ここはガルガンチュア。俺はそこで皿洗いをしている。

 

「イム、これお願いします。」

 

 いつも皿洗いは手伝ってくれているイムに洗い終わった皿を渡す。それを迷うことなく元あった場所に戻した。

うん、初めのころと違ってちゃんと皿を置けている。

 これで最後か。一息入れよう。

 

 

 

第四十七話 白の生活

 

 

 

 

 

 

「イム、お茶を入れますけど、呑みますか?」

 

 一応聞いておかないと一人で飲んでいるのが見つかったとき拗ねるからな。

ちなみに俺がお茶といったときは緑茶のことをさす。念願かなって漸く入手できたのだ。

 

「貰うわ。そういえばこの前、おいしいお菓子売ってる店を見つけて、そこで買ってきたのがあるわね」

 

 へぇ、イムが絶賛するほどの店か。どこだろうな?

あっ、何か今俺が良く知ってる店が思い浮かんだ。……気のせいだよな?

 

「でも、立地が変わってたわよ。同じ系統の店が向かい合わせであるんだもの。

でも、味とか違うし、同じ場所で違う味のお菓子が買えるから、こっちとしては文句はないんだけどね。

……………あれっ? おかしいな」

 

 ………やっぱりか。あそこか。

 

「ねぇ、マスター。って、何変な顔してるの? もしかして、マスターも知ってるとか。

って、そんなはずないか。マスターは甘いものがあんまり好きじゃないし」

 

 あぁ、イムの言う通り。甘いものはあまり好きじゃない。

だけど、あそこでは感想を言わなければ成らず甘いものをしこたま食わされた記憶がある。

 

「どうしたの、マスター?顔色悪くなって」

「いえ、以前。ファミーユでしこたま甘いものを食べさせられた記憶が少し蘇ってきて」

 

 俺は言ってから、ヤバイと思った。イムはこれで結構嫉妬深い。俺が好き好んで甘いものを食べないと知っている。

つまり、誰かと行った。もしかして女?という思考に行き着いても不思議はない。

 

「へぇ」

 

 イムの表情が危ない。早く、事実を言わなければ。

 

「イム。私はそこで働いていたことがあってそこで試食をさせられただけですから」

 

 それを言っただけでイムの危ない表情は消えた。ふぅ、その内本当に包丁で刺されそうだな。

 

「なんだ。そうだったの」

「驚かないんですか?」

 

 お菓子店に働いていたと知ったなら何かしらあると思っていたのだが。まぁ、そこまで卑しくないか。

 

「だって、マスターよ。今更、四次元ポ○ットでも持ってない限り私だって驚かないわよ」

 

 イムのその言葉に俺は思わず眼を逸らしてしまった。

アッ メソラシチャタ。

 

「はぁ!もしかして、マスター。持ってるの?」

 

 イムが呆然と俺を問い詰めてきた。

 

「まぁ、四次元とは違いますが、似たようなものは」

 

 あっ、呆れられてる。まぁ、ここまで非常識だとな。俺が持っているのは異次元ポケットだ。

召喚魔法の応用で次元と次元の狭間に荷物を入れて置ける便利なもの。

生物を入れても時間の流れがおかしいので腐ることはない。便利だ。

 

「はぁ、もう呆れるしかないじゃない。何? マスターはドラ○もんにでもなりたかったの?」

 

 いや、さすがにあんなポンコツには憧れはせんぞ。それに俺が持ってるのは未来道具じゃないし。

 

「それよりもマスター。ここにおいてあったお菓子知らない?」

 

 イムは冷蔵庫の奥のほうを指差す。まぁ、冷蔵庫にあるものは俺が随時把握しているから俺に聞いてもおかしくはないか。

 

「たしか、昨日。ロベリアが食べてましたよ?」

「あんの根暗!! 」

 

 イムがドスドスと足を鳴らしてロベリアの部屋のほうへ走っていた。

なぁ、イム。お前は裸の上にローブを被ってるだけのようなもんなんだからもう少し慎みを持ってくれ。

 

はぁ、俺が治めに行かないといけないか。

 ロベリアの部屋に行くとすでに言い争いが始まっていた。まったく。

 

 

 

 

「ロベリア。あんたねぇ。毎回毎回言ってるけど私の買ってきたお菓子勝手に食べないでよ!! 」

「あんたのだって証拠はあるのかい?」

「私が買ってきたんだからそれが証拠になるわよ! 」

「そんなはずはないだろ。名前でも書いてたんなら別だけどね」

 

 二人のいい争いにはあきれ果ててしまう。子供ですか、貴女達は……、

 お茶を飲みながら読もうとしていた新聞を丸め、二人の頭に落とす。ふむ、いい音が鳴るな。

 

「二人とも、そこまでです」

 

 二人が恨めしそうな眼で俺を見る。レンでもう見慣れているな。

 

「イム。ここには誰かのなんて気にしない人が多いんですから、次からちゃんと名前を書いておくように」

 

 俺の言葉にロベリアはイムに向かってそれ見たことかといった表情で笑う。

イムはかなり不満そうな顔をして返そうとしたが俺に怒られていたからそれほど力がない。

 

「ロベリアも。誰かのなんて分かりきっているんですから。そこは気配りが必要ですよ」

 

 俺がさらにロベリアも責めるとロベリアがしゅんとなった。

 まったく。落ち込んでいる反応まで子供だ。

 

「今度、ファミーユ店長直伝のプリンを作ってあげますから。以後、こういうことが無いようにして下さいね」

 

 仁直伝のプリン。それはもう美味い。卵料理だけは誰よりも上手い仁がさらに改良を続けたものだ。

ファミーユでも数が少ないのですぐに売り切れる。

まぁ、キッチンにいる俺は結構食べることが出来たが一般では簡単に手に入らない。

 二人の頭をぽんと軽く乗せて、すぐに手を離す。そして俺はキッチンのほうに戻った。はぁ、お茶絶対に渋くなってるな。

 

 

 

 

Interlude ダウニーview

 彼が来てから全てが変わった。

 誰もが個人の理想の為に行動していてバラバラだったはずなのに。

 彼が来てから誰もが認め合うように誰もがお互いに向き合うように変わった。

 

「シェザル〜、ちょっと照準が合わないんですけど、見てもらえませんか?」

「? 構いませんが」

「すみませんね。まだ銃の扱いには慣れていなくて」

 

 慣れた手つきで蛍火君の銃をいじるシェザルの姿が……、

 

「落ちて少しだけ照準がまがっていただけですね」

「あぁ、あの時か」

「蛍火。もう少し銃を大切に扱ってくれませんか? 銃はデリケートなんですから」

「あっ、あははは。すみません、以後さらに気を付けます」

「まったく」

 

 蛍火君の前で呆れた表情で笑うシェゼル。

 以前なら見れなかった表情。

 いえ、それ以前にシェザルは私たちの前では決して仮面をはずそうとしなかった。

 しかし、蛍火君が来てから幾日もしない内にシェゼルは自然と仮面をはずした。

 

 

「お〜い、蛍火。珍しい酒が手に入ったぜ!」

「おぉ、こっ、これは焼酎!? この世界に焼酎が!?」

「おうよ。この前、ちっと遊びにいった村でたまたま見つけてな、飲むだろ?」

「もちろん」

 

 蛍火君に正義も悪もない。

 ムドウが略奪したことは明らかなのに蛍火君は平然とそれを口にする。

 

「がはははっ、でよ、その時な………」

「ほぉ、中々に面白いことを、でもこんな風にしたら………」

「おぉ、そいつは凄ぇ!!」

 

 無邪気に笑う事などなかったムドウが笑う。

 平然と、当たり前のように………、

 

 

「こら、シェザル!! ピーマンを食べなさい!! 苦手だというのは知っています、でも食べなさい!!」

「嫌です」

「何の為に油通しをして苦味を無くしていると思っているんですか!?」

「見た目がダメなんです!!」

「くっ、ならば今度、人参みたいにケーキに混ぜてみます!! その時はちゃんと食べなさい!!」

「蛍火、そんな殺生なことはないでしょう!?」

 

「ムドウ!! 肉ばっかり食べてないでちゃんと野菜も食べなさい!!」

「力をつける為に肉がいるんだよ」

「これ以上力を付ける気ですか!? 少しはバランスを考えなさい!! 何の為にサラダがあると思っているんですか!!」

「肉で補えばいいだろ?」

「肉でビタミンの類が補えるか!! イヌイットじゃあるまいし!?」

 

「イム、ロベリア!! 先にデザートを食べようとしないで下さい!! 何のためのデザートだと思っているんですか!?」

「だって、ねぇ。待ちきれないもの」

「女には甘いものが何よりも優先されるんだよ? 知らないのかい?」

「そんな屁理屈通じません!! デザートは食後に食べてこそ意義があるんです!!」

「お菓子はどうなるのかしら、マスター」

「!? くっ、そんな屁理屈ばかりいう子には今度からデザート抜きです!」

「マッマスター!?」

「蛍火、それは無しだろ!」

 

「ちょっ、ダウニー先生、笑ってないでちゃんと叱ってくださいよ!!」

「あははっ、すみませんね」

 

 彼に上下の関係はなく、誰とも親しく誰とも隔たりがない。

 彼の前では誰しも笑って、当たり前の生活を送れる。

 

 蛍火君がいなければ成立しない今の生活。

 蛍火君がいてこそ成り立つ今の生活。

 

 彼があの時、……私が幼く、妹がまだ健在だった時、

彼がいてくれればもしかして私達は今、笑って共に過ごせたのではないのかと愚考してしまう。

 

 妹はいないが、それでも彼ならば新しき世界で隔たりなく、誰しも平等に、誰もが笑える世界を創れるのではないか?

 そんな事を彼の前では思ってしまいます。

 

Interlude out

 

 

 

 

 

 

「あぅ〜」

 

 俺はガルガンチュアでだれていた。もう、疲れて疲れて仕方ない。だってよ、ここの奴らかなり我侭なんだぜ?

それにいちいち対応しなきゃならねぇから疲れるのなんのって。

 今は深夜零時過ぎ。ここにはもちろんレンは連れてきていない。

今では違う布団で寝ているのだが、それでも眠るまで手を握られている。

温もりを失う事が恐ろしいのだろうか?

罪悪感が募る中、せめて安心できるようにと身代わりの人形を置いてきている。

朝には隣に戻るようにして気付かれないようにしている。

ゴトッっという音がして真横に酒瓶が置かれていた。もちろん、誰がおいたかなんて気配の嗅ぎ分けで分かっている。

 

「どうしたんですか?ダウニー先生。」

 

 苦笑した顔でグラスを二つ持つダウニーが俺の後ろにいた。

 

「いえ、あの四人をまとめて疲れているでしょうからせめて差し入れをしようかと」

 

 心底同情しますと顔に出ている。それと同時に嬉しそうに笑いながら。

ダウニーにも似た経験があるのか俺がどれだけ疲れているか分かっているのだろう。

しかし、後者はなんだろうな?

 

「なら、変わって下さいよ」

「さすがに私の言う事では聞きませんよ」

 

 俺が変わってくれといったら即座に否定しやがった。主幹としてあいつらに言うことを聞かせているだろう?

 

「じゃあ、普段の指示はどうやって彼らは聞いているんですか?」

「戦況の進め方に関しては任されているので。しかし普段は私のいうことに耳を傾けようともしません」

 

 そんなもんなのかねぇ。

 

「でも、さすがに言う事聞かなさ過ぎですよ。

ムドウはみんなの料理なのに好物だけを取って、シェザルは好き嫌いなくすように料理しているのに手をまったく出さないし、

ロベリアとイムはお菓子のことで喧嘩するし、しかも、買い置きしているお菓子類を勝手にあさって食べているし。

最後のは全員ですよ!! 全員!! まったく子供の世話をしているようですよ」

「それは、何とも言いがたいですね」

 

 ダウニーが額に大きい汗をかいている。あまりにも程度が低すぎる。

それは分かっているのだが少しは聞いてくれてもいいと思う!

 

「そういう時はこれですよ」

 

 ダウニーの手の中で琥珀色の液体がゆれている。ふむ、ウィスキーか。

 

「ダウニー先生はどちらかというとワインかと思っていたんですが」

「寝酒にはいいですがこういう時はキツイのでないと」

 

 確かに苛立っているときはキツイ酒をちびちびとやるのがいいものだな。

 手馴れた手つきでウィスキーの栓を開け、氷に入ったグラスに注いでいく。注ぐと同時に聞こえる氷の割れる音が何とも気持ちいい。

 一口。ふむ、いい味だ。しかし、これはかなり熟成されているな。年代物だな。

いいのか? こんなの俺が呑んで。

 

「美味しいですけど、こんな年代物私が飲んでもよかったのですか?」

「ムドウに見つけられて呑まれるよりもいいです」

 

 ダウニーが表情をしかめて断言した。過去に呑まれたことがあるのか。

しかし、ムドウも決して酒の味が分からないわけじゃないぞ。あいつはあいつなりに酒の楽しみ方を持っているだけだ。

 

 

 

 

無言で酒を傾け続ける。イムやロベリア達がいるときはとは違う静寂に満ちた空間。

 

「貴方が着てから、ここは変わりました」

 

 ダウニーが何時に無く饒舌に語る。もう、ウィスキーを二人で二本も空けているのだ。口が軽くなるのも無理は無いか。

 

「ムドウとシェザルは私達と共に食事を取り、イムニティはよく笑顔を見せるようになりました。

その結果がこれからの戦況にどんな影響を与えるか私にも分かりません。ですが、この状況が悪くは無いと思っています」

 

 ふむ、いつもの刺々しいのが取れている。これは本心と考えたほうがいいか。

家族、もはや失われたものと似たものが目の前にある。憧れたものが目の前にあるというのならそう思うものか。

 

「貴方はやはり、人を変える力があるようです」

 

 ダウニーの言葉に苦笑してしまう。

そんなはずは無い。俺にはそんな正の力は存在しない。あるのはモノを壊す力だけだ。

まぁ、それをここで言うのは野暮だな。

 

「そういえば、貴方が引き取った少女。レンといいましたか。その子はここには連れてこないのですか?」

 

ダウニーが少々、気遣わしげに聞いてきた。しかし、これは俺にというよりは。

 

「あの子の意志に任せます。あの子が私がしていることを知りそれでも私についてくるというのならこちらに住ませます」

「そう………ですか」

 

 俺の言葉に落胆というよりも残念がっているように見える。ふむ、どうしたというのだ。

 

「ですが、その子はまだ、十にも満たないのでしょう?なら保護者である貴方が導くべきでは」

「十といっても考える力はあります。それにあの娘はきっと自分で選べる」

 

 何を甘いことを言っている。世の中には十にも満たずに一人生き抜くものもいる。

なら、レンにもできるはずだ。それにあの子は選んだ。俺と共に来る事を、くるはずのない母親を待ち続ける事を。

レンは選択を迫られたら自分で選べるだけの力を持っている。なら、そこに俺の意思を介入するのは失礼だ。

 

「何をそんなにこだわっているのですか?」

 

 俺の言葉にダウニーは顔を赤くして、呟いた。

 

「………………妹に重なるんですよ」

 

 小さく、言葉数の少ない呟き。だが、それは後悔と悔恨を滲ませる一言。

そうだったな。こいつには小さい頃妹がいたんだったな。

 

「なるほど」

 

 俺はそれだけをいい。またグラスを傾ける。

うん。やはり美味いな。

 

「聞かないのですか?」

 

 ダウニーが心底不思議そうに聞いてくる。俺の反応おかしいか?

 

「聞いていいのなら」

「では、聞いてもらえますか? 実は私には妹がいました。身内の私から見ても整った顔をした美人の妹でした。

 私のことがとても好きで私が何処に行くにもついて来るような妹でした」

 

 ダウニーは遠い目をしていた。

在りし日の、もはや二度と戻ることの出来ない美しく輝かしい思い出だけをその目は映していた。

だが、その優しく、なによりも柔らかい笑みは消え、憎しみと怒りに彩られる。

 

「ホルム州の片田舎でひっそりと暮らしていた私達は、その地方の貴族の慰み者にされてしまいました。

兄妹で殺し合いを演じさせられたのです!!」

 

 良くある話だ。貴族という特権階級を持った者特有の遊び。

当の本人たちにしたら悲劇でしかなく、殺し合いではなく殺し愛いか。

 

「その後、ロベリアと出会い私は妹の復讐の為に暗黒騎士に身を落としました。

しかし、しかし!! 私が力を手に入れた時には私達を慰み者にした貴族に復讐を行おうとその貴族の屋敷に乗り込んでみたら……、

なんとその貴族は寿命で幸せのうちに死んでいたのですよ? 大勢の子供に囲まれて幸せそうにっ!!!

 こんな世界の何処に正義があります? 何処に公平があります?

私の妹はあんなに苦しい思いをしたというのに!! 私は地獄を彷徨ってきたというのに!!

だから私は、破滅の民を纏め上げ、破滅の軍団を作り、この不公平な世界を正すために立ち上がった」

 

 ダウニーの眼は決意に満ちそれを何があっても貫こうという意志があった。

その理想に憧れる眼は正義の味方になりきった子供のようだ。

 

正義の味方。そんなものは存在しない。正義の味方は結局自分の我侭を通しているだけだ。

その欺瞞と勝手な思いで敵対するものを踏みにじる。敵対するものにも理由はあるだろうに。

結局はこれも唯の戦争というそれだけの話。

 

なるほどね。こいつの目的はロベリアと同じだったのか。世界の不公平を許せずに憎む。ロベリアと同じ。

違う点は不公平が自分に向けられていたか大切なものに向けられていたかの違いか。

 

「蛍火君。あなたは何故、こちらの陣営に就いたのですか?」

 

今まで決して聞いてこなかった事を酒に酔ったのと自分の理想によったために勢いで聞いてきたのだろう。

俺のこっちに付いた理由ね。

 

「そうですね。白の主になった後、イムに話しを聞かされたからでしょうか?」

 

 実際のところはそんなものじゃない。唯、大河たちを死なせないようにする裏工作がしやすいと思ったからだ。

そして、大河と戦える。それだけだ。

 

「それだけですか?」

「纏めてしまえばそれだけですね」

 

 ダウニーは明らかに不満そうな顔をしている。普段なら顰めるだけだというのに酒の力とは恐ろしい。

 

「それで救世主クラスの者と戦えるのですか?」

 

 俺はダウニーの言葉に思わず笑いを漏らしてしまう。イムとまったく同じ事を聞くんだからな。

 

「戦いますよ。私の前に立ちはだかるというのなら。例え誰であろうと、例え何であろうとも、斬り捨てます」

 

 俺の断言にダウニーが息を呑む。ふむ、そこまで気配を濃くしたわけではないのだが。

 

「それは、貴方が引き取っている少女でも?」

「当然。殺します」

 

 当然だ。もし、俺の前に立ちはだかるというのなら俺は全てを斬り捨てる。

例外は観護から頼まれている救世主候補と学園長のみだ。それ以外は全て同じ。

 

ドクンッ

 心臓が嫌に鳴る。どうしたというのだ?

 

 しかし、俺がレンを殺す可能性か。ふふっ、神に愛されし子を神に反逆する俺が殺す。

ストーリーとして出来すぎだな。だが、その可能性がなくもない。レンの出生には秘密が多すぎる。

それが俺にどうしようもなく嫌な予感を与える。

 

 若干。ダウニーが引いてる。まぁ、そうだな。自分を慕ってくれているものを簡単に斬り捨てられるなど普通は言えない。

 

「そこまで決意するほどの目的とは、やはり新しい世界ですか?」

 

 新しい世界。それは救世主となれたものの特権。自らの思い通りになる世界を描くことが出来る。

だが、それがどうしたというのだろう。自らの思い通りになる世界など塵ほどにも価値は無い。

 

「自らの思い通りになる世界ですか?そんなもの望んでどうするんです。私にとっては明らかに過分。望むものでは無いですよ」

 

 俺の言葉にダウニーがかなり驚愕している。

ダウニーにとってはある意味手に入れられれば自分の望む世界が労せず手に入るのだから。

価値観というものは兄弟でさえ違うのだ。なら、他人である俺たちが異なるのは当然だろう。

 

「どうせなら、私がそれの権利を手に入れたら委譲しましょうか?」

 

 俺の言葉はさらにおかしいのかダウニーはもう驚きっぱなしだ。失礼な。

 

「世界すら欲しない貴方は一体何のために戦うのですか?」

 

 ダウニーの声はもはや懇願に近い。これ以上自分を惑わせないで欲しい。これ以上自分の考えとは違う答えを出さないで欲しい。

 ならば聞かなければいい話だが、聞いていしまうというのが人というものだ。

 

「あの時、言ったでしょう?自分のためだって」

 

 俺は笑って答える。ただ、それだけ。この答えを幾度言っただろう。

それは誰に、幾度聞かれても変わらない答え。契約を護るという自分の最後のものを護るため。

 

「たしか、譲れないもののために、護りたいもののために戦う。でしたか。貴方にとってそれは一体何なのです?」

「決意は内に秘めるものですよ」

 

 決意は人に話すことによって固まるものと、話さないことで固まるものがある。

俺の場合は役割上語ることが出来ないだけ。大層なものでもない。

 

「話してはくれませんか。では、何故救世主クラスに入ったのですか?

それは貴方が白の主になった後だとイムニティからは聞きました。最初からこちらにいたほうが良かったと思いますが」

 

 まぁ、確かにダウニーの言う通りだ。そうでなかったら俺はあの三人のも出会うことはなかっただろう。

そうすればこっちでずっとバイクの手入れだけをしていればよかった。

 だが、それではつまらんだろう?

 

「物語はより劇的に、フィナーレはより悲劇的に。そうした方がいいと思いませんか?」

「この戦いが物語ということですか?」

 

 その通り。俺からしたら元々この世界での話は物語だ。

ならば、俺の知らない、より面白い話に脚本を変えたほうがいい。

 

「千年毎に起こる愛憎劇。もし、この戦いを外から見るものがいるとするならばまさしくこれは物語です。

結末はいまだ決まっていない物語。なら、それをより一層読んでいて面白くしなければ。

仲間だと思っていた者が最後に立ちはだかる敵だった。

ありきたりですがこれ以上に劇的なものはありません。なら、それをしないと」

 

俺の言葉にダウニーは信じられないものを見るような目で俺を見た。

その発言は物語の進行のためなら死んでもかまわないということだ。もちろん俺はそう思っている。

結末がそうであるように決められているのなら俺は大河に殺されよう。

あいつが罪を背負うことに成ろうとも。俺の死で誰かが悲しむことになろうとも。

 

「私には貴方を理解し切れません………それでも貴方を信じますがね

「リコ・リスさんにも同じ事を言われましたよ。まぁ、私の思考はおかしいというのは分かっています。

だって、私は革命者といわれるほど異端な考え方を持っているのですから」

 

 俺の言葉にダウニーはさらに面食らったような表情をして酒を飲みなおした。そして、

 

「あははっ、確かにえぇ本当にそうですね。……あぁ、そうだ。そんな貴方だからこそ私は付いていくと決めたのだ

 

ダウニーは可笑しそうに嬉しそうに笑った。

 

 

不平等を許せない正義か、近しいものを踏みにじられるのが許せない正義か。果たしてこの世界ではどちらが勝つのだろう。

俺と観護。その他多数の不確定な因子を持つ世界は。

 

 

 

 

 

 


後書き

きっとこの話で白の将に対する認識が変わった方が多いでしょう。

 私は白の将達がただの非道な存在だとは思いません。

今に至る過程があって、戦場ではない場所では些細な事で笑って、悲しいときには泣いて。

そんな何処にでもいるはずのそんな存在。何処にでもいる人たちなんら変わりない、そんな存在。

悪になるべく然るべき理由があり、それでいて悪であろうとも日常では当たり前というそんな彼らがいても可笑しくない。

私は完全なる悪というものは存在しないと思っていますから。

 人によっては賛否両論でしょうが、それでもお付き合い願えると嬉しく思います。

 

 

 

観護(意外ね)

 そうか? 私はこんな白の将達がいても不思議じゃないと思う。

 それにね。私は原作をしていてとても可笑しいと思ったのがある。

 それはシェザルとムドウに人を殺す動機が記されていないこと。

シェザルにもムドウにも殺人鬼に堕ちた理由があって当然のはずなのに、

なのに、イムニティとロベリア、ダウニーしか堕ちた理由が記されていない。

 二人にも然るべき理由があったはずなのに、

それに、私は生まれた時から悪人だなんてないと思う。

観護(世の中にはそうは思わない人も居るわよ?)

 うん、分かってる。これは私の価値観だって言う事もね。

観護(でも、これじゃ敵としてばっさり殺せないわよ)

 それを知るのは救世主候補じゃない。知っているのは蛍火だけだから。救世主候補達は知らずに彼らと戦う。

観護(救えないの?)

 無理。彼らはたしかにここでは普通に見える。けれど……ね

 悪である事に変わりない。それに彼らは救世主候補にとって憎むべき敵。

 彼らはベリオ、カエデが前に進める為の犠牲になってもらう。

観護(悲しいわね)

 世界にはこんなはずじゃなかった、知らなければ良かったって事で一杯だ。

 戦争なら尚更ね。敵が攻めてきた理由が本当は仕方なくだったり、敵が本当はいい人だったり……ね。

観護(辛いわね)

 それは誰にとってだろうね?

少なくとも蛍火ではない。蛍火には辛くない。蛍火はそれを知りながらも平然と彼らが死ぬ為のシナリオを組み立てる。

 彼らが完全な悪人と知りながら、日常では笑うことの出来る人だと知りながら、それでも他ならぬ契約の為に組み立てる。

観護(私は後悔するかもしれないわね)

 残念ながらこの程度で後悔していたら後が持たないよ?

観護(もっと辛いことがあるの?)

 さぁ? さて、長くなってきてるので次回予告

観護(次回からは蛍火君のある一日を五話に渡ってお送りいたします)

 平和な一日か、慌しい一日なのかは次回にて、では次話でお会いいたしましょう。





白の将たちの日常という感じだな。
美姫 「よね〜。それぞれに理由があり、過去がある」
故にこそぶつかり合うのだよ。
うーん、蛍火の暗躍で白と赤の陣営が手を組んで神と……。
みたいな展開は流石にないか。
美姫 「これから先、どうなっていくのか楽しみよね」
ああ。とりあえず次回は、蛍火の一日らしいが。
美姫 「どんな一日になるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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