『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CW やぁっと恭也に会えた〜! 最近は出番も少ないし……? 違う?


 恭也と美由希が雪代兄妹と会っていた頃、未だ潜伏している瞳は修吾から事のあらましを聞き終えていた。
「つまり、貴方は事が終わるまで何故か金庫の中に寝かされていたのね?」
「ああ」
 他の客は何度も二階と一階を往復されられたのに、彼だけを外していた。
 おそらく仲間同士のいざこざとしてであろう。
 二人は知らないが、リスティ側ではその証拠として金庫内の新しい指紋として認知された複数の跡が残されていた。
「一番の謎は貴方が金庫の中にいたんじゃなくて、何故人質を何度も往復させたのか? よね」
「何故だ? 俺が金庫の中にいた方が不可思議じゃないのか?」
「確かに不思議といえば不思議だけど、結局、それって貴方は一人でしたっていう異常環境化で誰も貴方に気付いていない。つまり……」
「そうか。俺のアリバイがないも同じになる」
 瞳は小さく頷いた。
「すると後は考えられる犯人像は、橘さんと同じく銀行の配置に詳しい人」

「それが犯人像になるか」
 現場となった銀行の中心に立ち、出てきた証言の検証を行っていたリスティは、同じく小さな違和感も見逃さないように視線を走らせる恭也と、出てきた結論を集合させていた。「ええ。ただ少なくとも脱走した橘修吾という人が嘘をついていない。と、言うのが前提です」
 警察署で話を聞いた時から二人が持ち合わせた違和感。
 それは何故橘修吾が一人だけ残されたのか? という事だ。
 犯人に仕立て上げるにしても、アリバイ工作なしの――証言ではただ道を歩いていただけの人物を残すのは犯人検挙しか考えていない一般の警察機構であれば嬉々として飛びつくだろうが、少し頭を捻ればわかることだ。
「闘いでは常套手段だが、騙しを入れるとすると意味がある。か」
「それを考えると犯人候補が絞られるな」
「見せてもらった顔写真から推測すると候補は……」
 その時、一般人立ち入り禁止の銀行の硝子の裏口ドアが音を立てて開いた。
 瞬間に恭也とリスティの思考が戦闘モードに入る。
 小太刀の柄に手を当てすぐに抜刀する体勢に足を開く。
 廊下を歩く足音が増えた。
「二人……だね」
 リスティが小さくHGSを展開し始める。
 足音僅か数メートルの銀行入り口に向けて進んでくる。
 音の感覚から距離と姿を見せるタイミングを計算する。
 一……ニ……。
 呼吸が揃っていくのと同じく、キンと鍔から刀が外れる。
 そして足先が見えた。

 神速!

 見えた爪先が床を踏みしめるより前に、恭也の視界が灰色に変わる。何度も体験したプールの中を全力疾走する重苦しい感覚を抜けながら、入り口に到達すると抜いた刀を相手の喉元にあてがいにいった。
 が、寸前で恭也は歩いてきた人物が誰なのかに気付き、刀を止める。しかし通常感覚時であれば止まる刀も、神速領域では簡単にはいかず、どうしても流れてしまう。
 そして神速が切れた瞬間、刀は膨張した筋力により空間に停止した。
「あ……あ……」
 それでも喉の薄皮をコンマ数ミクロン単位で触れる寸前で止まったのでは、突然すぎる出来事に相手も餌をねだる金魚にしかならない。
「御嬢様!」
 いくら恭也がやったとしても、さすがに驚いたのだろう。後ろについていたノエルが大声を発した。
「今の声はノエル?」
 まだ銀行のカウンター前にいたリスティは聞き覚えのある声に、駆け足で廊下に首を突っ込んだ。
 そこで見たものは何とか止まった刀にほっとした様子の恭也に、腰砕けになって放心状態の月村忍嬢であった。

*             *            *           *

「死ぬかと思ったじゃない!」
 お怒りはご尤もである。
 恭也もただ目の前で怒りをぶちまけている忍から、素直に頷いて謝罪を必死に続けている。
 その横で苦笑を浮かべながらリスティは落ち着きを取り戻したノエルに向かい合った。
「本当は関係者以外は立ち入り禁止なんだけどね」
「申し訳ありません。ですが、ああなった御嬢様を止めるのは……」
「難しいね」
 忍のわがままを知ってるため、それ以上強く言わず煙草をふかす。
「とりあえず今言った状態だから、相手はできないんだ」
「わかっていますが……とりあえず」
 ちらりと隣を見て、嘆息する。
「御嬢様が落ち着くまで待っていただけますか?」
「了解」
 すでに説教や文句を通り越して八つ当たりになっている忍と恭也の関係を暖かく見守る事にした。
 と、思ったらぴたりと忍の動きが止まった。
「そうだ。今恭也に文句いいながら話聞いてたんだけど」
「うん?」
「ここに入って気になるのがあったんだ」
 何?
 リスティの瞼が言葉を語るより大きく心情を表現した。
 それに気付いてか気付かないのか立ち上がると銀行の入り口付近に立つと、すっと指で空間をなぞった。
「ここ」
 それは丁度廊下と銀行の床との境界線だった。
「よく見るとさ、ここに微妙なタイル用の粘着剤が付着してるの」
 すぐに恭也もあわせて二人が指差す付近を覗き込む。確かに彼女の言うとおりに廊下側にタイルを貼る時に使う粘着剤の粉が付着していた。
「だけどここにそんなのが合っても不思議はないんじゃないのか?」
 工芸に疎い恭也が尤もな疑問を口にした。
「普通はね。でもこんなビルを作る時は様々な人が来るでしょ? こんな材料の漏れは結構神経質なの」
「ふむ」
 説明を聞きながら粉を指に付けてみる。
 すでに乾燥しきっており、パリという感触が残る。
「でもやはりそれだけじゃ違和感じゃない。残念だけどね」
 だがこれで忍も引き下がらなかった。
 指を立てて舌を鳴らしながらリスティの指に付着した粉に触れた。
「コレ、水溶性なの」
「何?」
「本来、こんな実用性の建物は油性を使うの。でもなんでかわかんないけど、この粉は芸術方面に使われる水溶性なの」
「まて忍。何でそんな事までわかるんだ?」
「うん。実はこんなタイプの粘着剤ってものによって固まり方が違うの」
 これはこのようなものだけではなく、他のものでも同じ現象が出る。
 一番身近で画材の絵の具があるだろう。
 水彩と油彩によって固まり方が違い、油絵では重ね塗りができて、中世では機密文章の隠蔽にも使われた事実もある。
「今回のは建物用の材料。しかも万が一を考えて水に溶けやすい水溶性なんて使わない。もう一ついうと剥がれ易いの」
「剥がれ易い……?」
 水溶性は薄く塗られるのが一般的のため、建材には向かないという忍の説明を聞きながら、リスティと恭也は弾かれるように同時に顔を上げた。
「そうか。そのために人質を昇降させたとしたら」
「確かにできますね」
「すると犯人は?」
「そのまま人質に紛れてしまえばばれません」
「木を隠すなら森の中、か」
 口元を緩めて瞳を助ける算段がつきそうな状況に、力強く頷いた。


「……何か話が見えないんだけど」
「御嬢様が恭也さまにかかりっきりで重要な部分を聞いていなかったからです」



いよいよ犯人に近づいてきたのか!?
美姫 「果たして、犯人は」
そして、人質を昇降させた理由とは?
美姫 「謎解きは次回以降へ〜」
いや〜、早く次が見たい〜。
美姫 「我慢よ、我慢」
うぅぅ、次回も楽しみにしてます!
美姫 「待ってますね〜」
ではでは。



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