翌日は大河とカエデの奇行で学園中盛り上がった。子犬のようなカエデの行動とそれに色々という大河という構図だった。

具体的には図書館で貴族の性生活の本を読ませたり、食堂で亀甲縛りして状態で注文を取りにいったり、召喚の塔から飛び降りさせたり、闘技場で大河がカエデの服を切り裂いたりと。

 別にそのまんまな情報が流れていたわけではない。断片的な情報からゲームを思い出したに過ぎないだけだ。

それにしてもな。本当にやるか? 普通。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九話 克服の下拵え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と情報が流れ夜となった。食事の時間にはカエデも加わり、さらに賑やかになった。

いろいろと騒動があったがここでは割愛しておく。

いつもの如く、夜の訓練を終え、部屋にて待機する。

人の性生活に聞き耳を立てる趣味はないが、今回はタイミングが重要だからな。

カエデには速めに血液恐怖症を治してもらいたい。

 実際、カエデのPTSDは致命的だ。

戦闘中に負傷した時、味方が負傷した時に治療することが出来なければ、動くことができなければ軍団の士気にも影響を与えてしまう。

 

カエデのPTSDを直す方法は一つしかない。正確には二つあるのだが。

徐々に慣れさせていく方法が本来カウンセリングでも使われてるが、手っ取り早くもう一つの方法を使うつもりだ。

 

 血を見ても気絶しないようにして、その上で行動できるように仕向ける。

成功すればカエデは血に怯えることが治るようになるだろう。

だがこれは諸刃の剣。失敗すれば二度と立ち直ることは出来ない。

時間があるかどうか分からない状況では一か八かに掛けるしかない。

 隣の部屋から物音聞こえ始めた。帰ってきたか。まぁ、少し待つとしよう。

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

突然の来訪者を告げる音に中が騒然となる。まぁ、見られたら言い訳できるような状況ではないだろうし。

未亜だとしたら、恐ろしいことになる。

 俺は物音が収まりきる前に中に入った。カエデに出て行ってもらっては困るからな。

 

「何だ。蛍火かよ。びっくりさせるな」

 

 大河が俺を見るなり安堵のため息を漏らす。

 大方未亜か、ベリオかもしれないと思ったのだろう。

 

「失礼。少し、注意というかお願いがあったので」

 

 二人して?を頭に浮かべている。その何もわかっていない表情に苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「当真、次からはもう少し声を抑えるか、外でやってください。狭い上に隣に人がいるんですから。壁も薄いんですよ?」

 

 その言葉の揶揄するところに気づいたのか大河は顔を赤くしている。カエデにいたっては完熟トマトのように真っ赤だ。

再起動するまでは時間がかかるだろうな。

 

 

 

 十分後やっとのことでカエデの顔から赤みが引いた。

 

「し、師匠、その人は誰でござるか? 救世主クラスにはいなかったはずでござるが」

 

 あぁ、そうだよな。俺は知っていてもカエデは知らないんだよな。

 

「こいつは新城蛍火。カエデのいってる通り救世主候補じゃない。俺と同じ世界から来たやつだけど、帯剣の儀は受けてない。

なんでか知らないけどこの寮に住んでる。後は食堂で働いてて革命者って呼ばれてるくらいだ」

 

「そうでござるか。して、革命者とはいったいなんでござるか?」

 

 そうだよな。カエデは後から来たから知らないんだよな。俺は大河に目線を合わせ何とか話さないようにと促す。

 大河は分かっているともと言うように頷いてくれた。

 

「革命者ってのはな、蛍火が以前いったことに由来してる(以下第九話を参照)。ってことだ」

 

 話すなというのにあのときの状況を誇張することもなく事実のみを話してくれた。まったく。

 

「すごいでござるな。拙者も少し考えが変わってござる。まさに革命者と呼ばれるにふさわしいでござるな」

 

 目をキラキラとさせて俺を見ている。なんとなく憧れているような目だ。そういう目で俺を見ないでほしいんだけどな。

 

「たしかにこいつはすごい。俺もこいつのお陰で色々と考えが変わったしな」

 

 大河が苦笑しながら俺のおかげだと言う。

 しかし、俺は先を知っていているだけで。そして最悪の予想を人よりも立てるからだ。

 本当に唯、それだけ。尊敬を受けるべき対象で無いという事など俺は嫌というほどに知っている。

 

 大河の言葉にカエデはますますカエデが目をキラキラさせてる。何かいやな予感。

 

「師匠にとっても尊敬に値する人でござるか。ならば蛍火殿と呼ぶわけにはいかないでござるな」

 

 なんでそうなる? いや普通に呼んでくれてかまわないからさ。と言うより是非普通に呼んでください。

 

「そんなもんか?」

「そうでござるよ!!」

 

 やけに力強く言ってくれる。これはいっても聞かないな、もう好きにしてくれ。

 

「師匠は師匠がいるからだめでござるから、……先生。ここは学園でござるからだめでござるな。後は何がいいか」

 

 まぁ、先生ならまだいいほうか。できればそれに落ち着いてくれると嬉しい。

 

「カエデ。他にも老師とか親分とかあるぞ」

 

 大河が煽ってくれる。余計なことするなよ。いっそのこと明日こっそり料理に毒でも仕込んでやろうか?

 

「むむっ。それも捨てがたいでござるな。しかし、なんとなくマスターという響きが似合いそうなのでござるが」

「マスター。ご主人様ってか?」

「いや、そう意味ではなく、こう喫茶店とかの店主という意味のマスターでござる」

 

 カエデの世界に喫茶店ってあるのか? 茶屋ならありそうな気がするが喫茶店はさすがにないだろう。

……もしかして本当にあるの?

 

「おぉ、たしかにそれは似合いそうだな」

「そうでござる。しかし他のも捨てがたいでござる」

 

 二人してさらに深く考え込んでしまった。今なら話題をそらせば何とかなるか? ならないだろうなぁ。

 

「それよりも実は注意意外に他に用件があるんですけど」

 

 注意という言葉に二人はまたしても赤くなってしまった。純情だね〜。

 

「カエデさんの血液恐怖症についてです。」

 

 二人の顔が驚きに変わる。そしてカエデはおろおろとうろたえた。うむ、小動物のようで可愛いな。

 

「何で知ってるでござるか!?」

 

 俺の肩をしっかり抑え懇願するように聞いてくる。

他の人には知られるわけにはいかないよな。

まずはカエデの手をどけよう。不快だ。

 

「注意しようと思って扉の前にいたら深刻な声が聞こえて少し聞き耳を立ててしまったというだけです。他の人は知りませんよ」

 

 その言葉にカエデは安堵した。気にしてることだしな。

 

 

「でっ、何か対策はあるのか?」

 

 大河にしては鋭い。野生的な感で言ってみただけかもしれないけどな。

 

「何故そのように思ったのですか?」

「蛍火は俺より大人だからな。触れられたくない話題は聞いてても絶対に口にしない。話すってことは何かあるって事だろ?」

 

 ニヤリと意地が悪そうに笑う。本当に大河はよく新城蛍火のことを理解している。そして口は悪くとも相手のことを信頼している。

こういう所が人に好かれるんだと思ってしまう。

 

 

「えぇ、ヒイラギさんのためになればと私なりに少し考えたことですけどね」

「出会ったばかりの拙者のために、うぅ、拙者感動でござる」

 

 本当に感動したのかカエデは下を向いて泣き出してしまった。情に脆いな。

きっとこれも忍者として一人前に認めてもらえなかった要因でもあるだろう。

暗殺者は情に動かされず、何があっても動じない事が必要とされるのにこれでは…、

 

だが、人としては美点だろう。

 

「でっ、内容はどんなんだ?」

「今は言えません。明日昼食の後、闘技場に来てもらえばわかりますから」

 

 まぁ、話せる内容ではない。それにこれは大河に対しても試練となりうるから。

 

「闘技場。……わっ、分かったでござる。例え恥ずかしいことでも耐えてみせるでござるよ」

 

 今日の闘技場で服を切り刻まれたことを思い出したのだろう。

少し顔が赤い。

大河に眼をやってみると明後日のほうを向いて誤魔化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて学園長室でお茶を入れる。クレアとしたのと同じように執事風にやってみたらマリーに笑われた。心外だ。

 

「そういえば、今日は訓練をする日でしたよね?」

「えぇ、カエデさんと大河君には連戦で悪いですが」

 

 少し顔を歪めて言ってくれる。心配してるんだな。

実戦となればそんなことはいえないって分かってるけど預かっている身分としては心配するか。

 

「まぁ、えぇ経験やろ」

「そうだな。それに大河に関してはそんな柔な体になるように訓練させていない。大丈夫だ」

 

 二人はしごく全うな答えを返してくれる。

大河なら女の子のためなら連戦でも軽くするだろう。

エロスが根源だと本当に強い。

 

「それなんですけどね。……明日にしてもらえませんか?」

 

 その言葉に三人して驚いた顔をした。

試練はあるほうがいいと普段から言っている俺の口からこんな言葉が出てくるとは思いもしなかっただろう。

 

「予定をすでに組んでいますから簡単には出来ません。何故明日にしろと?」

「少し、当真とヒイラギさんにとって重要なことしようと思って」

 

 思い当たる節がまったくないから三人はわけが分からずにいる。

出来れるならば誰にも知られずにカエデの血液恐怖症を取り除いたほうがいい。

失敗すればもちろんのこと、成功してもすぐには慣れることは出来ないだろうし。

 

「後、今日の午後闘技場を誰にも入れないようにしてくださいね」

「何をするつもりですか? 状況にもよります」

 

 重要なことと聞いて少しは考えてくれるみたいだ。イリーナもマリーも少しは納得したみたいだ。

 

「言えません。ですが、今からすることは救世主クラスにとって必ずプラスになることです。

ですからどうか何も聞かないでください」

 

 内容は聞かないでほしい。しかしお願いする。こんな最低な交渉術は使いたくない。

だが、俺の意図を知られるわけにはいかないし、内容も知られるわけにもいかない。

 

「はぁ、分かりました。今日の訓練は自主的なものに切り替えるようにダリア先生には伝えておきましょう」

「ありがとうございます。それとこの事は誰にも漏らさないで下さい。後で騒がれるのは面倒ですから」

 

 情に訴えるなど普段しないことだが理解はしてくれたみたいだ。

恐らく未来に関係することだと気づいたのだろう。ありがたいことだ。

 

「ミュリエル。特別扱いはよくないぞ」

 

 イリーナが憮然と愚痴をこぼす。真っ正直な正確な彼女としてはあまり容認したくないのだろうな。

 

「イリーナ。たしかにそうですが、救世主クラスにとって良い方に運ぶのであればそちらを取るべきです。

訓練は明日も出来るのですから。でしょう?」

「えぇ、今日には必ず終わりますから」

 

 その言葉に安心したのか学園長はそれ以上何も言わなかった。

 

「イリーナ、えぇやろ。何するんかわからんけど救世主クラスのためになるんならそれで。

蛍火が約束破ったことなんてないんやから。信用したり。

それともセルが放って置かれるから気になるんか?」

「ななななっ何を言い出す!!セルの事は関係ない!!!!」

 

 セルの事が話題に上がったとたん。イリーナは慌てだした。いや、素晴らしい慌てっぷりだ。

まさに恋する乙女のような表情。クールデレ万歳。

 

「おんや? なんでそんなに慌ててるんや? 同じ弟子を持つ身として差が開きすぎんのはあかんと思って言ったんやけどな?」

「そっ、そうだ。師として大河だけではなくセルにも平等に扱って貰わないといけないと思っただけだ。

別にセルについて特別に何かを思っているわけではないぞ?」

 

 何とか取り繕おうとしている。だが、なんとも思っていない発言で台無しだ。なんとも思ってないならそんなことは言わない。

ほら、学園長も笑ってる。

 

「ほんまになんとも思ってないんか?」

「あっ当たり前だ。あんな節操なしに何か思うはずない」

「じゃあ、夕食ん時にその事セルに言ってもいいんやな?」

 

 マリーがニンマリと嗤う。追い討ちをかけるつもりか。

あんまりやりすぎるとイリーナが怒るぞ。セルにやるようにネチネチとな。

 学園長もそれを止めない。滅多に見れないイリーナの様子を外野として楽しんでいるようだ。

 

「なっ。マッ、マリー、出来ればセルには言うな」

 

 縋るように、そして恥ずかしがるようにイリーナがマリーに懇願する。

そんな表情はしないほうがいい。余計に嗜虐心を煽るからな。

 

イリーナのその表情を見てさらにマリーがニンマリと嗤う。

あぁ、嗜虐心を煽ってしまったようだ。

 

「え〜。なんで? セルのことはなんとも思ってへんのやろ? なら別にええやんか。」

 

 イリーナの退路が徐々に削られていく。

マリーが断崖まで押せるか。イリーナが耐えられずに怒鳴り散らすか。どっちが先になるだろうな?

まぁ、すでにイリーナが負けるのは確定しているのだが。

 

「そうやろ? イリーナ?」

「ううぅ。……良くない!! マリー!! セルにさっき言ったことを言おうものなら容赦はせんぞ!!」

 

 かなり低く聞くもの全てに腰を引かせるようなドスのきいた声だった。ドスのきいたまま腰に佩いている剣の柄に手が伸びる。

やはり耐え切れなかったか。

 

「いっいややわぁ。冗談やんか。冗談。」

 

イリーナの暴走っぷりにさすがに危ないと感じたのか。マリーが取り繕うように冗談と連呼する。タイミングを誤ったな。

 

「ならいい」

 

 柄から手を離しその手でカップを俺のほうに向けてきた。

お代わりですか。ほんと若いねぇ。

 

「グラキアスさん。別にセルビウムをないがしろしているわけではないんですよ。

むしろこれからする事はあの二人以外にする必要がないことなんです」

「むっ? どういうことだ?」

「それは内緒です。そんな事より、もう少しセルビウムに対して素直になったほうがいいですよ?

唯でさえ彼の気は当真さんに向いているというのですから。

それにひそかに彼のことを思っている人もこの学園に数人はいるでしょうからね。」

「私はこれで十分素直だ!!」

 

 俺の言葉に素直になれずに怒鳴り散らしてしまう。まぁ、俺の助言ひとつで素直になれる性格ならすでに告白しているだろう。

 

「そうですか。でも後悔してからでは遅いですよ?」

 

 すべてが終わってから後悔してでは遅い。そして行動を起こさずに後悔するのは行動を起こして後悔するよりも根深くなる。

俺も何度かそういう経験がある。あの時ああしていれば、と。

もっとも俺はそれらの事を過去は過去と割り切り気にしないようになってしまったがな。

我ながら本当に可笑しな精神構造だ。

 

「…………」

 

 イリーナは何も言い返せなかった。自分にもそういう経験は必ずあるだろうから。

 しかし、ここまで言われて行動できないのなら諦めるしかないだろうな。

ふむ、だが案外機会を与えてしまえば告白するかもしれないな。

 セルでは未亜を支えることは出来ないし、未亜にもセルに支えてもらう気は無いだろう。

 

 そう、セルではきっと未亜の抱える闇を大河のように包みきれない。

 

だが、セルの友人の新城蛍火として何かしてやってもいいかもしれない。

本音はどたばたして面白うそうだからというだけだが。

 

「という訳で今日は当真がいないのでセルビウムと二人きりです。デートにでも行って来て存分にアピールしてきて下さいね?」

 

 イリーナが暴れてしまったのでお茶会は強制終了となった。

さて、これでお膳立ては整った。後は失敗しないようにするだけだ。

 

 

 

 


後書き

 今回は次回に向けての準備。

 見ているだけではつまらないかもしれませんがそれでも重要な話です。

 カエデのPTSDとはそれほどに厄介でこれからにおいて致命的です。

 次回で漸く蛍火がろうした策を出せます。当事者にとっては酷い事ですけどね。

 

 

 

 さて、今回も蛍火は裏方

??「裏方だけど蛍火が活躍してた」

 まぁ、確かに。蛍火は望んでないけど着実に信頼を得てきてる。

 でもそれはあくまでも未来のためって部分だけどね。蛍火自身が信頼されてるかというと難しい。

??「蛍火はいい人」

 いや、それは間違ってる。蛍火は悪人でもある。

蛍火は人の為に何かを出来るけど、同時に自分のために他人を容赦なく踏みにじれるから。

??「ペルソナ。蛍火の悪口を言うな」

 あっ、あれ?え〜と御免なさい。納得してくれると思ったんだけどな。

 まっ、まぁそれよりも次回予告

??「次回、久しぶりに戦闘で活躍する蛍火」

 なぜ、蛍火が戦うのかは次回のお楽しみにしていただけると嬉しいです。








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