『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




〜予告〜

再び回り始めた運命の歯車は、くるくると回り始める。
しかし歯車は止まる事を知らず、更に回そうと悪魔は準備を怠らない――。








1.

激しい爆音と共に、クリス=チャンドラとノルシー=ヴァロアは手足を拘束されたままで起用に受身を取りながら護送車の動きが止まるのを待っていた。

何が起きた?

二人が同時に同じ事を考える。
しかし、凶悪犯護送用特別仕様の護送車の隔壁が激しい金属が引き千切られる音にあわせて剥がされた。
光が飛び込んでくる。
思わず目を萎めた。

「よう。二人とも元気かぁ?」

そこに居たのは、クリスとノルシーの一応の仲間にあたるクライン=K=サーザインと、ルシード=クルプスの姿があった。

「貴様等……一体何を……」

「ん? ああ、マコトがアンタら二人を必要って言うから連れに来ただけ」

「志々雄が?」

「ふざけるな、若造。クリス=チャンドラ、一応の恩を返さずに志々雄の小僧の下に下れるか」

「クリス、何か勘違いしていないか?」

志々雄の部下になれと言う二人に、クリスとノルシーは敵意を露わにした。が、クラインとルシードは、その様子を首を振りながら嘆息して一蹴した。

「何?」

「俺達は何のために集まった? あんな狂った馬鹿の恩義に報いるためか? 違うだろうぉ? 各人の欲望のままに。だろうがぁ!」

「ぐ……」

その一言でクリスは沈黙した。
元々クリスは研究、クラインはHGSの力の使う場所、ルシードは殺戮現場、ノルシーは力自慢のために集まった人種だ。恩義など一番遠い位置にいると言っても過言ではない。
それをあえて口にしてきたのは、純粋に志々雄への反感だろう。
それを見抜き、ルシードはいやらしい含み笑いを隠そうともせず肩を震わせた。

「ま、どっちにしても二人には選択権はないんだ。来てもらうよ」

そう言ってクラインは四人分のテレポートフィールドを形成した。
次の瞬間、四人はその場から掻き消えていた。

2.

「くそ! この……」

「ああ、ダメだ。所詮はたかが人間。ボクの相手になると思っているのかい?」

ニューヨークの片隅で、それは起きた。
唐突に爆破された自宅の、炎の壁の中で男は目の前に立ちはだかった氷村遊を睨みつけた。
しかし、遊はそんな男など歯牙にもかけず、手に入れた物を見た。
ぽたぽたと滴る血に塗れた天上の清流で磨かれたと言われる龍水晶。それは今彼の前にいる男の右目に入っていたものだった。

「生物の亜種である尾獣。世界最大の妖力。異世界の魔法力。星の記憶。霊界の力。そして星の血液と言われる龍脈を操る風水の秘宝。これでようやく六魔陣が起動できる」

本当にその場には自分一人しかいないかのように、遊は呟いた。

「おのれ……。氷村遊……」

「おや? ボクを知っているのか? 下賎のレベルの癖に生意気だね」

 復讐以外感情を忘れてしまったような視線すらも、受け流すに値しないという様子で踵を返した。

「ま、待て」

立ち去ろうとする遊に手を伸ばし――。

「がっ!」

不意に、知覚できない一撃が男の腹部を襲った。その衝撃に炎の壁を破り、そのまま庭の上を転がった。

「ふん。屑の癖にボクに向かってくるなんて……立場を弁えろ」

元々冷たい視線が、更に冷徹に引き絞られる。
だが男にはそれを睨む余裕はなかった。
内部から湧き上がる苦痛に、庭にある芝生の上に突っ伏したままになってしまった。
その様子を遊はつまらなげに見下すと、そのまま炎の中へと消えていった。

許さない……。許さないぞ……。氷村遊……。夜の一族……。

男の怒りは燃え盛る炎の如く夜の闇にたけ狂っていた。

3.

「それが終われば、姉サンは解放されるのカ?」

深夜に鳴り響いた携帯電話の相手に、反吐を吐くような表情を浮かべながら、相手の言い分が終わるや否や、そう切り替えした。
すると、電話の相手はもちろんだ。と言い切った。

「わかった。ならこれが最後ダ」

そう言い捨てると、縁は電話を切った。

「次で最後ダ……。これでようやく俺モ姉サンもあいつの呪いから放たれル……」

そうして、電話を握りつぶすと、縁は部屋中に響き渡るように笑い声を上げたのだった。

――同時刻。

「はい。わかりました」

雪代巴は物静かに携帯を置いた。
だが遠く笑っている縁とは違い、その表情は優れなかった。
今の電話。
生まれた時に里親として援助してくれたとある男性からの連絡だったのだが、気が進まなかった。

「……何故、あの人をそんなに……」

最初、自分にされた頼み事に何の意味があるのかと不審に思った。だが、里親は何も言わず、ただ巴を彼の側に置いていた。
結果として、彼女は彼を心から大事な人と言えるくらい好意を寄せた。
だが、それと今の電話の内容を考えると……。
巴は、胸に手を当てて悲しげな表情を浮かべた。それが思い過ごしなら良い。そう願いながらも晴れない不安を打ち消すように、空に浮かんだ月を見上げた。

「剣心……」

月は何も語らぬまま、ただそこに浮かんでいた。

4.

「耕介様、こっちです」

そう御架月に連れられてきたのは、寮の裏山の中腹であった。
早朝、朝食の準備をしていた耕介の元に、珍しく慌てた様子で十六夜と御架月がやってきたのが五分ほど前。何事かと聞くと、山の霊気が妙な乱れ具合を示したと言う。
しばし考えて寮に何かあった場合を考慮して、着替えて降りてきた薫を留守番に残して、彼が出てきたのだが……。

「別に何もないなぁ」

木々の隙間から見える青空に、普段通りに朝露を含んだ緑の香り。それに豊かな土となれば別段変わった様子はなかった。

「おかしいですね。あれだけはっきりと感じたのに……」
「そうだな。一人なら勘違いって事もあるけど、十六夜さんも感じているなら間違いはないだろうし」

そう顔を見合わせつつ更に探索する事十五分。
結果として特に何もなかったので、戻ろうとした時、ふと目の端に何かが映った気がして、耕介は足を止めた。

「耕介様?」

「いや、ちょっと待って」

そう言うが早いか、徐に視界に映った付近の茂みを覗き込み、うげ! と声を上げて耕介は固まった。
その様子に、何事かと御架月も茂みを覗いて、同じようにへ? と間の抜けた声を上げた。
それは仕方ないだろう。
何故なら、そこにはイギリスのフェアリーテイルに登場してきそうな薄い青色の翼を背に持った一人の妖精が衰弱して倒れていたのだ。

「……えっと、これは俺達の専門、なのか?」
「さ、さぁ……。少なくとも僕は記憶にないです」

普通の溶解であればいざ知らず、さすがに途方に暮れだした二人の耳に妖精の言葉が届いた時、事態は不可思議な方向へと転がり始める。

「な……のは……。たすけ……て……」

妖精・リンディ=ハラオウンはそう混濁した意識の中で、大切な友人の名を口にした。






回る。
回る。
くるくると。
クルクルと。
運命は様々な人々を巻き込みながら、執着へ向けて回転していく。

「さあ始めようか先輩。二百年越しの決着に向けてな」

闇の中でほくそ笑んだ邪悪は、運命の歯車が己が手によって回っている事に盛大に笑い声を上げた。

くるくると。
クルクルと。
狂狂と……。







とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫丹〜最終部。
一月中巡開始。








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