今日も早朝から走る。今は始めた当初と大きく異なる点が二つある。

一つは俺が先に走りついてこれる限界の速度を維持しながら走ること。そのおかげで、以前より大河の持久力が日に日に上がっていくのが分かる。そしてもう一つが、

 

「ダッシュ終わりました。先生」

 

 未亜が早朝のトレーニングに参加していることだ。

何度か夜の訓練をしているうちに自分の体力不足を痛感し、参加するようになった。

 ちなみに、先生と呼ばれているのは俺だ。

最初は共に訓練しようといっていたが俺が指導することが多くなったため、俺のことを先生と呼ぶようになった。

止めてくれと頼んだが大河に向けるような笑顔で断られ続けた。もう、諦めている。

 

「はぁはぁはぁ、蛍火お前、速すぎ。着いてくのがやっとだぞ」

 

ぐったりと地面に寝転がりながら汗も拭きもせず俺に言ってくる。

当然だ。大河が着いてこれるギリギリの速度で走っているのだから。

 

俺一人で走るのならもっと長い距離を走れる。

というよりも他人の状態を見て、それに合わせて走っているからそちらのほうが俺としてはキツイ。

 

「そうだね。私の時だって蛍火さんの後ろを着いてくのが精一杯だもん」

 

 未亜は俺の前でも崩した話し方をするようになった。それだけ慕われてしまったのだろうか?

だとしたら少し近づきすぎたかもしれない。やっぱり人との距離を一定に保ちながら接触するのは難しい。

 

「げっ、そんだけ余力あんのかよ。もしかして俺のときも手加減しながら走ってるのか? ………いったい、どんな体力してんだよ」

 

 俺との差に愕然とし悪態を吐く。だが、これでもまだまだ少ないほうだ。

今の俺では召喚器無しの状態で三時間しか連続戦闘できない。

八時間連続で戦闘できてやっと体力は合格だと師匠に言われた。

それにはまだまだ遠い。

 

「私とてまだまだです。求めるところにはまだ遠い。もちろんあなた方も」

 

 そう、まだまだ遠い。

求める先はどこにも無い、上限も無い。

どこまでも求め続けることが出来る。諦めない限りは……、

 

「あっ、そうだ。お兄ちゃん。今日の晩御飯どんなのがいい?」

 

 俺があの日から未亜は夕食を毎日作り続けている。

飲み込めは速く、今では調理科の面々と比較しても遜色が無いほどに腕を上げている。

下地がいいと伸びも速い。

 

「未亜が作るのならなんでもいい」

 

 それは信頼の現われなのだろう。

相手の腕を信頼してるからこそ言える言葉。彼らの絆は本当に強い。

……眩しいぐらいに、

 

「もう、それが一番困るんだよ」

 

 困るといっているが苦笑いをしながら喜んでいる。すでにそれがいつもの事なのだろう。

だが、こうして横から二人を兄弟だというフィルタを除いて見ていると長年連れ添った夫婦みたいだった。

お互いのことを知り尽くしそばにいるのが当たり前のような関係。

 

 もっともその事を口にはしない。

両方とも赤くなって少し止まってトレーニングを再開するのに時間をとられてしまう。

 

 

さて、再開しますか。

 

 

俺はこの時より少し前から一つの決意をしていた。

契約を果たすために動くことを。

すでに選んでいた事だ。何があろうとも、引き返すことは出来ない。許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三話 自らの未熟故に

 

 

 

 

 

 

 

 

ピチャン、ピチャン、ピチャン

 

 空には月もなく星も無い。分厚い雲が空を覆い光も差し込まない夜。

鉄臭いものが俺の小太刀から滴り落ちる音がする。

その下にはそれなりの大きさを誇る水たまりができ、絨毯を汚していた。

 この部屋にある調度品はどれも豪華でいかにこの部屋の主が裕福な生活をしていたかを物語っている。

 

 豪華な造りの机の近くにこの部屋の主だった“モノ”が横たわっている。

中年肥りした白髪交じりの人だった“モノ”。

 

血溜まりに埋もれているあれが動くことは二度と無い。

 

 

 小太刀に付いた血と脂を拭い、鞘にしまう。

 感慨はない。後悔も、辛さも何も。

あるとすればこの鼻を突く異臭。

当分の間、この臭いを忘れることが出来そうに無い。

 

(殺すことはなかったんじゃない? ミュリエルもそう言ってたのに)

 

 観護の声はいつもより張りが無かった。

俺が人を殺したからだろうか? それともこの臭いのためだろうか?

人ではなくなったが誰よりも人の心を持つモノの心を、人でありながら人であることを捨てた俺には分かる事はできない。

 

(学園長の再三の警告を無視していた。情けをかける必要はない。それに最後の警告も金で解決しようとした輩だ)

(でも、プロフィール見たら、子供も結構いたわよ)

 

 子供の未来を心配してか。形を捨てて尚、子供に執着した存在としては辛いのか。よく分からんな。親になったことの無い俺には、

 

(関係ない。それに結果は既に出た。復す事は叶わん)

 

 すでに骸が転がっている。ロベリア並みの高位の死霊術師(ネクロマンサー)しかこの結果を復す事はできない。

 

ガチャッ

 

「パパ?」

 

 扉が開き幼い子供の声がした。

 そして、幼い子供の目がこちらに向く。

 

「お兄ちゃん、誰?」

 

 なんという迂闊。目標を殺したことに安心しすぎた。

始めに遮音結界しか張らず人払いの結界を張らなかった事も起因しているだろう。

それとも感傷に浸りすぎたのだろうか?

 

 小太刀を振るい、幼き命を絶つ。感触はさほど無い。

幼子は痛みも感じられず、自らが死んだことも気付けなかっただろう。

 

 

 また一つ、この部屋に骸が増えた。

もうここに長居はできない。帰ることにしよう。

 

(どうして!?どうして殺したの!?)

 

 先ほどよりも声を荒げ俺を叫弾する。何よりも守りたい者の姿を少しでも重ねてしまったのか何時もより感情的な声。

それとも純粋に未来ある幼子の命が絶たれたことを憂いているのか。

 

(顔を見られた。それだけだ)

(そんな………、それだけ?)

 

 愕然と声は落ち込んでしまった。

だが、俺にはそれ以上の理由は無い。

これからも同じような活動をするのだ。情報が漏れてしまっては活動に支障がでる。

 声を返すことはしなかった。これ以上語る必要はない。

 

(貴方は子供を殺して何も感じないの?)

 

 その声はなんとか搾り出せたとしか言い表せない。

観護には辛いのか、それとも悔しいのか、悲しいのか。だが、俺はそんな感情は捨てた。今更何も感じはしない。

 

(私達は人選を誤ったのかもしれない)

 

沈黙を肯定と受け取ったのだろう。その言葉は後悔に満ちていた。観護達が能力(スペック)を求めすぎたために人格(ソフト)を無視した結果だ。

だが、俺とて何も感じていないわけではない。自らの驕り、未熟さに感じていた。そこに他の感情は一切含まれていないが。

外はいつの間にか雨が降っていた。流すことの出来ない観護の涙を世界が変わりに流しているのだろうか?

それとも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただ今、任務完了しました」

 

深夜の学園長室で結果のみ簡潔に告げる。そこに過程は含める必要は無い。

学園長に監視魔法で覗かれていたことは最初から気付いていた。

 

「ご苦労様です。他に何か伝えることはないのですか?」

 

 怒りを無理に抑えているのが声からでも分かる。覗いていたのに聞く必要はないだろう。

それとも俺の口から懺悔でも聞きたいのか?

 

「それ以上は何も」

「罪も無い子供を殺してそれですか?」

 

 静かな怒りに満ちていた。だが心は烈火の如く燃え上がっている。

 

「アクシデントが起こっただけです」

「子供を殺してアクシデントだけで終わらそうというのですか!!」

 

 もう、怒りを抑えきれず俺をすでに雰囲気すら烈火の如く怒鳴っている。見えた光景に幼いころのリリィを重ねてしまったのだろう。

 

「えぇ」

 

 俺にはそれ以上伝えることは無い。反省はすでした。だが、後悔は出来ない。

すでに起こったことにはIFなど有り得ないのだから。

 

「まだ、小さかったのに」

 

 自責の念と後悔が渦巻いた声だった。項垂れ、顔を上げる気力も既に無くなっている。

沈黙を保つことしか出来ず立ち止まっている。

 

 ここで止まって貰っては困る。学園長にも、観護にも。だが、どうして切る捨てることが出来ないのだろう。

選んだはずだ。子供の幸せな未来、平和な未来を。そのために他の何かを犠牲しなければならないということも覚悟していたはずだ。

なのに事が起きれば後悔する。予測できたはずだ。誰しも失敗しないという事はないのだから。

 

「貴女方が気に病む必要はありません。

依頼を受け、それを実行すると決めたのも、目標を殺したことも、その子供を殺したことも、私の責任だ。

私自ら、矢を番え、構えをとり、弦を引き絞り、照準を当て、弦を放した。だから、貴女方が後悔する理由は無い」

 

 何のために小太刀を使ったのだ。殺すのなら観護を使ったほうが何倍も斬り易かった。

だが、あえて小太刀を使った。もしもの時、観護が後悔しないように。

 立ち止まらせないようにしていたのに、立ち止まっている。

 まだ契約は終わっていない。全てが終わるまで立ち止まることは許さない。

もし立ち止まろうとするなら俺が無理やりにでも歩かせてみせる。

 

「後二、三人始末すれば学園存続反対派も黙るでしょう。それまで、いえ、全てが終わるまで立ち止まらないで下さい。

それとこれから二度とこのようなアクシデントは起こさせない。私自身に誓約をかけます」

 

 これ以上、俺がここにいるのは良くない。一人にして、俺が言った言葉の意味を理解してくれる事を願おう。

 俺はこの後、また取り返しのつかないことをするとは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

Interlude リリィs  view

「ん〜」

 

 背伸びをして一息つく。やっと、読みきることが出来た。

 集中してて結構時間が経っていた。直ぐベットに入るのもいいけど、一度外の空気を吸いたい。

 寮の玄関まで行くと、見知った人影が見えた。げっ、あいつは新城蛍火。

この前、私はあいつに散々言い負かされた。それも……逃げ出すしかないくらいに。

 たしかにあの時私はお義母さまがいつも言っていた事を忘れていた。でも、それはあいつの性でもある。

あの馬鹿みたいに救世主候補になることができるのに、帯剣の儀を受けていない。

しかも、戦う気も無いのにこの世界に留まっている。

きっと平和な世界に住んでいたのだから観光気分なのだろう。私にはどうしてもそれが許せない。

 

 でも、こんな時間に帰ってくるなんて何をしてたんだろう?

左手に煙管が見える。そういえばあいつ、煙草を吸うのよね。なら外で一服してたんだ。

 あと少しですれ違う。声を掛けてなんかやらない。

 

 

 

 すれ違ったけど、あいつは声も、表情すらも変えなかった。

何よ、気にした私が馬鹿みたいじゃない。

 

 

 けれどその時、私は気付いてしまった。煙草の臭いに隠れてする、忘れたくても忘れられない、忘れてはいけない人の血の臭い。

 私は思わず、膝をついてしまった。どうして? どうして、そんな臭いがあいつからするの?

あいつは、コックでそんな臭いするはずが無い。

 追いかけようと思ったけど、あいつはすでに階段を上がったみたいで姿は見えなかった。

 いったい。あいつは何?

 

 

 

 

 

 

 それから私はそれとなく、あいつを探ってみることにした。

 あいつの朝は意外と早い。起きて、馬鹿と未亜を連れてトレーニングをしている。

走っている様子は、一緒に走っているというよりあいつが引っ張っているように見える。だってあいつは呼吸一つ乱していないから。

 

 その後、朝食を食べて、お義母さまのところに行ってお茶を淹れていた。

お義母さまがわざわざ呼んでいるのだから腕は相当なものだろう。

 食堂に行って、下ごしらえをしていた。黙々と文句も言わずに作業をしていた。

お昼休みが終わって皿洗いをしているとまた、お義母さまに呼び出されてお茶を淹れに行っていた。

……お義母さま、いったい何度呼び出すのよ。

 

 その後、この前あいつの後ろにいた人と一緒に馬に乗って学園を出た。さすがについていくのは無理だったから諦めるしかなかった。

 それから、帰ってきたのは門限ギリギリで、たくさんの食材を抱えていた。

食堂でその食材を使って未亜と一緒に料理をして、五人で笑いながら食べていた。たまにベリオも混ざっていたけど。

 

 後片付けして、未亜と一緒に闘技場に入っていった。ご丁寧に鍵は閉められていて中を覗くことは出来なかった。

でも、普通夜は閉まってるのに。お義母さまに許可でも貰ったのかしら? よく貰えたわね。

 で三時間ぐらいしたら出てきて部屋に戻って、それの繰り返し。その間、あいつから血の臭いがすることはなかった。

どういう事?

Interlude out

 

 

 

 

 

 

 

この一週間、リリィに監視されている事は分かっていた。…が一日中監視されているのは辛かった。

トイレの中と風呂の中を覗かれなかったのが不幸中の幸いだろう。

何が彼女にそこまでさせたのだろう。こそこそと人を探るような性格はしていなかったはずだが。

時期から察するに血の臭いか。煙草の臭いで消したつもりだったが、敏感な者には無理だったか。

カエデにも気付かれるかもしれないな。さて、全部気付かれる前に口封じに出るとしようか。

 

 

 

 

今日も学園長室でお茶を淹れている。この茶坊主生活を何時になったら抜け出せるんだろ? いいかげん萎えてくるんですけど。

珍しく、イリーナとマリーも一緒にお茶を頼んでいた。切り出すにはいいか、もちろんギャグ風味で。

 

「学園長、実は最近困ったことがありまして」

 

 俺の言葉を認識できなかったのか、全員止まっている。

学園長は再起動をなかなかせず、イリーナは何度も耳の辺りを叩き、耳に何か詰まっていないか確認していて、マリーは自我を保つため必死に否定し続けている。そんなに意外か?

 俺とて悩むことは多い。

晩御飯を何にしようかとか、淹れる紅茶の種類を何にするかとか、師匠のしごきをどうやってかわすとか色々だ。

 

「何に困っているのですか?わざわざ言うという事は対処法を悩んでいるのでしょう?」

 

 再起動し、なんとか絞り出せた声だった。そこまで精神に対するダメージは大きいか。

 

「はい、実は貴女の娘さんにストーキングされていれるんです」

 

 口にしていたお茶にむせていた。気道に入ってしまったのだろう。

 最初に俺に詰め寄ったのは意外にもマリーだった。

 

「あんた、リリィちゃんに何したんや! ストーカーにさせるぐらいのことしたんやろ。さっさと吐き。そして、往生せいや!!」

 

 錯乱しているのか服の襟をつかまれ、締められる。その上、前後に揺すられる。ちょいまて、どうしてそこに思考が行き着く。

俺がされているんだぞ。何故俺が何かしたことになる。

 何とか引き剥がし、襟を整える。マリーの目はさっさと吐かんかったら引導渡したると物語っている。どうしてそこまで怒る。

あーあ、しわになってるよ。あとでアイロンかけないと。

 

「どういうことですか?」

 

 うわ、やっばいほど怒ってる!? この前の仕事が終わったとき以上の怒気を感じるんですけど。

イリーナに助けを求めようとしたが、すでにこっちを見ておらず凛々しくお茶を楽しいんでいた。

助けてよ。今、羅刹二人に睨まれてるんだから。

 

「分かりませんよ。心当たりも何も。ちょうど一週間前くらいからずっと睨まれてるんです」

 

 そう、ちょうど一週間前から。俺が仕事を終えた次の日からだ。全て伝えなくても学園長には伝わるだろう。

このまま放置すれば俺の存在が知られる可能性があるという事を。

 

「そうですか。リリィには私から言い聞かせておきましょう」

 

 たしかに、学園長が言えばリリィはもうしなくなるだろう。だが、それによって不信感はさらに募る。根本的な解決にはほど遠い。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 イリーナのいるこの場所で俺がしようとしていることを言う訳にはいかない。未だ俺は召喚器を持たず万が一のために鍛えている存在。

 

「では、行きましょうか。そろそろ、時間もいいですから」

 

 イリーナとマリーの退室を促がす。すぐに戻って、話を付ければいい。リリィとの救世主クラス選抜試験をするための。

 

 

 

 


後書き

 さて、今回は蛍火が初めて人殺しました。

 当初から蛍火には人を殺させる予定でした。そしてこれからも蛍火は多くの人を殺していきます。

蛍火には何かを得るためには犠牲が必要という大河に教えたものとはまったく逆のことを行います。

 蛍火は大河には何処までも理想を貫いて欲しいと思っていますが、自分はそんな理想を貫こうなどという思いはありません。

蛍火は諦めがいいですから。

 次回はリリィとの決着です。無事に終わればいいと心底思ってしまいます。






いやー、意外と多くの人に色々とばれちゃったな。
美姫 「とは言っても、リリィとダウニーだけよね、今のところは」
まあな。さてさて、これからどうなっていくのやら。
美姫 「とりあえず、次回は街へお出掛けみたいね」
だな。それじゃあ、早速次回へ。



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