長に相談するべきだろうか?

 それもなんだか普通に当てはまらない気もするな。

リコやイムは長いこと生きているから相談には適しているかもしれないが育児経験があるのか分からない。

 子供は生んでいないが育てた経験ぐらいあるだろうロベリアが一番相談相手に相応しいかもしれない。今度、聞いてみるか。

 

子育てに悩みつつも仕事はきっちりとこなす。といっても同じ文章を人数分書くだけなのだが。

こういう時は文明の利器というものがほしいと思う。というか活字印刷はあるのに何故こういうときは使ってはいけないのだろう?

理不尽だ。

 

 

 

 

コンコン

「失礼します」

 

 ノックが聞こえた後、返事も待たずに人が入ってきた。ノックをする意味はあるのだろうか?

 ドアのほうを見るとメリッサ以下数人の調理科の女の子たち。

最初に話しかけてきた女の子はいないな。まぁ、あの子は大河のほうを狙っているみたいだから俺には関係ないか。

 

「蛍火君。企画書出来たから見てくれる?」

 

 メリッサのいつもと変わらない態度に少し苦笑してしまう。これでも臨時で、学園祭のみの責任者なんだがな。

 それにしても説明会から二時間ぐらいですでに出来上がったか。

調理科の結束力が高いのか、リーダーがしっかりしているのかは分からないがこちらとしてはありがたい。

調理科全体に加点をしておくか。

 

「では拝見させてもらいましょう」

 

 企画書には喫茶店を開くと書かれている。そして場所は予想通り食堂か。

それ以外には喫茶店ぐらいしか調理科で出来ることはないよな。おっとこれは偏見か。

 予算自体はいつも食堂で使っている業者に後払いか。それも一つの手だな。しかも使う場所は食堂。

一から用意しないでいいから予算がかさむことはない。

 

 しかし、このままでは華がないな。ん? 女子は全てネコ耳装着でメイド服とあるがキュリオやファミーユの真似事だろうか?

それもいい事か。それに軽食のメニューも充実している。一日中対応できるようになっているな。

 基本をしっかりしつつ抑えるところは抑えている。いい企画だ。

 

 衣装提供は服飾科か。しかもグループでと申請している。おそらく他の学科の衣装も服飾科がするのだろう。

服飾科の中での争いをしているのか。いい事だ。

 となると他の補助に回りそうな学科も同じような事をしているかもしれないな。

ご褒美はメインをした学科分しか用意していない。裏方に回った分の事をまったく考えていなかった。

 ここは最優秀の裏方にもご褒美を出さないといけないな。何にするか。

 

 俺も相変わらず詰めが甘い。

 裏方の最優秀賞を決めるためにもアンケートを書き直さないといけないな。

まだ原案しか出来ていないからよかったものの、直前だったのなら手遅れになっていたな。

 ここの学生が優秀で本当に助かった。

 

 

 

 

 

「分かりました。この通り申請しておきましょう」

「蛍火君。他に何かないの? それと出きれば手伝って欲しいな」

 

 調理科の女の子全員が期待した目でこちらを見てくる。純真な目にしか見えない。この学園でよくその状態でいられたな。

 

「何もありません。ここで助言をしたなら他のクラスにもしないといけないことになります。

それに手伝うことも出来ません。配布したプリントにもあるとおり教員には助言以外の事を求めてはいけないことになっています。

責任者である私も当然、教員と同じ位置づけですので無理です」

「そっか、残念」

 

 さほど期待していなかったのかメリッサ達はあっさりと引き下がった。

まぁ救世主クラスの出し物で忙しいかもとは考えていたのかもしれない。

 

 

 

 用事は終わったはずなのにメリッサ達は出ていこうとしない。というよりもこの部屋を物色している。そんなに珍しいかね。

 まぁ、一番に企画書を持ってきたご褒美でも上げるか。そうでもしないと日が暮れるまでいそうだしな。

 

「これから珈琲を淹れようと思いますけど飲んでいかれますか?」

「あっ、お願いね」

「お願いします」

 

 メリッサは最早当然と。他の娘たちは目を爛々と輝かせてこくこくと頷いていた。そんなに珍しい物でもないと思うんだが。

 それにしても本当に純粋だなぁ。ある意味レンとタメを張れそうだ。

 

「カルメルさん。砂糖とミルクは置いてありましたっけ?」

「大丈夫です。道具も全部用意してますからカフェ・オレでもカフェ・ラテでも出来ます。」

 

 準備がいい。有り難いことだ。秘書やそれに類する仕事で能力を発揮するタイプみたいだ。

議長のところに紹介しておいたほうがいいだろうか?

 

さすがにこの人数分を一度に作ることは出来ないな。来客の分を先に淹れるとするか。さて、配合はどうするかね。

俺専用の配合でもいいんだがあれはブラック専用の配合だしな。ミルクとは相性が悪い。

 ふむ、ここはやはり店で出しているブレンドと同じものにするか。

 

 

 

 

 

 

 さて、出来上がった。香りは、まぁまぁの出来。

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 赤くなりながらも珈琲カップを受け取る女の子たち。はて? 今日はそれほど暑くはないはずなのだが。風邪か?

 彼女達の事を気にしながらも自分達の分も用意する。しかし、彼女たちは一向に珈琲に手をつけようとしない。

 

「みんな冷めちゃうよ。」

でっでも、ほら、滅多にないし。蛍火さんの淹れた飲み物ってすごいことだから。」

「そうかな?」

「あんたはいつも飲んでるからわからないと思うけど、蛍火さんってやっぱり私たちには憧れの人だし、雲の上みたいな存在なの。

そんな人が淹れてくれた珈琲なんてもったいなくて中々飲めないのよ!

 

 なるほど、何とも乙女チックな理由だ。まぁ、ここは聞こえなかったように振舞うほうがいいか。

そこまですごい人物でもないんだけどな。

 ん、こっちも出来たか。さて、一息入れるか。

 

「あっ、お邪魔してる私たちが言うのもなんですけど休憩してていいんですか? お仕事大変なんじゃ」

 

 女の子たちの一人が心配そうに、そして申し訳なさそうに聞いてくる。なんともまぁ、いい子だな。

 

「一区切り付いてますから、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

「いっ、いえ」

 

 ありきたりな返事をしただけなのだが女の子は赤くなってしまった。もしかして笑顔を貼り付けたのがいけなかったのだろうか?

 その答えが正しいとばかりに四人から痛い視線が突き刺さる。ついでその女の子以外の娘から羨ましそうな視線も来る。

まったくなんでかねぇ。

 

「せっ、責任者に選ばれるってすごいですね。そういうこと任されちゃうあたり蛍火さんてすごいです」

 

 さっき話しかけてきた娘とは違う娘が話を続けようとしている。

 

「そうでもないですよ。この企画自体が私の我侭ですから。その責任を取らされているだけです」

「なら、尚のことすごいですよ。我侭を通せるぐらいに信じられていて、その上でみんなに認められるなんて」

 

 一応誰にも損はないように計画したからな。というよりも利益のほうが大きい。

 この娘達はこれが鎮魂際だって知らないからこう言えるんだろうな。本来のことを知ったらこんなに楽しそうに出来るはずもない。

 それに俺はそんなにはやし立てられるほどすごくなぞない。俺は大切なものを一つとして護ることができない。

 その子が幸せになるようにしてやることさえできない。愚かで、弱くて、意気地のないどうしようもない奴だ。

 おっと、この考えは新城蛍火らしくない。考えるのはヤメだ。

 

 結局、一、二時間居座られた。

別に仕事が進まなかったわけではないのだが……

ついでに言うと企画書を持ってきた新しい娘が続々と増えその度に珈琲を出す羽目になった。

その間、四人から人を殺せそうな視線を絶えず送られ、生きた心地はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 企画書の整理も終わったが一息つく暇もなく次の仕事に向かっている。さすがに面倒くさいな。

 自分で始めたことで約束したことだからこなすしかないんだが。

 さて、今目の前には典型的な貴族屋敷。これから謁見をしなければならないんだが。

これが一般的な貴族の住む屋敷なら楽だったんだがな。ここは別格だ。

 だが、ここを最初に訪問しないことには失礼だからな。まったく礼儀正しい自分の性格が恨めしい。

 

 

 

 

 門番に来たことを告げようと近寄ると笑顔だけで通される。

元々顔パスだが今回は仕事で来たんだから正当な手続きをして欲しいものだ。

 それでも俺が来たことはちゃんと通っているのだから不思議だ。

 庭園を抜け、屋敷の前に立つ。タイミングよく扉が開く。はぁ、身構えておかないとな。

 

「蛍火様!!」

 

 扉が完全に開くと同時に人影が俺にせまり抱きついてくる。変わらんなぁ。

 

「この日を一日千秋の思いでお待ちしておりました」

 

 女性が俺の胸板に鼻をこすりつけるように甘えてくる。ついでに胸が当たる。

いや、こういうのは本当に慣れてないんだ。

 イムもレンも胸は薄い方だし。

 

「お嬢様。そのようなはしたない真似をされては家名が傷つきます」

「お父様も蛍火様相手ならかまわないとおっしゃってますわ」

 

 あのくそじじぃ。面白い事好きなのは知っていたが。俺をからかうのがそんなに楽しいのか?

 

「それにお嬢様。私は様付けをされるような身分ではありません。以前のように呼び捨てになさって下さい」

「もう、蛍火様はこの屋敷の執事ではありませんわ。それに将来の良人を呼び捨てになど出来ませんわ」

 

 そこら辺の羞恥心は残っているのかお嬢は顔を赤らめて問題発言をした。

 何だと!? おい、ちょっと待て、一体何処まで話が勝手に進んでいるんだ!? あのじじぃ、マジで何考えてやがるんだ?

 

「しかし、私とお嬢様では身分が違います」

「蛍火様なら望めばすぐにでも爵位は手に入ります。身分など気にする必要はありません」

 

 いや、たしかに簡単に手に入るけどさ。

 何人か脅せば簡単に爵位を譲ってくれるくらいに上の人とは仲がいいのですよ。

 

「しかし、お嬢様」

「蛍火様。貴方様はもうこの屋敷の執事ではないのです。ですからどうか名前で呼んでください」

 

 まったく、困ったお嬢だ。それは俺が一番忌避していることだと言うのに。

なぁ、議長。あんた確実に娘の育て方間違えてるぜ。あぁ、奥さんの影響か……

 

「いえ、私にはお嬢様を名前で呼ぶ覚悟がまだありません。その覚悟が出来たときまで待っていただけませんか?」

「はっ、はい!!」

 

 お嬢は向日葵のような晴れやかな笑顔で頷いた。というよりも寒椿か? 赤くしながらも満面の笑み。まぁ、どっちでもいいか。

 それしてもたぶん失敗したな。これじゃ迎えにいくまで待っていてくださいといっているようなものだ。

なんでこんなロマンチックな言葉がデフォで出てくるのだろう? それは大河の設定のはずなのにな。

 

「ふふっ、蛍火様。早くお父様のところへ行きましょう」

 

 お嬢に左腕を組まれそのまま議長の執務室つれられた。

いつもなら私室に通されるのだが、そこはふざけてはいても仕事と私用は分けてるってことだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 漸く来たか。遅かったな。あぁ、お前も一時でも蛍火君と一緒にいたいとは思うだろうが今日は仕事なんだ。すまんな」

「もう、お父様。それぐらいは分かっています!」

 

 少々、怒りながらもお嬢は部屋を出て行った。俺でもわかるんだから父親であるあんたももう少し気を使ってやれよ。

相手は年頃の娘だぜ。

 

「まず、夕方という時間に訪ねてしまってすみません」

「はははっ、私たちの間に気遣いは無用だ。気にするな。そうだ。ついでだから久しぶりに夕食を共にしないか?」

 

 この気さくな雰囲気、変わっていない。いや、雇用者と共に食事をしようと提案するのだから変わり者か。

 あぁ、でもあの頃が少しだけ懐かしい。お嬢が俺に興味を持ってこの屋敷に来たときの議長の奇行は、

 

「まだ、全て終わっていませんから」

「ふむ、残念だ。それで順調かね?」

「えぇ、フローリアの学生は優秀ですから。もう、企画自体は決まっています。その報告書です」

 

 懐から丸めてあった書類を取り出す。もちろん異次元ポケットからだ。

 

「君はやはり優秀だな」

「まさか。学生が優秀だからですよ。それと議長が案が上がってすぐに可決してくださったお陰です」

「何、鎮魂祭ならば国を挙げてしなければならんだろう?」

 

 本当かね? まぁ、それはどうでもいいことだ。本当に苦笑を返すしかない。

 

「さて、仕事の話はこれで終わりだろう?」

「えぇ、もうありませんが」

 

 なんだろう。嫌な予感がする。命にかかわることはないがそれでも何かとても大変な。

そんな気がしてならない。逃げるか?

 

「それで娘はどうだった? 今日始めて抱きつかれたんだろ?」

 

 わざわざ俺に聞くなよ。というかやっぱりあんたの差し金かよ。似つかわしくないと思った。

 というか以前俺が屋敷に来たときの俺を認めなかったときの姿は何処にいった!?

 

「驚きました。お嬢様らしくない行動だと」

「父親の私が言うのもなんだが育っているほうだ。ほれほれ、男らしく感想を言わんか」

 

 それは男らしいのか? というよりどうやって知ったんだ? 一緒に風呂に入っているわけじゃあるまいし。

本当に親ばかだ。……俺は違うぞ?

 

「驚きで何一つ分かりませんでした」

「つまらん。まぁ、娘はそれだけ君のことが好きだということだ」

 

 はぁ、俺が働いていたときから少々憧れに似た感情を抱いているとは思っていたがどこで暴走したんだ?

 

「お嬢様には許婚がいると以前議長に自慢されていたと覚えているのですが」

「あぁ、もうそれなら解消した。気にする事はない」

 

 そんな簡単に解消できるのか? 市民ならともかく名家同士の婚約だろ。よく相手方が解消を認めたな。

 

「この世界は女性優位だということを忘れたのか? 娘が拒めば相手は引くしかないんだ」

 

 あぁ、そういえばそんな設定があるということを忘れていたな。

そうだよな。賢人会議の議席に座っているのも実は七割が女性だもんな。

 その中で男が議長を勤める。相当な苦労と実力があったに違いない。まったく敵にはしたくないね。

 

 

 

 

「娘もいっていただろう? 名前で呼んでやったらどうだ?」

 

 まさか、ただの一発キャラの名前をどうやって呼べというんだ。

 あれ? また変なもの受信したな。もしかしてこれって代償と何か関係あるのか? だとしたら嫌だなぁ。

 

「第一に身分が違います」

「君が望めばすぐにでも用意するぞ。それに救世主候補という身分だけで十分貴族とつりあう。

その上革命者の称号まで手に入れているんだ。反対するものはおらんよ」

 

 たしかにそうかもしれない。救世主候補。それは人々の羨望をよせ、人々の希望たるもの。それがこの世界の認識。

 

「そうかもしれません。しかし、私自らの手で手に入れたものではありません」

「革命者の称号は間違いなく君の手で手に入れたものだ。それに最強の救世主候補と褒め称えられている。

それは君の手で手に入れている。その事は誰もが認めている」

 

 ここにきても最強か。はっ、最強ね。

 

「その言葉は嫌いです」

 

 俺に最強という称号は相応しくない。こんな俺に、

 

「それはすまん」

 

 議長がいたたまれないといった表情で謝ってくる。

 あぁ、俺はまた、俺に戻っていたのか。

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

「話を元に戻すが、何時になったら娘を嫁に貰ってくれる?」

 

 話題を明るいものに戻したいのか議長はふざけながら話しかけてくる。

 諦めてくれ。

 

「無理ですよ」

 

 それは揶揄でもなんでもなく不可能だ。

俺が誰かを背負って生きていくなど、俺が誰かと支えあって生きていくなど不可能だ。

 俺は闇に一人彷徨いながら生きるもの。人の闇を知り人の闇を喰らいながら生きるもの。

命を狙われることもある。そんな状況をお嬢が感受しながら生きていけるなど思えない。

 

 

「お嬢様の隣を歩くには私は汚れすぎています。光を放つ存在であるお嬢様に闇に属する、いえ闇そのものである私には辛すぎます。

例え私がお嬢様に好意を抱こうと私が彼女と結ばれることは出来ません」

「それはラプラスの事を言っているのか?」

 

 はっ、さすがは議長。そこまで筒抜けだったか。しかし、それだけじゃない。白の主のことも言っているのだ。

 

「そうですね」

 

 潔く認めたことに議長は驚きをあらわにしている。

みっともなくも白を切りとおすとでも思っていたのだろうか?

 

「君がそんなに簡単に認めると思っていなかったよ」

「別に認めたところで私に損害はないですからね」

 

 人殺しの肯定。議長はさらに戸惑っている。彼は勘違いしていたようだ。

俺の本質は優しさであり、誰かの命令で嫌々やっていたと。

だが、それこそ大きな勘違い。

 

 確かに俺は学園長に説得を命じられていったが殺したのは俺の手であり、俺の意思だ。

 そして議長相手に認めたところで損害はない。

これがマスコミなどだった場合は困るが、議長はこの戦争が終わるまで公表する事はない。

 俺が人殺しであるということが知られたことによって今まで俺が気付いてきた人脈や信用などは地に落ちるだろう。

俺は別に気にしないが。

 俺が人殺しと知られる。それは想像以上のデメリットが生まれる。

俺が人殺し、いや殺人鬼だと知られればここまで上がった士気が堕ちる。

自らの命とこの国の命運を捨てることになる。

 俺が殺人鬼だと知って公表するのは愚か以外の何者でもない。だからこそ、この聡明すぎる議長はそれを公表するはずがない。

 

「そうだな。しかし、それでも娘は君を欲するだろう。そして私は君が欲しい。

今は忙しいから答えなくてもかまわないが戦争が終わったなら頼むよ」

 

 この人も俺と同時に闇を知っている。そして闇を征してきた。

だからこそ俺が欲しいのだろう。娘には何も教えずに。

 

「それも無理ですね。例えお嬢様と結婚しても私がすぐに捨てられる自信が私にはあります」

「娘は君を本当に好いているのにか?」

 

 だからこそ。だからこそ俺はお嬢に、いや俺に本当に恋愛感情を向けている相手に捨てられる。

それは例え誰であったとしても。相手が人である限りほぼ服されない事実。

 

「私は誰かを好きになれない。私はきっと誰も愛せない」

 

 俺は弱いから、誰かを好きになって溺れられない。

 一度溺れてしまえば俺は際限なく溺れてしまう。きっとそこから抜け出せなくなってしまう。

 それではダメだ。それは俺じゃない。

 だからこそ、俺は誰かを愛せない。誰かを愛さない。

 

 レンという一人の例外を除いては。

 

「どうしてだ?」

「そうですね、私は私が大嫌いだからですかね。昔誰かが言っていました。自分を好きになれない者は他人を好きになれないと。

だから、きっと私は誰とも結ばれない」

「…………そうか。なら私は待つとしよう。君がもう一度その感情を手に入れるその時まで。

そしてその時には娘を貰ってもらうとするよ」

「死ぬまでその時は訪れないかもしれませんよ?」

 

 もう一度などというが、すでに俺は取り戻している。

 その上で、俺はもう誰も愛さないと決めた。

 

「未来は誰にも分からない。だから、待つのは悪いことじゃない」

 

 その言葉には希望と願いが込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙を破るかのように鳩が一匹室内に入り込んできた。ふむ、俺の用事か、それとも議長の用事か。

 鳩は室内を飛び回るのをやめ議長の肩に止まり、その足にくくりつけてあるものをはずした。

 

「君に用事のようだ」

 

 議長に差し出された手紙を手に取る。

 ……やっぱりか。コーギュラント州にて人質事件発生か。面倒な。

それにしてもよくよく俺はあそこの州とは縁があるな。前は虐殺、今度は人質事件を解決か。

 

「行くのかい?」

「えぇ、それが仕事ですから」

 

 この一週間限りこの王国全てを守る。それが俺の仕事。

 

「死ぬなよ」

 

 いつになく厳しい態度で頼むような言葉を駆けられた。らしくない。

 

「えぇ、死ねませんからね」

 

 すでに用意しておいた召喚陣を敷き、行き先に最も近い場所に逆召喚するようにする。やれやれ、本当にハードだ。

 

 

 

 


後書き

 

 今回はちょっとした話。

 彼が人を好きになれない理由。

 それは結局、彼の弱さに起因していました。彼は何処までも弱いから、人を好きになれない。

 でも、もう好きになってしまった。因果な物です。

 好きになったら溺れてしまうと分かっていたのに溺れてしまった。

 

 

うぅ、大河の活躍が少ない。

 文化祭編が終わったら、かなり活躍するのに……

 

 

 

 

 

 

 

 お帰り

観護(ただいま。久々に蛍火君に使われたわ)

 あぁ、そうだろうな。前に使ったのが四十一話。君は他の召喚器に比べて極端に使われないからな。

観護(うぅ、なんでよ。こんなに便利なのに)

 それは最初だけだぞ? 他の召喚器は成長するけど君は成長しない。

 後半になるほど、使えなくなる武器だ。詳しくは後に出す設定で。

観護(そんな設定捨てなさい!!)

 決定済み。それと浩さん、またしてもすみません!!

 貴族の屋敷なのにメイドを出せなかった! 結構重い話だったんで出す暇がなかったです。

観護(メイド好きのアンタが出さないなんて可笑しいと思ったけど、きちんと理由があったのね)

 あぁ、今回は出すわけにはいかなかった。けど、その内、また出す!!

観護(節操というものを知りなさい!!)

 みぎゅ!?

 

観護(次回は蛍火君一人の任務。本来の蛍火君の姿)

 さてさて、いったいどんな話になるのやら。では、次の話でお会いいたしましょう。





……なんでだー! お屋敷、貴族、しかもかなりのお偉いさん!
なのに、出迎えがその屋敷のお嬢様!? そんな事が許されるのか!? いや、許されまい!
何故、何故、メイドが、メイドが出ないのぉぉぉ!
こうなったら、学園祭を俺が乗っ取って、メイド喫茶を……ぶべらっぼげぇぇっ!
美姫 「あまりの剣幕に中々突っ込みを入れ難かったわ。と言うか、最低でも五話は復活しないはずなのに」
……う、うぅぅ、酷いよ美姫ちゃん。
それに、五話は復活しないってどういうこと?
美姫 「さあ? 蛍火がそんな事を言ってたんだけれど」
じゃあ、勘違いしたのか失敗したんんじゃないかな?
美姫 「アンタが想像以上に化け物だったとか」
いやいや、よくよく考えてみれば、メイドのお陰だよ、うん。
美姫 「いや、出てきてないんだけれど?」
だからこそ! ……ぶべらっ!
美姫 「ごめん、つい」
う、うぅぅ。と、ともあれ、学園祭に向けて生徒たちも頑張っているみたいだな。
美姫 「蛍火も頑張ってるわね」
次回はどうなるのか。
美姫 「待ってますね〜」



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