Interlude ロベリアs view

 

 蛍火が入れてくれた紅茶を口に入れる。相変わらず香り、味、全てが最高品だ。料理も出来て、家事は万能。

戦闘においても遠、中、近全てをこなす。欠点らしい欠点がない。本当に人かと疑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

第五十話 孤高の背中を追いたくて

 

 

 

 

 

「あの、えっと、お二人のお名前は何ていうのかな?」

 

 蛍火が調理に取り掛かっていることで暇をもてあましたのか淡緑色の髪の女が話し掛けてきた。

 

「ロベリア」

「イムニティ」

 

 私たちは片言で返した。

私は姓を捨てたのと同じだし。イムニティには元々姓がない。

 

「あの、ロベリアさんとイムニティさんは蛍火さんとはどういった関係なのかな?」

 

 単刀直入に聞かれたが、蛍火との関係。なんだろうな? 

 

「上司と部下よ」

 

 応えに瀕していた私に代わってイムニティが簡潔に応えてくれた。そうか、たしかに上司と部下だな。

 

「あの、その仕事って」

 

 それだけでは足りないのか尚も聞いてくる。蛍火なんでこんなのを雇ったんだ?

 

「それ以上は聞かないでくれ。蛍火が言っていないという事は私たちが言ってはいけないということだ。

あいつは言わなければいけないことは言うだろう?」

 

 そう、あいつは言わなければいけないことはきちんと言う。まぁ、逆にそれ以外はまったく話さないが。

 

「そうですね。すみません」

 

 不満はあるって顔をしているが聞いてはこない。蛍火の教育がいいお陰だろうか?

そんな事を考えていた。だが、次に出る言葉はさすがに慌てた。

 

「あの…………お二人もやっぱり蛍火さんのこと好きなんですか?」

「ごほごほごほっ。何を言っている!!」

 

 何を言い出すんだこの女は!!? 私が!?

 

「ロベリア。前から怪しいとは思っていたけど………」

 

 イムニティがいつもなら決してしない眼で私を睨んでくる。ちょっと待て私は。

 

「隠さんでもええで。その反応見れば誰でも分かるわ」

 

 灰白色の髪の女が分かっとる、分かっとると気遣わしげに肩を叩いてくる。何だ、この女は?

 

「今、貴女。私たちっていったわよね。もしかして貴女たちもなの?」

 

 別に気にする必要なないはずなのに何故、気になるんだ? あぁ、もう、認めるしかないのか!!

 

「はい。といっても僕とエリザさんは後組みなんですけど」

「後組み?」

 

 なんだそれは? 後があるという事は先があると言うことか?

 

「うん。僕たちは最近、蛍火さんと親しくなって。それで………(///)

でもその前から好きだった人がマリーさんを除いてまだ三人いるから」

 

 アイツコロス。

 

「ロベリア。何、般若みたいな顔してるのよ」

「イムニティさんは平気なのかな?」

 

 淡緑色の髪の女の言う通りなんでイムニティは平気なんだ? あいつのことをそのすっ、すっ、好きなら。

 

「実際は腸が煮えくり返ってるけど、それでも他の誰よりもアドバンテージがあるから」

 

 何? イムニティの奴、いつの間にそんなものを手に入れたんだ?

最近の蛍火の対応は私とイムニティの間に差はない。一体なんだ?

 

「あの、それは一体」

 

 今まで話に加わってこなかった菖蒲色の女がついに話しに加わった。淡緑色の髪の女が言ったエリザとかいうのだろう。

 

「言うわけないでしょ?でも、それは確実に誰よりも先にいってるわ。貴方たちはきっとマスターが体に触れたこともないでしょう?」

 

 うっ、たしかにあいつは起きているときの私に一度だって触れたことはない。

灰白色の髪の女が辛そうな表情をしている。きっと私も同じような表情をしているだろう。

 

「私たちは抱きしめてもらいましたよ?」

「それに僕たちは蛍火さんと家族だから」

 

 優越感に満ちた表情で笑っている。殺してやろうか?

あぁ、しかし、ここで殺したらこの店がなくなる。なら、いっそ夜道で。

 いや、それこそ駄目だ。この二人はおそらく蛍火が前言っていた蛍火が扶養しているものたちだろう。

そうすれば蛍火にさらに迷惑が掛かる。あぁ、くそっ!!

 

「あら、ならそれは女としてみて貰えないって事じゃないかしら?」

 

 イムニティの反論に思わず納得してしまう。こういう時、こいつがいると本当に頼りになる。

 

「ですけど、蛍火さんは前にこういってました。名前で呼ぶって事はその人のことを子供扱いをしているって。

私たちは家族ですけど苗字で呼ばれてますから。」

 

 なっ!? ちょっと待て。という事は私たちは子ども扱いされているという事なのか!?

たしかに蛍火の良く叱られるが。はっ、つまり子供扱いを受けていたと言うことなのか!?

 なら、私も苗字で呼ぶようにしてもらいたい。しかし、私は苗字を捨てた。どっ、どうすれば。

 私と同じ、苗字がないイムニティを見てみるとなにやら呟いていた。

 

新城は駄目ね。マスターはたぶん自分と同じ苗字になったら呼びづらいと思うし。なら、何か考えなくちゃ

 

そうか。苗字を考えればいいのか。ふむ、盲点だったな。よし、夜までには絶対決めるぞ。

 

「あの、さっきから気になってたんですけど。イムニティさん。なんで蛍火さんをマスターって呼ぶの?」

 

 たしかにエリザの言う通り、蛍火とイムニティの関係を知らなければ疑問に思うな。イムニティはどうやって答えるんだ?

 

「私とマスターは一種の主従関係なの。だからかしら。これ以上は聞かないで。マスターが怒ると怖いから」

 

 事実だけを話しているが細部は話していない。なるほどこういうはぐらかし方もあるのか。

 

「じゃあ、二人はどういう経緯で蛍火さんのことを好きになったんの?」

「リタ!!」

「だって、気になるよ」

 

 淡緑色の髪の女はリタと言うのはわかった。しかし、なぜこいつはこんなに直球なんだ?

 

「ちなみに僕たちは村がモンスターに襲われてそれで蛍火さんに助けられたんだ。

その時、蛍火さんに優しい言葉をかけてもらって。それで(///)」

 リタは自分で言っている言葉に顔を赤くしていた。やはり恥ずかしいのか。その横ではエリザが赤い顔でボーッとしていた。

 

「あっ、そうだ。折角だからマリーさんも教えてよ」

 

 マリーと呼ばれた女が話を振られて慌てふためいている。さすがにこの話題はなぁ。

 

「…………うちはまぁ、最初にあいつの指導したときにかなぁ。

誰よりも暖かいくせに誰よりも凍てついてるあいつに惹かれたんやと思う。後はまぁ、毎日一緒にすごすようになったからやな」

 

 マリーは最初は恥ずかしげだったが後になるにつれて恥ずかしさがなくなったのか。

いや、どちらかというとその時のことを思い出したのか辛そうでそれでいて優越感に浸った表情になっていた。

 

「蛍火さんはどちらかと言うと包み込んでくれるような優しさだと思いますけど?」

 

 エリザの言葉は確かにあっている。あいつは底抜けに優しい。けれどそれは一面にしか過ぎない。私は覚えている。

いや、忘れられるはずなどない。初めてあった時のあの異常な存在を。

 

「それはマスターの一面。表は暖かいけど裏を返せばとんでもなく冷たいわ。まぁ、それすらも優しさなんだけどね」

 

 どういうことだ? 冷たさが優しさなんて明らかに矛盾している。イムニティは本当に私よりもアドバンテージがあるようだ。

 

「まぁ、あんたらは知らんかも知らんやろうけどあいつは本当に冷たい一面を持ってる。こっちが凍えて死にそうになるくらいの」

 

 エリザとアムリタは首を傾げるばかりだ。

まぁ、あの状態の蛍火を見なければそんな言葉は信じられるはずもないだろう。

 

「つまり、ものすごく強いって事かな?」

 

 リタの言葉に笑ってしまう。まぁ、そういう風にも取れる。たしかにあいつは強い。

私が知る中で、一番強かったルビナスが子供に思えるほどに。

 

「そうね。マスターはその気になれば王都を一瞬で塵一つ残さず消せるもの」

 

 何だって? その気になれば? つまりはいつでもできると言うことだ。壊滅するなら私にだって難しいが出来なくはない。

けれど一瞬で消すなどそんな物は無理だ。

イムニティは嘘をつかない。世界の理を司るから偽りと言うものがあると世界に歪を生み出してしまう。

だから、白の書の精は嘘をつけない。

 けれど、イムニティが嘘をつけないと言うのが嘘としか思えないほど事だ。本当なのだろうがそれでも信じられない。

 

「えっと、冗談だよね?」

「いんや、事実や。あいつの力は有りえへんぐらいに大きい。それもあいつがやる気になったら出来るやろ」

 

 マリーがイムニティに同意するという事はやはり本当なのだろう。

だが、救世主候補自体がすでに戦術クラスだと言うのにあいつは戦略クラスの力を持っているのか。

つくづくあいつが敵に回らなくて良かったと思う。

 

「まぁ、今はその話はおいておきましょう。肝心のお二人の好きになった経緯を聞かないと」

 

 このまま蛍火の話に移ると思っていたのに。エリザとか言う女はのほほんとしながらも侮れない。

 

「私は二人とはちょっと違うわね。私はマスターと出会う前からマスターのことを知ってたの。

その時はマスターを好きなったというよりは好奇心からだったわ。

何よりも強くて臆する事のない存在。まるで恐怖と言う感情を知らないかのような行動。そんなマスターに興味を持った。

そして接触をしたんだけど、私と接するときは戦ってるときは別人のように接してくる。

本当に優しくて普通の女の子みたいに接してくれたの」

 

 そのことが本当に嬉しかったのかイムニティは私が今まで見たこともないような笑顔で話している。あいつは本当に人を変えるな。

 

「普通の女の子みたいってあんた」

 

 気遣わしげな視線をイムニティに向けられる。けれどそんなもので堪える様な奴じゃない。

 

「ちょっと生まれが特殊でね。でもそれを知ってもマスターは私を普通の女の子として接してくれた。だからかしらね」

 

 そういう事か。イムニティがやけに蛍火に入れ込んでいる理由。

私は千年前。イムニティと出会った時、こいつを人間とは別の物だと思って接していた。きっと今までだってそうだっただろう。

けれど今回は飛びっきりの異常。そして男だった。だからそんな優しさに惹かれたのかもしれない。

それにしても因果律を支配し、感情を批判するはずの存在が感情を優先させるなんて、世界の理さえも変質させるのか。恐ろしいな。

 

「で、私も話したんだからロベリアも当然話してくれるわよね?」

 

 うっ、イムニティの奴め。そんなに気にする事じゃないだろう。うぅ。お前ら全員してそんな目で見てくるな。

 

「まぁ、なんていうかな。うー(///)」

 

 いざ話すとなると恥ずかしい。その上、こいつらみたいにロマンチックでもない。

 話すのを躊躇していると四人がじっと見つめてくる。あぁ、もうやけっぱちだ。

 

「実を言うと私は初め、あいつのことが憎かった。似たような存在なのに私とはまったく違うあり方がね。

それで八つ当たりみたいな感じで戦ったらずたぼろに負けてさ。

その時に言われたんだ。諦めていないのならそれはまだ終わってないってね。その言葉が身にしみてかな。

結局は私も蛍火の優しさにやられちまったわけさ」

 

 そう、あいつは私を八つ当たりを受け止めるやさしさを持ったそれだけの器を持った奴。

それにしてもこんなにあいつのことを好きなやつがいるとは思わなかったね。

 いい機会だし、思い出してみるか。あいつと戦ったことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の起こりは蛍火が白の主としてガルンガンチュアに来て程なくした頃。

私はその時、蛍火の事が本当に憎かった。

私と同じように裏の技を使い、それでも多くの人に認められ多くの人に敬愛されている蛍火が。

 

千年前。私は蛍火と同じような立場だった。けれど私は多くの人間に忌避された。

同じ立場のはずなのに、同じような技を使うのに、同じ場所にいるのに。けれどあいつは敬愛されている。

 そんな事が許せるはずもなかった。そんな事がどうしようもなく、殺したいほど憎かった。

白の主とかそんなのには関係ない。感情の問題なのだ。

 

 あいつの強さは知っている。ムドウとシェザルを二人同時に相手して傷一つ負わずに勝つ。

そんな事は私にも無理だ。けれど私には死霊術がある。

全てを奪い取ってやる。

 

 

 あいつはいつも食事が終わった後、地上に出て煙草を吸っている。狙うならそこだ。

 ゼロの遺跡は廃墟となった建物が多く私が戦うにはもってこいの場所だ。私は気配を消して蛍火に近づく。

 あと少しで私の最大射程に入ろうとした時、私は足を止めることになった。

 

「今宵は月が綺麗ですね。月光浴ですか?」

 

 気配を消していたはずなのに蛍火に存在を悟られた。本気で消していたと言うのに。私は蛍火を侮っていたようだ。

 

「私がいた世界でも古来より月の光には魔力が宿ると言われてきました。それは今でも、

魔法など無いと多くの人が思っているのにそれでも人はその言葉を信じる。不思議ですね」

 

 蛍火は平坦な声で唯話している。何が言いたいんだ?

 

「それで、月の光に魅入られた貴女は一体何を携えてここへ? 憎悪? 嫉妬? それとも殺意?」

 

 こいつ。私がここに来た理由を全て言い当てやがった。最初からお見通しって分けか。

 

「分かってるだろ? 全部さ」

「それはまた、物騒な」

 

 物騒などと言っているが声に変化はない。人を刳ったような態度、その笑い方、その全てが癪に障る。

 

「一戦交えようとするのです。口上ぐらい述べては?」

「言う必要はないだろ? 剣で語ればいい」

 

 そう、もはや剣であいつを打倒するだけ。そうして私の気分を晴らせば言い。

抜剣によって殺気を膨れ上がらせる。虫の鳴き声すらしない静かな廃墟に、剣の鞘走りの音だけが響く。

 

「たしかに、では私も刃を抜きますか」

 

 そういって、蛍火は召喚器を出さずに小太刀を抜き取った。ムドウとシェザルのときもそれで戦っていた。

なぜ召喚器を出さない。

 

「おや、不満ですか? 申し訳ありませんね。私の召喚器は我侭でして、人は傷つけたくないと言い張るもので、」

「召喚器に言う事も聞かせられないなんて器が知れてるね」

 

 召喚器に意思があることは私だって知っている。けれどそこまで強固な意思があるものなのか?

 蛍火は私の嘲りにもさして気にする風でもなく、苦笑していた。

 

「えぇ、そうですね。きっと情けないくらいでしょうね」

 

 言葉の意味は捉えているはずなのに蛍火の深層に届かない。

人の言葉など些細なこと。そんな達観した態度を何故続けられる。

 侮辱の言葉を投げられれば、罵られれば腹も立つはずだ。悔しく思うはずだ。なのに何故なんでもないように振舞える!

 

「暗黒騎士ロベリア。いくぞ!!」

「仮面の道化。お相手致します」

 

 苛立ちと抱えたまま蛍火と戦うことになった。戦いでは冷静でいなければならないはずなのに。

 だけど、それでも教えてやる!! この世界の醜さと非情さと不条理さを!!

 

 

 

 

 蛍火が名乗った後、私は蛍火に向かって駆けた。近接戦闘が相手の最も得意とすることなど百も承知だ。

 けれど、相手を引き寄せるにはこちらも動かなければならない。

 

駆けてすぐに蛍火もこちらに向かって走り出す気配がする。瞬間、飛来する何かを捕らえた。

 それを少し体をずらすだけで避ける。けれど蛍火が投げるような気配はなかった。

見えていてもきっとその動作を見ることは出来なかっただろう。

 目隠しをして、気配で戦うことを覚えていたから避けられたのだろう。千年前なら、確実に貰っている。

 確信した。あいつは裏の技を使う者じゃない。裏に潜む者、私と同じ者!

 

私は蛍火に接近し、刺突を胴に向かって三連撃する。けれど蛍火は連撃がくるのが分かっていたかのように左の方向へ逃げた。

蛍火が左で逆袈裟を放ってくる。それを強引に剣の起動を切上に変え防ぐ。

 

手ごたえが軽い!?

 剣を振り上げている隙に右による刺突が放たれる。

私は剣を振り上げた勢いを利用して体を回転させる。

 刺突を避けたときの回転に急制動をかけ、唐竹の斬撃を放つ。それを左の小太刀でいとも容易くいなされる。

 

 ための動作もなしに、肩口からぶつかられ、吹き飛ばされる。

 衝撃はほぼ無しで吹き飛ばされただけだった。

 だが、ここまで力量に差があるなんて。誤算だった。

読みあいなら確実にこちらに分があるはずなのに、そんな物は関係無しに攻めてこられる。

 

 そして何よりも恐ろしいのが殺気すらなく攻撃してくること。どんな達人でも攻撃の際には殺気が必ず漏れる。

だが、あいつにはそれがない。日常と同じ動作で私の命を刈り取ろうとしている。

 

 

 

 

 

全てが上手く行かない。

距離を取ろうにも糸が私を絡めとり、私の足を止めさせる。

針が私の進む道を変えさせる。

 

そして何よりも苛立たしいのはあいつの剣の振るい方。

私の放つ剣全てを優しく受け流し、おちょくるかのように隙を見せてわざとらしく危なっかしそうに回避する。

私に隙が出来たとしても何があってもそこには打ち込まずにいる。

まるで私を傷つけないようにする為に。

 

 

 

 

「ふざけているのか!?」

「はい? 何がでしょう?」

 

 私の激昂にさえも蛍火は緩やかに静かに返事をするだけだ。

 笑っているわけでもないがそれでも笑っているかのようにさえ思ってしまう。

 

「何故、私に本気で攻撃してこない。殺すことが出来るのに、殺すために力を磨いてきたのになのに何故私を殺そうとしない!!」

「…………決まっているでしょう? 泣いている女性を傷つけたくないからです」

 

 今、コイツはなんていった?

 私が泣いている? 私が泣いている女? 違う。私は泣いてなどいない!! 私は泣き喚いている女ではない!!

 

「私は泣いてなんかいない!!」

「そうでしょうか? その目隠しの裏で世界の不条理さを世界の非情さを泣いているようにしか見えませんよ?」

「違う!! そんなものは当たり前だ!! だとすれば何故泣く必要がある!?」

「えぇ、でも貴女はそれを許せないのでしょう?

貴女は自分と同じように泣いている人を見たくないために目隠しをしているのでしょう? そしてそれ以上に………」

 

 蛍火はさらに優しく私の剣を受け流す。まるで慈しむかのように優しく受け流す。

 ふざけるな。私は……私はそんなのではない!!

 

「違う、違う! 違う!! 違う!!!」

「違わない」

 

 否定をしたいが為に子供のように私は剣を無様に振り回すだけだった。

 しかし、それでも蛍火は私を包み込むように剣を優しく受け流す。それがさらに癪に障る。

 

「泣いてなんかいない!! あぁ、確かに許せないさ。この世界の非情さを!! だが、それ以上に理不尽が許せない!!

 お前と私に何の違いがある!? 同じ闇の技を使うと言うのに!!」

「違いなんてありませんよ、私も等しく闇の技を使うもの」

「そうさ、等しく闇を持っているのに、何故私とお前は違う!? 何故お前は光の中で輝いている!? 」

 

 そうだ。それが何よりも許せなかった。大勢の人に敬愛される姿が。その自愛に満ちたような笑顔が、お前の存在全てが!!

 

「輝いている? 何を言っているのですか? こんなにも薄汚れ、血に濡れた私が?」

「あぁ、そうさ! 薄汚れているはずなのに、血に濡れている筈なのに、なのにお前は輝いている!!」

「おかしな話です。私は輝いてなどない。深淵に潜み、光を何よりも苦手とする私が」

「そんなはずはない! お前は輝いている!! 何故笑える!?

私には出来なかったというのに、私には叶わなかったというのに、何故!!?」

 

 千年前はそうだ。私が助けたのにいつも賞賛を浴びるのは私以外の救世主パーティの奴らだった。

努力した。助けるために傷つきもした!! けれど! 私に向けられるのは罵声のみ!!

失敗すれば私のせい。成功すれば全てあいつらの手柄!! 何故だ!?

 

「では、何故。そんな技を覚えたのです? 何故、そんな技を磨き続けたのですか?

蔑まれる技なら、裏切られる技なら捨ててしまえばいい。なのに何故それを今尚保持するのですか?」

 

 決まっている。私はお前のように他に誇れるものがなかったからだ! これ以外に誇れるものがなかったからだ!!

 

「それしか無かったからだ! 多くの物を持つお前に私の何が分かる!!」

「分かるはずなどない。予想は出来ても、想像はできても分かるはずなどない。私とあなたは別の存在なのだから」

「なら!! そんな知った風な口を利くな!!!」

 

 剣を振るう、目の前の存在を唯否定したいが為に、

 

「利きますよ? 貴女は知っているはずだから、貴女は覚えているはずだから。貴女は捨て切れなかったはずだから。

それしか無かったから捨てなかったんじゃない。貴女はそれに希望を夢を託したから捨てなかった」

 

 あぁ、そうさ!けれどその希望と夢に私は裏切られたんだ!!

 

「私はそれにさえ裏切られた!!」

「違う。裏切ったのは貴女。望んだものは小さかったはずだが手に入ったはずだ。けれど貴女はそれを別の物だと眼を背けた」

 

 そんなはずは無い!!私にはいつも蔑みの眼しか向けられなかった。

ホントウニソウ?

 心の片隅に疑問符が浮かぶ。だが、そんなはずは無い!!

 私は唯、必死になって否定する為に魔力を練る。この場に眠る、眠らされた骸たちからさらに命を吸い取る。

 

「いい加減に認めたらどうです? 貴女は未だにその希望と夢を追い求め、未だに誰にともなく救いを求めているだけだと」 

「違う違う違うっ!」

 

 そんなはずは無い!! ホントウニソウ?

 

「貴女は救いを求めても届かない事に、世界の非情さに、世界の不条理さに唯、泣いているだけのか弱い女の子」

「私は女ではない!! 私は泣いていない!!」

 

 ホントウニソウ?

 

「やれやれ、その目隠しをしている理由にすら気付いていないのですか。非情な世界に涙を見せたくなかったという脆い想いさえも。

いい加減認めたほうがいいですよ?自分の弱さを。」

 

 ソウ、ワタシノココロハヨワカッタ。

 

「蛍火ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 近距離から魔法を発生させる。逃げるための隙間はない。逃げるための時間はない。

 もはや、蛍火に未来は無い。さぁ、潔く散りな!! …………オワラセテヨカッタノ?

 心のどこかで誰かがまた言う。だが、もう関係ない!

 

「やれやれ、子供の癇癪ですね」

 

 声が聞こえたのは後ろだった。いつの間に!?

 

「少し眠りに付きなさい。夢の中で遠き日に夢見たものを今一度確認するために」

 

 私はそこで意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 暗闇の中は、私は目を覚ます。

気付くと目の前には私がいた。それは千年前の私。ルビナスの体を乗っ取る前の私。

それはまだ、自分の技に希望と夢があると思っていたときの私。

 

 それは必死になって技を磨いていた。その技で明るい未来を切り開けると信じて。

 あぁ、これは夢だ。きっと夢だ。昔の自分に出会うなんて。

 

「やめときな。そんな技をいくら覚えたって、極めたって、あんたの希望は、夢は叶いはしない」

 

 届くはずが無いけれど、そのひたむきな姿に私は声をかけてしまった。

 

「そうかもしれない」

 

 届くはずが無いと思っていた言葉は届いてた。あまつさえ、返答さえ帰って来た。

 

「なら、そう思うのになんでその技を覚えようとするんだ?」

 

 そう、分かっていたのなら、そう思うのなら何故そんな技を手に入れようとする。

 

「あんたは忘れたのか?」

 

 忘れた? 何を?

 

「私はあんた。なのに忘れてしまったのか? 私たちの夢を」

「夢。あぁ、たくさんの人が笑える差別の無い世界をつくろうっていう誇大妄想か?」

 

 そう、そんな夢を私は見ていた。叶うはずもないそんな夢を。

 

「そうだ。けれどそれは後から付いた夢だ。もっと根源の夢が私たちにあったはずだ。それを何故しようとしたのか。それがあるはずだ」

 

 もっと根源の?そんな誇大妄想を抱いた理由? それは一体。

 

「まぁ、案外恥ずかしい理由だけどね」

 

 恥ずかしい理由? おいちょっと待て、なんで頬を赤く染める!!

 

「なんだ。それでも分からないのか。これが最後のヒントだ。それは姉さん」

 

 姉さん。私の姉さんは破滅の民と言う理由で本当に愛していた相手と分かれることになった。

そうか、私はそんな事が許せなくて。

 

「言っておくが、今あんたが考えたのは結節だ。そんな理由は恥ずかしくとも何ともないだろ?」

 

 あっ、たしかに。姉さんのためにと思ってやったのだとしてもそれは私が頬を染めるほど恥ずかしい理由じゃない。

シスコンだと揶揄されたこともあるが別に恥ずかしくとも何ともなかったはずだし。

 

「本当に忘れたようだね。なら、教えてやる。恥ずかしさで死ぬなよ?」

 

 ちょっと待て!!そこまで覚悟しなければならないようなことを私は思っていたのか!? 聞くのが恐ろしく思えてしまうぞ!

 

「覚悟してようしてまいと言っちまうよ。それはいつか、愛した人と安らかな生活を出来るように。それが私たちの願いだ」

 

 はぁ!!? ちょっと待て!!私はそこまで恥ずかしいことを夢に見ていたのか!?

それではまるで普通の女の子みたいじゃないか!!

 

「そう、ロベリアという女の子が夢見た思い。忘れたなんていわせない」

 

 昔の私の言葉によって唐突に私は思い出してしまった。そう、たしかに。あれは姉との約束であり、私の願い。

 姉が最愛の人と引き離された後、私は憤って、姉に言った。絶対に私はこんな世界を直して見せると。

その時姉はそれだけでは駄目だと。するのなら、自分のためにしてくれと言われて。それで私は必死になって考えた。

 そして、出た答えが未来の私のため。

 そうか、私はこんなことを忘れていたのか。多くの非難とするべきことの多さで私はこんな大切なことを忘れていた。

 

「思い出したようだね。まぁ、せいぜい外で待ってる奴のためにがんばるといいさ。

愛情と憎悪は表裏一体。気をつけな。あいつは普通とは違うから」

 

 ちょっと待て!!何だその捨て台詞は!!? 絶対お前は私じゃないだろ!! おい、消えていくな!!

 

 意識がだんだんと覚醒してくる。けれど、頭の裏に感じる温かいものは何だろう?

 とても近くに何かの気配を感じる。と言うよりもその気配が頭の裏に感じる暖かいものだろう。

 その気配はずっと前から知っているものではなく、最近知ったものだ。頭が順調にめぐっていくうちに一つの結論が出た。

 私はその考えが前進に浸透する前に飛びのく。

 

「おや、やっと起きたようですね。それにしても随分とすっきりした表情をしていますね。随分と夢見が良かったようです」

 

 夢? そうだ、私は昔の自分とあって。それで、くそっ、あんな恥ずかしいことを思い出させられた!

 ん? どうしてこいつはそのことが分かるんだ?もしかして、

 

「言っておきますけど、私に人の夢に介入できるような力はありませんよ」

 

 信じられないな。こいつは何でも出来そうな奴だ。人に夢を勝手にいじくるぐらい出来てもおかしくはない。

 

「私がしたことはあなたの召喚器にちょっと喝を入れただけです」

 

 はぁ?私の召喚器はもう無いはずだ。この体を乗っ取ったときに同時消えたはずだ。

 

「取り戻したあなたならもう一度呼べるでしょう。きっとあなたの召喚器も呼ばれることを待っているはずです」

 

 そんなはずはない。けれど、何故だろう。この胸の内から熱い期待がある。呼び起こせと、もう一度戦いたいと。

 私はその思いに従った。

 

「来い!! ダークプリズン!!」

 

 瞬間世界が止まる。

 

(久しいかな。私の主よ。誇りを、夢を、希望を思い出した貴女が今一度私を呼び起こしてくれるのを待っていた。

もう一度共に希望を持って夢を追いかけよう。私は主と共に歩むもの。主の望みが叶うその時まで、この命尽きるその時まで共に)

(あぁ、共にもう一度歩もう。夢が叶うその時まで)

 

 目を開けると私の手には大きな血のように赤い剣があった。本当に戻ってきた。

 

「いやはや、本当に戻ってくるとは。軽い気持ちだったんですけどね」

 

 蛍火は軽く驚いている口調になっている。けれど顔はまったく驚いていない。どういう奴なんだ一体?

 

「全てを取り戻したあなたに問います。まだ、私が輝かしいですか?」

 

 蛍火が偽りは許さないと言った目で私の眼前に立つ。少し前ならその姿を輝かしくて眩しいと感じていただろう。

 けれど、今は違う。私は取り戻した。私は闇の中にしかいられないかもしれない。そしてこいつは光の中にいる。

けれど闇の中でしかなせないこともある。私たちは唯立場が違うだけだ。

 

「いや、私は私。あんたはあんただ。そこに違いはあるけれど眩しさを感じる必要はない」

 

 その言葉に蛍火は笑った。優しそうに笑った。

 

「眩しいですね。そんな貴女なら、いずれ光の中を歩めるでしょう」

 

 えっ!? 私が眩しい? どういう意味だ?

 蛍火はそれで用は終わりだと言うかのように歩き出した。かと思ったら急に振り返り。

 

「この醜くて、残酷で傲慢な世界を見る覚悟は出来ましたか?」

 

 などといった。こいつはすでに知っていたのだ。けどそれでもコイツは抗っている。

あぁ、その答えは決まっている。この世界を変えるためにこの世界を正視してやる。

 蛍火はまた、それだけを言って歩き出した。

 

私は千年振りに目隠しを外してみた。

そこに見えたのは月明かりの下、夜の闇にすら交わることの出来ない孤高の存在が何処に向かうでもなく歩いている光景だった。

 その存在は寂しいでもなく、辛いでもなく、自然体で一人歩き続ける。

きっとあいつは死ぬまでその生き方を続けるだろう。だけど、そんなんじゃ耐え切れない。

 そのままで死なせたくは無い。あぁ、夢で私が言っていたことは本当だったな。

 

 

 

 

 

 

 思い返してみると結構無茶をしたな。それで戦いを挑んでそれで好きになる。かなり歪んでいるな。

 それから、あいつについての話で盛り上がった。恋敵のはずなのにあいつの愚痴でかなり盛り上がった。

 まぁ、それでもあいつのいい所を知れて有意義だったと思う。

 蛍火、覚悟しろよ? 私にこんな恥ずかしい物を思い出させたんだ。私が女だと言う事を思い出させたんだ。

 お前にはその責任を十分に取ってもらうからな

 

Interlude out

 

 

 

 


後書き

 ロベリアは本当はとても実直で素直で女の子らしいと私は原作で感じました。

 ルビナスを羨ましく感じ、世界の不条理さに嘆く幼い女の子。それが私の印象。

 姉ですが、これは独自の設定です。そこまで詳しい設定はなかったから勝手に作らせて貰いました。

 ロベリアが願った世界から不条理を無くすと言う想い。でもそれは最初からそうだったのでしょうか?

 その前段階となる小さくて、とても清廉で、純粋な想いがあったと思います。

ロベリアだって最初から女を捨てていたとは思えませんから。

というかまぁ、ここまで乙女なロベリアも珍しいと思いますが。

無理に一話に纏めたみたいに感じてしまうかも知れませんが、

そこはご容赦を、この話ぶっちゃけるとロベリアがメインヒロインじゃないんで。

 

さて、蛍火がどうして最後にダークプリズンに干渉できたのか。それは観護の隠された特殊能力のお陰です。

不思議に思わなかったでしょうか? 観護だけどうしてあそこまでしゃべる事が出来たのか。

それは誰に対しても意思疎通を容易にできると言う観護の特殊能力があったからです。

まぁ、この事は観護は知らないのですが。そして蛍火はその事に気付いちゃったわけです。

 

 戦闘の最後で蛍火が使ったのはテレポートです。『神速』? 

使えはしますけどそんな対人戦におけるジョーカーを持たせるわけには行きません。

唯でさえハチャメチャな戦力バランスなのに、これ以上崩すわけには行かないでしょう?

蛍火にはこの作品では何があっても使わせません。

 

 

 

 

 

 

観護(ロベリアが思い出してくれて嬉しいわ(濁涙 )

 キモ!? まぁ、最初は小さな願いだったと思ったからね。

観護(でも、蛍火君の背中をどうしてあんなふうに感じたのかしら?)

 ロベリアだからこそだろうね。今までの蛍火の姿を見ていなかったからこその正しい印象。

 周りに人がいたとしてもそれは本当にその人が一人じゃないって証拠じゃないし。

観護(その認識おかしくない?)

 本音を話せる人が周りにいなければそれはきっと周りに人が居ないのと変わりはないよ。

観護(私がいるのに?)

 はははっ、何を言っているんだ、この駄刀は? 蛍火が君に本音を一度でも語ったのか?

 蛍火は君に一度でも予想した事を話したのか?

観護(!?!?!?)

 蛍火は独りだよ。

 

観護(…………)

 観護がショックを受けすぎているので、私一人で何故か最初から続く次回予告。次回は蛍火の一日の終わり。

 四十七話で五話続くとか言ってましたが、削除する部分が多すぎて一話分減っちゃいました。

 すみません(土下座





今回はロベリアが主軸。
美姫 「中々乙女してるわね」
うんうん。それにしても、蛍火の戦闘力はどれぐらいなのか。
美姫 「単純な戦力以外にも様々な術や技を持っているものね」
確かに。と、それはさておき、次回で蛍火の一日が終わるみたいだな。
美姫 「どんな終わり方なのかしらね」
次回も待ってます。
美姫 「待ってますね〜」



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