『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




C]Z 来客ですか?

 日本に明確に四季があると言えたのは、地球温暖化が始まる前だった。
 九月に入っても残暑という名の真夏日が続き、ここ高町家の居候をしているその一とその二の二人は、仲が悪いにも関わらず、一緒に帰宅の途についていた。
 別段朝のように走っている訳でもないのだが、全身からじんわりと汗が吹き出る。
「なぁ」
「なんや?」
「翠屋よらねーか?」
「アホ。学園祭の打ち合わせで時間かかったんや。夕飯の準備があるやろ」
 風ヶ丘学園の学園祭は九月末日に設定されている。理由は十月一日の創立記念日に合わせているからだ。なので学生は休み明けテストを終えると同時に、学園祭の準備ムードへと切り替わる。九月二日とはそういった準備期間の初日は学年で決まった数だけ出店可能な喫茶店を取るかどうかで晶と蓮飛のクラスは大いにもめた。
 元々お祭り好きである二人も一緒になって盛り上がったのだが、気付いた時には普段なら夕飯の準備をはじめている時間になり、部活連中も全員欠席状態となってしまっていた。
 おかげで慌てて解散したクラスメイト達に挨拶はそこそこで学校を飛び出したところで、全く同じ状態になった互いを発見して、買い物を猛ダッシュで行った後で帰宅となっているのである。
 本日は本来ならば晶の担当なのであるが、一品を蓮飛が作るという約束となっており、そんな事情から蓮飛もまた強く晶を責める事ができずに、口を尖らせる始末である。
 それでも愚痴を言い合いながら高町家の正門にたどり着いた二人は、そこで普段は見られない物を見つけた。
「あれ? あの車、確か耕介さんのじゃないか?」
「ほんまや。何か用事やろか?」
 寮生外出用に購入した大型ワンボックスカーの脇を不思議そうに眺めつつ、門をくぐりぬけた瞬間、
「一目会った時から愛してましたー!」
「わ! 零君! ダメー!」
 目の前にジージャンにブルージーンズ姿の男が、いわゆるルパンダイブする姿と、その後ろで大慌てで止めている那美の姿が視界にはいる。
 だがジーンズ男は晶と蓮飛にルパンダイブをしていて、空中に浮かんでいるのだ。
 もう頭で考えるより先に体が反応したとしても、誰が二人を責められようか。
「うわぁ!」
「なんや!」
 もう見事なコンビネーションブローがジーンズ男の顔面にマンガちっくにめり込む。慣性の法則に従って体だけがブランコの振り子のように晶と蓮飛の間を通り過ぎる。
「うぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 そして勢いと正拳で、正拳の力場が勢いを超えた瞬間、ジーンズ男は奇声を上げながら那美の横をもの凄い速度過ぎ去ると、それなりに奥行きのある高町家の塀に、
 
 ぼぐぅ!

 と、人間が出すとは思えない音を立てて着地した。
 息の荒い二人は別として、どうやらずっといたのか那美の他に剣道の道具を持った男女二人組は唖然と口を開け、ボディラインをはっきり浮き彫りにさせるミニスカワンピースの女性は仰々しい溜息をつき、高町家家長・高町桃子女史はケラケラと本当に愉快そうに笑っている。その向こうには顔を片手で覆っている恭也と、なんと言っていいのかわからない複雑そうな顔の美由希。それに何故かいる剣心もまた美由希と同じ感じだ。
 手から煙が上がりそうな雰囲気で拳を振りぬいた二人が、男を一瞥するとぐるりと来客を含めた知り合いを見回した。
「……で、どういうことですか?」
 頭から血を流して痙攣しているジーンズ男を汚らわしい物をみると同義な視線で射抜きながら、晶はその場にいる全員に質問した。
 同じ事を言いたいのだろう。
 蓮飛もまた目が全員を問い詰めている。
 即座に口を開きかけた那美を止めて、前に一歩進み出たワンピースの女性が、二人の表情を見て小さく頭を下げた。
「ごめんなさいね。うちのバカが見境なく女子高生って言葉と姿に反応して。後でちゃんと調教しとくから」
 何気にさらりと普通では聞かないような台詞を吐く女性に、若干の恐ろしさを感じていると、今度は那美が晶と蓮飛に大きく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。寮生がいきなり失礼しちゃって……」
「寮生? ってさざなみ寮の?」
 思わず二人は顔を見合わせてしまった。
 さざなみ寮は女子寮であり、ワンピースの女性ならいざ知らずジーンズ男が入れる筈がない。
 その説明の後を継いだのが再びワンピースの女性だった。
「実は零の両親は……まぁ有名なゴーストスイーパーなんだけど、その二人が同時に虫の知らせを感じたのよ。それに従って、私が那美に連絡をとった訳。で、槙原さんにお願いして、さざなみ寮に住まわせてもらう事になったのよ」
「虫の知らせって……」
「いえ、私達にも似たようなものはありますし、結構重要なんですよ」
 さすがに虫の知らせで疑惑の視線を向けかけた蓮飛だったが、那美に言われてはそういうものなのかと納得せざる得ない。おそらくさざなみ寮への説得も彼女が代行したのだろう。
「事情は理解しましたけど、で、そこのセクハラ男――」
「セクハラ男なんて心外だなぁ。僕は横島零という女性に優しいナイスガイさ」
 もう唖然とするしかなかった。 
 壁に頭から衝突して痙攣していたジーンズ男――横島零は、晶の台詞を遮って無意味に不気味な星を周囲に撒き散らしながら手を握って笑顔を振り撒いていた。
 その動きは誰にも見えなかったらしく、恭也や剣心までも目を見開いた。
 だがいきなり手をむんずと握り締められるなどもっての外であり、更に名前すらたった今男が相手とあっては背筋に走る悪寒をとめられる筈もなかった。
「な、な、な、何しやがるー!」
「晶に何してるんやぁ!」
「ああ! こんな痛みも快感にー?」
 変な台詞を残しながら、再び零は高町家の塀に衝突したのだった。

 ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★  ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  
 ワンピースの女性は美神ひのめと名乗った
 彼女は那美と交流のある東京のゴーストスイーパーで、今回零の引率で海鳴やってきたと語った。
 途中で何度か零の所業に関して謝罪が入ったが、それは晶と蓮飛には溜息にしか聞こえなかった。
 まぁその原因は理解できるため、庭で簀巻きになり松の木に吊るされている。もちろん顔面は袋叩きにあったので月のクレーター状態だ。
 一通りひのめの話が終わったところで、晶と蓮飛は今度は会話していない男女のコンビを見た。
 こちらは剣心や美由希と面識があるのか、説明を受けている間も談笑を交わしている。
 そんな彼らも視線に気付き、自分達の番だとわかったのだろう佇まいを正した。
「初めまして。明神一志です」
「お初にお目にかかります。緋村ほのかです」
 零と違う丁寧な挨拶に、こちらも丁寧に自己紹介をする。
「ん? 緋村? ということは?」
「ああ。俺の妹。一志は実家の神谷道場の師範代」
「ふぇ〜。強いんですな〜」
 どう見ても自分達と同じくらいの年齢で師範代という肩書きの一志に関心しながら、次に何故そんな二人が高町家にいるのかと小首を傾げた。
 すると疑問にすぐに気付いた剣心が口を開いた。
「あ〜、俺もよく知らないんだけど、母さんの差し金らしい」
「緋村君のお母さん?」
 剣心は小さく頷いた。
「何でも夏休み中に巻き込まれた事件で、腕の未熟さを見かねて武者修行……ってのが理由らしいけど」
「なんや? 歯切れ悪いなぁ」
 そこそこの付き合いながら、剣心の性格ははっきりしている。言葉を濁すことが珍しい。
 それも理解しているのか、何度か考えるように視線を巡らせると、選んだ言葉を口にした。
「うちのじいちゃんじゃないし、他所様の子供まで転校させて武者修行っていうのが、どうも普段と違うんだ。何ていうか何かを見越して……っていうのかな」
 見ると一志もほのかも同様に複雑な色を浮かべているところを見ると、全員が何かを感じているのだろう。
「それでね、夏に美由希や恭也がお世話になったし、急な事だったけど雫さんのお願い聞いちゃった〜。しばらく一緒にいるからご飯とか二人ともよろしくね〜♪ あ、暇な時は私も手伝うわよ?」
 もう家族が増えるのが嬉しいのだろう。
 さっきから満面の笑みしか見ていない家長は、メンバーの多い居間に紅茶のポットを持ってやってきた。後ろには手伝いの美由希も一緒だ。
「え〜っと、とりあえず、明神さんとほのかちゃんはしばらく家にいて」
「さっきの馬鹿はよりによってさざなみ寮に居候と?」
「結果はそうなるな」
 もうすでに何処か達観した様子の恭也に、剣心が追従した。
「俺のとこはマンションの居候だからこれ以上無理だし、零の方は霊的に必ずさざなみ寮じゃないといけないらしいし、迷惑かけるんだけど……」
 なんというか、一体どれだけの苦労を居間まで背負い込んだのかと言うくらいに顔に疲労度を濃くしながら頭を下げられては、晶と蓮飛も頷くしかない。
「じゃ、まぁ今日はこのまま歓迎会って事にしましょ」
 そんな桃子の一声に、本日の料理当番二人が同時に声を上げた。
「し、しまった! 準備してない!」
「あ〜! もうこんな時間や! 今日は遅くなってしまうわ!」
 だが今日はまだ終わらない。
 そこへインターフォンが鳴った。
 時計を見るとすでに八時近い時間だ。
 高町家にこんな時間に人が来るなど滅多にないので、首を傾げながら蓮飛が玄関に向かう。
 それを見送る晶は、恭也が呆れ美由希が苦笑し桃子が悪戯好きの子供の笑みを浮かべているを視界に入れて、一筋の汗を流した。
「ああ〜!」
 案の定というのか、蓮飛の悲鳴と驚きが入り混じった悲鳴に、剣心が溜息をついた。どうやら彼もまた知っているらしい。
 玄関に向かおうか迷っていると、近づいてい来る足音が聞こえたので大人しく居間で待つ事にする。
 そして数秒。
 居間のドアが開かれて現れた顔ぶれに、晶も大口を開けて固まった。
「ふぃ、フィアッセさん? それに椎名さんまで?」
 そこにはフィアッセと椎名ゆうひ。そして何故か斉藤一と氷瀬浩の姿があった。
「お母さんただいまー」
「お帰り、なのは」
「ただいまですー。塾でたらフィアッセさん居て驚いちゃった」
「ふふ。みんなを驚かそうと思って内緒にしてて正解だったわね〜」
 それでも別ルートから剣心と恭也と美由希は知っていたのだが、さすがにひのめや一志、ほのかは目を瞬いて驚きをあらわにした。
「みんな元気そうね。これから年末までまたお世話になるね」
「うちはさざなみ寮やけどなぁ〜。あ〜。久々の耕介君の三食昼寝付や〜」
「そ、それはいいけど後ろの人は……?」
「ん? ああ、彼は……」
「僕は貴方の真の恋人ですよ。マダモアゼル」

『何でここに居られるんだぁ!』

 いつの間にかゆうひとフィアッセの後ろで腰に手を回していた零に、晶と蓮飛だけではなく、ひのめと斉藤と浩の鉄拳が問答無用で叩き落とされたのだった。

「俺、帰っていい?」
「剣心、この状態で逃げるのは無責任だ」
「恭ちゃん、逃げたくなるのは仕方ないよ」
 苦労症の三人に合掌。

 ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆   ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  ★ ☆  

 海鳴より数十キロ離れた小さな町。
 ここのファミリーレストランに二人の男女が向かい合って座っていた。
「……わかったわ。ちょっと予定が立て込んでるから、動けて二週間後かしら」
「わりぃ。うちは食い扶持二人も抱えてるから早々休みって訳にもいかなくて」
「私だって忙しいのよ?」
 それでもこうやって相談を受けるのは悪くないと、女は小さく微笑んだ。
「とにかくあの妖気は雪さんと氷那さんだと思うんだ。で、雪さんの妖気が消えた。これはかなり異常事態だ」
「みなまで言うな。って状態よね。ザカラを封印していた筈の二人が。ね」
 女はそういうと食後のコーヒーを大きく煽った。
 そして立ち上がると胸に掛かっていた一房の髪を掻き揚げて妖艶に微笑んだ。
「いいわ。ここの奢りもしてもらえるし、調べてくるわね」
 そう言って蓉子は踵を返した。




と、言うわけで久々の後書きは!
蓉子「私がジャックするわ」
何!?
夕凪「邪魔者滅殺!」
ぐふわぁぁぁぁ!
夕凪「と、言うわけで今回からしばらく蓉子さん登場です!」
蓉子「よろしくお願いします」
夕凪「は〜。美人さんだ〜。目の保養だ〜」
蓉子「……夕凪さんってこういうキャラでしたっけ?」
夕凪「いえ、後書きは素でいけるだけです」
蓉子「なるほど」
夕凪「さて今回は顔見せみたいなもんでしたけど、璃斗さんなんかに書かれるって大丈夫ですか?」
蓉子「ええ。まぁ作者(お父さん)には色々とやってきましたし、その分は働かないと」
夕凪「えらいなぁ。私だったら間違いなく叩き落としておしまいだ〜」
蓉子「一応作者のSSより数年後の大人バージョンの予定みたいなので、出てもいいかなと」
夕凪「どういう意味?」
蓉子「成長したらすごいわよ! と」
夕凪「(これ以上すごくなったら、私どころか椎名さんも太刀打ちできないんじゃ?)」
蓉子「まぁ、そういうわけですので」

二人「次回以降もしばらくよろしく〜」




遂に登場、蓉子。
美姫 「一体、どんな動きを見せてくれるのかしら」
それにしても、零をさざなみにって。
美姫 「いやー、羊の群れに狼を、それも調理器具一式与えて放り込むようなものね」
あ、あははは。凄い例えだ。
でも、さざなみだからな。羊の中には、怖い怖い狼が潜んでいるんだろうな。
美姫 「うーん、どっちかって言うと猟師かもね」
あはは。問答無用って感じだな。
美姫 「うーん、次回も楽しみ♪」
次回も待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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