俺はさっきから厨房から出られないでいる。

五人の話はこちらに筒抜けなのだが…………そういうことをまったく考えていないのか結構大きな声で話している。

 やれやれ、どうしたものか。

 

 

 

 

第五十一話 蛍火の一日 夜

 

 

 

 

 

 それからも雑談が続いたのだが――――そろそろ話が違うほうにそれてきたな。

 

「お菓子出来ましたけど、食べますか?」

「おっ、やっと出来たか。遅いで」

「そう言わないで下さいよ。美味しい物を作るにはそれなりに時間が掛かるんですから」

 

 美味しい物に手間暇を惜しんではできない。といっても持て余す時間は結構あるのだが。

 

「それもそうね。マスターの作る料理は時間かけたものが一番おいしいもの」

 

 イムのさらっと言った爆弾発言で場が硬直する。まぁ、確かにガルガンチュアでもかなり手の込んだ料理を作っているが。

何もわざわざここで言わなくても、

 

「へぇ、蛍火さんの手料理を食べたことがあるような事を言うんですね」

 

 エリザが頬を引く尽かせながら何とか言葉にした。もう少しで破裂する。

イム、これ以上ここで騒ぎを起こさないでくれ。俺はこの場所でだけは平穏でいたいんだ。最後の場所を奪わないでくれ。

 

「別に不思議なことじゃないでしょ? 私とマスターの関係は深いんだから」

 

 イッ、イム!? 何故ここでそんな発言を!? いや、たしかに肉体関係とか契約状態とかはかなり深いですけど!?

 

「へぇ」

「あははっ」

「くすくす」

 

 マリーはもう、喧嘩なら買うぞって感じだし、アムリタは笑っているが腹のそこでかなり黒い事を考えていることが眼を見れば理解できる。しかし、それ以上に恐ろしいのがエリザだ!!

俺がレンと一緒に寝ていたのを見た未亜並みにヤバイ!! マジでヤバイ!! 

怖いもの知らずの俺が恐ろしいと感じるぐらいに恐ろしい!!

話を逸らさないと、俺が死ぬ!

 

「仕事上の都合で泊まることもありましたからその時に手料理を」

 

 ふふっ、完璧な理由だ。これで抑えられるはず。ついでに過去形にすることで今は無いと勘違いさせることも出来る。

大丈夫なはずだ。大丈夫だと思いたい。大丈夫だよね?

 

「たしかにそうですね。けど、なんでイムニティさんは蛍火さんをマスターって呼んでるんですか?」

 

 今度はそっち!? しかもエリザの視線がかなり痛い。うぅ、俺は人をかなり殺してるけどそんなに悪いことはしてないぞ。

――――ここは曖昧にするのが一番だね。

 

「私はここの何ですか?」

 

 俺は指を下にさしてこの店を揶揄する。

 

「お店の店主?」

 

 アムリタ、惜しい。俺が今言いたいことは。

 

「マスターです。この前、それを話したらマスターって読んでくれってイムに冗談で言ったら常からそう呼ばれるようになっただけです」

「――の割には、イムニティさんの呼び方に感じる響きが、大河さんをマスターって呼ぶリコさんにそっくりなんですけどね」

 

 エリザがにっこりと追求する。くそ、何て鋭いんだ。

 

「知りませんよ。それに人によって全ての事柄は違うように感じ取れるんですから。それにどうしてそこまで気にするんです?」

 

 上ずっていませんように。大丈夫だ。ちゃんと言えた。それに最後の台詞で終わるはずだ。

ここにいると言うか俺に好意を抱いているものの大半は相手に告白されたいと言う乙女チックな考えを持っているものが多い。

だから、こういわれれば引き下がるしかないはずだ。鈍感な振りが功を奏するよ。

 

 

 案の定、三人は黙った。元々、ロベリアは俺がイムと契約しているのは知っているから追求する事はないだろう。

だが、俺がイムと本契約したことだけは黙っておかなければ。

 

 

 

 

 

 

「あの、蛍火さん。もう少し、レンちゃんを甘えさせてあげてもいいじゃないかな?」

 

 お茶をしながら雑談をしていたら、先ほどのことで俺はアムリタが注意をしてきた。

さすがに今まで見てたから心配なのだろう。

 

「いえ、甘くするだけでは自分の考えを持って行動できる大人になれません。それに私に懐いてばかりだと世界を知ることが出来ません。

子供時に多くの物を見ていなければ成長して視野が狭くなってしまいます」

 

 多くの物を見ないと考え方が硬くなってしまう。それは避けたい。

 

「でも、まだ甘えたい年頃だよ」

「だからといって、甘えさせるだけではいきませんよ。それに甘えさせることは私の役目ではありません。

私はレンに将来、何にでもなることができるように色々なことを教えるだけです。

あの子が自分で選べるように可能性を広げてあげる。それだけです。甘えさせるだけではそれは決して出来ませんから」

 

 時に突き放すことも重要だ。期待するのも厳禁だ。それは負担にしかならない。

その道に突き進もうとするのなら応援するだけだ。

 

「子供は何も知らないからこそ、多くの可能性を秘めている。

なら、その可能性を多くでも残してあげたい。広げてあげたい。保護者代理としてね」

 

 あの時こうしていれば――――では遅いのだ。そして、勉強以外でも大事なことはたくさんある。

人の中でしか得られないものもある。人間は人間の中で成長するのだから。

そこから外れれば化物しか生まれない。化物を生んではならない。俺のような化物は二度と…………

 

「親やないんか?」

 

 俺の保護者代理と言う言葉にマリーが気になったようだ。もしかして端から見たら親子にしか見えないのだろうか?

 

「あの子にとって親は今も昔も、あの子の母親だけです。父親と言うものを知らないあの子には親とは母親だけを指すもの。

そして、レンは帰って来ない母親を今でも待っています。だから、レンにとって私は保護者代理ということになります」

 

 俺はそれでいいと思う。あの娘が真っ直ぐに成長してくれれば俺との関係に拘る必要はない。

 

「まぁ、あんたがそれでかまわんのならかまわんけどな」

 

 随分とマリーががっかりしている。

なんだ? レンの母親代わりでもしかったのか? それとも俺とレンとマリーで家族ごっこでもしたかったのだろうか?

 まぁ、気にする必要もないな。

 

 

 

 

 

 

 雑談も色々としてのんびりと過ごし、ほとんど何もないように喫茶店。

店としてはいけないのだろうがな。

 

レンがそろそろ戻ってくる。それにもう夕方だ。店じまいをしなければ。

 

「さて、時間は相変わらず早いですけど店じまいをしましょう」

 

 俺の言葉にエリザとアムリタは時間を確かめて納得し、片付けに入った。

マリーも常連なのでそこら辺は心得ているのか勘定をしに来た。

 俺の言葉を不審に思いあまり動こうとしないイムとロベリア。すっごい胡散臭げな眼で見られる。

 

「そんな目で見ないで下さい。これから夕飯の買い物をしにいかないといけませんから。それにあまり遅すぎると鍛錬できませんからね」

 

 それだけで意味は通じる。今、鍛錬はもっぱら禁書庫かガルガンチュアでの破滅の将との打ち合いになっている。

 そして、打ち合いの前に食事をしている。暗に俺はこれ以上遅れるとそっちに行けないといったのだ。

 ――――その前に一応この二人のことを口止めしておかないとな。

 

「あっ、そうそう。一応言っておきますけど、ここであったことは他言無用ですよ」

 

 俺の言葉に全員がはてな顔をする。まぁ、急にそんな事を言われたら気になるよな。特にアムリタには不満だろう。

あの子は話すことで不満などを解消しているし、話していないと不安になるだろうからな。

 

「ここは、静かに場を楽しみ、外と切り離してここだけで過ごす場所。

ここではいろんなことを話してもらってもかまわない。ここは寛ぎ、安心して時間を楽しむ場所。

ここでは全てを忘れ、全てに嘘をついてもいい場所。だからこそそれを外に持ち運ぶことは許されない。

そうでなければここでの会話を楽しめませんから。店員として当たり前のこと、お客様であっても。理解いただけますか?」

 

 これはサービス業をしている上では当たり前の事だろう。そして俺が隠したいことを匂わせない。まぁ、ここら辺は大丈夫だろう。

エリザとアムリタには客仕事の何たるかは言ってあるし、マリーも何かと義理堅い。イムとロベリアは気にする必要はない。

 

「まっ、この店の店主のあんたがそういうんなら付きあったるわ」

 

 マリーが笑いながら言ってくれた。口に出したと言うのなら安心だ。

 

「んじゃ、また来るわ。」

「マスター。次はプリンをお願いね」

「蛍火。また来るぞ」

「それではまたのお越しを」

 

 三人が同時に店を出て行く。夕焼けに照らされ流れ店のドアを開ける美女三人。う〜ん。絵になるねぇ。

 俺たち、店員組みは掃除をし、店終いをする。清潔は第一に。

食料品を扱うから黒い宝石が出てきては困るのだ。それだけは避けたいからな。

 

 

 

三人で店から出ると不機嫌なレンがいた。これはいつものことだが。

 

「お帰り。楽しかったですか?」

 

 俺はなるべくレンに視線を合わせて今日どんなことをして遊んだか聞く。

 

「別に」

 

 レンは相変わらず不機嫌そうな顔で答える。

僅かなレンの仕種や表情から、それなりに楽しかったと言うこと分かるのだが………、

しかし、それでも不機嫌そうだ。ふむ、何が心残りなんだろうな?

 

「そうですか。また、明日も遊んでもらいましょうね」

 

 レンは何も言わずに俺の裾を握り早く帰ろうと促す。俺はそれに従い、商店街に足へ向け、寮へと戻る準備をした。

 

 

 

 

 

 

 相変わらずの喧騒。料理が欠食児童の四人によって食い荒らされる。いつもの光景なので最早注意する気すら起きない。

もちろんその四人は大河、カエデ、リコ、セルだ。

 

 それにしても今日の大河の食いっぷりはいいな。随分と嬉しいことがあったようだ。

心なしか肌がつやつやしているし。ふむ、触れないでおこう。きっと地雷だし、

 ――――などと思った矢先、

 

「……マスター。随分と嬉しそうですね」

 

 この前の救出作戦のときの言葉が利いたのか。リコは大河に積極的にかかわっている。

一つずつ知って、さらに時を重ねていっても分からなくならないようにと……

 それだけリコにとっては大事だって事だな。思われてるねぇ。

 

 でもな、リコ。今回はそれを見逃してくれよ。大河の肌がつやつやの時点で分かるだろ。

追求なんぞしたら、夕食の場が修羅場になっちまう。

 

「あぁ、今日。ついにカエデに普通の武器で勝てたんだ」

 

 大河が本当に嬉しそうに、誇らしそうに答えた。その笑顔はいつものニヤリと言った表情ではなく子供のようにキラキラしていた。

 それにしても通常の腕もそこまで上がったのか。驚きだ。

 

「マジか?」

 

 信じ切れないとセルはカエデに思わず素の状態で質問していた。そこまで驚くことだろうか?

 

「本当のことでござるよ。もう拙者が召喚器のある状態でも無しの状態でも師匠には勝てないでござる」

 

 カエデの言葉にセルはぽかんとしている。どうした?

 

「なんだ。いや、大河が蛍火みたいに召喚器無しで召喚器持ってるカエデさんに勝ったと思って」

 

 すぐに元に戻りあははっ、と力ない笑いをしながら勘違いしていたと言った。そう取られても仕方ない。

 

「まぁな。まだ、召喚器持ってるカエデに召喚器無しじゃかてねぇよ。なぁ、蛍火。どうやったら勝てるんだ?」

 

 何とも愚直な質問をしてくるな。周りの者も結構注目している。

ここにいる者の大半が強さを求めているのだ、仕方のないことなのかもしれない。

さて、どう答えるものか。

 

「いっぱい訓練して、いっぱい実戦をこなす事ですね」

 

 その言葉に呆気に取られている者が多数。意外すぎたのかもしれない。

 だが実際はそれが一番だ。外道な手段を使う必要もない。俺は外道な手段を使ってはいないが鍛え方が反則に近い。

 

「そんな抽象的なものじゃなくて、具体的に。例えばあんたがどうやって鍛えたとか」

 

 リリィよ。そんなものを聞いてどうする。食事中だぞ。

それに俺が結構グロイ手を使ってでも力を求めていることは知っているだろ。忘れたのか?

 全員が真剣な眼をして見てくる。ここでぼけることは出来んな。

 

「…………簡単です。生きているのが不思議な状態まで鍛錬し、その状態のまま実戦を死にたくなるほどこなす。それだけです」

 

 実際に俺はそれで強くなった。一日に大半を鍛錬に費やし、睡眠時間は三時間しか取らなかった。

今思えば本当によく生きているものだ。

 

「そんな事をしたのか?」

 

 鍛錬と言うものをこの中で一番しっているイリーナが反論する。

まぁ、このやり方は騎士道精神に外れ、人としても外れている。修羅や羅刹、復讐鬼の鍛え方だ。

 

「短時間に力をつけるためにはそれしかありません。おかげで三途の川の渡し守とはかなり仲良くなりましたけどね」

 

 今でも最初の驚きは隠せない。俺を襲ってきたダウニーみたいに目深にローブを被り顔がまったく見えない状態で出会ったからな。

敵だと勘違いして斬りかかってしまった。いやぁ、ギリギリで止めてよかった。

 

そうだ。そういえばこの前の帯剣の義のときにも会って、その時に今度来るときはお土産もって行くとかいったからな。

冥土にも持っていける土産を探しとかないと。

 

「地獄を見たいのなら私に言ってください。間違いなく連れて行けるメニューを組んであげますから」

 

 そういってやると全員が眼を逸らした。なんだ。力は欲しくないか。

こんな闇色の深淵の力など欲しいとは誰も思わんよな。

 

「なっ、なぁ、大河。カエデさんに勝ったんだろ? どんな指導したんだ?」

 

 俺の重圧に耐え切れなくなったセルが最もしてはいけない質問をしてしまった。

一応気をつけてはいたがさっきのが悪かったか。大河、南無。

 

 カエデは顔真っ赤にしていて、大河は明らかに顔を逸らしていた。ほう、最近はそういうことを言うと危険な目に会うと分かったか。

だが、それをする事自体が危険だと言うことにまだ思考が言っていない。愚かな。

 

 大河とカエデの髪の毛は全体的に濡れている。あれは明らかに汗ではない。唯の汗ならばカエデも赤くならないだろう。

 カエデの貞操観念は硬いので行為にいたることはまだないなら、一緒にお風呂に入ったあたりが妥当か。

 

「…………大河君……」

「……マスター…………」

 

 二人の気配が黒くなる。リコにも独占欲が出てきたのか。いい事なのだろうか?

 未亜はもはや、苦笑いしかしていない。これは困ったな。大河に最早兄弟以上の感情は抱いていない。

シナリオには関係ないがそれはそれで困る。やれやれ。

 

「いっ、いや、別に疚しいことは何してないぞ!?」

 

 その時点ですでに疚しいことをしてるとしか思えない。もう少し言葉を選べば生還できただろうに。

 

「疚しいこととは何でしょうか?」

 

 ベリオが青筋を浮かべながら大河に言葉だけは、言葉だけは優しく聞く。表情は優しさの欠片もない。

今のベリオに優しさがバファ○ンの半分でもあればあんな表情はしないだろうな。

 

 大河は耐え切れず、横を向いた。それが間違いだ。この場合確実に追及の手はカエデに迫る。

あのカエデが今のベリオの迫力に勝てるはずなどない。よって、大河は私刑確定。

 

「カエデさん? 一体どんなことをされたんですか?」

 

 ベリオが先ほど大河に向けたような表情でカエデを問い詰める。逃げようとしているが、そんな事が叶うはずもない。

 そして、耐え切れずカエデは自白する。

 

「べっ、別に疚しくも何ともないでござるよ!? ――――ただ、師匠といっ、一緒にお風呂に入っただけで」

 

 ふむ、当たりだったか。カエデはその時のことを思い出したのかさらに赤くなって湯気を立てながら、俯いてしまった。

 

「た〜い〜が〜く〜ん?」

 

 ベリオが般若のような表情で大河のほうへ向いた。

その形相に大河は普段は絶対に祈るはずのない、そして大河の天敵である神に祈っていた。ご愁傷様。

 

 そして、リコのほうは尋常じゃない様子でぶつぶつとヤバゲな事を呟いていた。

時折呪殺や、五寸釘、わら人形などと言う言葉が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

気のせいだ。気のせいにしたい、お願いです気のせいにさせてください。

 

「ねぇ、蛍火。どうしてベリオお姉ちゃんは大河とカエデお姉ちゃんがお風呂に一緒に入っただけで怒ってるの?」

 

 今まで一心不乱に食事を取っていたレンがとても答えにくい質問をしてくれた。

 

 ちなみにレンはここにいる女性陣の事は全てお姉ちゃんを名前の後ろに付けている。

メリッサの件以来、ここにいる女性はそうしていた。

よっぽど怖かったんだろうな。ついでに言うと男はすべて呼び捨て。

 

「んー。そうですね。十歳を超えると男女は特別な関係でない限り一緒にお風呂に入っちゃいけないんです」

「そうなの?」

 

 レンの隣に座っているエリザに不思議そうに聞いた。話をそっちに持っていかないでくれ。エリザがかなり困惑しているぞ。

 

「あっ、あのね」

「もう少ししたら蛍火と一緒にお風呂入っちゃ駄目なの?」

 

 レンはすがるような目つきでエリザを見た。さすがにそんな眼で見られたら困るわな。

俺もその眼のせいで何度レンのお願い事を聞いたことか。

 エリザはかなり困り果てていた。その隣のアムリタは少しずつできるだけ話題が自分に向かないように離れていた。

 

 

何やら、エリザが唐突に思いついたのか、表情が晴れやかになる。俺はその表情に言い知れない不安を感じた。

あれは俺にとってかなり危険なものだと。

 

「レンちゃん。家族なら十歳を超えても一緒に入ってもいいのよ」

「本当?」

 

 レンが嬉しそうにというか、安心したような表情で納得した。エリザは期待したような視線を俺に向けてくる。当然、アムリタも。

 そして、当たり前のように未亜、リリィ、マリー、メリッサから怨念がこもった視線を向けられる。

 

「言っておきますけど、拒否権は当然ありますからね」

「そんな!?」

「ショックですぅ」

 

 エリザとアムリタが轟沈した。その様子に四人は安堵のため息をはく。

それに気付かないほど俺は鈍感じゃないんだけどな。鈍感な振りも面倒だ。

 

 ふと、視界の片隅に、イリーナがセルに期待するような視線を向けていた。

セルはそれに気付かず、黙々と飯を食っていた。というか自棄に成っていた。

 ……イリーナ。今日も進展なかったんだな。

 

 

 

 

 

 

 寮裏で黙々と型を繰り返し続ける。基礎は生涯繰り返さなければならない。

 この身には数多の技が、魔術が、戦闘技術を収めている。

 されど、基礎をおろそかにしては今まで以上の発展は望めない。すべての技は基礎から派生する。

 ならばこそ、基礎を極める事こそが最も重要。

 

 

 

 ふと横を見ると一身に俺の鍛錬風景を見ているレンの姿が見える。退屈ではないのだろうか?

 

「レン、見ているだけでは面白くないでしょう?」

 

 俺の言葉にレンはふるふると首を横に振り、

 

「蛍火を見ているだけで面白い」

 

 レンはきっぱりと微笑みながら言った。それは何か? 俺の存在自体が面白いと言いたいのだろうか?

 

「カルメルさんとフォルスティさんと一緒にいたほうが面白いと思いますよ?」

「蛍火と一緒にいる」

 

 相変わらずか。何で俺に懐いてくるんだろうな? 本当に猫みたいだ。

これが大人になって離れていくという姿が想像できない。まったく、この娘は。

 

 

 

 

 

 

「あん、蛍火くすぐったい」

「だめですよ」

「ひゃう!」

「もう少し力を抜いて」

「うっ、うん」

「ほら、もう少し広げて」

「…………こう?」

「そうです、ちょっと我慢してくださいね」

「うん、お願い」

 

 俺はレンとフロに入っている。それでまぁ、レンの体を洗っているのだが…………

 今、俺がレンにいかがわしい事をしていると思った奴、手を上げろ? 後でぶった斬りにいくから。

 

「ん、終わったね」

「はい、髪もきちんとトリートメントしましたから大丈夫ですよ」

「ん、髪の毛さらさら」

「それは良かったです」

 

 毎度の事ながらレンの髪は綺麗にしている。

これだけさらさらで輝いているのだ。粗末にしてはもったいない。

 

「蛍火…………これからも一緒にお風呂に入ってくれる?」

 

 レンが俺を不安そうに見上げてくる。きっと先ほどのことだろう。

 その不安そうな表情は本当に辛そうで、浴室にある水滴とは違う滴がレンの眼に溜められていた。 

 

「貴方が望むのなら何時までだって一緒に入ってあげますよ」

「ありがとう」

 

 湯に濡れ光輝く艶やかな髪と普段はその長い髪が結われている事によって僅かに覗くうなじ。

 湯殿の熱さによってほのかにそめられる肌の赤さが相まって何時もよりも数段愛らしい笑顔が俺に向かって放たれた。

 

 今レンの艶姿を想像した奴と俺の事をへたれだと少しでも思った奴、名乗り上げろ? 我流奥義かましにいってやるから。

 

 

 

 

 

 

 フロも無事(?)に終え、レンと共に部屋へ向かう。

 

「えへへへ〜」

 

 なにやらご満悦なご様子のレン。

 しかし、レン。ここには大河もいるんだからそんなはしたない格好はしない。

 なんで俺が喫茶店で今日使ったシャツを寝巻きにしてるんだよ。朝はわざと触れなかったけど、何でなんだよ?

 年頃ではないけどもう少し恥じらいと言う物を持て欲しいと本気で思う。

ねぇ、レンのお母さん、貴女は一体、レンにどんな教育を施したの?

こらっ、シャツの匂いをかぐな!

 

「ん〜、えへへっ」

「はぁ、レン。ちゃんと寝巻きを買ってあるんですからそっちを着てくださいよ」

「いや」

 

 一切の躊躇も見せずに嫌と口にされた。

 一言!? 一言で拒絶ですか!?

 

「ですがね………」

「蛍火、ダメ?」

 

 泣きそうなレンに勝てない俺が心底恨めしいです。昼間は普通に外に押し出せたのに夜はどうして毎回無理なんだろ?

 きっと、月が悪いんだろうなぁ。

 

 今ここで、レンがワイシャツ一枚だという事を想像して悶えたやつ、後で禁伎喰らわせにいくかっな?

 

「明日はきちんとした服を着てくださいね?」

「うん」

 

 その返事を何度聞いただろう? 聞くたびに自分が負けることを確信してしまう事が恨めしい。

 

 

 

 

レンをベッドに寝かせ、身代わり人形を置いて、俺は人気にない禁書庫に入っていく。

そこにはガルガンチュアに通じる召喚陣がある。それを使い、俺はガルガンチュアに入る。

そして、すぐに晩飯の用意。こちらにも欠食児童というか、大食漢が一人いる。ムドウの食べる量は半端ではない。

だから、作る量はかなり用意しないといけない。

 

「あら、マスター。やっと来たのね」

「まぁ、手伝ってやるよ」

 

 イムとロベリアが料理を手伝ってくれる。ロベリアと決闘(?)をしてからは毎日この二人が手伝ってくれている。

 そのお陰でかなり楽が出来ている。やはりムドウの料理と他の者の料理を作るとなるとかなり疲れるからな。

 

 二人とも腕は悪くない。というかかなりいい。何故今まで料理を俺にまかせっきりだったのか不思議に思うほど。

 イムの料理は機械的だ。合理的に、分量をきっちりと量って作る。

対するロベリアはアバウトだ。目分量と言うのではなく、簡単に料理を作る。使う調味料も僅か。

まぁ、いい言い方をすれば、素材の味を生かしている。決して味が雑なわけではないし。

 

「こらっ、ムドウ!! わざわざ手の届きやすいところには野菜を置いてあるのに何で食べないんですか!?

シェザル!! ピーマンをみじん切りにしたのに、どうやってピーマンだけ判別して吐き出すんですか!?

イム、ロベリア!! 隠したお菓子の場所をどうして知っているんですか!?」

 

 こっちの食事はさながら戦場である。あっちはなるべく言うことを聞こうとするが、こっちはまったく聞きもしない。

注意を聞くことには聞くがその直後だけ、次の日にはまた同じ事を繰り返す。

 

 

 

「おい、こら女は犯してから殺すもんだろうが!」

「ふっ、美学がないですね、ムドウ。殺すときはじっくりと恐怖に怯えるようにして切り刻むのが一番ですよ」

 

 酒を三人で飲み交わしながら談話する。それにしては中身がグロイ気がするが。

 この二人、今でもかなり仲が悪い。まったく、食事で反抗するときは一致団結するのに。

 

「まぁまぁ、犯しながら斬り刻んだ方が一番楽しめますよ」

「蛍火、あなたは相当グロイですね」

「俺でもそこまでは出来ないぜ」

 

 からかうように俺を可哀想な眼で見ている。

 なんで!? ねぇ、意見を纏めただけなのにどうして俺が一番グロイって言われないといけないの!?

 

 

 

「マスター、耳かきお願い」

 

 イムに強請られて何故かしている俺。というか随分と変わったなぁ、オイ。

 楽しそうに鼻歌を歌いながら俺に耳かきをされているイム。

 

「次は私も頼むな?」

 

 何故か楽しそうに違う耳かき棒を持ちながらわくわくとしているロベリア。まったく、

 

 

 

 

 そして最後の締めとばかりに定例のダウニーとの酒を飲む。もはや、ダウニーと酒を飲む行為が日常と成っている。

 

「はははっ、こうして見ると蛍火君はお母さんですね」

 

 ダウニーが何とも無責任な言葉を発する。ざけんなよ?

 

「そうですか。なら、ダウニー先生がお父さんですか」

 

 俺の言葉にダウニーは思いっきり顔をしかめた。かなり嫌なようだ。

俺たちはかなり気まずい雰囲気に成る。お互いに傷を付け合うだけだった。

それでもダウニーと飲む酒は美味いんだけどな。

 

 

 

 そして、俺は全ての片づけをして、召喚陣を通ってまた学園に戻る。そして、俺は昔の部屋で一人眠りに付く。

実はガルンガンチュアから戻ってきてもレンと一緒には寝ていない。寝たのは最初の一回きり。

 誰にも秘密にしている。

 こうして、夜が白んでくるまで俺は短い眠りに付く。また、今日は騒々しくなるだろう。

 

 まぁ、こういう日々が続くのは悪くないかもしれない。戦争が始まるまでという短い間だが……

 

 

 

 


後書き

 蛍火が見ていないところで少しずつ成長している大河。

 普段、蛍火は別行動をしているからそこはこういう風にしか表せないんです。未熟ですみません。

 

日常の中で魅せる(誤字にあらず)、レンの可愛らしさ。

 レンが蛍火のシャツを着ている理由? 聞くまでもないでしょう? 少しでも蛍火を感じていたいからに決まっています。

 日常の中でレンとの距離を取ろうとしているがそれでもレンを突き放せない蛍火。

 蛍火もレンによって人らしさを取り戻しつつあります。

 それはきっとレンのせい。レンと言う盲目的なまでに蛍火を信頼する瞳を持つレンが、突き放そうとも寄り添おうとするレンが、

 蛍火が気付かぬ思慕を寄せているレンと言う存在が蛍火を変えつつある。といっても蛍火が感じているのは親心な訳ですが。

 平穏で穏やかな日常、きっとこのままの日々が続けば……、ふふっ、有り得ない未来を夢見る事は止めておきましょう。

 

『平和とは戦争のための準備期間』って良い言葉だと思いませんか?

 

 前回、浩さんが疑問に持たれた蛍火の戦闘力。

 蛍火がどれ程の力を有しているかと言うと有り得ないぐらいです。まず、蛍火の本来の実力は破滅の軍団を普通に滅ぼせるぐらいです。

 しかし、蛍火は普段から様々な枷をつけて戦っています。

契約という心理的なものから真正面から戦わなければならないと言う技術的な面においても。

 ロベリア戦の時でさえ蛍火はロベリアを殺してはいけない(・・・・・・・・)という制限と真正面から戦わなければならないという枷が掛かっているのでかなり弱体化しています。

 蛍火は真正面から戦うよりも気付かれないうちに殺す暗殺者のスタイルが得意ですから。

 ですが、蛍火は戦闘における状況を自らにとって最も有利にする事を得意としています。

 今回で言えば、ロベリアの精神を正常ではない状態にする事ですね。

 ですので、蛍火がどれほどの戦闘能力を持っているかは明言できません。

 ついでに言うと蛍火の最も得意とする戦い方で蛍火の力が発揮される事はほぼありません。

そんな戦い方は救世主候補に求められませんので。

もし枷が全て外れて蛍火が最も得意とする戦い方をすれば、きっと美姫さんと対等に戦えるでしょうw

 

 

 

 

 

 

観護(今回は計四話続いた蛍火君の一日の終わり。ほのぼのとしていて穏やかな日々。

   レンちゃんが何気に可愛らしくてさすがの蛍火君もぐらぐら。

このまま日常に溺れて欲しい想いと神を打ち倒して欲しいと言う願いが両方ともある私としては複雑。

でも、あの蛍火君が日常を望んでくれたのは心の底から嬉しいわね。このまま幸せを掴んでくれる事を心から願うわ。

そして、少しずつながらも成長している大河。なんだかんだ言っても大河も男の子よね♪

あぁ、ペルソナ? 要らない事を考えたから蛍火君に粛清されたわよ。まったく懲りない馬鹿ね。

次はレンちゃんのある数日。レンちゃんが料理をしようとするほのぼの?

まだまだ続く日常編。というかいい加減、話を進めなさいよ、ペルソナ!!)

メラメラメラ←死んでいるペルソナがファルブレイズンによって燃えている音

観護(あら、今度は魔法も使えるようになったわね、きっと美姫さんのお陰ね。では、次話でお会いいたしましょう)





蛍火の日常は本当にダウニーの言うように母親化しつつあるような。
美姫 「しかも、手の掛かる子供がたくさんいるね」
あははは。しかし、蛍火は強いみたいだな、やっぱり。
美姫 「そんな! か弱い私と互角って事は弱いって事じゃないの」
さーて、次はレンの数日らしいけれど、どんな日々を過ごすのかな。
美姫 「何で無視するのよ!」
ぶべらっ!
美姫 「本当に頭くるわね。このバカがっ! バカがっ!」
ぐげぇぇぇっ!
美姫 「ふー、少しはすっきりしたわ。さーて、それじゃあ次回を待ってますね〜」
……だ、誰がか弱いんだよ、誰が。



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