『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚 77』
LXXZ・比叡山潜入戦〜暗躍せしもの達
唐突に大きく揺れたアジトに、一人先を行く斎藤は足を止めて大きく壁や天井を見渡した。しかし、地震で言えば震度六近くの揺れに感じたのに皹一つ見受けられない。どうやらアジトは全体的に核シェルターとしての機能も存在しているようだった。特に問題ないと分かると、また彼は走り出した。
「――さん」
荷物を完全に運び終えた殺風景な室内に一人立ち尽くしてた長い髪をポニーテールのように結った着物を着崩した男は、背後に近付いてきた自分の信頼する部下の気配と声に、振り返りながら地獄の業火を示す強靭な精神力を持つ瞳を向けた。
その先には剣心と同じくらいの優男がにこにこと笑顔を絶やさず、しかも親友に挨拶する感覚で手まで振りながら近付いてきていた。薄い黄色に近い色合いのスーツの下に白のメンシャツを着て、襟元には有名ブランドの刻印のされたタイピンで留められた紫色のヒモタイをつけている。刈り上げた髪は目の少し下まで伸びた横の髪にシャギーを入れて、お気に入りの黒の皮靴の踵を鳴らしながら、男の前で立ち止まった。
「雅孝か。首尾はどうだ?」
「ええ。問題ないです……ってこの爆発だったらそれくらいわかるじゃないですか。もう、――さんは意地悪なんだから」
まるで大学生の世間話をするように、瀬田雅孝は頬を膨らませるとぽんと掌で男の肩を前から叩いた。
「そう言うな。万全を期したいだけだ。それくらい、俺の考えがわからないお前じゃないだろう」
「そうですけどね〜。ハァ……もういいです。で、報告です。アジト内に存在する計五箇所の火薬庫に連鎖的に爆発するように細工しました。今のは北にある火薬庫の爆発です。そこから時計回りに爆発しますので……もって十五分ですね」
「そうか。夏織の方へは誰が報せに走った?」
「確か咲那さんが行ってくれました」
「オイオイ。アイツを行かせて大丈夫か?」
「問題ないですよー。真正面から闘うのが彼女の目的ですからね。疲れなんてないでしょうけど、一つの戦闘を終えた直後の夏織さんに手は出しません」
「そうか。ま、お前がそう言うなら問題はなさそうだ」
「そうです、そうです。いやぁ、さすが――さんだ」
「世辞はいらねぇ。仕上げにかかるぞ」
「は〜い」
そうして二人は爆発で明かりが突然消えた通路を、足音だけを響かせて消えていった。
「美沙斗さん!」
杖代わりに使っていた刀を鞘に収め、痛みの引いた膝で走っていた恭也は大きな揺れの直後に通路の真中で彫刻のように固まっている叔母の姿に驚いて声を上げた。
「きょ、恭也……」
「一体なんで……?」
言いながら近付いた時、美沙斗の影に隠れて見えなかったが一人の女が腕を組みながら立っているのに気が付いた。だがその姿と雰囲気を目にした瞬間、彼の瞳が大きく見開かれる。それも仕方ないだろう。全身黒ずくめに小太刀二刀を腰に差した出で立ちなど、知っている限り一つしか存在しない。
油断なく止まっていた思考を再度動かして、つい先ほど収めた小太刀を抜き放つ。
「美沙斗さんをこんなふうにしたのはお前か?」
「ええ。そうよ。私が彼女をここに縛りつけているわ」
その言葉に、それまで恭也の視界に入っていなかった琴の弦が映りこんだ。
俺に認識させない細い糸だって?
「そして私がここにいる限り、貴方達二人は先に進めない」
確かにただの糸で美沙斗が拘束されるとは考え難い。恭也は美沙斗の後ろから気を逸らさぬように女性を見据えた。このような場所にいるのだから、彼女は間違いなく先程激しい戦闘をしたアルフレッドの仲間の一人なのだろう。だが……
何なんだ? この懐かしい感情は……? あの女性を見ているとそんな思いが浮かんでくる。
出会ったことはない、筈なのだ。なのに後から溢れてくる懐かしさは、遥か昔に知ってるものだ。それは格好からも窺い知る事ができるが、彼女のような剣士を物心ついてからの記憶の中に存在しない。しかし一向に納まらない感情は激流の如く恭也に混乱をきたす。
そして恭也と視線を交わせる彼女もまた、どこか瞳に哀愁を称えていた。
何度か口を開きかけては、ぐっと唇を噛み締めて目の端をきつく戒める。
「何をしている?」
そこに新たに第四者が足音と気配を一切放たず現れた。
服装はどこにでも居そうな普通のブルージーンズに同じ色のジーンズ生地のジャケットと下に赤いTシャツを着ている。だが一目見て瞳を奪われるのはその容貌だった。肌には艶があり、二十代半ばにも見える。すらりとキレのいい顔立ちに合うセミロングの髪がとても良く似合う。しかしそれはどこかただの人形のように感じられた。存在するそこに全てが感情を秘めているのに、無機質な印象を見ている三人に与えていた。だが慣れている女性は小太刀を納めて、第四者をちらりとみやった。
「咲那、時間なの?」
「そう。雅孝から直接託があった。仕掛けは作動した。撤収するために戻れと」
咲那と呼ばれた人物は、見た目は女性なのに自信の持てなかった恭也と美沙斗に、冷たく氷の言葉をイメージされるソプラノで、隣に立つ女性を視界にすら入れずに答えた。
「……なら、美沙斗をここに留めておく必要はなくなったのね」
「急げ。幾ら佐渡島の転移宝珠だといえ長くは持たない」
「リーダラーも来ているんでしょ? なら私はあの方の側に行くわ」
「勝手にして」
そう言うと、あっさりと咲那は踵を返した。また現れた時と同じく足音も気配すら感じさせぬまま、まるで幽霊のように通路の奥へと消えていくのを見送って、女性は残された二人に再度顔を向けた。
「また会いましょう。美沙斗、そして……恭也」
「何?」
だが次の瞬間、女性は晴れて行く霧の如く残像を残して二人の前から姿を消した。
「い、今のは……? それに何で俺の名前を……」
「…………」
その質問に答えられるべき人物である美沙斗は、ようやく開放された体を床に伏せて、無言のまま一滴の雫を落とした。
「このまま押し切れ! 弓華! 左が弱い!」
「ハイ!」
リスティの指示で、弓華は苦無型をしたナイフを新しく胸元から引きぬくと、一直線に陣形の乱れ始めた左側の敵陣へ斬りかかっていく。
「暗器術! 飛刀鈴!」
まるで手品とジャグリングをかけ合せたような手の動きの後で、弓華の手には次から次へとナイフが生み出されていく。そんな刃物を優美に空中へと撒き散らすのはまるで舞を踊っているようだ。すでに乱戦になり、重火器が使えなくなった新生龍の裏口の中で、弓華は寸分の迷いもなくナイフを龍の工作員に突き立てていく。
その活躍で持ち直した左側に頷いて、リスティが全体の様子を確認するべく周囲を見回した時、ふと敵が居なくなった車両倉庫奥に小さな扉があるのに気付いた。
リスティは香港警防の状態を確認して、大丈夫であるのを確信すると戻ってきた弓華にその場を任せて扉に近付いた。
特に怪しい場所は見当たらない。HGSで罠の状況も念入りにチェックを入れるが全く問題がない。そこでリスティはゆっくりとノブに手をかけて、押し開け……。
「うわ!」
突然顔の高さに奥から掌大の鋭いものが飛来した。咄嗟に首を後ろに引いたからよかったものの、後一歩踏みこんでいれば間違いなくリスティの顔は表情のある前面と、髪しかない後ろ部分に切断されていただろう。飛来物はリスティの鼻先を掠めて、壁に突き刺さった。
「危ないね……。こんなものを投げてくるなんて。どこのどいつだい?」
と、言いつつ壁に刺さった物質を見て、片眉をぴくりと跳ね上げた。それはただの無地の紙だった。よく一般的にメモ等に使用されているタイプの再生紙だ。だが紙は余りの鋭さに半分以上をめり込ませ、未だに硬度を保ってピンと針金が入っている板のようになっていた。
「残念ね。それで死んじゃってた方がアンタのためだったのに。ヒヒヒヒヒヒヒ」
リスティが紙に注意を持っていかれている通路の奥から、今度は紙ではなく声が聞えた。しわがれて、すでに若々しさは感じないものの、生き生きとした力強さを秘めた声は、続いて見せた姿に合ったものだった。
床を擦る長さの白髪を二本の三つ編にして、これまた裾を引きずっているスカートや肩にかけたスカーフ、それに頭にしたナイトキャップに似た帽子は、グリム童話に出てくる魔女と瓜二つの老女だった。
「先に名前を聞いておこうか?」
「最近の若いもんは礼儀を知らないね。名乗る時は自分からじゃないかい?」
「いや、ボクのはただの確認さ。元大英図書館特殊工作員、現在の読子=リードマンの先々代の紙使いであり、現在はテロリストとして全世界指名手配のT=F=リーダラー」
「ひひひひひ。詳しいじゃないさ。元龍のHGS戦闘指揮固体LCシリーズ二十番目の実験体、リスティ=槙原」
過去の龍と現在の龍は、互いに棘を含んだ瞳で視線を交わせた。
これが開始十五分で行われた比叡山での戦闘の途中報告である。
突然後書でございます
夕凪「うわ! な、なんでまた……」
実は、以前浩さんに作ってもらった最後のキャラが出演したから〜。
夕凪「えっと、咲那だっけ?」
うん。どうしようかなぁ〜ってずっと考えてたんだけど、アルフレッド死んじゃったし、ちょうど入れ替わりでいいかな〜とw
夕凪「……アンタ、それは酷いんじゃ……?」
そうかな? ま、とにかく、最後の一人をようやく御披露目です。イラストのない小説でどうやってキャラだそうかと思ってて、今回は只管男言葉で、しかも感情が見えているのに人形みたいと言う特殊能力を付随!
夕凪「それは単純にまだ出始めで特徴を出せていないだけじゃないの? あ、でも剣心とか結構出てても作れてないのもいるか」
そう? 剣心はだるい〜って感じの癖に御節介という設定になってるんだけど。ほら美由希の世話とか、なのはに付き合ったりとか。
夕凪「言われてみれば。じゃ、あたしは?」
………え〜っと。
夕凪「うんうん」
……ん〜と。
夕凪「うん」
……あ〜。
夕凪「…………」
その場凌ぎ?
夕凪「三重の極み!」
んがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
夕凪「酷い! 美姫さんに愚痴ってやる〜〜〜〜〜〜!」
そう言って、一つの再生し始めている屍を残して、夕凪は走り去ってしまった……。
※作者注:夕凪は思い込んだらとことんやるタイプで、本来はツッコミ型……のつもり。
咲那も登場しましたか〜。
美姫 「夜上さん、ありがとうね〜」
さて、比叡山は比叡山で何やら動きがあるね。
美姫 「毎回、同じ事を言ってるけれど、次が本当に楽しみね」
うんうん。
美姫 「あ、所で、浩」
何だ?
美姫 「えい♪」
(ががががっ!)
ぐげ!
こ、言葉と行動が一致してないような……。
って、う、うでがぁぁぁ!
美姫 「四重の極み!」
な、何じゃぁー、その出鱈目な技は。
美姫 「二重の極みを両手で同時に重ねたの♪」
か、可愛い子ぶりっ子しても、やってる事は酷いぞ。
あ、やっと治った。良かった、良かった。
美姫 「いや、治ったって、アンタ……。いや、まあ、良いんだけどね。腕だけは傷つけないように手加減したし」
いや、二重の極みで手加減って。
美姫 「六重の極みじゃなかったでしょう」
……もう良いです。疲れました…。
美姫 「だって、夕凪ちゃんが可哀相だったんだもん。さっき、ここに来て、今は疲れて隣の部屋で寝てるのよ」
いや、それで何で俺がこんな目に?
美姫 「だって、ここにはアンタしかいないじゃない」
……しくしく(泣)
美姫 「さ〜て、それじゃあ、また次回も待ってますね」
うぅ、待ってます。シクシク。