『とらいあんぐるハート〜無想剣客浪漫譚』




LY・動き出す龍

 蒼劉閻は一人、ただ真っ白な廊下を歩いていた。
 先の海鳴での戦闘の報告を終えて、思うところがあって僅か五日程度アジトを開けただけなのだがどこか雰囲気の違う内部に、少し眉を顰めながらも朋友の部屋の自動ドアを開けた。しかし、そこにはすでに荷物すらない空部屋が存在するだけで、人影一つなかった。「これは何かあったのか?」
 不信よりも自分が協力している彼ならば、何かしらの考えがあっての事だろうと当たりをつけ、ならば考えられるものとして、劉閻はアジトの長であるカイゼル=ハイマンに会いに行こうと部屋を後にした。
 いつもと変わらぬ無闇に白一色の廊下は、同じ場所を見続けていれば水晶体を痛めてしまいそうに光り輝いている。できるだけ目を細めながら一番奥の間を目指す。と、その時、前にぽつりと赤い染みのような点が見えた。染みは次第に大きくなり、それが前進を赤で着飾った女だと気付くのに時間はかからなかった。全身から妖艶な雰囲気を醸し出し、その身を真っ赤な血で染めたような扇情的なドレスで包み込んでいる。肉厚の唇は今にも鮮血が滴りそうなほどに鮮やかな色を浮かべ、男を誘うような目付きは、実際は獲物を待ち構える毒蛇の眼だ。
 女は劉閻の姿に唇を歪めると、親しげに手を振ってきた。
 しかし劉閻は一瞥をくれるだけで視線を合わせようともしない。女は急激につまらなそうに表情を変化させると、横を通り過ぎようとする彼の進路を塞ぐように前に出た。
「あら? こんな美人が手を振ってるのに無視は酷いんじゃないかしら?」
 あえて胸を強調するようにわざとらしく豊満な乳房の下で両手を組み、劉閻と同じ高さながらも見下すように瞳を動かす。だが劉閻は一切気にせずに、ただ塞がれたために足を止めた。
「どいてもらおう」
「ようやく口を開いてそれが最初? もう少し相手をしてくれもいいじゃない? それとも、覚えて二日の硬気功なんて使って負けたせいで頭の螺子が飛んじゃった?」
「悪いが構っている暇はない」
 それだけを言うと、劉閻は女を避けて廊下を歩いていった。その態度が余程気に食わなかったのだろう。女は廊下の角に背中が消えた直後、壁に細い腕をめり込ませた。
「ほっほっほ。フラれたのう。ノルシー」
 そんな彼女に後ろから皺がれた声がかけられ、じろりと気の弱いものであれば一瞬で身を竦ませてしまいそうな視線を向けた。そこにはまだ小学生のような外見を持つ少年が一人、機嫌の悪そうなノルシーを本当に可笑しそうに笑いながら立っていた。
「何? 私は寄生虫ジジイには興味ないんだけど?」
「まぁそう言うな。ようやくカイゼル殿が思い腰を上げてくれたんじゃ。新星龍・実行部隊五色不動のな」
 その言葉に、ノルシーの片眉がぴくりと反応した。
「そう。決定したのは五日前なのに随分と遅かったわね」
「うむ。どうやらクラインの姿が見当たらぬのだ」
「クライン? ああ、あのカイゼルのお気に入りの卑屈ガキね」
「……御主、一応あれでも同じ五色不動を冠する者だぞ? もう少し言い方ないのか?」
「ある訳ないじゃない。自分一人が不幸の最前線にいるような被害妄想には十分よ」
「厳しいのう。ま、否定はせんがな」
 また下品な笑い声を上げて、少年は容姿に似合わぬ笑い声を上げた。
「それで? クラインがいないんならHGS部隊は動かせないんじゃないの?」
「そうじゃな。だから今回は主の煽杖部隊とアルフレッドの撃滅部隊で行う」
「あら? ルシードは出さないの?」
「あやつを出してしまったら草木も残らぬわ。部隊は二つ。但し五色不動は全員出陣じゃ」「ふふふふふふ。なら御終いね。襲撃場所は何処だったかしら?」
「海鳴じゃ」
 できるだけもったいぶるように、少年――クリス=チャンドラはノルシーに告げた。
 決定された悪夢は、何も知らない人々の足元で蠢いていた。

 暗い一人しかいない自室のロッキングチェアに体を預けながら、カイゼルは禿上がった頭を撫でながら、狂気を浮かばせた小さい目を眼鏡越しに歪ませ、不精髭の伸ばし放題の不潔な口から唾液を垂らしながら、これから起こるであろう惨劇と言う名の喜劇に心馳せていた。
 実行を心に決めててから、密偵は御神に関係している箇所に張りこませ、ターゲットを決めている。実行する二つの部隊は周囲を飛び交う火の粉を払うのに使い、実際は彼の配下の中でも最高の殺人術を持つ五人が行う。一人、カイゼルが尤も気に入っているクラインがロンドンのCSSへ出向いてから戻っていないのは気になるが、そんな事など些細なものだった。
 最初は配下の一人佐渡島兆冶の意見に従って、ロンドンと海鳴の二点を結んだ一線重龍脈結界で同時に巨大な災害の中で殺してやろうと思った。一線重龍脈結界とは目的とする二つの場所をある程度の血で染める事で、龍脈を刺激して災害を起こす一つの結界を作成すると言うものだった。が、五色不動の刃衛が結界に必要な血を流す前に御神と緋村と言う情報にない剣士に負けて失敗し、続いてロンドンを襲撃していたクラインも、ICPOの斎藤一に破れた。結果、同時に苦しむ様を拝む事ができなくなり、続いて発案された大妖ザカラの計り知れない膨大な妖気を使用した日本沈没作戦も、発案者の兆冶とザカラを操るために宝石の魔術師・石鶴幸嗣を派遣するも失敗し、同時進行していた配下を増やしながら隙あれば御神を一人でも殺そうと進めていた吸血鬼のセルゲイ=デュッセルドルフと槍術の蒼劉閻の二人は、命令に背いたというのに一向に罪の意識を持たず、挙句にわざわざ活かして戻ってきている。
 だが全ては自らの手でくびり殺すために、神々が施した機会なのだとさえ思える。
 主役は自分だ。カイゼル=ハイマン。そして舞台を整えるのは……
 五色不動統括――透過のクリス=チャンドラ。
 五色不動・赤――紅姫ノルシー=ヴァロア。
 五色不動・黒――黒笠鵜堂刃衛。
 五色不動・青――青銅のアルフレッド=カーマイン。
 五色不動・白――白魔ルシード=クルプス。
 そして敵役は御神と関る者全て。
 残念ながら五色不動・黄の黄翼のクラインは行方不明だが、御神を殺してからゆっくりと裏切り者として処理すれば良い。
 これから起こるであろう劇を浮かべて、本当に心が楽しくなったカイゼルは、テーブルの上に乗せられたワインをボトル毎飲み干した。赤ワインの中の葡萄の皮に含まれた渋みが、これから彼の前に広がる未来を明るいものと暗示しているようだ。尤も、そんな感性を持ち合わせている時点で、どこかおかしいのは目に見えている。
 だがカイゼルは気付かない。
 三年前のあの日……。クリステラのチャリティコンサート阻止が失敗した時、ただの技術員だった彼を、蔑むように見下ろした御神美沙斗の姿を。そして失禁し穴と言う穴から体液を撒き散らしながら逃げ出した先で見た香港警防の連中を。
「絶対に……絶対に……娘の首を目の前でちぎり取って……それで、それで……」
 怨念染みたカイゼルの狂喜は、延々と部屋から漏れ続けていた。

 やはり誰もいないか……。
 カイゼルに付き従っている者の存在は目を閉じていても気配で感じる事は出来るのだが、それ以外のメンバーがアジト内にいないのだ。一番荷物のある兆冶までいないとなると、後考えつくのは一つしかない。
「最近のカイゼルの様子も限界と判断か。しかし、と、なると土産を残した二人は取られるかもしれんな」
 それだけの大きな力が、これから海鳴を襲うだろう。数人程度の兵では刃向えないほどの巨大な波だ。
 しかし、それを乗り切った時は?
 ふふ……。楽しみだ……。
「ああ、やっと見つけた」
 と、そこへ空間を転移してクラインが姿を現した。
「アイツが新しいアジトに移るって。カイゼルも潮時だってさ」
「やはりそうか」
「荷物あるならまとめるまで待ってるけど、どうする?」
「いや必要ない。衣服類など移動してからで十分だ」
「そ。じゃ行こうか」
 これから始まる戦いの勝者に、願わくば御神の少女を選ばん事を……。
 クラインの転移で揺らぐ視界の中、劉閻は心の中でそう呟いた。





夕凪「あれ? 今回は後書がある? 何で?」
うん。最近はもう浩さんに色々と頼りっぱなしでさ。
夕凪「はぁ。で、それと後書となんの関係が??」
ふっふっふ〜。実は、今回名前が出てきた五色不動だけど、クリス=チャンドラ、ノルシー=ヴァロア、アルフレッド=カーマイン、ルシード=クルプスは浩さんに考えてもらったんだよ〜」
夕凪「え? 何時の間にそんな御願いを」
かなり前かな? 出すまでこんなに時間がかかっちゃって申し訳ない上に、実はもう一人いる。
夕凪「そんなに迷惑かけてたんかい!」
え? あ? ギャァァァァァァァ!(←二重の極みで滅殺
夕凪「たっくもう。浩さん、美姫様、こんな馬鹿が再三ご迷惑おかけしました。バンバン出番あるので、楽しみにしててください〜。では〜」




どもども〜。
やっと登場してきましたね〜。
美姫 「アンタ、いつの間にそんな依頼を」
ふっ。遠い昔の事さ。もう、忘れちまったな。
美姫 「あらあら。その年でもう痴呆?何か強いショックでも与えれば…」
嘘です、ごめんなさい。はっきりと覚えています。
美姫 「始めから素直に言いなさいよね」
それでは面白くないではないか。
美姫 「別に面白くする必要はないわよ!」
ば、馬鹿な!長い人生の合間には、ちょっとした息抜きが必要だぞ。
美姫 「アンタは息抜きの間に人生やってるでしょうが」
……おお!
美姫 「(フルフル)納得するな!」
ぐげろっぴょのにょ〜〜〜!!
美姫 「……成敗!それでは、また次回をお待ちしてますね〜」



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