『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚 74』




LXXW・海鳴市攻防〜黄金の天使

「HGS病棟の空ベットも開けろ! 重傷者を先に治療だ!」
 海鳴大学病院の外科治療室で、怒鳴り声で喧騒しか聞こえてこないロビーに指示をだしながら、顎鬚を蓄えて真四角な形をした、普段は温厚な人懐っこい笑顔で子供に人気のある医師は、普段は研究病棟にいるために手術ではなく先に行う診察を担当していた。
「よし。いいか。絶対に傷を見るな。見ると人間はどれだけ冷静でいようと思っていても、パニックを起こす」
 爆発によってビルでいう五階の高さから落とされた中年男性の開放複雑骨折の状態を乱雑にカルテに書き込みながら、歯を食いしばりながら悲鳴を上げまいとしている男性の目を見てしっかりと念を押す。そこへ、胸に「藤林」とプレートを付けたサイドに流れる髪の一房を白のリボンで結んだ、ショ−トカットの女性の看護士が汗をびっしょりと額に浮かばせて、診察室に飛び込んできた。
「せ、先生! 風芽丘学園で非難した人達が事故に巻き込まれたそうです! 救急車が全員を搬送する間に応急処置だけでもしてほしいと連絡がありました!」
「何だって? こんな時に……よし。これで応急処置は終った。すぐに手術室へ連れてけ」
 開放骨折の男性についていた看護士は、すぐに指示に従って男性を車椅子で連れていった。すでにメインストレッチャーが全てで払っており、仕方ないのだ。カルテの最後の部分に自分の名前を記入して看護士に持たせると、ようやく一息ついた藤林看護士に体を向けた。
「それで、医師を派遣しろって?」
「は、はい。街中は何処もここと同じ状況なので、一番大きい海鳴中央病院から医師を一人でもいいから回して欲しいと」
「これから出ても間に合わないんじゃないか?」
「はぁ。そうなんですが……」
「どうかしました? 藤林さん、あら? お父さん?」
 困り果てる二人の元に、銀髪のロングヘアが魅力的な、幼さを感じさせる白衣の女性が顔を覗かせた。

「お母さん!」
「ん〜ふふふふふふ。楽しい! 楽しいぞ! 抜刀斎が東京から戻ってくるのが先か、それとも血の花が咲き誇るのが先か……」
 黒い狂人は自分の剣に串刺しになり、嗚咽とも悲鳴ともつかない声を上げ続けている唯子の母親を興味の失せた玩具を投げるように蹴り外すと、次の玩具の値踏みのために弓なりにした眼をぎろりと向けた。
 足元に倒れている痙攣しながら血を排出している美佐子を跨ぎながら、刃衛はようやく何が起こったのか理解した非難してきた人々を楽しげに眺めた。
「お母さんに何するのよ!」
 悲鳴を撒き散らしながら、必死に校舎側に逃げていく人々の最後尾に立ち、かつては痴漢一人にも泣き叫んでいた鷹城唯子は、さすがに肉親を目の前で死の直前にならされた怒りと、早く治療しなければならないという冷静さが綯交ぜになった感情を刃衛にぶつけた。しかし狂人と格闘技の玄人では気の質自体が違う。緩やかに吹きこむ微風のように、唯子の気迫を楽しむと、黒い手袋をした手で顎を擦った。
「おうおう。これはいい。緋村が戻るまで楽しめそうだ」
「緋村? ……剣心君?」
 刃衛の呟きに即座に反応した唯子に、一瞬だけぽかんとした表情を浮かべるが、すぐに納得した様子で消えていた、悪夢として出てきそうな三日月型のヤニで黄色くなった歯を見せて邪悪に笑った。
「そうか……。忘れていたがお前、鷹城唯子か」
 逆に不意を付かれたのは唯子だった。一度も会った事のない……いや、一度でも会いたくない男に、名乗りもしてないのに名前を呼び当てられたのだ。急激に不安と恐怖が広がっていく心を抑えると、ますます普段は穏やかな瞳をきつく引き絞った。
「何で、唯子の名前を……」
「ん〜ふふふふ。知っているさ。他にも野々村栄治、野々村小鳥、山間の寮には相楽夕凪と神咲那美だったか? 他にも高町恭也、美由希、なのはというのも居たなぁ」
それは剣心がこれまで海鳴に来てから関係を深く持った友人達であった。
「……まさか今回のこんな酷い事は、緋村君が関係しているの?」
「いや、奴など関係なく、貴様もターゲットだ。御神とクリステラに関る全ての抹殺。それが俺をこの世に連れ出したカイゼルの希望だ。せめてその分の仕事はするさ」
 連れ出すとか刃衛の事情はいまいち理解できずとも、ただ彼が唯子だけではなく、他の非難してきた人々すら見逃すつもりはないのははっきりと理解できた。そしてその最初の犠牲者が母親だった事も。
 唯子は最近は滅多に使わなくなった護身道の素手の構えをゆっくりととった。半歩利き脚を下げて、合わせるように手を指に隙間を作らぬようにぴったりとくっつけると左手の甲を前に、右手を服部に沿わせる形を作る。長い刃物を相手にする時はできるだけ弱点を覆い隠すのが闘いの基本だ。正中線は言うに及ばず、他にも斬り付けられやすい手首や肘関節、肩口を折りたたむように胴体に張りつける事によって、隠す事ができる。高校時代に彼女の先輩である千堂瞳が招いた柔術家が教えてくれた構えだ。
 深く呼吸を腹部に吸いこみ、しばらく離れていた護身道の戦闘体制を作り上げる。その様子に、刃衛も笑みを消して刀を両手でしっかりと握り直した、
「言っておくが、俺は殺さなければ止まらないぞ?」
 それも何となくだが理解していた。しかし護身道の極意は如何に相手を傷つけずに勝利する事である。だが目の前の男は間違いなく言葉通り死を持って止める他無いと思えた。しかし望みはある。こんな事態であれば遅かれ早かれ誰かが来てくれる筈だ。
 近くにいる頼もしき友人達を頭に思い浮かべ、唯子は緊張のために乾いていた口内を潤すために僅かにしか分泌されない唾液を強引に咽喉へと飲み込む。
 だがその様子に、刃衛は傍目からでもはっきりわかるくらいに肩を落とした。
「くだらん……。折角面白くなりそうだったのに」
「何?」
「今、貴様は時間稼ぎを考えたな?」
 な、何でそんな……。
 内心を見透かされた事に驚きを隠せない唯子はほんの数ミリだが手を下ろした。
「だからくだらないのだ」
 それは、刹那の時間だった。
 驚愕によって生まれた気抜けの状態は、黒い風を一息に唯子の背後まで回り込ませる。はっと気づいた時彼女の目に映ったのは、母親を貫いた白刃が自分の右胸を貫通する瞬間だった。
「殺さなければ止まらないと言った筈だ」
「あ……あ……」
 深淵を宿した剣士の瞳は、否応なく唯子の胸から体中に広がっていく。心の底から冷たさを感じ、器官を通って口に溢れ出した血液が顎のラインを伝って地面に零れていく。完全に組織を破壊するように刀が数センチ回転する。斬られるよりも貫かれるよりもつらい掻き乱される激痛に、唯子は痙攣した首の筋肉に引っ張られて天を仰ぎながら嗚咽した。
「折角の時間つぶしだと思ったが、残念だ」
 また刀の位置を元に戻しながら、刃衛は血で刃紋を綺麗に浮かび上がらせて鮮やかな肢体から刀を抜いていく。
「仕方ない。残りの雑魚で退屈を……む!」
 ずるりと切っ先が唯子の体から抜けて、支えを失った彼女が倒れた瞬間、刃衛の視界の端に接近する黄金色の物体に気付き、全身のバネを使って真後ろに飛び下がった。黄金色の物体はそのまま刃衛を追撃する事もなく、倒れた唯子の側に降り立った。
「唯子さん……どうして……」
 黄金色の物体は、そのまま光を失って姿を見せた。
 三姉妹で一番長い銀髪を項で一本に縛り、中学生と言われてもおかしくない童顔と身長にスレンダーで余り起伏のないスタイルが白衣とミスマッチしている女性だった。背負ったパステルカラーのリュックサックを地面に置いて、中から消毒液と包帯を取り出すが、傷の具合を触診して驚愕のあまり目を見開いた。じわじわと広がっていく彼女の血の中に膝をつき、何とか血を止めようと消毒液の中身を全てぶちまけて念動力で持ち上げると、まっさらな包帯を巻いていく。しかし、貫通した傷口は唯子から間違い無く生命を奪い取っていく。すぐに赤くなった包帯を歯痒く見詰めて女性は立ち上がると、目の端に涙を湛えて白人独特の白い肌を朱に染めながら、刃衛を睨みつけた。
「私の友達を……許しませんよ!」
「貴様は……そうか。LC−23トライウィングス・rフィリス=矢沢か」
 背中に六枚の蜻蛉の羽のような六枚の金色をした羽を広げて、白衣の天使は十年振りに黄金の堕天使へと代わり、フィリス=矢沢は黒笠と対峙した。



ああぁぁ〜〜、唯子が……。
美姫 「浩のお気に入りキャラだったのにね」
シクシク。うぅー、無事だと良いな〜。
それにしても、刃衛の相手はフィリスか。
美姫 「ああー、ちょっと予想外だったわ」
うん。まさか、フィリスが出てくるなんて。
でも、それはそれで楽しみかな。
美姫 「医者として命を救うフィリスが、果たして刃衛を打ち倒せるのか」
闇夜に翻る白衣。
そうか! 今度の戦いはコスプレだ!
なら、次は巫女服……。
美姫 「緊張感を削ぐような事を言うなぁぁぁ!!」
ぐぎゃぐげっ、ちょ、じょ、冗談……。
や、やめ、ま、待っ……。ぐげろぼにょみょひょにょ※%$#≠〜〜〜〜〜!!
美姫 「夜上さん、馬鹿は始末しました♪
次回も楽しみに待ってますね」
じょ、冗談だったのに……がくっ。



頂きものの部屋へ戻る

SSのトップへ