ブラックパピヨンの事件もすでに終わり平穏な日々がここ二、三日続いていた。お陰で夜はぐっすり眠れた。

夢はいつもの如く見なかった。もしかしてこちらの世界でも夢を見たら元の世界の夢見るのだろうか? いやだなぁ、それは。

 今日は五時半に起き大河を起こし、トレーニングをした。この前の一,五倍の量でやったのだがさすがにきつかった。

 弱音を吐くと思っていたが大河は余計なことは何一つ言わずトレーニングに打ち込んでいた。喜ばしいことだ。

 一昨日と同じ時間にまた学園長室に向かう。今日は俺と大河の講師が来る日なんだが、さてどんな人物が来ることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

第九話 革命の日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新城です。失礼します」

「どうぞ。先方もお待ちですから早く入ってきてください」

 

もう来ていたのか。早いな。

 中に入ると妙齢の美女が目に入った。二人とも年のころは二十半ばから後半ぐらいだ。

一人は灰白色の髪が長く腰に届くほど長く普通の服を着ている。

分かりずらいが知識を持っている人間には所々不自然に膨らんでいるように見える。こちらが俺の講師か。

 

もう一人は空色の髪をし肩にかかる程度の長さをしている。バスタードソードを腰に佩いているだけか。

てっきり他の武器も持っているかと思ったがそうではないらしい。

 それにしてもはぁ、また悩み事が増える。男だと思っていたのにシナリオが変わりすぎだな。大筋は変えないように注意しないと。

 

「初めまして。新城蛍人と申します。以後知人共々ご迷惑をお掛けしますがお願いします」

「私はイリーナ・グラキアス。以後良しなに」

「うちはマリアンヌ・ヒルベルト。マリーって気軽に呼んでかまへんで」

 

 言葉数が短いほうがイリーナで、長いほうがマリーか。この世界に来てまで関西弁を聞くとは思わなかったぞ。

マリーよ、隠密なのにそんな気軽でいいのか?

ダリアも軽い性格だし裏関係の人間はそんなのでないとやっていけないのかもしれない。でもダウニーは違うよな。

 

「それにしても講師が女性だったとは」

「あん。不満なんか?」

 

 マリーが険しい目つきで睨んでくる。正直に感想を述べただけなんだがな。

俺の頭の中では老人か刀傷だらけのおっさんだと思っていたんだから。

 

「そういう訳ではありません。ただちょっと驚いただけです」

「蛍火君、この世界では女性が力を持ちます。武術でも然り、極めるのは自然と女性が多いのです。

異世界からきた貴方には考えられもしないことでしょうが」

 

 なるほど、歴代の救世主は女性ばかりだし、何かと補助をするには女性のほうが良いだろう。

でも破滅のモンスターと戦ってた人たちは男だよな。

男は雑魚扱いになるのか、ショックだ。納得は出来るが心は認めにくいな。

 

「イリーナには大河君を、マリーには貴方を受け持ってもらう予定です。

外で話すよりもここで話したほうが都合が良いでしょう。では蛍火君お茶を淹れてもらえますか?」

 

 俺はいつからあんたの茶坊主になったんだ?などと考えつつも紅茶を淹れる。

 

ん? 香りが以前と違うな。葉を変えたのか。香りからしてレモンを浮かせたほうがいいか。

 紅茶を淹れ終え、三人に配る。やってることは執事と同じか。いっそのこと執事(バトラー)科にでも入るか?

 

「相変わらずいい味を出しますね」

「へぇ、旨いやんか。ええぇ特技持っとんな」

「たしかに、こんな美味しい紅茶は初めてだ」

 

 喜んでもらえて何よりですな。紅茶も人それぞれに好みがあるから心配したが杞憂だったか。あぁ、緑茶飲みたいな。

こっちの世界には茶葉が無いからな。いっその事、学園長に無理言って作ってもらえるようにするかな。

 そういえばイリーナには大河に付いてもらうんだから言っておかないといけないことがあるな。色々と、

 

「グラキアスさん。貴方の教え子になる予定の当真のことですが、基礎などは教えずに、実戦感覚で指導をお願いしたい」

「何故だ?武術は何においても基礎が重要だぞ」

 

 たしかに、普通の人なら基礎は重要だ。

だが、中途半端に大河に基礎を教えると武器を瞬時に使い分けるという利点を失う可能性がある。

タイムスケジュールをきっちり分かれば問題ないのだが俺はどの順番で何が起こるかは知っているが何時起きるかは分からない。

だから、急ごしらえでもその方法に頼るしかない。

 

「たしかにそうです。ですが、もし破滅が明日にでもきたら?中途半端に覚えた技では使えませんし、それに頼り切ってしまう。

生兵法は怪我の元です。ならいっその事、実戦に近い中で習得していくほうがまだ安全です。

それに当真は訓練よりも実戦をするほうが何倍も実力が上がりやすいですから」

「なるほど確かにその通りだ。そこまで考えていたんだな。分かった。そのように指導しよう」

 

 現状を考えればそれが妥当だと判断してくれた。大河に指導するに当たって忠告しておかないといけない。

 

「後、申し訳ないのですが、おそらく当真は貴女に失礼を働くと思います。えーと、その、セクハラ方面で。

ですからその時は遠慮せずに殴るなり蹴るなりして下さって結構です」

「私が指導する人間はそんな奴なのか?」

 

 残念ながら真性の。しかもそのうちにそれが二人に増える予定だ。男なら問題なかったんだが、大河に釘刺しておかないとな。

 

「すみませんが、ですが指導するにはとても面白い相手ですよ。当真の成長速度は異常といっても差し支えないくらい。

一日たつごとに、一つの打ち合いを終えるたびに、一つ剣閃を受ける度に成長します。退屈はしないと思います」

 

 素人である大河が神に勝つほどになるのはその闘いの神に愛されているとしか言いようのない才能と、

異常なまでの成長速度と、実戦経験のお陰だろう。

無限にある世界の中でもきっと大河のような存在は稀のはずだ。

 

平和な世界に生まれたというのにそんなものを持つとは何たる皮肉だろう。

ここに来る事がなければ生涯開花することがなかったというのに、

 

「ほぉ、そこまで自信を持って言えるほどの者か。それは楽しみだ」

 

 楽しげに嗤っている。どんな事をして鍛えるか考えているのだろう。この人はきっと俺と一緒のサディストだろう。真性の、

 

「後、出来ればもう一人指導してもらいたい人がいます。セルビウム・ボルトといって、傭兵科ですが」

「セルビウム?学園きっての問題児と言われる彼を教える必要があるというのですか」

 

 学園長の言うことももっともだ。召喚器すら持たない人を大河と一緒に訓練させることは無理だ。

身体能力、回復力などその他もろもろの異なりすぎる。

しかし、セルが本気になれば、きっと大河に追いつけないまでもいい働きができるようになるだろう。

 

「彼は召喚器を持ってはいませんし、当真に比べれば劣ります。しかしそれでも潜在能力だけはたしかです。

それに破滅と戦うにおいて救世主候補がいくら活躍したとしても局地的に勝つことは出来ても全体で勝つことは出来ません」

 

 三人とも眉をひそめている。それはそうだろう。この考え方はアヴァターにおいては禁忌に等しい考え方。

極論すれば救世主などいてもいなくても同じだといっていること。

 

「人が生態系の頂点に立つことが出来たのは、知恵と技術と集団戦法があったが故です。

破滅は数と質で、もしかしたら私たちを上回るかもしれません。

ですが兵法や戦術、戦略を使うことによって、召喚器を持たない人達でも勝つことが出来るかもしれません。

逆もまた然り、救世主候補たちとてなんの策も用いなければ雑魚にすら負けることもありえます」

 

 もっとも、数と戦術が勝っていても、質にとんでもなく差があれば勝つことは出来ない。

象一匹とアリ千匹が戦ったとしてもそれは戦いにすらならない。

 

「もっとも、戦術をいくら練ろうともある程度の練度がなければなりませんが。

そのためセルビウムにはその先駆けになってもらう予定です。まぁ、当真のライバルとしてもがんばってもらう予定もありますが」

「あんた、腹黒いな」

 

 いえ、腐っているだけですよ。俺は、原型をすでに留めていないほどに腐っていますから。

ブラックストマックと言われても平気ですよ?

 

「なるほど、イリーナ、頼んでも良いですか?」

「構わない。それにしても蛍火は面白いことを言う。できればお前を指導したかったな」

 

 教えて貰っても俺の役割と適さないからな。できればその情熱を大河に叩き込んでくれ。

 

「イリーナとばっか話さんと、あんたの事うちに話しーや。あんたのお師匠になるやからな」

 

 俺がイリーナとばかり話していたせいかかなり拗ねていた。

どうやら、自分の事を放って置かれると我慢できない性格のようだ。

子供ですか?貴女は。

 

「私ですか?残念ながら当真のように面白いわけではないですよ。基礎から教えてもらう予定ですし」

 

 本当に俺の性格は戦闘向きだが才能は無い。いや、もし有ったとしても大河と比べるのは愚かしい位のものだろう。

それだけ大河が異常なだけだが、

 

「なんや、つまらん。お代わり」

 

 ほんとに子供みたにつまらなそうな顔をしている。しかもこの場で堂々とお代わりを要求するとは。

しかもそれにイリーナと学園長も便乗して来た。俺のことを本気で茶坊主としか思ってないだろ。

 

 今度はさっきと違う茶葉使い、ミルクティーにしておいた。しかも甘めの、これはマリーに対する嫌がらせのつもりだ。

子供っぽいあんたに似合いだという皮肉を込めて。

もちろん味はちゃんとしている。嫌がらせとはいえ味を落とすのは出来ないからな。

 三人はたっぷりと紅茶を楽しみ、休み時間にイリーナを大河に紹介する予定となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間は活気にあふれている。何処の世界でも授業が終わった開放感は格別のようだ。

 そんな中、未亜とベリオと楽しそうに話している大河を見つけた。

確実にベリオとの距離は短くなっている。いい方向に進んでいるな。

 

「当真、ちょっと時間よろしいですか?」

「蛍火か。どうしたんだ?」

 

 と俺の後ろを眺めると目に見えるように鼻の下を伸ばしはじめた。鼻の下って本当に伸びるんだな。始めて見たよ。

 大河の背中のほうには未亜とベリオがいた。

暗黒のフォースを放ちながら、ジェ○イも真っ青な感じだ。

なるべく触れないでおこう。

 

「この二人は誰だ? もしかして俺のファンか? ファンなのか!?ファンなんだな!!

 

 詰め寄るな。ちゃんと話してやる。それに断じてそうではないぞ。

大河の興奮は収まりそうにない。あっ、未亜が大河の後ろについた。

 

「いっでぇええええええ」

 

 どうやら、思いっきり抓られたようだ。よかったな、それだけですんで。下手したらジャスティの矢が飛んでくるぞ。

その光景にイリーナは頭を抱え、マリーは腹を抱えて笑っている。予想したとおりか。

 

 性格的にイリーナは堅物で最近新しいジャンルとして確立した、たしかクールデレという奴に近いだろう。

もっともそれに至るまでがおそろしく長いと思うが。

マリーは話し方でも分かるように軽い。友達感覚としてつきあるには楽な性格をしている。

しかし、付き合うとなれば思いっきり嫉妬してなおかつ放っておけば寂しがるタイプだ。

 これは最初に言っておかなかったが、余り公言出来ない人間観察という趣味で出した結果だ。

悪趣味だと理解はしているのだがやめられん。

 

「当真、こちらの方はこの前話した貴方の特別コーチです。ちゃんと挨拶してください」

「そうなのか。えっと、よろしくお願いします」

 

 やけに礼儀正しいな。ダウニーの件で懲りてくれたか?

礼儀はどの世界でも大事だからな、これからも気をつけて欲しい。

 

「イリーナ・グラキアスだ。厳しくするつもりだからな」

「へぇ、イリーナっていうのか。良かったら訓練が終わってからお茶、ぐぼぁ」

 

 未亜とイリーナの拳が大河に突き刺さる。

それにしても言ったそばから殴るか、普通? 

これからイリーナに対しては少し言動を気をつけよう。いつ俺が大河のようになるか分からない。

 

「まったく、蛍火の言った通りか。性根も叩き直す必要があると見えるな」

 

 無理だと思うぞ。

これはきっと根源がエロス関係になっているに違いない、もし直せでもしたら人格崩壊を招く可能性がある。

 

「蛍火さん。いったいどういうことですか?」

 

 私は何も知らない。速く教えろと眼で睨んできた。あぁ、未亜に対する言い訳考えてなかった。

やっべぇ、どうしよう?まっ、適当にでっち上げますか。

 

「当真には秘密にしろといわれたんですが、ここに来た日、ゴーレムと戦ったときにもし、

自分がトレイターを手に入れていなかったら当真さんを失っていたかもしれない。

そんな事は二度と起こしたくない。強くなるにはどうすれば言いと聞かれまして。

幸い、私はここに来てすぐに学園長とお茶会を開くほどの仲になりましたので無理を言って頼み込みました」

 

 最後のは事実だ。すでに俺は学園長に紅茶を淹れる為だけに十回以上呼ばれている。

しかもその間普段は口にしないリリィの惚気を聞かされた。

それはもう、耳にタコが出来るほどに、リリィに聞かせりゃ感激するだろうな。

赤面ものの話もあるし、暴れるかもしれないが………

 

「おい、蛍。いでぇ」

 

「言・い・ま・し・た・よ・ね?」

 

 思い切り足を踏み、一文字ずつ区切り脅しをかける。頷いておけば良いものを、

 

「はい、お願いしました」

 

 うん。君は素直が一番だよ。マリーが「うわっ、こいつえげつなぁ」てな顔でこっちを見るな。

世の中にはな、優しい嘘っていうものがあるんだよ。

幸いなことに未亜はトリップしていて、このやり取りに気付いていなかった。

それはもう、金髪神族の人のようにトリップしていた。

 

「おーい、大河。おっ、蛍火もいるじゃん」

 

 そういえば救世主クラスといえ、座学は他の科と同じ授業を受けているんだったな。すっかり忘れていたぞ。セルにも話しておくか。

 

「はっ、美しい御姉様方、俺はセルビウム・ボルトって言います。今度俺と一緒にお茶でもしませんか!!?」

 

 未亜がいるのに、よくそんな事出来るな。未亜一筋じゃなかったのか?セル。

それとも未亜が目に入っていないのか?

まぁ、未亜はまだトリップ中でセルの行動に気付いていなかったが。

 

 イリーナが目で俺に殴っていいか?と聞いてくる。

俺は嗤って頷いてやった。その時、マリーが黒っといったのは些細なことだ。

 

「ぐはぁ!!」

「これも私が教えなければならんのか?蛍火。今からでも話は無かったことに出来ないか?」

 

 気持ちは分からなくはないが。いや、痛すぎるほど分かるのだが、如何せん俺にはどうする事もできない。

俺では人を選べないからな。

 

「すみませんが、我慢していただく他ないです。

お礼に当真達の指導をしてくださっている間は、夕食は私が持ちますから。もちろん、食後の珈琲か紅茶も出しますから」

「はぁ、ミュリエルの頼みでもあるし我慢するしかないか」

 

 案外食い意地張ってるのか、この人は?腕振るわないと後が怖いな。

 

「なぁなぁ、うちは?」

「貴女にも用意はします」

「よっしゃ。これで当分晩飯代が浮く」

 

 本当に子供みたいに喜んでいる。でも、考えてることは切実だな。

暗殺業って儲からないのか?それとも需要が低いのか?謎だな。

 

「所でその人は誰だ?」

「そうそう、俺も気になってたんだよ」

 

 美人を前にして大河とセルは鼻息を荒くしている。また、学園内での評価が下がったな。

 

「うちは蛍火のコーチをする、マリアンヌ・ヒルベルトや。気軽にマリーって呼んでくれてかまへんで」

「私の護身術の先生です。二人のことはグラキアスさんが指導しますから、ヒルベルトさんに会うことは少ないと思います」

「セルもってどういうことだ?俺は何も聞いてないぞ」

「というか俺には何の話をしてるのかさっぱりだ」

「セルビウムには言っていませんでしたね。セルビウムには当真と一緒に訓練してもらう予定です。

これはセルビウム自体に強くなってほしいからです。友達ですからね、死んでは欲しくないですよ」

「蛍火、そんな事考えてくれてたのか!?俺は嬉しいぞ!!おしっ、俺も大河と一緒に努力するぞ!!!」

 セルの息気味だけはある声。ある意味安心だ。だが、

 

 

 

 

 

 

「五月蝿いわよ。あんた達」

 

 セルがやる気を起こしてくれたのに野次が入ってしまった。

赤い魔女がご登場だ。しかし、学園長から聞いた話があるからちょっと笑える。

おねしょの事とか、十二歳まで一緒の布団で寝ていたとか、アクセサリーをねだったとか色々聞いたからな。

はぁ、子供のころは可愛げがあったと聞いているのに今では見る影も無いな。

 

「それで今度はこのバカがいったい何したの?」

 

 大河を指差し聞いてくる。この世界には人を指差してはいけないという習慣がないのだろうか?

 

「リリィ、今大河君とセルビウム君に蛍火さんが特別コーチが紹介をしてくれてたんです」

「こいつらに? 無駄じゃないの」

 

 完全に他人を見下しているな。いくら強くなろうともそんな事では生きていけないぞ。

それに他者をみくびる事は戦場では致命的になる。

 

「それに、召喚器も持っていない人間に習ったところで何か役に立つのかしら」

 

 イリーナとマリーがリリィの言葉に頭に着たのか詰め寄ろうとする。

だが、俺は二人を押し留める。この二人にこんな場所で面倒ごと起こされては困る。

 

「蛍火なんでや。ミュリエルの娘やけど、そんな事言われて我慢出来んで」

「どけ、いくらお前でも邪魔するなら腕の一本でも折ってやるぞ」

 

 頭に血が上りすぎている。ここで許したら大惨事になる。

 

「二人とも落ち着いて下さい。学園長に迷惑がかかります」

 

 さすがに学園長の名を出されては二人は黙るしかなかった。

 

「シアフィールドさん。貴女は図書室でよく勉強なさいますよね?」

 

 話をはずす。これで頭に上った血も少しは収まってくれると助かる。

 

「そりゃ、するわよ。それが何か悪いって言うの?」

「いえ、素晴らしいことだと思います。ですがそれは貴女も先人の恩恵を授かっていること。

それは当真がこの方たちに頼ること何一つ変わりませんよ」

「違うわね。その人達より本のほうが数倍勉強になるわ」

「それこそ違います。この方たちは救世主クラスよりも戦闘経験が豊富です。自分よりも上位の方に実技で教わるのですよ。

戦闘の組み立て方、戦術、戦略とその他諸々を。

貴女とてダウニー先生にダリア先生、そして学園長に教えてもらうことは多々あるでしょうに」

 

 その言葉にリリィは言葉が詰まる。やっていることは学園と同じ。

俺の正論に言い返すことが出来なくなったようだ。

俺に屁理屈で勝てると思うなよ。

 

「お義母さまとは違うわ」

 

 苦し紛れに出したものは説得力がないな。

だが、ここまで言われて屈することが出来ない精神はどうにかした方がいいな。

まぁ、それは大河に任せるとしよう。

 

「たしかに、扱う分野は異なりますね」

 

 リリィの言い訳に余裕の考えと口調で言い返す。これで勝ったも同然だ。

 

「ぐっ」

 

 どうやら、もう何も言い返すことが出来なくなったらしい。まだまだ言い返す余地はあるというのに青いな。

 

「私が救世主になったらあんたみたい何もしないで口先だけほえているなんか必ず排除してやるわ!!」

 

 声を張り上げながら俺を睨んでくる。ここまで来ると子供の癇癪だな。そこまで可能性はあるのに挑戦しない俺を憎悪するか。

もっともすでに召喚器は手に入れているし、ある程度活動はしている。

 それにしても救世主がそんなに偉いかねぇ。

 

「救世主はそんなに偉いのですか?」

「はっ、何いってるのよ。救世主は世界を救うのよ。全ての人に尊敬され、誰よりもほめられる存在なのよ」

 

 それが当然であるように自慢げに言い切った。彼女を咎めるものはいない。この世界ではそれが常識だから。

 

あー、やべぇ。他人の好き嫌いはなるべくしないようにしていたが、選民思想や自分の事を特別だと思い込んでいる輩は嫌いだ。

 ちなみに俺は特別ではない。ただ異常なだけだ。他者よりも異質であるだけで特別と認められる存在では決してありえない。

 しかし、ここまで凝り固まっているとなると少しきつめの灸をすえないといけないな。

救世主が人殺しというのはこの世界では余り言わないほうがいいし、真相を言うのはもっての外だ。さて、どう攻めましょうかね。

 

この時、大河、セル、マリーが黒っと言ったのが聞こえた。気にはしないが。

 

「当真、当真さん、トロープさん。これから話す事は救世主を目指す貴方たちにとって意気を下げることになるかもしれません。

目指す意思が弱いと自覚しているのなら耳をふさぐことをお勧めします。

あぁ、もちろんシアフィールドさんには聞いてもらいますがね。」

 

 少しだけ心を決める時間を与える。休み時間だというのにいつの間にか周りは静寂に満ちていた。救世主クラスが騒動を起こしていて、俺がリリィとぶつかりなおかつそんな前振りをしたんだ。人の注目は嫌でも集まるか。あんま好きじゃないんだけどな。

 

「では、言いましょう。救世主とて所詮人です」

 

 言い切る。有無を言わせぬほど、言葉を強く切って。

 

「人の枠を超えることは出来ません。どれだけ努力しても一人で破滅を打ち滅ぼすことなどできはしない」

 

 それはある種の絶望。救世主を目指すものにとって自らが特別であるという大前提の崩壊。

そして救世主に憧れを持つものにとっても拠り所の崩壊。

 

「なぜなら、どれだけの力を持とうとも人である限り、疲弊し、負傷し、睡眠を欲し、食欲を感じる」

 

 それは、人としてすでに外れている俺ですら感じるもの。基が人である限り死を迎えない限り無くなりはしないもの。

 

「救世主という存在が誰にも頼ることなく一人で戦うというのなら、それは確実な死を迎える。

人単体はどうしようもない位弱き存在ですから。

なら、どうしたらいいのか?簡単です。

疲弊したのならその間、時間を稼いでくれる戦士がいればいい。

負傷したときそれを癒してくれる医者がいればいい。

睡眠を欲するときその間寝ずに見張りを立ててくれる仲間がいればいい。

食欲を感じるときそれを作ってくれる料理人がいればいい。

破滅の大本を倒すときその他の破滅を押さえてくれる人がいればいい。

救世主とは確かに世界を救うだけの力を持っているのでしょう。

しかし、その過程にいたる道を切り開いてくれるのは他でもない、召喚器を持たない人達です。

救世主とは多くの人の上に立っていますが、その人達を踏み台にしているのではない。

その人達によって救世主が支えられているのです。

貴女が他を排し、一人で歩もうとするならきっと破滅に勝つことは出来ないでしょう」

「ぐっ」

 

 リリィが言い返す余地もなくうめいている。ふむ、少し言い過ぎたかも知れんな。

 

「リリィ、学園長も日ごろ言っていたじゃないですか。全ての人に愛され、全ての人に愛される存在こそが救世主になりえるのだと」

 

ベリオが俺の言葉に付け足してくれた。学園長の名を出されてはリリィはどうすることも出来ない。

それにしてもベリオ。お前がリリィに止めを刺したって気付いてる?

 

「ふんっ」

 

 リリィは去っていった。ここまで言葉で言い負かされて尚且つ人目があるから逃げるしか選択がなかったか。

しまったな。これは完全に嫌われたか。

まぁ、いいや。別に仲良くなる必要ないし。

 

「うぉおおおお、蛍火。良い事言うじゃないか。そうだよな。

救世主になれなくたってちゃんと出来る事が、いや俺たちが救世主の支えになれるんだ。

そのためには支えがしっかりしてなきゃいけない。特訓じゃ大河になんか負けねぇぞ。

傭兵科の野郎共聞いたな。これからの実習は気合入れてくぞ!!」

「調理科のみんな。私たちだって世界を救うための支えになれるのよ。

救世主になる人や戦う人のために美味しい料理をいつでも作れるようにしないといけないわ。今日から猛特訓よ。」

「「「「おぉおおおおおお!!」」」」

 

様々な所から決意を固める声が聞こえる。あんた達のために言ったわけじゃないんだが、なんかいやな予感がするよ。

 

「蛍火。これであんたも一躍有名人やな」

「そうですね。意識改革をした人物として学園で有名になるでしょうね。さしずめ革命者といったところでしょうか?

それに私自身も少し考えを変えられました。そうですよね、現時点でも私たちは大勢の人に支えられているんですから」

 

 納得顔で頷いている。有名人にはなりたくはないんだが、

決意を固めたことは良いことだが、気付いているのか? 勇気を持ち戦うということは死に近くなるということを。

それだけ何かを失うことが多くなるということを。

 

 これ以上ここにいても無意味だ。それにこれ以上ここにいるのは耐えられないから逃げることにしよう。

 逃げていくとき後ろから他とは異なる視線を感じた。まるで実験動物を見るような観察をする眼。

リリィではないだろう。なら後はダウニーか。夜は少し気をつけないといけなくなるな。

 

 

 

 


後書き

 お久しぶりです。さて、今回は前回予告したとおりオリキャラを出しました。

女性だったのは別に狙ったわけではないと思いたいです。

 元々アヴァターは女性優位の世界ですからこうなるのと解釈したんですが、ゲームではお偉いさんは結構男の人が多いですよね?

何ででしょう?

 

 さて、蛍火がかなり暴論を吐いてしまいしましたが出来れば許容してくださると嬉しいです。

 読んでもらっている方の中にはリリィ好きの方がいると思います。その人には本当にすみません。でもこれは後々必要になるので。

 しかし、かなり歴史が変わってしまいました。蛍火の感情が原因とはいえかなりの歴史の変動です。

蛍火はこれからどうやって修正していくのでしょうか?

 

 後、修行風景がどんなものが楽しみにしてくださったのにまったく描写がなくてすみません。





指導要員の人も来て、着実に歴史に変化が。
美姫 「これから先、どんな変化が起こっていくのかしらね」
その個所、その個所では僅かな小さい変化でも、全体で見ると大きな変化となっている。
なんてのはよくある事だからな。今回の蛍火の行動により、どうなっていくのか。
美姫 「次回はこの後すぐ!」



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