『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』
LXXXX・シェリーの恋物語:2
シェリーが配属、研修となったのは千国ハイパーレスキュー中でも海鳴に方面に程近い部署であった。
「だからって初出場が故郷って言うのは複雑な心境かな……?」
夜が明けるに連れて、記憶にある町並みとは遠くかけ離れた情景に、どこか思い出に穴が空いてしまったような居心地の悪い肌寒さを覚え、思わず身体を身震いさせた。
しかし何時までも呆然としているわけにも行かず、頬を両側から力いっぱい叩いて気合を入れ直すと、今、彼女にしかできない事を成す為に走り出した。
海鳴テロから四日が過ぎた。
当初、千国ハイパーレスキューが推察していた死傷者の数は、日にちが立つに連れて増加の一途を辿り、最終的に約二万人の人口の三分の一にも達した。中でも救助が間に合わず死亡していくケースが多数見うけられ、カイゼル達が如何に綿密な計画を練った上での犯行であったかが伺えた。
一時さざなみ寮に住んでいた時に仲良くなった友人の名前が死亡リストに入っていたり、救助が遅れて死亡した家族のために涙を流して、ようやくボロボロの姿を見せたシェリー達を罵る住人も多く見受けられ、ようやく救助隊の第二陣が到着して交代の号令が発せられた頃には、全員の顔に精気の欠片も浮かんでいなかった。
「よっし! 神田大隊長の許可が出たぞ〜! 三日間休みだー!」
そんな訳で、千国市にいる神田恵ハイパーレスキュー大隊長に僅かばかりの休暇を嘆願していた朝比奈は、電話越しに得た許可に、多少小躍り混じりに注目していた隊員に大声で報告した。途端に湧き立つメンバーを見回して、ふと部屋の一番奥で一人項垂れている人影を見つけた。
緊張感の解けた待機室を横切って、朝比奈は人影に近付くと軽く肩を叩いて声をかけた。
「どうした?」
人懐っこい笑顔に、反射的に振り返った人影は、朝比奈の姿を確認するとほっとしたような、それでいて何処か複雑そうな表情を浮かべた。
「あ、うん……。やっぱり……一度暮らした事がある町がこうなってるのを見ると……ちょっと……ね」
朝比奈を見詰めていた視線を待機室の窓から見える海鳴市に向けて、人影は大きな溜息をついた。
「そっか……。シェリーは海鳴に……」
「数ヶ月なんだけどね」
多分に発生している心労が、普段はタンポポのような明るい笑顔に落ちた影に、朝比奈も表情を固くした。
その一角だけ周囲から切り離されたような静けさが二人を包み込む。最初は視線を必死に動かして打開策を思案していた朝比奈だったが、窓の外で復興を始めている人々の姿を目にして、ポンと手を合わせた。
「あ、だったら海鳴を案内してもらえないか?」
「え?」
「救助ばっかで町並みもちゃんと見てないし、見回りも兼ねて美味い店でも紹介してよ」
「でもまだ営業してるかどうか……」
「だから見回り」
少し困惑した色を瞳に浮かべた彼女に、妙に似合っているウインクをして朝比奈はにんまりと新しい笑顔を浮かべた。
「……うん!」
少々強引ではあるが、自分を励ましてくれようとしている気遣いを感じて、シェリーは久しぶりに翠屋とさざなみ寮の御飯を食べたいなぁと間が得ながら、彼の笑顔に胸の高鳴りと心地良さを覚えた。
そんな様子を朝比奈と同じタイミングでシェリーに気付き、出遅れてしまった甘粕は、しばし二人のやり取りを眺めて、そのまま少し俯きつつ踵を返した……のは良かったのだが。
「何で俺まで付き合わなければならないんだ?」
「いやぁ、暇そうだったから」
そう言われてしまっては、実際に別段時間を潰す予定もないので引きずられるようにシェリーと朝比奈の海鳴見物に付き合わされる羽目になって、仕方無しに小さな溜息をついた。
特に海鳴見学に興味の湧かない甘粕は、ぼんやりと二人の後ろから着いていきながら視線を巡らせた。
街の外郭から内部へかけて進行していったテロだったためか、海鳴駅を中心とした一角はこれと言った被害は見受けられなかったのだが、僅かに遠くを見るだけで未だ煙が立ち昇っている風景が飛び込んでくる。
そんなあまりの惨状に、思わず視界から半分ずらす。
「改めて見ると……酷い……」
「ああ、国内最大規模だからな」
怒りと嫌悪を抑える事もせず、シェリーが表面に浮上させた感情に甘粕が同意を示した。
それは朝比奈も同じなのだが、多少也ともシェリーを元気つけようと街に出たのに、一瞬で小錦三人が熨しかかってきたような重苦しい空気がその場に澱んだ。
(こ、このままでは、空気に潰されてしまう!)
丁度駅前から商店街に差しかかったタイミングで、冷や汗を一滴頬に流した朝比奈は、すぐに周囲を見回して、蕎麦屋の看板が建物に立て掛けてあるのに気付いた。
「あ……あ〜! 俺、少し小腹が空いたなぁ! シェリー、何処か軽食でも食べれるところ無い?」
もちろん、それまでの話の流れを完全に無視した唐突な話の方向転換に、どんよりと空気の重さに肩を落として前を歩いていた二人は、目の下に隈を作った眼で大声を上げた朝比奈へ振り返った。
ピンと張り詰めた空気が服の上から肌へと突き刺さる。
シェリーと甘粕の感情が抜けきった瞳に、虚勢を張っていた朝比奈は思わず一歩腰を引いた。
が、次の瞬間、二人の相好はあっさりと崩れ去った。
「そういえばあたしもお腹空いたかな?」
「ふむ。時間も時間だし、丁度良いだろう」
「へ?」
「シェリー、近所にいい店は無いのか?」
「ん〜……、あ、それなら近くに翠屋っていう知り合いの喫茶店があるわ」
「なら、そこに決めようか。雄大、何を呆けている? 早く行くぞ」
「雄大、すぐそこだからお腹は我慢してね」
一番心配していた朝比奈を余所に、歩いていく二人はちらりと呆然として固まっている彼を横目に見て小さく嘆息した。
「沈んだあたし達を元気付けるために……」
「いつもああいう奴だ。叔父の大吾さんもそうだが、危機感のある人を見捨てられない性格なんだ」
「危機感?」
「普段は、娘に甘い大吾さんも災害時に助けを求める人がいれば人が変わったように才能を煌かせる」
「……すごいね」
「ああ。親戚そろって俺の目標だ」
いや、そんな風に相手も認めてあげられる甘粕もすごいって意味よ。
「なんだ?」
「何でもないわ」
口元抑えて小さく笑うシェリーに、今度は甘粕も足を止めて首を傾げるばかりだった。
「おーい! 二人ともー! もうすぐそこだよー!」
商店街のメインストリートを足を止めた二人から数十メートル離れた先で、ポニーテールを振りながら手招きした。
慌てて駆け足でシェリーに近寄った朝比奈と甘粕は、彼女の頭越しに翠屋を見た。
この間のテロだけではなく、その前に起きた劉閻達の破壊活動によって吹き飛んだ窓ガラス一枚もない店の軒下で、翠屋の重鎮松尾が一人でシュークリームやクッキーといった座らなくても楽しめるスイーツをサテライトで販売していた。
「松尾さん!」
数年振りに会った知り合いの元気そうな顔に、体中で喜びを表現して手を振った彼女に、ようやくお客を捌き終えた松尾は額の汗を拭りながら、顔を向けた。
「フィリス先生? あ、シェリーちゃん?」
一瞬フィリスと間違えた松尾は、双子見分けの目印になるポニーテールに、すぐに双子の姉であるのに気付いた。
「はい。お久しぶりです」
「前に会った時はニューヨークの救急隊に入ったって聞いたけど」
「ええ。それで今は近くの千石ハイパーレスキューに研修に来てて」
「ああ……。折角の里帰りなのにこんな状態でごめんなさいね」
「それは仕方ないです。みんなは中でお菓子作ってるんですか?」
唯一ガラスも無事で、記憶の中の風景と一致する翠屋の玄関から中を覗きこんだシェリーに松尾は肩を落とした。
「どうしました?」
その様子に嫌な雰囲気を感じた朝比奈が、甘粕と顔を見合わせて問いかけた。
しかし一度口を開きかけた松尾は、見覚えの無い男二人に小首を傾げた。
「あ、申し訳ありません。自分達はセルフィ=アルバレットさんと同じ職場の朝比奈雄大と甘粕吾郎と言います」
「それじゃ救急隊の人ですか?」
「ええ。もし良ければ事情を話して頂けませんか?」
「フィリス!」
「キャア!」
突然海鳴中央病院の自室のドアを蹴り破る勢いで飛び込んで来たシェリー達にテロによる負傷者のリスト作成に精を出していたフィリスは文字通り飛び上がって驚きを表現した。
「ちょ……! ノックくらいしなさいって何時も言ってるでしょ! シェ……リー……ってシェリー?」
飛びこんできたの新人の看護婦と思い、慌てて振り返ったフィリスの目に映ったのは、自分と瓜二つの顔と銀色の長い髪をポニーテールにしたレスキュー用のオレンジ色した繋ぎを着たシェリーと、後ろから同じ制服をきた朝比奈と甘粕であった。
「そんな事はどうでもいいの! それより! 桃子さんや鷹城さん、レンちゃん達や真雪さんまで重傷ってどういう事!」
「ああ、その事ね。貴方は街がこの状態だったから、連絡取れなかったの。でも大丈夫。みんな無事よ」
「無事なの?」
「ええ。真雪さんだけは手術は成功したけど未だに目は覚めないわ。知佳ちゃんが明日には日本に戻ってくる予定になってるけど、他の人はみんな意識も戻ったしもう大丈夫よ」
「大丈夫……? そっか……。大丈夫なんだ……」
仲の良かった人々が無事であるとわかり、気が抜けたシェリーはぺたんと床に腰が抜けたように座りこんだ。
「お、おいおい。シェリー、大丈夫か?」
「あ、う、うん。大丈夫……」
瞼に薄らと涙を滲ませてそれを指で掬いながら、心の底からの笑顔を浮かべるシェリーに朝比奈達はほっと息をついた。
それを見計らってか、フィリスは椅子に座りなおすと改めて自己紹介を始めた。
「私はシェリーの妹のフィリス=矢沢です。貴方達はシェリーの職場の方ですか?」
「……自己紹介が遅れました。自分は甘粕吾郎。こっちは朝比奈雄大です。セルフィさんとは現在千国ハイパーレスキューで一緒に働いています」
「千国? あ、もしかして?」
「多分、それは叔父達の事でしょう。まぁ親戚にあたります」
シェリーの慰め役を朝比奈に任せたのか、甘粕はフィリスに握手を求めて自己紹介ができない朝比奈の分を含めて挨拶を交わすと進められるまま入り口近くに設置してある来客用のソファに腰を降ろした。
習うように落ちついたシェリーと朝比奈も並んで座った。
「でも、本当に大丈夫なの?」
「ええ。私達だけじゃどうしようもなかったんだけど、たまたま遺伝子治療の特殊部署を作るために見学にきていたヴァルハラの人達にも手伝ってもらったから」
「へぇ。ヴァルハラと交流あるンすか?」
「つい最近なんですけど。朝比奈さんはヴァルハラをご存知なんですか?」
「ええ。俺だけじゃなくて甘粕もです。本部が龍宮市に近いんですよ」
フィリスと朝比奈達が共通する話題で盛り上がっている隅で、シェリーは鼓動が早くなった胸を抑えて、本当の意味で安心する事ができた。
「良かった……。本当に良かった……」
「良くない」
突然、シェリーの頭に軽くて硬い音が響いて、続いてクールなようで何処か皮肉屋を髣髴させるハスキーボイスが聞えた。
「え?」
「あ!」
驚いて頭を抑えながら振り返ったシェリーの目に、最後の姉妹が至るところを包帯を巻いて禁煙の筈の病院で煙草を咥えて立っていた。
「リスティ?」
「姉の柔肌がこれだけ傷ついたのに良かったはないだろう?」
「や、それはそうだけど……何でそんな傷だらけで?」
「海鳴をこんなにした奴らの本拠地を叩きにいってたのさ。フィリス、ボクに紅茶くれないかい?」
「はいはい」
飽きれたような返事を返しながらも、手馴れた様子でリスティ御気に入りの紅茶パックを開けに行くフィリスを見送っていたシェリーの耳に、隣で呟かれた言葉が届いた。
「リスティさん……」
そしてそれを聞いた瞬間、心臓がぎこちない高鳴りを打ったのを確かに感じたのだった。
シェリーの久し振りの帰郷。
美姫 「でも、その事情が事情だけに素直に喜べないわね」
うん。あちこちで爪跡を残す街。
美姫 「そんな中、久し振りの姉妹の再会」
さて、次回はどんなお話が待っているのかな〜。
美姫 「次回〜、次回〜、次回も〜♪」
たのしみ〜だね〜♪
美姫 「たまには代わったパターンって事だけど…」
うん。歌うのは、意外と疲れるな。
美姫 「…と、兎も角、また次回で〜」
ではでは。