精神の奥底から浮上し、世界の色が戻っていく。
目の前に見えてくるのは凶爪を備えた狼。
先ほどまでなら俺は唯の獲物。
しかし、
狩人と獲物の立場は入れ替わった。
さぁ、狩りを始めようか………、
第四話 未来への布石
手には鞘の感触が在る。先刻触れた刀と同じ感触が伝わってくる。刀の使い方が頭の中に流れ込んでくる。
さぁ、準備万端だ。
刀を抜く暇は無い。鞘でワーウルフの爪を弾きそのまま距離をあける。
先程よりも敵の動きが遅く感じる。運動能力に補正が掛かったようだ。
居合いの構えをしてワーウルフが来るのを待ち構える。
来た。
刀を抜く。腕の振りが遅い。手首の動きが硬い。頭の中で思い描いているものには程遠かった。
成果はワーウルフの輪切りだが、まだまだだな。観護の切れ味のおかげか。
観護についた血は少なく、その少ない血も一振りすることで払うことができた。鞘に収め顔についた血を手で拭う。
これから、学園長と話をしようとしたところに思念波らしき物が入ってくる。
(あらぁ、ミュリエルったら随分と年とっちゃったわね。昔はあんなに可愛かったのに)
出てこれるの!? ていうか、これからシリアスシーンに入るから出てこないでくれよ。
(あぁ、でもまだまだ。結婚は可能ね)
聞こえていないらしい。精神世界じゃないから繋がりが薄くなるのか? 心の内に声を掛けるようにしてみる。
(これから交渉に入るんだ。喋らないでくれ。それと普段も何も用事が無いときは声を出そうとするなよ)
かなり怒気を込めて放ってみる。
(………分かったわ。そんな怒らないでよ)
通じたようだ。これから不安だな。
私生活では仕舞っておこう。ずっと誰かが見ているのは耐えられない。
まだ呆けている学園長に話しかける。
「学園長。帯剣の儀、無事終了しました」
「えぇ。まさか貴方まで召喚器を手に入れるなんて」
たしかに大河と同様にこれまでの常識の外の存在ではあるな。一番の常識の外にいるのは観護だが。
「それで重要な情報とは?」
忘れていなかったか。抜け目の無い。
まぁ、忘れていたとしても俺が話していただろうが。
「当真大河。彼が破滅を滅ぼすキーパーソンになります」
「なっ、そんな」
学園長の顔色は見て分かるぐらいに青くなっていた。驚きというより、後悔が出ていた。
動けなくしようとしていたからな。
常識を打ち破るのはいつだって非常識な存在だ。驚きにはできれば消してしまおうとした人物が重要な人物だと知ったからか。
「気にしないで下さい。貴方がしたことは間違ってはいない。正しくも在りませんが」
そう、この世に間違ったものなど無い。正しいものも無い。
正義なんて存在はせず、ただ価値観の違うもの同士が戦いあうのだから。
「それに当真は平和ボケしすぎています。これからも何かとあいつを消そうと奮闘してください」
「彼は重要な存在ではなかったのですか?」
理解できていないようだ。
たしかに大河は重要だ。だが今のままの大河では神と戦ったとしても確実に死んでしまう。
重要な存在だからこそ実戦で育て上げねばならない。
「それぐらいで死んでしまうようならそれまでの男だったと言う事。まぁ、死なないようにある程度は私が手助けしますが」
「……そうですか、分かりました。
ですが召喚器を手に入れたのですから、裏で隠れてするよりも救世主クラスに入った方が、楽に事を運べるのでは?」
確かにその方が楽だろう。だが俺は表に出るつもりは無い。静かに独りで暮らしたいからな。
救世主クラスなんかに入っちまったら不可能になる。
それに……歴史が変わってしまう。
学園長、驚きすぎで少し前のこともおぼえていないのか?
「いえ、あくまで裏方に徹します。その方が性に合いますから」
「そうですか」
残念そうにつぶやくだけ無理強いしてこなかった。
リリィの危険を減らしたいのだろう。親心だねぇ。
「代価のほうですが、欲しいものは当真の戦闘を指導してくれる存在を。
できれば剣以外でもある程度武器を扱える人を、それと私の住む場所を当真の近くにしてください。補助がしやすいですから。
最後に暗殺能力が高い人を私に紹介してください」
「始めの二つは分かりますが最後の要求に意味はあるのですか?」
「幾ら召喚器を扱う事ができても私は所詮素人に毛が生えた程度です。
戦い方を知っておいたほうがいいですから。それに戦闘に関しては斥候として補助にまわりたいですから」
先ほど、観護を振るってわかった事がある。
それは、俺が本当に素人に毛が生えた程度だと言うこと。
長時間の戦闘になれば俺は間違いなく、観護の記憶と俺の体で差異が起こり戦闘不能に陥る。
俺の体は戦闘用に鍛えられたわけではないからな。
それに………、もしかしたら召喚器が砕ける事も在りえる。召喚器が出せない状況が在るかも知れない。
そして、最悪なのが観護が俺を裏切るという事。その可能性が絶対に無いと言い切れない。
だから、未来に起こりえる仮定には対策を立てておかなければならない。その時になって俺は後悔したくはない。
力を得る為には世界を飛び越える事も考えないといけないか……、
「なるほど、情報はどのような状況でも必要ですからね。そこまでしていただけるなら、私付きの諜報員となりませんか?
その分のお給料は払いますから」
「いいですね、それ。後……汚れ仕事も引き受けますよ。
どの世界にも世界の危機が迫ろうとも自分の事しか考えない邪魔な存在は必ずいますからね」
どの世界にも利権と金を亡者の如く求めるものがいる。
そいつらは俺と大河たちが動くのに邪魔になるし、クレアが動くのにも邪魔になるだろうからな。
そして大河が神を倒して戻ってきた時に己の欲望のため消しにかかるかもしれない。
邪魔になる芽は早めに摘んでおかないとな。
「こちらとしては嬉しい限りですが」
自分の娘と同じくらいの子供に任せるのに罪の意識を感じているのだろう。
使えるもの全て使うぐらいの勢いでいかないとやっていけないぞ。
「貴女が気にやむ必要はありません。私が望んでやる事です」
「では、よろしくお願いします。それにしてもお金でも物でもないですが、ある種それよりも高価なものを要求されてしまいましたね」
「幸せな結末の代価なら安いですよ」
ハッピーエンドを確実に近い確立で買えるのならばどんな値段であっても安くなるはずだ。
「分かりました。手配しましょう」
「よろしくお願いします。随分と時間も経っていますし、今日はもう終わりにしましょうか。
給料の事とか色々とまだ話を付けなければなりませんが、それは明日にしましょう」
俺は学園長に背を向け闘技場を出て行こうとした。
「今日はどうするのですか?」
「野宿でもします」
簡潔に答える。そんなに寒くはないから死にはしないだろう。
「……蛍火君。救世主寮にで寝てください。恐らく大河君もそこにいるでしょうし、
今日から近くにいたほうが都合よくないですか?」
たしかに、それに召喚器を手に入れた大河に喝を一度入れておいた方がいいし。
「屋根裏部屋って幾つありますか?」
「二部屋あったはずですが」
なら、大河の横で暮らせるな。いろいろと好都合だ。
あぁ、でも大河のカエデやリリィとの十八歳未満立ち入り禁止なシーンを近くで聞くのか憂鬱だな、それは。
「そこにします。当真はそこに住んでいるはずですから、でも寮に入る理由はどうしますか?」
「大河君が召喚器を手に入れたのだから、あなたも手に入れるかもしれないので監視と言う名目にします」
「もうすでに持っているんですけどね」
「表に出る気は無いのでしょう? なら、木を隠すには森と言いますからね。そこに居たほうが好都合でしょう」
いたずらっぽい表情で学園長は告げてきた。
こんな表情も出来るんだな。後、リリィを守れるように俺を配置しているのか抜け目が無い。
まぁ、ダウニーとダリアの監視は付くだろうがそこは学園長が何とかしてくれるだろう。
今度こそ闘技場を出ようと思ったが、学園長に売っておいたら何かと便宜を図ってもらえるかもしれない。
そう思ったのといたずらが湧いたから情報を売っておこうと思った。
「学園長。二つ程、無償で情報を提供します。一つは貴女の娘は赤の主にも白の主にも選ばれません」
その言葉で学園長が安堵のため息を漏らしていた。親として娘がより危険な目にあわなくてすむことを嬉しく思うのだろう。
まぁ、甘い学園長の事だ。その後、他がそうなると思って憂鬱になるのだろうが。
「もう一つは、この救世主戦争の最中に貴女は旧友と再会するでしょう」
なんとなくこれは気まぐれで言った。どうなろうとその時俺が楽しめるようになればいいからな。
「それはいったいどういう事ですか!?」
かなり困惑している。すでに自分以外は死んでいて当然の年月が経過しているのだから。
「これ以上は別料金です。あぁ、後情報ではなく一人の人として忠告。時には信じたものを疑う事を覚えたほうがいいですよ。」
俺はそれだけいって闘技場を出て行った。後ろのほうから何か聞こえてきたが無視をして、
寮に行くまでに観護と色々話しておいた。その際、俺の話し方で爆笑された。
とりあえずこれ以後俺をからかわない事、普段から召喚しておかない事を伝えたときはかなり文句を言ってきたが逆召喚して黙らせた。
部屋に着き布団を叩いてかなりの量の埃が舞った。……換気の間、大河と少し話す事にしようか。
ノックを二度ほどして中の様子を伺う。
「誰だ、こんな夜中に。未亜か?」
「残念。当真の大切な人でなくて、申し訳ありませんね。
「確かに大切だけど妹だからだぞ?」
それだけだと言いたげだ。そんなに隠す必要があるのかね?
義理だと思い込んでいるんだから前面に出しても誰にもこの世界では文句言われないのに。
それに近親者に恋愛感情を持つ事は不思議ではない。
どの国の神話でも世界の始まりは近親婚から始まる。
現代、近親間で結婚できないのは生まれる子が奇形児になる可能性があるせいも在るがそれだけではない。
縛らなければ近親間で結ばれてしまって、種としての多様性を失うからだ。
人は自分に近しいものに愛情がわくからな。禁止するわけだ。
まぁ、蛇足だ。
「こんな夜中にどうしたんだ。蛍火?」
まだ、時間的にはまだ十時位だが電灯の無いアヴァターでは深夜と勘違いもするだろう。
「いえ、私も何故かこの寮で住むことになったのでその挨拶と、無事召喚器を呼び出せたことに祝辞を。遅ばせながら、おめでとう当真」
「おう、ありがとよ。俺が救世主になったんだ。破滅なんてイチコロだから安心しろよ。」
俺の差し出した右手を握り返しながら軽く言ってくれた。………無知は罪だな。
右手を握ったまま引き寄せ、左手で一撃大河の腹に入れる。
「グッ、・・・何しやがる!?」
「当真の幻想を打ち砕こうと思いましてね。何故今、避ける事も受け止める事もしなかったのですか?」
「急にやられたら、何もできるはずねぇだろ」
そのつもりでやったんだから当然だ。まぁ、避けたとしてもイチャモンはつけるがな。
手に鳥肌がたっている。拭うわけにはいかないな。
「戦場でそんな事いえると思いますか? 不意を付かれたから何もできずに死んでしまいますよ」
「ここは、戦場じゃねぇ」
「たしかに。ですが当真はいずれそこに身を投じる。今のような考え方ではいずれ、当真さんを失ってしまいますよ」
そう、その甘い考え方と過剰の信頼が未亜を傷つけける元となる。
最悪、大河自身が未亜を殺さなければならない結末を迎える可能性もある。それは避けさせたい。
「例えば、知能をもったモンスターが破滅の中にいたとします。それは人質をとって、その家族に救世主候補を殺して来いと言われます。
その人はこの学園まで来て、脅されている事を巧妙に隠して握手を求めます。当真さんは困った顔を浮かべながら応じるでしょう。
その時私と同じような事をしてナイフ持てば当真さんは確実に死ぬでしょう」
「可能性の話だ」
その考えが甘い。
甘すぎる。
「そう、可能性の話です。しかし、有り得ない可能性ではない。
では、次に当真さんと何処かの村人十人が人質に取られています。どちらか一方しか助ける事ができません。どうしますか?」
「そんなの、未亜に決まってる。俺は見ず知らずに人間よりも大切な人を取る」
言い切った。それ以外に選択する余地はないと。ある種清々しく、
明日ベリオが言う事を前借させてもらったがやはり同じ答えだったか。だがそれを選んだ後の事を少しでも考えた事があるか?
誰かを切り捨て誰かを助けると言う事の難しさを、
「当真ならそう言うと思っていました。ですが当真さん以外の人質にも大切な人がいます。
親が、夫が、妻が、子供が、恋人が、友人が。人質だった人を大切だと思っていた人たちは口々にこう言うでしょう。
親を、夫を、妻を、子供を、恋人を、友人を返せ。どうして助けてくれなかったの?
自分達を守る救世主なのに自分達の大切な人を守らず助けられるとはどういうことだ!!……とね」
自分が選んだ選択肢にその後の事が着いているとは考えもしなかったのだろう。
あくまでお話として考えその中で自分にとっての最善を選んだ。
しかし、現実はそんなに甘くは無い。この世界はどうしようもなく無慈悲で残酷なのだから。
「その怨嗟に耐えられますか? 当真さんはその声に耐え切れますか?」
「…………」
大河は完全に沈黙してしまった。しかし、ここで終わらせるつもりは無い。どん底まで行って貰う。
「さらに、破滅に賛同してしまう人も中にはいるでしょう。当真、貴方や当真さんは将来的に人を殺さなければ無くなるかもしれません」
大河の顔色が悪くなってきた。想像したのだろう。誰かを殺す瞬間の事を、その後さらに訪れる怨嗟を、
「知っていますか? こんな言葉を。
一人殺せば人殺し、十人殺せば殺人鬼、百人殺せば殺戮者、千人殺せば殲滅者、一万人殺せば英雄。
救世主とは人々の血と怨嗟を被って戦う存在。未来を切り開く輝かしい存在だけでは決してありはしない」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ? 人を殺す覚悟なんて無いし、そんなたくさんの怨みの声から未亜を守りきれる自信なんて無い」
すでに声にはいつもの傲岸不遜なまでの自信は無かった。ふむ、完全に堕ちてくれたか。次は叩き上げないと。
「強くなればいいんです。肉体的にも精神的にも。
どちらか一方しか助けられない状況でどちらも助けられるほど強く、
人を殺さなければならない状況でその人を殺すことなく屈服させる術を持てるほどに強く」
甘い幻想だ。現実はどちらかしか本当は選べない。だけど、大河にはこの甘い幻想を貫いて欲しい。
お前にはそんな後悔させたりなんかしない。それはおそらく観護との契約内容に含まれているだろうから。
「そんなもん。どうすればいいか分からねぇよ」
「そう思って、学園長に貴方を個人的に指導できる人を頼んでおきました。
この学園の学業と一緒にやれば必ず当真の選択肢を広げてくれるでしょう。
それに私は当真に期待しているんですよ? 貴方が破滅を完全に滅ぼす真の救世主になると、」
そんな優しい言葉が掛かってくるとは思っていなかったのだろう。きょとんとしていた。
「今までの救世主は全て女性でした。しかし、今回初めて男の当真が召喚器を手に入れた。
今まで不可能と思われていたことを可能とする人物は、既知の存在ではないもの。
もう一度言いましょう。私は貴方が真の救世主になると期待しています」
「俺が………そんなこと出来るのか?」
大河の顔にはまだ不安と未知の恐怖が見られる。
まだ不安が強いか。だが出来るのかではない。出来るのだし、成って貰わなければならない。
「今の当真では無理です。ですが今よりも力を付け、実戦を積んだ当真になら不可能ではないと思います」
「どうしてそこまでしてくれるんだ?」
元の世界ではあまりいいように扱われなかったからこの扱いに戸惑っている。
「私は当真と違って破滅が来ても震えている事しか出来ない矮小な存在です。当真に任せるより他ないですから……、
それに主人公を影から支える存在ってかっこよくないですか?」
「うむ、確かにかっこいいな」
「でしょう?」
「「ははははは」」
やっと立ち直ってくれたか。第一段階は終了か。
後は訓練で実力をつけて貰って、実戦で勘を、精神的なものはその都度俺が戒めればいいだろう。
「特訓でも修行でも何でも来い!!」
「講師を来るのはまだ決まっていません。それまでは基礎体力向上だけしか出来ませんから明日五時半に起こしにいきます。
反論は認めませんよ」
「分かったよ。ためになった。ありがとよ」
「お気になさらず」
大河の部屋を出て一息つく。はぁ、疲れた。一日目でこれか。先が思いやられるよ。
こうして波乱に満ちた一日が終わった。俺というイレギュラーが入ったこの世界がどのように変化するかそれだけが不安要素だ。
後書き
今回で蛍火はミュリエルの信用をある程度手に入れました。
しかし、ミュリエルは蛍火を完全に信頼していません。えぇ、信頼していません。
しかし、それでも賭けてみようと思ったんです。ミュリエルは蛍火に。
そして蛍火は蛍火で独自に大河と接触して、大河をどん底に叩き落した。
大河は少し最悪の予想を出来ていませんでした。
助けたからといってそれが必ずしもハッピーエンドには繋がらないということを大河は知らない。
だからこそ知らせる必要があると私は思いました。
では、次の話でお会いいたしましょう。
影で物事を進めていく策士的なポジションに。
美姫 「さてさて、一体どんな風に展開していくのかしら」
うーん、いきなりダウニーをさっくりというのは流石にないみたいだし。
美姫 「大まかには歴史を変動させないために、本編の流れに沿うんでしょうね」
だろうな。いやー、次回が楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。