俺が王宮へ呼ばれたその日の午後、救世主クラスは学園長室へと呼ばれていた。
教室で大河とリリィが大暴れ、セルが黒焦げになった件で呼ばれてたと思ってか、救世主クラスは何気にテンションが低かった。
大河たちが揃ったのを見て、ダウニーが学園長へと呼び掛けるように声を掛ける。
第三十八話 初任務
「学園長、救世主クラス、揃いました」
「そう、ご苦労様」
学園長はそう返すと、大河たちを一通り見渡し、ゆっくりと口を開く。
「前回の地下探索から帰って来たばかりで申し訳ないのですが、王宮から直々に協力要請が来ました」
「王宮から?」
「ええ、そうよ。行ってもらえるかしら?」
学園長の言葉にベリオが驚いたように尋ね返し、それに頷く学園長にリコがいつもと変わらない淡々とした声で尋ねる。
「破滅……ですか?」
その言葉を聞き、リリィの肩が微かに震えるが、前回のように倒れる事はない。
そんなリリィを少しだけ気遣わしそうに大河たちが見遣りながら、学園長はリコの言葉を肯定とも否定とも取れるような言葉で返す。
「まだ、そうとは決まった訳ではないのよ」
そう言いながらも、学園長は顔を微かに歪め、言い辛そうに言葉を繋ぐ。
「でも、今回の任務を遂行すれば、今後あなた達が本物の破滅と戦う上で、またとない経験となるでしょうね」
「つまり、相手は破滅かもしれないモンスターでござるか」
「そうです」
「で、どんな任務なんだ?」
「それは私から説明しよう」
大河の言葉に答え、学園長室にある奥へと続く扉が開き、一人の少女が姿を見せる。
その姿を見て、未亜、ベリオ、リリィが驚いたような声を出す。
逆に、会った事のないカエデとリコは誰か分からずにただ未亜たちの反応を不思議そうに見遣る。
そんな中、大河は一人クレアへと近づく。
「クレア……だったか? あん時はいきなり消えやがって。まったく」
言葉調は愚痴にしか聞こえないがそれでもその中に本当に心配していたことがうかがえる。
その心をクレアは気付いたのか本当に済まなさそうな表情をして。
「そうであったか。それはすまなかったな。あの時は、午後から学園長と会合の予定があってな」
「そうだったのか。でも、一言ぐらい言っていけよな。
俺たちもあの後、予定があったから、心配だったけれど探す事ができなかったんだぞ」
「いやいや、本当に申し訳ない」
「まあ、無事だったみたいだし、もう良いさ」
そう言ってその頭をそっと撫でる。それを興味深そうに見上げていたクレアだったが、その顔に笑みを浮かべる。
そんな二人の様子を眺めつつ、ベリオがクレアの言葉に引っ掛かりを覚える。
「学園長と会合? あなた、一体……」
「ただの迷子じゃなかったって事?」
ベリオの言葉に、未亜もクレアの顔を注視する。そんなベリオたちの反応に答えるように、学園長がクレアの身元を説明する。
「46代目王位継承者にして選定姫、クレシーダ・バンフリート王女殿下です」
『え……? は…? はぁっ!?』
大河を除いた救世主候補たちの口から驚きの声が洩れる。リコも口には出していないが目を見開いて驚いている。リコの驚いている写真、売れっかな?
「そんな……。バーンフリート王国の実質的指導者と噂されるクレシーダ王女が、こんな子供だなんて」
「リリィ、幾ら何でもその言い方は………」
さすがのリリィの言葉にベリオがツッコミを入れているがその言葉では自分も同じように思っているって簡単に分かるぞ?
「とりあえずクレア」
そういって、こぶしを丸めてクレアのこめかみに両手を置いた。
「む、なんだ?」
大河の行動の意味が分からず、思わず聞き返した。それを大河は行動で持って答える。
「いたた!?」
ぐりぐりとこぶしをおしつけ捻る。あれ、かなり痛んだよな。
「大河君!?」
「当真君!?」
学園長とダウニーの言葉を聞いて大河は漸くその手を止める。くくっ、笑いをこらえるのがすげぇ辛い。
「あはははっ」
やべぇ。ついもらしちまった。俺の笑いに全員の視線が向く。
だが、俺は腹を抱えることしか出来ない。
「ははは、すみ、っく。ません。あまりにも、くくっ、当真の行動が面白かったものですから」
あっ、あきれ返っている。でもなぁ、本当にするか?
「当真、速く手をどけないと打ち首になるかもしれませんよ。クレアさんはこの世界で一つしかない王国の指導者ですから」
「王女だろうが何だろうが関係ない。立場なんか知ったことじゃねぇぞ。
俺はいつか救世主になるんだから、その後じゃ目下のもんを叩くわけにはいかねぇからな。
けど今回はムカついたし、俺もちっと心配したしな。ったく、王女様だろうが近所のガキだろうが、子供ってのは勝手で困る」
といって、何でもない事のように大河は俺に言い切った。っく。やべぇ、また来る。
「はははっ、さすが当真。ははははっ」
「そんなに笑うことかよ」
いや、だってさ。王女に向かって、子供扱いですよ。この国の指導者に対して梅干ですよ?
笑えるに決まってるだろ。
「あうう」
クレアは未だ痛がっている。くっ、その表情がさらに笑いを誘ってしまう。
「はははあはははは」
やべぇ、マジ止まらねぇ。
俺が爆笑している姿とその横で憮然としている大河を見てクレアは突如として笑った。
「ふふっ、お主らは本当に面白男じゃな」
「褒められてる気がしねぇ」
「当真と同列扱いなんて屈辱ですね」
いや、俺が大河と同列なんて勘弁してくれよ。俺はダークサイドだぞ? それ以上に女に対してあそこまで執着していない。
「ちょっと待て! 蛍火。どういう意味だ!? 」
俺の言葉が納得できないのだ大河が怒り出す。
「どういう意味も何もリコ・リスさんとの試験直前に勝ったら桃色な事をしようと言っていた貴方と同列扱いはされたくないだけです。
それで結局してしまったのですか?」
俺の言葉に大河とリコは禁書庫での行為を思い出したのか赤くなってしまった。
「お兄ちゃん」
「師匠〜」
「大河君」
未亜は心底情けないといった感じで、カエデは不安げな、恐らく自分では満足できていないと考えてしまったのだろう。
そして、ベリオは嫉妬が満ち溢れた声で大河に詰め寄った。
「いや、ちょっと待て、お前ら。はっ!? そうだ。学園長。何か話があったはずだろ? 速く続きを話してくれ!!」
まるで逃げるように、実際逃げているのだが、話を戻した。
チッ、これから修羅場だったのに、つまらん。
「はぁ」
呆れたというか、疲れたように僅かに頭を押さえるミュリエルの横へと場所を移し、
クレアは改めて真剣な顔付きになると、その口を開く。
「さて、今から二日前の事じゃ。王宮へと辺境警備隊から緊急の連絡が届いた。
それによると、レッドカーパス州とアルブ州の州境にある村をモンスターの小集団が襲い人質を取って立てこもっているというのだ」
「集団? それに人質ですって?」
クレアの言葉に、ダウニーが思わず言葉を発する。そんなダウニーを眺めつつ、大河も口を開く。
「そのレッド……なんとか」
「レッドカーパス州ですよ、大河君」
「あぁ、サンキュ、ベリオ。と、そのレッドカーパスって?」
「ねぇ、お兄ちゃん、本当に授業で何を聞いてたの?」
「何いってるんだ未亜? 俺が授業をまじめに受けているはずがないだろう!! 」
言い切った。ここにはダウニーと学園長もいるというのに真面目に授業を受けていないと言い切った!
すげぇ、ダウニーのこめかみに浮かんでる青筋と大河に向けてる視線がやばいことになっている。
うわぁ、大河、お前よく気付かないな。
大河は未亜には無理っぽそうなのでその視線を横へと移した所で、ベリオが苦笑しながら教えてくれる。
「州の名前じゃないですか」
「ああ、州って言ってたな、そう言えば」
「それどころか、レッドカーパス州って、ここだよ、お兄ちゃん!」
そう叫びながら未亜は壁に掛けられていた地図の一箇所を指差した。そこは、フローリア学園から少し離れた場所だった。
人の足では半日は掛かってしまう。
だが、馬車などで行けば大体4時間ほどで到着できそうな距離だ。
ちなみに俺のバイクを使えば一時間でいける。もちろんメーターは振り切った状態で。
「そうだったのか!?」
「………う、うぅぅぅ、本当に悲しくなってきたよ、お兄ちゃん」
「くっ。お、俺だけ知らない訳じゃないだろう。そ、そうだ、カエデ、カエデは知ってたか!?」
「拙者もそれは知ってたでござるよ、師匠」
まぁ、忍者であるカエデが地理関係に詳しくなかったら駄目だけどな。忍者にとって情報戦は命だし。
俺もそれは嫌になるほど体に叩き込まれたよ。
「くはっ!! でっ、弟子に裏切られたっ!」
頭を抱えて悶えだしてしまった。そこまでショックか。どうせすぐに回復するだろうが。
「そうだ! 蛍火。さすがに授業を受けてないお前は知らないよな!!」
頷かなければ殴るとまで言いそうな視線で俺を睨んできた。
しかし、忘れたか? 俺は未亜に不良品じゃないドラ○もんとまで言われているんだぞ。
「残念ながら知っています。というか常識ですよ?」
「くぬぅ、蛍火まで知っているなんて」
ガクッという効果音が聞こえるのではないかと思えるほど大河は落ち込んでしまった。
しかしもう少し考えてみろよ。まぁ、考えた大河なんぞ大河じゃないけどな。
「……兄ちゃん。因みに、アルブ州はレッドカーパス州の東にある州だよ。本当に、今までの授業、何を聞いてたの?」
もうあきれ果ててものも言えませんといった未亜の態度に大河は
「………で、その村にモンスターの集団がやって来たんだな?」
見事にスルーした。露骨に話を逸らす大河だったが、クレアはそれに頷き話を元に戻す。さすがにこれ以上は時間の無駄だからな。
「アルブは自然の豊かな州で、モンスターの数も多いが、これまでは自然と調和して上手くやっておった。
此度のような、モンスターが徒党を組んで襲ってくるというような事は、初めての事じゃ」
「だから、破滅の可能性が高いって事ですね」
「うむ。未亜の言う通りじゃ」
「………本当に俺たちの事は大方知っているみたいだな」
当然だ。ダリアの報告書に色々と書いてあった。ついでに大河が抱いたと考えられる人物でさえ。
ちなみに俺の報告書に関しては白い部分が多かった。
表で戦った数が少ないことも性でもある。それ以上に俺が異世界に行っていたことを掴めていないせいだろう。
ん? 何故知っているかって? そんなものは忍び込んだに決まっている。当然、痕跡なんて残していないぞ。
「当たり前じゃ。と、話を戻すぞ。つまりじゃ、王宮としても至急軍隊を差し向ける事も考えたんじゃが、
如何せん今度の敵は人質を取っておる」
「今までのモンスター関連の事件からは考えられないな。俺がここに来てから聞いたモンスターの行動とはかけ離れ過ぎている。
凶暴なのはいるけど、ほとんどが単独行動だったのに、今回は……」
「その通りじゃ」
「何で、そういう事は覚えているのに、世間一般的な事は覚えてないの……」
小さく呟いた未亜の言葉は、当然のように無視され、話は進んで行く。まぁ、気にするな。それがお前の兄だと思え。
「軍隊が大勢で押し掛けては、人質の命の保証が出来ん。ならば少数精鋭の部隊を現地に派遣するしかないという事になったのだが…」
「成る程。それで、ここに話が来たという訳か」
「察しが良いな。その通りじゃ」
クレアは大河の言葉に喜色満面で答えた。よほど自分が惚れた相手がしっかりしているのが嬉しいのだろう。
しかし、クレアよ。大河に惚れたとあっては前途多難だな。
「まさか、私たちが人質の救出とモンスター退治を?」
ベリオの上げた声を肯定するように、学園長が告げる。
「そうです。これは訓練ではなく実戦。それも王宮直々の依頼による作戦です。
これに成功すれば、あなた方の救世主承認への大きな実績となります。心して……」
「待って下さい学園長! 本当に彼らにそのような重大な任務を?
時期尚早と存じます。人質がいます。これは経験が物を言う任務かと」
確かにその通りだ。だが、どんな経験を積んだものでも初めは経験など無しにやるのだ。
なら、せめて能力が高いものが選ばれるだろう。
まぁ、俺が話の筋に合わせてさせたんだが。
反対の声を上げるダウニーへと、学園長は静かに呼びかける。
「ダウニー先生」
「はい」
「これは王宮から、いえ、殿下からの強い要請なのです。
そういう訳で、これに付いては彼ら救世主候補たちが承諾すれば、私でさえも引き止める強制力を持たないのです」
ミュリエルの言葉に、ダウニーは大河たちを見遣る。学園長よ、嘘はいかんぞ。それは俺が言い出したことだろ?
まぁ、俺が言い出さなくても原作通りクレアが言っていただろうが。
「悪いけど、俺は引き受けるぜ」
「当真君」
「モンスターとの実戦は殆どないけど、それでも困ってる女の子がいたなら助けるべきだからな」
大河らしい発言だ。その言葉に続き、
「お兄ちゃんが行くなら私も」
「しかし、人質が……」
「隠密行動なら、拙者得意でござる」
「少々の怪我でしたら、私の魔法で治癒でします」
「がんばってくださいね?」
とりあえず、応援しておく。まぁ、俺が出なくても死なないだろ。
「おうっ!! っておい! お前は来ない気なのかよ!!」
大河がいいツッコミを入れる。大河のツッコミで俺の言葉が聞こえていなかった者も俺がいった意味に気付く。
「と、申されましてもね」
俺はクレアに目で話してやれと告げる。クレアは承知したようにコクッと頷き。
「それに関しては評議会から命ぜられている。新城蛍火を除いた救世主クラスでこの救出作戦を決行せよとな」
賢人会議に出席していたもの以外の表情が驚きに染まる。というかダウニー。今一瞬だけ嬉しそうな顔してたぞ。
「おいおい、蛍火は救世主クラスの仲間だぜ? なのになんで蛍火だけはずされるんだ?」
クレアが答えようとするが俺が制する。あの言葉をそのまま伝える必要はない。
「力の質の問題です」
「質?」
「はい、私の力を本気で振るえば人質救出などできません。人質すら巻き込んで当たり一帯を跡形もなくしてしまいます。
それを上の方は危惧している。まぁ、それ以上に恐れている方もいますが」
でなければ俺を地獄の覇者などと呼ぶはずがないからな。
「それは……」
あの伎が人質をとった獣相手に振るわれたとき、それは一瞬にして終わる。人質すら巻き込んで。
その事を理解できたのだろう。
といっても使わなければいいだけなのだが。
「だから、私は直接関与するなといわれたのです」
俺は議長に言われた言葉を伝える。さて、これで一体何人が気付くかな?
「はぁ、しかたないか。あんたはここでのんびりと待ってなさい」
「まぁ、蛍火がいなくてもそんなもんは軽いけどな」
リリィが呆れたため息とともに、そして大河は他の救世主クラスを鼓舞するかのように言った。まぁ、これで本来の業務が出来る。
「という訳で、すまんが、救世主候補たちは承諾した以上、この要請は承認されたものとする」
ダウニーへとそう言い切ると。
「まっ、裏に色々とありそうだけど、かんばってやるよ」
と大河がクレアを励ますように行った。
ほぉ、俺が言っただけの言葉でその奥の意味を理解したか。まぁ、こういう部分は不思議なほど頭が回るからな。
「王宮の方も一枚岩じゃないんだろ? ここらで実績でもなければ、
本当に来るかも分からない破滅に対抗する為の学園を維持する事に、反対の声を上げる奴もいるだろうからな」
「でも、大河君、そんな事をして破滅が現われたら」
「確かにそうだけどよ、前に破滅が現われたのが千年前だぜ? だとしたら、人々の記憶からもその恐怖が薄れていても仕方がないさ。
なら、中にはそれこそ夢物語と思っている者だって居るだろうしさ。
ましてや、それが政治に関わってくる奴の中に居れば、予算や何やらを考えない訳にはいかないからな。
そうして見た時、この学園はかなりの金額を使っているはずなんだ。今回、こんな強引な手にまで出て、この任務を俺たちにやらせようとするのには、そんな連中を黙らせる為の意味合いもあるんだろう、クレア?」
「………よく分かったな」
「まあ、勘だ。知り合ってそんなに長いこと一緒にいた訳じゃねぇけど、お前がこんな手を好んで使うとは思わなかったからな」
そこ間違い。今回は俺の差し金だよ。
「やはり、お主は面白いな」
「またそれかよ」
「仕方あるまい。他に表現のしようがないのだから。今までの話を聞く限りでは、まともに授業なども受けておらんはずなのに、
いや、戦闘に関する事は、かなり真面目に授業を受けているようじゃが。
まあ、それはさておき、どうやら、お主は本質を見抜く事に長けておるようじゃな」
クレアの言葉に、大河どうだといわんばかりに胸を張る。
「まあ、その辺りは良いとして、確かに大河の言う通りじゃ。賢人議会の議員の中で、学園の維持を疑問に思う声が上がっておる。
破滅は必ず来るというのに、目の前に見えておらぬという事だけでな。
いざという時に備えておるというのに、そのいざが来ぬ限り必要ないと思う、目先の損得のみに目がいく馬鹿共が。
この間の会議で、そやつ等にも破滅が現われ始めた事を示唆して見せたら、尻込みしよって、そこで蛍火が言い出したのだ」
「また、蛍火かよ。どこにでもいるな。お前」
呆れた様子で俺に言葉を吐いてきた。もう、感心すら出来ないようだ。ダウニーは呆れてものも言えないようだ。
「私も連れて行かれただけですよ。ここがなくなって困るのは私も同じですし」
色々とね。
「成る程な。それもあって、って事か」
「ああ。しかし、此度の件に破滅が関わっているのではという疑念もまたあるのも確か。
ならば、最初から救世主候補をぶつけるが一番の得策と考えた訳じゃ。
上手くすれば、学園維持に反対する馬鹿共も黙らせる事が出来るしな」
「まあ、その辺りはクレアに任せるさ。俺は俺の出来ることするさ」
「頼んだぞ」
「おう、俺の夢はまだまだ遠いからな」
クレアにそう返した所で、学園長が事務的に告げる。
「では、出発は明日の早朝です。各自、それまでに遠征の準備をしておきなさい」
その言葉を以って、この場は解散となる。
学園長室を後にした俺たちは、揃って校舎の外へと足を伸ばしていた。沈黙が一行に降りる。
「おいおい、何でそんなに暗い顔をしているんだよ?」
沈黙を破った大河の言葉に、ベリオが真っ先に反応する。
「ですが、初めての実戦ですよ?」
「初めてって、別に初めてじゃないだろうが」
「初めてですよ。モンスター相手なんて」
「この前の図書館の地下で経験しているだろう」
ベリオを落ち着かせる為に放った言葉に、全員が更に暗く落ち込み、大河の背中には大量の冷や汗が流れた。
無神経にもほどがあるな。
大河が何とかしようとする前にリリィが思ったことを口にする。
「最下層に辿り着けたのは、大河とリコだけよ………」
いや、最下層にいたのは未亜もだけどな。まぁ、途中でリタイアしたからノーカウントなのか?
というかその場合だと大河もリコもそれに当てはまるんだが。
「いや、俺も最下層では気絶したぞ?」
大河がそういうが他のものは取り合わなかった。最下層に行き、自分の足で帰ってこれた。
それが違うのだろう。まぁ、大河は最下層にたどりつけていなくても変わらないだろうが。
「情けないでござるが、それが事実でござった」
リリィの主張にカエデも賛同する。正確にはあそこを完全制覇したのは俺だけになるのだが。
「そんな事はないぞ」
「本当にそうですよ。それに、やっぱり怖いです。自分だけじゃなくて、仲間が、大切な人がそういう目にあうかもしれないというのは」
ベリオの言葉は正しい。大切なものを失うのは何時だってつらい。
だが、それでは前に進めない。
「でも、ベリオさん。私たちは今までその為に鍛えてきたんです。気後れする事に意味はありませんよ。私たちは後ろには進めません」
未亜の力強い言葉。大河と同じように未亜も心が強くなっている。
師としては嬉しいかな?
「未亜の言う通りだ。いつかは破滅と戦わなくちゃいけないんだ。その為には、実戦の経験はかなり大事だぞ。
それに、あまり後ろ向きに考え過ぎるのもどうかと思うぞ。
そんな事ばかり考えていたら、いつもの実力も出せないし、そんな事で負けたら、それこそ報われない。
蛍火も何か言ってやったらどうだ?」
おいおい、参加しない俺に意見を求めるなよ。まぁ、死んでもらっても困るからな。
「そうですね。信じることですね」
「何を?」
大河、ちゃちゃをいれずに最後まで話しを聞けよ。
「今ここにいる仲間を、今まで自分を支えてくれた人々を、自分を育ててくれた人を、
そして何よりも努力してきた過去の自分を信じることです。
怖いのは当然です。ですが、護りたいものがあるのなら、譲れないものがあるのなら戦って守り通さなければ。
失わない方法はそれだけですから」
「蛍火、大河、未亜、そうね。やる前から気持ちで負けてたら駄目ね」
その通り。気持ちで負けるなどすでに敗北が確定しているようなものだ。
「ベリオも、そんなに気負う必要はないって。いつも通り、無茶苦茶して傷を負った俺たちを治してくれたら。
勿論、攻撃魔法も期待しているけどな。
そんなに難しく考える事ないって。ただでさえ、ベリオはすぐに考え込むんだから。ほら、カラ元気でも元気出してた方が良いぜ?」
「確かに、大河くんは無茶し過ぎる感がありますからね。私も出来る限りの事をしないと。
まぁ、今回は蛍火さんという大河君以上に無茶をする人がいないから安心ですけど」
クスッとベリオが俺を見て笑う。いや、俺は無茶ではなく無理をしているだけだよ?
当然、その代価も自分で払ってそれを自分で終わらせてるし。
「そういう事だ。で、俺の無茶な行動に付き合えるのは、お前だけなんだからな、カエデ。
なのに、肝心な時に緊張のし過ぎで実力が出せないってのは勘弁してくれよ?」
「……緊張や臆病風に吹かれると、普段の実力の半分もだせないでござるからな。もう大丈夫でござるよ。
師匠の無茶に付き合うのは、弟子である拙者の任でござるからな。いざという時に、付いて行けなくては困るでござるからな」
「その調子だ。リコは……」
リコは聞くだけ無駄なのだがな。俺以上に戦闘経験豊富だからな。それでもここで大河が放っておいたらむくれるかもしれない。
意外にリコは甘えん坊だからな。
「………私は何があっても、マスターに付いていくだけですから」
「そっか」
リコの言葉に微笑む大河を見て、他の二人が拗ねたように二人を見る。
「師匠、拙者も師匠に付いていくと誓ったでござるよ〜」
「大河くん」
「………ま、まあ、何か知らんが、まだ何処か堅いかもしれないが、いつも通りになったみたいだし、明日に備えよう」
どこか硬くなってしまった大河が終わりを告げる。生存本能は一流だな。それが性欲の派生だとしても。
「ですね。これも大河くんのお陰です」
いつの間には先程までの悲壮感や不安感はなくなっている。人々に希望の光を差し込む。こういう所が大河の強さだろう。
どんな状況でも笑っていて、他者を気遣える。これこそが当真大河と呼ばれる、神に反逆する者の強さか。
「別に俺は何もしてないけどな。それに、あの地下の時だって、辿り着けたのは俺とリコだけだったけれど、それは、皆が居たからだ。
だったら、明日も大丈夫だよ。皆が居るんだから。という訳で、お前にも期待しているからな、リリィ」
「分かっているわよ。アンタこそ、私の足を引っ張らないようにね! ………でも蛍火がいないのは本当に痛いわね」
それはリリィの本心か。まぁ、俺がそれをすでに幾度も経験していることを知っているからこそ出た言葉か。
「おいおい、無茶言うなよ。出来ないもんは仕方ないだろ?」
そのリリィの起こりえない事を言った言葉に大河が仕方ないという。
まぁ、さすがの大河も個人には逆らえても権力には逆らえないらしい。
といよりも学園がなくなるという事態に恐れているのかもしれないな。
「えぇ、今回は私は直接関与は認められていませんから。まぁ、頑張ってください。私は出来ると思っていますから。」
「もちろんよ。こいつごと破滅を消し炭にしてやるわ」
「ちょっと待て。何でそんな物騒なこというんだ!? やる気か? イカサマ魔術師!!」
リリィの言葉に悪口を言われて黙っていられない大河が言い返す。
「やってやろうじゃない!! このバカ大河!!」
リリィの手に光球が集まり、大河はトレイターを取り出す。やれやれ、飽きないな。でも前日にやることじゃないぞ。
「蛍火さん。止めないと!!」
未亜が慌てて俺に救助を求める。まぁ、寮が潰されたら事だよなぁ。俺は野宿でもかまわないが。
「あっ、兄君お願いでござる。拙者では止められないでござる!!」
「明日の任務に支障をきたしますから止めてください」
ベリオが明日は動かないんだからお前が動けと目で告げてきた。すっかり救世主クラスに染まっている。
「はぁ」
午前中のセルのように間に入ることはしない。俺だってこれから動くのだ。
という訳で怖い思いをしてもらいましょう。
膨大な殺気を二人にピンポイントで送る。
俺の殺気に反応したのか二人の動きがビクリッと震えた後止まる。まぁ、獣が出す殺気とは質が違うからな。
「二人ともこれ以上遊ぶつもりなら私が全力を持って相手しますよ?」
特上の笑顔つきで言ってやる。もちろん、殺気は出したままで。
二人がまったく同時に顔を青ざめながら首を横に振る。こういう時だけ息があっている。
ちっ、詰まらん。挑んできたならそれなりに相手してやろうと思っていたのに、
後書き
大河と未亜が確実に成長をしてきています。
原作では未亜はこの時期、まだ戦う事に恐れを持っていました。
しかし、未亜は蛍火との出会いで着実に変わってきています。
白の主が蛍火に決まった事により未亜は確実にいい戦力になるます。
今回は任務を引き受けるときのお話。
??「未亜お姉ちゃん、強い」
観護(蛍火君のお陰で心が強くなってるわ。母親達としては嬉しい限りね♪)
未亜は原作キャラの中で一番成長してるからね。
観護(でも、蛍火君、クレアの事で爆笑してたわね)
蛍火にとってはツボだったってことだね。
さて、ここは原作どおりで書く事があんまりないから次回予告。
??「蛍火の言葉と大河の言葉で決意を抱き救世主候補は救出作戦に向かう道のりを進む」
観護(蛍火君が動かなければいけない事とはいったい?)
では、次話でお会いいたしましょう。
次回はいよいよ敵地へ。
美姫 「敵地と言うか、まあ一応は村なんだけれどね」
確かにな。しかし、表立って動けない蛍火はどうするつもりなのかな。
美姫 「これも大河たちを成長させるためだから、何もしないんじゃないの」
だろうな。だが、不測の事態というものは、いつ起こるかは分からないぞ。
美姫 「何事もなく無事に終わるのかどうかって所が楽しみね」
うんうん。次の話はどうなっているのかな〜。
美姫 「気になる次回はこれまたすぐ!」