『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CZ 運命/宿命/縁命

「こんにちわ。CSSのフィアッセ=クリステラです。久しぶりの公演にここまで皆様が足を運んでくれて感謝の念が耐えません」
「こんにちわ。CSSのSEENAです。本日は拙いものではありますが、心行くまで私達の歌をお聞きください」
 満場一致の拍手が、ステージ上の二人を包み込む。
 それを受けて同時に頭を垂れると、まずはゆうひが一歩前に出た。
「では最初は私、SEENAがカバーしました日本のポップスを三曲歌います。最初に……」 ステージ上の彼女達を見ながら、緋村ほのか、氷瀬浩兄妹。それと明神一志と斉藤燕。神咲那美と相楽夕凪、居候の紅美姫。もちろん、燕の兄である斉藤一は舞台袖に張り付いている。そしてようやく合流する事ができた岡本みなみと四乃森操の面々は、静かに流れ出すメロディに身を任せていた。
「はぁ……。何で岡本の東京旨い物巡りに二日も連れ回されて、今日はCSSのコンサートかい」
「え〜。元々の目的はこっちだって言ってたじゃない〜」
「だったら二日も連れ回すな」
「あの〜。少し静かに……」
 那美に言われてはっとなったが、周囲の人々からじとっと湿気の含んだ厳しい視線が、みなみと操に注がれていた。肩身を一気に小さくして、ペコペコと頭を下げた。
 仕方なしに退屈なオペラ調のゆうひの歌声に身を任せる。
 元々ロックが好きなので、いくらカバーとはいえ苦手なものは苦手なので、操は少々うんざりとした表情で、席に全体重をかけた。
 ぼんやりとちょうどいい高さで歌うゆうひの姿が目の入る。
 瞳を閉じ、どこからそんな声がでるのだろうと疑問が浮かぶ大きな声で、一寸の割れやズレもなく姿は、ある種の神々しさを思わせる。
 ただ眠たくなるが苦痛ではない。
 昔感じた母親の子守唄のようだ。
 それならそれでもいいか。と、操はゆっくりと瞼を閉じ――。
「夕凪」
「うん」
「ほのか、わかるか?」
「ええ。あからさま過ぎ」
 みなみの隣に座っていた数人が、同時に視線をかわした。その中に操は含まれていなかったが、それでも自分の感覚が間違っていない事に大きな溜息をついた。
「操君?」
「悪い。ちょっと抜ける」
「……うん」
 ステージが始まっているので、詳しく表情を読み取ることはできない。しかし、みなみは声色から感じた。
 前に自分を救った時と同じ、頼もしい響きを。
 隠密御庭番衆の上忍である操は音を立てず、人にぶつからずに移動すると僅か十数センチしか開けなかったドアからするりと体を外に出した。恐らく殆どの観客は気付かなかったのだろう。
 簡単に周囲の警戒を行ってから、ドアを閉めようとして突然内側からそれを妨げられた。「ちょっと、一人だけでないでよね」
「アンタらは……」
「コレだけ意地汚い殺気がプンプンしてるんだ。気付かなかったら剣士じゃねえ」
「神谷活心流として、このような事象を見過ごせませんので」
「お世話になってる寮の先輩の邪魔はさせららないっしょ」
 気付いた全員が、そこにいた。
 最初は声もなくただ口をぱくぱくとしていただけであったが、そろいもそろって言う事を聞かないような不敵な表情をしているを見て、操は諦めの息を吐いた。
「……それじゃ行くけど、お願いだから言う事を……」
「あ、私、行きたいところあるから勝手にするわ」
「美姫さん?」
 が、操の注意すら最後まで聞かずに、美姫は一人飄々と姿を消した。
 早々に気苦労の耐えない大きな溜息をついて、残った三人に指示を飛ばす事にする。
 殺気は会場を包むように六ヶ所から向かってきている。人数は五人と一人足りないが、誰か一人でも早々にケリをつけて向かえれば問題はない。
(それに壇上にはあの斉藤一がいる)
 ICPOの特別部隊・新撰組三番隊隊長。直接の面識はないがその高名は幾度となく耳に届いている。
 万が一の心配はないだろう。
 そう判断しての振り分けだ。
 正直、中に女の子が二人も入っている事実に、何とか席に戻そうかとも考えたがさっきに気付いたレベルは並以上のものがある。なるべく殺気の少ないところに最年少の一志とほのかを北西と搬入口に。次に美姫と一緒にいた夕凪を正面口。自分をスタッフ入り口へ分ける。
「それじゃ集合は一時間後」
「先に終った場合は?」
「その場合は席に戻っても構わない。但し、観客に不信感を与えないために、落ち着いてからだ」
 その後は簡単な決まりを決めてから、四人は散開した。

 さて今度はこっちのみんなを語ろう。
 高尾山のみんなと同じく、幾つかの対面が待っている。
 そしてそれも私はただ語るしかできない。
 それでも、私は語ろう。ピエロとして。
 かつての仲間達の、新しい記録を……。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
一人、会場を出た美姫はそのまま正面入り口前にある広場の中心に立った。
 時間も午後昼過ぎという事で、行きかうサラリーマンが主である。その中で朱色の傘を手にして、膝の破れたジーンズに赤の薄いサマージャケットの組み合わせは、異常なほどに人目を引く。
 だがどれだけ好奇の目に曝されようとも、彼女の眼差しはただ一点を見つめていた。
 先には東京の主要幹線道路があり、道路の上には首都高が走音が留まる事なく響いている。
 しかして、それも美姫の瞳には映っていない。
 映るのは幹線道路を越えた反対側。
 そこに立つ一人の女性であった。
 上下青で統一した、夏場に涼しげな服装をした無表情の女性。しかし、彼女の腰には二振りの脇差が意味深に青く輝いている。
「やっぱり、あの気配はアンタだったわね」
「変わらないわね。昔会った時のまま」
 同時に動き出した艶やかな唇は、互いの読唇術で理解する。
「氷藍咲那さん……だったかな?」
「いえ、名は捨てた。私はただの咲那よ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 搬入口に外回りで辿り着いた一志は、すぐに持ってきていた木刀を手にした。
 こういう部分は源流斎に散々仕込まれたため、戦闘時には終了するまで戦闘思考を広げ、間合いを確保する。
 いる……。
 何処からともなく感じるのは視線。
 何処からともなく感じるのは殺気。
 二つが間違いなく一志に突き刺さっている。
 戦闘において必要なのは、狭めるのはなく広げる事。
 間合いを感知する集中力を研ぎ澄まし、探知範囲を広域に広げていく。
 そして次の瞬間、一志は見上げる事もなく持ち合わせた木刀を頭上に振り上げた。一拍の間をおかずに、両手に鈍い衝撃が走った。
「ほう。この四神・玄武の玄武蛇棍を防ぐとは、中々だな」
「なんだてめぇ?」
「十二神将、咲那様が忠臣。四神・玄武。フィアッセ=クリステラと椎名ゆうひを頂く」
「させるか!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 同じ頃、北西の入り口に移動したほのかの前にも、一人の男が立ち塞がっていた。
 玄武と同じく真白な中国武術の衣装に身を包み、これまた真四角な頭をつるりとスキンヘッドにした無手の男は、無表情に軽く頭三つは低い身長のほのかを見下していた。
「我が四神・白虎。おとなしくそこをどいてもらおう」
「できません。そちらこそさっさとお帰りいただきます」
 二対の相反する思いを持った眼差しが交差する。
 唐突に、白虎は無拍子でハンマーのような分厚い拳を繰り出した。だが一志と同じく神谷活心流の使い手であり、源柳斎から心構えを教わっていた彼女は一志と同じく条件反射と同じく木刀の柄で拳を受け止める。だが如何せん体格さから発生する破壊力は、ほのかを数メートル吹き飛ばした。
 しかしほのかはふわりと着地すると、雫を思い浮かばせる凛とした構えを取った。
「ほう。自分から後ろに飛んだか。しかも木刀を若干斜めにする事で、勢いも極限まで受け流すか」
 拳に感じた感触を確かめるように、何度となく握ったり開いたりして白虎は口元に嬉しげな笑みを浮かべた。

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 ステージ脇。
 いち早くそこに辿り着いたのは、四神・青龍だった。青龍大刀を持ち、油断なく周囲を見回す。そして自分が切り倒したスタッフ以外脅威がないとわかると無音のままステージに駆け上がろうと一歩踏み出した
「何処へいく?」
「!」
 だが声がかけられた。
 全くもって気配のしなかった周辺に、いきなり人の気配が生まれている。
青龍は驚愕を浮かべたままその場より三メートルは後退した。
「椎名ゆうひのステージを邪魔する気か? そうであるならば『悪・即・斬』の言葉の元に俺が切り捨ててやろう」
 新撰組三番隊隊長・斉藤一は僅かな光に紫色の波紋を輝かせる愛刀を鞘より抜き放った。

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 そして、四乃森操は東側ロビーにいた。
 現れたるは四神を名乗る他の三人と同じ衣装と背格好をした一人の男だった。 
「主、名を聞いておこうか」
「普通は自分から名乗るのが、礼儀じゃないのか?」
 操に即座に返されて、ありきたりな意見に口元が不気味に角ばった笑みを浮かべる
「カカカカカカ。我は四神・朱雀。CSSの歌姫二人を頂戴奉る」
「できるかな?」
 そう言って同時に抜き放った武器は、偶然にも小太刀だった。
 だが操のものは完全な日本刀に対し、朱雀のものは大陸で好んで使われた直刀、朱雀双剣と呼ばれる剣だった。
(同じタイプの得物か)
 ちらりと見て、操は両小太刀を逆手に構える。
 するとコンマ数秒もおかずに、朱雀もまた逆手に朱雀双剣を持ち替えた。
 元々刀と違い、大陸式直刀は突きを重んじた作りをしている。それなのに持ち変えられた朱雀双剣に、操は小首を傾げた。
「おまえ……」
「さぁ、始めようか」
 朱雀の気持ちの悪い笑みが、更に彫りを深くした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 何故、この場所にきたのだろう?
 一番最初に相楽夕凪の頭を過ぎった疑問だった。美姫と同じく正面口を守ろうと仲間と別れたまではよかったが、何を感じたのか足は舞台下にある設備の収納場へと向かった。
 明かりはついているものの、人気もなく薄暗いこの場所は夏だと言うのに薄ら寒い。
 だからその真ん中で、舞台の中央へ上がれる昇降機の前に人がいたのを認識した時には本当に心臓が止まる思いをしたのだ。
 前髪が垂れないようにバンダナをし、タンクトップと裾の拾いズボン姿の――胸の大きさで何とかわかる――女性が、全身迷彩色のまま天井を見上げていた。
「……スタッフの人ですか?」
 ああ、なんて馬鹿な質問をしたんだろう。
 言葉を吐き出してから、自分自身に嫌悪感が蔓延した。ステージが始まればスタッフは完全機械動作の舞台下にいる事はまれだ。しかも今回のステージは昇降機の利用は一切ないのだ。人が本番中にいる方がおかしい。
 なのに声をかけてしまった。
 女性は、案の定驚いて振り返った。
「おまえ、何者だ?」
「いえ、まぁ。ステージの二人の関係者」
 間違ってはない。
 会ったのは初めてだが。
 そんな個人的感想を心で呟いている間に、女性は面倒くさげに溜息を吐くと、体を夕凪に向けた。
「上、二人に用があるんだ。てめぇみてぇな腐れ餓鬼はさっさと失せな」
「そうもいかない事情があるってね」
 天美志野と相楽夕凪。
 二人の間に火花が散りだしていた。





今まさに、会場の各地で静かに戦いが始まろうとしていた。
美姫 「果たして、二人の歌姫を無事に守ることが出来るのか」
続きが、続きがぁぁ。
美姫 「非常に気になるわよね〜」
一体、どうなるんだ!?
美姫 「恭也たちの方も気になるしね」
ああ〜、続きが楽しみです。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
ではでは。



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