さて、これから一仕事か。

まぁ、大河たちよ。俺から言えることは一つ、上手くやれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十九話 彼女のお名前は?

 

 

 

 

 

 

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「おっはよぉぉん〜。昨夜はぐっすり眠れたぁん?」

 

クレアからの要請を受けた翌日、寮の前の小さな庭となっている場所に集まった大河たちへとダリアの間延びした第一声が飛ぶ。

それに力が抜けて行くような感じを受けながらも、全員が頷き返す。

ダリアはそんな大河たちを珍しく真剣な表情で一度見渡した後、再び相好を崩す。

 

「ではぁ〜、校門の前に馬車が用意してありますから、それに乗ってねぇん」

 

ダリアはそう言うと、大河たちを引き連れるようにして校門を目指して歩く。

そんなダリアの背中を眺めながら、大河は困ったように未亜へとそっと話し掛ける。

 

「なあ、あれは触れた方が良いのか? それとも、気付かない振りの方が良いのか?」

「わ、分かんないよ。ダリア先生の事だから、本気でやってるのかもしれないし」

 

そんな内緒話が聞こえているのか、ダリアは背を向けたまま歩き出さず、その場に止まったままでいる。

それを見て、ベリオが遠慮がちに大河へと話し掛ける。

 

「ひょっとして、触れて欲しいんじゃ……」

 

言いつつ、ベリオの視線も大河たちと同じ個所へと向く。背を向けたダリアが肩の高さまで持ち上げた右手、そこに握られた三角旗を。

そこにはご丁寧にダリアが書いたのか、救世主候補ご一行様と書かれていた。

これから殺し合いに行くはずだ。そのはずなのだ。

だが、ダリアを見ているとただの観光か、遠足にしか思えない。

それでも戸惑っている大河たちに焦れたのか、ダリアが顔だけを振り返らせ、肩越しに笑顔を振り撒く。

 

「お弁当とか〜、ハンカチは持ったかしら? おやつは三つまでですよぉん。バナナはおやつに入りませんからね〜」

 

アヴァターにもバナナがあるのかっ!? とツッコミたい所だが、ツッコメない。触れた後が怖いからだ。

特に大河とリリィは昨日とは別の恐怖に包まれていた。

そんな事まで言い出すダリアを呆れて眺めながら、ベリオはそっと溜め息を吐く。

 

「大河くん、お願いだから触れてあげて。じゃないと、いつまで経っても出発できないわ」

「いや、でもよ」

 

 自分が犠牲者になること確定だ。そんなに触れたくはない。

しかし、自分がしなければ他にするものはいない。大河は決心をしてダリアに話しかけた。

 

「……分かった。ガイドさん、目的地まではどのぐらい掛かりますか?」

 

ものすごい嫌そうな顔をしながらも、大河がそう前へと言葉を投げると、途端にダリアは嬉しそうに振り返る。

 

「はいはぁ〜い、お客さん、ここからだと大体ですね〜……って、誰がガイドよぉぉぉ〜」

 

そう言いながらも、顔は満面の笑みが浮んでおり、台詞と表情が一致していない。

呆れたように大河たちが見ていると、ダリアは身をくねらせる。

 

「いやぁぁぁん、皆、そんな目で見ないでよぉぉ〜。ちょっとしたお約束じゃないぃぃ〜。

緊張しているであろう皆を和ませようと、頑張ったのよ〜」

 

 恐らく徹夜してその旗を作ったのだろう。努力のしどころが恐ろしいまでに間違っている。

 

「それなら、もう少し違う方向に努力してくれよ」

 

 呆れてものも言えないといったように大河がダリアにツッコミを入れてしまった。だが、次の言葉で後悔する。

 

「うぅ〜ん、大河くんのいけず〜。夜の時はあんなに優しいのにぃぃ〜」

 

その言葉で辺りの空気が凍りつき、突き刺さるような視線が大河とダリアへと飛ぶ。

それに昨日にも劣らないほどの冷や汗を掻きつつ、大河はすぐにダリアへと怒ったように声を掛ける。

 

「ちょっ!この乳入道、何言うんだよ!」

「あ、あははは〜。ちょっとして冗談だったんだけれど、これは冗談じゃすまないわねぇ〜。

皆、さっきのは冗談なんだから、そんなに殺気を向けないでよぉぉ〜」

 

ダリアをじっと見詰めていた救世主候補たちは、その言葉に嘘がないと判断すると、ようやくいつも通りに戻る。

 

「もう、ダリア先生ってば驚かせないで下さい」

「あ、あはははは、悪いわねぇ〜」

 

ダリアは冷や汗を流しながら、笑う。

だが、その笑いも次のベリオの台詞で木っ端微塵に砕け散った。

 

「もう少しで、今度、お葬式の準備をするか真剣に悩むところだったんですから」

 

ベリオがくすくすとおかしそうに笑う。若干パピヨンが入っているようだ。

笑顔でさらりと恐ろしい事を言い放つベリオにダリアは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

普段は温和なはずのベリオがここまで言う。ぶっちゃけ逃げ出したい。ここ数日で救世主クラスは確実に力をつけているのだ。

ダリアでは正面からの殺し合いになれば勝つことは最早出来ない。

 

「それじゃあ、出発進行〜♪」

 

明らかな逃げである。しかし、その事を誰が責められようか。さっきのベリオはマジでヤバかったのだから。

そう掛け声を掛け、今度こそ本当に出発しようとしたダリアに、その出鼻を挫くようにリコが声を掛ける。

 

「あの、蛍火さんを朝から見かけなかったんでけど、知りませんか?」

 

 蛍火が救世主クラスに編入されてからは朝のトレーニングが救世主クラス全員で行い、その後朝食を共にするのが日課になっていた。

しかし今日は蛍火は朝から一度も顔を見せていない。

 しかし、リコにわざわざ聞かれるとは蛍火も随分とリコに気に入られているようだ。

 

「そうだな。行かないからって見送りぐらいはするよな」

 

 彼の性質を知る救世主クラスからすればおかしなことだった。

 

「探してみるか?」

 

 それは不安だ。いつもある者、知らず知らずのうちに頼っていた者が忽然と消える。

彼らは知っている。ある日突然、今ある日常が消えてしまうことを。

痛いほどに……、

 

「そうね。せめてどこにいったかぐらいは知っておかないと」

「ちょっと、ちょっと」

 

 ダリアが止めるまもなく救世主クラスは蛍火を探しに出かけた。

ただ一人、何も口を挟めなかったダリアが、一人さめざめと涙を流していじけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園内をあちこち探し回った大河は、もう少しで出発時間になるという焦りを覚えつつ、正門まで足を伸ばす。

と、その正門から少しだけ離れた脇で倒れている一人の少女を見る。

腹を出し、芝生の上とはいえ地面に直に寝転がって寝ている少女は、よく見ると右腕が取れ、左足もあらぬ所に転がっていた。

一瞬、死体かと思ってしまったがそれが大河の知る人物だと知ると、少し呆れながらも近づく。

まぁ、現時点では彼女は死体の一種であるのは間違いではない。

 

「おい、こんな所で身体を散らばらせて寝ていると、風邪を引いちまうぞ。それともゾンビは風邪を引かないのか?」

 

自問自答をしつつ、あられもなくさらけ出された少女のお腹を興味なさげに見ていた。

大河にとってナナシは興味対象外のようだ。まぁ、さすがに死体嗜好ではないようだ。

 

大河の言葉に目を覚ましたのか、薄っすらと目を開けた未だに名の無い少女は呂律の回らない口調で言葉を発する。

 

「むにゅぅ〜、やっぱりお日様の下での居眠りはさいこうですのぉ〜」

「いや、お前はゾンビなんだからお日様は天敵だろ?」

 

大河の言葉が聞こえていないのか、少女は一人言葉を紡いで行く。

 

「ああ〜、ここはもしかして天国なのですの? え〜ん、私死んじゃったのですの〜」

 

 寝ぼけているのか、少女の言動はめちゃくちゃである。

 

「ゾンビっていうのは、死体じゃないのか?」

 

そしてそれに律儀に返す大河。なんだかんだ言っても面倒見がいい性格なのかもしれない。

ようやく大河の言葉が聞こえたのか、少女は急にそれまで定まっていなかった焦点を大河へと合わせる。

 

「ダーリン! ダーリンも死んじゃったんなら、私も死んでもいいですの〜」

「いや、頼むから勝手に殺さないでくれ」

「ん〜〜、まだ、ぼうっとしてるんですの〜」

「おい、いつまでもこんな所に寝転がってると、風邪……引くのか? まぁいいや、とりあえず、ほら」

 

大河はそう言って目を覚ました少女の手を慎重に掴んで起き上がらせる。

 

「ありがとうですの〜。やっぱり、ダーリンは優しいですの〜」

「お前、おおげさ」

「そんな事はないですの〜」

「まあ、どっちでも良いけどな。それより、こんな所で何で寝ていたんだ?」

「昨夜遅く、ひーちゃんと遊んでいたら、疲れてそのまま眠っちゃったんですの」

 

 遊んでいた後疲れて眠るなど子供のすることである。見た目十代後半の女性?がすることではない。

もっとも少女の年齢はそれはもう高いのだが、その性格のため積み重ねた年を感じさせない。

 

「お前、そんなんで寝るなよ。あっ、知らないと思うけど蛍火がどこにいったか知らないか?」

「蛍火ちゃんってあの革命者さんですの?」

「あぁ」

 

大河は何でゾンビがそんな事を知っているのかは不思議に思ったが聞かなかった。蛍火のほうが重要だからだ。

 

「ひーちゃんと遊んでたとき、門番の人に話してるの見たですの〜」

「マジか!? それでどうしたんだ!?」

 

思わぬところからの情報に大河が少女の肩を掴む。

 

「あん。ダーリン、大胆ですの」

 

某乳入道と同じような言葉を言うがそれに大河は取り合わない。それだけ精神的に切羽詰っているのだ。

 

「答えてくれ!! 」

「えーと、その後、門から外に出て行ったですの〜。それ以上は知らないですの〜」

「何で外に出て行ったんだ?」

 

少女のことは放置して大河は一人考え込んでしまった。

 

「さっき、ひーちゃんと一緒に遊んでたって言ったよな」

 

 大河は少女で駄目ならば一緒に遊んでいたと思わしき人物について聞いてみようと思った。

 

「はいですの〜」

「じゃあ、そのひーちゃんは蛍火の行き先を何か知らないか?」

「う〜ん、それは聞いてみないと分かりませんの〜。でも、ひーちゃんは消えちゃったですの〜」

「消えた? ひーちゃんってのは何なんだ? まさか、忍者か?」

「ひーちゃんは、まぁ〜るくって、ぽわぽわしてて、あったかいですの〜。

それで、青くって、燃えてて、宙にふわふわ〜って浮いてるんですの〜」

 

 大河はその条件に合うものを連想する。だが、いくら連想しても人物には思えない。

 

「……人魂?」

「そうですの〜」

 

 もはや、蛍火に関する情報を少女から引き出せない事を大河は悟った。

 

「助かった、ありがとよ」

 

大河は胸中でぼやきつつ、少女に礼を述べると、皆にこの事を伝えようと少女に背を向ける。その大河の腕を少女が掴んで止める。

 

「悪りぃ、急いでるんだ」

「ごほうびが欲しいですの〜」

「ごほうび? まぁ、とりあえず言ってみろ」

 

さっさと戻りたい気持ちを押さえ、教えてもらった以上は無下にも出来ずに尋ねる大河に、少女は笑顔で告げる。

 

「結婚がいいですの〜」

 

 ご褒美で結婚ならば大河と蛍火はすでに重婚していなければならない。

さすがに結婚は大事に思っているのか。大河は慌てて止めた。

 

「おい、ちょっと待て」

「む〜、何でですの〜。」

「何でって言われてもな、まだ出会って少ししかたってないだろ? つーかお前には十年速い。いや、こいつの場合。十年遅いのか?」

 

相手がゾンビ?であることを思い出し、過去形であるかもしれないと本気で大河は悩んでしまった。

少女は大河と本気で結婚しても言いと思っているが(本来の人格含めて)大河の渋る態度に譲歩案を出した。

 

「むむむ〜。だったら、私のことを名前で呼び捨てにしてほしいですの〜。現状からのステップアップですの〜」

「あぁ、まぁその程度なら良いか」

 

 大河は気付いていない。こういう行動が後々、災難を呼ぶことを。

 

「わーい、わーいですの〜。じゃあ、今すぐ呼ぶですの〜。さあさあさあ〜」

「ああ、分かったって……」

「わくわくですの〜」

 

忍者の少女並に目を輝かせて大河の返答を待つ。少女にとってはかなりのドキワク(死語)であるだろう。

 

「…………」

「どきどきですの〜」

 

期待して待つ少女とは裏腹に、大河は困ったような顔を見せると、言い辛そうに告げる。

 

「なぁ、お前の名前は何て言うんだ? よく考えれば、名前を教えてもらった記憶がねぇんだが」

 

どうやら、さっきの無言はこれまでの少女とのやり取りを思い出していたらしい。その結果、名前を知らない事に気付いたのだった。

それで名前を尋ねたのだが、尋ねられた少女の方もぽかんとした顔をする。

少女には現時点では名前がないのだから仕方ないのかもしれない。

 

「え〜っと…、ん〜〜っとぉ………私って生きてた時の記憶がないんですの〜」

「おいおい………」

「だから、名前も覚えてませんですの〜。てへっ」

 

 かわいらしく舌を出して頭をこつんと叩く。言っている内容の重さに反して少女の態度は軽い。

その考え方でこの千年を生きてきたのだろうから少女にとってはどうでもいいのだろう。

 

「おいおい、どうしろっていうんだよ。とりあえず、急いでいるから名前を思い出したら言ってくれ」

「あ〜、待つですの〜。約束ですの〜」

「いや、だから、名前を思い出したらって言っているだろ?」

 

困る大河へと、少女は何かを期待するような目で見詰める。その視線に耐えかね、大河は思わず口を滑らす。

 

「名前が無いなら、名無し、ナナシでどうだ?」

「………」

「わっ、わりぃ、今のは酷すぎたな」

 

無言になった少女にさすがに酷過ぎると思ったのか謝る大河だった。もう少し考えるべきだろう。

蛍火であっても普通の名前を考える………のか?

少女はそんな大河の謝罪も耳に入ってないのか、満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる。

 

「流石はダーリンですの〜♪ 私の旦那様で、その上、名付け親にまでなってくれるなんて〜」

「名付け親って、まさか………」

「ナナシ……。ちょっと堅いかもしれないので、ナナっていう呼び方も良いですの。

でもでも、ダーリンが付けてくれた名前ですの〜♪ 私……ナナシは感激ですぅ」

 

 普通は名無しなどと呼ばれて怒らないものはいない。だが、どうやらというかやっぱり、ナナシの感性は大河以上におかしいようだ。

 

「ほ、本気ですか?」

 

思わずそう尋ねてしまう大河だったが、少女、ナナシは期待する眼差しで大河を見詰めてくる。

 

「さ、ダーリン、約束ですの」

「いや、だから、それは……」

「呼び捨ての約束ですの♪ それでまずは、すてっぷわんですの〜」

「ほっ、本当に良いんだな?」

 

 さすがにその名前は普通にはないことが分かっているため確認してしまう。

 

「さあさあさあ、ですの〜。わくわくわくぅぅ〜ですの〜。早く呼んで欲しいですの〜」

 

本当に嬉しそうにしながら呼んでくれるのを期待して待っているナナシを見て、

大河も本人が納得している事だしと割り切る。さすがである。

 

「それじゃあ、ナナシ」

「……きゃい〜ん♪ とっても、とっても感激ですの〜♪」

 

そう言ってあちこちを飛び跳ねるナナシを暫らく茫然と眺めていた大河だったが、

すぐにナナシに一声掛けると、皆の元へと向うのだった。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん。見つかった?」

 

 すでに広場には大河以外の全員がそろっていた。表情を見る限り情報は集まっていないようだ。

 

「見つかってないけど、学園の外にいるって言うのは分かった」

「ほんと!」

 

 大河のその言葉に救世主クラス一同が喜びを上げる。

 

「あぁ、けどそれ以上は分からなかった。すまねぇ」

 

 大河は思わず謝ってしまった。大河が謝る必要はないのだがそれでも目の前の女性たちが落ち込むのを見て謝らずに入られなかった。

 

「みんな〜。そろそろ行かないといけないんだけど〜」

 

 未だに放置されていることに耐え切れなくなったのかダリアが思わず今の場合の禁句を言ってしまった。

 その言葉により、救世主クラス全員ににらまれるのだが。

 

「えーとでも、蛍火君なら心配ないわよ。学園長に用事を頼まれてるみたいだから」

 

 にらまれるのに耐え切れずにダリアが言った言葉に全員が目をむく。

 

「おい、どうしてその事を先に言わないんだよ!!」

「そうですよ!!」

 

 救世主候補たちが口々にダリアを攻め立てる。だが、

 

「そんな事言ったって〜。私が言う前にみんな動いちゃったじゃないのよ〜」

 

 ダリアの正論に全員がうっと止まる。確かに自分たちが悪いのだから。

 

「じゃあ、改めて出発するわよ〜。あっ、その前に学園長から餞別があるから、馬車の中でちゃんと読んでね?」

 

 ダリアはレポート用紙が数十枚あろうかという分厚いものを大河に渡した。

絵がないのなら大河に渡すべきものではない。彼女は明らかに渡す相手を間違えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漸く出発し、一同、馬車の中いくばくかの緊張を内包しながらただ、座っていた。さすがに遠足気分にはなれないようだ。

 

「あー、パス」

 

 先程まで学園長の餞別を読んでいた大河が根を上げる。読んでまだ一枚もいっていない。

 

「あんたねぇ。お義母さまからの餞別なんだからもっとちゃんと読みなさいよ」

 

 大河が投げ出した書類をリリィが慌てて掴む。そして、大河とは比べ物にならないくらいの速度で書類を読破していく。

普段から本を読んでいる者の本を読む速度は本当に速い。

 

「すごい」

 

 思わずといったように、リリィが声を漏らした。

 

「リリィ、すごいって何がですか?」

「何がって、この資料がよ。これは簡単に集まるものじゃない。

現地にでもいって綿密に調べないと分からないようなこととがすごく多く載ってるのよ」

 

 ベリオにその部分が書かれた書類を渡す。ベリオはその書類を簡単に確認するがそれでもその情報の正確さと精密さが分かった。

 そして、リリィはこの書類の出所というか作った本人が誰か気付く。

 

「そっか、それで蛍火は朝からいなかったのか」

 

 その言葉に馬車のいる全ての人から注目が集まる。(当然、ダリアからも)

 

「どういう事?リリィさん」

 

 蛍火の名前が出てその事をほうっておけなかったのか一番に未亜がリリィに聞く。

 

「どうもこうもないわよ。この資料を作ったのは蛍火で、それを調べるために朝から、

うぅん。この資料からいって、昨日からいなかった。というわけよ」

「何で蛍火が書いたって分かるんだ?」

「あのねぇ。今、私たちが向かってるのは破滅かもしれないのよ。そんなの相手に普通の斥候が役に立つと思う?」

 

 リリィはそう言うが本来はそんな事はない。一流の諜報員ともなれば調べることだけならば出来なくはない。

気付かれぬように調べ、報告する事は出来なくはない。

しかし、戦闘になった際には生きて帰ることは難しい。普通の人では質が異なるのだ。そこに行くものは死を覚悟せねばならない。

 

「確かにそうですね」

 

 リリィの言葉に全員が頷く。人以上の力を持つが故に、彼らは人の底力を忘れてしまっている。

 

「でも、兄君はこの件に関しては手を出せないはずでは?」

 

 その言葉でリリィがそういえばと思い出す。彼はこの件に関しては直接関与が許されていないことに。

そこで考えが止まってしまうのは言葉での修羅場をくぐっていないからだ。一人を除いて。

 

「いえ、違います。蛍火さんは直接の手を出すことが許されていないだけで、間接的になら手を出せるはずです」

 

 数えきるのも愚かしい程、年を重ねた少女が彼らに教える。たくさんの人を見てきたのだ。気付かなくてもおかしくはない。

いまさら気付いたのは精神的にショックが多すぎたせいだが。

 

「どういう事だ?」

 

 その言葉で理解が出来ない大河がリコに聞き返す。もう少し物事を深く考えるべきだ。

 

「蛍火さんは手を出せないではなく、直接手を出せないといっていました。

つまり、こういう風に資料などの支援では手を出せるということです」

 

 リコの言葉で大河がやっと理解する。他の者も似たようなに納得していた。わかっていなかったのは大河だけではなかったようだ。

 

「ですが、彼はこの資料をどうやって作ったのでしょう?」

「どうって、普通に作ったんじゃないのか?」

 

 大河の言葉にリコは首を横に軽く振って説明する。

 

「そう簡単にはいきません。カエデさんのように訓練と実戦を受けていないとここまで簡潔に、ここまで精密に作ることはできません。

そんな事ないはずなのに」

 

 リコは真剣に悩んでいるが大河、カエデ、未亜はおかしく思っていない。

彼らはあいつなら何でもありだと本当に思っているからだ。人の限界を考えて欲しいものだ。

 最も、それを蛍火は容易くぶち抜いているのだが……、

 

「蛍火なら訓練を受けてたわよ。しかも、実戦もずっと前からやってるわ」

 

 リリィが資料を見ながら驚愕の事実を軽く言う。その言葉で馬車の中が揺れる。

言った本人は涼しげに資料を見ていた。自分がどれだけの事を言ったか分かっていない。

資料に気を取られすぎたのだろう。赤い少女はうっかりが付属なのだろうか?

 

「どういう事ですか?リリィ。」

 

 ベリオが言い逃れは許さないといった声でリリィに問い詰める。

その声の質で漸くリリィは自分の言ったことの重大さに気付く。やはり、赤い少女はうっかりが付属のようだ。

 

「えっと………」

 

 目を泳がせて何とか言い逃れしようとするが、向く方向全てがベリオと同じ視線だ。

特に未亜がもっともキツイ。自分は知らないのにと言外に告げていた。

 だが、それでも何とか言い逃れしようと思案をめぐらす。だが、それは叶わなかった。

 

「リリィ。これ以上言わないなら私にも考えがあります」

 

 ベリオが何所からともなくメモ帳を取り出し、ページをめくる。あるページで手を止めその部分を読み始めた。

 

「『はぁ、どうして素直になれないんだろ?こんなんじゃ「ってちょっと待ちなさいよ!!」何ですかリリィ?」

 

 とんでもなく素晴らしい笑顔でリリィの言葉を聞こうとするベリオ。パピヨンと結託してでも知りたいようだ。

そのベリオの素敵な笑顔に救世主クラスはもとよりダリアでさえも引いている。

 

「分かったわよ!言えばいいんでしょ!! 言えば!!」

 

 やけっぱちといったようにリリィが言う。彼女は羞恥のため、その後のことを考えていない。

 

「あいつは最初からそういう仕事についてたの。この世界に来てすぐから」

「それでは答えではありません。彼がこの世界に来たときには本当に何の力もなかった。なら、そんな事できるはずがありません」

 

 リコが鋭いツッコミを入れる。鋭すぎる。

 リリィは言いたくなかったが答えるしかなった。

視界にメモ帳を弄ぶベリオの姿が見えたから。

蛍火というイレギュラーが入ったことにより最も変質したのはもしかしたら彼女かもしれない。

 

「蛍火は、この世界に着たすぐのときから召喚器を手にいれてた。そして、私たちとは違う道を選んだ。

大勢の人を助けるために私たちは動くけど、蛍火はそこから零れ落ちた者ために動いてただけ。ただ、それだけよ」

 

 救世主クラスたちはもはや、何所に驚いていいのか分からなくなってしまった。

だが、ベリオはその言葉に矛盾を感じた。蛍火が救世主クラスに編入される前日に聞いた言葉とは考えが違う。

 零れ落ちるのが許せないというもの、零れ落ちたものは仕方ないという相反する意味。

 

「彼は、彼はあの時、大勢の人を救うために犠牲は出ても仕方ないっていったんですよ!!おかしいです!」

 

 ベリオはリリィを追求する。ベリオがそこまでして蛍火にこだわるのにはわけがある。

ベリオは神に仕える者だ。対し、蛍火は神を使うもの。ベリオは蛍火を信頼はしているが彼のあり方を容認できない。

 

「ベリオ。おかしな事はないぜ。あいつは全てを助けるためっていったんだ。なら、リリィがいってたことも間違ってない」

 

 大河の言う通り局所的に捕らえればそうなる。だが、ベリオのようにも取れる。言葉とは複雑なものだ。

 

「でも、大河君」

「その事は後で蛍火に聞けばいいさ。

それよりも折角蛍火が作ってくれた資料を無駄にするわけにはいかないからさっさと読んじまおうぜ」

 

 大河の言葉にベリオはしぶしぶと従う。先ほどまで資料を投げ飛ばしていた事を彼は忘れているのだろうか?

 

 

 

 

 

 大河の言葉で全員が資料を見ているとリコが最後のページの余白部分に目が止まった。

何も書いていないのだが、魔力が感じられた。

 リコはそれが幻影石のようなものだとわかると全員にそれを伝え聞くように言った。

 

『さて、これに気付いたという事は全部呼んだということですね。当麻まで読んでいるなんて事は高望みしていませんが。

大方これに気付いたのはリコ・リスさんでしょうね。で、ついでにシアフィールドさんが要らないことを話したと』

「おいおい、見えてるのかよ」

 

 蛍火のあまりにも普通の発言に返ってくるはずがないのに大河が思わずツッコミを入れてしまった。

 

『当真、これは再生専用ですから見えるはずがありませんよ?』

 

 だが、音声のみのはずなのに見事に返ってきた。あまりにも非常識なことに一同は付いていけない。

 リコはその言葉を信じきれず本当に再生専用かどうか調べていた。調べようとした矢先。

 

『リコ・リスさん。疑わなくてもこれは再生専用ですから。術式を見れば分かるでしょう? あぁ、盗聴もしてませんからね』

 

 まるで、見られているかのように声だけの蛍火は念を押す。救世主クラスもダリアも呆れてものも言えない状態である。

 

 

 リコが調べて結果、やはり再生専用であった。

 

『さて、資料を余すところなく見て、これを見つけたボーナスとして、先輩から言葉を送りましょう。

まず、人質救出の際には全てを疑え。事象とは常に動きます。この資料に乗っていない事も起こっているかもしれません。

だから、この資料は一つの情報として処理し、常に現地でも情報収集を怠らないこと。

次に、これは何にでも言えることですが物事における最悪とは我々が考えている右斜め上を行くということを。

最悪を予想し、その上を行く最悪にすら対処できるようにすることです。

まぁ、難しいですがね。当麻、最初の日に貴方言った言葉を思い出してくれると嬉しいです。

現地で注意事項もあるのでちゃんと聞いてくださいね。

おっと、最後に一言だけ。この資料は証拠隠滅のために私の声が終わると同時に爆発しますので気をつけてください』

 

 最後にとんでもないことを言って蛍火からの伝言は終わった。

当然、彼が冗談でもそんな事をするという事を理解している彼らは慌てて資料から離れた。

資料を持っていたリコはとんでもなく慌てていた。

 慌てているところにさらに声が聞こえた。

 

『はははっ、そんなはずないでしょう? 折角作ったんですから。ちゃんと頭に叩き込んでおいてくださいね』

 

 洒落にならない冗談を言って、本当に蛍火の伝言の再生は終わった。

その言葉を聞いた瞬間、救世主クラスの面々は資料を投げ捨てようかと考えたが、まだ頭に全て入れていないので捨てることが出来なかった。

 そこまで蛍火が考えているのだとしたら恐ろしい。というより、考えていそうだ。

Others view out

 

 

 

 


後書き

 ナナシが全く出てこなかったので漸く出せました。

 ナナシと蛍火の接点は限りなく薄いので仕方がないといえば仕方ないのですが。

 ベリオもかなり性格が年相応になっています。蛍火という信頼は出来ないがそれでも信用でき、頼れる存在がいる為に。

 しかし、彼らは気付いていません。誰からも頼りにされている蛍火は一体、誰に頼ればいいのかを。

 おっと、ここに関しては聞き逃してもらえないでしょうか?

 まだまだ先の事ですので

 

 

 

 今回も原作とある程度同じのストーリー展開。

??「手を抜いた?」

 ねぇ、いい加減手を抜いたとか言わないでくれる?

 これは蛍火がある程度原作通りに進めようとした結果なんだから。

??「そう、ならいい」

 はぁ、にしてもかなり久しぶりにナナシを出せた。

観護(そうね。初めの一回を出したっきり全く出てないわね)

 だろうね。蛍火の行動の基本が大河たちと一緒じゃなかったから。ナナシとは出会う機会がないからね。

観護(扱いにくいものね。でも強引過ぎない?)

 あ〜、かもしれない。でもどうしてもナナシ出したかったから。

観護(はぁ、駄作者。まぁそれは別としてリリィが先走ってないわね)

 蛍火のお陰だね。ここら辺でも蛍火の影響が出てる。

観護(影響が出てるといえば、ベリオね)

 彼女はある意味で一番たくましくなったからね………、

 ねぇ、??。今回の投稿で君の口数が少ない事やお仕置きが一回しか無い事が逆に恐ろしいんだけど。

??「蛍火が活躍してないから……」

 なるほど、確かに………。そんな君に朗報。

次回の投稿で君は出てくる!!  ………はず。

??「?………!? ほっ、本当!?」

 あぁ、嘘はつかない。つもりだ。次には必ず君が出てくるところまで投稿させてもらえるように努力する。可能な限りね。

??「〜〜〜〜〜♪」←有頂天

観護(??ちゃん、騙されてるわよ………)

 まぁ、取りあえず次回予告にしよう。

??「次回、蛍火と合流する救世主クラス」

観護(蛍火君がかかわった事でこの事件はどれだけ変質しているか、本来の時間流よりも一日早い到着によって何が変わっているか?)

 では、次話でお会いいたしましょう。





村にはまだ到着せず。
美姫 「まあ、お茶目な仕掛けにあわあわするリコが見れたし」
確かに、珍しいものを見た。
美姫 「蛍火の動きで色々と本来の歴史から少しずれているのよね」
ああ。この事件がどう転ぶのか。また、どんなイレギュラーが起こるのか。
美姫 「次回も楽しみに待っていますね」
待ってます。



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