『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CU]W 本番ですね!〜演劇編〜

 なのはは暗闇に包まれた総合体育館に座って、これから始まる劇に心馳せていた。
 学園祭で同じくバンド参加が決定した二人組から、何度も剣心と夕凪の練習を聞くたびに、兄や姉の練習風景を思い浮かべ、それで全くの他人が振るう剣術に強く興味を惹かれたからだ。
 別に御神流を教授しないのは、興味がないからではなく、単純に自分ではあの動きに対応できないという客観論を物心ついた時から感じていた。だから、習わずとも興味はずっと持ち合わせていた。
 じっとステージを見つめていても疲れてしまう。
 なのはは、許可をもらって一緒に入場できた、膝の上で大人しくしている久遠の背中をそっと撫でた。
「くうん?」
「んーん。なんでもない」
 胸がドキドキと高鳴り、頬が高揚している。
 興味のある剣術に、好きな舞台だ。
 否応無しに楽しみは膨れ上がる。
 そんななのはに合わせるように、ついに開幕のベルが鳴った。

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 時は明治十年。
 幕末の乱世も表面上は落ち着きを取り戻した時代。
 人々は新しい日常を気付き上げるため、必死になって日々を暮らしていた。

剣心「か、薫殿、ちょっと待つでござる〜」
薫「またなーい。折角今日は赤べこで牛鍋を食べる予定なんだから」

 薫は手に一本の掛け軸を巻いた巻物を持ちながら、後ろからひょこひょこついてくる浪人風の要望の青年に笑顔を向けた。
 嘆息しつつ、剣心は薫の後ろをついていく。
 そして視界に目的地が見えた時、事件は起こった。

男・一「ぐわぁぁぁ!」

 男が一人、赤べこの入り口を突き破って飛び出した。
 続いて仲間と思われる二人組が出てきた。
 そして最後に、一人の青年が暖簾を潜り、姿を見せた。

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 その姿を見て、なのはは大きく口を開けてしまった。
 と、同時に周囲から小さく黄色い声も聞こえる。
 だが、それも姿を見せた人物を見れば納得だ。
 赤べこから出てきたのは、長い爪楊枝を口にくわえた夕凪で、袖口と襟元を黒く染めた羽織を着こなし、普段は左右に垂らしている、最近セミロングくらいまで伸びてきた髪をオールバックにまとめている。羽織の下はさらしを巻き、遠目体では間違いなく麗人としか思えない。
 そこに女性特有の流し目が合わさるものだから、劇以降、夕凪の周囲には人だかりができることは間違いないだろう。
 とにかく、そんな観衆を他所に、劇は進んでいく。

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左之助「け。ケンカ売るなら、見合った実力を持ってから売りやがれ」
男・二「こ、このぉ!」
男・三「ふざけやがって!」

 連れの二人が威勢を放つ間に、吹き飛ばされた男が立ち上がった。

男・一「これでもくらいやがれぇ!」

 大きく振りかぶられた一撃が、左之助に向けられる。その中で、拳の中から寸鉄が突き出されるのに、剣心と薫が気付いた。
 だが、止めるには遠すぎた。
 寸鉄が左之助の眉間に突き刺さる。

薫「きゃ」

 薫が小さな悲鳴をあげた。
 しかし、その隣で剣心は真面目に左之助を見つめていた。

左之助「なんだ。寸鉄使ってこんなもんか?」
男・一「な、何?」

 左之助は男に答えず、すっとでこピンの形にした指を男の額に当てると、指を弾いた。

男・一「ぐはぁ!」

 たったそれだけ。
 にも関わらず、男は連れを巻き込んで吹き飛んでいた。

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 男が三人退場した後、舞台では剣心と夕凪が言葉を交わしていた。
 その光景が、ただの演技というより、元々そういう歴史を歩んだ一人の人間のように、なのはには映っていた。
 すれ違う人達。起こる事件。
 その中で当時の明治政府よって悪役にされてしまった赤報隊の生き残りであることが語られていく。
 なのはは、そんな物語を見ていくうちに、久遠をぎゅっと抱きしめた。上演中という事実を理解している久遠は、鳴き声をあげずに、ただ黙って友人を見上げていた。 どこか悲しい物語。
 心から尊敬できた人が濡れ衣を着せられ、挙句に死刑という極刑を目の前で見ていた少年と、濡れ衣を着せた側にいながら、それを憂い、政府に入らず日本を流れた流浪人。
 直接ぶつけられる感情に、剣心は戸惑いを隠せないが、それでも、彼は怒りに燃える左之助の勝負を受け入れた。 その様子は、物悲しい。
 どれだけ声を枯らして訴えようとも、行き場をなくし、変色してしまった感情は、言葉では戻れない。
 舞台は、決闘場所になる川原へと移っていた。

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左之助「最強の維新志士、緋村抜刀斎。俺はお前を倒す」
剣心「……そんな鍍金染みた強さでは、拙者は倒せぬよ」
左之助「うるせぇ! 相楽隊長の仇をとる! 最強の志士を倒して!」
剣心「しかた……ないか」

 腰から抜いた逆刃刀と、手にした持ち主の身長をあっさりと凌駕する斬馬刀から、左之助は刃を隠していた布を取り去る。
 
左之助「いくぞぉぉぉぉ!」

 一拍の後、左之助が吼えた。
 巨大な刀を苦ともせず、風のように地を駆ける。剣心は、間をとるために舞台から飛び降りた。

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「よぉぉぉぉぉぉぉし! 客の反応はOKだ!」
 舞台袖で、安藤龍一が両手拳を力いっぱい握り締めて、絶叫を擦れさせる。
 その隣で、剣の製作者である忍も満足そうだ。
「うん! 照明の反射も申し分ないし、これでカッコよく光が相乗効果で劇を盛り上げるわね」
 龍一が計画した殺陣は、観客席を縦横無尽に駆け回るものだった。忍が作成した剣は想像以上のデキだっただめ、途中で色々と予定を変更もしたが、席の間近で行われる剣戟など経験のない観客には、またとない刺激だ。
 舞台から殺陣の場所を変えた二人は、客席に飛び降りると、あえて作られた広めのスペースまで体育館の左右を走ると、スペースの中央部で激しく激突した。
 だが武器の重量が違うため、衝突したと観客が思った瞬間、逆刃を斜めに固定し、斬馬刀を自分の上に逸らす。
 超重武器のため、僅かな崩れが、夕凪の体を流す。
 そこを逃す剣心ではなかった。

 飛天御剣流――。

 夕凪の体が流れたのに合わせて、剣心は逆刃刀をほんの少し体に隠すようにひねる。
 そして、二人の距離が一メートルを切った瞬間、剣心が弾かれたように前に出た。体の影から飛び出した逆刃刀が、刹那の瞬間に無数の剣閃を生む。

 龍巣閃!

 銀色が夕凪の人体急所を的確に斬り抜く。
「ぐぅ!」
 いくら忍が直々に作り上げた特殊な摸造刀とはいえ、剣心レベルの腕前を持つ人物の技は常人であれば気絶並みの破壊力を持つ。
 それを全て受けきった上で、反撃を繰り出せるのは、一重に夕凪が持つ耐久力のおかげだ。
 防御もなく打ち出されていく剣の最後を受けきると、剣の引きに今度は夕凪が合わせた。
 斬馬刀が大きく振りかぶられ、小柄な剣心を押し潰すべく重力を伴って打ち下ろされる。 それを、逆刃刀の持たない左側に半歩引くだけで避けるのを見るや、強引に斬馬刀を横薙ぎに軌道修正をかけた。
 縦から横への急激な起動変化に、剣心も眼を見開く。
 そして観客を含めて、龍一や忍でさえ息を飲んだ。
 あの巨大な斬馬刀が剣心の立ち居地をあっさりと追加した。
 その軽さに、全員が剣心の小さな体が吹き飛んだと感じた。
 ただ、斬馬刀を手にした夕凪には、驚きではなく疑心の表情が浮かび上がっていた。
 手に生まれたのは斬馬刀の重みの他に、人一人分の重量。
 ゆっくりと見上げた先には――。

 飛天御剣流!

 斬馬刀に逆刃刀を貫通させた剣心は、何処か悲しげな視線で夕凪を一瞥すると、超人的な脚力を持って高く跳躍した。
 そして頂点で体を反転させると、そのまま重力を味方につけて、刀を振り下ろした。

 龍槌閃!

 防御など無意味な一撃が、夕凪の体を床へと叩きつけていた。
 それは轟音。
 例えるなら落雷のようだ。
 窓ガラスさえ震える一撃に、体育館にいた全ての人達が固唾を飲んだ。
「な、なんだ? あんな殺陣なんて、指示してない……」
「うん、あれ、二人じゃないね」
「へ?」
 何とか搾り出した戻らない筈の独り言への答えは、龍一の隣で見ていた忍から発せられた。
「いくら何でも、あんな事はしない。多分、なんだけど、何かに引きずられているのかも」
「な、何かって……まさか、夜の……」
 それには忍は小さく顔を振った。
「それはない。そういうんじゃなくて、魂が過去に戻ってる感じかな。那美の範疇だよ」
 那美というのが誰なのか龍一にはわからなかったが、忍の秘密を知る友人の一人として、信頼できる彼女が言うのであれば、間違いないだろうと頷いた。
 いや、頷く事しかできなかった。
 何故なら、観客の悲鳴など、エンターテイメントとしてあってはならないからだ。
 それが聞こえた瞬間、舞台に関係なく龍一は舞台袖から身を乗り出した。
 倒された場所で、ふらつきながらも、夕凪は立ち上がっていた。
 演技ではない血を額から流し、目に入り込んでは眼をも紅く燃え上がらせる。
 ただ、それは諦めの眼差しではなく、己が倒れれば背負っているもの全てが灰と化すという覚悟が入り混じっていた。
 その姿に、ようやくなのはは、ああ、そうなのかと気付いた。
 傷だらけになりながらも、間違っていると思いながらも、自分の信じる道を突き進もうとする夕凪と、それを正すため、手加減なく全てを受け止めようとする剣心。
 二人の向かい合う姿は――。
「クロノ……くん」
 かつて、自分に魔法の力を与えてくれるきっかけとなった事件があった。
 もう今から三年程前の話だ。
 だがその中で、なのはは一組の親子と出会い、それぞれの胸の内に生まれてしまった悲しい小さな擦れ違いの果て、再び手を取り合った事を身近で見ていた。
 あの対峙する二人の姿は、優劣は違えど、あの親子そっくりに感じていた。
「負けられねぇ! 負けられねぇんだ!」
 左腕一本で斬馬刀を背負い、右手を力強く握り締めて、夕凪は吼えた。
「てめぇらが俺達赤報隊に被せた! その維新志士の中で最強と謳われる抜刀斎に負けられない! 負けていられないんだ!」
 それは慟哭だ。
 一人だけ生き残った。
 一人だけ汚名を投げられない
 一人だけで政府を睨んでいる。
 背中を預けていた仲間を、信じていた『明治政府』によって奪われた痛みは、簡単には消せない。
 消えては……ならないんだ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 左腕一本で持ち上げた斬馬刀が、大気を巻き込みながら唸り声を上げる。
 その根元に、決死の眼差しをした夕凪が仁王立ちしていた。
「どうしても、止まらぬか?」
「へ。糞みたいな政府の犬が、俺に説教か」
 言葉は汚くとも、裏側にある感情は、灼熱よりも熱い。
 何時しか、観客も含めて、その場にいる全ての人間が、夕凪と剣心の対峙を見守っていた。
 いや、目が離せないと言っていい。
 恐らく、夕凪のダメージから、後一撃なのだから。
「いくぞぉぉぉぉぉ! 抜刀斎ぃぃぃぃぃぃぃ!」
 斬馬刀に加わった遠心力を生かして、元々持ち合わせていた突進力が倍以上の速度を持って剣心に向かう。
「お主を止めるのも、拙者の役目」
 激情を通り越して、怨念とさえ思える闘気を浴びながら、剣心は逆刃刀の峰を返した。
 それはすなわち――。

 キィィィィィィン!

 その交差は一瞬だった。
 夕凪の斬馬刀と剣心の逆刃刀の銀閃が煌いた途端、甲高い音に体育館は包まれた。
 その耳障りな音に、その場にいた全員が周囲を見回す。だが変化は見られない。各自に疑問が浮かぼうとした瞬間、ソレは夕凪の真後ろに激しい音を立てて落ちた。
「拙者の逆刃刀、人以外のものは容赦なく切り捨てる」
 音の元は、半分で斬られた斬馬刀。
 窓から射し込む太陽に輝いているのは逆刃刀。
 呆然としていた中で、忍だけは違った。
(ありえない! あの素材は私が本家から持ってきた賢者の石を使って生成した特殊なオリハルコン! 切れ味なんてそれこそペーパーナイフ並しかないのに、同じ素材の斬馬刀を斬った?)
 ぞくりと、背中の産毛が逆立つ。
 前に恭也が言ってた言葉を思い出したからだ。

『一流の剣士は、たとえ木の枝でさえも必殺の武器へと変える事がある』

「……つまり、緋村君は一流の剣士……」
 それも恭也が認める程の。
 しかし、それ以上の思考は進まなかった。
 すでに劇ではなく現実なった夕凪の言葉に、意識が一気に引き戻される。
「くそ! 負けられないんだ! 俺が負けたら、赤報隊が……」
 慟哭の続きだ。
 己の全てを切り倒した維新志士に一矢報いるために、虚勢をはる姿は、普通であれば情けないのかもしれない。だが、背負ったものの重さが、自然と流れていた涙と共に見ている全ての人の胸を打った。
 ただ、一人を除いて。
「絶対に……絶対に負けられないんだ! 維新しし……!」
 鈍い音がした。
 今まで聞こえていた剣戟よりも、小さく、軽い音だったが、今日の中で一番残る音だ。
 突然九十度に曲がった顔に、叫びも途切れていた。途端に頬に疼く痛みに、ようやく自分が殴られたのだと悟る。
「お主が勝ちたいのは、拙者にか? それとも、こういう体制になった明治政府にか?」
「あ、き、決まってる! 明治政府にだ! 終わったと思っている維新に対して認識を改めさせてや……!」
「維新は、まだ終わっておらぬよ」
「な、に……?」
 まるで、自分自身が殴られたように悲しげな表情を湛えて、剣心は夕凪の体温残る拳に触れた。
「赤報隊だけではない。財政難、私利私欲を貪る、各地で起こる飢饉と暴動。その全てが未だ維新が終わっていないことを示す。だから拙者は流浪人となり、せめて見える人々だけでも救いたいと、こうして今も流れている」
「そ、そんなのは言い訳だ! どれだけ奇麗事を抜かしても、結局は好き勝手生きているだけだろ!」
「赤報隊がお主に教えたのは、そんな凝り固まった思想なのか!」
「!」
「赤報隊が目指したのは、真の維新の完成ではないのか? それなのに、斬佐、お主はここで何をしている? 生き残れと言ってくれた仲間が示したのは、こんな喧嘩屋家業を行い、悲観にくれる事だけか?」
 それは維新志士が言うべき言葉ではないのかもしれない。
 だが、維新が終わっていないと認め、権力を持たずに流れて人々を助けようとするこの男は、紛れもない赤報隊隊長の相楽と同じ心を持っていた。
 頬から伝わる痛みに、そんな心情を全て込められたように痛く、夕凪は気付いた時には微笑んでいた。
「一緒に維新を終わらせよう」
「……ああ」
 そうして二人は笑顔で握手を交わした。

 ☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★☆   ★

 劇はそこで終わった。
 信じられない殺陣に、しっかりと内容が伝われば、見ていた人々は皆笑顔や涙を拭いながら体育館を後にしていく。
 その光景を、一番後ろの席で劇を見ていた蓉子は、未だにぼんやりと幕の下りた舞台を見つめていた。
 主義主張の違う二人の男が、互いの心をぶつける史実。
 その心の在り方を捕らえようとして、いつもするりと指の隙間を抜けていく。それは、まるで昨日の氷那の考えのような……。
「あれ? お姉さん?」
 そんな感覚を覚えながら、ふと声がかけられた。
 やはりどこか心ここにあらずという状態の蓉子が視線を向けた先には、久遠を胸に抱えたなのはの姿があった。
「ああ……また会ったわね」
「はい〜」
 そう返事をすると、なのははちょんと蓉子の隣に腰を降ろした。
「どうしたの? もう劇終わっちゃって、次まで時間あるわよ?」
「はい! 大丈夫です。この後、お友達のバンドを聞きに行く予定です」
 ならばどうしてこんなところに座っているのだろうか?
 そんな疑問につい小首を傾げたところで、なのはは顔をステージの方に向けて、ぽつりと呟いた。
「何か、お姉さんが悩んでいるように見えたんです」
「悩んで……?」
「何ていうのかな。納得いかないというような……」
 納得いかない。
 ああ、そうだ。納得がいく筈もない。
 日本妖怪の鍵とも言うべき二つの力が突然消滅し、挙句にそれについて蓉子達を統べる長から、調べる事を許されず、水面下で調べていたところで、問題の鍵の一つともなる氷那から、直々に中止命令を受けたのだ。
 やり場を失った思考の渦と感情が、ぐるぐると心の中に渦巻いて気持ち悪い。
「そうね……。ちょっと納得いかないわね」
 だから気付いた時には、蓉子はそう漏らしていた。
「私が所属しているところのね、一番偉い人がいるんだけれど、その人がトラブルに巻き込まれて。それで、私が心配して手伝おうとしてるんだけど、その人は手伝いはいらないって言うの」
 自分は妖怪だ。
 その一番トップに君臨していた二人に被害があり、その原因が人間なのであれば、全勢力を持って復習しても何ら問題ないのだ。
 そう、このままこの少女の首をあっさりと捻り折ってしまっても――。
「そのトラブルって、どういうものなんですか?」
「え? ああ、ちょっと悪い人達に騙されたのよ」
 しかし、何故そんなあっさりと答えているのか。
 感情の渦が、新しく疑問を巻き込んで、目の前がふらりふらりと様々に変化していく。
 少女の首筋に視線が向く。
 本当に細く、白くて綺麗な首だ。
 見ているだけで、普段は抑えている殺肉衝動が湧き上がりそうになる。
 ゆっくりと、それでいて無意識に爪の伸びた手が、なのはの首筋に伸びかけた時、まるで何事もないように、なのはにこりと笑顔を見せた。
「そのトップの人の気持ち、私わかります」
「え?」
 全く予測していなかった一言に、感情の渦はぴたりと動きを止め、ぶれていた視界が焦点を定めた。
 その中心になのはを映しながら、蓉子は疑問を口にした。
「何故、そう思うの?」
「えっと……私も本人じゃないから、半分は想像になっちゃうんですけど……」
 そう前置きを置いてから、再び口を開いた。
「騙されちゃって、それでも他の人に助けてって言わないのって、トップの人が相手の人を信じているからじゃないのかなって」
「しん、じてる?」
 そんなあまりに甘い考えなど、馬鹿げている。
 顔に出ていたのだろうか。
 なのはは、ちょっと眉を顰めてぱたぱたと手を振った。
「あ、もちろん、そういうのがすごく甘いのは、私も理解してるんです。でも、信じてるって思いたいじゃないですか」
「おもい、たい」
「そういうのって、すごく大事だと思うんです。悪い方悪い方にばかり考えちゃうと、心ってすぐに暗いところに沈んじゃうじゃないですか。だから、本当に大切な人だから信じていたい。だから、助けてって言わないで頑張ってみよう……とか、えへへ。ダメですよね。こんなの!」
「んーん」
 あまりに子供染みた発想だ。
 だけれど、その子供の真っ白い考えは、胸のどこかに、ことんとはまる様な気がした。
 だからなのはも、否定されると思っていたところを肯定されて、きょとんと目を瞬いた。
「あの……?」
「ありがとう」
「え? あ、あの?」
 急なお礼。
 そして優しく抱き寄せられて、なのはは目を白黒させた。
 でも、なのはは何も言わなかった。
 掌に落ちた一滴の雫に、ただ優しく微笑んだだけだった。





やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっとできたぁぁぁぁぁぁ!
夕凪「ずいぶんと長かったね。安藤さんが心配していたらしいし。死んでるのも直ったんでしょ?」
うむ。長くなって、一度消して、書き直したら、最後はごちゃごちゃに。
夕凪「だめじゃん!」
蓉子「本当ね……」
ギク!
蓉子「何? 私いいところなし? 最後になのちゃんに抱きついて泣くなんて、どういうこと?」
あ、あはははははははははは〜。
蓉子「悪童滅却!」
あ、アチチチチチチチチ! 燃やすな! 叫ぶな! 夕凪! 止めろ〜!
夕凪「……間違いなく自業自得」
Nooooooooooooooooooooooooooo!


 一時間後。

夕凪「……いやぁ、焼き芋美味しいわ」
お、俺の……燃やした火で焼きいも食うな……。
 



いやいや、最後のシーンは良かったよ。
美姫 「うん、そうね」
にしても、思わぬ展開になった劇だった。
美姫 「まさか、過去の再現になるなんてね」
だが、観客たちはあれも劇だと思ったみたいだし、結果としては良かったのかな?
美姫 「次回も楽しみよね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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