魔法少女リリカルなのはA’SIF
第三話 〜一時の平和〜
〜12月2日夜 海鳴市堺町 伊吹家〜
「ただいま」
「お帰りなさい、楓斗」
「おお、帰ったか」
女性の声の後、楓斗にとってこの時間では聞かない声がした。
「父さん? 珍しいな、こんな時間に帰ってくるなんて」
「ああ、大学のほうが一応一段落したからな。これからは数日間早く帰ってこれる」
「それじゃあ、久しぶりの一家団欒になるんだね」
父の言葉に楓斗は少し嬉しそうな表情をする。
伊吹吾郎。
海鳴大学の考古学部で教鞭を執り、時には有名大学の名誉教授と共に遺跡の発掘調査を行うこともある。
そのため、帰ってくることも少なく、一家団欒は半年に一週間はあるかないかといったところなのだ。
それでも帰ってくれば新しく発見したことを話してくれる父のことを楓斗は好いている。
そこへ母がキッチンから楓斗に声をかける。
「楓斗、もうすぐご飯ができるから、少しの間これお願いできる?」
そういって差し出されたのは一枚のフロッピーディスク。それを見て楓斗はげんなりとした表情を見せる。
「ちょっと待ってよ。まだ昨日の分も終わってないのに……」
「とかいって。本当はほとんど終わっているんでしょ」
「それはそうだけど……」
断っても断りきれないのは経験則。諦めてフロッピーを受け取る。
ディスクの中身は見なくてもわかる。現在母が翻訳している書籍の原文の一部だ。
ちなみに原文はフランス語である。
「何k?」
「12k。これで最後よ」
「そっか。明日には渡すから」
「そう。それじゃ、お願いね」
そう言って母はキッチンに戻っていく。
「父さんもする? 少しはレクチャーを受けてるんでしょ、フランス語」
「簡単な会話ができるだけだ。ほとんど役に立たないぞ」
「むしろすることがないぞ」という父に楓斗は苦笑するしかなかった。
実際翻訳するとはいっても半年で作り上げた自作の翻訳ソフトを使っているのでそれほど手間がかからない。
手を入れることもあるにはあるが、せいぜいソフトでは解析しきれないものだったり、元となった辞書とは若干異なっているものだったりで、別の辞書を引けば容易にわかることなのだ。
〜伊吹家二階 楓斗の部屋〜
自室に戻った楓斗はジャケットを脱いでハンガーにかける。
そして両親の影響でほとんどが神話や童話で埋まっている本棚から図書館で借りてきた辞書を取り出す。
「ユミル」
自分以外誰もいない部屋に声をかけると、ベッドの上の空間に一冊の分厚い本が現れる。
表紙にはトリネコの木を連想させる変形した木が描かれていた。
「なのはが使う魔法のプログラムデータ、蒐集しておいてくれ」
楓斗はその本に向けて首に掛けていた黒い十字架を投げつける。
十字架が書の前で滞空すると、十字架と書の下に小型の魔方陣が浮かび上がる。
十字架には三角形の頂点に円がついた魔方陣が、書には六紡星の魔方陣が浮かび上がり、回路のような線で繋がった。
〈主、危ないじゃないですか!〉
本からの怒声を聞き流し、楓斗は勉強机の隣の机に設置してあるデスクトップパソコンの電源を入れる。
辞書を開きつつ完全に起動したことを確認して、フロッピーを投入口に差込み、翻訳ソフトを起動させ、作業に移るのであった。
〜12月3日昼 海鳴商店街 洋風喫茶翠屋〜
翠屋にはリンディが高町家の近所に引っ越した挨拶をしていた。
そこでフェイトが小学生という事でどの学校に通うかという話になったところで、なのはたちが店に入ってくる。
「あの、リンディてい…リンディさん」
「提督」と呼ぼうとしてすぐに言い直したフェイトは困惑した顔でアレックスが持ってきた包を見せる。
「あの、これ、これって……」
その中に入っていたのは、なのは達と同じ聖祥小学校の制服だった。
「転校手続き、しておいたわよ。週明けからなのはさんのクラスメートね」
「聖祥小学校ですか。あそこはいい学校ですよ。な、なのは」
「うん♪」
父士郎の言葉に頷くなのは。
「良かったわね、フェイトちゃん」
「えと、はい……」
桃子の言葉にフェイトは恥かしそうに顔を赤くして包を抱きしめる。
「ありがとう…ございます」
そう言ったとき、来客のカウベルがなった。
「こんにちは」
入ってきたのは青のジーンズと白い上着に黒のジャケットを羽織った楓斗だった。
「あ、楓斗君」
「や、久しぶり」
「ああ、すずか。こんにちは。アリサも一ヶ月振りになるか」
「うん。ハロウィンパーティ以来ね」
有名な考古学者の影に隠れていて世界的にはあまり名が知られていないのだが、それでも海鳴大の教授としての吾郎の名を知っている人は少なからずいる。
アリサの父デビット・バニングスもその一人で、アリサ自身との縁もあってパーティの時に呼ばれることも多い。
「彼女は?」
楓斗は自分を見ているフェイトの方をみる。
フェイトはその時、楓斗の眼光が僅かに鋭くなったような気がしたが、ほんの一瞬だったので気のせいだと思った。
構わずなのははフェイトを楓斗に紹介する。
「この子はフェイトちゃん。5日から同じ学校に通うんだ」
「フェイト・テスタロッサです。…よろしく」
「伊吹楓斗だ。なのはたちの隣のクラスにいる。こちらこそよろしくな」
楓斗から差し出された手をフェイトは緊張しながら手を取って握手を交わす。
手を離すと楓斗は持ち帰りでシュークリームを注文する。
(まさか彼女がなのはの友人とはな。確かに納得だ。しかもリンディ・ハラオウンまでいるとはな)
昨夜のことを思い出しながら横目で士郎と会話しているリンディを見てそう考える。
そのようなことをおくびに出さず楓斗はなのはたちと少し話した後、品を受け取って翠屋を出て行った。
〜八神家〜
翠屋を出た楓斗は途中で和菓子の名店『まめや』で名物の大福を購入し、八神家を訪れる。
インターホンを押してしばらくするとスピーカーから声が聞こえてきた。
〈はい。どちらさまでしょうか〉
「ヴィータ、俺だ。楓斗」
〈楓斗?〉
玄関のドアが開くと「何の用だ」と言いたそうなのがわかるほど不機嫌そうな顔をしているヴィータが出てくる。
そんなヴィータに内心苦笑しながら両手から下げた袋と箱を見せる。
「ほら、翠屋のシュークリームとまめやの豆大福」
「マジで!? ありがとよ、楓斗!」
ヴィータは先程の不機嫌からうってかわって笑顔で受け取り、リビングへと走っていく。
それを少し羨ましそうな顔をしながら勝手知ったる他人の家と言わんばかりに上がりこむ。
「そういやよ、なんで翠屋って店に行っちゃなんねぇんだ?」
「あそこはなのはの両親が経営している。そんなとこに行ったらなのはと会うよ。絶対に」
「なぬ…、なにゅ…」
ヴィータが何か言おうとしているが、楓斗はなにを言いたいのか判らず、内心首を傾げる。
「ええい、いいにくい!」
(舌足らず…)
「なのは」と言えずに逆切れしたヴィータに楓斗は格好を崩した。
「とにかく! そいつ誰なんだよ!」
「誰って言われても、昨日お前が完膚なきまでに叩きのめした白服の魔導師の事だが」
掴みかからんとするほどの勢いで近くに来たヴィータを抑えつつ答える。
その答えにヴィータは「え?」という顔で固まる。
「ピンクの魔力のあいつ?」
「ああ、あいつ」
「な〜んだ、あいつの事か」
「それともう一つ…いや、これは夜にいつもの場所に集まった時に言ったほうがいいな」
「あんだ?」
なんでもないというように首を振る。
「ところで、はやてたちは?」
「はやてとシグナムは病院。シャマルとザフィーラは買い物に出てる」
「そうか」
そんな感じで楓斗はヴィータとはやて達が帰ってくるまで過ごすのだった。
〜同日深夜 海鳴市高層ビル屋上〜
はやてが完全に眠りに落ちたことを確認したヴィータは、はやてを起こさないように抜け出し、集合場所となっているビルの屋上に通じる扉を開く。
「来たか」
「うん」
そこにはシグナムらヴォルケンリッターと楓斗が眼下の街を眺めていた
「管理局も本格的に動き出すだろうし、少しやりづらくなるわね」
「その事で一つ報告がある」
楓斗の言葉に四人が振り向く。
「先日の金髪……フェイト・テスタロッサが俺の通う学校に転入することになった」
「なに!?」
「それって、昼間言おうとした事か?」
「ああ。どうやら管理局は臨時本部を海鳴に配置したようだな」
「何故それが分かる」
楓斗は一瞬聞いたシグナムを一瞥すると、自分の前に一枚の画像データを出した。
そこにはある一家を囲んでいる数人の男女が写っているその画像を楓斗は内心複雑な気持ちで見ている。
「彼女にあった」
「彼女? そのデータに映っている女性の一人か?」
シグナムの問いに楓斗はしっかりと頷いた。
「シャマル、今何ページだ」
ウィンドウを消した楓斗に言われ、シャマルは闇の書を開く。
「370ページ。なのはって子のおかげで結構稼いだわ」
「おし! 半分は超えたんだな。このままズバッと集めてさっさと完成させよう!」
ヴィータはいきこんだが不意に沈み込む。
「早く完成させて、ずっと静かに暮らすんだ。はやてと一緒に……」
ヴィータの言葉に周りは沈黙する。
それは5人が思っていることであり、何に変えてでも叶ってほしい願い。
「ヴィータの言うとおりだ。とっとと終わらせるぞ」
「時間も残されていないことだしな」
楓斗とザフィーラの言葉に三人は頷く。
「行くぞ、レヴァンティン!」
〈Sieg〉
「やるよ、グラーフアイゼン!」
〈Anfang〉
「お願いね、クラールヴィント!」
〈Bewegung〉
「ミーミル、行くぞ!」
〈Zundung〉(点火)
シグナムたちが甲冑を装着していく中、楓斗の姿は劇的に変化していた。
ヴィータと同じだった身長がシグナムと同じになる。
その上、顔から子供らしさが薄くなり、少し大人びた顔つきになる。
「ふう。さすがにもう慣れてきたな」
ほんの少し額に汗をかき、笑みを浮かべながら言った楓斗の声も大人びた少し渋いものとなった。
これは変身魔法のひとつで、肉体年齢を意図的に増減させることで変化している。
この魔法は変化時の肉体に対する負担が非常に高く、楓斗も当初は半端でない、気を失いかねない激痛を伴った。
このことと肉体をそのまま維持することによる擬似不老化が可能であるという二つの理由で、管理法では禁呪とされている。
「それでも辛そうね」
「当たり前だ。どうしようと体に負担がかかることに変わりは無い」
自分のことだというのに、漆黒の十字杖を手にした楓斗――ヴィントは肩をすくめ魔力で生成した仮面をつけながら言った。
「かざ…いや、ヴィント。少し遠出になるが……」
「心配無用。3時頃に戻る。俺の分は明日の夜に」
「わかった。ヴィータ、あまり熱くなるなよ」
「わーってるよ」
「ザフィーラ、ヴィータのお守りを頼む」
「心得た」
「楓斗、どういう意味だよそれ!? ザフィーラもうなずくな!?」
「見た目の年相応に考えなさ過ぎだと言うことだ。ちなみに今の俺は楓斗じゃなくてヴィントだ」
「あたしは子供じゃねぇ! つか、おめぇのほうがガキだろうが!?」
「まあな」
闇の書と共に悠久の時を過ごしたというヴィータの反論を聞き流し、ヴィントは転送魔法で飛んでいった。
それをヴィータは歯軋りしながら睨む。
「それじゃあ、私たちは夜明け前にまたここで」
苦笑してヴィータを宥めるシャマルに言われ、三人は(ヴィータは渋々と)肯くと解散し、それぞれ異なる次元世界へと向かっていくのだった……
設定
伊吹楓斗 年齢:9 髪:薄い茶色 瞳:ライトグリーン 魔力光:深緑
ヴォルケンリッターに協力する少年。
聖祥大学付属小学校の生徒だが、なのはたちとは別のクラスなのと一人でいることを好むため交友が少ない。
ただ人付き合いが苦手というわけでもなく、どちらかというと得意なほうなのだが、年に似合ない落ち着きぶりと会話が聞き手からはじまるせいで苦手と思われているだけである。
なのはたち三人が数少ない友人。一年のときの大喧嘩にも関わっている。
表に出てくることは少ないがはやてに対して特別な感情を抱いている。
父は考古学者であり、その影響で自室の本棚は神話や歴史書が溢れている。
また母の翻訳を手伝うこともあって筆記だけなら多国籍言語を使いこなす。
ユミルと呼ばれる本型のデバイスらしきものとミーミルと呼ばれる黒い十字架のデバイスを所持している。
蒐集に向かう際には管理局で禁止されている変身魔法を、どういうわけか使用して肉体レベルで変身して行動する。この時はヴィント(独語で風)と名乗る。
今回はちょっと一息かな。
美姫 「大きな動きは確かにないわね」
フェイトの転入ぐらいかな。
美姫 「ヴィントが居る事で、これからどんな変化が表れるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」