「……やっと行きましたね」
4人が駆け出して言った後、二人の人物が物陰から姿を現した。一人は先ほどリリィ達が探していた当人のクレア。
「それにしてもよかったのですか、クレア様?」
「ふむ、確かに大河達には悪いことしたと思っておる。それよりもダリア、お主の目から見てどうであった、あの四人は?」
そしてもう一人はこの学園で目に入れるのが辛い教師、同時に女王直属の密偵という裏の顔を持つダリアだ。
「そうですね、やはり攻撃魔法の扱いに関してはリリィ・シアフィールドが一歩抜きん出ているようです」
「ほう、やはりあのミュリエルの娘というだけのことはあるか」
「はい…。あとはベリオ・トロープはほぼ資料どおり、支援魔法に長けているようでした」
「……そうか。それで肝心の残り二人はどうだったのだ?」
「はい、当真未亜の方ですが召喚器の形状通り後方支援型のようです。まだまだ荒削りな部分がありますが今後成長する可能性を秘めているようです。ただ、支援の仕方が思っていたよりも上手かったです。誰かの指導を受けてるかもしれません」
うーん。そこまで分かるか。ま、分かるぐらい成長したのは師として嬉しいかな。
「ふむ、救世主候補を指導できるほどの者がおるのか。探してみてくれ。で? 肝心の大河は?」
やっと、本題に入れたとクレアはわくわくしている。なんだか憧れの先輩の事を友達に聞いているみたいだ。
幼子にまで毒牙をかけてしまったのか、大河。
「はい。彼も資料通り前衛戦闘型です。直情的ですが反応もよく所々に鋭い技を感じられることが出来ます。
まだまだ荒削りですが、来た時に比べ恐ろしい速度で成長しています。特別講師の指導が良いお陰もあるでしょう。
すぐに救世主クラス最強になりますわ」
概ね、俺と同じ判断か。なら、少しばかり猶予があるか。
「しかし、ミュリエルがよく特別待遇を許可したな」
「新城蛍火、彼直々の嘆願でした。給料も彼から出ていますし」
そんな風に細工されていたのか。それじゃ表の給料だけで生活が持たないだろう。はぁ、もう少し考えてくれ。
「革命者か。その者については?」
「報告書と変わりありません。後、気になることは……、」
「あの矢か」
気にしなくても良いのに、出来れば忘れて欲しいな。
「はい、あの矢は召喚器のような感覚は受けませんでした。どちらかというと魔法に近い感覚でした」
「ほぉ、あのような魔法があるのか世界は広いのぉ」
新たな発見を子供のように喜んでいる。たしかに、あれを兵に教えることが出来ればかなり戦力の増強を望めるだろう。
しかし、あれは自分で掴むものであって人に教えられて出来るようなものではない。残念だったな。
「いえ、この世界の魔法の形態とは異なります。出来るとすれば学園長ですが・・・」
「それならあの場面で現れ、怒ったりなどしないな。他に考えられるのは?」
いないだろうな。裏事情を知ってる俺ならダウニーを思い浮かべることが出来るがアイツが助けに入るはずが無い。
「新城蛍火。彼ならありえるかもしれません」
おいおい、即効で俺の名前が出てきたよ。勘が良いのか? 結界の中でしか使ったことが無いんだがな。
「何じゃと、あの革命者が? 戦いを好むような性格には見なかったぞ」
「はい。ですが、彼には謎が多すぎます。それに、何故か彼ならこんな事をする事が出来てしまうと思えてしまうんです」
普段おかしな行動してたかな? はぁ、のんびり生活することも出来んのか。
「分かった。引き続き、調査せよ」
「はっ、これから召喚の儀がありますので失礼します」
第十八話 王女との約束
行ってくれた。さて、接触してみますか。
「おや、こんな所でどうしたんですか?」
クレアの体がビクッとすくみ上がる。恐る恐るこちらに振り向き安堵のため息を漏らす。
大河達とでも思ったのかな?
「なんじゃ、お主か。驚かせるでない。」
驚いた後、一瞬笑った。まるで都合がいいとほくそ笑むように。
やはり今回の視察は俺も対象とされていたか。
「ははっ、すみませんね。当真達はどうしました?」
「うむ、いつの間にか逸れてしまったのだ。まったく困ったものよ。まだ全部見ておらぬというのに。
そうじゃ、蛍火。この学園を案内してくれ」
まるで自分は悪くないと言い張っている。いやぁ、ここまで演技が出来るとは驚きだよ。王女ってのは伊達じゃないか。
しかも、俺を観察しようということか。
なら、俺も観察させて貰おう、王女様の器のほどを。
「構いませんよ。それでお昼は取りましたか?」
「いや、まだだ。食堂で昼食を摂ろうとして、大河の友人にあったら急に連れ出されてな。そうだな。まずは昼食といたそう」
「承りました。お嬢様」
ふむ、今少しだけ反応したか。まぁ、あまりからかいすぎるのもよくないな。
「なんだ、そのおかしな言葉遣いは?」
「この年頃の女の子は特別扱いされると喜ぶと思っていたんですが違ったようですね。失礼しました」
彼女の場合、普段が特別扱いされているから普通に接してくれ、知った後も変わらず接してくれた大河に恋心を抱いたのだろう。
そこら辺に関してはある種分かりやすいな。
「勝手に決めつけるな。それより、早く昼食にしよう」
「はいはい」
何だかんだいっても食事は気になるか。年相応のものはきっちり持っている。観護なら辛い運命を背負わせて申し訳なく思うだろう。
だが、俺はそう思わない。たしかに運命も宿命も回避することは出来ない。しかし、その中で選ぶことはできる。
クレアはきっとこの世界を守るという選択肢をとったのだ。
そんな気持ちを抱くのはクレアに失礼だと俺は思う。
食堂は昼時を過ぎているため閑散としている。
あれ? 料理長がいないな。仕方ない、俺が作るとしますか。
「私が作る料理で申し訳ありませんが我慢してください」
「気にするな。それよりも速く作ってくれ」
そんな物を食べさせる気か! と怒鳴られると思っていたが心の広さはあるか。それともちゃんと謙遜だと分かっているのか?
今までにない思考パターンの持ち主だからな。
ここは軽く、オムライスにしようか。普段食べてなさそうだしな。もちろん半分はからかいが入っているが。
「どうぞ召し上がれ」
一口頬ばり美味しそうに食べてくれる。一流シェフの料理に慣れているクレアの評価はどれぐらいくれるかな?
「とろとろした卵がなんとも絶妙だな、普段食べている料理にはちと劣るが旨いぞ」
随分と高評価だな。一流シェフには劣るがそれでも反応は悪くないな。いつか今まで食べた中で一番旨いと言わせてみたいな。
食後のティータイムにクレアにはロイヤルミルクティー、俺は自分でブレンドした珈琲を楽しむ。
ん? そろそろ、大河とカエデの試合が始まるな。それにしても召喚されて直ぐにナンパするか?
反撃まで食らって、情けない。イリーナにメニュー増やしてもらうとしよう。
「そういえば、今日は新しい救世主候補が召喚される日でしたね。折角ですし見に行きませんか?」
大河達に見つかっては彼女が色々と危ないが、まぁ、色々裏道は知っているし。
VIP席で見ていれば下からは見えないから大丈夫だろう。
「いや、止めて置こう。そろそろ保護者も耐え切れんじゃろうしな」
イタズラしたことはまったく出さず言い訳が出来るか。普通の子供と侮ることは出来んな。
だが、体の方が見たいと言っているぞ。
「今まで散々待たせているんですから今更変わりませんよ。それに裏口からこっそりと覗くだけですから」
「だが」
何を愚図る必要がある。今まで思い立ったら即行動に移していたろうに。
「今、この身は貴女の召使い。貴女が望むなら不可能すら可能にしてしみましょう」
うやうやしく、ふざけてクレアの心を解きほぐす。
彼女はくすりと笑った後、いつもの態度に戻り傲岸不遜に俺に命じた。
「ならば、私を見つからぬように案内せよ。私の執事」
「主の御心のままに」
執事らしく一礼する。
実は最近、暇な時に執事科の授業を受けていたのだ。こんな時に生かせるとはな。
そういえば、そろそろ執事科の試験の日なんだよな。何処に研修に行くんだろ?
「お前は面白いな。では行くぞ」
クレアは俺を先導して闘技場に向かう。もちろん、執事のように主の後ろを歩いて。
闘技場に着くと大河とカエデの試合が始まる寸前だった。空気が緊張し、この場所全体が沈黙に包まれている。
両者は睨みあい、始まりの合図が鳴るのを今か今かと待ち続ける。
「始め!!」
ダリアの宣言により闘技場は空気が弾ける。
両者、声と共に距離を詰める。距離が詰まった瞬間、大河は逆袈裟を放つ。カエデは慌てず黒曜で大河の攻撃を受け止める。
カエデはトレイターを受け止めたまま回し蹴りを放つ。
それを大河はしゃがみ込み交わすと同時にトレイターを斧に変形させ、下から振り上げる。
カエデは驚いてが、すぐに冷静さを取り戻し、バックステップで斧をかわす。
カエデはバックステップして距離を一度離しつつもクナイを数本投げる。
大河はそれを剣に戻したトレイターの大振りの一撃で全て弾き飛ばす。
カエデが前進するより速く大河はナックルに変え突進する。
大河の突進の一撃をカエデは身を捻ることでかわし、そのまま腕を突き出す。
その拳は炎を纏っていた。
「紅蓮」
大河は突進後の硬直で動けぬまま紅蓮の拳を腹に受け、そのまま堪えず吹き飛ばされ距離を転がりながら距離を取る。
「クナイに、燃える拳。まんま忍者だな」
打撃と火傷を負いながらまだ皮肉が言える体力が残っているようだ。
カエデはクナイで牽制しつつ大河に駆け寄る。今度はトレイターで弾き飛ばすことなく大河はサイドスッテプで横に交わす。
それを予期していたかのようにカエデは目の前に現れ掌底、肘打ち、ローキック、膝蹴りと連激を繰り出す。
大河はそれに対し掌底をトレイターで受け止め、肘打ちを上体を反らし、ローキックに対し足を挙げ、膝蹴りを一歩下がることで避けた。
カエデの連激はまだ終わらず回し蹴りを放たれる。
大河は左腕でガードしようとするがカエデの足がすり抜けるように大河の腹目掛け軌道が変化する。
一発決まるが大河は踏みとどまり、何かを感じたのかトレイターを盾にする。
カエデはすでに蹴りを放っており無数の蹴りが繰り出される。
「槍連脚」
蹴りの雨が止んだ後、大河は袈裟を放つ。それを今度はカエデがしゃがみ込み交わす。
浮き上がるための力を溜め込むように体を縮ませる。
限界まで縮ませた裏拳を突き上げ真上に飛ぶ。大河はトレイターの柄を引き上げそのままカエデの拳を受け止める。
上空まで飛んだカエデは今度は拳に雷を纏わせ空中に足場があるかのように加速して落下してくる。
「雷神 」
大河はそれに対しトレイターをランスに変形させ自らも飛び迎撃する。
激突の激しい音が鳴り響く。攻撃は相殺され二人は空中に漂う。
大河はさらに空中で飛び上がりランスを繰り出す。カエデは黒曜で攻撃を受け止めるが、大河の力が強く押された。
カエデは大河の攻撃を何とか耐え切り、二人同時に着地する。着地後すぐにカエデは回し蹴りを放つ。
その行動を見て大河はニヤリと笑う。
大河は左肘で回し蹴りを受け止める。
当たり所が悪かったのかカエデはここで硬直した。
その隙を大河が見逃すはずなくトレイターをナックルに変形させ零距離からカエデを殴りつける。
カエデは受け止めることも出来ず、壁に打ち付けられる。
そのままカエデは起き上がることが出来なかった。
「おっしゃぁあああ!!」
他の救世主候補が集まり、試合の評価をし合っている。ここからでは聞き取ることが難しい。
「救世主候補同士の戦いは迫力があるな。相手も中々の使い手だったのに勝つとは大河はすごいな」
また一つ、自分が見初めた大河が勝利したことにクレアは喜ぶ。俺としてもシナリオ通りいっている事を嬉しく思う。
大河達が少し話し合っているとカエデが自分が血を流していることに気付き、気絶してしまう。
今日の夜は何もしなくても大河とカエデの師弟関係は結ばれるだろう。
「むっ? 新しい救世主候補のほうが気絶してしまったが大丈夫なのか?」
「世界を渡るという滅多に無い経験をした後すぐに、戦闘をして疲れが溜まっていたんでしょう。
少し眠ればすぐに良くなると思いますよ」
そんなはずは無い。血液恐怖症が出てきて失神したのだ。
これからもカエデは血を見るたび今回のようなことが起きてしまうだろう。対策を一応立てておくか。
「そうなのか? まぁ、経験者が言うのだからそうなのだろうな」
「それよりも、そろそろここを離れましょう。長居すると見つかりますからね」
一先ず、近くの森に移動する。周りにはあまり人の気配がしない。
最近、人影があるかどうか気にしないとゆっくり休めないからな。ほんと有名になると不便だ。
「さて、まだ回りたい所はありますか?」
午前中に大半のところは大河達に連れられて見ただろう。後、見るところといえばこの学園の地下にあるものしかない。
だが、そこにはモンスターが多いから連れて行くことは出来ないが。
「いや、午前中に結構回ったからな。もうよい。それより蛍火にいくつか聞きたいことがある」
その眼は王者の眼だった。偽ることを許さないまっすぐに人の心を見据える眼。
大河はこの眼で見られたのだろうか?
それは俺だけで、不審な点が俺に多いからだろうか?
「お主は大河達を羨ましく思わんのか?」
変わった質問をするな。てっきり帯剣の儀を受けないのかと聞かれると思っていたが、外堀から埋める作戦できたか。
色々と学んでいるようだ。
「そうですね。眩しくは思います。」
これは偽り無い。何かのために一直線に走り続けることができる存在。
一つ一つを懸命に生き、見えない明日へと向かいもがき続ける存在。
それらが俺にとっては眼を焼くほどに眩しい。
「お主も望めば手に入るものではないのか?」
クレアは訝しげに俺に聞いてくるのだが残念ながらそれは永遠に手に入る事は無い。
俺が幾ら努力しようと、幾らもがき続けようと一度闇に堕ちた俺は太陽になることは出来ない。
人の未来照らす存在にはなることは出来ない。
もっとも、クレアがいっている事は救世主候補という立場であり、召喚器というものの事であるが。
「たしかに望めば届くかもしれません」
「なら!!」
一縷の望みと願いを込めてその眼は俺に訴える。
公人として人々の明日を切り開くため、一人の女の子として恋した相手の危険が分散するため彼女は俺に訴える。
「ですが、望んでいないものも手に入ってしまいます。羨望、期待、嫉み、そして恐怖」
「この世界のものは救世主候補に嫉妬したり、恐れたりはしない!!」
国を守るものとして国民を貶されるのを許すことは出来ないのだろう。しかし、人の心はそんな簡単に出来てはいない。
汚く、澱み、濁る。負の感情を持ち、それを人にぶつける。それを幼い彼女には理解できても認めたくは無いのだろう。
「破滅との戦いが終わった時、抑えることの出来ない救世主を普通の人達は恐怖しないのでしょうか。
その恐怖により排除しようとしないでしょうか?」
そんな輩がすでにこの世界にいる。英雄は自らのために必要ないと。俺はあれからすでに十人以上始末している。
今の状態でもこの有様だ。大河が神を殺すほどの力を持っていると知った時には人はそれを容認できるのだろうか?
隣人として親しく接することが出来るのだろうか?
「そんな……そんな世界には私がしない。破滅との戦いが終わった後の世界でも大河が平和に暮らせる。
そんな世界に私が必ずしてみせる!!
分かっている。非常な判断を下さねばならない時もあるという事を。必要と在らば私も切り捨てる。
しかし、それでも!!これからの戦いで死力を尽くしてくれる人物達を切り捨てるなど、私はさせない!!」
意志と意思の篭った決意ある声俺に確信させてくれる。これで観護との契約の一つを確立することが出来た。
クレアは王としての役割を知っていたのか。それで尚、真っ直ぐに前を見ようとしているのか。
「そうですか。なら、当真達は安心ですね」
後世に名を残す王女が言ったのだ、安心して良いだろう。
彼女のこれからの動きが上手くいくように願う。
「ん? 質問していたのは私なのに何故私が答えているのだ?」
クレアは納得がいかないと言った顔で俺を睨んでいる。そういう風に誘導していたのにやっと気付いたか。
ははっ、それはまだまだ君が経験を積んでいないからだよ。もう少しタイプの違う人を見ることだね。
「まぁ、いい。お主が救世主候補になる気がないというのはよく分かったからな」
「そうですか。それより、そろそろ保護者の人が待っているんじゃないですか?」
試験も終わり、学園長が待っているだろう。一国の王女が人を見るためだけにここに来るはずが無い。
何かの用事の合間に来たに違いない。
「おぉ、そうじゃった。急がねば。またな、蛍火。」
お転婆お嬢様は去った。さてさて、この影響はどれほどのものか。
まぁ、気にしないで良いだろう。それよりも今回のことでダウニーが見ていないかどうかが気になるところか。
今日も訓練の後、食事会となる。最近は大河達も俺に食事を頼むことが多くなり忙しくなった。
そのためメリッサに料理の手伝いを頼んだら快く引き受けてくれ、俺と未亜、メリッサの三人で夕食を作ることが日常と成った。
リリィがこの前の買い物以来ずっと一緒に夕食を共にしている。しかもその噂を聞きつけセルも加わっている。
お陰でかなり食事はにぎやかになっている。はぁ、一人で飯食ってたころが懐かしいよ。
「なぁ、大河。今日入ってきた新しい救世主候補ってどんな娘だ?」
セルが興味津々と聞いてきた。そういばセルは俺と違って何も教えてもらわなかったんだよな。興味が募るのも当然か。
「あっ、私も気に成ります。今度も男の人なんですか?」
メリッサも気になるのか大河の方へ身を乗り出す。
食事中に行儀悪いぞ。それとあんまり大河に話しかけると大河が死ぬぞ。
「ん? そうだな。カエデっていう女なんだけどな。それがまた堅っ苦しい奴でな。大変だったぜ」
大河の顔が分かりずらいが歪む。召喚されてすぐにちょっかい出した時の事を思い出してているのだろうか?
それだったらお前が悪いぞ。
「そうですね。でも、真面目で良い方だと思いますよ。大河君のセクハラにもすぐに対応できましたし」
そうのたまうはベリオ。たしかにすぐに攻撃に移ったよな。でも、あれは俺と同じで作った形だからな。
まぁ、明日には子犬みたいに変わっているだろう。
「それで美人なのか? 美人だろ? 美人なんだな!?」
鼻の息を荒らしてセルが大河に詰め寄る。最後は決め付けてるな。セル特有のセンサーが立っているのだろう。
ん? 今、一瞬イリーナが顔を歪めたな。そういば、最近セルの事をよく話すようになっていたな。
ふふっ、青春だね。
「あれだな。秘書系のクールな美人だな。しかも、ナイスバディだったぞ!!」
「おっしゃぁああああ!!!」
大河とセルは美人ということで盛り上がる。手を振り上げ雄叫びを上げる。しかも顔が緩んでいる。あーあ、知らないっと。
「お兄ちゃん」
「大河君!!」
「セル!!」
未亜は困った顔をしているだけでそれ以上何も言わない。対してベリオとイリーナは声を荒げて二人を叱責する。
リリィとマリーはいつもの事と気にせず食事を進めている。未亜、一体どうしたんだろうな?
「いいですか? 大河君………」
「いいか? セルは………」
二人の説教が始まる。長引きそうだ。
二人して自分だけを見てくれと素直に言えたなら話は面白、いや、少しは違う方向に進むだろうに。不憫だね。
もっとも俺はその事には触れない。他人の恋路に触れたりしたなら馬に蹴られてしまう。
それにしても、イリーナがねぇ。素直になるのは随分先になりそうだ。
「だいたい大河君は……」
「それにセルはだな……」
二人の説教は次第に愚痴に変わってきている。二人共、日頃から鬱憤が溜まっているのだろう。ここぞとばかりに口に出していく。
大河とセルはぐったりとしてしまっている。
そろそろ終わらせるか。
「そこら辺にしておきましょう。折角の暖かい食事が冷めてしまいます」
料理人として作った料理は温かいうちに食べて欲しい。俺の言葉でベリオとイリーナはしぶしぶと説教を止め食事を再開している。
大河とセルは俺に感謝の視線を送っている。そんな事良いからさっさと飯を喰え。
「なぁ、その姉ちゃん。強いんか? 帯剣の儀も無かったし、そこら辺知りたいわ」
静まった後マリーがおずおずと質問をした。たしかにそれは俺も気になるな。
俺がどのぐらい強いか見ることは出来たが、彼らの感想を知っておきたい。
「お兄ちゃんと互角に戦ってましたね。すごかったですよ」
少々興奮気味に未亜が語る。確かに今までの救世主候補は後衛がほとんどで激しい打ち合いの試合は無かったからな。
まぁ、大河には前衛の戦いをイリーナ以外から学ぶ良い機会だろう。
「まっ、俺が勝ったけどな。それでも結構強かったな」
素直に相手の強さを認められるようになったか。ここで自分の強さを誇示するものを思っていたが成長したな。
「ほぉ、大河にそこまで言わせるような相手か。その試合見てみたかったな」
心底残念そうにイリーナが呟く。マリーも残念そうな顔をしている。戦闘者と気になるよな。
「そういうと思って、用意しておきましたよ」
昼間、クレアに気付かれないように幻影石で撮っておいた。写真も映像も取れるし便利なんだよな。これ、
「何処から出したのよ。それにどうやって撮ったのよ」
俺の行動に呆れた声で聞いてきた。大河達も若干驚いている。何処って、普通にポケットだけど。
「些細なことは気にしない。さて大河の戦闘の品評会でもしましょうか」
幻影石が大河の試合の一部始終を映し出す。
メリッサはその速さに驚き、セルは一つでも吸収しようと食い入り、マリーはカエデの戦い方注目し、イリーナは全体を満遍なく見る。
大河を除いた救世主クラスの面々は一度見ているので余り気にせず、大河は客観的な試合の動きを気にしている。
セルと大河は良い傾向に向かっているな。
「はえ。すごかった」
「あぁ」
メリッサはただ感嘆の声を、セルは悔しそうに感想を述べる。セルとしては召喚器の持つ持たないの差を改めて実感したのだろう。
「グラキアスさん。ヒルベルトさん。貴女達から見て今回の当真の点数はどれぐらいですか?」
「九十点ぐらいだな」
「八十五ぐらいやな」
大河はその得点の高さに喜んでいる。人に高い評価されるとやはり嬉しいものか。
随分と高得点だな。たしかに今回、最後の攻撃を予測していたことや咄嗟の反応はよかった。
だが、大河はカエデの攻撃を二発も食らってしまった。これは大きい。
「そうですか。私としては六十点ぐらいだと思ったんですが。あっ、この試合だけなら八十五点ですけどね」
俺の言葉に全員が首を傾げる。そこまで点数が低いのかと。
「なんでや? 結構ええ試合やったと思うけど」
「納得いかねぇぞ」
さっさと理由を話せと大河が睨んでくる。他のみんなも同意を示している。何でだろな?
「そうですね。当真は今回、ヒイラギさんに二回も攻撃を貰いました。それと当真自身の戦い方に虚実があまり無かったことですね」
「後半は分かるけど、何で二発も食らったらあかんのや?」
二発貰っただけでここまで評価が下がることに納得がいかないようだ。俺としては二発も食らったと言いたいんだがな。
「そうですね。これが試合で無く外での戦闘ならそこまで下がります。
その攻撃がもし毒を盛ることが目的だとしたら、それで終わりですからね」
そう戦闘中に毒を受けるとはそこまで酷いことなのだ。
この後の救世主候補として初めて外に行くとき毒を受け危うくパーティ全滅の危機に晒されることがある。
その時、もしリリィでも解除できない毒に変化していたら? その事を考えるとここで指摘しておきたい。
「その時はベリオに解除してもらえば良いだろ?」
まだ、納得がいっていないようだ。たしかに以前俺は他の人にも頼ることが必要だと言ったがそれも時と場合による。
「その時、当真が一人で戦闘していたら? その時、トロープさんも毒を受け動くことができないとしたら?
その後、またモンスターが現れたら? そんな場合もあります。ですから戦闘は一撃も貰わず終わらせるのが最善になります」
「たしかにそうだよな。傭兵科の実習でも必ずそういう薬は持ってくし」
セルは納得したようだ。他のみんなも納得してくれているようだ。何だか俺って説明役になってない?
「まっ、その事は頭の片隅にでも覚えてもらえば良いです。では、今日は何を淹れましょうか?」
話を打ち切り紅茶を淹れる用意をする。今日もいつも通り、紅茶六に珈琲三だった。もう少し珈琲党が増えてくれると嬉しいな。
その夜、大河の部屋からカエデの話し声が聞こえた。これで元の流れどおりの展開になっている。
明日の夜はこの部屋から出ておいたほうがいいか。
後書き
今回でクレアと接触した蛍火。
蛍火は契約を果す為にクレアに気付かれないようにクレアに決心を迫った。
原作では戦争が終わって彼らは平穏に過ごしていたようですが、本当に平穏に過ごせるのでしょうか?
強大な力、押さえつけることも出来ない力。それに対して隣人は恐怖を抱かないのか?
恐らくそれは無理だと思います。
だからこそ、クレアにここで知ってもらおうと思いました。
さて、今回は大河とカエデの戦い。そしてその裏で行われた蛍火とクレアの密約(?)の話。
??「蛍火は本当によく考えてる」
まぁ、そういう契約をしてるからね。それに蛍火は人を信じてないからそれでだね。
??「そう、……イリーナお姉ちゃんはこの時期からセルのことが好きだったみたい」
セルは本編ではJUDTICE以外では良い所がなかったからこの作品では良い思いをしてもらおうと思って
??「でも、セルはイリーナお姉ちゃんに気付いてない」
まだ、未亜に一途な頃だから。だいぶ先にイベント起こす予定
さて次回はカエデとの接触。
カエデの血液恐怖症は致命的だから蛍火はそれに対してどんな対策を講じたか楽しみにしてくれると嬉しいです。
??「次話で」