『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




CV コンサートやで。いっぱい歌うんや〜

 陣中見舞いに訪れた一行が最初に目にしたのは、完全に観客席でダレきっていた椎名ゆうひの姿であった。
 席から半ば体が雪崩落ち、だらしなく放置された足が重力に引かれて横倒しになっている。
 ステージの上ではフィアッセがプロデューサーと綿密な打ち合わせをしている。
 二人のギャップに苦笑しながら、一向はぞろぞろとゆうひのいる観客席に近づいた。
 さすがにこれだけの人数が動けば思考が死んでいてもわかる。
 ぐるりと死んだ魚のような眼差しを動かして、ゆうひの視界になのはや夕凪、真一郎に小鳥、那美と美姫。それに先程合流したさくらと葉弓が映った。
「あ、みんなや〜」
「椎名さん、一応世界的歌手なんですからそういう格好は……」
「ああ、かめへんかめへん。うちはクリステラの問題日本人やから」
 全く理由になっていない理由と、パタパタと無気力な手を振りながらそこに夏休みであればいてもおかしくない顔がないのに気付いた。
「あれ? 剣心君の妹さんは?」
「後でお兄さんと来るそうです」
「ほか。ならすこぉし休憩しよか〜。フィアッセ〜」
 ステージ上で動きとバックバンドの立ち位置を話し込んでいた彼女も、ゆうひの呼びかけにようやく顔見知りがいる事に気付いた。
 そのまま腕時計を見て頷くと、プロデューサーに二言伝えて降りてきた。
「みんな来てくれたんだ」
「もちろんだよ〜。はい。これ御土産」
 なのはの差し出した袋には東京でも有名なシュークリームの店の箱で、真一郎と夕凪が持ち上げた袋には各種様々な飲み物が詰まっていた。
「ありがとう。朝から通しで歌とステージの打ち合わせだったから喉がカラカラだったんだ」
「それなら良かったです」
 小鳥の笑顔にこちらも西洋美人の笑顔で返し、取り分けるという小鳥と荷物を持っているメンバーをつれて控え室に戻っていった。
 観客席に残されたのはゆうひと一人無言の美姫だけである。
 何とはなしに静かな時間が過ぎてしまったが、スカートについた埃を払いながら立ち上がるとふと美姫の視線がおかしな方向に向いているのに気付いた。
「どないしたん?」
「ん? いや何か変な気が……」
「気って……ドラゴン○ールかいな」
 と大した効力のないツッコミを入れつつ、美姫の視線の先を追い、ゆうひは思いっきり美人が台無しになるように舌を突き出した。
「まったアイツ来ておったんか。何時までうちのストーカーするつもりや」
「ストーカー?」
「ああ。一応ICPOの斉藤一ちゅう警官らしくて、前にうちらの護衛をしてくれてたんやけど、もうひっどい陰険警官なんや」
「で、その警官が何でまだついてるのよ?」
 尤もな疑問である。
「やからストーカーや!」
 はっきり断言するゆうひに、小さく溜息をつくと再びステージの幕影に腕組をしながら立っている斉藤を見た。
 違う……。あいつからじゃない。
 確かに抜き身の刀のような印象を与える気を発してはいるが、それはあくまで警戒というレベルであって獲物を狙うハンターまでではない。
 しかし美姫が感じたのは一瞬であったものの、ハンターレベルのものだ。しかもそれだけではない。
「身に覚えのある剣気」
 自分とは対極にある全ての活動を止めてしまう絶対零度の気だ。
「まさか……ね」
 一人だけ。
 たった一人だけ心当たりがある。
 もしそうだとしたら――。
「楽しいじゃない」
 ぺろりと上唇を舐める仕種は、普通であれば艶やかで色気のあるものだったであろう。だが今の彼女が行った動作は、間違いなく狂人の範囲であった。

 その頃、劇場前に三つの人影があった。
 一つはギターケースを背負った氷瀬浩。
 一つは頬を赤くした緋村ほのか。
 そして最後の一人は何故か竹刀袋を手に持ち、制服姿の明神一志であった。
「何で俺がこんなところに来なくちゃいけないんだ」
「まだ愚痴ってる。いい? あ! の! クリステラの二人がコンサートに誘ってくれたのよ? 来るのは当然じゃない」
「俺は興味ない」
 何でわからないかな? と本気で小首を傾げているほのかに溜息をつきつつ、一志はどうしたもんかと思案した。
 本日は授業もそこそこで終わり、勉強前の一運動と神谷道場を訪れた。
 が、出かける準備をしていたほのかを見つけ、挨拶をしたところそのまま拉致と言っても過言ではない早さで付き合わされる羽目になった。
 それからあれよあれよと言う間に新宿までつき合わされ現在に至るのだが、確かに浩が名前だけは聞いたことがあるクリステラのコンサートのバックバンドとして出るのであれば興味は湧く。
 普段と変わらないが、長い付き合いでそれなりに緊張しているのは見分けがつく。
「ま、そんな程度でいいか」
「何?」
「何でもない。それより早く中に行こうぜ」
「そうね」
 そう言って今回のゲストではない二人が先頭に立って関係者入り口に向かった。 
 するとすぐに車椅子に乗った一人の女の子が、中々ドアを開けずに立ち往生しているのが映った。
 何度伸びても、微妙な高さにある取っ手に指が数瞬かかるだけで、上手く下に引くことができない
 そんなやきもきしてしまう場面に、ほのかが駆け出す前に一志が走り出した。
「あ……」
「大丈夫か?」
 女の子の頭越しに多少乱暴にドアを開けて様子を見るために顔を落とした。
 同時に顔を上げた女の子と、視線が交じり合った。
 真っ黒な純日本風の黒髪をセミロングのおかっぱに毛先を整えて、瞳に一志を移している。少し驚いている表情だが、中にあるおしとやかな雰囲気は隠せずに滲み出ている。
 思わず一志の頬に朱が走った。
「あ、ありがとうございます」
 語尾が消え入りそうな程に小さい控えめな礼に、反射的にドアの手を離してしまう。
 またバネという慣性に引かれて閉じてしまうドアを見て、追いついたほのかが小さく溜息をついた。
「何やってるのよ」
「う、煩いな」
「さ、入れ」
 二人が顔をつき合わせている間に、浩が女の子より先に中に入ってドアを開けていた。
「あ」
「さすが浩お兄ちゃん」
 あからさまに誰かさんと違うわぁ。という視線を投げられて、一志もこいつの何処かリリアンの風習に合うって言うんだ? と睨みを効かせる。
 こういう時は長い付き合いで視線だけで喧嘩ができる。おかげで女の子に不信感を与えずに文句の応酬行いながら、四人は白い通路を進んでいく。
「あ、小鳥さん〜」
 と、地下に降りてすぐの通路の先に、昨日から泊まっている女性の姿を見かけて、ほのかは手を振って名を呼んだ。
「ほのかちゃん。それに浩さんと……」
「あ、ドモ。明神一志と言います。神谷道場で師範代してます」
 長身を起用に曲げて自己紹介する一志に、同じく簡単な紹介をして小鳥は車椅子の女の子に視線を向けた。
「私は斉藤燕と言います。お兄ちゃんが今日はこちらに伺ってるって聞いて会いに」
「斉藤? ああ……」
 名前に思い当たる節があるのだろう。
 小鳥は笑顔でぽんと手を打った。
「知っているのか?」
「ええ。フィアッセさんに先程話を聞いて。それじゃ案内するのでついてきて下さい」
 真っ白な廊下をそのまま小鳥の先導で歩く事一分少々。
 少し大きめな喫煙所も兼ねたスペースに、遅れてきたゆうひと美姫も交えてスタッフが一時の休息として、なのは達の御土産を口にしていた。
「あ、ヒロ!」
「……何故いきなり呼び捨てだ?」
 燕の車椅子を押していた右手を額に当てて、相変わらず明るすぎるイギリス人そのままに駆け寄ったフィアッセに苦悩する。だがそんな浩をお構いなしに、柔らかい手で彼の手を握り締めた。
「アリガト! 本当に! これで明日のコンサートも大丈夫!」
「約束したからな。それにうちに泊まってるんだ。来なかったら毎日言われ続けるのも予想済みだ」
「えへへ」
「ええなええな。光の歌姫の抱擁や〜」
「し、椎名さん。そういうのはちょっと……」
 慣れたとはいえやはり囃し立てるのに慣れていない那美が眉を困らせながら止めるのを、さくらは笑顔で眺めている。
「まぁ、椎名さんもそこまでにして。少なくとも大事なバックバンドの人と言うじゃありませんか」
「はう! 葉弓さんにツッコマれた! これは貴重や〜」
 ゆうひのオーバーリアクションに笑いが巻き起こる。
 そんな中で、燕はきょろきょろと周囲を見回していた。しかしお目当ての顔がなく、仕方なしに立ち直ったゆうひにおずおずと質問した。
「あの……」
「ん? あれ? 初めましてかな?」
「あ、はい。私は斉藤燕と言いますが兄は……?」
「さいとう〜?」
 苗字を聞いた途端、笑いの中心だったゆうひからぱらぱらと笑顔が剥がれ落ちる。くるりと燕に背を向けて腕を組みなおすと頭からマンガのように湯気を吹き上げる。
「知らんわ。あんなストーカー! 燕ちゃん……言うた? まさか誘拐されてそう呼べと脅されているなんてオチあらへん?」
「はぁ? あの……兄が何かしたんですか?」
「何かしたやて? もううちを騙くらかして〜!」
「ストップストップ! ゆうひ、落ち着いて〜!」
 さすがにこれ以上の放置はいけないと思ったのか、フィアッセが止めに入る。無言のまま口に蓋して引き取った夕凪がたらりと嫌な汗を掻きながら奥に引きずっていくのを、こちらもたらりと汗を流しながら眺めて、それからすとんと腰を落としたフィアッセと燕が向かい合った。
「こんにちわ。私はフィアッセ。フィアッセ=クリステラ。貴方は?」
「私は斉藤燕といいます。兄の斉藤一から送られてきた手紙にチケットと、今日本に帰ってると書いてありまして」
「会いに来たの?」
 当然の疑問に、燕は少し顔を曇らせた。
「はい……。兄は両親がテロで亡くなってからずっと一人で頑張って、私に仕送りをしてくれて……」
「え?」
 疑問系で返事をしたのは、夕凪に抑えられていたゆうひであった。
 ぽかんと口を開いて驚いた表情のまま、燕を見つめている。燕もそんな彼女の反応は予測済みなのか寂しげな笑みを称えた。
「兄は、必死だったんだと思います。少し無愛想ではありましたけど、それから笑わなくなり、危険なところで常に……」
 真摯ともいえる眼差しがゆうひに刺さる。
 それが今まで三ヶ月の間に何度となく顔を見せては詰られる斉藤の姿を思い浮かばせる。
「笑わなくなりましたけど、手紙は最近送ってくれました。私がSEENAさんのファンだって知っているから」
「あ……」
 脳裏に初めてロンドンで会った時の言葉が甦った。

『妹が貴方のファンなんです』

 あれって本当だったんだ。
 すでにスコットランドヤードの一室で別れてから悪態しか回らなかった頭に、正反対のイメージに思考がついていかない。
 比較的まともな様子しか知らないフィアッセにはなるほど。納得の表情である。
「だから兄を責めないでください。優しい……兄なんです」
「だって。ゆうひ」
 ちらりと流す程度に友人を見て、複雑な表情の彼女にこちらは微笑んだ。
「さて、それじゃそろそろ続きしなくちゃ。ヒロ、ステージに案内するわ」
 わざとらしく腰を叩いて立ち上がると、普段と何ら変わらず頭の中に描く旋律を整えている浩にウインクした。
 小さく頷くと素直にフィアッセについていく。
 その後姿を見て、何気に「緊張してるんだ」とほのかが思ったのはさておき、重くなった雰囲気にスタッフが一人二人と抜けていく中、居場所をゆうひもまた部屋を出て行った。
「あの……」
 車椅子を押してくれていた二人を見上げ、その後で知り合いと思しきメンバーを見回すが、全員が何と答えていいのかわからずに愛想笑いを浮かべていた
「くぁ……」
 ただ一人興味なさ気に欠伸を洩らした美姫を除いて。
「あ」
「すいません。兄を探してきます」
「俺、付き合うよ」
 空気を察したのか、暗い表情のまま燕が部屋を出て行こうとするのを一志が付き添いを申し出て二人で出て行った。

「あんな、あんな無愛想やったら……わかるわけないやないかぁ!」
 カン! と空き缶がアスファルトに当たって弾けた。
 新国立劇場から出たゆうひは、大声で叫ぶように愚痴を洩らしながら肩を張りつつ劇場の表玄関へ向けて歩いていた。
 道行く人が何事かと振り返るが、流れている関西人の血か一向に意識から放り出す。
 地下にショッピングセンターのある、某仮面ライダーにも使われた正面から吹き抜けになっているエントランスを抜けて新宿新都庁方面へと抜けていく。
 新宿お決まりのナンパ目当ての青年達がゆうひをみかけて声をかけようと近寄るが、ぎろりと一睨みでおとなしく退散していく。
 西新宿をそのまま新都庁の隣にあるNSビルまで来ると、植木になっているブロックに腰を下ろした。
 すると唐突に缶コーヒーがすっと顔横に差し出された。
「ひゃぁ!」
「ゆうひさん」
「あ、さくらちゃん」
 後ろには葉弓も控えていた。
 何となく二人の顔に浮かんでいた色を見て、ゆうひも普段の明るさが消えない顔から光が消えていた。
「……あんな話聞いたら、うちどない顔したらええんやろ?」
 正直な感想だった。
 燕の多くを語らない言葉だけでも、裏に隠された苦労と心労は容易に想像できる。
「斉藤さんは、昔の新撰組の子孫だそうです」
 そんな周囲の雑踏とは裏腹に痛い沈黙を破って、葉弓が口を開いた
 ゆうひとさくらが自分を見るのを待ってから続きを言葉にする。
「彼は、ずっと守っているそうです。先祖代々の誓いとも言える三つの言葉。悪・即・斬。自らが信じるものを貫き通すために、守るために魂に刻まれた言葉。そんな彼が貴方の近くにいるのであれば、彼は貴方を信ずる正義と思っているのでしょう」
「あんなに詰ったのに?」
「そういう人なんです」
「そういう……か」
 その後、三人に言葉はなかった。
 ただ少しだけ嫌いだった気持ちが流れ落ちた気がした。 



お、お、おお!
美姫 「何をそんなに驚いているのよ」
いや、だって、美姫と同じ場所に居たのに、無傷!
美姫 「……って、そんな事で驚くな!」
ぐげっ! げぎょげにょぉっ!
美姫 「大体、あれは物語の話の中なんだから、当たり前でしょう」
…それって、普段は俺と会ったら殴りかかるって暗に言ってるよな。
美姫 「や〜ね〜、そんな事はないわよ〜」
何故、目を逸らす。
美姫 「うるさいわね! それよりも、斉藤の過去が少しだけ出てきたわね」
前にも少し触れてたけれどな。
美姫 「…さて、次回は何が起こるのかしらね」
確かに、楽しみだな。
美姫 「次回も楽しみに待ってますね〜」
待ってます。



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