朝を迎え、大河とのトレーニングの時間になった。

はぁ、師匠がいない世界はなんとありがたいのだろう。

クソゥ。涙が出てくる。

大げさとか言うな。鍛錬内容はな、お前達が思いつく限りもっとも厳しい鍛錬を思い浮かべろ。

 

……そんなものは天国だ!!!! 生きる、生きれる。生きて…、嫌ややややああああああああああああ!!!!!!!!

とまぁ、こんな感じだったんだぞ。関西弁が微妙に出てしまった。

今日は最初にした訓練よりも二倍のメニューにしてやっていた。大河が俺のスピードにかなり驚いていた。

当然だ。こちらの感覚では三ヶ月も訓練をしていたのだから。

 

 

 

 

 

第十二話 結ばれた師弟関係

 

 

 

 

 

 

 食堂で下ごしらえをしていると料理長が話しかけてきた。

 

「なぁ、蛍火。お前昨日と変わってないか? 外見が変わって訳じゃないんだが」

 

 妙に歯切れが悪い。的確に表現するような言葉が思い浮かばないのだろう。

 そんなに変わっただろうか? 俺自身は筋力がついたぐらいしか分からないが。

まぁ、三ヶ月もたっているんだ。どこか変わるだろう。

 昼時になり、調理科の人達が入ってくる。口々に俺のことを革命者と呼び、話しかけてくる。

遠い昔のことのように感じて忘れていた。向こうにとっては昨日の今日だから当たり前か。

 

もう少し時間の誤差に慣れておく必要があるな。

 

「あれ、蛍火君。この前あったときと変わった? なんだか逞しくなったように思うんだけど」

 

 ここに入った日に話しかけてきた娘だった。ローテーションはこんなに速く回る物なのだろうか?

この娘の名前を今では完全に思い出せない。まぁ、いいか。

 それにしてもかなりフランクな話し方だな。一度目は遠慮したのだろうか?

 

「昨日、護身術を習いましたからね。その性じゃないでしょうか? 結構きつかったですし」

「ふーん。そうなんだ。あっ、昨日の事聞いたよ。やっぱり大河君と仲良かったんじゃない」

 

 俺の事はどうでもいいみたいに大河の話に切り替わった。俺よりも大河のことを気にかけてくれるほうが楽ではある。

 

「すみません。でも貴女に聞かれたときはああ答えないとみんなに詰め寄られますから。それを回避するために仕方なくです」

 

 それを聞いて彼女は口を尖らせている。こちらの事情はお構い無しか。まぁ、こういう手合いのほうがあしらうのは容易い。

 

「ぶぅ。後でこっそり教えてくれてもいいのに、それで大河君とはどういう経緯で仲良くなったの?

昨日の話しじゃ大河君だけじゃなくて救世主クラスの人達ともかなり親密みたいだけど。教えて、教えて」

 

 随分と可愛く話す。きっと昨日のメリッサと同じように調理科のアイドルみたいになっている可能性がある。

後で調理科の男子に睨まれるかもしれない。

 

 何だか視線を感じ、後ろを振り向いてみると男子全員が俺を睨んでいた。

眼はメリッサに続いてまたかと言っている。俺のせいじゃないのに……、

 

「え〜と、色々あったんですよ。色々。だから詳しい話は聞かないで下さい」

 

 こういう時、嘘を付こうとすると嘘を雪達磨式に付いていかないといけなくなる。

だから、嘘を付くのではなく大変なことがあったと匂わせておくといい。

 

「ぶぅ。ケチ。いいよ。教えてくれなくても。その代わり大河君に紹介してよ。ねっ? ねっ? いいでしょ」

 

 しつこく食いついてくる。この娘は金持ちに家の娘か、一人っ娘なのかもしれないな。

 

 大河を紹介するのは俺からでは難しい。俺は何かと忙しいからな。

例えば学園長のお茶くみとか、イリーナとマリーの料理作りとか、未亜に料理作るを教えるとか色々。

 

あれっ、なんだかしなければ成らない事以外が浮かんでくる。うぅ、何も考えていない大河が少し羨ましい。

 

「今は当真も私も時間がありませんから、その内紹介しますよ」

「きっとだよ?」

 

 納得はいかないが仕方ないと思ってくれたようだ。念を押すのだから余り信用はしてくれていないようだ。

まぁ別にいい。おそらく引いてくれたのは当真のことを考慮したのと料理長の存在だろう。

 

もう少し、俺のことも考えてくれると嬉しいなぁ。

 

 

 

 

 

 昼休みに入り、食堂が賑やかになる。今日も革命者と呼んでくる奴もいたが昨日よりも少なかった。

俺に対する興味は一日で失ったみたいだが士気だけは落ちていなかった。

 

 今日も初代鉄人ランチに挑戦する奴が何人かいた。いったいどれだけ轟沈するのだろう?

 珍しく、手が空いてレジの方へ回ってみるとダウニーがいた。初対面になるのか。

だが、俺はダウニーの正体を知っていて、向こうも俺のことをある程度は知っているだろう。

 

俺に声を掛けないでくれないでくれるといいのだがそうは行かないだろうな。

 

「おや、貴方は昨日の大演説で革命者と呼ばれている、新城蛍火君ではありませんか」

 

 今気付いたばかりと装っている。白々しい。俺に最初から声を掛けるつもりだったのだろう?

 

「すみません。どちら様でしょう? 昨日から知らない人にも声を掛けられているものですから。

一度お会いしていたのなら申し訳ないです。………見たところ先生のようですが」

 

 俺も知らない振りをする。怪しまれるとこれからかなり動きにくくなる。

ダリアに怪しまれるのはまだいい。あれは赤側なのだから。

だが、ダウニーは破滅側。最終的に敵に回る存在だ。尻尾を掴ませるどころか影すら見せるのも危うい。

 

「えぇ、そうでしたね。私は貴方と直接会うのは初めてです」

「そうですか、よかったです。この年で痴呆にかかったのかと思いましたよ」

 

 馬鹿を演じる。ダウニーにとって力持たない馬鹿に興味はない。

……いや、もしかしたら逆効果だったかもしれないな。

 

「大河君も召喚器を手に入れることが出来たのですから貴方も帯剣の儀を受けてみては?

貴方ほどユーモアがあり、カリスマ性がある人が救世主となり、人々を導けば破滅も苦しむでしょう」

 

言葉は学園の教師として期待しているといっている。口調も顔も少々興奮気味に話している。

これが演技なのだとした素晴らしい。俺以上の腕だ。

 

だがな、お前も俺と同じく眼だけは濁っているぞ。前半部分は本気で言っていたみたいだが。

 

「残念ながら受ける気はありません。それに私は救世主には成れませんよ。臆病で、弱虫な私にはね。

それに私は自身の限界を理解しすぎています。無謀と蛮勇をもって無理をする事はしたくは無いですから」

「慎重なのですね。本当に惜しいです」

 

 ダウニーは本気で惜しんでいる。俺が白に傾けることが今は出来ないと分かったのだろう。

 

「先ほども申した通り、臆病なだけです。あっ、所で注文は何にしましょう?」

「お勧めはなにですか?」

「ダリア先生と同じ事を仰るのですね」

 

 俺の言葉を聞き心底ショックを受けていた。そこまで同一視されるのが嫌か? 

スパイ同士だろ。もっとも理念は大きく異なっているが、

 

「ではCランチで」

「分かりました」

 

 後ろに行って待たせていた学生に相手を変える。

ふむ、その内俺を襲って召喚器を目覚めさせる気になるだろうかもしれない。これから先は行動に気をつけんといかんな。

 

 

 

 

 

 

 昨日と同じ時間帯に中庭に向かった。マリーとはそこで待ち合わせをしていた。

 見つけたが妙にそわそわして周りを気にしている。まるで初デートの時の待ち合わせをしている女性のようだ。

む、もしかして俺が時間間違えたのか? とりあえず声だけは掛けておくか。

 

「ヒルベルトさん。デートの待ち合わせですか?」

 

 俺を見てほっとしている。どうしたことだ?

 

「遅いで。いったい何時まで待てせる気やったんや。それに待ち合わせしてたんはあんただけやで」

「えーと私を待っていたのですか? どうみても初デートの待ち合わせをしているようにしか思えなかったのですか?」

「はぁ。よく分からんこというな。ん?」

 

 俺を見て何かに気付いたのか。そういえば日課のお茶淹れに行った時も学園長に不思議がられたな。

強い人ほど相手の強さが分かるという。師匠も二百m以内にいる存在の強さはすぐに分かっていた。

 

「昨日より格段に強なったな。自主練習幾らしてもそれだけ伸びるはず無い。どうやったんや?」

 

 彼女としても不思議なのだろう。学園長も不思議がっていた。

まぁ、俺が時間誤差もなしに世界を渡れるとは思っていないだろう。

そんな特殊なことを出来るのはリコだけだからな。

もっとも俺の力ではなく観護の力と世界の力があったおかげだからな。

 

「秘密です。そんなこと気にせず今日の訓練に向かいましょう。」

 

 すでに用意していた馬に乗って外に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、蛍火。あんた人を好きになったことあるんか?」

 

 馬で走りながら話すとは良く出来るな。時速五十キロぐらいだが、なれない人にはきついはずだ。

 なんでそんな質問するんだ? 必要ないだろうに、

 

「それは私としてですか? それとも俺としてか?」

 

 別に仮面を変えることは手をかざさなくても出来る。第五に向かうには必要となるのだが、

 

マリーは少し驚いていた。

いくら見たことがあるといえすぐに入れ替わるとは思っていなかったか。

 

「陰険なほうや。というより、偽ってへんあんたのことや」

「そうか、無いな。人を愛したことも当然無い。どうしてそんなことを聞く」

「なんとなくや」

 

 俺の答えに残念そうにしている。何故だろう?

 俺たちは無言で進み続ける。

 

「なぁ、どうしてそんな風になったんや。どうしたらあんたみたいに心が強くなれるんや?」

 

 俺を見たなら疑問に思っても仕方はない事か。だが、まだ理解しようとする範疇にいるのか。

怖がられたほうが楽なのだがな。

 

「おかしなことを言う。俺は強くなぞ無い。弱さを捨て、強さを追求することも捨て唯そこにあるだけだ。

捨てたが故に手に入れた力だ。心の強さならば何も捨てないことを覚悟した当真の方が強い」

 

 俺が自分の事を強くないと言ったことをよほど信じられなかったのだろう。

手綱を放してしまっている。すぐに気付いて事なきを得たが、

 

 そう、俺は強くなぞ無い。過去の救世主候補の中から見ても最弱の部類に入るだろう。

 

「嘘やろ。どう考えたって冷静で的確な判断ができるのはあんたや。なんでそんなあんたが大河より弱いんや」

「大切な人を守りたいと思う心は、その者の限界を打ち破る。あいつは常に限界を超え続けている。だから、心の強さでは負ける」

 

 非常にびっくりしていた。俺が守りたい心が強いと言うことがそれほど不思議か?

人並みの答えを聞けて喜びもしているように見えたが。

 

 もっとも戦闘で必ず負けるとは言ってはいない。戦いは非情なほうが有利に運べる。

それに大切なものを失くした時どれほど弱くなるか。

だからこそ俺は捨てたのだ。負けに通ずる全てを、

 

俺と大河が戦う時は捨てた強さと守る強さの勝負になるのか。

現時点でも将来的にも勝敗は分からない。あいつの成長スピードは計り知れないからな。

 

「そうか。あんたでもそう思うんか。へへっ」

 

 何をそんなに嬉しいかね。俺は守るときの強さは認めたがすでにそれを不要なものと決めたのに、

 

 

 

 

 今日の訓練もつつがなく終わり、帰りに食料の買い物をしている時、恋人と勘違いされていた。

マリーは顔を赤くしていたが否定はしなかった。俺みたいなのに言われても嬉しくないだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食も終わり、煙管を一服吸う。昨日と違い、吸っている最中に未亜が来た。

 

「煙草は嫌いですか? 嫌いなら火は消しますが」

「できれば、消して欲しいです」

 

 ふむ、叔父を思いださせるかな。それはよろしくないな。

まぁ、嫌がっている者がいるところで吸うのは美味くなくなるからな。

 

「あの、昨日のことですが」

「闘技場に行きましょう。大丈夫です、学園長には許可を取っていますから安心してください」

 

 昼の間に話はつけておいた。給料引かれたけどな。

それと情報を求められたのでその内、カエデが来ると伝えておいた。

これはその内分かることだから教えても差し支えは無い。

だが向こうにとっては嬉しい情報だろう。手数が増えるのだから。

 

 

 

 

 

 闘技場は閑散としていた。モンスターも寝静まっているようで風の音しか聞こえない。

監視もついてはいない。来る途中に何度も確認した。

 

それに闘技場は監視魔法が中に入り込めないように出来ている。

救世主候補という機密の塊が練習するところだしな。

 

「あの、結局どうなったんですか? 誰もいないみたいだけど」

 

 不安がっていた。

まぁ、人にとって夜と静寂は恐ろしいものだ。

それに助けを呼んでも人が来ないところに来たんだ。二つあわせたら当然か。

 

「都合は付きました。貴女を教えてくれる人物はいましたから」

「ほっ、本当ですか!? それでその人はもう少ししたら来るんですね」

 

 強く、いや、大河の力になることが出来るのが嬉しいのだろう。

声はいつもよりも弾んでいた。

速く来て欲しいのか周りをキョロキョロしている。子供のようだな。

 

「もう来ています。というか目の前にいますよ」

「え?」

 

 ここには俺と未亜しかいない。それでも彼女は信じ切れていない。それだけ俺が非常識な存在というわけか。

 

「百聞は一見にしかず、見せますよ」

 

 左手に魔力を凝縮させる。召喚器とは違い、光を放って現れるわけではない。

そこにすでにあったように現れるのが魔力武具の特徴だ。

もっとも魔法に精通しているものなら予兆で何か表れというのは分かるが。

 

イメージは弭槍。色は俺が好む漆黒にしている。

 

最初より安定しているな。始めのころは維持するのもきつかった。

だが三ヶ月の鍛錬で魔力総量が増え、世界の補助無しで一時間これを使って戦闘できるまでになった。

その他にも師匠が飲ませた丸薬が効いているのもある。

 

 うぷっ、思い出しただけで気分が悪くなった。あれは人に口にするものではない。

あれの性で三日も寝込んでしまった。できれば二度と口にしたくない。

 

「召喚器!?」

「残念ながらこれは違います。魔力を使っての武器化。威力は召喚器と比べるまでもありません」

 

 ほへ〜と感心したように弓を見る。まだまだ、子供だな。

 

しかし、これの威力は低い代わりに用途は恐ろしいほどに広い。

氷、爆発、鎌鼬、雷、重力を矢に乗せ放つことはもちろん、先端に魔力を集中させ貫通力を上げること、途中で矢の数を増やすこと、魔力に磁石みたいな性質を持たせ軌道補正に似たことも出来る。

他にもただの魔力だけを込め地面に魔方陣を描き遠距離に魔法を放つことも出来るようになる。

また、補助的作用として回復魔法を込めることもできる。世界の知識は恐ろしい。

 

「学園長に聞きましたが、やはり、この世界には貴女を指導できるような人物はいませんでした。

私も弓はある程度使えますが指導できるほどではありません。だから、私と共に強くなれるよう模索してもらえませんか?」

 

 まぁ、指導しようと思えば出来なくは無い。

だが、こういっておいたほうが未亜の足を引っ張ることが出来る。我ながら卑怯だね。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 心底嬉しそうに笑っていた。一方的に教えられるのではなく共に強くなろうというのが嬉しいのだろう。

 

「所でそれどうやって出せるようになったんですか? ここに来てまだ一週間ぐらいしか経っていないのに。

それに昨日の今日で出せたんですか?」

 

 興味深々というよりは訝しげな顔をしている。

 

「この世界に来て魔法が有ると知ったときからこれについては考えていました。マンガとかでよくあるでしょう?

それをイメージしていたら、何故か突然出来てしまって」

 

 正確には戦うと決めたときから考えていた。

主要武器を近距離用と決めたが一人で活動するには遠距離もできなくてはならないと思い、図書館をよく漁ったもんだ。

 

「そんなことあるんですか」

 

 信じれないと思いっきり顔に出ている。

 

「そのようです。では訓練内容ですが、まずジャスティの軌道補正をカットしての射的、その後、弓を使っての近接格闘です」

「カットするって出来るんですか?」

 

 出来ないのか? 観護は簡単に出来るのだが、未亜はまだ召喚器を理解できていないのか。

なら、必要ないか。

 

「出来るのならいいと思ったんですが出来ないのなら構いません。なら、狙った場所に当てるように練習しましょう。

精度は針の先を狙うようにぐらいです。」

 

 弓は当たっても急所に当たらなければ直ぐに死につながることが無い。なので確実に急所に当てる訓練が必要になる。

 

「分かりました。がんばりましょう」

 

 意思は固く、やる気は満ちている。裏切らず、されど阻害する。

自分で選びながらも難しい課題を作ったものだ。

 

 

 

 


後書き

 さて、蛍火が単独で世界を渡ってしまいました。そして三ヶ月と言う時間を使ってかなり成長しました。

 蛍火が言っていた師匠とはもちろん御神流の使い手です。しかし恭也や士郎ではありません。

その二人が生まれるよりもずっと前の時代ということに私は決めています。

 

 さて、未亜が蛍火と一緒に鍛えることになりましたが、これから未亜はかなり強くなる予定です。精神的にも肉体的にもかなり。

 蛍火はストーリーの修正に力を傾けるはずなのですが……、

 

 さて、次の話もオリジナルの予定です。カエデの出番を心待ちにしている方には申し訳ないとしか言いようがありません。

 では、次の話でお会いしましょう。








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