蛍火がまたしても闘技場のど真ん中で煙管を吸っている中、救世主クラスと未亜はというと……、

 

 

 

 

 

 

 

第三十四話 彼らの想い

 

 

 

 

 

 

 救世主クラスのいる場所に未亜が戻る。

 

「お疲れさん」

 

 大河が暖かく迎える。彼からすれば蛍火という規格外の相手に接近戦であれだけ付き合えた未亜をほめるのは当然だった。

 

「まぁ、がんばったほうじゃない」

 

 リリィも大河と同じ反応で未亜を迎える。

 

「やっぱり負けちゃった」

「大丈夫でござるよ。まだ、次があるでござるから」

 

 カエデが未亜を慰めようとする。カエデとてあんなものを見せられてはがんばったとしか言いようがない。

だがその慰めは未亜には届かない。

 

「うぅん。私は召喚器を出してない蛍火さんに負けたんだよ。手加減されて負けたんだ」

 

 彼女は勝ちたかった。憧れを持った相手にせめて召喚器を持たない状態で勝ちたかった。

 

「未亜さん」

 

 神職に付き多くの人々の悩みを聞いてきたベリオもかける声が見つからなかった。

 大河は未亜のあまりの落ち込みように考える。そして彼は口を開いた。

 

「接近戦の苦手なお前はほんとに良くやったぜ? なんせあいつは俺相手に小太刀だけで相手して普通に互角で戦り合ってたんだぞ?」

 

 その言葉にカエデ以外のものが驚く。接近戦で最も力のある大河相手に接近戦で互角に渡り合った。

彼女達とて大河相手に接近戦で挑むのは無謀だと分かっている。だからこそその言葉に驚く。

 

「ちょっと待って!! あいつあんたとも戦ってたの!?」

 

 その言葉にリリィが絶句する。ついでにいらないことを言う。

 

「リリィ殿。師匠ともとはいったい?」

 

 カエデの鋭い突っ込みにリリィはしまったといった顔をする。そこにすかさずリコが追撃をかける。

 

「もしかしてリリィさんも蛍火さんと戦ったのですか?」

 

 リコからの思わぬ追求にリリィは言葉を詰まらす。それを無言でリコが追い詰めていく。

耐え切れなくなったのか声を荒げて自白した。

 

「えぇ、そうよ! あいつに色々と聞きたいことがあってそん時に戦って負けたわよ!!」

 

 自暴自棄にリリィが告げる。

 

「おいおい、リリィもかよ」

 

 リリィと大河が顔を見合わせ何か共感するものがあるのか同時にため息を吐く。

 

「いつ戦ったんですか?」

 

 ベリオがリリィが負けたことにショックを受けて聞いてはいけない質問をする。

 

「………二週間……」

 

 小さくだが二週間という言葉が聞こえた。その言葉にベリオは安堵した。

今から二週間前ならそれも有り得るかもしれないと。しかし、再度聞こえた言葉はさらに驚愕させる内容だった。

 

「あいつがこの世界に来て二週間もたってない時」

 

 その言葉にリコも驚きをあらわにする。カエデは全員が驚いている理由が分からずきょとんとしていた。

 

「みんなして何故驚くのでござるか?」

 

 カエデが分からずリリィに聞いてみた。

 

「カエデ、あんたは分かってないみたいだけどあいつのこの世界に来たとき何も力を持っていなかったのよ?」

 

 その言葉にカエデが絶句する。この世界に来たときは何も力を有していない。

しかし、わずか二週間で救世主クラスの主席に追いつく。召喚器を持っていても難しいのに召喚器を持たずして勝つ。

異常としか言いようがない。

まぁ、彼自身はそれまでに三年以上鍛えていたのだから不可能ではないのかもしれない。限りなくゼロに近いが。

 

「魔力弓で不覚を取ったっていうのもあるけど、それでも私は完膚なきまでに負けた」

 

 もうなんと表現していいか分からないくらい救世主クラスの面々が落ち込んでいる。

 

「マスター。以前彼のことをこの世すべての謎の体言といっていた意味が漸く分かりました」

 

 その言葉に確かに全員が納得する。その蛍火はというと闘技場のど真ん中で緊張感のかけらもなく未だに煙管を吸っていた。

 

「まぁ、未亜。負けて悔しいのは分かる。だから諦めるな。諦めなければ道は消えないんだからな」

 

 その言葉を聞いてリリィがはっとする。それは医務室で蛍火から聞いた言葉だった。

 

「追いかけるんだろ? 蛍火の奴を、だったらこんなところで諦めるなよ」

 

 その言葉は大河自身に向けられていった言葉かもしれない。しかし、その言葉は確実に未亜に届いた。

 

「うん。そう……だね。諦めきれないもん」

 

 彼女は自嘲しながら諦めきれないといった。ここまで来て諦めることはできない。新たな決意を胸に未亜は前を向いた。

彼らが話している間に用意は整った。そして、一方的な虐殺と舞闘劇が開催される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 檻が開き、複数の獣が解き放たれる。それと同時に蛍火は駆け出す。未亜と対峙していた時よりも数段速く。

 駆けながら観護の柄に手をかけ間合いの程遠い場所で抜刀術を放つ。

 

碧月・鎌鼬!!

 

 抜刀術が繰り出された速度と魔術が組み合わさり鎌鼬が形成される。風の刃によって獣が数体胴で二つに分断される。

 蛍火は抜刀術を放っても止まる事はなく獣に向けかける。

 獣の最前列にぶつかる拾メートルほど手前で体を深く沈め上空に跳ぶ。最高頂に到達するとき体を下向きにまた、抜刀術を放つ。

 

紅月・熱波刃!!

 

 刃の先から陽炎が繰り出される。

 

「ギャァアアアア!!」

 

 蛍火の剣先から放たれたあまりの熱量に獣たちは怯む。

その隙の蛍火は獣の群れの中心に着地し、最も近くにいるワーウルフの首を薙ぐ。

振り切った後、強引に手首を返し飛んでいるワーウルフの頭を両断。そのまま胴体に唐竹で一刀両断する。

 

 靴の踵を合わせ、靴の先から刃が飛び出す。観護を縦に振り切った姿勢のまま強引に後ろ回し蹴りを放つ。

蛍火の後ろにいたワーウルフは目を切り裂かれ怯む。

回し蹴りによって生じた回転の力を使い、観護で右薙を放つ。またしてもワーウルフを一刀両断し完膚なきまでに殺す。

 右手で太刀を振るいながら左手で懐からナイフを取り出し、遠めにいる獣の眼目掛けて放つ。

そのナイフが目に付き刺さり、獣は数瞬もがく。

しかしそれも束の間、観客が気付かないうちに獣の首が飛ぶ。後に残るは闇色の糸の煌きのみ。

その煌きが数度起こり獣の頭は微塵となる。

 

 

 

 

 

 観客はその光景にただ、目を奪われるばかりだった。

 

 一体の獣が蛍火にその攻撃を仕掛ける。その攻撃に対し蛍火は大げさなくらいのけぞり、攻撃を避ける。

避けた勢いは止まることなく蛍火は足を上げ、逆立ちの状態になった。その状態で腰の捻りだけを利用し足を風車のように振り回す。

靴の切っ先に付いた刃によって数体の獣が悲鳴を上げる。その隙に蛍火は左右にいる二体に蹴りを放つ。

その蹴りによって二体が他の獣を巻き込み吹き飛んでいく。

 片手で地面から飛び上がり、その手で魔方陣を瞬時に描く。

 

人を恐怖させし雷よ! 神の息吹の如き雷よ!! 我が刃に纏わり付け!!

 

 余波で生じた小さな雷が周りにいた獣にぶつかり進行を止め、本命の雷が観護に絡みつき雷の刃を形成する。

 

雷巣!

 

 蛍火は観護を離れたところにいるスライムの群れ目掛けて投げ放つ。

観護は一匹のスライムに当たると眩いばかりの雷光を周囲に走らせ他のスライムを屠る。

 蛍火は観護を投げた先を見ることなく二刀の小太刀を引き抜き。近くにいた獣を斬り捨てる。

その斬撃は観護を使っていたときよりもさらに苛烈に、速度を増し獣を細切れにする。

 白刃と糸が舞う。今行っているのは虐殺である。蛍火が使っているのは殺しの業である。

殺しの業だからこそ一瞬の澱み無く、一片の無駄がない。その動きは人を惹きつけ、目を奪わせる。

 

 蛍火は自分が極められないと思っている。しかし、彼はすでに極めていた。

それは蛍火自身と観護の特異性ゆえに。彼は数多の極めた伎でもって戦うは蛍火はもはや、人でもなく化け物ですらない。

 

 

 

 

 今まで動くことのなかったゴーレムが突如動き出す。

蛍火という存在を殺すために同類であるはずの獣すら蹴散らしながら蛍火に向け進撃する。

 その豪腕が蛍火に向けその豪腕が振り下ろされる。しかし、そんな事で蛍火の舞は終わることはない。

 蛍火はそこから見事としか言いようのない跳躍でもって避ける。

しかしその避けた先には獣の群れが待ち構えている。無防備になった蛍火の咽元に喰らいつくために息を荒くしている。

 

 跳躍中は無防備。身体能力が優れていても空中では方向転換すら難しい。

ましてや空中で回避するなど夢のまた夢だ。そして着地点を狙われればそのまま待つのは死だ。

 もう少しで獣の手が蛍火に届こうとしていた。

 

 

だが、それは叶わない。

 獣の群れに付く直前。蛍火は空を蹴り再度、跳躍した。

それだけでは済まない。蛍火はそれを数度繰り返し、浮遊魔法では有り得ない速度で空を目掛けて翔る。

 それは原初の魔法のさらに原初の使い方。魔力を武器化する前の魔力が高密度になり質量を持つ寸前の状態を作り、それを足場とする。

蛍火は魔術師よりもさらに速く空を制することが出来る。

 そして、闘技場の外壁と同じ高さまで到達すると彼は魔力弓を発現させ、地に向けて放つ。

それが一矢たりとて獣に当たることはない。その魔力で出来た矢が魔法陣を描く。

 

全ての礎である地よ! わが身支える地よ! わが敵を貫け!! 地針!!

 

 蛍火が唱えた呪に従い、闘技場の土がうごめく。そして天を突くような土で出来た針が闘技場を埋め尽くす。

残っていた獣はその針によって串刺しになる。その硬い体を持つゴーレムですら例外ではない。

そして蛍火が落下する。敵を貫いた針はいまだ残っているのに。

 

紅月・焔纏

 

 観護が炎を纏う。ただ、それだけである。しかし、その長さは闘技場の半分にもなる長大な長さを持っていた。

 その炎を纏った観護を地面に向けて振り下ろす。炎と土が触れる。その瞬間焔が土に瞬く間に吸収される。

 

火生土。地針よ、焔を喰らい更なる力を発揮せよ

 

 蛍火の言葉に従い、土で出来た針はさらに細かな針を飛射出する。それによって残っていた。獣は息絶える。

 

 

 

 

 

 蛍火が着地する。その戦いが終わった。

蛍火は観護を鞘にしまい、一息つく。

 割れんばかりの歓声が上がる。だが、彼は喜ばない。彼からすれば当然の結果を出しただけだ。

心躍る戦いでもギリギリの戦いでもない。故に喜ぶことはない。

 

 

 

 

 

 

だが、その歓声は長く続かなかった。

 

 突如現れた光線によって歓声は悲鳴に変わる。蛍火がいた場所に光線が走り抜けた。

 それは禁書庫で蛍火が脚を貫かれたものと酷似していた。

 蛍火は何とか身を捩りその光線を避ける。

しかし、続けざまに放たれていた光線を交わすことは出来ず、直撃を受け吹き飛び地面にドサリと落ちた。

 その場にさらに雷が変化した光線や、炎を一点に集中した光線が蛍火に降り注ぐ。

 容赦のない攻撃によって誰もが沈黙してしまった。

 

 先ほどまで劣勢を示すことのなかった人物が軽く倒された。それには理解がすぐには及ばなかった。

煙が晴れたときには横たわる蛍火が見える。その蛍火は動く気配がない。

 その様子に観客は阿鼻叫喚となった。次は自分たちが番だと本能が理解できた。

 闘技場の檻から化け物が現れる。眼を赤々とさせたキマイラは悠然とその姿を現し倒れふした蛍火を見て顔を歪める。

 

 

 

 

 

 

 

 その一部始終を見ていたマリーが闘技場の中へと入ろうと体を動かすが、イリーナによって止められる。

 

「止めろ! マリー!! 蛍火が不意打ちとはいえ一撃で倒されたんだ! 私たちでは相手にすらならんぞ!!」

 

 マリーはイリーナに抑えられながらももがく。

 

「早く止めな!! あいつが、あいつが起きる!!」

「蛍火が起きたなら大河たちとともに倒してくれるはずだ! だから、落ち着け!!」

 

 イリーナが必死になだめようとしている。イリーナは蛍火が死ぬかもしれないとマリーが思って取り乱していると思っていた。

 

「ちゃう。あいつが起き上がってあれを倒すのは当たり前や!! やけどそのせいであいつが起きてまう!!」

 

 彼女は恐怖している。それは蛍火が死ぬことではなく蛍火が第五の仮面を被ることを。

今まで蛍火が築いてきたものがこの後崩れる。その事に恐怖しているのだ。

 

「何を言っている!! 冷静になれ!」

 

 それでも必死になってイリーナは止める。

 

 

 

 

 

 

 

 そこではダウニーが震えていた。

 たしかに檻の強度弱め、キマイラを破滅に染めたのは自分だ。

 だが、あそこまで強くなるなどありえない。どれほど強化しようとも自分の力ではあれほどになるはずはない。

 彼は初めて、自分が行ったことを後悔した。

 

 

 

 

 

 

同時刻

突然の事態に救世主クラスは付いていけなかった。闘技場を良く使うからこそ今が異常な事態であることが良くわかる。

本来、闘技場で飼われている獣はその檻に入れられ、その獣の力では出られないようにしてある。しかし、その檻が破られた。

有り得ないのだ。今、眼の前で起こっている現象は、

 

その中で誰よりも早くリリィが早く正気に戻る。

 

「はっ! あんたたち呆けてないで蛍火助けに行くわよ!!」

 

 言葉は簡潔だ。しかし、その言葉で救世主クラスは今しなければないことに気付く。

 

「お兄ちゃん!! いくよ!」

 

 いつもなら先は兄に任せているのにこの時ばかりは未亜が大河をせかした。そして他の救世主クラスのものも動く。

 

 実際、この場で一番しなければならないことは蛍火を助けるのではなく観客を逃がすことなのだが、その事が思い浮かばないのは救世主という立場を理解していないのと、あまりにも彼らにとって蛍火が大切な存在になっていたから。

 

 

 

 

 

 

 彼らが闘技場に入ろうとするしかし、彼らが闘技場に入ることは出来なかった。その身に襲う。さらなる恐怖によって。

 

「囀るな。そして、邪魔をするな」

 

 低く、だがその耳の奥にまで届く声。深淵の底より響き渡る声。闇の体現。闇が起きた。

 

「あぁ、おきてしもた」

 

 マリーが絶望感に打ちひしがれた声を出す。もう、終わった。

 そこにあるのは闇、夜の闇よりも尚暗く、闇の中にあっても尚異常な闇。誰も触れることは叶わず、その存在に近づくことは出来ない。

 

「喜べ化け物。これからお前の相手をするのは等しく化け物だ」

 

 彼がただ、静かに告げる。笑いも、喜びも何もなくただ告げる。血だらけの体で、崩れそうなほどの体で。厳然たる事実のみを。

 

 彼は魔力弓を取り出し、上空へ向け放つ。そして結界を展開したときと同じく地面に突き刺さる。魔方陣が展開される。

 

それは唯一つの幻想世界、どの世界にも決して存在し得ない世界。大気は焼け落ちて、大地は燃え上がる。

そこに存在する全てが灼け燃え上がる世界。生きとし生ける全てを否定するその世界は、彼の者を待ち続ける。

生きとし生ける全てが死に絶えたその地獄のような世界は唯一人を永遠(とわ)に待ち続ける

 

 闘技場の中が変化する。灼熱地獄に。

 陽炎が踊り、闘技場の隅にひっそりと咲いていた花は盛大な炎を上げ燃え尽きる。

そして、蛍火の皮膚は爛れていく。もはやその形相は醜いとしか言いようがない。

魔方陣にさらに光が溢れて完成する。彼は告げる、古の神を呼び起こすために。

 

絶望と、悔恨と恨みを持ちて未だその魂を輪廻させぬ者よ。未だ消え去らぬ焔を抱くものよ。

汝は世界の待ち人、生きとし生ける全てを否定せし灼熱の世界の待ち人。

待ち人よ、汝は焔の世界の王。終焉の焔を紡ぎしもの!

焔の王よ、その身を今一度炎に変え、今一度この世界に顕現せよ! 黒の焔の巨人王(スルト)!!

 

 魔方陣の中央が蠢く。地針を使った時のような蠢きではなかった。何かが這い出ようとする。

そして、この世界が耐え切れず巨人が現れる。

 地から這い出た巨人の周囲はもはや異様としか言いようがない。その巨人は太陽よりも輝く黒の焔で身体が構成されていた。

 焔の巨人が嗤う。この世界に出られたこと歓喜するように、そして召喚主である蛍火を見る。霜の巨人と同じように見定めるように。

 そして、また嗤った。様々な感情を入り混じらせて嗤った。

 キマイラは神の顕現に怯えるしかない。声を潜め、ただ後ずさるのみだ。

 焔の巨人が霜の巨人と同じように観護の中に吸い込まれていった。

 彼は視認出来ない速度でキマイラに駆け寄る。キマイラはその恐怖が身近にあることも気付かずに彼が突き出した一撃を喰らう。

 彼は二体のキマイラを駆け抜け、炎を上げながら止まった。終わりだと告げるように彼は観護を鞘にしまった。

 その瞬間。キマイラの体が蠢く。先程の地と同じように危険なものが這い出るかのようにグロテスクに蠢く。

ボコボコと沸き立つように。

 

「ギャワアァアアアア!!」

「グギャアアアァアア!!」

 

 その苦痛とも呼べない痛みにキマイラは悶える事すら出来ない。

 

「喰い破れ」

 

 厳かに蛍火が形無き黒の焔に向け告げる。

 焔はキマイラの体を喰い破りその体から這い出す。そのまま体全てを出し黒の焔は上空で止まる。

 黒の焔は目が無いというのに蛍火を見た。次の命令を早く出せとせかすように。

 

「塵一つ残さず喰らいつくせ」

 

 再度黒の焔がキマイラに向かう。今度は外より、キマイラを喰らう。

 

「憎悪と憤怒に塗れた獄炎に抱かれて焼かれるがいい」

 

 十数秒後、そこには蛍火の宣言どおり塵一つ残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!!)

 

 蛍火の内よりまたしても声が聞こえる。

 

(コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!!)

 

あの時と同じ、終わりのない、怨嗟の声。亡者の声。

 

(コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!!)

 

だが、あの時の蛍火とは違う。

 

(コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!! ニクメ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!! ニクメ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!! ニクメ!!

コロセ!! コワセ!! 狂エ!! オワレ!! 死ネ!! オカセ!! 奪エ!! ニクメ!!)

 

(黙れ、黙れ黙れ黙れ!! 亡者如きが俺を奪おうとするな!! 俺に触れるな!!

俺の心に入ってこようとするな!! 俺は誰とも交わらん!!!)

 

 一度超えたことによる耐性と、以前よりも強くなった■■との結びつきが蛍火を強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ」

 

 以前よりも使役した神からの侵食が低いとは言え、蛍火の体はぼろぼろだった。

 蛍火の体は大腿部、脹脛の筋肉は一部を残して断裂。火傷は体の四割に達している。

その内右腕の表皮は完全に炭化。その他、骨格にも罅が入っており、それ以上に疲労が激しい。

 直前に受けた攻撃が思いのほか、蛍火の内部に影響を与えている。

 はっきり言って生きているのが不思議としか言いようがない。

肉体的には前よりも酷い。だが、蛍火の役目は終わっていない。

 

 

地獄の怨嗟の声から蛍火が抜け出た後、周りを確認すると闘技場が痛いほどの沈黙に満ちていた。そしてその視線は恐怖に満ちている。

 当然だ。獣の群れを殺した時、あれはまだ人の範疇だった。

しかし、人にあらざる一撃。神を使役するなど人としてあってはならない行為。

 

 

 蛍火は他に比べて損傷の少ない左手で観護を杖のようにして立つ。そうでもしないと立っていられなかった。

 だが、まだ終わるわけには行かない。このままでは蛍火のみならず救世主という存在に恐怖が飛んでしまう。

 

人は自らの外にあるものを排斥しようとする。蛍火を排斥できたところで召喚器という異常なものに恐怖を感じる。

そして、最後には救世主というものを忌避する。それでは蛍火にとって契約不履行となる。

 

口を開くのさえも苦しい中、蛍火は周りに成るべく自分の体のことを知らせないように平静に勤める。

しかし、それはさらに恐怖を与えるだけだった。

 

「皆さんは今、私に恐怖を抱いているでしょう」

 

 蛍火の言葉に今抱いている感情が恐怖だと漸く気付き自らの体を抱きかかえるものが何人もいた。

余りのことに体が、心が付いていかなかったのだ。

 

「怖がらないで……と言っても無理なことは承知しています」

 

 一度心に巣食った恐怖という名の蛇は腸を食い破り心臓に絡みつきとぐろを巻く。それは容易に解けるものではない。

戦う術がないというのなら尚更。

 

「私も怖い。あの伎が、何時私を食い破るか分からない」

 

 それは些細な嘘。蛍火はあの伎を恐怖したりしない。他の伎と同じく使用すべき時に使う。

 

「皆さんはこうも考えているでしょう。あの伎は召喚器を持っていれば出来るのではないのか、と」

 

 観客は想像し、恐怖した。救世主候補が全て死伎と同じ威力を持つ攻撃が出来、その力が自らに向いたときのことを。

もしそうなった場合人々は滅ぶしかない。

 

「ですが、それはありません。私以外は使えない伎ですから」

 

 この伎は■■と直に契約した蛍火のみが使える伎である。正確に言えば大河もその権利を有しているのだが……、

 

「私は怖い。あの伎が。しかし、それ以上に怖いのは貴方たちの眼だ」

 

 誰もが疑問を浮かべる。あんな一撃を繰り出せるものが唯の人に恐怖する。そんなはずは有り得ないと。

 

「買い物に行った時、食堂で食事を出している時、そんな眼をされたらきっと私は耐え切れない。

平穏な日常の中に入っていけないことが」

 

 蛍火は確かに平穏な日常は欲している。しかし、それ以上に今のような死に直面し戦いを欲している。

だからこそ今言っているのは嘘。蛍火が生涯突き通さなければならない嘘。

 

「私は貴方たちが怖い。だが、それでも私はまたこの伎を振るうでしょう。怖がられると知りながら」

 

 誰に忌み嫌われようとも最後まで貫き通す。それは蛍火がこの世界に来るよりも前から自分に課した誓い。

死して尚、生きている蛍火の意地。

 

「私にとって譲れないもののために、護りたいもののために」

 

 観客が息を呑む。その決意満ちた目に。蛍火は守る、蛍火が蛍火であるために必要なものを。その為に力を振るう。

 

「信じて欲しいなどとおこがましい事は言わない。ただ、知って欲しい。

私は私のために戦う。そして、私と同じ道を歩むものは私と同じ。

だから、私は私のために、同じ道を歩む者のために戦い続けこの幾億と続く愚かな戦いに終止符を打つ」

 

 蛍火は言い切った。この世界にとっての夢想を、叶わぬ夢を。だが、人々はこの力持つ蛍火ならば出来るのではないかと考えた。

 

「終止符を打つには私だけの力だけでは出来ません。ここにいる全ての人の力が、ここにいない人達の力が要ります。

 その力を私に向けてくれなくてかまいません。けれど平和を手に入れる人達に力を貸してあげてください。微笑んであげてください。

 それが一番の終わりを近づける方法だと思います。

 それと……、終わった後にでも私に微笑んでくれるようになったら……嬉しいです」

 

 それ以上はいえずに倒れた。蛍火はすでに限界は通り越していたのだから。

今はただ、契約を完遂するという強固な意志によって持っていたに過ぎない。

 蛍火はこの後のことを心配せずに眠りに付いた。

蛍火は確信よりも尚、固い確定を知っていた。

誰よりも優しく猛々しい存在がいるのだから。その存在がきっとこの状況をいい方向に運んでくれると確定事項を知っていた。

 それは確信という、信頼であることを知らずに……、

 

 蛍火はこれ以後新たな称号を手に入れた。執事の中の執事(バトラー・オブ・バトラー)と掛け合わせて最強にして最狂の執事(バトラー・オブ・エンペラー)

そして蛍火を敵視、もしくは疎む者からは地獄の覇者(サタン)と呼ばれるようになる。

Other view out

 

 

 

 

 

 

 

Interlude リコs view

 蛍火さんが倒れた。だけど私は、私たちは動くことが出来なかった。

恐ろしいのだ。彼が、

ずっと、この戦争が始まったときから生きている私でさえあんなものは見たことがない。

というよりも人が下級とはいえ神を使役するなど有り得ない。

 彼は一体なんだ?

そんな興味を抱くことなど出来ない。それ以上に恐ろしい。

 彼が最後に私たちに向けて言った言葉。その意味は分かる。決意も理解できる。しかし、彼自身を理解することは出来ない。

 そんな中、マスターが蛍火さんに向かって駆け出した。

 

「ベリオ!! 何してる! リコも!! 蛍火が倒れたんだ。行くぞ!!」

 

 私はマスターに付き従うように付いていった。マスターの願いでなければ彼の元に行くなどという事は絶対に出来なかった。

 でも、この恐怖の中で彼に歩み寄るのはマスターらしい。

 

「ベリオ! 治癒魔法を!」

「はっ、はい」

 

ベリオさんがマスターにせかされて治癒魔法を始める。

 蛍火さんにふれたベリオさんの顔色が青くなっている。どうしたのだろう?

 

「リコ! 手伝ってください。リリィも!!

大河君、私のほかに治癒魔法を使える人を、いえ、校医の先生に手術の準備を頼んでください!!」

 

 ベリオさんの言葉にリリィさんとマスターが動く。

 私も彼に触れる。そんな……。

 彼はこんな状態で話していたというの? これは怪我じゃなくて損傷。

筋肉に無事なところはなく、骨格は歪み罅が入っている。内臓も痛んでいる。何よりもひどいのが右腕。すでに炭化している。

 私も慌てて治癒魔法をかける。魔力を気にする必要はない。

マスターから供給されるから存分に使える。でもすでに死んでいるのが当たり前の彼に効果があるのだろうか?

 私は懸命に治癒を続ける。ゆっくりと直っていくのが分かる。だけどそれじゃ足りない。

 

ここにロベリアがいてくれればすぐに終わっただろう。

 でも彼女はすでに千年も前に袂を別れている。それに彼女はもう、生きていないはずだ。

いけない。蛍火さんの絶望的な怪我に気が動転している。

 気が付くとマスターが校医の先生を連れてきていた。

 校医の先生は蛍火さんを見るなり

 

「なっ!? 酷すぎる。すぐに手術しなければ」

 

 ストッレチャーで連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 マスターが付いていくだろうと思って付いていこうとした。

しかし、マスターは闘技場の真ん中で観客を睨みつけていた。

 

「お前ら、何で蛍火を助けに来なかった?」

 

 マスターの言葉は観客に向けて言った言葉だ。なのに、何故私にまでその言葉が重くのしかかるのだろう。

 

「怖いってのは分かる。俺だって怖い。あんなこと蛍火以外できないって分かってる。

あんなもん喰らったら抵抗することすら出来ないで死んじまうってのも分かってる」

 

 なのに何故マスターは躊躇なく彼に近づけたのだろう。

 

「だけどな。あいつはあんなぼろぼろの体で死んじまうのが普通の体で俺たちを安心させるためいろんな事話してくれたんだぜ?」

 

 マスターの言葉で気付く。

そうだ。あんな状態で私たちにやさしく話してくれた。

私たちのことを気にしないのならすぐに気絶すればいい。

私たちに恐怖を与えるつもりならそのまま出て行けばいい。なのに彼はしなかった。

 

「あの攻撃は怖い、あいつが怖い。でもあいつはいつもどんな顔で俺たちに話してくれた? あいつはどんな顔をしてた?」

 

 私は思い出してみる。彼とはそんなに話していないけど、

それでも私が表情少なかったときでも彼はいつも笑って私を気遣っていてくれた。

 

「いつも俺たちのことを優しく見てただろ! いつも優しく話してくれただろ!! いつも俺たちの事考えてくれてただろ!!! 」

 

 そうだ。彼はいつも私たちのことを考えてくれていた。

 

「怖がるなっていうのは俺も無理だってわかってる。俺だって怖い。

けどよ!! あいつの、あいつの!! 決意だけは!! 信じてやってくれよ!!」

 

 マスターは土下座するような勢いでここにいる全ての人に頼んでいた。マスターの優しさをうれしく思う。

この優しさこそがマスターでそしてその優しさが何よりも赤の主にふさわしい。

あぁ、私はマスターを選んで本当に良かった。

 

「セル!! お前は信じられないのか!!?」

「俺は……」

 

 セルビウムさんが言葉を詰まらせる。まだ恐怖のほうが強いのでしょう。

 

「あいつがお前に何してくれた?! あいつは俺たちに何話してくれた?!」

 

 セルビウムさんが目を閉じている。きっと、さっきの私のように思い出しているのだろう。

 

「それでも!! それでも信じられないか!!?」

「俺は…、俺は……。あいつを信じる!! あいつのいつもの姿を!! あいつの決意を!!!あいつ自体を俺は信じる!!!」

 

 セルビウムさんが力強く信じると言いきった。

 

「メリッサ!! お前はこんな事であいつを信じなくなるのか!? あいつを怖がるのか!!」

 

 今度はメリッサさんに向けた。私には分かる、彼女もきっと信じるといってくれる。

 

「怖いよ。さっきの蛍火君は怖かったよ。けど、いつもは怖くないよ。いつも優しいもん。いつも笑ってくれるもん!

怖いけどそれでも私は蛍火君のこと信じたい。ううん。信じる!!!」

「他の奴はどうなんだ? いつものあいつを見てそれでもあいつの決意は信じられないのか!?

あいつを信じられないのか!!? 答えてみろよ!!!」

 

 マスターの問いかけで静寂に包まれる。けれど、少しずつ少しずつ声が聞こえる。彼を信じるといっている声が。

 そして遂に彼を信じると言った声が闘技場を覆い尽くす。

あぁ、こんなにも人々に信じられている彼とマスターがいるならば本当にこの狂った戦争を終わらせることが出来るかもしれない。

Interlude out

 

 

 

 


後書き

 蛍火は強いです。彼は殺すことに関しては救世主クラスは元より、この世界の誰よりも。

 蛍火の技はその為にありますし、新城蛍火という存在は何かを壊すために彼によって作られた存在ですから。

蛍火が死伎を使った理由は次の話で書きます。

 しかし、次の話で語った理由以上に蛍火は強制されたのです。何かに。

 

 

 

 ねぇ、後書きが始まって速攻で観護を突きつけるのはやめて欲しいんだけど……、

??「死ね」

観護(またしてもあの伎を使わせたね?)

 あっ、謝りませんよ!! あれはちゃんと意味があるんだから!!

後、お願い!! なんか今回は洒落にならない殺し方されそうだから先にちゃんと説明させて!!

観護(くっ、卑怯な。後で覚えておきなさい)

??「だけど後で容赦はしない」

 あははは、もう助からないのね。(泣)

現実逃避もかねて、説明。今回は死伎を使わざるをえなかった蛍火。蛍火によって植え付けられた恐怖を大河が拭うってお話。

観護(五話ぶりに大河が活躍してたわね)

 というよりも大河が活躍しなさ過ぎてるんだよね。私の才能がない証拠だと自分でも分かってる。

??「ならもっと頑張る」

 難しいんだよ。蛍火っていう規格外の要素がある限り大河は原作みたいに活躍できないんだ。

むしろ蛍火を追いかけるような役割になってるから。

??「ねぇ、あのキマイラってやっぱり」

 まぁ、何かが関与してるよね。

??「蛍火と他の救世主候補の戦い方って違う?」

 違うね。蛍火は始めから対多戦闘を目的としている。けど、大河達は一対一の戦い方を集団に応用してるだけ。

 だから、戦い方の根本が違うからどちらが強いとは明確にいえない。

観護(ふ〜ん、そういえばセルとかメリッサも活躍してたわね)

 セルはこれからも活躍する。メリッサはこのイベントともう一つあるイベントの為に作られたようなものだからね。

??「もう一つって?」

 だいぶ先のお話。今は言えないよ。では、ガクガクブルブル、次・・回、予・・告をしようか。

観護(次回は蛍火君がみんなに対する説明。蛍火君の戦闘に関する説明が多いわ。今回使われた技とか特にね。)

??「次回予告をしたところで制裁」

??&観護「(離空紅流、鎧朱一閃!!)」

 ちょっと待って、それは美姫さんの技!!!?

ズバンッ ←綺麗に真っ二つに分かれた音

??&観護「(では、次回でお会いいたしましょう)」





お、おまっ…。何で、技を広めてる!?
美姫 「大丈夫よ♪」
何が!?
美姫 「奥義は教えてないから」
当たり前だっての!
あ、ああ……。
単純な斬撃技だが、その速さが異常に早い鎧朱一閃を教えるなんて…。
因みに、最初の一歩目からトップスピードの踏み込みを見せ、相手とすれ違いざまに斬り捨てるという技。
美姫 「そこまで分かっていながらも、アンタは躱せないのね」
無理に決まってるだろう! 早すぎるっての!
美姫 「さて、今回は蛍火大活躍だったわね」
うわーい、またしても無視ですか。
美姫 「でも、その素顔を少しだけ晒してしまって…」
やっぱり恐怖に震えたな。だけど、その後の大河の言葉できっと分かってくれた人たちがいるはず。
美姫 「次回は蛍火による説明みたいね」
一体どうなるんだろうか。
美姫 「気になる次回はすぐそこ!」



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