『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚 69』
LX\・比叡山潜入戦〜大剣と双剣の刺客
ちらりと視線を腕時計に落とすと、ちょうど長針と短針が重なり合っていた。
美沙斗は後ろに控えている斎藤と恭也に小さく頷いた。無言のまま木々の闇に同化するように進んでいく。アジトに近付くと丁度山の左側と右側から戦闘の音が聞こえてくる。おそらく空也やリスティ達がなるべく大げさになるように囮を勤めてくれているのだろう。周囲の様子を注意深く確認しながら、美沙斗はインカム型小型トランシーバーの発信スイッチを押す。
「こちら美沙斗。これより突入する」
『了解。メインゲートで少しばかり遅れが発生しています。気をつけて』
本部からエリスの現状を確認して、もう一度時計を見る。すでに決行から五分が過ぎている。潜入という作戦はコンマ一秒のタイムロスが命取りとなる。それがわかっているからこそ、エリスも止めるのではなく「気をつけて」と注意を促しただけにしたのだ。三人は葉の擦れる音すら立てず、山肌に穿たれた、塞がれた防空壕のその奥。そこに不釣合いな金属製のドアが静かに存在していた。人一人が何とか通り抜けられる程度のスペースを抜けて、出現したドアに小さな石をぶつける。特に変化はなく石はコンと小さな音を立ててぶつかり、そのまま地面に転がった。特に電流とかその他罠の類がないとわかると、窮屈な場所に三人が推し入った。ドアには九十度に回すタイプのノブが着いており、こちらも念のため石で罠がない事を確認してから手に触れてみる。よく建物で手にするアルミ製の手触りを感じながらゆっくりと回すが、途中でがちん。と引っかかった。
「鍵がしてあるな」
「非常出口……なのにですか?」
「大方、中で脱出用の合図か装置を動かさないと開かない仕掛けでもしてあるんだろう」
単純な恭也の疑問にぶっきらぼうな回答を述べて、斎藤は長身を生かして美沙斗の手元を覗きこんだ。
「開きそうか?」
「ああ。少し下がってくれ」
そう言って二人を下がらせると、美沙斗は小太刀を一本抜き出し、切っ先の数センチをドアと壁の間にある僅かな隙間に差しこんだ。
「ふっ!」
気合一閃。短い呼気と共に小太刀を落とす。すると、それまで頑として開かなかったドアがゆるりと奥に開いていった。
「さすがですね。徹と貫でドアのロックを切り落とすなんて」
「恭也でもできる事を誉めても意味ないよ」
「とんでもない。俺だったらもっと広さがないと上手くできません」
開かれた壁も天井も床も真っ白で目が痛くなるような通路を満遍なく見渡しながら、本心から出る感想を美沙斗に言う。続いて斎藤が通路に足を踏み入れた。
「カメラはないか。いやあったとしてもこちらまでまわせない言う事か」
「そうだな」
続いて美沙斗も後方を注意しながら通路に入ると、すぐに懐からA3サイズの紙に手書
きされた地図を取り出す。 それは昨日まで火影がこのアジトに潜入して作り上げた内部図だ。よく建物の内部の地図がないと戦略は練れないと言うがそんな事はない。なければ作れるのだ。中世ヨーロッパや江戸時代に作られた城ならともかく、最近の密閉度が強い建物では空調の完備が絶対条件となる。なので空調用ダクトに忍び込む事ができれば、その形状と広がり方から地図を作成する事も可能である。
そんな火影が製作した地図には細かな詳細が、大きな円の中に三つの円が平行になっている、円を組み合わせた形の通路が書かれている。今美沙斗達がいるのはそのうちの外から三番目の円に伸びる緊急脱出用通路だった。
「一気に通路を抜けて、最深部に突入する。そこに目標であるカイゼルがいる筈だ」
中心部に位置する一点を指差し、覗いている二人の顔を見る。そんな彼女の視線に気付いたのか、恭也と斎藤は同時に頷いた。
しかしその場から動き出したは良かったが、距離は記載されておらず、大体の山の半径から推測するに過ぎないのは、多少神経にストレスを与えてしまう。時々前方から我先にと逃げてくる雑魚を苛立ち紛れに蹴散らしながら、外層から見て二番目の通路と直角に交じり合った地点に着いた時、急にそれまでの通路とは違う空間に出た。色は差して変わらないのだが、天井まで十メートルは在ろうかと言う広さを持ち、幅もこれまでの僅か三メートルから五倍はあろうかという広さだ。だが三人の瞳はそんな部屋を見てはいない。視線の先にあるもの――それは一人の男だった。
美沙斗の腰ほどもある豪腕に、常人の三倍はあろうかと言う筋肉の鎧をまとい、短く切り揃えられた頭髪の下には真四角で実直そうな糸目と引き結ばれた口が存在する。だが一番目を引くのは、全員を青一色に統一した布を巻きつけたような服装でも、三メートルはある巨大な身長でもなく、手にされた無骨な大剣であった。三メートルの身長を有に隠す事ができそうな、分厚く巨大な打たれたばかりの鋼のようにへこみを穿っている。
「お前は……そうか。龍の手先に成り果ててたか」
だが一人男に見覚えのあった斎藤は、ややあって狼の瞳に軽蔑と侮蔑を綯交ぜにした感情を露にした。
「カイゼル様は俺の命を救って下さった偉大な御方だ。手先ではなく、腹心である」
「ふん。何と言いつくろおうが、犬に成り下がったのは事実だろう」
「国家の狗に言われとうない」
一気に室内の空気が冷え込むのを肌で感じ取りながら、恭也は斎藤に問い掛けた。
「知ってるんですか?」
「ああ。奴は俺達新選組が設立してから、今までに捕える事ができなかった唯一の相手だ。確か名前は……」
「青銅のアルフレッド=カーマイン。それが今の名だ」
アルフレッドは、片手で軽々と鋼鉄の塊である大剣を持ち上げると、旧世代剣術家が好んで行っていたようなベタ足で大きく開いた体の心中線を隠すような構えを取った。
一目見て、彼の強さがわかる威圧感と殺気を敏感に感じ取りながら、このまま三人で戦闘していては時間がかかり過ぎると踏むと、指示を発しかけた美沙斗を制して、恭也が一歩前に出た。
「二人とも先に行ってください。ここは俺が引き受けます」
「恭也……」
「三人でかかれば間違いなく勝てるでしょうが、今は首謀者……アルフレッドの言葉を借りるとカイゼルですか。そいつを捕まえるのが先決です」
大規模な囮を使った潜入作戦は言うなれば一撃で相手の喉元に牙を突き立てる必殺の作戦だ。もし失敗でもしてしまえば、敵は更に注意深くなり、二度と通用しなくなるだろう。時間の余裕は一切ないのだ。
「行くぞ」
「斎藤!」
そんな美沙斗の戸惑いを無視する形で、斎藤は一歩前に踏み出すとアルフレッドに向けて牙突壱式の構えを取った。
「だが、恭也一人では!」
「お前の甥はそんなに信用ないのか?」
「そうじゃない! だが、彼は大事な家族だ。負けるとは微塵も思わない。だが、あれは化け物だ。苦戦するのは目に見えている」
「別に負けるつもりはないですし、死ぬつもりもありません。ようは足止めさえできれば、カイゼルを捕まえた後で、倒せます」
そんな恭也の言葉で、ようやく諦めたのか、美沙斗は項垂れながら小さく首を縦に振った。
「牙突!」
それを合図に、斎藤は溜めていた力を解放した。剥き出しの狼の牙を一直線にアルフレッドに向けて突き立てる。だがアルフレッドは大剣を瞬時に自分の前方に盾のように床に突き刺すと、次の瞬間激しい衝撃が空気を震わせた。その隙をついて美沙斗と恭也が同時に動く。神速を使って斎藤の背後に一足飛びで近付くと、二人は彼を踏み台にして大剣を超える高さまで飛びあがった。
御神流・奥義之伍・雷徹!
御神流・奥義之壱・虎切!
徹を含んだ正統回転斬りと、長距離射程の抜刀術が同時に頭上から降り注ぐのを、その巨体からは理解できない俊敏な動きで転がって右に避けると、すぐに空中迎撃をせんと大剣を引き抜き――そこに、小太刀の四連撃が襲いかかった。
御神流・奥義之陸・薙旋!
虎切の抜刀術から繋げた一番得意とする抜刀四連撃が、鉄ではない手応えを刃を通じて恭也に伝える。だが本来ならば大木にすら半ばまで小太刀を食い込ませる威力を誇る薙旋は、数センチの切り傷をつけるだけであった。想像以上の筋肉の厚さに、小さく舌打する恭也の肩越しに、通路を走り去っていく美沙斗と斎藤の背中を見て、アルフレッドは再度大剣を構えた。
「どうやら早急にお前を殺さねばならないようだな」
「御神の名にかけて、ここは通さない」
互いに譲れぬものを背に、剣士二人は床を蹴った。
後ろから何度となく剣戟の音が聞こえてくる事に後ろ髪引かれながらも、美沙斗と斎藤は一直線に通路を進んでいく。
「気になるのか?」
「ならない訳はない。私と血の繋がりのあるたった三人の内の一人だ」
「そうか」
それ以上二人は会話を交わさず、ただ一心に前に進んで……。
「!」
「避けろ!」
突然降って湧いたような殺気の束に、美沙斗と斎藤はさして広くはない通路を、かたやバックステップで、かたや転がるように数メートル下がった。瞬間、これから足を踏み出そうとした箇所に数本の飛針が突き刺さった。
飛針?
あまりに見覚えのある両側が鋭い針になった投擲武器を見て、美沙斗は何故かリスティの報告にあった恭也が検分した小太刀程度の長さを持った刃物で切られたという通り魔事件を思い出した。しかし、すぐに大きく頭を振る。
偶々同じ武器を使ってるだけだ。何て変な想像をしてしまったのだろう。恭也が一人残って少し心が不安になったから、無条件に繋げてしまったんだ。そうだ。そうに違いない……。
自分を諌めるようにして心に浮かび上がった想像を打ち払い、体制を整えるべく立ち上がった。
そこへ、足音が聞こえた。
はっと弾かれるように二人は己の武器を手にすると、油断なく足音の主の姿を瞳に捕えようと一点に集中させる。だが相手が視界に入った瞬間、美沙斗の体から一気に力が抜け落ちた。
それは女だった。項が露出するようなおかっぱに近いショートカットで、再度に流した髪にシャギーをいれている。目尻が少々垂れているが、髪と同じく漆黒の瞳には深い悲しみと殺気を混ぜ合わせた混合液のようにたゆたわせ、すらりとした顎は美沙斗の鋭利さと違って温和な暖かさを持っている。
しかし、斎藤はそんな容貌ではなく格好と武器に見入った。
美沙斗や恭也と同じ全身黒ずくめのスタイルに腰に小太刀を差すニ刀差し。どう見ても御神流の使い手に見える。だが何より目を見開くのは……。
高町恭也に似ているな……。
全体的な顔の作りもそうだが、一番そう感じさせるのは彼女の発している雰囲気だ。初対面にはナイフのように切れ味鋭いものなのだが、中身はただ寡黙なだけど分かる物静かな雰囲気である。
「……で?」
その時、隣の美沙斗が何かを呟いたのを聞いて、斎藤はちらりと隣に視線だけを送った。すると、そこには顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうな程に目を見開いた彼女の姿があった。
「御神?」
「なんで……貴方がここに……いや、なんで貴方が……生きている……」
ドクドクと心臓が高鳴り、どっと噴出した脂汗を拭いもせずに、美沙斗は震える唇に目の前に立つ女性の名を口にした。
「何でここにいるんですか! 夏織義姉さん!」
侵入した恭也たちを待ち受ける敵。
美姫 「その一人は、夏織!?」
一体、どういった経緯でここにいるのか。
美姫 「また、美沙斗が言った何で生きているという台詞」
幾つかの疑問を残し、次回へ……。
夜上さん、続きを早くお願いします〜。このままだと気になって、夜も眠れない。
美姫 「その前に、アンタは自分のSSを上げなさい!」
うげろっぴょ〜〜!!
美姫 「さて、馬鹿の戯言は置いておいて、夜上さん次回も楽しみに待ってますね〜」
……ま、待ってます。ガクッ。