今日も広場で星を見ながら煙管を吸う。いつ見ても綺麗な星空だ。文明という穢れを受けていないからだろう。
今日は未亜に休むように言っておいた。これからリリィと一戦交えるのに時間を食いそうだからな。
リリィの気配はちゃんと感じられる。この数日、何度も思ったがそれで気付かれていないと思っているのだろうか?
だとしたら、自らの未熟さを気付かせなければならない。なにせ、召喚器を出していない状態の俺でも気付けたのだから。
「シアフィールドさん。いい加減ストーキングは辞めてもらえませんか?」
リリィがいる方向を向いて話しかける。突然声を掛けたせいで草叢がガサガサと鳴る。
分かりやすい性格だこと。
少しするとリリィが出てきた。潔い性格だな。もう少し誤魔化すと思ったが、親娘でも違うところは違うのか。
「さて、積もる話もあるでしょう。向こうで話しませんか?」
見つかったというのにリリィは沈黙し、俺が声を掛けても口を開くことは無かった。
沈黙を肯定と受け取り、学園長の待っている森に向かった。
第十四話 心の折り合い
ここで少し前には大河とブラックパピヨンが闘っていたのに、今では耳が痛いほどに静寂に満ちている。
いや、これが本来の姿か。
「お義母さま? どうしてここに!?」
思わぬ人物が待ち構えていたことに驚きを隠せていない。
それは尊敬する義母が血の臭いのする不審人物と共にいるからだろうか?
「これより、救世主クラス選抜試験番外を始めます。リリィ、準備はいいですか?」
物事簡潔に告げる。いつも以上に学園長の声は硬い。
失敗すれば自分が頼んだ黒い部分が晒されるのだ。大切に育てた義娘には知られたくないだろう。
未だまっすぐ進み続けている義娘には。
「どういうことですか、お義母さま? ここに来て急にそんな事を言われても何が何だか分からないわ。説明して」
いつも学園長に向けて話す話し方とは大きく異なっている。さすがにこの状況では錯乱しても不思議ではない。
「簡単です。私と戦って貴女が勝てば、貴女の聞く質問には答える。貴女が負ければ二度と私の事を探らない。それだけです」
「随分と私に有利な条件を出してきたじゃない。私の事を見くびってるのかしら?」
突然の好機に学園長が言った事を忘れてしまっている。これは番外とはいえ選抜試験だということを。
「そんな事はありません。ここは私のフィールドですよ。それに私とて救世主候補の端くれですから」
俺は観護を呼び出す。突然の発光と光の収縮によって観護が現れる。その光景にリリィは開いた口がふさがらないといった様子だ。
「うそ、召喚器!?」
そう宣言して出したのにまだ目の前の光景が信じられていない。ただ、呆然と立ち尽くしている。
「武器は互角。ならば、お互いの技術と経験が勝負の分け目です。そのまま、呆けていて勝機を逃すつもりですか?」
人一倍負けん気が強い。いや、勝たなければならないという強迫観念が強いリリィはその言葉で戦闘態勢に入った。
「始め!!」
学園長の力強い言葉が合図となった。さて、始めますか。
Others view
始まりと共にリリィはバックステップで距離を取り、蛍火はそれを追うように走る。
着地後、すぐにリリィは小さな電撃を三度繰り出す。
蛍火は懐からナイフを取り出し、斜め前に投げる事により電撃はナイフの方向にそれる。
さらに走り射程に入る直前それを待ち構えていたかのごとくリリィは回し蹴りを放つ。蛍火は蹴りに乗るように吹き飛ばされる。
「チッ」
追撃として十八番のブレイズノンを放とうとした。だが周りが森であることに気付き繰り出すのを止める。
その間に蛍火は茂みに入り、身を隠した。
一秒もしないうちに入った場所とは異なる場所から出て、リリィにせまる。音で気付いていたのか、すでに詠唱を終え、
「このちょろちょろと。アークディル!!」
目の前に氷が現れるがすでに蛍火は軌道を変え、リリィに触れることもなく茂みの中にまたしても潜る。
先ほどと同じように一秒もしないうちに音がする。
「そこっ!! ヴォルテクス!」
音の鳴った場所に雷撃が突き刺さる前に、音がした方向とは少しずれた位置から蛍火が現れる。
ヴォルテクスを打った反動か、リリィは硬直していて蛍火を迎撃する行動に動けない。
そこに首を狩ろうと白刃が袈裟掛けに襲い掛かる。何とか体を捻りその一撃を交わす。
追撃が予想されたがそれに反して蛍火は茂みに走り去っていった。
「なめるんじゃないわよ!」
唯でさえ気の短いリリィの堪忍袋の緒が切れた。蛍火を追って茂みの方向に走るが、それより速く蛍火が現れまた白刃を刺突の構えを取りリリィの前に現れる。
リリィの右手にはすでに発動直前の魔法が用意されていていた。
「アークディル!!」
リリィと蛍火の間に氷の壁ができ両者の進行を一時止める。蛍火が進路変更をしている間にリリィは次の魔法を用意する。
だが、蛍火の進路変更の先は出来た元の茂みに戻りまた身を隠した。リリィは用意した魔法をそのまま保持し次の攻撃に備える。
しかし、これは試合開始前に蛍火が言った様に蛍火の方が有利である。リリィはいつ来るか分からない攻撃に身構えているしかない。
一方蛍火は何時でも攻撃に移れ、無理だと判断すれば、引き下がるの繰り返しでリリィの消耗を狙った作戦であるのは明らかだ。
そうした攻防がさらに続き、十度を越えたくらいに差し掛かったころ状況に変化が訪れた。
茂みがまた鳴り、その方向に向けてリリィは電撃を放つ。しかし、その方向はおろか何処にも蛍火の姿は見えない。
リリィが不可思議に思っているのも束の間、
「なっ!?」
全方位から数十のナイフがリリィに向かって射出された。夜であるため認識は困難であるがナイフの後ろには飛針が控えている。
迎撃することも身を捻ってかわすこともできない。リリィは唯一開いている上空に逃げ出すしかなかった。
上空に逃げ出したリリィはふと疑問を感じた。自分よりも上空には何も無いのに下にいたときよりも空が暗く感じる。
上を見上げるとさらに上空に蛍火がいた。
蛍火はリリィとの距離がまだあるにも拘らず白刃を袈裟に振るう。
その行動にリリィは好機を感じ、地面に降りた後の事を考えて魔法の用意をした。
しかし、空振りに終わるはずの白刃の刀身は異様なまでに伸びていた。
武器の刀身が伸びることを予測していなかったリリィは刀の峰で叩きつけられ、地面に落ちる。
受身も取れず、地面に落ち起き上がろうとしていると目の前に白刃がかざされていた。
「Checkmate」
その声に抑揚は無くただ事実のみを突きつけていた。
「それまで。勝者、新城蛍火」
学園長の声が響き渡る。リリィには己が負けたことを信じられなかった。
彼女は負けるということの恐ろしさを痛いほどに理解していたからこそ信じられなかった。
故に認めることが出来ず、ただ呆然とするしか出来なかった。
「いい試合が出来ました。ありがとうございます」
その言葉にリリィは激しい怒りを感じた。この一方的な試合のどこがいい試合だったのだろうと。
そして次の瞬間、思いは爆発していた。
「まだ、私は負けてない。まだ魔法も撃てるわ。それに場所が悪すぎるわよ。私は認めない。私が負けたなんて認めない!!」
それは子供の癇癪でしかない。戦場ではいつも実力の百%を出せるわけではない。
どの状況においてもその中で勝ちをもぎ取らなければならない。
だがプライドと強迫観念が強い彼女は認めることが出来なかった。
このままでは、学園長の怒りを買うだろう。しかし、思わぬところからリリィの言葉を認められた。
「そうですね。たしかに私に対して有利な場所過ぎましたね。いいでしょう。場所を変えてもう一度しましょうか。
学園長、シアフィールドさんに認めてもらえないといけないですから、闘技場でもう一度試合をしましょう」
勝ちを得たはずの蛍火から再戦を認めた。そのあまりにも蛍火の勝手な言葉にリリィも学園長も唖然する他なかった。
その言葉を聞き、リリィは勝算がでてきた。闘技場なら、得意の炎系魔法を気兼ねなく放つことが出来る。
そして、隠れるところは無く正面からぶつかることしか出来ない。そう思い、蛍火を追い闘技場に向かった。
この勝負はリリィを完膚なきまで叩きのめし、蛍火を調べることが出来ないようにするために行われたものだ。
このままでは場所が悪かったと言い張りまた監視されることが見えている。
そのため蛍火はリリィの得意のフィールドで戦うことにした。
しかし、蛍火はオールラウンダーだ。遠、中、近、そして接近戦に至るまで全てを一人でこなせるように鍛錬を積んできた。
彼にとって場所は関係ない。
余談だが観護が伸びたのは錯覚で、途中から刀身の長さが違う形状に変えて間合いを伸ばしただけである。
「蛍火君。どういう事ですか?」
「このままではまた監視されます。だから、彼女の得意のフィールドで勝って言い訳できないようにするだけですよ」
そこには覚悟があった。その言葉に学園長も納得し、試合を承認した。
実は蛍火とリリィの技に大きな開きは余り無い。全てをこなしてきた蛍火は全てを極めていないのだ。
だが実力には大きくは無いが差があった。それは蛍火が人を殺したことがあること。実戦をすでに幾つもこなしていること。
そして戦況を冷静を通り越して冷酷に見ることが出来ることだ。
リリィにはそのどれも無いものを持っているため勝てたのだ。
この中でも人を殺したことがあるのはかなり大きい。
殺したことによりどれだけの力を加えればどれだけ傷を負うか分かり加減ができる。
戦いに偶然はなく、必然しかない。勝ったほうが強いのではない。強いほうが勝つのである。
「では、二度目の試験、始め!!」
蛍火は開始そうそうに、魔力弓を出した。その光景にリリィはおろか学園長さえも驚愕の表情をしていた。
この世界には存在しない魔力武具というものがリリィを狂わす。
気付いたときにはすでに矢を放たれていて、リリィの直ぐ近くまで来ていた。
身を捻り、矢をかわす。安心したところに矢が爆発し、爆風によってリリィの体は崩れ、地面に転がってしまう。
そのまま、転がり続けることしか出来ない。
先ほどと打って変わって、蛍火は容赦せずに転がっているリリィに向け矢を放つ。
転がりながら回避を続けるが、矢が地面に突き刺さった瞬間爆発し、爆風と石礫がリリィを襲う。
「ぐっ」
あまりの痛みに声を漏らしてしまう。先ほどの戦闘で魔法を乱発してしまったため疲れが出ている。
だが、それを認め負けを宣言することは出来ない。
自分の得意のフィールドで降参するなど、自身を許せないのだ。もちろん、その事も考え蛍火は動いている。
爆発系の恐ろしさは破裂することによって生じる衝撃ではない。爆発よって起こる爆風と飛散する破片が突き刺さることである。
まさに一番の脅威をリリィは味わっている。
一時的に矢の掃射がやむ。蛍火は今までよりも弓を引き絞り、止めを刺そうと魔力を練り上げている。
その隙にリリィは立ち上がり、自身も魔力を練り上げる。最高の一撃には最高の一撃で持って迎撃するほか無い。
「喰らえ!! ファルブレイズン!!」
両者同時に最大級の技を放つ。丁度、両者の真ん中でぶつかり弾け多大な煙幕が発生した。
リリィは蛍火がこの煙幕を利用し、近接戦闘を仕掛けてくると踏んで迎撃の準備をする。
しかし、その考えすらも蛍火は読み近接戦闘は仕掛けず、矢を放つ。
矢が鎌鼬を作り、煙幕を切り裂く。リリィの位置を確認し、第二射を放つ。
その矢はリリィに当たる寸前、五本の矢に分かれ足元一帯を氷で埋め尽くす。その内の一つがリリィの足に刺さり、足を止めてしまう。
そこでやっと、蛍火はリリィに向け走り出す。蛍火に向け、リリィはブレイズノンを放つ。
しかし、足も固められ、撃つ方向が分かりきっている魔法を蛍火は難なくかわし、動くことができないリリィに白刃を突きつけ
「Checkmate」
終わりを宣言する。
「そこまで。勝者、新城蛍火」
学園長の二度目の宣言によって、リリィは自分が完膚なきまで負けたのだと理解した。
そして蛍火はリリィに負けを認めさせることが出来た。
Others view out
ふぅ、危なかった。特に前半は恐ろしかった。
場所を変え、時間も変えていたというのに音にも反応しながら俺が出現するのを待ち構えていたのだ。
少しでも判断を間違えれば負けていたのは俺だろう。
何故あの時ナイフや、飛針を全方位から発射できたかというと、茂みに隠れ、出る場所に移動する間に鋼糸をめぐらせそれを弦にして発射したのだ。
茂みで移動していたのは出現場所をずらすというよりは鋼糸を張るためにしていたようなものだ。
「学園長。シアフィールドさんの手当てをしなくていいのですか?」
俺の言葉でやっと気付いたのか。リリィに駆け寄る。手をかざすと柔らかな光がリリィを包み込む。
ベリオまでいかずとも回復魔法の腕は相当なものだ。
もともと大した傷など負っていないからそれだけでリリィは起き上がることが出来た。
「あーあ、服がぼろぼろじゃない。」
リリィの言葉通り、スカートの裾や上着の袖などが所々破れていた。下着が見えるほどの損傷でなくて良かったと本当に思う。
そんな事したら学園長とリリィの同時攻撃を受けることになる。
言葉だけは怒っているが、何故か声は清々としていた。何か心境の変化がこの試合でおきてしまったか。
やっべぇ、これ大河の役割なんだけどな。
「ははは、すみません。あれはそういう技なので」
「あっ!! そういえば何であんた二つも召喚器持ってるのよ」
「そうですね。どういう事ですか?」
二人して俺を睨んでくる。睨む顔は似ているが考えていることは別だろう。リリィは単純に興味から、学園長は危惧から。
どうして、簡単に召喚器と決め付けるかね? 未亜も同じ反応だったし。
「違いますよ。あれは魔法の一種で魔力の凝縮による単純な武器化、通称魔力武具です。戦闘の最中以外に見ればよく分かりますよ」
また魔力弓を出す。予兆を感じ取ることができたのか二人は驚いている。この世界には無い発想の仕方だしな。
「魔力の発動が感じられた。本当に魔法の一種だわ」
二人とも納得言った様子である。二人とも高位の魔術師だから簡単に気付くだろう。
平静時に見れば簡単に気付く。まぁ、初見で気付ける存在はリコやイムニティぐらいのものだろう。
「この世界にある魔法の概念とは違う方法で行っているようですが、どのようにして身に着けたのですか?」
それは魔術師としての探求の精神が出たためだろう。若干興奮気味に言葉を出した。
といわれてもねぇ。構想はこの世界に来たときから有ったけど、術式を構築できるようになったのは世界の知識のお陰だ。
教えることは難しい。
「いえ、ふと神のお告げがあったんです。」
似たようなものだ。世界の報酬なのだから。
「ちょっと、ここでふざけないでくれる? こっちは真剣に聞いてるんだから」
綺麗な眉尻をそれはもうこれ以上ないほどに吊り上げた顔で詰め寄ってくる。
もう少し御しとやかにしていたら男に困らないだろうに、親娘共々損な性格というか、何と言うか。
「ふざけてませんよ。事実、そういう風に出来たらいいなと思っていて、気付いたら出来ていたんですから」
「ふーん。まぁ、いいわ。あの弓に関しては分かったけど、何で遠距離の戦いまでできるのよ?
召喚器は近距離用なんだからそれだけ鍛えればいいのに」
すでに愚痴を言っているようにしか思えない口調だった。だが、リリィだって近距離の対策がないわけでもないだろう。
未亜にだって格闘は教えている。
なら逆に近距離戦闘をする者が遠距離に対する対策を立てても不思議ではない。
「破滅の斥候をするにはどのような状況でも帰還できないといけませんからね。一応、それが私の仕事ですから。」
リリィに勝ちはしたが念のため血の臭いがした理由を説明しておく。俺の本来の仕事の半分だけを。
嘘は九割の事実と一割の嘘を混ぜることで真実味がます。もっとも一流の嘘吐きは嘘をつかないらしい。
「ちょっと待って。あんたの仕事ってコックじゃないの? というか何時召喚器を手に入れたのよ?」
彼女にとって予測もしていなかった回答なのだろう。明らかに混乱している。その向こうで学園長は俺を目で咎めている。
「召喚器を手に入れたのはついこの間。そして召喚器を持ちながら何もしないわけにはいかないでしょう?
でも、目立つのは苦手ですから、学園長に頼んで斥候の仕事に就かせてもらいました」
「なんであんたがそんな事する必要があるのよ。そういう仕事は王国直々にしているはずよ。どうして救世主候補がするのよ」
納得いかないのだろう。人々を救う者が裏で隠れて行動していることが。
だが、斥候の仕事、特に密偵は生存率が低い。罠が用意されていたり、戦闘を強いられたりそれだけ難しいのだ。
「戦争で相手の位置、数、配置を知ることは重要です。それに今も破滅に乗っ取られたと思われるモンスターは活動をしています。
行った先で村人を助けるには応援を呼ぶ暇がないこともあるかもしれません。その時、戦闘能力が高い存在が必要ですから。
私は貴女が人々の前に立ち、大勢の人を助けるのとは違う選択肢を取っただけです。この前も色々ありましたしね」
俺の言葉にリリィは衝撃を受けている。
彼女は大勢の人を助けるため踏みしめた命に報いるために戦っている。前線に立つのが救世主の仕事だと思っている。
だが、出来ることはそれだけではないのだ。手から零れ落ちそうな者も助けることが出来るのだと。
「じゃあ、この前は……」
「そうです。仕事帰りです。あっ、この事はご内密にお願いします。私の動きが破滅に知られると不便になるので」
彼女にとって納得いく答えが得られたため、これ以後俺を監視してくることはないだろう。
これでやっと世界渡りの時の結界を一ランク下げられる。あれ、疲れるんだよね。
後、さり気無く口止めしたが聡い彼女のことだ。意味は理解できるだろう。
あー、疲れた。さっさと煙草吸いたいし、広場にさっさと戻りますか。広場に戻ろうと背を向ける俺にリリィは待ったをかけた。
「ちょっと、待ちなさい。」
ん? これ以上何かあったっけ?
「試験で負けたら一日指導するってあんただって知ってるんでしょ?
二度も負けて、その上勝手に話されるし、だから私に指導しなさい」
リリィの堂々とした態度に唖然としてしまう。
何言ってんの? この人は。
表面上は勝気さを保っているけど、内心不安に怯えまくりだろう。
大河がベリオに体を欲しがったように、俺も欲しがるかもしれないと。
見た目や普段の態度からは連想しづらいが、リリィは救世主クラスで一番純情である。
そんな彼女が「自分を好きにしていい(意訳)」と男に宣言している。不安にならないはずはないだろうな。
最初からこんなこと言わなければいいのだが、そこが彼女の彼女たる由縁。
今日の屈辱を明日の糧に!例え純潔を奪われようともそれをばねにして一層の努力をはかる、これが彼女の理念なのだろう。
黙っていれば何事もないのに、なんとも世渡りが下手というか不器用な少女だ。
きっとここで、服を脱げとか言ったら確実に脱ぐだろうしな。もっとも、そんな事したら学園長に焼かれる。
「別に何もしなくていいです。面倒くさいですから」
「はぁ!? あんた何考えてるのよ!?」
無難な選択を選んだつもりなのに俺に対するリリィの返答は怒鳴り声だった。
俺としては双方角が立たない選択をとったつもりだったのだがリリィは納得いかなかった。
きっと、手を出す価値も無いとか考えているのだろう。
俺を好きなわけでもないのに女としてのプライドが高いのか。いや、全体のプライドが高いんだろうね。
「これはそもそも正規の試験ではありませんから。何かしてもらう必要はないと考えているんですけど」
「それでも! これは試験だったんだからあんたが私に指導しなきゃいけないのよ!!」
えーと、指導は勝ったほうの任意だと思うんだがどうして俺が命令されるんだろ?
助けを求めようと学園長のほうを向いたら般若のごとき顔をして俺を睨んでいらっしゃる。
その眼は娘に手ぇ、出したら叩っ切るぞ。と極道も真っ青な視線だ。
なんか死亡フラグが立ったみたいだ。どこで選択肢間違えたんだろ?
「分かりました。なら、明日買い物に出かけますのでそれの付き添いをお願いします」
無難に済ませよう。別に王都には買い物は何度も行っているし案内はいらない。
俺の言葉が余程意外だったのかきょとんとしている。学園長はほっと一息。
あーなんとか生き延びれるか。
「待ち合わせは明日の十一時に中庭で待っています」
それだけ言って、懐から煙管と取り出し、その場を後にする。逃げるが勝ちだね。
途中でリリィの動揺した声が聞こえた。大方、学園長がリリィにデートだと言ったのだろう。別に他意はない。
それにもし、休日に男女が二人で出かけるだけでデートというのならダリアとも、マリーともしていることになる。
そんな心は持ち合わせていないんだけどな。
広場でまた星を見ながら煙草を吸う。ここ最近吸う回数が増えてきたな。控えないといけないか。
でも一仕事終えた後の煙草は美味いんだよなぁ。
俺は待ち続ける。まだ、今日は終わっていない。
さっきの出来事は結界が一応張ってあったとはいえ確実に本命のストーカーには気付かれているだろう。
姿も気配もしないがかすかな足音だけは聞き取れる。やっとお出ましか。
「こんな夜更けにいったい何の御用でしょうか?」
俺の言葉によって気付かれていることに気付いたのか、気配遮断の魔法が解けフードで顔を隠した人物が現れる。
いや、ダウニーだって気付いてるけどね。
「探りいれですか? それとも引き抜き? 疲れてるんで明日にしてもらえません?」
俺の言葉に向こうの動揺は感じられない。少しは、動揺すると思っていたが予想以上か。それとも向こうにとって予想通りか。
「そういう訳にもいきません。貴方がどのような人物かを見極めなければ」
声はいつものものと違っていた。魔法で変化させたのだろうか? それにしても答えてくれるとは、思ってもみなかったよ。
「ストーカー相手にプライベートを話したくないですね。それに顔を見せない人を信用はできませんし」
フードを脱ぐ様子は見られない。元々期待はしていないが。
突然魔力の収束を感知した。速いな。
向こうは戦闘態勢に入った。これ以上、話し合う気はないということだろう。やっかいだね。
話し合いに応じたから力に訴えるのはもっと後だと思ってたのに。はぁ、口だったら誤魔化せるのになぁ。
俺はダウニーが魔法を放つより速く簡易魔法を発動させる。
その隙にダッシュ。
ふはははは、疲れてるんだ。清々堂々戦うかよ!!
俺の行動に呆気を取られたようで追いかけてくることはなかった。爆発で人が集まってくる気配がしたが放置だ。
これ以上遅れるわけにはいかない。そっ、そんな事をしたら師匠に殺される!!
後書き
リリィとの戦闘で蛍火の戦い方はかなり汚いです。正統派ではないですよね。
けれどそれは今回限りの予定です。後の戦闘は基本的に開かれているところで戦わせるつもりです。
姿を隠したダウニーと接触しましたが、これ以後ダウニーは監視に留めます。
しつこくすれば色々とダウニーも面倒な事になりますからね。
後、リリィ好きの方にはすみません。二度も蛍火に叩きのめされることになって。
蛍火が人を殺した場合に一番反応しそうなのはリリィだけなんですよね。
さてさて、お次はリリィとのデート。ていうかデートネタが開始早々に二回って多いような……、