『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
XC[ 予定はないですけど、みんなに幸福の一時を……。
東京都渋谷区原宿。
原宿駅からに代々木公園に続く橋の上で、氷瀬浩は今日もまた締め切りを無視してアコースティックギター片手に橋の上に来ていた。簡単に調音を済まし、調整用のオリジナル曲を掻き鳴らす。一音たりとも崩れていない音律に、小さく頷くと改めてギターを構えた。 あの六月の日。
剣心が一時帰宅した日に出会った女性の歌声に、彼の中で何かが弾けた気がした。
あくまで気分転換の一つでしかなかった路上ライブで、次に出会った時にまた彼女に歌ってもらえる曲を作る事に没頭し、初めて一つの出版社から契約破棄を言い渡された。それでも一切気にならないのは明らかに彼女の存在が心の八割以上を示していた。
父親の良と相談し、契約を少し減らして曲作りにのめり込んだ一ヶ月は、それまで絵が比重を締めていた日々とはまるで一線を画すものだった。
納得のいく曲は今のところ一曲だけ。
残りは自分の上達用に路上で弾いている。
もちろん家でもだ。
最初はほのかが頗る煩かったが、今では諦めて注意もしてこない。絵描きには大事な指の皮は何度も向け、完全にペンだことは違う硬さに変化した指先は、象徴するように小さなインディーズレコードを手がけるレーベルから声がかかる程になっていた。
才能のある人が本気になると怖いわね。
これもほのかが呟いた一言だが、浩の耳を素通りするだけだった。
気付いた時には一月の大半をギターと共に過し、毎日橋に来て練習をしていた。
(今日は来てくれるか? いや、そんな馬鹿な事あるものか)
ふと手を止めて、観衆が集まりだしたあの時を思い出す。
『今日はこれで御終いだけど、また貴方の曲を聞きに来る。絶対に』
また彼女の歌の後ろでギターを弾きたいという思いが強く今までやってきたが、一ヶ月も待っていて会えないのであればそろそろ限界か。
どこか諦めと一ヶ月燃えていた心が鎮火し始めているのを感じていたので、今日会えなければ絵を描く生活に戻ろうと心に決めていた。
調音を終えて、コンクリートに楽譜を広げて選曲し始めた。
そこへすっと影が差した。
「リクエストか? そんなにコピーはできないがそれでも良かったら曲名を言ってくれ」
「……じゃ、フィアッセ=クリステラのSEEYOUを前のアレンジバージョンでお願いしたい。かな?」
聞き覚えのある声。
いや一ヶ月一度も忘れなかった声に、浩ははっと顔を上げた。
「久しぶり。前に見た時よりすごく上手になってたから、最初別人かと思っちゃった」
「一ヶ月程度の時間で顔を忘れるか。情けないな」
嬉しさを隠すように呟かれた皮肉を、そうだね〜と笑い飛ばして、フィアッセクリステラと氷瀬浩は久しぶりの再会を果たした。
しばし何を語る事もなく、互いに笑顔を浮かべあう時間が流れる。それを壊すように両手に紙袋を抱えた破天荒歌姫が、遅ればせながら到着した。
「いや〜。久々の原宿はメッチャええ品物多くなってるなぁ〜。うち、ついつい買い過ぎてしも〜た〜……って、フィアッセ、その人は?」
「うん。前に話した事あるよね? 十二月のコンサートの打ち合わせに来た時の話」
「ああ! その人か〜。フィアッセの御眼鏡に引っかかったっていう人は〜」
何気に大阪人特有のストレートな物言いで、浩を眺め始めた女性を一瞥し、浩はフィアッセを見た。
「ああ。あの時も自己紹介忘れたね。私はフィアッセ。フィアッセ=クリステラ。彼女は椎名ゆうひ。二人ともクリステラ・ソング・スクールの卒業生よ」
「クリステラ? あのCSSか?」
「おろ? フィアッセ、この間自己紹介したんじゃなかったん?」
「時間なくて。テヘ」
「もう慌天坊やなぁ。イリア居たかてしっかり自己しょ〜かいはしとくもんやで?」
「今度は気をつけるね」
「それはいいから、質問に答えろ」
放って置いたら、絶対に話が進まない危機感を覚えて、たらりと一筋の汗を流しながら浩は話を促す事に成功した。
小さく咳払いをして姿勢を正すと、コンサートやテレビ前でなければ見せない女神のような笑顔でしずしずと頭を下げた。
「あのクリステラです」
「そうか……。通りで上手い筈だ」
そんなのの後ろでまたギターを弾きたいなんて、さすがに馬鹿な思いを持ったものだ。 相手の立場の大きさに、急激に凝り固まっていく心を感じて、次第に弦から指が離れていく。
だが全て離れ終える前に、原因となったフィアッセがとんでもない事を口にした。
「あの、明日からの私達のコンサートでバックバンドとして参加してもらえないですか?」
あまりに唐突の事の為、要約するとフィアッセは本当に浩のギターに惚れ、許可さえもらえればCSSへ連れて行く事も考えていたという。しかし調音のために簡単に弾いていた曲だけで、一ヶ月で想像以上の成長の度合いが見られたため、つい突拍子もない申し出をしてしまったと言う。
(ただ……)
「いや〜。フィアッセが突然告白するから、ウチは顔から火がでるかと思うたわ」
「何を言ってるの。ただ誘っただけじゃない」
「いやいや。あれはどうやって口説くか迷った挙句、ストレートに愛を語りだしたさざなみ寮のにゃんこ達によう似とったよ〜」
「にゃ〜にゃ〜って?」
「そうそう。ニャウニャウ〜ってな感じや」
最初から最後までこの調子のため、話を聞き終えるまでたっぷり二時間を費やしたのは、完全に誤算であった。特にゆうひのハイテンショントークは浩にはついていけず、ぐったりと体力を吸い取られた印象が体中に満ちている。
「とにかく、お前の言いたい事は理解したが、俺はまだ大したレベルじゃない。それは聞いた通りだが、それでも出演しろと言うのか?」
「うん!」
満面の笑みである。
これに逆らえるとすると、それは男としてどうかと思えるくらい年齢を感じさせない素直は微笑みだった。
「……わかった。詳しい事を聞こうか」
「おお! 告白を許諾した! これは世界に衝撃のにゅうすや〜」
「いや違うから」
ギターをしまい、まだ美女二人でボケしか存在していない漫才を繰り広げているのを溜息をついて眺めると、何処か詳しく話の聞ける場所を探して知っている喫茶店を頭に並べ始める。
そこへ、再び足音がが三つ聞こえてきた。
「あ、やっぱいた」
「剣心? ああ、そう言えば雫さんが夏休みで帰ってくるって言ってたな」
昨日いつもは煩いほのかがあまりに静かなため、夕飯後に緑茶を淹れていた雫から聞いた気がする。
と普段通りの気分による記憶力のなさから会話を引っ張り出すと、軽く挨拶代わりに手を上げた。
少し駆け足交じりに浩は剣心に近づいた。
「最近はいつもここだってほのかから聞いていたからさ。先に寄ってみたよ」
「そうか……。ん? 後ろの人は?」
そこで一ヶ月前に帰省した時と同じく、二人の人物が弟の後ろに居る事に気付いた浩は、小さく頭を下げると二人も同時に頭を下げた。
二人とも平均よりは身長は低いが、穏かで優しい目をしている。
首から三角巾で腕をつっている男性が、剣心に並んで改めて微笑んだ。
「相川真一郎と言います。今剣心君が下宿している野々村家でお世話になっています」
「ああ、そういう方ですか。剣心の兄の氷瀬浩です。でも一緒に同居というのは?」
「彼女、野々村小鳥と婚約してまして」
「なるほど。本当は一緒に行きたいんですが、あの漫才コンビと話があって……」
と、親指で乱暴に差した先にいる美女二人を真一郎と小鳥は除くように見て、あ! と小さく声を上げた。
「椎名さん? それにフィアッセさんまで……」
「やからここはにゃ〜やのうて、にゃうぅぅんって……って、おや? 何処かで聞き覚えのある声やな?」
「あ〜、相川君だ! それに野々村さんまで」
「知り合いか?」
「そうみたいだ」
再会を喜び合っている四人から外れていた兄弟は、目を大きくして顔を見合わせた。
いや〜。まさか相川君が小鳥ちゃんと東京にいるとは〜。婚前旅行か? ち、違いますよ! 栄治さんが休み取れないんで、剣心君のオマケで彼の家に泊めてもらう事になっただけで……。私は婚前旅行でもいいかな? こ、小鳥? お前、そんな事いう奴だったか? 真君が居ない間に、私だって成長したんだもん。もうこれくらいで顔を赤くしないんだから。アハハ〜。小鳥はよく桃子のところにきてたもんね〜。せやな〜。一時期は本当に就職して、相川君の将来が苦労しまくりな未来図まで予想してもうたくらいに〜。勘弁してください! 自分だと桃子さんタイプは抑えられないです。あ、ひっど〜い。桃子にそれ言っちゃうから。止めてください〜。いやいや桃子さんの事や。カラシ入りシュークリームとか食べさせられるかもやで。ご愁傷さまや〜。
「なぁ」
「ん?」
「疲れたな」
「うん」
そんな一向に口が止まらない四人から、外れた位置で腰を下ろしていた剣心と浩はげんなりと顔に縦線を入れながら、到着した電車を降りて自宅へと向かった。
前に美由希達を連れてきた時と同じく神保町を経由して日本家屋の神谷道場に帰宅した。
「そう言えば椎名さんとフィアッセさんも連れて来たけど、いいのか?」
「知らん。ついて来るっていうならほっとけ」
世界クラスのVIPという本来の姿が嘘のように見える会話を、聞き耳を立てなくても聞こえてくる内容から大きく溜息をつき、剣心は一ヶ月ぶりの自宅の引き戸を開けた。
「あれ? 剣心さんだ〜」
「ふえ? な、なのはちゃん?」
「剣心君?」
「美由希さんとそれに……」
「何でフィアッセがここにいるんだ?」
引き戸を開けたそこには、玄関先で雫と仲良さげに談笑していた高町兄妹の姿があった。
ひのめ「連載百回まで後二話記念! 後書き〜」
ってあれ? 夕凪は? ってか何故にひのめ?
ひのめ「決まってるじゃない。本編に出番あるから今日は休み」
休みって……そんな連絡聞いてない……。
ひのめ「煩いわね。モンクアルノカシラ?」
メッソウモゴザイマセンオネエサマ。
ひのめ「他人のサーバーを圧迫してはや百話。何気に長かったわね」
そうだね。でもさ、まだ一年立ってなくて百話でしょ? 計算したら三日に一本ペースで投稿してるんだよね。
ひのめ「アンタ、傍迷惑って考えたことある?」
貴方のお姉さんよりは。
ひのめ「それに関しては異論なし」
(ほ……)
ひのめ「でも後で姉さんのところに郵送するから」
なじぇに〜〜〜〜〜(泣
ひのめ「ま、でもこんなつまらないSSにこんなにも時間と場所を裂いてくれた美姫さんに感謝しなきゃ」
い、いや、浩さんなんだが……。
ひのめ「そなの? 夕凪が美姫さんだって言ってたよ?」
うう……。もうボクの威厳で修正が効かない……。
ひのめ「元々ないんだから諦めなさい」
ぐふぅぅぅ!
ひのめ「じゃ、そろそろ時間だし、また次回の九十九話で!」
ではでは〜ノシ
百話まで後二話!
美姫 「後ちょっとで大台も大台ね」
うんうん。凄いですよ。頑張ってください。
美姫 「サーバーなんか気にしない、気にしない」
うんうん。って、えっ!?
美姫 「もう、毎日だってOKよ〜」
まあ、それは確かにOKだな。
早く続きが読めるし。
美姫 「うんうん。これからも、頑張ってくださいね」
次回も楽しみに待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」