『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
CV] 吹雪たる雪は何処へ去るか。
彼女――ノエル=K=エーアリヒカイトがそれを目撃したのは偶然だった。
主人である月村忍が高町恭也のために、小太刀の作成に入ってすでに一ヶ月が過ぎていた。自宅の倉庫にあっただけの賢者の石だけでは足りず、仕方なく遺跡調査保存財団であるアーカム財団からも提供を受けていた。
しかし、忍が考えている構想に近い金属作成が進まず、正直傍目から見ても煮詰まっている状態であった。最近では食事も満足に取らずに工房に篭っている始末だ。さすがにそれは体に悪いと、強引に引きずり出しては口に食べ物を放り込んでいるが、やはり同じ食事を取るにしても、ちゃんと食してもらいたいものだ。
頬に手を当てて、某ジャムの鉄人のようにそっと溜息をついてしまう。
そんな事を考えながら、駅前通から県道三十号線を東へと愛用のミニクーパーを走らせる。
彼女自身、製造日が把握できないくらい昔に生まれ、忍によって再び目覚めた一種の骨董品と自覚している。そのせいか、どうも古い物に対して愛着を持ちやすく、このミニクーパーも知り合いの廃車予定だった車をもらって来て修理したものだ。
そうやって集めていたら、気づいたら自室が骨董品であふれていて、忍には年寄り臭いと言われてしまった。
「そんな事をおっしゃられても、趣味ですしね」
趣味。
その言葉を口にして、ノエルはクスリと口元に微笑を浮かべた。
数年前には絶対に持ち得ないと思っていた心の安息を示した言葉。
己を表現し、表現していると思えるものから、安らぎを与えられるものまで、人とのしての平穏を各々の思考に合わせて選ばれたもの。
まさかそんな人が人であるからこそ持ちえる心の機微を、アンドロイドの自分が持ちえるとは思ってもいなかった。
そういえば、車の運転も好きだ。
右にハンドルをゆっくりと切りながら、後は屋敷まで続く市道を走らせればいい。
左右を流れていく町並みを静かに眺めながら、それを見つけたのは偶然だった。
月村邸は、私有地になっている小さな丘の上にあり、その丘は耕介が管理人をしているさざなみ寮へと向かう山道の傍を直進し、更に奥まった場所にあるのだが、その途中に市の開発の途中で失敗してしまった建物がある。
海鳴市立海の博物館。
山と海に囲まれた本州の中でもしっかりと四季を感じる事ができる町だからこそ、海鳴臨海公園と並んで海の観光名所にする予定であった。
だが、その折に不況の波が市の財政を直撃してしまった。おかげで開発は中断。内装の殆どを完成させて状態で建設が終わってしまった建物だ。
そしてそんな一般人では誰も見向きもしない博物館に、見覚えのある女性が入っていったのだ。
「あれは確か?」
ノエルは車を路肩に止め、窓を開けて博物館の入り口を再度見直した。
しかし、そこに女性の姿は無く、普段通り人気の無い建物が鎮座しているだけだ。
ただの見間違い。
そう言い切っても良かった。
ノエルがただの人間であれば。
だがノセルはアンドロイドだった。見間違いと言い切れるほど精度が低い訳でなく、逆に改造マニアと言い切っても語弊の無い主から最新鋭と言ってもよい機能を備え付けられている。
そんな彼女の視界が女性を捕らえたのであれば、それは間違いはないのだ。
「ならばどうしてこんな場所に?」
そもそも今の時間はお昼前で、学校のある平日だ。剣心や夕凪と机を並べて勉強している筈だ。
不意に漠然とした不安がノエルの機械の胸を駆け抜けた。その正体が何かわからなかったが、少なくとも気持ち良いものではなかった。
そしてそんな不快感は機械であっても我慢できるものではなくて、気づいた時には博物館の入り口へと足音を消して駆けていた。
白いブツブツとした壁に背を預け、しゃがみながらそっと目を出すように中を覗く。
しかし、博物館のドアは曇りガラスになっていて、詳細はノエルの目をもってしても把握できなかったが、少なくともそこに人影はなかった。
これ以上踏み込むか?
判断が難しいところである。
今のノエルは戦闘装備だけではなく、基本スペックも買い物に出かけるために落としたパーツを装備している。それは何かあった場合でも彼女は一般人と同じく何のなす術も持ち得ないという事実を示している。
それこそ悪い想像しか浮かべていないが、もしかしたら、本当に用事があってやって来ただけかもしれない。そんな事を考えてしまえば思考が平行線を辿ってしまう。
「……万全を期しましょう」
しばしの間を起き、ノエルの思考プログラムはそう結論を出した。
少なくとも手足のパーツを通常仕様へと変更していなければ、意味は無い。
「ふふっ。機械の私が不安で動くなんて」
しゃがんだ体勢のまま車へと戻る最中、不意にそんな感情が浮かぶ。
ほんの数年前までは、忍の事しか考えず、主を守る以外の感情を抑えこんでいたと言うのに、今ではどうだろう。友人を大事にしていく思いが大きくなって、気付いたら自分だけの時間を持って、様々な人の中で暮らしているのだ。忍はその様子が嬉しいらしく、楽しげにノエルの経験を聞いてくれる。
今回のこれも、ノエルのただの思い過ごしであれば、恥ずかしながらも楽しい思い出話の一つになるであろう。
博物館の入り口を背にして右手に曲がり、左右に木々が植えられた緩いS字の通路をへと入る。このS字を抜ければすぐに歩道があってミニクーパーが持ち主の帰りを待ち侘びている――。
「イヨゥ。機械人形。久しぶりじゃねぇか」
甘い夢ほど打ち砕かれるもの。
そんな台詞を残したのは何処の誰だったか? そんな今の事態に関係の無い言葉を思い出しながら、ノエルは声のした方へと顔を向けた。
「今日はあの糞生意気な嬢ちゃんはいねぇのか? キィッヒッヒッヒッヒィ」
「その下品な笑い方、変わっていませんね」
「生来のものなんざ治せねぇよ」
「それもそうですね。出なければ、未だにそんな、女性をエスコートするのに不向きなものを持ち歩いている筈がありませんから」
「これが俺の正装なんだ。諦めなぁ」
手首に固定する形をした独特の鉤爪をぬらりと唾液で塗れた舌で舐め回しながら、今は無き龍の五色不動が一。百魔・ルシード=クルプスは、ノエルの姿を見て狂気染みた笑い声を上げた。
瞬間、ノエルは弾かれたようにその場を駆け出した。
S字の通りに動くのではなく、一直線に車に向かってだ。
あの海鳴テロ事件の時は忍の用意した装備のおかげで勝利を治められた。しかし、今は一般人と変わらない性能の手足をつけていて、尚且つ装備もないのだ。
この状況で勝ち目など万に一つもありえない。
「あ? なんだその動きは? 俺にバラされたいって意思表示か?」
声は植樹されたエリアに飛び込んだ途端、耳朶に使われた音声吸収型イヤーパーツを打った。
それも遠く離れた場所からではない。
ノエルの真横からだ。
胸に埋め込まれたポンプが激しく脈打った。と、同時にアイカメラが声の方向へと動いた。
それまでの狂気に浮かされた笑みを発していたものではなく能面。無表情でただ唇を薄く開けた隙間から垂れ流すように音を落とす。
そんなノエル以上に機械の表情をしたルシードが、じっと彼女を見据えながら併走していた。
「ああ、確かによくみりゃ手足が違うか? キィヒッヒ。なんだ。それじゃダッチワイフと変わんねぇのか」
怖気の走る言葉だ。
だが、そんな言葉すら動かない能面の前には、心を動かす対象にすらなり得なかった。
「残念だなぁ。オイ。これで人間の女だったらよ? 気持ち良く鉤爪で皮膚を一枚一枚剥がしてよ? 筋肉の一本一本をバラしてよ? んで生きたまま自分の内臓を食わせてやりながら死んでいくのをよ? 酒を飲みながら観賞するっつーオツな晩餐を開けたのによ?」
そこで能面が崩れた。それもノエルが驚く表情へと変化して。
「う……うう……。何でお前は機械人形なんだよぉぉぉ!」
ルシードは泣いていた。
そこに浮かんだ感情は、長年焦がれていた恋人に会えたと思ったら、彼女はすでに死んでいた――。そんな内容の小説を思い出してしまう程、心底悲しみに打ち震えているものだった。
「貴方は……」
予想外のルシードに、ノエルの速度が僅かに緩んだ。だがそれが次の表情へと繋がる。
「でもよぉ? 確か流れてるのは真っ赤な真っ赤なオイルで、血みたいだったよなぁ?」
来る――!
緩んだ速度を元に戻そうと足に力を篭める。しかし、其れよりも先に、力なき小鳥を残虐する別の楽しみ方を思いついたルシードの鉤爪が彼女の右膝下に深々と牙を突きたてた。
痛みは無い。
痛覚システムはノエルの意志一つでオンとオフを使い分けられるように設定してあるからだ。ルシードの表情が戻った瞬間、一番最初に行ったのが痛覚の遮断だった。
彼女の根本は人間と同じく頭部に存在しており、その中にある記憶野を形成しているメインメモリーが残っていれば、理論上は再生可能である。そのため、痛覚を残しておいて逃げ切れなくなるより、どんなダメージを受けても逃げ延びるための方法として痛覚遮断を行ったのだが、そんなノエルの思惑など見透かしたかの如く、ルシードは二足歩行の弱点になる膝を打ち砕いたのだ。
人間が二足歩行をする際、一番力がかかる箇所は、実は膝である。膝というクッションが働くおかげで地面への着地の衝撃を和らげ、また腰へから降る重さも右と左に分割された脚により減らされており、残った重みや衝撃も膝が緩和させているから足首や足の裏に強大な加重を感じずに済んでいる。
だが裏を返せば、膝を打ち砕くだけで人として正常な移動を行えなくなる。また上下からくる衝撃を残った膝一本で支えねばならず、溜まりくる疲労は一気に跳ね上がる。映画やドラマなど、創作物で脚を一本失っただけで動けなくなってくるのはこの現象からも虚偽ではないのだ。
もちろん、ノエルは世間一般で言うアンドロイドに該当する。それでも今は人間と同じ装備をしていたのが仇になった。
膝を打ちぬかれた瞬間、体がぐらりと傾いたと認識した時には地面に体が打ち付けられていた。歩道まで後僅か一メートルにも満たない距離で、ノエルは勢いが殺されぬまま顔を土で擦った。
人工皮膚が破れ、鮮血と同じ赤いオイルが流れる。
「くぅ……」
何度も記述したように、彼女に痛みはない。
それでも衝撃によって喉からは苦痛に似た呻きが毀れた。
しかし視線は即座にまず膝へと落ちた。
(左膝を外側から鉤爪にて貫通。同時に内部にある人工骨格が完全に粉砕。及び神経系、関節部の完全破砕。まともに動かす事はできませんか)
即座に分析を終了させる。
導き出される結果は、今のままでは――。
「キィッヒッヒ! 残念だったなぁ!」
確実に壊されるという事だ。
うつ伏せに倒れていた体を仰向けに起こし、下からルシードを睨み上げた。
「いいね! いいね! その何もできないようで、頭ん中で逃げる算段を考えている! ただのダッチワイフじゃねぇ! 俺が咽び殺すに十分な資格のある機械人形だ!」
己の慧眼に酔い痴れるが如く、高笑いを発しながらルシードは鉤爪を振り下ろした。
すぐさま身を避けようと捻るも、鉤爪はノエルの腹部に突き刺さった。位置は人間で言う肝臓部。重要な機器のない箇所ではないが、それでもこれから逃走を図ろうとする体に力を奪うに足るダメージを負わせるに十分であった。
内部のコードや人工筋肉を引き裂き、ギチギチと無機質な破壊音を立てつつ、鉤爪が下腹部へと引き下ろされていく。切り破かれた服から紅に染まった肌が露になるにつれて、ルシードの表情は恍惚に高揚した。
「キィッヒッヒッヒッヒ! ピンク色の臓物じゃないが、偶にはこういう獲物もいいもんだな!」
ある程度鉤爪を引き下ろしたところで、ルシードは力を篭めてノエルの皮膚を切り裂いた。右大腿部へ向けて生々しい傷が生み出された。
それでも、ノエルは斬られた衝撃を利用して少しだけ後ろへと後退した。
歩道まで後数十センチ。
そこまで辿り着けば、自分の存在が明らかになろうともルシードの存在も世間に知れる。そうすれば彼等は逃走するしか手がなくなるだろう。
但し、それまで彼女の身が持っていれば、であるが。
突然ノエルの体を新しい衝撃が襲った。
中断された思考から復帰するや、視線を衝撃の先へと向ける。
「オイオイオイオイ! 目の前にこぉぉんなイイ男がいるのによ? そうやって別の事考えるのはマナー違反じゃねぇかよぉ?」
目の前にあるのはノエルの眼を上からこけ下ろすように睨み付けるルシードの顔。そして首に打ち込まれた鉤爪が――。
「そうか。声はいらないってか? なら俺がもらってやるよ!」
人間が肉をこそぎ取られる感触という表現を使うが、ようやくそれを実感した。尤も、いつまでも実感したくない感覚ではあったが、そう愚痴をごちたとしても、今体感しているのだから仕方がない。
体の中から人工骨格が砕けた音が響く。続いて頭部にオイルを送っていたパイプが引き裂かれ、咽頭部の奥でオイル溜りが生まれた。内部から湧き出した廃棄大気がその溜りに触れ、ノエルの口から血栓と同じように吐き出された。
「ゴホ……ゴホ……」
「ほぉ! 人間と同じく血なんざ吐き出すんかよ? 機械人形の癖に生意気だぜぇ!」
言葉と違い、ルシードの表情は喜びに満ち溢れていた。
確かにノエルは機械ではあるのだが、それ以上に一つ一つの反応が想像以上に人間らしく彼の残虐性を一気に引き上げていた。
その勢いのまま、余っていた鉤爪をノエルの瞳へと突き刺した。
「がっ!」
反射的にくぐもった痛声が喉から毀れた。
左目が完全に沈黙し、後数ミリも鉤爪を打ち込まれれば彼女の中枢とも言えるメインメモリへ届いてしまう。そうなると、例え助かったとしても、一生戻らない記憶障害を抱えたままリストアされる事になる。
それはノエルの『死』だ。
生命体でないからこそ、記憶はそのまま彼女のアイデンティティとなり、失われればこの世から消えてしまう。
背筋が寒気で震えた。
あの日……イレインによって己の個が失われようとしたあの時にも感じなかった悪寒が、ノエルの心を打ち据える。
「キィッヒッヒッヒ! 怯えろ! 脅えろ! 震えろ! その機械の命のない目によぉ! 恐怖を浮かべて情けなく命乞いしながら俺の靴でも舐めてみろぉ!」
死にたくない!
強い思いがノエルの心を縛り付ける。
だが、それ以上に――。
「誰が……そんな事……します……か」
月村忍から貰った命が、下郎に膝をつく等、あってはならない!
「よく吼えたぁぁぁぁぁぁぁ!」
喉と目に突き刺さった鉤爪に力が篭る。その先にある結果は、首と眼を失った見苦しい機械の体が横たわるだけ。それでも屈しない!
残った瞳に力を篭め、最後の一瞬までルシードを睨み続ける事。
皮膚が裂けていく。
瞳の奥で人工骨格が削られていく。
オイルが全身を濡らしていく。
その全てと同時に死へと向かう己を感じながらも、ノエルはルシードから視線を外さなかった。
だから、小さな珠が視界に飛び込んできた時、それが何なのか理解できなかった。
ただ『光』と小さく字が浮いているな。と、頭の片隅で思っただけだった。
――それが目も眩む輝きを放つまでは。
「な、なんだぁぁぁぁぁ?」
珠に気付かなかったルシードには、何の予兆もなく光っただろう。だが心構えの出来ていたノエルはしっかりとそれを見ていた。
あれは、話に聞いていた……さざなみ寮に新しく来たという……男子の……。
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
強引にノエルの首と目から鉤爪が引き剥がされるや、彼女の体は宙に浮かび上がった。いや、それは抱きかかえられていた。
光が収まる。
光源となっていた珠は其れと同時に空気中に消え、まだ視界を回復していないルシードに、ノエルを抱えた彼はビシィ! と擬音が幻聴するくらいに見事に指を突きつけた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ! ノエルさんに何て事してやがるんだぁぁぁぁぁぁ!」
「何だとぉ? テメェこそ何者だぁ!」
「俺の事などどうでもいい! 其れよりも、今は何故メイドの鏡であるノエルさんにこんな事をするんだ!」
『は?』
その声はルシードとノエルの感想が重なったものだったが、彼は一向に構わずに血の涙を流しつつ力説を続ける。
「いいか? 今は買出しという業務のために私服姿……いや、その買出しもメイド服であれば、『いやぁノエルちゃん、今日も綺麗だね』『いやですわ。おじさんったら。あ、今日は美味しいお魚あります?』みたいな会話をするのを傍から愛でる! もしくは自宅に尋ねて行った際に出迎えてくれる時の優しい笑顔! そんな近いけれど絶対に遠い場所にいるメイドさんに、鉤爪で強引に服を引き裂いてその中身を見るなんて言語道断! そこも恥かしげに頬を染めているのを一枚一枚脱がしていきながら、ガーターベルトに手を触れたり……っていうシチュエーションがいいんじゃないかぁぁぁぁ! この馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁ!」
「いや馬鹿なんはアンタじゃ」
「零さん、こんな状況で何を口走ってるんですか!」
もうそれまでの殺伐とした空気を一発で吹き飛ばす、訳のわからない絶叫を迸らせた横島零の背後から、神咲薫と那美に刀の鞘で思い切り殴られた。
「アイタ! 何するんスか!」
「何じゃありません! ノエルさんを助けるのはいいですけど、その後が訳わかりません!」
「何ですって! メイドさんを強引に手篭めにしようなんて、世界中の……いや、例え神が許そうとも俺が許さん! 雛○沢で診療所を経営している監督の固有結界、メイド・イン・ヘブンが発動してもおかしくはないんです!」
「じゃからそれが良く分からんと言ってるんや」
再度二人からつっこみをもらい、地面につっぷした零の腕からそっと守るように那美がノエルに微笑んだ。
「大丈夫ですか? ノエルさん」
言葉を発しようとするが、オイル溜りが限界なのか、声帯を震わせる事ができなかった。しかしそれをすぐに察してか、那美は小さく頷いた。
「……さて、龍の五色不動が一、白魔のルシード=クルプスか」
そんな三人を守るように前に出て、薫は鉤爪を力なく垂らしているルシードを見た。
「神咲一灯流・神咲薫かぁ。こんなところで思いもしない獲物と会えたもんだぁ」
「ほう? うちの事知ってるんか」
「ブラックリストのトップクラスは全員なぁ」
達人同士の殺気が二人の間で火花が散った。
その空気に、ノエルを診ていた那美や、地面に頭を埋め込んでいた零までも喉を鳴らして見つめていた。
だが、不意にルシードが一歩後ろへと飛んだ。
「何の真似だ?」
「いや、俺としてはすぐによぉ? 殺し合いたいんだけどよぉ? ちょっとやる事があるんでな!」
「何だと?」
そう言うや、ルシードの姿は木々の合間へと消え去った。
追うか?
一瞬そう考えたが、後ろにいるノエルを考えると深追いは危険と判断した。
「那美、ノエルさんの様子はどうね?」
「うん……。ちょっとアンドロイドの事は分からないけど……意識もしっかりしてるし、多分大丈夫じゃないかなって」
「おお! そうなのか! なら治った暁には是非膝枕なんかでお礼をしてもらおう……ぶっ!」
「一言余計」
那美は短剣の柄を零の鼻頭に叩き込んで黙らせると、ノエルの瞳を覗き込んだ。
「とりあえず、忍さんに連絡して修理の手配をしてもらいます。ちょっと辛いでしょうけど、少し我慢してくださいね」
安心させる意味を含めて、そう口にした時、ノエルの瞳が何かを訴えているのに気付いた。
「どうしました? 何処か危ない箇所でも傷ついて……?」
「違……います……。ゴホ……」
「ノエルさん、無理しないで。今運びますから」
だがそんな那美の腕を掴み、ノエルは力を振り絞るように言葉を放った。
「巴さんが……雪代巴さんが……ルシードに……」
それは、最後の闘いの始まりを告げるものだったと、気付いたものは誰もいなかった。
零、いい事を言った!!
メイドさんに何て事をするか!
美姫 「とりあえず、ちょっと黙って!」
ぶべらっ!
う、うぅぅ、まだまだ。メイドさんにはもっとこう優しくしないといけないというのは世界共通の常し――ぶべらっ!
美姫 「いよいよ事態が動き出したわね。緊迫する展開に、果たして剣心たちはどう立ち向かうのか。
気になる次回はこの後すぐ!」