「知らない天井だ」
そんなはずは無い。昨日寝る前に見ていた。ただ、一度言ってみたかっただけだ。
日の出具合と体内時計を合わせてみてまだ午前五時を少しばかり超えたくらいか。
外は少し雲が出ているだけだな。トレーニングするには悪くない天気だ。
第五話 料理人への道
大河はまだ寝ているだろうから起こしにいかないといけない。何が悲しくて朝から野郎を起こしにいかねばならんのだ。
扉を開けて大河の姿を確認する。豪快な格好で気持ちよさそうに寝ていた。
ねぇ、殴って良い? 記憶を失うほど情熱的に、
「当真、早く起きなさい」
声をかけてみるが一向に起きようとしない。その後何度声をかけても、体を揺すってみたりもしたが起きなかった。
これは俺に対する挑戦か?
ポケットから十得ナイフを取り出しておく。悪夢でも見てもらおうか。
「今、遙ちゃんとデートしている。今、遙ちゃんとデートしている」
大河の顔がにやけてくる。きっと夢の中で楽しいデート風景を見て楽しんでいるのだろう。
もしかしたらすでにホテルの中かもしれないが。
「向こうから未亜がやってきた。しかもかなりの形相で」
みるみる大河の顔が青くなっていった。期待を裏切ってくれなくて嬉しいよ。
「未亜がジャスティを構えて射ってきた。危ないぞ大河」
体がガクガクと震えている。自分でも想像してみた。
般若のような形相をした未亜がジャスティを構えていたら。
ガクガク、怖ぇ。
「お兄ちゃんのバカ!!」
ナイフを振り下ろし、大河が起きる事を考え少し離れる。
「未亜、すまん。ゆっ、許してくれ!! あれ?」
起きて、未亜の姿が見えないことに違和感を覚えて夢だと気が付いたみたいだ。
だが、枕の横に刺さっているナイフを見つけ大河の顔色が青を通り越して白くなっていった。
「当真、おはよう。やっと起きてくれましたか」
「あぁ、おはよう。なぁ、蛍火お前いつからそこにいたんだ?」
「当真が『未亜、すまん。ゆっ、許してくれ!!』っていうところからですよ」
真っ赤な法螺だ。そんな悪夢に導いたのは俺だからな。
「ファンタジーの世界に来ちまったけど、未亜がこんなファンタジーな能力に目覚めるなんて、そんな………」
呆然としている大河。いや、俺からしたら未亜は当然のこと、君もすでにファンタジーな存在だよ?
それにすでに召喚器なんていうかなり非科学的なもの出せるじゃないか。
俺もだが………、
「なぁ、蛍火。今俺の目の前にあるのは嘘だといってくれ! お前がしたつまらない嘘だって言ってくれ!!」
あー、完全に錯乱してるな。まぁ、この世界に来てまだ二日目だからな。
しかし、しっかり目の前にあるものを認識できていないのはダメだぞ? 大河。
今目の前にあるのがたとえ空想だとしてもその中で死んだら人は死んじまうぞ。人は本当に思い込みで死ぬからな。
「嘘じゃないですよ。当真」
また大河の顔が青くなっている。
面白すぎだ、大河。
「私得意の冗談です。悪夢にも私が導きましたから」
「蛍火、てめぇ。なんの恨みがあってやった」
こんな恐ろしいことを味わされたのだ。怒るよな、普通。
「人が起こしに来たっていうのに、気持ちよさそうに惰眠を貪りやがって」
声を静かに重くする。普段、笑っている奴ほどキレた時は恐ろしいらしいからな。そんな感じで声を出してみました。
大河としてもまさかこんな反応が返ってくると思わなかったのだろう。情けない顔しちゃってまあ。
「走り込みにいきますよ。とりあえずこれを食べながら森まで歩いていきましょう」
ナイフをしまいながら、手に持っているものを大河に手渡す。
「なんだこれ」
「カ○リーメイトです」
しかも、チョコレート味の、フルーツ味はどうも好きになれん。
「なぁ、蛍火」
カ○リーメイトを頬張りながら何か言ってくる。行儀わるいぞ。
「それ微妙に伏字になってないぞ」
少しばかり冷たい風が俺達の間に吹き抜けた。
まず、ストレッチを兼ねて学園の敷地内を一周。二分休憩の後ダッシュをインターバル二十秒で十本をこなす。
中国拳法でいう熊歩を行う。熊歩は腰をおとし、足をゆっくりと前に出して足の体重を乗せて移動する歩法だ。
重心を移動させてはならず、足腰を鍛えるのにかなり有効な歩き方だ。
その歩法でまた学園を一周。その後ダッシュを十本、インターバルは三十秒で。
そんな中ダッシュの途中でトレイターを大河は呼んだ。
はぁ、いったい何のためにこんな事をしていると思ってるんだ。
「当真、トレイターをしまってください」
「何でだ? 実戦に近い感覚で鍛えるんだったらこっちの方が手っ取り早いだろ」
たしかに、実戦を想定すればトレイターを持っていたほうが有効だ。そこまで考えていたとするならたいしたものだ。
だが、それなら一番最初から出すべきだ、今出したという事は単に疲れたからだろう。
「たしかに、実戦を想定すればその方が有効でしょう。しかし、今やっている事は基礎体力向上です。
これはある種実戦を想定した訓練ですが貴方が想像したものとは異なる想定の基にしています」
「あぁ? どういうことだ?」
「これはもし、当真がトレイターを失くした時のことを想定しての訓練です」
「どうしてそんなことする必要があるんだ? 召喚器っていうのは持ち主の魂の一部なんだから考えるだけ無駄だろ」
よく、覚えていたな。お兄さん吃驚だよ。
でも、お前はやっぱり最悪の未来を仮定できていない。
何も考えずに突っ走れるのはいいことだが普段から考える事を放棄するのは馬鹿のすることだ。
「例えば、当真のトレイターが折れたとしたら? 何らかの理由でトレイターを召喚できなくなったとしたら?
こんな事態は有り得ないかもしれないけど、決して可能性が零ではない事です。その状態で破滅が来たとしたら?
きっとその時までトレイターに頼っていたツケが来ます。そんな状況でもせめて逃げる事が出来るようにと思っての訓練です」
最終的にはそんな状態になったとしても戦って勝つ事ができるようになるのが望ましい。
救世主になるということは自身が退く事を許されないというのと同義だ。
「そっか、よく分かった。ワリィな、そこまで考えてもらって」
「考えるのは私の仕事です。貴方は自分の感じるままに突っ走ってくれればいい」
そう、自分が正しいと思うことを信じて走ればいい。ある程度の尻拭いは俺が、血に塗れるのは俺の役割だ。
最後に少々きつめのストレッチを行う。筋肉が柔軟になるとショックを受け流しやすく、怪我をしにくくなる。
戦う者にとって柔軟性というのは筋力よりも重要だからな。
「あら、大河君。朝からどうしたんですか? それにそちらの方は昨日あった」
ん? ベリオか。どうしたはこっちのほうだ。こんな朝早くからこんな場所にいるなんて。
そういえばここは教会の裏側だったな。朝から礼拝か、ご苦労なことだ。
例え祈ったとしても神になんぞ届きはしないのに、
「おう、委員長。今はトレーニングやってるんだ」
「へぇ、大河君にも救世主として自覚があったんですね」
心底感心しました。といった感じで嬉しがっている。大河にそんなものはない。
あるとすれば大きな欲望を叶えるための意志と未亜を守る意思だけだろう。
「えぇとあなたは何故ここに?」
ベリオがこちらを見ながら不思議そうにしている。
自己紹介はしてなかったからな。する必要が無いとも思っていたが、同じ屋根の下に住んでいるんだ。
これから寮の中で顔をあわせる事もあるから言っておいたほうがいいな。
「私は新城蛍火。気軽に下の名前で呼んでください」
「蛍火さんですか。私はベリオ・トロープです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、……そうそう。昨日から私も救世主候補の寮に住まわせてもらっているのでこれからご迷惑おかけするかもしれません。
その時はお手柔らかに、委員長さん」
えっ!? そんな事聞いてません。という顔をしている。
潔癖症だからなベリオは。男女七歳にして席を同じとせずとか間違った事を言うくらいだし。
正しくは布団を同じとせずだが。
それにしても委員長さんについては何もなしか? 無しなのか!?
「そんな。私は聞いてませんよ」
「私としても昨日この世界に呼ばれたばかりで住む所が無いんですよ。
最初は自分で住むところを探せと言われていたんですけど、当真が召喚器を手に入れたらそこに住めと。
文句なら学園長に言って下さい。大方、私も救世主に目覚めるかもしれないと考えているんでしょうね」
うん。思いっきり嘘です。すでに目覚めているしそれは表向きの理由だ。大河のサポートというのがそこに住む本当の理由だしな。
「学園長が。………分かりました。ですが学園長の言いつけだろうと貴方が風紀を乱すようなら許しません」
「そんな事しませんよ。せっかく住ませて頂いているんですからね」
それにそんな事できるはずが無い。何故なら俺は、誰にも触れる事が叶わない存在だからな。
人間という種として明らかな失敗作の俺にできるはずがない。
「貴方のその言葉、信じることにします」
その言葉は嬉しい限りで。でも眼は見つけたら追い出してやるといってるよ。
ベリオは大河に方を向き神妙な表情でこう聞いてきた。
「大河君に聞きたいことがあります。大切な人、例えば未亜さんと千人の囚人が人質にとられているとします。
どちらか一方しか助ける事が出来ません。大河君貴方ならどちらを助けますか?」
それは自らが迷っている答えを聞いているようにも取れる聞き方だった。確かその問いは昼休みにするはずだが俺が大河に朝練をさせたからズレてしまったか。
俺の存在が確実に歴史を歪ませているな。もう少し注意する必要があるか。
「そんなもの未亜を助けるに決まってる」
「なっ」
「って昨日を俺なら迷わず言ってただろうな。でも今はどちらかじゃなくて両方助ける」
迷い無く、それが出来ると、してみせるという意志を込めて宣言した。
覚悟を持ってくれたか。嬉しいね。
お前は突っ走ってくれ。どこまでも甘い幻想を抱いたまま。全ての人に幸福が訪れると信じて。
「未亜だけ助けたら世の中が黙っていない。恨みの声に未亜は耐え切れないからな、きっと。まぁ、蛍火の受け売りだけどな」
「そんな事、出来ると思っているんですか?」
言葉だけ聞けば、出来るはずがないと思っているように取れた。
しかし心では私は選べなかったのにどうしてそこまで確信もって言えるのだ?と聞いているようだった。
「きっと当真は出来ますよ。そのために今練習しているんですから。ねっ?」
その甘い、とんでもなく甘い幻想を貫く為に、
「おう」
大河がすでに覚悟を決めているのにベリオは気付いた。
全てを助ける、より多くを助けるというそれを理想にしているベリオにとっては最高の理想を大河が語ったんだ。
何も言う事はないだろう。
ベリオさんがこちらに向いてらっしゃいますが……、
こっちに矛先が向かないよね、冗談だよね?
「なら、蛍火さん。あなたはそうするんですか? 大河君と同じように両方助けると言うんですか」
あぁ、向いちゃったよ。しかし、俺にその問いは無意味だ。俺に大切な存在はいない。これからも作る予定はない。
大切なものほど失った反動が大きくなる。なら、失うものを何も持たなければいいと思ってしまったような奴だ。
前提条件が揃うはずがない。
それに俺はその時、人質など気にせず敵の殲滅を優先するだろう。まぁ、大河の前でこんなこと言えるはずが無い。適当に誤魔化すか。
「私は召喚器を持っていませんからね。もし、その状況に陥ったとしてもトロープさんや当真に縋るしか在りません」
「無責任ですね」
期待はずれだと、そして本当に無責任だと言外に告げていた。だが、大半の人々がその答えだ。
自らに力が無く大切な存在を人質に取られたとしても何も出来ない。神に祈り、救世主という架空の存在に縋るしか術を持たない。
「そうですね。だからといって何もしていない訳ではありません。
その状況で当真が私の大切な人と当真さんを助ける事ができるように鍛えているんですから。」
「その心算だったのか? せめて大切な人ぐらい守るって言えよ」
無理です。そんな心にも無い事を言いたくはない。
「では貴方が召喚器を持っていたとしたらどうします?」
やけに拘るね。いい加減無意味な質問をやめて欲しい。
「そんな有り得もしない仮定の話はやめませんか?」
「おいおい、蛍火も俺と同じように異世界から来たんだから有り得なくはないだろ。
有り得るかも知れない未来を考える必要があるって言ったのは蛍火だ。ちゃんと答えろよ。俺も気になるし」
やれやれ、少し気にしすぎだ。俺は他人に比べて気の長いほうだが無意味なものを問われ続けて頭にこない訳ではない。
「分かりました。答えますよ。当真は両方助ける。ベリオさん貴女は神職につく身ですから大勢を取ると答えるでしょう」
これは一般的な回答。
ベリオは救世主としての、大河は力有る者しか謳えないことを、そして昨夜の大河の答えは一人の人としての模範的な回答。
だが、異常である俺が模範解答など持っているわけなどない。いや、何も持たない者の一般的な回答でもあるか。
「ですが私は違います。どちらかに手を差し伸べるより早くその原因となった存在を殺します。その方が手っ取り早いですからね」
俺にはきっと助ける事は出来ない。俺は何かを壊す存在。何かを奪う存在。
そんな甘ったれた幻想を抱く事を許される存在では決して無い。
「そんな。貴方が敵を倒す前に人質に手を出されたらどうするんですか!?」
「人質に手を出されれば私はどうしようも無いでしょうね」
「助けを求める人を裏切るというんですか?」
それは叫弾。助けるべき人を捨てるのは許せないと。
裏切る? 失敬な、裏切りではない。一方的な思いを切り捨てる事は裏切りのはずが無い。
まぁ、救世主候補が人質に取られていたらそちらを取る。それが観護と交わした契約内容だからな。
本音はここまでで後は適当に誤魔化すか。
「裏切る心算はありません。だって、当真や当真さん、トロープさんがいますからね。貴方達が助けてくれるでしょうから」
「えっ?」
「私が召喚器を持っていたとしても私一人で行動する事はないでしょうから。この話は終わりにしましょう。そろそろ朝食の時間ですし」
腹減った。今日の朝飯なんだろ?
久々に何が出るか分からない食事を楽しむ事を考えながら食堂に向かった。
後ろから
「ズルイぞ、蛍火!!」
などと聞こえたが気にしない。
コンコン
「誰ですか?」
「新城です。今入ってもよろしいでしょうか」
「かまいません。どうぞ」
堅苦しいね。大学の面接を思い出すよ。あれだね。たしか座るのを進められるまで立ってなきゃいけないやつ。
「紅茶は、そういえば貴方は飲めないんでしたね」
その通り、できれば緑茶がいいね。落ち着くから。そういえばこの世界に緑茶ってあるのか? 珈琲はありそうだけど。
「いえ、いいです。そういえば珈琲はこの世界に有るんですか?」
「有りますがどうかしましたか?」
何を当たり前のことを聞いて来る様に、あいにくと俺はこの世界に着たばっかりでこの世界の常識というものを知らないのだから。
でもよかった、あったのか。あと他にも有るか聞かないと。
「学園長と同じですよ。私の嗜好品は珈琲なので」
「そうでしたか。王都のほうに珈琲の有名な喫茶店があると聞いています。今度行ってみてはどうですか?」
そいつは有り難い。是非行ってみたいね。サイフォン式なのか、ドリップ式なのか、それともネルドリップ式か。
あぁ楽しみだ。そうだ、後煙草も聞かないと。
「煙草ってあります? いえ、へービースモーカーなものでないとちょっと落ち着かなくて」
「有りますが、ここでは吸わないでください」
絶対にするなと眼で睨んでくる。こんなところでわざわざ吸うかよ。
俺はたしかにヘビースモーカーだが人に迷惑をかけてまで吸うような輩ではない。
「そんな事はしませんよ。では昨日の続きをしましょう」
「そうですね。貴方に頼まれた指導者ですが何とか見つかりました」
早いな。ここまで有能だったとは、明日にでも見つかれば良い方だと思っていたのに。
っていうか早すぎない?
「有り難うございます。では四日後から来て貰って構いませんか? 色々私にも都合がありますし」
というか本当は大河だが、今日と明日はブラックパピヨンで忙しくなるだろうからな。
「分かりました。では四日後のこの時間にまた来てください。その時紹介しますから」
「有難うございます。そうそう、もう一つ頼みたい事が有ったんですよ。
できれば食堂で働かせていただけませんか? これでも料理は得意なほうですから。それに何もしていないのは怪しまれますからね」
「たしかに、では早速今日からかまいませんか? 人がいて困る事はありませんから」
早っ。もう少し休ませてくれないの?
自分で言い出したこととはいえこんなに即決してくれるなんて。料理の中に砒素でも仕込んでやろうか?
「了解しました。給料、上乗せ頼みますよ」
大河たちよりもキツイ事するんだからそれ位でないと割に合わない。
唐突に学園長が机の中から……、
取り出したのはそろばん!? ここだけ日本文化ですか!?
「一月、これ位でどうでしょう」
そろばんには日本円だとしたらそこそこいいノートパソコンが買えるくらいか。
だが、物価が分からんから高いほうなのか安いほうなのか見当付かない。
一俵に換算してくれると分かりやすいんだが。そういえばここってジャポニカ米ってあるのか?
インディカ米しかなかったらいやだな。俺、料理は和食派だし、
「こっちの物価が分からないので、どうとも言えないんですが」
「そうでしたね。忘れてました。」
うっかりしてましたではすまんぞ。こっちは何も分からない迷子同然なんだからな。
「この世界の人の平均的収入です」
と、別のそろばんを弾いて見せてくれた。まぁ、まだいいほうか。
危険手当ぐらいつけて欲しいところだが贅沢は言ってられないか。ところでそろばんを幾つ持ってるんだ?
「了解しました。あぁ、それと明日買い物行きたいんですけど誰か案内役つけて貰えませんか?
何処に何があるのかまったく分からないので」
「そうですね。ではダリア先生を付けましょう。」
「本気ですか?」
ダリアと? 王家の諜報員と買い物ですか? 不都合すぎるぞ。せめてリリィにして欲しい。
あぁ、それは無理か。親バカだもんなこの人。
「何か不都合でも?」
学園長が不思議そうに聞いてくるが。
有りまくりです。それはもうこれ以上ないほどに、
「彼女は目に毒です。もし、案内役にするならもう少しまともな服装でお願いしたいです」
「てっきり喜ぶと思いましたが、大河君と違って紳士ですね。分かりました。ダリア先生にはそう言付けておきましょう」
これで話は終わりと打ち切ってしまった。あーあ、やっちまった。知らない事は罪だね。気付かれないようにしないとな。
「それでは、料理長のところに行きましょう」
「その前に今月分の給料前借させてください」
コックとしての給料は学園から出たが、裏の仕事は学園長のポケットマネーから出ることが判明した。どうでもいい事だが、
「今日からここで働く新城蛍火です。よろしくお願いします」
目の前にタコ入道がいる。でけぇ、二mはあるんじゃないか? 海坊主って呼んでいい?
「無理を言って悪いわね。料理長。こき使ってください。私はこれで失礼します」
あんたが言うの!?っていうか置いてかないで。そんなことされたらグレるよ? 学園の窓ガラス全部割っちゃうよ。聞けよオバハン。
うわっ、思いっきり睨んできやがった。出てくまで睨まれ続けたよ。
読心術の魔法でも持ってるのか?
「任せとけ、何処に出しても大丈夫なよう、みっちり扱いてやるからな」
豪快に笑い宣言した。よほど自信があるのだろう。扱かれるのは嫌だけど新しい料理を覚えられるのは嬉しいかな。
「はは、お手柔らかに頼みます」
「何だ。その情けない喋り方は。男ならもう少しかっこよく喋りやがれ」
話し方には突っ込むなよ、海坊主。こっちの方が何かと役に立つからわざわざこの喋り方してるっていうのに。
でもこの手の人間は何を言っても無駄だ。おとなしく言う事聞くしかねぇ。
「えぇっと、こんな感じでいいっすか? おやっさん」
「おっ、いいじゃねぇか。それにおやっさんか、響きがいいな。気に入ったぞ。これからずっとそう呼べ」
喜んでくれて何よりだ。これで三つ目か切り替えが難しいな。モノローグに混じんなきゃいいけど。
「よし、まずは何か料理を作ってみろ」
やれやれ、皿洗いでも良かったんだがさっそくか。まぁ料理長としては異世界の味が気になるんだろうな。
俺だって気になるぐらいだから。
「キッチン漁りますよ」
「元の位置に戻してくれりゃ、何してもかまわねぇ。存分にやれ」
その言葉受け取った。まずは調味料だな。俺は片っ端から味見していった。
ふむ、これはナンプラーに近いな。こっちはウスターソースか。オリーブ油もあるな。
トマトケチャップもある。赤に白、ロゼまである。バターとチーズもあるな。
うーん。完全に洋食の調味料ばっかだ。得意なのは和食なんだが。
食材はとどうかな。ふむ、形は同じだが味が違うとか言う異世界のベタはないらしい。俺としてはかなりありがたい。
ふむ、ここはスパゲティ・アーリオ・オリオ・ペペロンチーノの作るとしようか。それが一番腕を披露できるし。
ちなみに日本では略してペペロンチーノと呼ばれているパスタ料理だ。
パスタを沸騰した鍋に投入。時間は七分か、まぁ、そんなもんだよな。さてその間に他の事をしておこう。
ニンニクを潰して芯芽を取り除き。鷹の爪をちぎって中の種を取り除く。こうしないと辛すぎるんだよな。
冷たいフライパンに、ニンニク、唐辛子、オリーブオイルを入れて、フライパンを傾け、
弱火でじっくりと熱して香りと辛みをオリーブオイルに移す。
ふむ、ちょうどいいアルデンテに茹で上がった。少しの茹で汁と一緒にフライパンに入れ、よく振りながら、オイルソースと絡める。さて、出来上がり。
「出来ました。おやっさん」
「見栄えはいいじゃねぇか。味のほうは」
料理長が俺の料理を口に運ぶ。やべ、緊張してるよ。他人に料理を採点されるなんて久しぶりだしな。
それにプロに採点してもらった事なんぞ一度もない。
「うちで出せるほどの腕じゃねぇな」
やっぱりか。素人がどんなに褒めてもらってもしょせんは素人か。
「だが、この世界で始めて料理作ったにしちゃましなほうだ。
調味料の細かな味の違いと食材自体の味を見極め分量まで分かるようになったらギリギリ出せるくらいにはなるか。
これからようく見とけ。それと毎日練習しろ」
「ウッス。おやっさん」
こうして俺は食堂では下拵えを任された。出汁とかは任せてもらえなかったけど。いつかそれも任せてもらえるようにするぞ。
でも、これいつから料理の小説になったんだ? ここはファンタジーだろ?
後書き
さて、無事に第五話を立ち上げることが出来ました。しかし、主人公であるはずなのに蛍火がまったく活躍していない。
どういうことだと思う方もいると思いますがこの時点では蛍火は完全な裏方です。表に出ることなく話を進める存在です。
途中で料理長が出てきましたが原作と違います。
料理長は本来エセ中国人みたいなしゃべり方をしているのですがなんとなく変えてみました。特に意味はありません。
救世主選抜試験です。戦闘シーンの描写が上手くできるかどうかとても心配です。
では、次の第三話でお会いいたしたいと思います。