深紅の堕天使
第一話 〜は? 無期限休暇?〜
香港国際警防隊。
中国香港にある世界でも有数な警備組織の一つ。
だが、他の警備組織とは一線異なる部分がある。
それは「実力主義」であるという事。
実力さえあれば元犯罪者だろうが、元テロ組織の一員だろうが、改心さえすれば誰でも入れる。
「法を守るために法を破る」。矛盾した理念を持つ最強にして最凶の警備組織。
それが此処、香港国際警防隊なのだ。
あたし――御破 要はここに所属している。
正確にはここの「特殊戦技課」という部署に所属している。
まあ、簡単に言えば主に単独でのボディーガードや組織殲滅を目的にした部署。
とでも思ってくれればいいかな。
実際あたしにはこれでもか!ってぐらいに合ってる部署だったりする。
あたしにというより、あたしの剣…「御神流」に合ってるのかな……
まあ、その話は置いといて。
今、あたしが何してるかというと、実はここの分隊長、
樺一号こと陣内啓吾さんからの呼び出しをくらって、今、彼の事務室にいる。
「要さん、今回の摘発ご苦労様でした」
「いえ、他の隊員の助力があってこそです」
「いえいえ、他の課の隊員もあなたがいるから安心できるといっています」
「そ、そう言ってもらえると…」
少し頬を赤くしてしまうあたし。
実を言うと褒められる事にあまり慣れてない。
以前の家の時もそうだったけど、ここ数年褒められた事がなかったから…
「いまではもう第一線の隊員ですからね、あなたは」
「陣内隊長だってそうです」
あたしの言葉に陣内さんは少し笑うと真剣な面差しであたしを見る。
どうやら本題に入るようだ。
「そんなあなたには申し訳ありませんが、
あなたには無期限休暇を与えます」
「は? 無期限休暇?」
どゆこと?
「実はですね、最近裏であなたの噂が目立ってきているんですよ。
入隊から1年で早くも前線、そしてここ2年余りのめざましい活躍。
その結果、あなたは「深紅の堕天使」と呼ばれているのです」
納得いった…。
つまり今のあたしは犯罪組織のブラックリストのトップか。
「つまり、ほとぼりが冷めるまで仕事するな……と」
「戦力ダウンが痛いですけどね」
苦々しく言っているが、笑顔。
何考えてんだこの人…。
「それで、あたしにこれからどうしろと…?」
「とりあえず、一般市民と変わらない生活をしてもらいます」
「という事は住居が必要ですね…」
はて困った…。
あたしが生家はテロで吹っ飛んでるし…。
「住居の事でしたら心配要りませんよ」
「はい?」
心配要らないって…。
「実はですね、以前私が管理人を勤めた事がある寮がありましてね。
今年の春から風ヶ丘学園という高校に通ってもらいます。」
え? 高校?
「陣内隊長? いつそんな話が出てきたんですか?」
「今回の任務の少し前からです。
高校のことも含めて、既に根回しはしてありますので。
今年から新入生ですよ」
そういって笑顔を見せる陣内隊長。
こ、この人は……。
義父さんに負けないくらいの食わせ者だな……。
一度ため息をついて、
「わかりました。 しばらくの間、普通の生活をおくらせてもらいます」
「ええ、そうしてください」
そして、陣内隊長から詳しい資料が渡される。
「それでは、準備がありますので」
そういって出ようとすると、陣内隊長に呼び止められた。
「実は向こうに私の娘が居るのですが、彼女に私のことは…」
「わかっています」
普通の人間が裏世界の人間に関わると間違いなく巻き込まれる。
ましてやあたしがいた家「不破」と「御神」に関わると確実に「奴ら」に狙われる。
だからこそ、あたしは「不破」の名を半分捨てたのだから。
陣内隊長の部屋から出たあたしは自分の部屋に戻り出立の準備をする。
そんな中で、あたしは二振りの小太刀を手にする。
不破家の伝承刀にして霊力刀「逆鱗」。
不破家の誰一人、あの義父さんですら使う事のできなかった刀。
一度逆鱗をベッドに置くと自分の上半身の上着を脱いでいく。
服を脱ぐとあたしは少し背中に力を入れる。
そして、出てきたのは鴉を思わせる漆黒の翼。
そして腰まで長く伸ばした自分の紅い髪をいじる。
血のように紅い髪と漆黒の翼を持つ剣士。
「深紅の堕天使」とは其処からきているらしい。
しかし、まさか無期限休暇を貰うほど有名になってたなんてね…。
一昔前の頃はてんで思わなかったんだけどなぁ……。
翼をしまうとまた服を着て準備を再開する。
あたしの本当の名は「不破 要」。
といってもあたしは養子なんだ。
義理の両親「不破 士郎」と「不破 夏織」が旅から戻る途中の山の中で
まだ赤ん坊だったあたしを見つけたらしい。
その日からあたしは不破の子になった。
美影さんや静馬さんから聞いたんだけど、
養父さんも養母さんもあれから少ししたら、あたしを置いてまた旅に出たそうだ。
……今にして思えば、義理とはいえ親としての自覚と責任感がないんか、あの人たちは。
その後、三年して養父さんたちの間に子供が出来た。
その子の名前は「恭也」。
といっても、養母さんは恭也を養父さんに預け、
養父さんの貯金や預金やら養育費を除いた有り金調度品全部持ってどっかいったそうだ。
それから誰一人として養母さんを見た者はいないという。
そしてあたしはその年から御神流を習い始めた。
恭也は三年後から。姉弟揃って三歳から剣を振るっているわけだ。
恭也は表の方だったけど、あたしは美影さんや一臣さんから裏の方を教えてもらった。
その後あたしは恭也と一緒に養父さんについて行って日本中を渡り歩いた。
時にはイギリスとか海外に出た事もある。
養父さんの尻拭いが多かったけど、それでも楽しかった日々は
突然、終わりを告げた。
『テロ組織による結婚式場爆破事件』
五年前、そう新聞に載せられたこの事件は三ヶ月もせずに人々から忘れられた。
この日は一族から愛された女性、あたしにとっても、恭也にとっても姉代わり、母代わりの女性、
御神家の長女「御神 琴絵」さんの結婚式だった。
その会場には御神、不破両家の殆どの人が集まっていた。
そして爆破。
いくら最強の名を冠する御神でも不意の爆破に勝てる訳がない。
その場に居た一族全員が死んだ。
無事だったのはその時青森から帰る金がなく、祝電を送っただけの養父さんと恭也。
美由希ちゃんが熱を出したために病院へ行っていた美沙斗さん。
そして、「逆鱗」のことで京都にある「神咲楓月流」に寄っていたあたしの五人だけだった。
その後四人は音信不通になり、あたしは神咲のツテを使い、僅か十歳の若さで香港国際警防隊に入隊した。
そのときには既に姓を「不破」から両家から一文字ずつとって「御破」に変えていた。
その後少しして、あたしと同じ二刀の剣士による暗殺が始まった。
その剣士を目にした時は驚いたなぁ…。
その剣士はなんと、あの美沙斗さんだったのだ。
あたしは最初、美沙斗さんも美由希ちゃんもあのテロに巻き込まれたのかと思っていたけど、無事だったのだ。
養父さんと恭也は間違いなく無事だとわかっていた。あの義父さんだからね。
美沙斗さんが無事なのは良かったけど、あの人は復讐心に燃えていた。
そりゃあ、あんな形で家族を殺されたら誰でもそうなるだろうね。
あたしだって、復讐のために警防隊に入ったようなものだから。
対して、美沙斗さんはあえて裏側の道を通っていた。
あたしは急ぎ過ぎだと言ったけど、全く耳を貸してくれなかった。
結局和解は得られず、戦うことになってしまった。
結果は惨敗。
技量の差もあったけど、あたしに「彼女を殺したくない」という思いが知らず知らずのうちに自分を弱くしてしまった。
死にはしなかったけど、その時に受けた傷が元でしばらく仕事に就くことが出来なかった。
その間勉学を励み、動けるようになったらリハビリを兼ねた鍛錬。
それが半年近く続いた。
その中であたしは得意技だった「御神不破流・奥義の伍・花菱」を昇華した技、
「奥義の伍改・散華」を編み出した。
あたしはこの技を基準にさらに自分を高めていった。
そして入隊から僅か一年という異例の速さで、第一線を張れるまでになり、今に至る。
コンコン
しばらくして出立の準備が整って、資料に目を通しているとドアがノックされる。
「はーい」
「要、俺だが今大丈夫か?」
およ?この声は…
「アルト?」
「ああ、いいか?」
「うん、大丈夫だよ」
入ってきたのはあたしと同い年の銀色の髪の少年だった。
アルテリス・ヴァングリフ。愛称はアルト。
陣内隊長が指揮する部隊に所属しているエージェント。
そして高機能性遺伝子障害病、通称「HGS」の患者でもある。
「呼び出しを受けたみたいだが、何かあったのか?」
「大した事じゃないよ。頑張りすぎで休暇貰っただけだから」
なるほど、と頷くアルト。
「ここ最近の出来をみるとな。犯罪者どもが恐れるのもわかる」
「そんなに凄まじかった?」
「ああ、あれは既に『剣鬼』だ」
「『剣鬼』……ね。ある意味褒め言葉だね」
といっても殆ど殺しちゃいないけど。
「そんな訳だから、しばらくの間、こっちの方は任せたよ、『魔弾(デモン・バレット)』」
そういって右手を軽く握りアルトにかざす。
「ああ、任された、『黒翼(ブラック・ウイング)』」
アルトも握り拳をつくり、あたしの拳に合わせた。
翌日、あたしは日本、海鳴の地に立った。
時代は流れて、警防隊になっているとは。
美姫 「でも、暫くは休暇みたいね」
そして、その行き先は海鳴!
美姫 「一体、これからどんな出来事が待っているのかしら」
勿論、恭也や美由希との再会もあるんだろうな〜。
美姫 「さてさて、次はどんなお話なのかしらね〜」