「だから貴方は新しい救世主を選ぶことを止めてしまったのよね」
「イムニティ!?」
リコが部屋の中央を睨む。そこに魔法陣が現れ、空間が歪み、一人の少女が現れる。
「リコ……?」
その姿を見て、大河が思わず声を上げた。無理も無い。イムはリコまったく同じ容姿をしている。色が違うだけだ。
似ているのはリコたちがコインの裏と表だからだ。
第三十話 赤の主、覚醒
「お久し振りね、オルタラ……いえ、今はリコ・リスと呼ぶべきかしら?」
「イムニティ……。そんな、どうやって………」
「あなた達がかけた封印をどうやって破ったのか、かしら? そんなもの、マスターを得た私の力を持ってすれば造作もないこと」
「マスターを? 嘘です!」
ごめん。それ俺。
「嘘じゃないわよ」
イムは、口に手を当てて楽しげに笑っている。
「なんなら証拠でも見せてあげましょうか?」
イムは優美に微笑んでみせてから、その視線を大河に向ける。その視線には、明確な殺気と殺意が宿っていた。
間違いなく、イムは大河を殺すつもりだ。まぁ、そう命令したからな。
「そこの男の子、救世主候補でしょ? 今ならこの子を肉片に変えるくらい、造作も………」
「いけない! 大河さん、こっちへ!!」
リコは慌てて叫び大河さんの体を拘束していたハルダマーを解除する。体の具合を確認している大河をせかす。
リコの慌てた声に大河さんが私の傍に寄った。
「あらあら、どうしたの? 赤の書ともあろう者がそんなに慌てて。フフフッ」
心底楽しそうな口調で、イムはリコを弄るように呟く。楽しくて愉しくて、どうしようもないという顔だ。
俺のときはもう少し素直だったのにな。
頑ななリコの態度を見て、更に大河を見てイムは何かを察したようだ。
「ははぁ〜ん、その人があなたの選んだ…………」
大河に目を向けたまま、楽しげに言うイム。
「違う! 違うっ!! 違います!!」
イムニティの言葉をリコは必死に否定する。
「大河さんは………救世主にはしません! もう誰も…………あんな哀しい役目なんかに就かせたくありません!」
「フフッ、本当にどうしちゃったの、オルタラ? 救世主を選ばないなんて」
何が可笑しいのか、イムはリコを見て嗤うばかり。
確かに面白いのだろう。イムニティの価値観からすれば、リコのやっていることは何もかもが滑稽なのかもしれない。
「それじゃあ、私たちのいる意味がなくなっちゃうじゃない」
イムニティはある意味、二人の存在の核心とも言えることを、あっさりと口にする。
俺や大河はそうでもないと思ってしまうんだけどな。
「…………」
「ど、どういう意味なんだ、リコ? お前が救世主を選ぶって?」
リコが沈黙したことで、ようやく会話の中に入るタイミングを得た大河は、気になったことを問いかけた。
が、それに対する応答はない。
なぜなら、その質問に対する応答はリコの戒めに引っかかるのだ。
だからこそ、答えることはできない。代わりにイムが口を開く。
「私たちが導きの書だからよ」
「リコたちが導きの書?」
「資格のないあなたがなぜここに来たのかはわからないけど、もう書の主は決まったのよ。 それと同時に世界の運命もね」
イムの言葉に大河は理解できず困惑する。だが、リコの方が大きな反応をみせていた。
「う…そ……です。そんな……あの人たちが………イムニティと契約するわけがない……」
「嘘だと思うなら書を開いてみなさい」
イムに言われ、リコは書を眺める。そして、大河の方に向き直った。
「大河さん……。目を閉じて……ください」
「え?」
「お願いします」
だが、呆然としているのか大河は目を開きっぱなしである。
「目を閉じて………、私を……見ないで………」
「リコ…………」
リコはかなり必死な様子だ。そんな彼女の様子に、何か重要なことなのだろうかと大河は考える。かなりいじらしかった。
「お願いです……」
「……分かった。けど、あとでちゃんと説明してもらうからな」
「…………はい」
大河の確認にリコは小さく首肯した。そして大河はリコに背を向けて目をつぶる。
突如、リコの呻き声と、書を取り落とす音が響き、大河は思わず背後を振り返ってしまった。
その瞬間に、開いたままであるページが、大河の目に飛び込んできた。
「しまった…………って、なんだこれ?」
リコとの約束を破ってしまったことに気づいた大河。
だが、それよりも目に飛び込んできた書の中身を見て、不思議そうな顔になった。
「…………これ、なんて書いてあるんだ?」
それを読んだ者は世界の真実を知り、真の救世主となる導きの書。
だが、中の内容はくすんだベージュ色のページに、わけの分からない赤い点々のような記号が羅列されているだけ。
はっきり言って全く理解不能の代物だったのだ。完全版のときに呼んでおくべきだった。
「これが………導きの書? 所々抜けているし、これじゃなんて書いてあるのかわかねぇ」
「ふふふ、それはね………」
「白の精が………主を決めてしまったからです」
リコの言う白の精という単語を聞いて、大河は眉を寄せた。それをどう解釈したのか、イムが説明する。
「私の事よ。そして、リコ・リスが赤の精」
「なんでそいつが主を決めると書が読めなくなるんだ?」
「白の精が主を決めた為に、書に書かれていた世界の理の半分が、その人のものになったからです」
「ついでに言うと、そこに残っている半分の赤い文字が赤の精であるリコ・リスのもの」
確かに、導きの書に残されている文字は赤色の文字だけ。
「本来、白と赤の二つの理で構成されていた書の文字から、白が抜け出た為に読めなくなったのよ」
「書から抜け出た? 残ったのがリコのものって……」
まったく追いつけていない様子。まぁ、この世界の本当の姿を知らない奴にとっては分からないのは無理もないか。
「まだ分からないの? 貴方『バカ』なのね?」
「うるせー! こんなん地球人なら誰でもわかりっこねぇよ!!」
イムニティのバカ発言に癇癪を起こす大河。子供じゃないんだから。
大河の地球人ならの発言でイムが懇願するような視線をこちらに向けてくる。
あぁ、俺も分からないと思ってしまったのか。とりあえず唇を大丈夫だと動かす。
それだけでイムは理解したのか安堵のため息を大河に悟られないように吐いた。
「いいわ。どうせ契約もしてない人間には関係のないことだから」
そう言えるかな? 大河は赤の主の資質を誰よりも持っている存在。関係ないの一言で済ませることは出来ないんだがな。
「まあ、説明はこのくらいにして話を続けましょう。リコ・リス、私はもう主を選んだわ。けれどそれはまだ完全じゃない。
私たちのマスターが二人そろって主と認められてこそのマスター。あなたはマスターを選ぶつもりはないのね?」
「……ありません。私は……もう………あんな生き地獄に誰も送りたくありません」
リコの返答を聞いて、イムはため息をつく。
「なら、あなたの持っている知識と力は、もうあなたには必要ないでしょう?」
「え?」
「やめたいというのなら止めはしないわ。私の目的がついに果たされたということですからね。
でも、貴方の持つ知識と力は、私のマスターが世界を変える為に必要なのよ。だから、あなたを滅ぼしてそれを頂くわ」
それを端で聞いていた大河が目を細める。
「なっ、ちょっと待て!! それはリコを殺すってことか!?」
「『バカ』ね? それ以外にどういう意味があるというの?」
「だからって、はいそうですかって言えるか!! そんな事は絶対に俺がさせないからな!!」
そう言うと、大河はリコとイムの間に立ち、リコを庇うように後ろへと下がらせる。
「大河さん?」
「ふふふふ。あなたに何が出来るのかしら?」
「見くびるなよ、これでも救世主候補だぜ? 破滅を滅ぼす召喚器の一撃を喰らっても、その偉そうな態度を取っていられるかよ?」
そう言うと、大河はトレイターを呼び出し、切っ先をイムに向ける。
それを見て、イムは少しだけ驚いた顔を見せるが、すぐに余裕の笑みを見せる。
「なぁに、体調ならもう万全さ。詳しいことはよく分からないが、あいつはリコの姉妹みたいなもんなんだろ?
だったらリコ+俺がいるこっちの方が断然有利じゃん」
数の暴力か。だが、この世には数では服せない質の暴力というものがあることを大河はまだ知らないか。
いい機会かもしれない。
「召喚器ね。やっかいな力を持っているわね。良いわ、ここでリコ・リスと一緒にあなたも始末してあげる。
厄介な力は少しでも減らしておかないとね」
「イムニティ!」
「もう手遅れよ、リコ。マスターを選ぶのが嫌なら、私と戦うのね。
尤も、力の消費を抑える為に言葉の数すら減らしている貴方に勝ち目があるとは思えないけどね?」
イムニティの余裕の有る態度。その時点で絶対的な力の差があるように見える。
「それじゃ……いくわよ!」
「こい!」
開戦の狼煙が上げられる。大河の声にこたえるようにイムはすぐにテレポートで姿を消した。
「なっ」
開始早々にイムが姿を消したことに驚きを隠せていない大河。
先ほど自らリコの姉妹のようなものだと言った事を忘れたのだろうか?
「消えなさい」
言葉と共にリコの背後に現れるイム。そして、右腕を無造作にリコに向けて振るった。人の腕でなく人の爪でもない。
爪は赤、腕は灰色に彩られたその腕がリコを襲う。
「くぅう」
とっさに召還した亀の甲羅でイムの異形の腕を受け止める。だが、その表情は苦しそうの一言に尽きる。
当たり前だ。今のイムとリコには差がありすぎる。
例えるのならば力量のまったく同じ存在の片方が一週間以上絶食していて、もう片方は毎日のように食事を取っている状態。
そして空腹なのはリコ。栄養状態がいいのがイム。その状態では一方的になぶられるのはリコでしかない。
ここにリコしかいなければ。
「リコ!!」
大河の声が聞こえる共にリコがイムの攻撃を甲羅の曲線をうまく使い逸らす。
イムの姿勢が若干崩れる。そこにトレイターを手甲状態に変えた大河が突進する。
「甘いわね」
大河の突進を遮るようにイムの前面にハイヒールを履いた足が生えてくる。
さすがにそれに突撃する気にはなれないのか急制動をかける大河。そこにいつの間に召喚していた隕石が大河目掛けて落ちてくる。
「させません!! ネクロノミコン」
リコの背後のネクロノミコンが召還され、いつもよりも数段早くページがめくられる。
「撃って!」
ネクロノミコンに開かれたネクロノミコンの中心に、ギョロッと目が開かれた。
充血した眼のように真っ赤な目がイムニティを睨み付ける。瞬間、目から歪曲したビームが発射される。
歪曲したビームが隕石を打ち砕く。
「あら、リコも本気になったようね?」
「大河さんは殺させません!!」
イムの軽い言葉に怒りをあらわにするリコ。淡い萌え芽とは最早呼べぬ恋心がリコを本気にさせる。
「んで持ってお前をぶっとばす!!」
リコに気取られていたイムに大河の唐竹の斬撃が襲い掛かる。だが、それを呆れた様子でイムは冷静に見つめる。
「不意打ちで声を荒げてどうするのよ」
イムの服の袖から先ほどとは違う異形の口を持った存在が大河の剣よりも一瞬早く大河に喰らい付く。
だが、イムよ。お前も不意打ちでリコに対して声を出していたぞ? 人のことは言えんだろう。
「ぐあぁ」
その攻撃を本能が察知していたのか大河が身を捻り攻撃を避けようとするが遅かったのか左腕の一部を抉り取る。
「大河さん!!」
「このっ」
リコの慌てた声に対して返すことも出来ずに大河はトレイターを逆風に振るい、その口を切り飛ばす。
体の一部を喰らわれたのに、痛みにもだえることなく原因を切除できるところは強くなったと思ってもいいかな?
振り上げたトレイターをそのままイムに向かって振り下ろす。
だが、その時はすでにイムはテレポートをしていてその場にはいない。
「アル・アジフ」
テレポートした先でイムがリコの赤いネクロノミコンとは対極の白い本を取り出す。それにしてもネクロノミコンの原本ね。対抗しすぎだろう。
リコのネクロノミコンのようにとんでもない速さでページがめくられ浮かび上がったのは充血したように赤い眼。
「撃ちなさい」
その歪曲したビームが大河に向けて放たれる。それを右往左往と必死になって避け続ける大河。
だが、想像以上に執拗に喰らい付いてくる。
「捲って」
イムの気が大河に向いている間にリコはネクロノミコンのページをめくった。浮かび上がったのは氷の結晶が描かれたページ。
「放って!!」
氷の結晶がイムのいる場所に向かって飛ばされる。それをすばやく察知してイムはテレポートで移動する。
移動した先はリコの少し手前。アル・アジフがリコに近づく。
「大いなる牙。闇より来たりて汝の獲物を喰らい尽くせ!!」
アル・アジフより影のような鋭角的な手が何本も生まれ、その手がリコに襲い掛かる。
リコは逃げることが叶わないことがわかっていたのか亀の甲羅を召還してその手から身を守る。
やはりその攻撃に表情を歪めながら耐えているリコ。
「隙だらけだぜ!!」
リコに集中してイムの背後からトレイターを振り上げつつ襲い掛かる大河。不意打ちには向かないな。
「『バカ』ね。これは余裕というものよ」
その言葉と共にテレポートで大河の正面から消え、大河の背後に現れる。
その手には赤い眼と牙が刃を覆うギロチンのような武器。
大河も振り返り、その武器にトレイターをぶつける。一瞬の拮抗。
「それが狙いよ」
イムの体が赤い雷に覆われる。トレイターを通してその雷が大河に襲い掛かる。
まさかその状態のまま追撃が出来ると思っていなかったのかその電撃に体を硬直させる。
雷を纏ったままイムは大河に突撃し、大河を吹き飛ばす。一瞬にして、大河は10mほど吹き飛ばされ立っていた本棚に激突した。
本棚が、轟音をたてて床に倒れる。それだけでその一撃が力を持っていたことが分かる。
「インフェイム!!」
イムが着地寸前にリコの声が聞こえた。リコは青い雷を纏ったままイムに向かって突撃する。それを黄色い魔方陣で易々と防ぐイム。
「あらあら、あの男が吹き飛ばされたぐらいで逆上しちゃって」
涼しい声でリコを挑発するイム。やはり今のリコとの力関係はイムが圧倒的に優位らしい。
「黙りなさい!!」
リコの焦った声。大河が吹き飛ばされる姿を見ては冷静にもいられないか。前衛を苦手とはずなのに前に出てくるとは、失態だ。
リコの青い雷が収まったと同時にイムが異形の腕を召還し、リコを吹き飛ばす。
「あぐっ」
先ほど飛ばされた大河よりもより遠くに吹き飛ばされ、ぶつかった先々で本棚を巻き込みさら、飛ばされる。
その時、大河がキレた。その音が聞こえたわけではない。決して大河の中身が見えたわけではない。しかし、あの表情を見れば分かる。
「てんめぇええええええ!!!!」
大河が痛む体に鞭打ちイムに向かって吼える。
大河はトレイターを振り上げたまま今ままでとはまったく違う速度でイムに迫る。
火事場の馬鹿力。その言葉がまさしく相応しい。足の筋肉が悲鳴を上げ切れていく。
骨格はその一歩一歩の衝撃に耐え切れずに歪む。
あの状態に踏み入ったことのある俺だからこそ分かる。肉体はもはや力を出すなとばかりに悲鳴を上げている。
だが、大河はそれを意志の力で、激情ではね返す。
その大河の視認するのも難しい速度にイムは反応しきれない。大河の右袈裟をもろに喰らい吹き飛ばされる。
「へへっ、どうでい。ぐあっ」
イムを吹き飛ばしたことにより脳内に溢れていたアドレナリンが切れたのか苦痛にもだえる大河。
「中々やるようね。けど足りないわ!!」
吹き飛ばされたはずのイムは何もなかったかのように立ち上がった。もはや、大河は死に体。イムを何とかできるはずもない。
「させません」
イムの上空に魔方陣が浮かび上がる。そこからいくつもの雷がイムニティに向かって発射された。巨大な雷がイムニティに落とされた。
轟音が響き、煙が立ち昇り、当たりを視認不可能にする。だが、リコは安心している様子などなく、今を機とばかり大河のほう向かう。
イムが雷で行動不能の間に大河を少しでも回復させようとしているのだろう。
だが、煙の中から薄っすらと光を纏ったイムニティがゆっくりとそこから進み出て来る。
「ふふ、効かないわよ、リコ・リス」
悠然と構えながら、イムニティは掌を大河とリコへと向ける。
「魔法っていうのはね、こういうのを言うのよ、“主無し”さん。レイダット・アダマー!」
リコが先程放ったのと同じ魔法の稲妻が大河へと襲い掛かり、リコは障壁を張るが、あっさりとそれを打ち破る。
「ぐあぁぁ」
「大河さん、しっかりして……」
直撃を喰らった大河は、そのまま地面へと倒れる。死に体に止めの一撃をさされたようなものだ。
易々と起き上がれるはずがない。大河でなければ。
そんな大河へ心配そうな顔を見せ、屈み込むリコへと、イムニティが再び掌を向け、上から下へと振り下ろす。
「他人の心配をしている余裕があるかしら?」
「きゃぁぁっ…………、え?」
大河に放ったと同じように雷がリコに目掛けて振り下ろされる。目を閉じて悲鳴を上げるリコだったが途中から疑問の声に変わる。
そう、雷はリコに直撃していない。
「うわ……、あはは、……外れだ」
その横にいる大河に軌道を変えて降り注いでいた。もちろん偶然ではない大河の頭上に掲げられたトレイターがその雷の軌道を変えた。
「……何をしているのかしら?」
そんな大河へと不思議そうに疑問をぶつけるイムに、大河は小さく笑みを見せる。
「避雷針……って知ってるか?」
大河はリコに向かっていた雷に対してトレイターを避雷針代わりとして自分に向けることでリコを守った。
「………大河さん、何てことを」
間接的にとはいえイムの雷の威力を知っているリコが無茶だといわんばかりに大河に心配の言葉を向ける。
「リコ、俺の側にいるんだ。けど、触れたらダメだぞ?」
リコの言葉に優しく、諭すように守るといった。そんな大河の行動に、イムはあきれたような表情を見せる。
「愚かな」
イムの呟き。確かに因果律を支配するイムには大河の行動は愚かとしか言いようがないだろう。
大河の行動の意味をイムは分からないだろう。
そんな事をしなければ自分が傷つくことはない。何も知らないのなら放っておいてもいい。
けれどそれが出来ないのが大河だ。イムには生涯理解できないことかもしれないな。
イムはまた掌を向け、下へと振り下ろす。またしても雷が大河へ、大河の持つトレイターへと落ちる。
「うわああああああ!」
思わず大河の口から声が漏れている。誰かのために我慢できるとはいえ、痛いことに変わりはない。
「まだ立っていられるなんて……、自信を無くすわ。ふふ」
イムは笑う。その愚かしい行動を。
だが、俺はその行動を笑えない。大河の行動はこの醜い世界の中で、醜い人間であるはずなのに何よりも美しいとさえ思える。
「大河さん、私から離れて」
「や〜だ、よ〜ん」
リコの懇願にも近い声にふざけて調子で答えた。まだ自分は大丈夫と伝えるように。
「大河さん、もうやめてください。私なんかのために………」
辛そうな顔に目に涙を滲ませて叫ぶリコに、大河は先程と同じような優しい笑みを見せる。
「『なんか』っていうな」
「っ!」
大河の意思のこもった強い否定の言葉。先ほどまで悲鳴を上げていたとは思えないほどの強い否定。
「リコは大事な仲間だろうが。絶対『なんか』じゃない」
「大河さん」
何も知らないのに、何の柵もないのにその思い。何よりも暖かい言葉、それがリコの胸に温かい物を生み出した。と思う。
「それにさ、俺。一度目とつけた女の子には振られるまで付き合う事にしてるんだ」
「え?」
「折角、運のいいことにこんな可愛い娘とめぐり合えたんだぜ? 何もしないで別れてたまるかよ」
「可愛い? 私が?」
「帰ったらうんとエッチな事しような?」
大河の何気ないセクハラ発言にリコは顔を赤く染めた。帰ると言った。仲間のいる地上に帰ると。なら、リコはそれに答えないとな。
リコは大河の耳に唇を寄せて「十秒、耐えてください。その間に何とかします。」といった。もちろん聞こえているはずがない。唯の読唇術だ。
「残念ながら、貴方達は帰るのではなく…………逝くのよ」
「生憎だがそうは成らないさ」
大河の自信に満ちた声でイムの言葉を否定する。先程よりも自信と確信に満ちていた。
「そうかしら? 見たところ貴方は2.3攻撃で終わるわよ」
「なら、やってみるといいさ」
尚も確信に満ちた大河の声にイムは訝しげな表情を向ける。さすがに何かあると考えるか。
「……私がその言葉に警戒するとでも?」
いいつつもイムは大河を先程よりもさらに警戒している。
「別に? けど俺は大抵の事じゃくばらないぜ? やるんなら最大級の奴をお薦めする」
「!? なら、その我慢強さに敬意を表して、ハムスィーン、ハムスィーン」
「……エロヒーム・エロヒーム」
最大級の呪文を放つためにイムが呪文を唱え始めた所へ、先程から大河の陰に隠れる形で何やらしていたリコの呪文が響く。
「っ!? その呪文は!」
聞こえてきたリコの呪文に、思わずといった感じでイムニティは唱えていた呪文を中断してまで驚きの声を上げてしまう。
リコはそんなイムニティへと何も答えず、ただ呪文を唱え続ける。
「おっと、呪文が途絶えたな? 最初からやり直しか?」
大河の言葉にイムは、悔しげに口元を歪めると、すぐに呪文を再度、唱え直す。
相手の挑発に乗りやすいところを矯正せんといかんかも知れんな。
それと呪文を途絶えさせられたら、最初からやり直しにするのではなく中断できるように俺も魔術を改良するか。
二人の呪文が響き渡り、その呪文に応えるように、魔力が収束して行くのを感じる。
そして、収束された魔力が、最後の呪文と共に解放され、術として発動する。
「カヤム・レヴァ・ハシュカナー!」
「エヴェッド・フルバン!」
ほぼ同時に唱え終えたかのように見えた呪文。
だがしかし、リコの方が早かったらしく大河とリコを囲むように魔法陣が描き出され、途端二人の周囲の空間が陽炎のように揺れ動く。
イムの攻撃は二人に当たることなく、二人は消えた。
「お疲れ様です」
「マスター。ごめんなさい。しとめられなかったわ」
イムが悔しそうに呟く。まぁ、あの必殺の状況で殺せなかったんだ。当然か。
「いえ、かまいません。今回は私のパートナーの実力を見るだけですから。彼らの生死は関係ないです」
「私が言うのもなんだけどそんなに簡単に私をパートナーと認めていいの?」
イムが口調は呆れているようにいっている。
しかし、あれは不安の表れか。まったくこういうところは本当にただの女の子だ。
「人の心を覗くのが私の趣味ですから。イムは私に信頼を寄せている。なら返さないとね」
苦笑しながら言う。
信頼を返す? 詭弁だ。自分すら信じていないものが他者を信じられるはずなど無いのに。
「私はそろそろ地上に戻ります。夕飯の時間ですし」
「マスター、緊張感が無いわね」
あっ、今度は呆れている。まぁ、この状況で日常の会話を出すほうがおかしいか。
「あぁ、当真たちが帰ってきたらまた戦うと思いますが、見切りをつけて逃げてください」
「逃げる? 必要ないわ」
絶対の自信を持って言い切る。そんなに俺の救世主としての資質が高いのか?
しかし、傲慢だな。まぁ、その方がイムらしいが。
「貴女では勝てません。特に当真には」
「例え、オルタラと契約しても勝つ自身はあるわ」
その言葉にイムがいぶかしげな表情をして俺に勝つと告げる。
さっきは殺せそうだったからな。次も殺せると思っているのだろう。
たしかに、大河以外の存在ならリコと契約しようとイムなら殺せるだろう。しかし、大河は別だ。
「いえ、無理です。当真は闘神の加護を受けた者。ほんの一合合わせるだけでも成長する天才、そして戦う事に努力を惜しまない秀才」
「ふ〜ん。あれがねぇ。あれが闘神の申し子っていうならマスターはさしずめ修羅かしら?」
イムがおどけて言う。たしかに戦闘狂の状態の俺ならそうかもしれない。ただし、本質はあくまでも唯の化け物だ。
「私は唯の化け物です。それとちゃんと退いてくださいね? 折角の可愛いイムの顔が傷つくのは嫌ですから」
イムは可愛いといった所でキョトンとする。リコと同じく自分をそういう風に認識していないのだろう。
おしいな。認識していたならどんな男でも手玉に取れただろうに。
「了解。送るわ」
イムが簡易召喚陣を描く。書きなれているのかすぐに終わる。
「あぁ、詳しい話は今夜ここで聞きます。では気をつけて」
消える寸前。イムが自分の体をぺたぺたと触っているのが見えた。そんなに俺の言葉は信じられないか?
イムは確認しなくても可愛い女の子だぜ?
後書き
大河とリコが消えて、大河が赤の主に覚醒。
まぁ、そのシーンは省きます。さすがに書けないですから。
大河が何度でも立ち上がれるのはやはり優しさと強さがあるからです。
大河は失いたくないという強い想いがあるから例え、瀕死の身体であっても動きます。
それは人としてとても羨ましい行動だと思えてしまいます。
同時に蛍火には無い行動原理です。彼は大河とは正反対の存在ですから。今のところ
観護(大河、成長したわね)(涙
まぁ、確かにあの状況で何度も立ち上がれるのは賞賛に値する。
??「でも、大河も良く何度も立ち上がれたね?」
そりゃ、大河は失うこととの恐ろしさを知ってるから。だから失いたくないと思ってそれで必死になって行動するんだ。
それに大河は誰かを、大切な人を護りたいっていう信念を持ってるから。
それが折れない限り大河は何度でも立ち上がれる。
観護(成長したわねぇ)(感涙
観護、刀身から液体がだだ流れしてると少し恐いよ?
観護(子供の成長を見れた親の気持ちが分からないの!?)
いや、悪いけどまだ独身だから。
観護(ちっ、まぁいいわ。次回予告)
??「完全に蛍火の知っている未来が変わってしまったこの状況で蛍火は次にどう動こうとするのか?」
では、次話でお会いいたしましょう。