『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
CU]V 前日ですか?
よく祭りは当日よりも準備の時間が楽しいと言う。
その言われようは、なるほど。正しいものだと剣心は最終リハーサルが終了した体育館の壇上で思った。
最初はあれだけ嫌がっていたアクションも、安藤龍一の熱意に引っ張られる形でどんどん上達できた。
もちろん、それだけではなく台本の内容にどこか惹かれるものを感じたからこそ受けた話ではあるが、段々と自分と台本の中のキャラクターが己と同一になっていく不思議な感覚。
あくまで一般的な斬戟のみを利用したアクションなのに、本当に存在した維新で活躍した人斬りと自分を錯覚してしまう。
ただこの人斬りは、人を斬る度に心を痛めていく。
一人斬っては涙を流し、一人斬っては歯を食いしばる。
そうして生き抜いた維新後の時代を彷徨い、道すがら出会った人々を守って生きてきた剣客。
それは夕凪も一緒だった。
何時だったか帰りに翠屋で愚痴の言い合いをした際に、同様の感覚に包まれたと語っていた。それが何なのか? は、二人ともわからずに首を傾げるばかりだが、嫌な感覚ではないのでそのまま続けている。
今日は前日と言うこともあり、役者は午前中のリハーサルだけで終了し、帰宅となった。部活の出し物についても、ある程度は完成したので問題ない。
久しぶりの半日オフに、剣心はのんびりと校門を出た。
最近はCDショップも覗く暇がないため、散歩がてら駅前に繰り出す。
住宅地の中に建っている風ヶ丘から、左に少し進むと駅前通りに出る。
そこからお目当てのCDショップまでは徒歩で五分程度だ。野々村家とは反対方向だが、こちらにしかないので仕方ない。
一気に人の増えた通りを、ぼんやりしながら進んでいく。と、そこで見覚えのある生き物を見つけた。
一匹はどう見ても狐……久遠だ。そしてもう一匹は……。
「氷那?」
それは野々村家に居候になった、妖怪の氷那であった。
二匹は、久遠の上に氷那が乗る格好のまま、起用に人波を掻い潜り、歩いていく。
「ふむ」
二匹を発見してからしばし様子を見ていた剣心は、そのまま後をつけてみる事にした。
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「本当にここにいればちゃんとわかるんでしょうね?」
「大丈夫。連絡はつけておいたんで必ず来る」
北は北海道から関東の海鳴に来て、早一週間が過ぎようとしている。
その間、私はザカラと氷那様と雪様の事を調べた。
でも、事件発生から四ヶ月以上経過した状態で、特に時間を遡る能力のない自分には、通り一辺倒の調査しかできなかった。
何故、私の所属する東の妖怪を束ねる長、雷信様は一切の調査を禁じられたのか、未だにわかっていない。
北海道で知り合った神咲北斗は、今回の事件について詳しい様子だが、こちらも口止めされているのかはっきりとした内容は語らない。
一体、どんな裏があるのか?
調査以外でも、好奇心が沸くのは否めない。
そして海鳴で調査を行って、私の休暇も後僅かしか残されていない。折角信頼されて彼から調査を受けたのに、これでは意味がない。
そんな苛立ちを隠す事無く、北斗に詰め寄ったのが昨晩。
隣で夕凪という女の子が妙に睨んでたけど、こんな那美そっくりな優男は趣味じゃない。
あえて無視して、一気に捲くし立てると、それじゃ明日、氷那や雪さんが封じられていた池で。と、あっさりと折れた。
と、いうか、そんなに楽に折れるのであれば、さっさとして欲しいものだ。
だけど、彼の言い振りを聞いていると、こちらも何かある様子。
そこでさっきの裏について、色々と試行錯誤してしまっている。
「あ、来たよ」
そんな事を考えていると、北斗の呼びかけに意識が戻ってきたのを実感した。どうやら、深く考え込んでいたらしい。
慌てて視線を北斗の指差す方へ向けた。
そこには一匹の狐と、その上に……なんだろうか。兎? にしては丸く、猫? にしては羽があるという、可笑しな生き物が現れた。
アレ、一応妖怪か。
丸い物体を見つめつつ、流れてくる妖気を肌で感じる。大したことのない妖怪だ。
「それで? あんな下等妖怪を呼んでどうしようというの?」
「それは本人から聞いてよ」
本人?
そう問いかけようとした瞬間、視界が眩い光に包まれた。
「な、何?」
顔の前で影を作り、必死に視力を確保しようとするも、光が強すぎてままならない。
一体何が起きているのか!
疑問を思い浮かべる前に、その場が停止した。
いや、停止というのは不適切だ。
なぜなら、停止したのは私の思考だけであり、時間は間違いなく流れているからだ。
そしてその原因は光の中から溢れ出たあまりに膨大な妖気の塊だ。
大きく、それでいて何者も受け付けない凛とした純白の妖気。しかも、それが二つも存在している!
「な、何者!」
私は北斗が近くにいるのもかまわず、妖気の半分を開放した。
おそらく……いや、間違いなく、それだけでは足りないが、全開にしても、勝てる見込みなどごく僅かだ。
「―――――」
「え?」
戦闘体制を整えた私に、どこか懐かしい、それでいて安心できる声が聞こえた。
「―――――」
また……。
感情を無視して、本能が声をはっきりと聞く事に力を集中させる。
徐々に声がはっきりと聞き取れるようになっていく。
「――蓉子」
「!」
光が晴れた。
そこに居たのは丸い妖怪ではない。
巫女服姿の、妙齢の黄金色の髪をした女妖怪。
もう一人は――。
「あ、貴方様は!」
「―――――」
「いえ、確かに長より、中止命令は受けております。しかし、私達には雪様や氷那様の気が消えるという惨事が重大事に思え……」
「―――――」
「……いえ、そのような。ですが、何も知らされぬまま、日本妖怪をその昔喰らい続けたザカラを封じたお二人が!」
「―――――」
「いつかわかる……ですか?」
「―――――」
「近々……。はい。わかりました。私、蓉子が責任を持って東の妖怪に伝えます」
「―――――」
「そのように言わないでください。我等にとって、ザカラは白面と並ぶ大妖。それを封じた貴方様は……」
「―――――」
「は? 人を見ろ?」
「―――――」
「明日ですか? はぁ。わかりました。そう申されるならば……」
そこで会話は終わった。
後に残されたのは狐と丸い妖怪、そして私と北斗のみ。しかも妖怪と狐は、何処かすっきりとした顔で丘を下っていく。
「満足したかい?」
ぼんやりとしていたんだろう。
半分心配そうに顔を覗き込んできた北斗に、力なく頷いた。
「今回の経緯、全て人間側の責任ゆえ、妖怪は顔を出すな。と」
「そういうことだよ。でも、僕達は語れない。その瞬間に何が起きたのかを。それは当事者でなければただの史実でしかなく、真実には程遠くなるから」
「だから、あの二人と会わせたの?」
一応プライベートだから、許可の時間がかかったよ。と彼は苦笑して頭を掻いた。
「でも、最後に風ヶ丘という学校の学園祭に出ろと言われたが?」
「多分、氷那は好きだからだよ」
何を? とは問わなかった。
何故なら、人の責任であるにも関わらず、人の世の中で暮らすあの方は、それでも人が好きなんだと思ったから。
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「終わったか?」
蓉子が丘を下ってから、僕はしばしその場に残っていた。
そこに、最近増えたというさざなみ寮の問題児の声が聞こえた。
「うん。一応納得したらしいよ」
「原因が原因だから、襲ってくるかと思ったよ」
黙っていれば美麗な顔を、おもいっきり崩して、横島零君は笑った。
でも、彼は元々予定に入っていたけれど、予定外の人も一人。
「で、キミはどうしたのかな」
「いや、知ってる人の後をついて来ただけなんだけど……。五月の、まだ続いてたんだな」
そう呟いたのは、零君と同じで木陰に身を潜めていた少年だった。
単身痩躯。赤い髪を項付近でまとめ、左頬に絆創膏を貼った彼に、零君は気軽に手を上げた。
「よ」
「……久しぶり」
何で――と疑問を浮かべて、すぐに那美の話を思い出した。確か彼がチューブラーベルの亜種にとり憑かれた時、高町恭也さん他、数人のメンバーで救出したという。
零君が関係するのは、その事件しかない。
でも五月の、雪さん達の事件まで知っているとは思わなかった。
と、少年は、ぼくを見て小さく苦笑した。
どうやら、こちらの考えていた事が筒抜けだったらしい。
五月に夕凪ちゃんや、耕介さん、真一郎さんが北海道に来た時の事件。少年も発端となる出来事に携わったらしい。
どうにもこうにも、彼もどちらかというとトラブルメーカー資質があるんじゃないだろうか。
ぼくと同じ退魔師の零と、妖怪に関わった少年。
胸に流れている哀愁は、同じものだと思う。
ぼく達は、三人の姿が見えなくなった丘を、しばしの間眺めていた。
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「だ〜か〜ら〜! そこはオレのパートだって言ってんだろ!」
「何言うてんのや! アンタがまちごうたんや! こっからはウチのとこやろ!」
前日の最終調整だというのに、あいも変わらず晶と蓮飛は牙剥き出し状態で顔を向き合わせていた。
その後ろで牧野信吾と信二の双子が、大きな笑い声を上げた。
「別に俺ら的にはどっちでも一緒」
「そそ。歌うパートはお好きなように」
『アンタらも決めろよ!』
「おお!」
「おお?」
もう今更になって理解したような双子に、もうつくづく晶と蓮飛は疲れ果てていた。
バンドのボーカルを引き受けたはいいが、曲を提供し、練習するのみで、双子はそれ以上何もしない。
正直、急な呼びかけだったので、多少なりの好意でもあるのかと思えば、音楽以外ではまるで近寄る事もない。
そんな考えを持てるようになったあたり、女性として成長しているのだが、二人には自覚はないだろう。
とにもかくにも、曲が完成している筈もなく、一度も通しでリハーサルはできていない。
「だからオレとレンを一緒にするのは間違ってるんだって」
「そうやな。もうちょい気が聞けば問題ないんやろけど」
「そうそう。レンが人に譲るということ覚えてくれればな」
「…………」
「…………」
折角収まりかけたケンカに再び火がつきかける。が、今回は互いに嘆息すると、さっさと楽器のチューニングをしている双子をちらりと見る。
「……断るにしても明日が本番だしな」
「ああ。せめてちゃんと指示してくれればなぁ」
終始この調子である。
それでも、与えられた五つの曲は、全てがフィアッセとゆうひが感嘆するものだった。
もちろん、二人も何処か感動を覚えて、ツインボーカルを引き受けたが、やはり早計だったと後悔しか浮かんでこない。
そんな不安が周囲に広がった時、信吾が大きく頷いた。
「大丈夫だよ。ちゃんとリズムは取れてるし」
そこに信二が続く。
「家でMDを聞いてくれてるなら、問題ないよ」
確かに家では合唱状態でどちらのパートになっても歌えるようにしている。
だけど前日までこの調子じゃなくてもいいじゃないか。と、思うのは間違いではない筈だ。
「まぁメインの城嶋さんさえしっかりしてくれれば」
「まぁメインの蓮飛さんさえしっかりしてくれれば」
そう同時に呟いて、晶の名を口にした信吾と、蓮飛の名を口にした信二は顔を見合わせた。
「何言ってる? ペースメーカーは城嶋さんだろ」
「何言ってる? 同時に声を出した時に、伸びてメインになるのは蓮飛さんだろ」
不穏な空気が双子の間にも流れる。
本当にこんなんで成功するのか?
晶は不安になるしかなかった。
こうして、学園祭前日の夜は更けていく。
「不安しかないんだが?」
「奇遇やな。ウチもや」
本当か?
蓉子「何これ?」
夕凪「出番あるだけいいですよ。前日なのに出番なし」
蓉子「しかも、前日で関係あるのって晶さんとレンさんだけだし」
蓉子「まぁいいわ。折檻は済んだし」
夕凪「今度は安藤さんのところに空送かな」
蓉子「いいわね。SS書かない嫌がらせに(ニヤリ)」
夕凪「う〜ん。美姫さんとは違った黒さだ」
蓉子「何か?」
夕凪「いえいえ。お姉さまと呼んでいいですか?」
蓉子「は?」
いよいよ始まるのか、学園祭。
美姫 「不安を抱えたバンドの本番前日」
果たして、どうなる!?
美姫 「本当にどうなるのかしらね。次回が待ち遠しいわ」
次回も楽しみに、あ、たのしみにぃぃ〜〜。
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。