『ノエルのプロ試験』




「ノエル〜」
 ある夏の昼下がり。
 いつも通り庭で猫の餌を上げていたノエルは主人である月村忍が呼んだのを聞いて、立ち上がった。体内にセットされた永久時計は今二時を指している。午後三時の御茶会には少々早い時間だ。とりあえずそんな疑問は置いておいて、猫達に別れを告げると早足で邸内に戻った。声の大きさから忍は自室にいるようだ。すぐに玄関前にある階段を上がり、二階奥の部屋前に移動した。
 二度ノックし、どうぞ〜という返事が返ってくるのを待って、失礼しますと頭を下げて入室し、戻った顔が部屋の惨状を見て唖然としてしまった。
「あの……お嬢様?」
「ん? 何?」
「この部屋は一体……?」
 そう言って見回した室内は、至るところに囲碁版が転がり、碁石が散乱している。そしてそれぞれを埋める様に囲碁の参考書や定石の書かれた本が散らばっていた。
「ん〜……ちょっと疲れたかな?」
 ぐぐぅっと瀬筋を伸ばして溜まった息を吐き出した忍は、長時間同じ格好だったのだろう。凝り固まった肩と腰をトントンと小さく叩きながら膝丈まであるアメリカンサイズのTシャツ一枚という姿でベットから降りてきた。
「えっと……何をされていたんですか?」
「囲碁」
 それは誰でも見ればわかるだろう。
 しかし、何故、今頃になって囲碁なのか? という疑問が残り、再度ノエルは首を傾げた。確かにここ一年ほどは綺堂さくらや高町なのは、恭也のすすめと指導で近隣では負けなしの囲碁の腕を誇るようになったが、今の今まで忍が囲碁に興味を持つ事などなかった。いつも恭也が遊びに来れば囲碁を差し、高町家に向かえば囲碁を差す。所謂趣味の一環として、忍も碁会所に付き合ってくれた事もあったが、何処か退屈そうだった。そんな彼女が率先して部屋中を碁盤だらけにするなどノエルには自分の目で見ても信じられなかった。
「それはわかりましたが、どうして突然?」
「あ、そうそう。それなんだけどさ。ノエル、囲碁のプロ試験受けない?」
「は?」
 さ〜御茶でもしよ〜と言いながら、ノエルの隣を擦り抜けていく忍についていく事もせず、ただ呆然としてしまっていた。

「ああ、進めたのは俺だ」
 すでに顔馴染みになった海鳴駅前碁会所のマスターは、珍しく一人で碁会所を訪れたノエルの質問に、人懐っこい笑顔で答えた。
 つまりはこういう事だ。
 翠屋のアルバイトを終えた忍は、帰り道駅前デパートへ寄ろうと歩いていた時、マスターにばったり会い、最近のノエルの話や少しでもノエルの相手が出きればと囲碁の基本を教わりながら歩いてて、ふとマスターが話を切り出した。
『そう言えばノエルちゃんはプロにならないのかい?』
 最初は忍もまさかと考えていたが、話をしているうちに彼女の悪戯心がむくむくと起き上がったらしい。
 小さく溜息をついて、その後の忍が何を考えているのか容易に想像ができてしまった。
「で、ノエルちゃんはプロになるのかい?」
「いえ、私は……」
「忍ちゃんはもう書類送ったって言ってたぞ?」
「あ、ああ、そうですか……」
 さすがに手が早い……とは口が裂けても言えなかったが再度小さな溜息をつくのが精一杯だった。
 その帰り道、一時間程度碁を打ったノエルは、駅前で本日の夕食で作る予定のパエリアの材料を購入した彼女は、車を停めているパーキングエリアに向かおうとして、ふと道に広がっている露天を覗きこんでいるリスティを見かけた。と、同じく彼女も荷物を抱えているノエルに気がついた。
 小さく片手を上げて挨拶をしてくるリスティに、ノエルも頭を下げた。
「よ。夕食の買い物かい?」
「はい。スペイン料理を作ろうかと思いまして」
「そっか。いいな。偶にはスペイン料理も食べたいな……。と、そうだ」
 胸ポケットから煙草を取り出して、腰のポケットからライターを取り出すと、火をつけてゆっくりと煙を吸いこむと、徐に口を開いた。
「ノエル、囲碁のプロになるんだって?」
 ぼて。
 思わず手から買い物袋落としてしまった。
 慌てて拾い直すノエルに、こちらも普段はみない御間抜けな姿を目の当たりにしたリスティも目をぱちくりとさせた。
「おやおや。ノエルがそんな顔をするなんて珍しい」
 どうやら赤くもなっているらしい頬を隠そうとするが、荷物で一杯のためできずに隠すように野菜の陰に僅かに顔を隠した。
「あの、どこでその事を?」
「ん? あそこ」
 かったるそうに駅前の一角を指差すので、つられるように視線を動かして……再度、ぼて。と荷物を落とした。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 海鳴地方最強の棋士、ノエル=綺堂=エーアリヒカイトがとうとうプロ試験に挑む!」
「何をやっているんですか! お嬢様!」
「おお! ノエルが叫んでる」
 いや驚く所が違うし。
 とにかく、駅前のバスターミナルへと繋がる小さな広場で、一片三メートルはあろうかというにノエルの囲碁を打つ姿のパネルの前で、ノエルFIGHTと刺繍された鉢巻をつけて某大阪を拠点とする虎がシンボルの球団を応援する根っからのファンの如く格好をした忍が、メガホン片手に号外を撒き散らしていた。
「お〜! ノエル〜!」
「一体何をされてるんですか」
「何ってノエルの応援」
「受けるなんて一言も言ってませんけど……」
「おお! 本物だ! 頑張れよ! ねえちゃん!」
「すっごい。美人さんだ〜! あんな人が囲碁打つんだ〜」
「ノエルおねえちゃん頑張って〜!」
「…………」
「すでに逃げられないわね〜」
 もう絶対確信犯だったよ。と、後にリスティに言わせるほどに見事に悪魔の羽と尻尾を振りながら笑みを浮かべる忍に、ノエルはアンドロイドながらどっと疲労を感じてしまった。
「何でこんな大げさな事を?」
 もう一切を疲れたように項垂れるノエルの質問に、忍は今度は幼く見える満面の笑みを浮かべた。
「折角趣味を持ったんだから、姉を思う妹としてはもっと楽しんでもらいたいのよ」
「え?」
「最近、自分とまともに打てる人いないって言ってたでしょ? だから、プロになればもっと打てるよ」
「お嬢様……」
「週に一度、日本棋院に行って打ってくるだけだし、そんなに忙しくないからね」
「でも、私は……」
「私は、最近の囲碁の勉強している時のノエル、好きだな」
 そんな笑顔を見せられては、私は断れません。
 元々ノエルは屋敷の地下で眠っていた壊れたアンドロイドだった。それを修理して目覚めさせたのは忍だ。初めて会ってから今までもこれからも、彼女は忍のために生きる。そう機械の心に誓ったのだ。
「私、精一杯頑張りますね」
「うん!」

 これより半年の後、囲碁界に新星のように現れた女流棋士が名人の位に挑むように強くなるのは、まだ先の話である

                             <続く〜訳ないっす!>




浩さん、美姫さん、ホームページ1000000HITおめでとうございます〜!
夕凪「こんなつまらない上に、破綻したSSですが、情けない璃斗さんのSSなので笑って許してやってください」
……泣いていい?
夕凪「うざいからダメ」
シクシクシクシクシクシクシクシク。
夕凪「それはともかく、色々と聞きたい事があるんだけど」
何?
夕凪「まず第一に、何で囲碁?」
ああ、これはとらいあんぐるハートサウンドステージX2に集録されているラジオドラマの後日談として考えたんだよ。
夕凪「へ〜。ノエルさんって囲碁が趣味なんだ」
本当はガーデニングとかだったらしいけどね。本編の通り、さくらとなのはちゃんが説得しました。
夕凪「なるほど。で、次は、アンドロイドなのに囲碁でプロっていうのは反則じゃない?」これも大丈夫。色々ゲームとラジオドラマを総合した結果、彼女はニューロンコンピュータよりのバイオコンピュータだというのがわかったから。
夕凪「ニューロ……何?」
ニューロンコンピュータ。つまり、人間の神経組織と情報伝達を真似たコンピュータの事ね。
夕凪「それがどう関係するの?」
うん。少し難しいんだけど、例えばAからBへ向かうとするじゃない? その時にバイオコンピュータはあくまで最短コースだけを選択するんだけど、ニューロンコンピュータは他にも幾重にも行き方を表示するんだ。
夕凪「だったらバイオコンピュータのがいいじゃない」
見た目はね。でも、これが仮にカーナビだとするじゃない。すると、バイオコンピュータは周囲の状況や乗っている人の事を考えずに一つしか提示しないから、使う人があわせなくちゃいけない。でもニューロンコンピュータだと、周囲の状況を把握して、使用者の状態を考慮した上で、コースを提示してくれるんだ。
夕凪「あ、わかった。ノエルさんは感情の起伏は乏しいけど、ない訳じゃない。それはバイオコンピュータじゃ有り得ないわけか」
それに、そんな無感情のものを忍もあそこまで必死にならないでしょ? 長く使っていた道具が壊れて直すのに泣かないけど、ノエルさんを直す時には必死になってたからね。
夕凪「うん。ちょっとオチが弱いけど、ま、そういう事なら今回は制裁なしで」
あ、ありがとう……(単純にノエルに普段以外の御茶目な行動をさせたかったなんてばれたら……)
夕凪「なに?」
何でもないです! そそれではまた〜



記念SS、ありがと〜〜〜。
美姫 「ございます」
いやー、こうやって見ると本当に100万ヒット達成したんだな〜。
美姫 「浩がへっぽこなのは相変わらずだけれどね」
…ま、まあまあ。
美姫 「夜上さん、面白いSSを本当にありがとうございました」
ました!
美姫 「これからも頑張らせますので」
おーい。
美姫 「夜上さんも頑張って下さい!」
……しくしく。
美姫 「それでは」



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