第五話〜始動〜

 

 

薔薇の館では蓉子と聖がお茶を飲みながらくつろいでいた。

 

「どうしたの聖?なんか機嫌よさそうだけど」

 

今日の聖はいつもと様子が違う。開店前の店に並んで、欲しいものを買おうと今か今かと待っているかのようにウキウキしている。鼻歌でも歌いだしそうなくらいである。

 

「ん、ちょっとね。私の友達が今日臨時講師でここに来るんだ〜」

 

「今日?それはまた急な話ね。どんな人なの?」

 

「田中将太君っていう人なんだけど、この前ナンパから助けてもらって知り合った人」

 

「へぇ、なかなか素敵な出会いね」

 

「それで終わりと思ったんだけどねぇ。話が合ってつい話し込んじゃって、それでここに来ることがわかったの」

 

「フフッ、嬉しそうね聖」

 

「うん、まぁね。もっといろいろ話とかしたかったし」

 

「あら、本当にそれだけなの?」

 

蓉子は思っていたことを口にする。これだけウキウキしているのだ、友達が来るからという理由だけではないだろう。

 

「な、何言って・・・。はっ、蓉子ってば嫉妬・・・」

 

聖にしては珍しく狼狽する。軽口も苦し紛れの一言にしか聞こえない。

蓉子はその様子を見てこれは黒だなと一人納得した。

 

「はいはい、馬鹿なこと言ってないで、そろそろ時間よ」

 

蓉子はさらりと受け流すと話題を変える。

時計を見るともうもうすぐ集合時刻になろうとしていた。

流石に薔薇二人が遅刻するわけにはいかない。

 

「あ、ほんとだ。容子はどうするの?」

 

「私はこれを片付けてから行くわ」

 

蓉子は空のカップの持ち上げるしぐさをしながら言った。

 

「ん、わかった。それじゃ」

 

「ええ、また後で」

 

聖が出て行った後、蓉子はカップを洗いながら先ほどのことについて考えていた。

『田中将太』

聖にあそこまで人物とは、どんな人なのだろう。

聖の態度を見れば将太に好意らしきものを抱いているのは一目瞭然であるが、会ったばかりの聖をあそこまで信用させてしまう人物。

聖は心に壁を作っている。知らず知らずの内に他人と距離を置いてしまう。

そう、ある程度までは踏み込めるが、それ以上はやはり抵抗があるのだろう。

それでも何とか進んでくれた。時間は少しかかったけれど。

その聖に信用される人物か・・・。

確かに

 

「ちょっと妬けるかも、ね」

 

思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「さてと、私もそろそろ行きますか」

 

窓に眼を向けると外は清々しいほどの秋晴れである。

うん、今日もいい天気だ。

片付けを終えると、蓉子は急いで体育館へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「それでは本校の英語教師として来られた田中将太先生をご紹介します。先生は・・・」

 

ミサを終えた生徒たちを待っていたのは、理事長の話でも学年主任の小言でもなく、新任教師の紹介であった。

理事長は簡単な紹介を終えると将太に合図を送る。

将太は理事長に促され舞台に上がり、足付マイクの前に立つ。

さっと生徒を見渡し一呼吸置くと、用意していた挨拶の言葉を紡ぎだしていく。

 

「皆さん初めまして。田中将太です」

 

生徒を見回しながら話を進めていくうち、見覚えのある生徒が目に付いた。

 

聖ちゃんか。眼が笑っているけど、生憎ここでボケをかませるほどの人間じゃないんだよ。

支倉さん、目が輝いていますがここでは何もできません。後でいくらでも練習に付き合うから。

 

「・・・というわけで、ここに招かれたのも何かの縁だと思います。

まだこの学校のことがよくわからないのでいろいろ教えていただけたら幸いです。

 

挨拶もいよいよ終わりというところで再び視線を二人に移すが、予想通りの顔をしていた。

 

いやそんな露骨に残念そうな顔をしないでくれよ。もう終わるけど、だがしかし何も用意していない俺にとっては・・・、ってそうだ。

 

将太は舞台端にピアノがあったことを思い出し、あることを思いつく。

 

「これで挨拶を終わりますが、ここで皆さんとの出会いを記念して一曲弾きたいと思います」

 

周囲がざわめく。突然何を言っているんだこの人は、という顔の人もいる。

理事長も突然のことに困惑し将太に視線を向けるが、将太は心配ないと眼で返す。

その思いが伝わったのか、理事長は笑みを浮かべると聴く姿勢に入る。

 

さて、理事長の許可も出たことだし、弾かせてもらうかな。

 

将太は席に着くと姿勢を整え弾く状態に入る。

 

「それでは『Wild Stallion』、聴いてください」

 

 

 

 

 

 

「先程も先生がおっしゃっていたように、田中先生はこの学校に関しては不慣れですので、

早く慣れていただくために山百合会の副顧問として学校行事を手伝っていただく予定です。

また、担当クラスについては追って連絡します。」

 

将太の演奏終了後、理事長が補足事項を言い終え朝礼は解散となった。

生徒たちが退場し終えると、将太は理事長である百川聖子のところへと向かった。

 

「勝手な振る舞い、すみませんでした」

 

そんな将太に百川は笑みを浮かべる。

 

「いえ、素晴らしい演奏でしたし、生徒たちも満足していると思いますよ。

それにしても随分と芸達者ですのね」

 

彼女は思っていた疑問を口にする。将太は何でもないことの様に受け答えする。

 

「ええ、まぁ。こういう仕事柄、いろいろ出来たほうが何かと都合がいいんですよ。

そのために小さいころから様々な訓練を受けるわけです」

 

「すみません、余計なことを聞いたようね。」

 

将太の『小さなころから』という言葉に反応したのか、百川はすまなさそうな顔をする。

 

「いいえ、かまいませんよ。別にこの仕事は嫌々やっているわけではないですし。

それに同情するのはナシです。そんなものはいりませんよ」

 

「そうね。それはあなたに対して失礼だわ」

 

「わかってもらえてなによりです」

 

話はこれまでとばかりに将太は背を向ける。

桃川はその背に質問をぶつける。

 

「一つだけ、よろしいでしょうか?」

 

「はい、何です?」

 

将太はその場で立ち止まった。だが振り返る気配はない。

それを悟ってか百川は話を続ける。

 

「もし、あなたが向こう側の依頼を頼まれていたら、その依頼を受けますか?」

 

なるほど、そうきたか。

その問いに将太はYesNoで答えるつもりはなかった。

 

「僕らは依頼をこなすだけです。ターゲットを殺すのに何の躊躇もない。

そう、人が生きるために動物を殺すのに対し、僕らは人を殺す、それだけです」

 

その言葉を百川はどう受け取ったのだろうか。

数秒の沈黙の後、百川は笑みを浮かべた。

 

「そうですか、わかりました。では、あの娘たちをどうかお願いします」

 

その言葉に「はい」と答え、将太は体育館を後にした。

 

 





何とか無事(?)に赴任〜。
美姫 「さてさて、これからどう進んでいくのかしらね〜」
いやー、本当にどんな展開が待っているのかな。
美姫 「次回以降もお待ちしてますね」
待ってます。



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