『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




XCT 狙われる妖狐

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ!」
 人影が存在しない深い闇を称える森の中で、黄金色の髪の毛を九つに結わえた少女が、悲鳴を上げた。彼女の正面には高校生くらいの年に見える一人の少年がおり、彼の額部分からは一本の角のようなものが生えている。
 少女が悲鳴の密度を上げた。 
 それに伴って、少女から髪の毛と同じ色をした霧のような透き通る気体が、少年の角へと吸収されていく。
 だが霧はすぐに薄く大気に紛れるように消えていった。と、同時に少女は己の体を支えることも適わずに、冷たい地面へと倒れ込んだ。
「こ、これで……一つ目の……鍵を……。後……五つ……」
 不自然に言葉を区切り、少年は温度の通わぬ瞳で少女を眺めると、そのまま彼は森の中へと姿を消した。
 その直後、今度は倒れた少女と同じ位の女性が姿を見せた。
「タマモ!」
 女性は、倒れた少女――タマモを見るなり、腰まである真っ白な髪を振り乱して駆け寄った。
「こ、これは……全身の霊的中枢が完全に異常な状態でござる……」
 一目見ただけで、タマモの状態は最悪であると察知できるものであった。
 学生のように灰色チェックのミニスカートの上に白のカーディガンにワイシャツという見慣れた格好は、今や見る影も無いほどに焼け焦げている。
「シ……ロ……」
 あまりの無残さに、女性がタマモに触れようとした瞬間、薄らとだが、彼女の瞼が持ち上がった。
「タマモ! しゃべるな! もうすぐおキヌ殿が来るでござる! それまで持ち応えて……!」
「そ、れ……より、早くれ……いを追って……。あ……い、つ……何……憑か……」
 そこまで語ってタマモは全ての力を使い切り、瞼を閉じた。
「タマモ? タマモ……、た、た、タマモぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 森の出口で少年は姉とも言える存在の悲痛な魂が砕かれる嘆きを耳にしながら、一滴の涙を零した。

「ファァァフゥ」
 いつもどおり、ここ海鳴の国守山近くにある八束神社の縁側で、久遠は大きな欠伸をしながらふさふさとした尻尾を起用に枕代わりに、丸くなっていた。もちろん神社の境内では飼い主である神咲那美が竹箒を持って掃除を行い、珍しくさざなみ寮に長期滞在となった姉の神咲薫も一緒に掃除している。
 時刻はそろそろ夕方の四時を差そうとしている。
 梅雨の明けた海鳴は、本州の他の県に比べて潮風が心地よく吹き、あまり暑さを感じさせない。空には雲ひとつ無い快晴の青空。何時もなら一人で二時間はかかる境内も、経験者という助っ人を交えて掃除をすると、ものの三十分ちょっとで片付け終わる。
「さて、ウチもそろそろ恭也君達に混ざるとするかな」
 箒を階段に立てかけて、今日は高校時代のように黄色のリボンで髪をポニーテールに結わえ、那美と同じ巫女服に身を包んだ薫は、鳥居の付近で最後の埃を纏めている那美に視線を向けた。
「うん。私、お茶の準備してるね」
「ああ。ありがとう。……と、そういえば、今日は緋村君達も居るんだっけ?」
 神社の軒に置いてあった練習用の刀を取り出し、簡単に具合を確かめて、ふと薫は普段、建物裏の一角で行われている高町兄弟を筆頭にした武術集団が練習している中に、つい最近仲間入りした四人を思い出した。
「緋村さんと、夕凪ちゃんと紅さんと雪代さんだね。今日も来てるよ」
 海鳴テロの後、剣心と夕凪は揃って毎日高町家を訪れるようになった。
 それぞれが自分自身の力の無さを実感した結果、どちらからともなく恭也と美由希相手に稽古を積み始めた。
 そこに特に修行するでもなく紅美姫が学校終了後に入り浸るようになり、何故か巴も便乗するようになった。大会が近いと晶や蓮飛が仲間入りし、多い時では十人以上の大所帯となる時もある程だ。
「ふむ。じゃ、ウチとしてもいい稽古になりそうじゃな」
 思ったより揃っているメンバーに、剣術が好きな姉のあまり表に出ない感情がはっきりと読み取れるくらいに浮かび上がる。
「薫ちゃん、その笑いちょっと怖い……」
「な、なんば言うとうと! う、ウチは純粋に剣術の腕を確かめられると……」
「でも、何か企んでる真雪さんみたい」
「は、はう!」
 どうやら想像以上にダメージを負ったらしい薫は、多少ふらつきながら神社裏に向かった。
 神社の左右に生えている背の高い草を掻き分けて、正面から見て完全な真後ろに到着すると、視界は急に開ける。
 そこにはかなりの広さを持つ自然な広場があり、恭也達は一番スペースのある中央付近で、稽古をしていた。
「今は緋村君と美由希ちゃん、恭也君と夕凪ちゃんか」
 新緑映える草を小気味良く踏みしめつつ、薫は二つの対戦を少し遠巻きから眺める事にした。
 始まったばかりの試合は、どちらとも見逃せるものではない。
 しかし、薫はあえて剣心と美由希の試合に集中する。
 理由は幾つかあるが、尤も大きいのはやはり己の知らない剣技に対する好奇心であろう。
 最初の鵜堂刃衛の事件の時、霊障であるという恭也の要請を受けて、駆けつけた彼女の瞳に一番最初に飛び込んできたのは鞘打ちから抜刀術へと変化する剣術だった。
 霊に対する神咲一灯流の中ですら、あんな変則的な技は存在せず、剣技の神咲一刀流の奥義の中にも見かけた事すらなかった。
 だからという訳でもないが、薫はいつか剣を交えてみたいと願っていたが……。
(その前に研究させてもらってもいいな)
 何度か御神流とは稽古で剣を交えている。
 なら、多少なりとも知っている剣術がどれだけ未知のものへ通用するのか? 純粋な興味が湧き上がる。
「はぁぁぁぁぁ!」
 美由希が気合を発しながら、剣心を中心に周囲から飛針を使い牽制していく。しかし剣心も御神流の武器を把握しているのか、見事な動体視力で捌いていく。
 遠目からは美由希が圧倒的に押しているように見える。が――
「この勝負、剣心の勝ちね」
 そんな結論を述べたのは、巴の隣にいた美姫であった。
「……え?」
「見た目は美由希が押している。でも、自分の非力がわかってるんだろうけど、短期決着を狙ってるのは見え見え。だから剣心は最小の動きで飛針を避ける事だけに意識を集中している」
 解説されてから改めて剣心と美由希の戦いを見る。
 なるほど。言われてみれば確かに運動量に明らかな差がでている。
「で、長期戦にしたくないから、今度は勝負を早めようとして」
 美由希は飛針を投げるのをやめると、今度は鋼糸を地面に刺さった飛針経由で網を張り出すが、動きを読み切っていた剣心は包囲が完成する前に鋼糸を切断する。
「後はそのまま一直線〜」
 土龍閃の応用で小さい土飛礫により飛針を破壊した剣心は、とうとう静から動へと行動を変化させた。動いている美由希の利き足が地面についたと同時に、動作を先読みする。 刃衛の動きすら読んだ飛天の読み。
(美由希さんの攻撃は全て五を中心として作られている。ならば接近しながら最大攻撃数を防ぐ)
 接近を防ぐために日本の飛針が同時に打ち出される。
 それを手の甲で弾くと、神速とまでは行かないまでも一足飛びに接近する。
 右の小太刀が左切り上げで空を斬り裂く。
 いくら練習刀とはいえ、これは素手で受け止められず、しかし最小の防御で攻撃に転じられるように柄尻を刃に直角に合わせるように落とす。
 鉄同士がぶつかり合う固い衝撃と音が持った手を伝って骨身に響く。
 続けて攻撃が来ると察知した美由希は、後ろに飛び去りながら、脳裏に刃衛と最初に戦った時に使っていた柄尻の弾きを思い出した。
 だが御神流は小太刀二刀の流派だ。
 入れ替わりに左小太刀が薙いで来る。
 今度はそれは柄を持つ左と右手の間にぶつけて防いだ瞬間、剣心に向かって速い右小太刀が同じ剣閃で逆薙ぎを放つ。

 御神流・奥義之陸・薙旋!

 変則的だが、女性ながらの筋肉の柔軟性を利用し、更に剣心の返しを見越して含んだ奥義に薫は小さく頷く。
 しかしそれは現在の状況下で技を繰り出し、現状打破と体勢の建て直しを図るために打った手にしては上等であるだけに過ぎない。
 何故なら彼女もまた美姫と同意見だったからだ。
 美由希の薙旋の最後の一撃に当たる四発目が放たれると思いきや、そのまま薙ぐ一撃を三発目の背後のあわせ、後ろから三発目を押す形を作る。

 ――御神流・奥義之参・射抜!

 彼女は知らないが、それは御神流・裏に当たる射抜とほぼ同じ形をしていた。一撃目と二撃目を必殺までに昇華する。
 だが剣先が命中する直前、正に霞が消える如く、剣心の姿が掻き消えた。
「え!」
 思わずそんな驚愕が口をつく。慌てて周囲を見渡すが、剣心の姿は何処にもない。
「え? え? え?」
 驚愕が混乱になり、恭也との修練中には見せない間の抜けた表情を浮かべた。が、次の瞬間、彼女の体を覆い隠す程に日の光が遮られた。
(まさか!)
 それはいの一番に頭の中から打ち消した考えだった。
 普段の稽古と違い、開けた場所でしかも鋼糸や壁面など障害物が何も存在していない場所で、できるとは通常の人間の運動レベルを超えている美由希でさえ一瞬思考を止めた。それでも、彼女の戦闘時の無意識が顔を上空へと動かした。
 人間の上へ向けた跳躍限界は僅か一メートル前後とされている。
 御神流である美由希の家族でさえ、体重と重心の移動率から三メートルが限度だ。
「飛天御剣流……」
 しかし剣心は常識を完全に超越した高度に身を翻していた。
 美由希より数メートルは離れた上空で、折り畳んだ足と何時の間にか納刀された逆刃刀が彼の背後から零れる日差しを反射させながら抜刀される。
「龍槌閃」
 圧倒的な速度で抜かれた逆刃刀が、頭上から振り下ろされる。
 反射的に小太刀を二本合わせて防御の形を作るが、噛み合わさった三本は、重力までも味方につけた一本が勝利の音を響かせた。くるくると宙を舞ってから地面に半ばまで突き刺さった小太刀と時を同じくして、美由希はぺたんと地面に尻餅をついた。
「いたたたた……」
 それでも手に残った龍槌閃の破壊力に手首を摩りながら美由希は差し出された大きな手を遠慮なく握り返した。
 美由希より小さい体の何処にそれだけの力があるのかと思える腕力で彼女を立ち上がらせると、剣心は持っていた逆刃刀を鞘に収めた。
「あ〜あ、これで恭ちゃん並みに剣心君に負け越しちゃったなぁ」
「まぁたまたまなだけ。別に美由希さんが弱いって事じゃないし」
「いや、美由希が弱い。戦っている場所を念頭に置いて動きを作っていく手順は正しいが、少しだけ自分の中の常識を破られただけで動きが止まった」
 まだ戦いの感想しか言い終わっていないところに、横から恭也が目を回した夕凪を所謂お姫様だっこの状態で、今の敗北について口を挟んだ。
「でもまさか私より高い人がいるなんて、かーさん以外に見た事無くて……」
「それは言い訳だ。流派によって何処に剣術の基礎を持つかによって技に違いが出る。おそらく飛天御剣流は柔軟な移動と常人を遥かに超えた脚力が基本なんだろう」
「……正解。はぁ。何か顔を出すたびに恭也さんに技を盗まれてる気分だ」
「いや、見たから防げる、使えるというものじゃないし、剣心君と闘うと間違いなく数ミリの差による決着しかないだろうから」
 美姫の腰を下ろしている隣に夕凪を寝かせると、落ち込んでいる美由希の横で「そういうのは面倒だなぁ」と呟いている剣心に苦笑しながら、恭也は刀を持った薫へと視線を向けた。
「すぐにやりますか?」
「いや、あれだけのものを見せられたんじゃ。もうすぐ那美がお茶を持ってくる頃だろうし、休憩の後にしよう」
「わかりました」
 そう返事を返した時!

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 神社の反対側から那美の悲鳴が響いた。



轟く那美の悲鳴。
美姫 「一体、何が起こったの!?」
気になる続きは次回以降!
美姫 「果たして、今度はどんな展開が待っているのかしらね」
次回も楽しみにしてます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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