『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CU]\ 魔法の練習

 朝。
 まだ空は群青色とオレンジ色の狭間が彩る時間帯に、なのはは月守台の麓にある高台に来ていた。
 清々しい空気が高台に満ちていて、吸い込むたびに残っていた眠気が溶け出していく感じがした。その傍らでリンディは懐かしくあり、それでいて寂しくもある感情を胸に抱いた。
 初めてなのはと出会ったのは今から約三年前の事だ。たった三年しか離れていなかったのに、当時に比べて身長も考え方も色々なものが成長しているのが、たった一晩一緒に居ただけで理解できた。
 何処となくそんな母親のような視線を向け、新しく手にしたレイジングハートをじっと見つめて、なのはは大きく息をついた。
 久しぶりに手にした宝石は、何処か懐かしく何処か新鮮さが溢れていた。赤い輝きは太陽の光を浴びて地面にまで色を伸ばしている。
「おかえりなさい」
 そう呟いた言葉に、レイジングハートは無言で返答しているようにも感じられた。
「さて、なのはちゃん。いつまでもそのままじゃ練習にならないから、久しぶりにレイジングハートを起動しちゃいましょうか」
「あ、はい。そうですね」
 それなりに長い時間レイジングハートを眺めていたのだろう。少々苦笑気味のリンディに頬を赤らめて返答した。
「それでさっきも説明したように、前と違って少しレイジングハートを改造してあるの。だから最初にシステムになのはちゃんをマスターであるという登録を行わなくちゃいけないわ」
「えっと……さっき教えてもらった呪文ですよね?」
「ええ。今度はリリカルマジカルじゃないから、注意してね」
「はーい」
 元気良く挨拶が高台に響き、反響が消えると同時に、なのはは真剣な表情のままレイジングハートを掌で転がした。
 三年前のあの日。
 運命的な出会いをしたあの日からすでに三年の月日が流れていた。それでも一度も彼を忘れた事はなく、そして今見つめてくれている彼女も忘れた事はなかった。再びそんな二人に囲まれた日々が戻るかはわからないが、それでも何かが始まる予感に、胸の鼓動はとうとう呪文を口に載せた。
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」
 呪文が紡がれる。
 一音が声となって大気に奏でられるに従って、レイジングハートは赤い光を己自信で放ち始める。
「風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に」
 右掌に乗ったレイジングハートがゆっくりと浮かび上がる。それに合せて、なのはは両手を宝石を掲げるように頭上へと持ち上げた。
「この手に魔法を」
 瞬間、激しい輝きが高台を支配した。
 光は全方位に向けて己を放ち、自分を見ているなのはに、最後のフレーズを促しているようだった。
「レイジングハート、セットアップ!」
 呪文は完成した。
 眩い光は球体となり、なのはを包み込んだ。
 視界全てを光に包まれ、さすがのなのはも瞼を閉じた。その中で、レイジングハートの表面に様々な魔法文字が浮かんでは消え、消えてはまた新しい文字が浮かび上がっていく。
 そんなプロセスが数秒行われた後で、なのはは自分の手に合ったレイジングハートの感触が変化したのに気づき、瞳を開けた。そして驚きをあらわにした。
 三年前のレイジングハートは、魔法を使う際にハート型に変化した宝石部分の一回り大きい金属部が囲み、二重のハート型となり、一番横に広がっている部分に白い羽がついている形をしていた
 しかし、今回のレイジングハートは違った。
 宝石はそのまま大きくなり、石を囲むようにアルファベットのCの形をした金色の金属部が付随した。そしてそんな金属部分から、まるで夜空の色を凝縮したような群青色の持ち手部分が延びていた。
「ふわぁぁぁ……」
 思わずなのはの口から感嘆の声が零れた。
 それが合図になったのか、光の球体は風船が弾ける如くあっさりと消え去った。
「ふふ。やっぱり簡単に登録しちゃった。なのはちゃん、それが新しいレイジングハートよ」
 呆然とした表情のなのはに、大きく満足げに頷いたリンディは杖となったレイジングハートの頭頂部まで飛んで行くと、ゆっくりと腰を下ろした。その様子もどこか上の空で見つめ、なのはは自分の手に出現した新しい杖を見た。
 前に使用していた杖と違い、持ち手の部分が群青色のせいか、武器として作られたものだという感覚がある。
 だが、それ以上に何か懐かしい感覚も一緒に感じていた。
 何だろう?
 そんな疑問が表情に浮かんでいたのか、リンディは再び小さく笑うと、今度は持ち手部分に移動した。
「懐かしい?」
「え? あ、はい。でもこんなに変わっちゃうなんて思ってなくて……」
「違うのよ。そっちじゃなくて、この持ち手の部分」
「……はい。何だろう? 見た事無いのにすごく安心しちゃうっていうのかな? そんな感じ……」
 単純に色合いでいけば、前の杖が好みだ。それでも今は手にある杖がとても安らげるのだ。
 なのはの言葉に、リンディも優しい母親の表情で持ち手を撫でた。
「それはそうよね。この部分って、クロノのS2Uだもの」
「え?」
「クロノが言ったの。なのはのレイジングハートは汎用性はあるけど、魔法同士の戦いには少し向かない部分もあるって」
「魔法同士の戦い?」
「ええ。前の時はそんな事はなかったけれど、ミッドでは近年高速演算と魔法の融合による兵器開発が進んでいるわ」
「兵器……」
「そう。そして私もそうだし、クロノもそう言っているけれど、なのはちゃんをそんな危険に晒すつもりは無いけど、それでも危険が迫った場合のために、レイジングハートをお願いする予定でいたの」
 それだけ危機から救われたリンディとクロノの故郷であるミッドチルダの成長は目まぐるしかった。特に二人が戻った後で発見されたロストロギアと呼ばれる過去の超技術から生み出された魔法科学は、あっという間にそれまでの魔法概念を一変させてしまうほどのものだった。
 元々要職の地位にいた二人もまた、時代に流されぬように新しい技術を吸収していったが、その際に懸念材料に浮かんだのはなのはであった。
 少し調べれば三人の関係など即座に広がる。
 そうなれば、最悪テロリストなどの犯罪者になのはが狙われる可能性も考慮しなければならなかった。
 そこでクロノは自身の杖をS2Uから新しく開発されたデュランダルへと持ち替え、レイジングハートは同型で演算力の優れていたS2Uとの融合型へと改造を施したのだ。
 それにより、汎用性に富む今までの魔法発動から、より細かく指示し、尚且つ効能に応じて呪文などが異なり指向性を持たせたものへと変化させた。また指向性を持たせたおかげで、各魔法自体がより強力なものになった。
「……でも、そう言った事があったのはわかったけど、やっぱり少し悲しいな」
「そうね」
 どれだけ言葉を費やしても、結果として武器としての側面が強くなったのは否めない。
 なのはの言葉に、リンディも悲しげに眉を顰めた。
 だが、すぐに気分転換よろしく空元気に笑顔を浮かべると、心地良さげになのはの周りを飛翔した。
「でも、そうそう悪い事ばかりじゃないわ」
「え?」
 そう言って自分を見上げるなのはに意地悪く微笑むと、リンディはレイジングハートの宝石部分に手を添えた。
「レイジングハート、バリアジャケット展開」
<all right.barrier jacket>
 リンディの指示にレイジングハートが再び輝いた。しかし、先程と違って全身を包む球体になる訳ではなく、ピンク色の光の帯がなのはの全身を包み込む。
「ふわ?」
 思わず声が漏れる。
 だが驚くものではなく、暖かく心地よい感覚に、すぐに慣れた。そして瞳を凝らして光の帯を見ていると、光は次第に形を整えながら収束した。
「うわぁ……」
 感嘆が零れた。
 光の帯が小さな粒子となって消えた後になのはの身体を包んでいたのは、真っ白な衣服だった。
 足首まである長いスカートに、キャミソールタイプの白いベスト。その上に袖口が青で赤い宝石のアクセントのついたジャケットという姿だった。
「これがバリアジャケット。魔法を使用時に身を守ったり、魔力を収集する役目を果たすわ」
 説明を口にしつつ、リンディはなのはの全身を眺めて小さく頷いた。
「うん。なのはちゃんに白は良く似合うわね」
「か、可愛い……」
 どうやら本人も気に入ってくれたようだ。
 くるくると回りながらバリアジャケットを確認しているなのはを見て、リンディは苦笑を浮かべた。
 ただいつまでもこのままでは時間ばかりが過ぎていくので、とりあえず止める事にした。
「とりあえずなのはちゃん」
「はい?」
「これから新しい魔法の形式を教えるわ。多分基本を覚えれば他の魔法発動は応用だし、さくっといっちゃいましょう」
「はーい」
 魔法の先生であるリンディに促されて、なのははレイジングハートを構えた。
 そしてゆっくりと深呼吸をして、精神を集中した。
 レイジングハートを起動する前に簡単にレクチャーを頂いた時を思い出す。
 原理は数式と物理学。
 元々機械系や数字には強いため、簡単な数式を思い浮かべるには大した苦労はない。
 苦労はしないが高度な物理学など即座に脳裏に浮かべる事など出来ない。
「なのはちゃん、考えるだけじゃなくて、魔力の流れも感じるの。魔力と論理の融合が今のミッド式魔法の根本になるわ」
 感じる――。
 確かにバリアジャケットのおかげか、体中を巡る魔力は川の流れを見つめているかの如く感じられる。
 魔力は何を求めているの?
 なのはが問いかける。
 すると魔力はレイジングハートへと流れ込みながら、まるでテニスボール程度の大きさに分裂する。瞬間、脳裏にある魔法式が浮かび上がった。
「これだ!」
 なのはが叫ぶと同時に、魔力は出口を見つけたように彼女の足元とレイジングハートの宝石前に魔法陣を展開した。
「アクセルシューター!」
 続いてなのはが魔法の名を叫んだ。
 魔力がレイジングハートの周囲に移動し、四つのピンク色した光球を作り出すや、球体が完成した直後、光球は上空に向けて激しく旋回しながら飛んでいった。
「ふわぁぁ……」
 思わず撃った本人から空気が抜けた声が零れた。
 その様子を、リンディは満足げに頷いて見つめた。
「それが基本。攻撃防御サポート全ては同じ形で構成していくわ」
「ちょっと慣れるまで大変かも」
「そうね。でも、慣れないと」
「そう……ですね」
 まだ何処か納得しきれていない様子ではあるが、それでもなのは大きく頷いてリンディに笑顔を向けようとして――。
「え”」
 固まった。
「え?」
 その様子に反射的にリンディも振り返り、同じように固まった。
「え、と、その……いつからそこに……?」
「……なのはちゃんが変身したところかな?」
「……見てました?」
「……光の球が空に飛んでいくところまでしっかりと」
 どことなく余所余所しい会話を終えると、小さく溜息をついてなのはは観念したようにバリアジャケットを脱いだ。
「とりあえず、お話しても大丈夫ですか? 剣心さん」
「うん。お願いする」

♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        ♪♪        

 剣心がそれを見かけたのは偶然だった。
 あの夏の日。
 志々雄真実に敗北を喫した日から、彼は早朝の自主トレーニングを開始した。東京の神谷道場では毎日四時から早朝練習を行っていたが、海鳴に来てからは簡単なランニング程度に抑えていた。
 だが高尾山で志々雄と相対した時、背筋が凍る思いとともに必ず対決する事になると直感が警報を鳴らした。そのような直感など失笑にふして吐き捨てても問題は無い。しかし本能が発した警報は留まる事を知らず延々と鳴り響いた。
 そこに至って、剣心はようやく重い腰を上げた。
 いや正直に言って殺し合いに関わりたいとは微塵も思っていない。剣は好きだが力を振るい他人を傷つける行為に嫌悪感さえ抱いていた。
 だが志々雄に関しては、そんな自分の理屈なんて通じない。それを視線が交わった瞬間に理解した。そして確実に自分を殺しにやってくるだろうとも直感した。
 だから毎日月守台を経由する十キロの長距離走に、山についてからの山岳実施訓練。そして剣の型の練習。時折高町兄妹や神咲姉妹の訓練に便乗した模擬戦を行ってきたおかげで、少しは祖父と共に出かけていた武者修行の時の感覚を思い出せていた。
 剣を握る手に心地よい力が篭る。
 振り切った切っ先が木の葉から零れた朝露を斬る。
 鍛錬を怠っていた時期を考えると、順調に立ち直ってきていると言える。
 それでもまだ足りないと何処かで意識が叫んでいるが、無理をして体を壊しては意味がなく、高町兄妹と同じく主治医となったフィリスが雷を派手に落とすだろう。
「それだけは回避しないと……」
 一度受けた地獄のマッサージは効果はあれど何度も受けたいと思うものではなく、また情報によるとお仕置きになれば更に激しいマッサージが待っているとも言う。
 志々雄とは毛色の違う悪寒に背筋を震わせながら、朝の鍛錬を終えて野々村家に戻ろうと踵を返した時、不意に木々の隙間から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 あれ? と疑問に思い歩みの先を声の方向へと切り替えて木々を掻き分けて進んでいると、突然目の前にピンク色の眩い輝きが視界を覆った。
 何事かと光を腕で遮り、光を観察していると中から出てきたのは普段と違う格好をしたなのはであり、手には杖を持つという小首を傾げそうになる様相であった。
 そして声をかけようとした矢先、なのはは剣心の目の前でアクセルシューターを撃ち放ったのだ。
「と、まぁこんな感じで……」
「うう……私のミスね……。思わずなのはちゃんに見入っちゃったから……」
「いえ、私もです。人があんまり来ないからって注意を忘れちゃってて……」
 剣心、なのは、リンディと三者三様の様子で溜息をつきながら、それでもリンディは剣心に説明した。
 自分の事。
 魔法の事。
 そしてなのはの事。
 特に自分の事はなのはに魔法を与えた原因にもなるため、剣心に見えるように魔力を調整して姿を現した。
 当初は驚いていたが、そこは不思議が山ほどある海鳴で生活しているせいか、あっさりと受け入れた。
「まぁ妖怪もいたしね」
 と、いうのが剣心の言い分だが、それで納得するのもどうなのだろう? となのはは少し苦笑した。
「でも、リンディさんもそんなに姿を見せられないだろうし、何かあってなのはちゃんに連絡つかなかったら俺のところに来たらいいよ」
「あ、ありがとうございます」
 結局そうやってあっさりと受け入れられるのが、剣心……だけではなく、自分の周りにいる優しい人々になのはは少し感謝した。
 日が少しだけ高くなり、木の葉の隙間から差し込む光が、三人で進む山道を斑に彩る。
 魔法世界に関心のある剣心は、道すがらリンディにミッドチルダの話を色々と聞き、なのはも知らなかった内容が様々飛び出した。
 例えば次元航空隊を組織して、次元世界を揺るがす事件を解決するとか。
 クロノがその大隊指揮官になるとか。
 リンディは本部長を務めるとか。
 そんな身近な内容を話しながら、三人は山を降りたところで立ち止まった。
「それじゃ私達はこっちなので」
「送らなくて大丈夫?」
「あはは。今は朝ですよー」
「……変態さんはどこにでもいるさ」
 それでも時間を忘れていたのは恥ずかしいのか、剣心は頬を染めて明後日の方向を見やった。
 その姿になのはとリンディは小さく微笑みあった。






































































 三人の様子を、遠くから雪代巴は見つめていた。
 何処か羨望で、何処か悲哀で……。
 そんな感情が浮かんでいる眼差しで、分かれた三人を見つめていた。次第に視線はなのはから剣心に固定され、彼の姿が影に消えるまで見つめ続けると、声をかけるでも後を追うでもなく、踵を返した。
 その先に、今は亡き龍の五色不動・白魔のルシード=クルプスの姿があった――。



なのはの魔法の特訓。
美姫 「攻撃魔法が使えるようになったのね」
しかし、それを目撃されてしまったけれどな。
美姫 「まあ相手が剣心で良かったじゃない」
だな。普通の一般人とかなら大騒ぎになっていたかもしれない事を考えれば。
美姫 「敵さんの方も何か動きがあるような雰囲気だけれど」
こっちはどうなっていくのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。




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