何とか上手くいったか。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 昼に食ったものを残らず吐いてしまった。さすがは召喚器。流していたつもりでも衝撃は残ったか。

痛覚を切っているこの身にこれほどの損傷を与えるとはな。さすがだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一話 新たな想いを胸に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大河のほうを見る。大河もカエデ同様に気絶していた。失血しすぎたせいだろう。

 俺は観護を呼び出した。

 

(呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン。貴方のパートナー観護です♪っていったいどういう状況これ!!)

 

 いつに無く五月蝿い。昼間に呼び出したからだろう。

 

(これから大河の治癒を行う。静かにしていろ)

(はい)

 

 俺の普段出ることの無い切羽詰った声に観護はおとなしくなった。

 世界から力を少量引き出す。この状態で大きく引き出すことは出来ない。

ちなみに俺は世界から力を引き出すことを門を開くという風に呼んでいる。

 ついでに言うと闘技場に結界を張ってあるので観護をだしても誰かに見られることはない。

 

柔らかな光が大河を包み込む。少しずつだが大河の肩の傷は塞がり、血色が良くなっていった。

 数分ほどすると大河は俺と戦う前ぐらいにまで回復した。これで一安心だ。

ついでに持っていたハンカチで大河の服に付いた血の部分を隠す。

カエデが起きたときに血を見させないためだ。

 

実はカエデの血液恐怖症はまだ治っていない。今回は努力すれば何とかなることを錯覚させただけだ。

これからも根気よく手伝わねば成らないだろう。

ちなみに俺の服は気にする必要はない。黒なので返り血は目立たない。そのためもあって黒を着ているからな。

 

カエデは治癒の必要はないな。気絶しているだけだ

 大河の治癒が終わり気を抜いた瞬間、カエデに殴られた場所に痛みが走った。これは、内臓までやっているな。

 俺はそのまま治癒魔法を自分に向ける。

 数分後、痛みが完全に引き、元の状態になった。はぁ、しかし今日の訓練はできないな。

 

(で、一体何してたの?)

 

 気を休めようとした矢先に観護が声をかけてきた。休むことも出来んのか?

 

(別に、カエデの血液恐怖症を治そうとしただけだ)

(もっと具体的に言いなさい。言わなかったら私たちを呼び出したら還すまでずっと話しかけるから)

 

 それは勘弁してほしい。というより、話し方が退行していないか?

 

(はぁ、大河と一戦交えてわざと傷を負わせた。それを使ってカエデにとって過去の惨劇を繰り返した。それだけだ)

(じゃぁ、なんで大河が寝ているの?)

 

 しつこい。しかし、ここで話さなければ先に言われたとおり呼び出したら還すまで俺の邪魔をし続けるだろう。

 

(血を流しすぎたからだな。それと精神的に追い込んだからだ)

(どうやって追い込んだの?)

(普通に大河と全力で戦って、それで俺如きと互角にしか戦えないのならいずれ破滅に殺されるだろうとな、と言った)

 

 

 俺の言葉に観護が黙る。その間はなんとなく呆られているのだろうというのが分かった。

 

(はっ!? ちょっと待って大河と互角に戦ったのよね?)

(そうだ)

 

 その返事でさらに観護は黙ってしまった。早く発言してほしい。カエデが起きる前に大河と話しておきたい。

 

(私たち無しでよね?)

 

 何を当然のことを言っているのだろう? それなら観護が一部始終知っているはずだ。

 

(ありえない!! って言うか何それ? 本当にそんなことしたの!!!?)

(そうでなければお前も知っているだろう。それに不思議なことではない。

ある程度の技量があり、経験を積んでいる者なら誰だって出来る)

 

 師匠は出来ていた。ついで言えば初期の大河ならばディスパイアのないダウニーでもダリアでも学園長でも出来ることだ。

おそらくイリーナやマリーも出来るだろう。だからこそ驚くべきことではない。

 

(蛍火君って非常識だね)

 

 何気に失礼なことを言ってきたので還すことにした。必要もないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 大河を起こす。血を失いすぎていた後遺症だろう。目を開けても大河はしばらくボーとしていた。

 そう時間もかからず大河はいつもの状態に戻り、俺を見た。

 そして大河の表情が変わる。これはいったいなんだろう? 自身に対する怒りと悔しさと無力感を混ぜたような表情をしている。

 

「俺はいったい、今まで何をやってたんだろうな?」

 

 その声にはいつもの覇気はない。初日に追い込んだ時以上に力が無い。しまった。楽しみすぎたか。

 

「当真、さっきの言葉はヒイラギさんに詰め寄るための方便ですよ?」

 

 正直な話。俺は別に大河を見損なっているわけではない。救世主候補に勝てる存在などそれなりにいるのだから。

もっともここで終わってしまうならそれまでだとも思っているが。

 

「それでも、俺は…」

 

 語る気力すら失ってしまったようだ。これが恐らく持つ者と持たざる者の差だろう。俺ならば気にしない。いつも通りやるだけだ。

だが、なまじプライドが高いため今の状況を許せないのだろう。

 

「別に大河の実力が私と拮抗したわけではありません。元々、ヒイラギさんの血液恐怖症を治すために打ち合う必要があった。

そして打ち合いで私が勝つという結果を出すことが絶対だった。

その意識のせいで貴方はいつも以上に自分の実力を出し切ることが出来なかっただけです。」

「別に気を使わなくたっていいぞ?」

 

 俺に乾いた笑いを向けてくる。全てがどうでもよくなってしまったようだ。情けない。

 

「それだけではありません。私と当真の間には経験の差というものあります。私は貴方よりも実戦経験が多い。

故に経験の浅い貴方を読むことが出来た。それだけです」

「あぁ、俺が弱いくせに驕っていった事がようく分かった」

 

 ほぼ、精神が死に掛けている。やべぇ、契約違反になっちまう。

 

「当真さんはどうするつもりですか?」

「蛍火が守ってくれればいい」

「ヒイラギさんはどうするつもりですか?」

「俺みたいな情けない師匠につくより蛍火が師匠になったほうがあいつのためになる」

 

 あ〜。カエデの最後の言葉聞く前に気絶してたなこいつ。それを聞いてれば少しはましだったろうな。

 

「ヒイラギさんは最後に当真が大切な人だから、自分はかけがえの無い師匠の弟子だからといっていましたよ?」

 

 すこし、誇張しているがここら辺はまぁ、いいだろう。

 

「お前の弟子になればすぐに気が変わるさ」

 

 あー、これでもだめか。となると後はリリィ? いやそれは無いだろう。リコ? いや、それも無いだろう。後はベリオか?

でも未亜でもカエデでもだめだったから無理だよな?

 後は誰だろ? ん〜、セル? 却下。ダリア? それも無い。学園長? いや、それこそ有り得ないだろう。

 やべぇ、思いつかねぇ。

観護に助けを請うか。あれでも一応親だったんだから役には立つだろう。あんまりしたくないが。俺は観護を黒曜状態で出す。

 

(出したり戻したり、こっちの都合も考えて欲しいわ)

 

 そんなものがあるのか? 始めて知ったぞ。いったいどんな都合があるんだ?

 

(で? どしたの。還した後、すぐ呼ぶなんて。何かあったの?)

(いや、大河が精神的に死にそうだ)

(……って、大河の目が死んだ魚のようになってる。一体なんでこうなってるのよ!!何したの!!!)

 

 あっ、ヤバイ。マジギレしてる。自分の子供と同じくらい溺愛してるもんな。

 

(かくかくじかじか)

(そっか。そんな事があったんだ)

 

 ってマジか!? そんな説明で分かるのか!?

 

(って、分かるわけないでしょ!! きちんと説明しなさい(怒))

 

 めんどくさいが戦ったときのことから全て話した。

 

(なるほど、あの子があそこまで落ち込んでるのは蛍火君の期待を裏切ったって思ってる点ね)

(そんなに重要なことか?)

(あの子にとってはね)

 

 そうなのか。というかいつの間にそんな事に成っていたんだろうな? はっ!! もしかしてこのままでは俺エンド!?

何とか阻止せねば。女に興味はないが男と結ばれる事は嫌だ。

 

(何だか変な事考えてると思うけど。そうじゃないわよ。

あの子にとって貴方は憧れであり、自分を支えくれて、甘えられる兄とか父とかそんな存在なのよ)

(そういう存在に見限られるのがそんなに堪えるのか?)

(当たり前よ。自分だったらって想像……出来るわけないか。

とりあえず、貴方が大河のことをまだ期待してるって事を信じさせることが出来れば大河も復活すると思うわ)

 

 言うのは簡単だがそれを結果として出すのはかなり苦労するぞ。とりあえず、観護は五月蝿いから還そう。

 

(がんばってね♪ お兄ちゃん)

 

 観護が還る寸前にそんな事を俺に言いやがった。やべっ。寒イボが出てきた。そう言う事を言う様な年でもないだろう。

 取りあえず大河のほうに向きなおす。さっきよりも大河の周りが暗くなっている。しかも体育座りまでしている。

放置されてさらに気落ちしたか?

 

 まぁ、観護との話でよく分かった。大河は普段から兄として未亜を守る存在だ。

おちゃらけてはいるがそれでも守るために気を張っている。

頼るものがいないという壊れる寸前の精神を未亜によって無理やり補強しているに過ぎない。

無理やり補強している精神で子供のころからずっと頼ることをせず未亜を支えてきたのだ。

唯でさえ脆い精神に圧力がかかりすぎていたのだろう。

 

そこに俺みたいな頼れるかどうかもわからない存在に頼ってしまった。頼ってしまっているから捨てられることに耐えられなかったか。

まぁ、異世界だから誰かに頼りたいとは思うのも無理は無いか。子供をやめたのなら最後までそれを貫けばいいものを。まったく。

とりあえず、脳内の大河のプロフィールに実は甘えん坊って書き足しておこう。

 

「当真。私の期待を裏切るのですか?」

 

 その言葉に今まで反応も示さなかった大河の体が震える。おぉ、反応した。ふむ、観護の推測はあたっていたのか。さすが年の功。

ブルッ、なんだ? 今一瞬寒気がした。まぁ、気にしないでおこう。

 

「私は今でも貴方が真の救世主になると思っています。なのに、こんな事で立ち止まるのですか? こんな所で躓いてしまうのですか?」

 

 それは先程の言葉の繰り返し。だがその言葉は優しさに包まれているっぽくする。いや俺には良く分からないからさ。

 

「私は貴方が平穏な世界を築いてくれると今でも信じています。あの時した決意は嘘だったのですか?

全てを助けるられるそんな存在になると。私は今でも信じています。

あの時の決意は決して嘘ではないことを。誰しも立ち止まることも躓くこともあります。

しかし、立ち止まったままでいないで下さい。躓いたままでいないで下さい。

また前に向かって進んでください。また起き上がってください。」

 

 まだ、大河は俯いたままだ。だが、俺の言葉を聞こうとしている意思は感じ取ることが出来る。もう少し。

 

「いつもは言葉でしか当真を手助けすることしか出来なかった。

けれど今日、初めて言葉だけでなく行動で当真を手助けすることが出来たことが私には嬉しかったんですよ」

 

 本当は手助けできたことが嬉しかったではない。しかし大河と戦えたのはとても嬉しかった。楽しかった。

この感情にだけは偽りはないだろう。

 

「これからも私は今日のように当真を気落ちさせるようなことを言ってしまうかもしれません。でも信じてください。

私の言動ではなく私が当真を信じているということを信じてください」

 

 大河に生気が戻ってきた。起き上がれ、負けるな。

 

「私が期待しているのは普段の当真です。

バカであけすけで、女の子のお尻を追いかけていて、それでも大切な人のために努力できるいつもの当真です。

気負う必要はありません。肩肘張る必要もありません。いつも通りにしていてくれればそれだけでいいんです。

そんな当真こそが、きっと真の救世主になると信じています」

「だけど俺は弱いぜ? 経験も浅くて召喚器も持ってない蛍火と互角でしか戦えないくらい」

 

 言葉を出せるほど元気になってきたか。しかし、俺のことを過小評価しすぎだな。

 

「そう思うなら今日から努力してください。今からでも経験を積んでください。

諦めない限り終わりはありません。諦めない限り道が閉ざされることはありません」

 

 もっとも確実に叶うとは言えないが。

 

「今からでも……、諦めない限り…」

「それに当真には夢があるんでしょう? 全世界の女の子をハーレムに迎えるっている偉大な夢が」

 

 これで最後だ。魂の髄までエロスが浸透している大河にはこれを最後に持ってくれば確実に効く。

 

「夢…、そうだよな。叶えるんだ。それを掴むために俺は真の救世主になってみせる!!」

 

 やっと立ち直ったか。長かった。しかも、優しいセリフと優しそうな笑顔をするのは慣れないからさすがに疲れるな。

 

「夢に向かって愚直なまでにまっすぐ走る当真の姿が私の希望ですから」

「蛍火。愚直ってのは酷いぞ。せめてまっすぐなだけにしてくれ」

 

 俺に軽口を言えるぐらいか、もう安心だな。だが、大河が愚直って言うのは訂正しないぞ?

 

「よし、蛍火。喜べ。俺がハーレムを作った暁には一部分け与えてやろう」

 

 一体何がどういう思考でそうな言葉を吐き出した? 頼む大河。俺のために一度脳を解剖させてくれ。

 

「じゃあ、未亜さんを下さい。お義兄さん!!」

「いいぞ?」

 

 えっ? ちょっと待て。ここは普通お前みたいな奴には大切な妹は渡せん。

とかいって激昂するところじゃないのか?というか今までの大河なら確実にそういうだろ?

何でだ? さすがに冗談だから訂正しておこう。

 

「はははっ。冗談ですよ。第一、当真さんが私なんかを気にかけるはずないですよ」

「正気か? 蛍火?」

 

 正気かと問いたいのはこっちだ。というよりお前がいつも正気でないだけで俺はいつも正気だ。

 

「未亜も苦労するな」

 

 何だそのやれやれだといった態度は。未亜が何に苦労するんだ? 苦労をかけるのは大河だろう?

 

「まぁ、未亜の事は今は置いといて。蛍火も男なんだからハーレムには興味あるだろ? 正直に言ってみろよ」

 

 やれやれ、調子が戻ったとたんにこれかさっきの言葉詭弁とはいえ、訂正しようかな?

 

「結構です」

 

 その言葉に大河は俺を信じられないものを見るような眼で見てきた。いや、常識からいって信じられないものは大河のほうだぞ?

 

「ハーレムだぞ?ハーレムなんだぞ!? 男の夢だろ? ロマンだろ!?」

 

 誰しもが自分と同じと考えるなよ。

 

「夢は自分で掴むものです。誰かに与えてもらうもではありません」

 

 まぁ、金で買える夢もあるけどな。もっとも夢なんぞ持っていない俺には関係ないことだ。

 

「くそっ。強力なライバルが出現しちまった。蹴落とす? 難しいな。いっその事手を組んだほうが手っ取り早いな」

 

 何か聞こえた気がしたが気にしないで置こう。そう、気にしたら負けだ。

 

「当真。そろそろヒイラギさんを起こしますよ?」

 

 いつまでも寝かせておくことは出来ない。風邪を引いてしまうかもしれないし、誰かが襲い掛かるかもしれない。

一番怪しい人物は俺の隣いるが。

 

「ちょっと待て、蛍火。さっきのことは、「男二人の秘密ですね。」そうだ。頼むぜ?」

 

 取りあえずさっさと、カエデを起こす。

 

「ん? ここは? 拙者はどうして? ……はっ!」

 

 目が覚めたと同時にカエデは俺から距離を取り、臨戦態勢に移行した。

 

「カエデ〜。もういいぞ」

「えっ?」

 

 声の主のほうを向くと大河がなんでもないようにたっている。カエデの表情は驚愕と喜びに染まる。

そしてわき目も振らず大河に突進し、大河に抱きついた。

大河の体が温かいことで夢じゃないことを確かめているんだろう。

 

「師匠。無事だったでござるか。よかったでござる」

 

 カエデは泣きながら大河が無事だったことを喜んでいる。

 

「師匠にもしものことがあったら拙者どうしていいかわからぬでござるよ」

 

俺のことを忘れて二人は二人だけの世界を構築する。甘ったるい。これならまだ、サトウキビのほうがましだろう。

 

「師匠、傷は?」

 

 カエデの言葉に大河はようやく自分の肩に痛みが無いことに気づく。まぁ、起き抜けはあれだったしな。

 

「ん? あれ、そういえば、傷が無い。血も止まってる。何でだ? 結構深かったはずなんだけどな?」

「私が治癒しました。さすがに放っておいたら失血死しますから」

 

 もう、苦笑するしかない。まったく見せ付けてくれる。後でベリオと未亜にチクっておこう。

 

「そうか。って、すぐに治るもんでもないだろ。ベリオみたいに治癒魔法でも使わない限り、すぐには………ん?

なぁ、もしかして治癒魔法使えるのか?」

「えぇ、一通りは」

「もしかして攻撃魔法も使えたりなんかしないよな?」

「えぇ、一通りは」

 

 その言葉に大河の雰囲気が少し暗くなる。しまった。全力を出してないって事隠しておくべきだった。

 

「でも、何故師匠を助けたのでござるか? 師匠を殺すつもりだったのでござろう?」

 

 先の言葉は純粋に、後の言葉はきつく聞いてきた。返答しだいでは戦うって意思表示だ。いい傾向だ。

 

「あぁ、そりゃヤラセだ」

「えっ?」

 

 大河の言葉にカエデがあっけに取られる。そんな馬鹿なって顔してるな。

 

「じゃあ、師匠が怪我したのも嘘でござるか?」

「いや、ありゃ本物だ」

 

 その言葉にカエデはあわて始める。

 

「師匠、怪我してるでござるよ! 速く治療せねば!!」

 

 カエデが大河の服を脱がしにかかる。大河はあわててカエデを引き剥がしにかかる。受身に回るのは苦手なんだな。

 

「蛍火が治療してくれてもう傷は無いって!」

「分からないでござるよ! きちんと目で確認せねば」

 

 カエデは大河の服を脱がそうとさらに力をこめる。大河は脱がせまいと力をこめる。

そろそろ止めないと大河の服が破けるな。しかし、この構図はなんだろうな?

 

「はいはい、それぐらいして置いてください。服が破けますよ」

 

 その言葉に二人は動きを止める。最初からそうしてくれ。

 

「師匠。本当に大丈夫でござるか?」

 

 それでも尚、カエデは大河を心配する。まぁ、さっき自分の中での大河の位置を認識したばかりだからな。失いたくないのだろう。

それにカエデは裏の世界を知ってるからな。三年殺しが実在することも知っているから自分で見たいのだろう。

 

「大丈夫だって、痛くなったら医務室いくから。安心しろ」

 

 その言葉でカエデはしぶしぶと大河の患部を診る事を諦める。そろそろ締めにしますか。

 

「ヒイラギさん。よく、血を纏っていた私を攻撃できました」

「あっ」

 

 あの時を思い出したのだろう。体が震えている。

 

「でも、よくがんばりました。恐怖に震えながらも気絶せず動けたのです。きっと血液恐怖症は治せますよ」

 

 カエデに近づき優しく、優しく、頭を撫でる。何度も何度も撫でてやっとカエデの体から震えが止まった。

 

「全部。拙者のためだったのでござるか?」

「えぇ、少し強引でしたけどね。」

 

 震えは止まったのにカエデは俺から離れる様子は無かった。居心地がいいのか?

 

「拙者のためにしてくれたのに殴ってしまってすまないでござる。痛かったでござろう?」

 

 その不器用な優しさに苦笑をもらしてしまう。本当に救世主候補は不器用な奴ばかりだ。

 

「気にしないでくさい。あの痛みは必要なものだった。貴女が一歩を踏み出せた事に比べれば些細なことですから」

「ありがとうでござる」

 

 まだ、離れる気配が無いので取りあえず頭を撫でておく。

 

「えー。こほん。人の前でいちゃつくなや。ゴラァ!!」

 

 大河が押さえきれず暴れだした。その言葉にカエデは自分の状況にやっと気づいたのか顔を赤くして俺から離れる。

大河、心配するなそれはお前一筋だ。

 

「いっ、いちゃついてたわけではないでござるよ、師匠!!」

 

 慌てて、弁解する。おたおたと小動物のようにあわてる。そんな事すれば大河の嗜虐心をあおるだけなのに、

 

「俺の事なんか目にも入らずにいい雰囲気出してたのにか? 蛍火のことが好きなら、蛍火に弟子入りしたらどうだ? カエデ」

 

 その言葉にカエデはさらに慌てる。あー、あれはとんでもない事を言うな。確実に、

大河、まだまだだね。

 

「拙者は師匠の弟子でござる! そっ、それに好きなのは師匠だけでござるから……

 

 顔赤くしながら最後のほうは小さな声ででもちゃんと聞こえるぐらいの音量で言った。あーあ、大河まで赤くなっちゃって。

ごちそうさま。さて部屋に戻って休むとしよう。

 

「あっ、あの蛍火殿」

 

 闘技場から去ろうとしている俺の背中からカエデが声をかけてきた。早く休みたいんだけどな。まぁ、聞くだけ聞いてみるか。

 

「何ですか?」

「あの、これからは兄君と呼んでもいいでござるか?」

 

 カエデが頬を少し赤らめながらねだるような視線で聞いてくる。

カエデの言葉は俺の予想を右斜め上を切り揉みしがら飛んでいった。

 

「あの、ダメでござるか?」

 

 下から俺の顔を覗き込み手を胸の前で組んで俺に懇願してきた。俺にどうしろと?

 

「別にかまいませんが、」

 

 呆然としすぎて反射的にそう答えてしまっていた。

 

「ちょっと待て!! 何故に蛍火がそんな明らかに萌える名前で呼ばれて俺は師匠なんだ?

頼む、カエデ!! 俺も兄君って呼んでくれ!!」

「ダメでござる。師匠は師匠でござるから。」

 

 大河から逃れながら大河の頼みを頑なに拒む。おーおー、追いかけっこなんてべた青春しちゃって。大河、少しは気づいてやれ。

俺を兄って呼ぶって事は頼りがいはあるが異性としては見ないってことだぞ?

 

「じゃあ、なんで蛍火は兄君なんだ!? せめて理由を言え!」

「拙者。一人っ子だったでござるよ。だからお兄ちゃんに憧れてたからのでござる。それだけでござるよ。」

「答えになってねぇえええ!!!」

 

 未だ追いかけっこを続けている。見ていられんな。先に戻るとしよう。あぁ、言い忘れてたことがある。

 

「ヒイラギさん。まだ、完全に血液恐怖症が治ったわけではないので今日から毎日トマトジュース飲むようにして下さいね」

 

 それだけを告げ闘技場を後にする。

 

「そんな殺生なぁあああ〜」

 

 騒がしい毎日だ。

 

 

 

 

 

 

 

Interlude 大河s view

俺はカエデを追いかけるのを止め、さっきの、蛍火との試合を思い出す。

 あの試合は今まで一番充実していて楽しかった。俺の全力をだしてそれでも戦い続けられる。今までそんな事はなかった。

ベリオと戦ったときもカエデと戦ったときも、

 

 蛍火が言ってた意識の問題もあるだろう。たぶんどっかで遠慮してた。だから、さっきの戦いが楽しかったんだろうな。

 それでもアイツは手加減してた。魔法も使えるのに使ってこなかった。未亜やリリィの言ってた魔力武具も使ってこなかった。

しかも、あんだけ重い蹴りを出せるのに最後しか出してこなかった。

何が胸を借りるつもりで来いだ。胸を借りていたのは俺だったじゃねぇか。

 鍛えてきたつもりだった。だけどそれは蛍火に比べたら俺は本当につもりだった。あいつは一体どれくらい鍛えてきたんだろうか?

想像することもできない。

 きっとあいつからしたら俺の訓練なんて遊びに見えるだろう。それを否定することは出来ない。

 

 最初俺にとってあいつは面白い奴だった。でもその日の夜にすぐに認識が変わった。いろんな事教えてくれる面白い奴に。

そしてイリーナを紹介してもらったときにすげぇ奴って変わった。買い物でばったり会ったときにさらに変わった。

そこに強くてっていうのがついた。そして最後に今日。本当に尊敬できる奴に変わった。

 

 自慢じゃないが俺は今まで他人を尊敬したことなんて無い。たぶんそれは今まで尊敬できるような奴に出会わなかっただけだ。

今は違う。あいつは本当に尊敬できる。その強固な意志。臆すること無い心。召喚器無しでも俺を超える強さ。

そして生身で召喚器の加護を受けたカエデの攻撃をまともに喰らってもカエデのためになんともないって言える優しさ。

 

「遠いな」

「何がでござるか?」

 

 考えに浸りすぎてカエデが近くにいることに気づかなかった。カエデに少し聞いてみるか。

 

「いやな、蛍火の背中は遠いなって」

「そうでござるな。遠いでござる」

 

 実感する。今の俺と蛍火の距離はとんでもなく空いている。蛍火の背中が見えないくらいに。

 あいつは俺に言った。今のままの俺が真の救世主になれると信じてるって。あいつと比べるのもおこがましい俺を信じてるって。

何で言えるんだろう?

 ふと、思ってしまう。あいつの方が真の救世主になったほうがいいかもしれないと。

 

「なぁ、カエデ。もしかして、蛍火のほうが真の救世主に向いてるって思ったことは無いか?」

「拙者は師匠に真の救世主になってほしいでござるよ?」

「何でだ?」

「え〜と、えー、(ボンッ)なっ、なんとなくでござる」

 

 何でか知らないが途中で赤くなって誤魔化しやがった。

 もう一度あいつを思い浮かべる。重厚で頼りがいがあって、優しく包んでくれて、困っていたら助けてくれて、俺たちの為になることを考えてくれて、いつも近くで、少し離れた距離で見守ってくれる。きっと兄貴がいたらあいつみたいな奴なんだろうな。

 あぁ、そうか。カエデが蛍火のことを兄君って呼ぶのはそれでか。俺と同じようにカエデもあいつの事をそう感じたのか。

でも一度くらいはカエデにそう呼ばれてみたいな。

 

 俺はきっとあいつに憧れている。あいつみたいになりたいって。でもそんな事しても蛍火は喜ばないだろう。

あいつは俺が俺のまま強くなって欲しいって言ってた。つまりは俺らしくって事だよな?

 あいつは俺らしく頂点に上り詰めて欲しいって思ってる。なら、その期待に答えてやろう。

 

「カエデ」

「何でござるか?」

「ハーレム以外にもう一つ夢って言うか目標が出来た」

 

 この決意は胸に秘めるべきかも知れないけど、ここにいた俺の弟子に位いってもいいだろう。

 

「それは一体何でござるか?」

「いつか、絶対にあいつの背中を追い越す」

「それはとても難しそうでござるな」

 

 そうだ。きっと真の救世主になるよりももっと難しいことだろう。だけど、絶対に追い越してあいつに返してやる。

今まで俺にしてくれたお節介を。

 

「でも、師匠なら出来ると思うでござる」

 

 こうまで盲目的に俺を信頼してくれる奴もいるんだ。必ず、追い越す。

 

「追い越すにはまずは戦闘面からだ。今夜から特訓するが付き合ってくれるか。カエデ?」

「師匠にはどこまでもついていくでござるよ」

 

 いつか追い越そう。あの偉大な背中を、

 

「その前にカエデはトマトジュースからな」

「そんなぁああ〜!!!」

Interlude out

 

 

 

 

 

 


後書き

 カエデが蛍火を兄と呼ぶのは蛍火が救世主候補達にとって保護者のような物だと本能的に感じ取ったからです。

 もちろん、兄だからそこにそれ以上の感情はありません。

 カエデはすでに大河に惚れこんでいますから。

 それと蛍火が大河を励ます言葉は支離滅裂に見えるかもしれません。

 私自身がそういう経験が薄いために、そこら辺はご容赦してもらえると嬉しいです。

 

 

 

 さて、今回は大河が立ち直るためだけの話だから、結構クサイ台詞がふんだんに使われてたね。

??「でも、ああいう蛍火も嫌いじゃない」

 まぁ、君はそうだろうねぇ。話は変わるけど大河が蛍火を尊敬したのは仕方ないと思うんだ。

大河って言うのは本当は砂上の楼閣のように危ない存在だから。

??「それは悪くない。蛍火は誰にとってもかっこいい存在」

 まぁ、そういう仮面を被ってるからね。そうならなきゃ蛍火が仮面を被ってる意味がないよ。

??「それよりもペルソナ。私に謝ることはない?」

 ん?何かあったっけ?

??「蛍火が冗談でも未亜お姉ちゃんを欲しいって言わせた」

 () あ、アレはほら、場を和ますための冗談だから気にしないでくれると嬉しいなぁって、思ってるんだけど

??「ダメ、お仕置きする」

 でっ、でも君はほら、まだ詳しいことは言えないけど戦闘キャラじゃないでしょ?

??「そんな事分かってる。私一人じゃ無理だから助っ人を呼んだ」

観護(は〜い。助っ人として呼ばれた観護でっす♪)

 なっ、ちょっと待て召喚器は洒落にならんぞ!!

??「大丈夫、痛みも感じられずに死ぬ」

 ぎゃ〜!!オリキャラの中で一番私の死ぬ可能性がないから君を選んだって言うのに!!観護助けて!!

観護(あら、私だって怒ってるんだから。蛍火君を支えるために出てきたキャラなのに出番がかなり少ないしね)

 なっ、こっちも敵!?仕方ないだろ!!

蛍火は観護を信用してないし、第一表で戦えないんだから観護を簡単に戦闘で出せるはずもないだろ!!

観護(それでもよ)

??「という訳でお仕置き」

 はっ、今気付いたけど観護って打刀だろ?レンが振るえるわけないよな。

観護(あらあら、作者が忘れてるようじゃ世話ないわね。私は全ての召喚器を内包する存在よ。

??ちゃんが振るいやすい武器に形を変える事だって簡単に出来るのよ)

(真っ青) でも、ほら。それは蛍火にとって切り札だから、仕方ないんじゃ?

観護(その様子だともう一つの特殊能力も忘れてるみたいね)

??「ついでに言うと記憶とか技術も継承できる。私でもそれなりに攻撃できる」

(真っ白)

??&観護「(人誅!!!)」

 ぎっ、ぎにゃ〜!!!!!!!

 

??「ペルソナをお仕置きしたところで次回予告」

観護(次回は今回のちょっとした後日談。そこでまたしても蛍火君が)

 では次話でお会いいたしましょう。

??&観護「(しぶとい!!)」

 ぐへらっ!!





ガクガクガク。 ??、君もか。君もそっちなのか。
美姫 「そっちって何よ!」
ぶべらっ! ま、まだ何も言ってないですよね?
美姫 「言ったも同じだと思うけれどね」
う、うぅぅ。
美姫 「蛍火の努力によって立ち直った大河」
次回はいよいよ本来行われるはずだったタッグ戦に?
美姫 「気になる次回は…」
これまたすぐ!




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