シャベルが土を掘る音しか聞こえない。もう火葬も終わり、後は埋葬のみになる。面倒なので観護の力を使っている。
こんな事に使うなと観護に言われたが楽なので文句を言われようと使ってやった。
第四十二話 闇と月が出逢う運命の夜
ふぅ、やっと終わった。大河たちが引き上げるとき彼女達の荷物は出しておいたからもう、することは無い。
なのに俺はここを離れる気が未だにない。煙管に火をつけ。
星を見ながら一服。今宵は満天の星空。月は姿を見せず、雲さえも空には掛からない。
その淡い星の光に誘われるように俺は一軒の廃屋に眼が止まった。
少し村はずれにある廃屋。そういえば調べていないな。見て見るか。
虫の鳴き声と俺が草を踏みしめる音のみがする。この村は近くに清流が流れている。
時期が合えば蛍が見えただろう。この世界で見ることが叶わないと思うと少し残念に思う。
ドアも打ち破られ、外観に無事なところは無い。これでよく建っていることが出来ると心底思ってしまう。
ん? 人の気配がする。どういうことだ? 粗方調べて人がいないと思っていたのに。俺の思い違いか?
俺は用心をしてその廃屋の中に入った。
そこには一人の少女がいた。
穴の開いた天井から降り注ぐ月光。それに照らされ、少女の容姿が見えてくる。俺は柄にもなくその少女に見惚れてしまった。
月光に照らされ光を放っているかのように見える腰まで届く白髪。
透き通るほどの白さを持った肌。
吸い込まれそうなほどに蒼いその瞳。
そしてその身に纏う純白の衣装。
この夜のように凛とした雰囲気。
その全てが俺に見惚れさせた。
その少女はきっと陽光の中でも輝くだろう。だが、この月光こそが少女を最も輝かせている。
柔らかく、包み込むような、幻想的な光の中でこそ少女は輝く。
まるで月に祝福されているかのような。例えるのならば月の女神、そんな印象さえ覚えてしまう。
彼女との出会い。それは運命的な出逢いではないかとさえ俺は思ってしまった。
「貴方は誰?」
唐突に話しかけられ、少女がこちらを向いていることで俺はそれが俺に話しかけられていることに漸く気付く。
本当に俺らしくない。どうしたというのだろう。
「私は王立フローリア学園の救世主クラスに所属している新城蛍火といいます。貴女は?」
「レン。レヴェリー・クロイツフェ」
「なるほど、レンちゃんと言うのですか」
俺はなるべく緊張させないように話しかける。おそらくまだ十にも満たない子供だ。学園の出身者といっても何も分からないだろう。
たしか、この子は母子家庭の子で村全体から可愛がられていた子だ。そして、この子の母は俺がさっき埋葬した。
「レン」
少女は頬をむくれさせながら自分の名を呼ぶ。先程の印象と違って今は普通の少女だ。
「さて、少し話をさせてもらってもいいでしょうか? レンちゃん」
俺がまた、名前を呼ぶとさらに頬をむくれさせた。何が気に入らないんだ?
「レン」
また、自分の名を呼ぶ。あぁ、そう呼んで欲しかったのか。
「すみません。レン。話をしてもいいですか?」
「何? 蛍火」
しょっ、初対面の年上に対して即効で呼び捨てか。まぁ、おじさんと呼ばれないだけいいか。
「レンは今まで何をしてたんですか?」
「外がうるさくて、それでお母さんに倉庫に入れられて、何も出来ないから今まで寝てた。
おなかが減ったから起きたけどお母さんがいないから」
なるほど、納得できる理由だ。ここまで俺たちがいたところから遠くて、地下にいたというのなら俺には関知することができない。
そして、起きたからやっと関知することができた。という事か。
「お母さんは?」
それは残酷な質問。俺はこの子供に母が死んだと伝えねばならんのか。それはもう少し後でもいいかもしれない。
死と言うものが理解できていないかもしれないからな。
ははっ、甘い考えだ。だが、そうしたいと何故か思える。
「残念ながら、貴女のお母さんはいません。遠くに行かれてしまいました」
「嘘。お母さんが私を置いていくなんてしない」
信じられないのだろう。今までいつもそばにいてくれた母がいなくなることを。
だが、何だ?
この違和感は。少女は俺が暗に母が死んだと告げたということを理解しているように思える。そして理解していないとも。
どういうことだ? 俺が心理を読めないなんて。
「いえ、遠いところに行ってしまわれました。もう、あなたの前には姿を現さない」
「嘘。お母さん。すぐに来て、ご飯作ってくれる」
あぁ、なんて残酷な。絶対なる信頼。それはもはや届かないのに。
「残念ながら」
俺は少女を諭すように言う。
「そんなはずないもん!! うわああああん」
泣き出してしまったか。やはり先程の違和感は勘違いか? 分からん。
「すみません。ですが、それが事実です。私は嘘をつきたくない」
少女は泣き止まない。こんな時、優しい嘘をつけたらいいのに。
だが、俺は嘘をつきたくない。優しい嘘はいつか解けてしまうのだから。いつかが今か。なら、後で知るよりも最初から知らせたい。
俺は少女を抱きしめる。母親のようにはなれない。だから、せめて父親と同じようなぬくもりを与えられるように。
不思議と少女を抱きしめても拒絶反応が出ない。人間という種を嫌っている俺が何故?
十数分で漸くレンは泣き止んでくれた。そして、俺は選択肢など無い選択を告げる。
「レン。ここではいくら待ってもお母さんは来ません。だから、私とともに来ませんか?」
「蛍火と?」
やはり、呼び捨てか。まぁ、別にいいんだけど。
「えぇ、王都の近くで落ち着くまで過ごしましょう。その後はあなたが決めるといい」
嘘だ。少女に選択権など無い。誰かの養子に引き取られるのは確定している。
「分かった。蛍火と一緒に行く。それで、お母さんを待つ」
やはり、理解してくれなかったか。だが、ここで泣かれては困る。あやし方も知らないからな。学園長に任せるとしよう。
「えぇ、荷物をまとめて、行きましょう」
俺の言葉でレンはいそいそと自分の荷物をまとめた。
コンコン
「夜分遅くに失礼します。ただいま任務を終えてきました。報告よろしいでしょうか?」
普段とは違う言葉遣いで入室の許可を取る。この場では学園長は上官である。言葉遣いも変えなければ。
「どうぞ」
けじめをつけようと変えてるんだけど。向こうが変えてくれないから困ってるんだよな。
俺はレンを引き連れ、中に入る。中に入った途端、学園長がキツイまなざしで見てきた。
俺を誘拐犯か何かと勘違いしてない?
「報告書です。ダリア先生が渡されたのと変わりは無いと思いますがどうぞ」
「分かりました」
俺が渡した報告書を真剣な眼で見ている。ときおりレンのほうを見ているがそこまで怪しまなくても。
「それで、先に見つかった二人の今後の予定は?」
報告書を眺めながら俺の言葉を聞いている。うん。さまになっている。
「明日に事情聴取で、その後は保護観察といたところです。それ以外は決まっていません。
もちろん。保護観察者は貴方ですので。後日会いに行くように」
それは当然か。あそこまで言っていたのをダリアも聞いているだろう。なら、俺がその役割についてもおかしくは無い。
「住む場所はどうする予定ですか?」
「まだ、決めていません。出来ればここに近い場所にはしようと思っています」
まぁ、そこは相談か。彼女たちについての話はこれで終わりだ。聞くことはこれ以上ないからな。
「拝見しました。それで、その子は?」
報告書を書き直している暇なかったからな。レンのことは書いていないから聞くのは当然か。
「はい、最後まで残っていたあの村の出身者です」
ここで生き残りとは言わない。率直で分かりやすいと思うが、レンにも理解できてしまう。だから、遠まわしに言う。
「なっ!? そうですか。彼女の名前は?」
驚きもすぐに抑えて公然とした態度に戻る。さすがに俺が言いたい事を分かっている。
「レヴェリー・クロイツフェ。愛称がレンです」
あの村の在住しているリストが乗っている部分を見て、レンがそこの出身者だと漸く分かったようだ。
犯罪者扱いされなくて良かった。
「たしかに、それで、レンちゃんの扱いですが」
「おばさん、誰?」
今になってレンが漸く口を開いたがよりにもよって学園長に向かっておばさん!? なんて恐ろしいことを。
「おっ、おばさん」
学園長のこめかみにかつて無いほど青筋が浮かんでいる。こっ、このままでは最後の救出者が消し炭に!
「がっ、学園長。抑えてください。子供の言うことですから」
俺の言葉と学園長という名で自制心を取り戻す。かなりがんばったようだ。
学園長のほうを見ているとコートの裾が引っ張られているのに気付いた。なんだ?
「子供じゃない」
レンがまた頬を膨らませて怒っている。まったく可愛いらしい。
「ふふっ、すみません。レン」
その言葉だけでレンは機嫌を直した。本当に子供だな。おっと、年齢に関しては考えないでおこう。
この世界の女性はそこら辺に関してはおかしいまでに勘が鋭い。もしかしたらレンまでも勘で気付くかもしれないからな。
「くっ、それで蛍火君。この子の待遇についてですが」
「はい」
居住まいを正す。これからレンの生涯が決まるのだ。助けたものとしての義務を果たさなければならない。
「里子に出すという事でいいですか? それ以外に案はないと思いますが」
学園長が気の毒そうな表情で告げる。たしかにそれ以外に案はない。だが、せめてその中でもレンが気に入った人にしたい。
「はい、それしかありません。取りあえず里親を募集して、その後この子に決めさせる。というのが一番いい方法だと思います。
レン。すみませんが、その人達と待っていてください」
俺の言葉にレンは首を横に振る。だが、納得さえなければ。
「その人達と一緒にいたほうがいいです。お母さんも気長に待てますし」
俺の言葉に学園長が睨んでくる。だが、俺は首を振ることでしか返すことが出来なかった。
この子が理解してくれないのだ。なら、嘘をつくしかない。
「蛍火。一緒に待っててくれるって言った。だから、蛍火と一緒に待ってる」
「レン。お願いです、聞いてください」
俺の言葉をレンはまったく聞き入れてくれない。俺は信用されるような奴じゃない。だから、聞いてくれ。
「やだ。蛍火と一緒にいる!!」
そう言って俺の裾を離さない。困った。
俺は助けを求めに学園長のほうへ向く。
だが、帰ってきたのは、その手があったって顔してる。
まさか…………、
「そうですね。無理に引き剥がせば泣かれるでしょうし。里親を探す必要もありません。それに里親を見張らずに済みますね」
ちょっと待て!! 俺は戦う人ですよ!? 死ぬかもしれない人ですよ!! ついでに白の主ですよ!! 明らかに無理ですよ!!?
「ちょっと待ってください。学園長!! 明らかに無理です。いつでも一緒にいられるわけではないんですから。それに私は……」
この子の前で言っていいのだろうか?
俺がすぐに死ぬかもしれないものだということを、そして、確実に別れが来るということを。
「ですが、この子がいいというのです。恐らく貴方以外では拒絶するでしょう。なら初めから貴方に任せたほうがいい」
くそっ、人の気も知らないで。こうなったらレンを、
「いいですか? レン。もし私と一緒にいるとなると貴女のお母さんみたいに遠く行くかもしれません。
また、悲しい思いをするかもしれません。それでもいいのですか?」
学園長が止めようとするがこれだけは譲れない。俺は一人で誰も待たせずに死ぬのだ。この子を待たせるわけには行かない。
「蛍火はどこかに行かない」
それはもはや信頼に近い。
だが、違う。違うんだ。俺は確実にいなくなる。
「いえ、行ってしまうんです。確実に悲しい思いをします。だから、私を選ばないで下さい」
「やだ、蛍火と一緒にいる。蛍火はいなくならないもん!!」
頼む。聞いてくれ。
「お願いです。聞いてください。貴女を悲しませたくない」
「なら、お母さんが来るまでいいから」
「駄目です」
レンはもう、泣いている。
ここに来るまでに俺に近づけすぎたか。失敗した。
「一緒にいる!!」
「蛍火君。何もそこまで拒絶しなくても」
「学園長。これだけは譲れないんです。私を待つ者などいて欲しくないのです」
俺の重い言葉に学園長は黙った。これだけは譲れないのだ。何があっても譲ってはいけないのだ。
なのに、この子の涙を見ていると………
ダメだ。俺ではダメなんだ。
「なら、蛍火が遠くに行くのなら付いてく。それなら」
「駄目です! その時に絶対についてくるなんて言わないで下さい」
俺は恐らく他人のために始めて声を荒げた。いや、これは俺のわがままなのかもしれない。俺を俺でいさせるための。
「なら、その時までいい。その時まででいいから」
レンは俯き、それ以上言葉を発しない。どうすればいいというのだ。
「蛍火君。この子がそこまで言うのです。貴方がいなくならなければいいのですから預かってください」
学園長が俺に始めて頼みごとをした。頭を下げてまで、きっとリリィを重ねているのだろう。
だが、俺にどうしろというのだ。俺は確実にいなくなるのだ。だから、
「何でも素直に言うこと聞くから、わがまま言わないから、一緒にいて!」
レンは必死に俺にすがってくる。そのすがる相手がいなくなるのが決まっているというのに。何故だ。
もう、どうしようもない。この子の気が変わるまで待つとしよう。
本当に俺らしく無い。
「分かりました。ただし、学園長。一人を養うのですから、それなりに給料は上げてください。それとこの子の部屋を」
「蛍火君。ありがとうございます」
礼を言われても、それならあんた引き取ってくれたらよかったのに。
くそっ、今思いついても遅い。もう、俺は約束してしまったのだ。なら、守らなければ。
「部屋、いらない」
泣いていて聞いているはずのないレンが言葉を発する。どういう意味?
「蛍火と一緒にいる」
「つまり、同じ部屋がいいと。となると今の部屋では狭いですね。では後日下の階に移動するように申請しておきましょう」
ちょっとまてい。さすがに一人部屋が欲しくなる年頃だろ。寂しいからって後々必要になるからさ。
「その時はその時です」
学園長が俺の表情から読み取り先回りされた。不覚。
「今日は部屋がないので今までと同じ部屋を使ってください」
まったく………
部屋に着き、コートをハンガーにかける。散々な一日だ。
レンはすでに舟をこいでいる。無理もない。時間的にはそろそろ十二時だ。普段ならすでに布団の中だろう。
「レン。気にせずそのベッドで寝てください」
俺は今日はソファで寝るか。まぁ、公園のベンチに比べれば壁がある分マシだな。
「一緒に寝る」
何言ってんのこの子!! 俺にそんな性癖はないが。だが、すぐに別れるのだ。なら今から慣れさせるべきだ。
「お母さんいないの初めてだから」
寂しいということか。それにレンは俺の裾を掴んで離さない。もう、このまま寝るしかないのか。
………今日だけだ。そうしよう。
「おやすみなさい。蛍火」
「おやすみ。レン」
ランタンの明かりを消し、あたりが暗闇になる。少しするとレンの寝息が聞こえてきた。疲れていたのは当然か。
この子の世話に、彼女達の世話。そして喫茶店。前途多難だな。
俺はまだ知らなかった。この出逢いが全てを変えてしまうということを。
それは結末が訪れなければいいと思ってしまうほどに………
後書き
さて、またしても出してしまったオリキャラ。
レンという少女に出会って今までにない心の揺れを見せる蛍火。
何故か。それには色々と理由があります。しかし、それはまだここでは語れぬ事柄ですので。
名前と服装などを見て分かると思いますが、レンは月姫のレンなど、様々な寡黙キャラをモチーフにしました。
まぁ、そこはどうでもいいですね。
さて、原作にはいない救助された人々。それがどのように関係してくるでしょう?
おめでとう!!!!
観護(おめでとう!! レンちゃん!!)
レン「うん!」
さて、漸く出てきたレン。いやー、長かった。レンが後書きに出てきて二十五話。まじで長かった。
レン「やっと、やっと蛍火と逢えた!!」
観護(うーんでも、蛍火君らしくないわね。この話)
まぁ、ちょっとそうかもしれない。でも元々蛍火は優しいし、それにメルヘンな事を普通に言えるから。
それに色々と要素が絡んでるからね。
観護(蛍火君の最後の言葉がかなり不吉なんだけど)
そうか? 私としては普通だけど。まぁ、人によってだろう。
観護(そうかしら?)
まぁ、それよりも次回予告&問題
レン「次回は私と蛍火のデート!!」←トリップ中
まぁ、そう言えなくも無いね。レンと二人っきりじゃないけど。
それよりも問題です。
観護(ちゃらん♪)
蛍火がレンに異様に甘いのは何故か?
一・蛍火がロリコンだから
二・蛍火が精神病だから
三・蛍火が光源氏計画を立てようと常々考えていたから
四・純粋に惚れた
五・作者の意図
五・レンが子供だから
さ〜てどれだ♪
観護(かなり酷い選択肢ね。蛍火君が聞いたら殺すわよ?)
大丈夫、大丈夫。君が洩らそうとするのなら出番を減らすだけだし。レンはトリップ中だから蛍火の耳に入る事はないよ。
観護(安い考え方ね)
レン「もしもし、蛍火? 今ペルソナがね……」
レンッ!???!!!!!?
答えは六の、実は生き別れの妹だった!
美姫 「はぁぁぁっ!」
ぶべらっぼげぇっ!
……そ、それじゃあ、七の蛍火二重人格説、ぶべらっ!
美姫 「レンと名乗る少女の登場。彼女との出会いが何をもたらすのか」
いやー、イレギュラーだらけになってきたな〜。
一体、どうなるのか。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。